――翌朝。 眠りは浅く、日が登る前に目を覚ました俺はそのまま寝台を降りた。 気分は相変わらず憂鬱なままだった。 身体の方は大分楽になってるが、こんな気分ではあまり意味がない。 朝からこんな調子では駄目だと自分に喝を入れ、取り敢えず腹に何か詰め込もうかと食堂へと向かう。 こんな明け方だというのに食堂には灯りが点っている。そして聞こえてくるのは聞き覚えのある声だ。 まさか、と思いながら食堂を覗けば、案の定そこには他の宿泊者たちとともに酒盛りをしていたらしいシーフとメイジがいた。 シーフは俺の姿を見ると楽しげに笑い、酒の入ったグラスを手に近付いてくる。 「なんだ、今更来たのか? 残念、おつまみはねえぞ」 「……違う。朝飯を食いに来ただけだ。……っ、おい、触るな……っ!」 「おっと、こえーこえー。随分と機嫌悪いな」 相変わらず馴れ馴れしいシーフを振り切り、俺は酔っ払いどもの前を通り過ぎてカウンターバーに腰を掛ける。従業員に軽食を頼んでいると、隣に誰かが座る気配がした。 「それだけで足りるのか?」 ――振り返らずとも、そこにいるのが誰なのか気配で分かった。 一晩中酒を呑んだであろうにも関わらず、変わらぬ表情で絡んでくるメイジに俺は内心舌打ちをした。 「余計なお世話だ、放っておけ」 「心配してるんだ。いつもだったらもたれそうなほど食べてるから」 「それが余計な世話だと言ってる」 「――勇者サマとなにかあったのか?」 「…………」 この男はなんなんだ、本当。 嫌がらせ、なのだろう。この男の根性がねじ切れていることを俺は知ってる。 目の前に置かれるグラスを受け取り、俺はぐっと中に溜まった水を飲み干す。そして、返事の代わりにグラスをテーブルへとどんと置いた。 「あったんだな」 「……放っておけって言ってるのが分からないのか?」 「ああ、分からないな。俺には『助けてほしい』って言ってるように聞こえる」 「だとしたら状態異常だ。他人のことを気にする前に自分をなんとかしたらどうだ」 「俺は別に助けは求めていないからな」 この男は本当にああいえばこういう。相手にするだけ無駄だと分かっていたが、俺も自分が思っているよりも参っているのかもしれない。 運ばれてくるプレートを受け取り、俺はメイジを無視して朝食に有りつく。 「いい食べっぷりだな。勇者サマは食事も喉に通らないというのに」 「…………」 「やけ食いというやつか? 元気があるなら結構だがな」 「…………」 「俺はスレイヴちゃんのその単純なところが長所だと思ってる。勇者サマもそれを見習えばいいものを。あいつはあいつで複数の感情を腹に抱えてるからな。そのせいで常に自分で首を締めてる」 「お前に、あいつのなにがわかるんだ」 無視し続けようと思ったが、我慢の限界だった。 俺だって理解できなかったあいつのことを、旧知の仲でもないこの男が語るのがただ腹立った。八つ当たりと言われればそれまでだ、それでも腹の奥底で溜り溜まったものが膨れ上がったのだ。 メイジを睨めば、やつはその唇に薄い笑みを浮かべるのだ。 「ようやくこっちを見たな」 「……っ」 おちょくられてるのだ。分かっていたはずだ。それでも、これ以上メイジを無視することができなかった。けれど。 「お、なんだ? 朝っぱらから痴話喧嘩か?」 他の宿泊者と談笑していたシーフが俺たちの揉める声を聞いて楽しげに野次を飛ばしてくる。 宿泊者たちは何事かと驚き、従業員も心配そうにこちらを見てることに気付いた俺はばつが悪くなり、プレートに残った飯を口の中へと掻き込んだ。そしてそのまま席を立とうとすれば、メイジに腕を掴まれる。 「っ、離……」 「あいつはお前に理解してもらいたいんじゃない。――ただ側にいてもらえばいいと思ってる」 アドバイスのつもりか。 余計ムカついて、その手を振り払えば今度はあっさりとメイジの手は離れた。 「ご馳走さん」それだけを告げ、俺は食堂を後にする。 そんなこと、そんなこと俺だって分かってる。実際、あいつも捨てるなって言ったのだ。だから、捨てないって答えた。――そのはずだ。 勇気を出して、必死に言葉を選び、探し、紡いだ。 そして、その結果があの拒絶なのだ。 「……っ、クソ……」 メイジに当たってもあいつは喜ぶだけだ。分かっていたのに、自分をコントロールできていない。 ……外の空気でも吸いに行こう。 飯は食ったのだ、いつものように素振りでもすりゃ少しは気分も変わるだろう。 逃げてるとは思いたくなかった。それでも、これ以上じっとしてるとあいつのことばかり考えてそれこそ気が滅入ってしまいそうで嫌だった。