XaiJu
田原摩耶
田原摩耶

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偏※【↑100/9,100文字/DV縁×依存齋藤】※

 人から虐げられることに慣れていた。逃げることばかりを覚えようとして、立ち向かうことすることすらなかった。  だから恐らくこれはツケだ。今まで俺が逃げていたツケが回ってきたのだ。  芳川会長から見捨てられ、阿賀松伊織は俺に利用価値がないと判断したようだ。今まで執拗に追いかけ回されたのが嘘のように阿賀松は俺から手を引いた。まるで最初からなにもなかったように、日常は戻ってくる。  けれど、捨てられた俺の生活は平穏とは程遠いものだった。  会長と阿賀松の後ろ盾をなくした俺を待っていたのは芳川会長の親衛隊を筆頭とした二人の信者、或いは何もかもを失った俺を面白がるようなやつらだった。  いきなり殴られることもあった。性的なものを含んだ暴行も多々あった。  教室にいるときは志摩がいたので抑制してくれていたようだが、志摩がいなくなった途端物陰に引きずり込まれるのだ。  全てが元通り。最初から俺に平穏な生活なんて無理なのだ。  鬱憤の捌け口にされることにも慣れていた。どうすれば受けるダメージを軽減することができるのかも分かっていた。  立ち向かうほどの力も残っていなかった俺の前に、そいつは現れたのだ。 「楽しそうなことしてるね。俺も混ぜてよ」  その日は、名前も知らぬ上級生に男子便所に連れ込まれていた。フェラをすれば殴るのはやめてやるという上級生に抵抗することもせず、言われるがまま膝をついてその下腹部へと顔を埋めようとしていたとき。  男子便所の入り口から覗き込んでくる長身の影に上級生はぎょっとする。 「ま、方人君……」 「俺も丁度齋藤君にフェラしてもらいたかったんだよね。どう? ダブルフェラしてもらおうか?」 「い、いや、それなら全然譲るよ……」  言いながらも、一気に萎えさせた男はそう俺を引き剥がせばそのまま逃げるように男子便所から出ていくのだ。  そんな男の背中を目で追い、「遠慮しなくてもいいのに」と笑う。そして、ゆっくりとこちらに視線を向ける。 「……縁先輩」 「久し振り。見ない内に痩せたね。元気だった?」 「…………」  こんな姿を見て元気に見えるのだろうか。応える気力も、乱れた服を整える気力もなかった。膝をついたまま立てないでいる俺の前までやってきた縁は、そのまま膝をついてこちらを覗き込むのだ。 「言っただろ、伊織よりも俺にしときなって。……俺なら、利用価値で人を判断するなんて真似しないのに」  縁も俺が捨てられたということを聞いたようだ。憐れむような、それでいて変わらない軽薄な笑みを浮かべたまま縁は呟く。そっと髪を撫でられ、それを振り払うこともしない俺に更に縁は顔を寄せた。  唇に吐息が掛かりそうになるくらいの至近距離だった。覗き込んでくるその瞳はどこまでも深く、心の奥まで見透かされてしまいそうで――。  つい、視線を反らしそうになるが顎を捉えられ再度視線を合わせられる。そして。 「俺は君みたいな可哀想な子が好きなんだ」 「か、わいそう……?」 「うん。そうだよ。理不尽に愛されて、理不尽に捨てられる。……環境の変化に適応するほどの生命力もないから一人で放り出されてしまえば生きていくことができない。迷子みたいに助けを求めることもできず、ただされるがままになってる子が可哀想で――可愛そうで、堪らない」  縁の言葉は一片たりとも理解することはできなかった。ただ顎や頬に触れるその手が優しくて、すり、と撫でられるだけで胸の奥がじんわりと熱くなるのだ。 「ねえ、齋藤君。君はこのままでいいの?」 「……」 「このまま、毎日毎日色んな連中に入れ替わりで殴られたりレイプされたいの?」 「ま、世の中にはそういうの好きな人もいるから俺は悪いとは思わないけどね」と笑う縁に、俺は首を横に振る。我儘だと分かっていた。逃げる努力も立ち向かう努力もできず、この状況にただ流されていたくせに逃げたいと思うこと自体が罪だと思っていた。  けれど、縁は。 「じゃあ、俺が助けてあげるよ」 「……せ、んぱいが……?」 「うん、そうだよ。……ああ、別に俺は伊織みたいに脅したりしないよ。嫌ならやめればいいし。……俺が君を助けたいだけだから」 「ど、うして……」 「――下心」  その口から出たのは、端正な顔にはそぐわないほどおおっぴらな言葉だった。 「好きな子を守りたい、あわよくば俺を惚れ直してくれないかなって下心だよ」  ◆ ◆ ◆  それから、縁と一緒に行動することになった。  授業にわざわざ出る必要性もなくて、縁の部屋に何日も泊り込むこともあった。  縁は初めて出会ったときから俺への好意も下心も隠すことはなかった。だから、縁の部屋に行くことの意味は最初から分かっていた。何度も志摩に言われていたが、もう今となっては些細な問題だった。  よくも知らない人間に無理矢理性器を咥えさせられるよりは、見知った、少なからず俺のことをまだ好意的に思ってくれている縁に抱かれた方が幾倍もマシだと思えたからだ。 「ッ、ひ、ぃ」 「……っ、酷い怪我だね。痛いよね、ここ」 「ぁ、ッ、ふ、ぅ……ッ」 「あーあ……ッ、可哀想に……こんなに細いのにボコボコにされちゃって、こんなところにまでアザが残ってるし」  背後から覆い被さってくる縁は言いながら肩甲骨や背骨、肩へと唇を押し付け、舌を這わせる。  生傷も完治していない全身は触れられるだけで痛み、熱を持ったが今の俺にとってはそれすらも丁度いい刺激になるのだ。  腰を掴まれ、躊躇なく奥の奥まで性器をねじ込まれ、腰を打ち付けられる。内側から圧迫され、性器の形に膨らんだ腹部を大きな掌で撫でられればそのゴリゴリとした感覚に堪らず仰け反った。 「っふ、ぅ」 「可愛いね、齋藤君。ね、気持ちいい?」 「ッき、もち……ぃ、れ、す……ッ」 「いいね、そんな風に可愛いこと言われると余計興奮するよ……ッ」 「ッ! ひ、ぅ゛……ッ!」  尻の肉に跡が残る程強く掴まれ、最奥突き当りの部分を亀頭で押し上げられる度に頭の中が真っ白になり、なにも考えることができなかった。ビクビクと痙攣を起こす下腹部。感覚を失い、ひとりでに起き上がることもできずだらんと力が抜けそうになる俺を抱いたまま更に縁は腰を進めるのだ。熱い。苦しい。なにも考えられない。けど、今は乱暴に抱かれた方が良かった。  いっそのこと、意識が飛びそうなほど犯された方が――。 「ッ、ぉ゛……ッ、ぐ……ッ、ぅ゛……ッ」 「汚い声出ちゃったねえ、齋藤君。……ここがいいの?」 「っ、そ、ごぉ……や゛、ぁ……ッ」 「ここ?」 「ぃ゛ッ、ひ、あ゛……ッ!!」  開いた口から溜まった唾液が溢れる。  本能から逃げようとする下腹部を捉えられ、突き当りの閉じたそこを腫れ上がった亀頭で体重をかけるようにぐっと押されると脳に溜まったなにかが溢れるようだった。だらしない声とともに腰が浮き、縁は「可愛い声」と笑って更に奥へと腰を進めてくるのだ。 「はー……ッ、ぅ゛、あ゛……ッ、」 「もっと……ッ、もっと聞かせてよ、その声」 「ッ、あ゛ー……ッ、ふ、ぅ゛……ッ」 「もっと、ねえ」 「――ぉ゛ッ、ぐひ、」  骨盤越しに骨がぶつかるような音ともに痺れるような快感が結合部を中心に全身へと広がる。閉じた口を無理矢理広げられ、更に奥へと入ってくる縁に脳汁が止まらず、文字通り犯される。  凹凸をこじ開けられ、カリを引っ掛けるように何度もぐぽぐぽと性器を出し入れされれば、それだけで下半身は自分のものではないかのようなほどに痙攣を起こすのだ。  気持ちいい。苦しい。怖い。気持ちいい。これ以上は駄目だ。いけない。怖い。気持ちいい。気持ちいい。気持ちいい。  ――気持ちいい。 「――ッ、ふ、う゛、」 「好きだよ、齋藤君」 「っ、せ、んぱ……ッ、ぁ゛ッ、ひ、ぎ――ッ!」 「君がどんだけ嫌われて捨てられても、俺だけは君のことを拾ってあげるからね」  腹の奥、鼓膜いっぱいに縁の声が響く。粘着質な濡れた音に混ざって甘い猛毒のような声が染み渡り、キスをされればなにも考えられなくなった。  満たされる。俺の中を満たすそれが純粋なものではなくとも、どうでもよかった。  恐る恐る、重ねられた手に指を絡める。キスに応えるように俺は唇を開き、縁の舌を招き入れた。  見様見真似で縁に恐る恐る舌を絡めれば、腹の奥深く出し入れされていたそれが更に太くなるのを感じた。  縁が喜んでくれるのならそれでよかった。どうだって、なんだってよかった。  俺にはもう、これしか残されていなかったから。  ◆ ◆ ◆  利害の一致。ただ都合のいいように扱われてるだけだと分かっていても、それでも良かった。  少なくとも、言うことを聞いている間は縁が褒めてくれる。一緒のベッドで眠ってくれる。俺のことを必要としてくれる。  だから、どんな恥ずかしいことを要求されても頑張って応えようとした。そうすれば縁が「頑張ったね」って褒めてくれるからだ。  恋人なんて呼べるような関係ではない。縁は俺のことを好きだとか可愛いだとか言うが、それは出会ったときからそうだった。俺は、縁のことが好きなのか分からない。けれど、少なくとも今の俺達の関係は俺が想像している恋人関係とは程遠い。  縁が俺と他の人のセックスを見たいと言えばそれに応えたし、夜の校舎で露出狂のような真似をさせられたこともある。犬の首輪を嵌められ自分の精子を飲むこともあった。それでも、断ることはしなかった俺を見て縁は言った。 「良い子だね、君は。俺の言う事ならなんでも聞いてくれるのかな」 「……せ、んぱい」 「良いね。俺、従順な子は好きなんだ」  言うことを聞けば縁は喜ぶ。見捨てられない。助けてくれる。少なくとも、縁がいると他人に絡まれるようなことも殴られるようなこともなくて済む。  だからこそ、縁のいうことを聞いていたのに。いつの間にかに俺は撫でてくれる縁の手を求めるようになっていた。その優しい声に安堵を覚えるようになってい。  縁に嫌われないように、気分を損ねないように、必死に縁に応えていた。  一月が経つ頃には当初の目的がなんなのか俺も分からなくなっていて、ほぼ毎日抱かれていた身体は縁に服の上から触れられただけで反応してしまいそうになるほどだった。  すれ違いざま背中を撫でられるだけで海老反りになりそうになる俺を抱きかかえ、縁は「おっと、大丈夫?」と笑う。そうわざと腰を抱き寄せるのだ。 「具合が悪いなら保健室行く? ……それとも早退する?」  無理はよくないよ、と擦られる下腹部。お腹、臍の辺りを指先でぐるぐると円を描くように撫でられるだけで触れられた奥に熱が溢れ出すようだった。  腰から力が抜けそうになる。爪先に力がこもり、内股の筋が痙攣する。  何事かと心配そうな周りの目なんて気にならなかった。俺の視界にはただ一人、縁しかいない。 「……っ、先輩の、部屋に……」  縁が目を細め、笑う。肩を抱き寄せられ、そのまま俺は縁に抱き抱えられた。  縁といたら不安も、恐怖も、余計なことなど考えなくて済む。理性も常識も根本から侵食されていく。  気付いたときにはもう、なにもかも手遅れなのだ。  ◆ ◆ ◆  縁方人と一緒にいようが、何度抱かれようが、俺には縁のことがなにもわからなかった。  ただ料理が趣味で、ホラー映画が苦手で、レモネードが好き。そのくらいしか知らない。  あとはどの体位が好きなのか、どんなプレイが好きなのか。それくらいだ。  縁のことを知りたい。そんな風に思うのは必然なのか、俺には分からない。それでも俺は少しでも縁を理解したかった。  ……それが何故かは分からない。もしかしたら、情が沸くというのはそういうものなのだろうかと思った。  縁は自分のことを話したがらない。だから、俺は縁の表情や言葉尻などでその心情を計ろうとしたがそもそもそれが間違いだった。  知ろうとすればするほど、ふと違和感を覚えるようになってしまうのだ。  縁の言葉は柔らかく、優しい。俺の掛けてほしい言葉を口にするが、そこから縁の思考や意思はなにも感じることができなかった。  まるで用意された台本でも読み上げているように聞こえてしまった瞬間、あれほど暖かく思えていた時間が、空間が、一瞬にして世界を変える。 「どうしたの? 齋藤君」 「……っ、い、え……」  縁の部屋の中。滲む汗を誤魔化しながら俺は隣のソファーに腰を掛ける縁から視線を外した。  丁度風呂上がりの縁は「そう?」と不思議そうな顔をしながらもグラスに注がれた水を飲むのだ。それから回された手に肩を抱き寄せられる。  キスをされる、と思った瞬間。つい、俺は縁の口を手で抑えた。 「……っ、」 「……ん? どうしたの?」  僅かに縁の声のトーンが下がる。部屋の温度が冷えていくように感じたのは俺の思い込みだろうか。  あくまで優しい声だった。俺が緊張してると思ったのだろう。さらりと前髪をかき上げられ、至近距離から目を覗き込まれれば息が止まりそうになった。 「……っ、せ、んぱいは……」 「うん」 「お、俺のこと……本当に好きなんですか?」  今更なんだという顔だ。そうだ。何度も愛を囁かれていた。その度に胸が熱くなっていたのも事実だ。けれど、それはいつも行為中だ。少なくとも冷静になってしまった今、こうして素面で聞くのとはまた違ってくる。  それでも、安心したかった。縁のことが分からなくてもいい。少なからず、ほんの少しでも俺のことを好きだと言ってくれればよかったのだ。 「……好きだよ」  そして、その思いは縁に通じたのか。吐き出される言葉に息を飲んだ時。  胸倉に伸びてきた手にネクタイを掴まれる。そして、ごり、と額がぶつかりそうなほどの距離。縁は笑うのだ。いつもの人良さそうな笑顔ではない、皮肉げに歪んだ冷笑。 「――なんて、言ってほしかったのかな。君は」 「せ、んぱ……」 「どうしたの? 齋藤君。……俺はちゃんと君の質問に対して答えてあげたのに、そんな顔されると流石に傷付いちゃうな」  嘘だ。と頭の中で声が響く。なにも感じない。  確かに求めていた言葉だった。魔法が解けたような感覚だった。嫌々でもない。それなのに、なにも感じない。あのときのような温もりも、安心感も、なにもないのだ。 「不安になっちゃったのかな、俺のせいで」 「……っ、ぁ、お……俺……」  帰ります、と縁の胸を押し返し、離れようとした瞬間。手首を掴まれ、強く身体を引っ張られた。それに抵抗する力などない俺は、あっさりと縁の胸へと飛び込む形になる。 「駄目だよ、齋藤君」 「……っ、ぁ……」 「今更俺を置いて逃げるなんてなしだよ。……ねえ、寂しいだろ?」 「せ、んぱい……ッん、ぅ……ッ」  顎を掴まれ、唇を重ねられる。リップ音を立て、指先とは裏腹に熱い舌が唇を這うが俺は口を頑なに開かなかった。  そんな俺に対し、縁は機嫌を悪くするどころか小さく喉を鳴らして笑うのだ。  同時に唇へとねじ込まれる親指にそのまま顎をこじ開けられる。そのまま侵入してくる舌に舌を絡み取られ、蹂躙されればあっという間に縁のペースに呑まれてしまいそうになるのだ。 「っ、ぅ、ん……むぅ……ッ!」  散々慣らされた身体は動けなくなる。舌で咥内を舐られるだけで下腹部は熱くなり、じんわりと熱が溢れた。  唾液ごと舌を啜られ、音を立てて舌を抜いた縁はそのまま俺の唇を舐めるのだ。そして、そのまましまい忘れていた俺の舌を掴む。 「っ、は、う……ッ」 「ねえ齋藤君、君は俺のためならなんでもするんじゃなかったの?」 「っん、う……ッ」 「なんだ、所詮そんな程度だったんだ。残念だなあ、俺は君のためならなんでもするつもりだったんだけど」  咥内から引きずり出された舌に爪を立てられ、太い針が刺さるような痛みに堪らず下半身が震える。痛みのあまりじんわりと視界が滲んだ。 「……君もなんだ」  落胆の言葉。それでもやはり縁は本心からショックを受けてるようには聞こえなかった。  そもそも、君もという言葉がわからなかった。  とにかく逃げなければ。それだけは本能的に理解できた。けれど、動こうとすればするほど縁の力は強くなるのだ。血が出てるのだろう。喉の奥へと広がる鉄の味に心臓から流れる血液が熱くなる。  恐怖だ。ずっと忘れていた恐怖がこみ上げてくる。足が震えそうになり、首を横に振って縁にやめてくれと懇願すれば縁はふっと微笑んだ。 「……残念だよ、齋藤君」  言葉とは裏腹に深くなる笑み。自分の血で赤く染まる唇を舐められ、深く口づけをされる。なにが起きてるのかわからなかった。痛みとパニックで石のように固くなる身体、顎の下へと触れる縁の掌にそのまま首を覆われる。掌全体に加わる力によりゆっくりと押さえつけるように器官を圧迫され、息苦しさに藻掻こうとすれば更に縁に深く唇を重ねられ、残った酸素すら奪われるのだ。  痛みで痺れる舌を愛撫されれば恐ろしいほど身体が熱くなり、頭の奥が痺れる。逃げなかれば。そう思うのに、縁に舌を噛まれれば下腹部が大きく痙攣するのだ。おかしい。こんなの。思うのに、咥内で血液と唾液でぐちゃぐちゃに掻き混ぜられながら首を締められるのが恐ろしく気持ちいいのだ。 「っ、う゛、ん゛」 「っは、……足りないな、もっと……必死になってくれないと。駄目だろ、君だけ気持ちよくるなんて」 「ッ、ん゛ぐ、ひッ」  とうとう呼吸が困難になり、血液が頭にどんどん流れていくのが分かった。苦しい。苦しいのに、なにも考えられないほどの強烈な恐怖とそれ以上のなにかに思考回路全てを青く塗り潰されていく。  死ぬ。怖い。逃げないと。誰か。  そう思うが、なにひとつままならない。首を締める縁の手に爪を立て、その皮膚を何重にも引っ掻こうとするが縁の手は緩まない。 「……ああ、可哀想だね。齋藤君。はは、泣かないで。……大丈夫だよ、俺は優しい男だからね。簡単に君を殺すなんて真似はしないよ」  四肢がガクガクと痙攣する。開きっぱなしの口から溢れる唾液を舐め取られる。  白ばむ視界。走馬灯のように今まで出会った人間の顔が浮かび始めたときだった。縁は俺から手を離した。 「っ、かは……ッ!」  白く染まりかけていた世界に色が戻る。  眩しいほどの部屋の中。喉を抑え、ぜえぜえと必死に酸素を取り入れようとする俺を前に、自分の手の甲から腕に掛けて幾重にも重なる引っ掻き傷を見て縁は口づけた。 「どうやら君には俺の愛が伝わってなかったらしいからね。……これからは、ちゃんと教えてあげるよ」 「ねえ、齋藤君」と自らのネクタイを引き抜き掴む縁に血の気が引いた。  気付いたときにはなにもかもが遅い。  わかっていたはずだ、そんなこと。それなのに、それでも未だ逃げようとするのは俺なりの足掻きだったのかもしれない。  後ろ髪を掴まれ、引きずられ、床の上に仰向けになったまま背中を踏まれ、ネクタイで首を締め上げられる。逃げないと。そう思えば思うほどネクタイは首を締め上げるのだ。まるで手綱かなにかのようにそれを引っ張ったまま、縁は俺を脱がせて犯すのだ。愛も慈しみともほど遠い。  痛み、苦痛、己のことしか考えていない一方的な暴行だった。声を上げることもできず、抵抗すれば首を締められ、意識が途切れそうになる都度それは緩められ、再び犯される。そんなことを何度も繰り返された。執拗に、気絶すれば頭を床へと叩きつけられ、時折臀部を叩かれたり肩を思いっきり噛まれることもあった。  それでも、縁との行為で慣らされていた身体は痛みすらも快感と捉えるほど浅ましいことになっていた。嫌だった。恐ろしく、本気で殺されると思うのにその都度全身を巡る血液は性器に集まるのだ。痛いほど腫れ上がり、充血した性器からは夥しい量の先走りで濡れていた。痙攣の止まぬ身体は全身が神経のように過敏になり、痛みすらも脳は快感へと互換する。  三日三晩行為は続いた。首を締められるだけで内壁が痙攣し、乳首を噛まれればとろりと液体のような精液混じりの先走りが垂れる。悲鳴をあげることなど、助けを懇願することなどできなかった。  ろくな睡眠も取れず、働かない頭の中。縁が飲み物を取りに言ってる間は無機質な玩具が肛門を犯し続けていた。逃げることはできない。なにも感じることもできなくなっていた。二十四時間以上叩き起こされ、刺激を与え続けられていた全神経は麻痺を通り越していかれてるのかもしれない。咥えさせられた猿轡の隙間からは唾液がただ溢れていた。縁が戻ってくることが怖かった。あの足音が近づいてくるのが、扉が開く音が、なにもかも。尖った神経は微かな物音ですら収拾し、びくりと反応する。 「やあ、お待たせ齋藤君」  モーター音と水音が響く部屋の中、ナイフを手にした縁が戻ってくる。鈍色のナイフに酷い自分の顔が反射した。 「どうやら君には俺の愛が伝わらないみたいだからね。……なら、もっとたくさん教えてあげないと。余計なことなんて考えなくていいように、もっと、もっと、溢れ出しちゃうくらいたくさん……注いであげるからね、齋藤君」  どこでなにを間違ったのか。そもそも、この男に助けを求めたこと自体が間違いだったのか。  逃げることもできぬまま俺はこれから襲いかかってくるであろう痛みを想像し、射精した。  おしまい


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