強慾【↑100/8,800文字/阿賀松(+阿佐美)×齋藤/甘め】
Added 2021-08-02 18:18:33 +0000 UTCなぜ、こうなってるのだろうか。 「おいユウキ君、ちょっとこっち来い」 例の如く連れてこられた阿賀松の自室。 ソファーの上、ふんぞり返った阿賀松はやってきた俺を見るなりそんなことを言い出した。 この展開はまだ想定内だ。 「は、はい」と恐る恐る歩み寄り、ソファーの隣に腰を降ろせば再び阿賀松は「いいからこっち来い」とこちらを睨むのだ。 きたのに。いやまさか膝に乗れと言ってるのか、この男は。 普段は余計な真似をするなだとか馴れ馴れしいんだよ何様のつもりだ?とボロカス言ってくる男だが、その気分にはかなりのムラがあることを俺は知っている。別に膝に座れと言われるのも初めてではないが……慣れない。慣れたくもないが。 恐る恐る「失礼します」と阿賀松の膝にそっと触れる。阿賀松はなにも言わずにこちらを見下ろす。怖い。一つでもミスをしたらなにされるかわからない。慎重に慎重に、あまり体重をかけないように腰を浮かせて阿賀松の膝に座ろうとしたときだ。 いきなり背後から伸びてきた腕に抱き寄せられた。せっかくの気遣いも無駄だった。阿賀松の膝の上に落ち、慌てて体勢を整えようとするが阿賀松はそれを許さない。 「あ、阿賀松せんぱ……」 「良いから黙ってろ」 「は、はい……」 後頭部から聞こえてくるのは阿賀松の声。 つむじに阿賀松の鼻先が埋まるのを感じた。 す、吸われてる……?と動揺しそうになるのを堪え、俺は阿賀松の好きにさせることにした。 それにしても、なんだこの状況は。 阿賀松の膝の上で吸われる。今更ながら奇妙な図だ。 始まりは、放課後。縁と仁科が教室へとやってきたことから始まる。 「阿賀松先輩と詩織が喧嘩……?」 二人に教室から連れ出され、やってきたのは保健室だ。 机を挟んで俺達は椅子に腰を降ろしていた。最早保健室が主に縁専用の溜まり場になってる保健室ことにはもう突っ込まないでおく。 「らしいね。俺もびっくりしちゃったんだけど、伊織がああなるなんて詩織くらいしかないだろうからね」 ああなる、という単語に背筋が震えた。脳裏に浮かぶのはいつの日かの阿賀松だ。 ……というか、阿佐美と阿賀松が喧嘩か。全然想像つかない。というか、主に阿佐美が阿賀松に怒る図がだ。 「ってなわけで、齋藤君伊織のこと頼むよ」 「え、いや……頼むって……」 「そりゃもう慰めたり励ましたり、その辺の諸々をだよ。俺や奎吾はもうお手上げ状態だしね」 そう縁は笑う。先程から一言も発してない仁科の方へと目を向ける。そこにはぼろ……っとなった仁科がいた。そして、 「齋藤……悪いことは言わないから逃げとけ」 ……仁科が言うと信憑性が増す。 そして、縁は「こらこら奎吾〜」と仁科の肩を組むのだ。 「そんなこと言ってたらまた伊織に八つ当たりされるよ〜?」 「ぐ……っ!」 一体なにがあったというのか……。気になったが聞くのも恐ろしい。 そんな二人のやり取りを見て狼狽えてると、縁はにっと微笑むのだ。いつもの人良さそうな笑顔だ。 「今、伊織に必要なのは癒やしだからね。ほら言うじゃん、アニマルセラピーって」 「お、俺……アニマルじゃ……」 「大丈夫大丈夫、ほら齋藤君と詩織って伊織にとってセラピー枠だろうから」 他人事だと思って適当なことを言ってる……。 というわけで、俺は縁に強引に連れられる形で阿賀松の部屋まで行くことになったわけだ。 「頑張れ頑張れ」と最後まで他人事の縁とずっと手を合わせてすまんのポーズをする仁科に見送られやってきたはいいが、俺を迎えた阿賀松は想像していたよりも普通だ。少なくとも初手ぶん殴られることもなかった。 ――そして、現在に至る。 「……」 「……」 「……っ、……」 これで正しいのか。そもそもどれほどこうしてたらいいんだ。動けない。でも酷いことされるよりかはましなのか? なんて考えてる間にも時間は経過するし、阿賀松はなにも言わないし。てっきりイライラしてると思ったが、もしかしたら本気で凹んでいるのか?……あの阿賀松が?それこそ考えられない。 「……」 が、念の為だ。ちらりと阿賀松の方を見上げようとしたときだった。伸びてきた手に後頭部を鷲掴みされ、再び正面を向かされる。 「動くなって言ってんだろ」 「ご、ごめんなさい……っ」 やっぱ怒ってるじゃないか。 後頭部からはすぐに阿賀松の手は離れ、再度先程と同じ状態に戻る。……つまり、ふりだしだ。 けど楽しいのか、これ。阿賀松ならばこう、殴るなりそれ以上のことをされる覚悟ではいただけに反応に困っていたときだ。 ふと、すうすうと規則的な吐息が聞こえてきた。 「……っ」 う、嘘だろ……ね、寝てる……? 人を抱いたままか? あまりにも予想外すぎて、人の頭に顔を埋めたまま眠りだす阿賀松に狼狽えてると、扉の外からは頑張れ頑張れする縁とはらはらしてる仁科が見えた。なんだそのポンポンは。いつ用意したんだ。 ……取り敢えず、このままでいるしかない。 阿賀松の寝息を聴きながら大人しくすること暫く。阿賀松は本格的に眠ってしまったらしい。 背もたれにもたれかかったまま、その腕には人の身体を抱き枕かなにかのように抱き締めて眠っていた。 せめてベッドで眠ればいいのに。よほど疲れていたのか。でも逆に重くないのだろうか。そんなことばかりぐるぐる考えていたとき、ふと尿意を催す。 もぞ、と阿賀松の腕の中身動ぐが、阿賀松の腕は外れそうにない。もし俺がこの手を抜け出せば、流石に阿賀松も目を覚ますだろう。 「……っ、……」 ……我慢しろ、尿意を思考から忘却しろ。そう自己暗示を掛けながら俺は両膝をこすり合わせ、必死に堪える。 下腹部に力を入れるあまり、もじもじと無意識の内に内股になっていたときだ。ふと、背後の阿賀松が動いた。もしかして目を覚ましたのだろうかと思った矢先、阿賀松の腕に更に強く身体を抱き締められた。 「……行くな」 一瞬、聞き間違いかと思った。 微かな阿賀松の声に思わず振り返れば、長い赤い髪の下、阿賀松は目を瞑ったままだった。 ……寝言、なのだろうか。 これほど阿賀松の顔をじっくりと見たことは初めてかもしれない。顔に空いたピアスが痛そうだとか、そんなことよりも、なんだか阿賀松の寝顔が苦しそうに見えたのだ。 眉間に刻まれた深い皺のせいなのかもしれない。それとも、いつもの下品な笑顔がないからか。……或いは。 「……」 ほんの、ほんの少し間が差した。 腰へと回された阿賀松の手にそっと触れる。強張った手の甲に自分の手を重ねたとき、指の下の阿賀松の手がぴくりと反応するのを見て背筋が凍った。咄嗟に手を離そうとしたときだった、もう片方の手に手を握られる。強く、けれどいつものように指を絡めるようなものではない、まるでしがみつくような仕草に息を飲んだ。 ……阿賀松はまだ眠ったままだ。 どうやら寝惚けてるらしい。それでも、先程よりも僅かに眉間の皺が少なくなった……そんな気がした。 気付けば扉の外には縁たちの姿はなかった。 繋がれたままの手から流れ込む熱、包み込むような体温、規則的な寝息と鼓動。阿賀松の甘い匂い。落ち着け、という方が無理な状況なのだが……なんだろうか。こんなにまで穏やかな時間をこの男と共有することになるとは思わなかっただけに、一気に緊張が緩むようだった。 そして、暗転。 どうやら気付いけば眠ってしまっていたようだ。はっと目を覚ませばすぐ目の前に阿賀松の顔があり、思わず飛び上がりそうになる。 「よお」と笑う阿賀松。そして、やけに硬い枕――もとい、膝枕。デジャヴ。 「……ッ!!」 「……っぶねえな、急に起きてんじゃねえよ」 「ぁ、お、俺……寝て……」 いつの間に。しかも、よく見たらここベッドの上じゃないか。阿賀松が運んでくれたのか?なんて聞かなくてもわかってしまっただけに余計冷や汗が止まらない。 そんな俺を見て、阿賀松はにやりと笑う。いつもの悪い笑顔だ。 「ああ、アホみてえな面してぐっすりと眠ってたな」 「すみません、俺……」 「俺の膝の上はよく眠れたか?」 「す、すみません……」 「よく眠れたかどうか聞いてんだよ俺は」 「っ! ね、眠れました……っ!」 怒られる、と身構えたが、阿賀松の反応は予想外のものだった。 「だろうな」と口を開けて笑う阿賀松。その手のひらが頭部に伸びてきた。殴られる、と咄嗟に目を瞑るが想定していた痛みも衝撃も一向にやってこない。それどころか、わしわしと頭を撫でられ、別の意味で緊張する。 「ぇ、あ……」 なんだ、なんだこれ。阿賀松に頭を撫でられている。髪をぐしゃぐしゃにされるよりも、次油断したら今度こそ頭蓋骨陥没させられるんじゃないかと思えば気が気でなかった。 ――けど、阿賀松は俺を怒らなかった。 昼寝して機嫌がいいのか、それでも気は抜けない。乱された髪を直すこともできないまま、俺は目の前の阿賀松を恐る恐る見上げる。 「っ、ぁ……あの……先輩は……」 「あ?」 「な、なんでもないです……」 「…………」 眠れましたか、なんて俺が阿賀松に聞くこと自体不敬と取られかねない。慌てて口を噤む。 不意に阿賀松の手が止まり、そのまま耳を軽く引っ張られた。 そして。 「……ああ、お前のせいでな」 「……っ!」 耳の穴、鼓膜に直接囁きかけられ背筋がぶるりと震えた。鼓動が早くなる。離れ際、ふうと耳に息吹きかけられ変な声が出そうになった。わざとだ。阿賀松はそんな俺を見て笑っていた。 「……なにか言いたそうな面だな」 「あっ、い、いえ……その……」 「大方、方人辺りに余計なこと吹き込まれたんだろ? じゃねえとお前が俺のところに自分から来ることなんて早々ねえからな」 吐けよ、とそのまま横髪を耳へと掛けられる。 全てお見通しらしい。そのとおりだ、俺だって自分から阿賀松に会いに来たわけではない。 隠し事なんて阿賀松にしたところで無駄なのだろう。どこまで踏み込んでいいのか分からないが、下手に誤魔化してキレられるより白状した方が賢明だろう。そう判断した俺は、慎重に言葉を探る。 「う……っ、そ、の……阿佐美と……喧嘩したって……それだけです、聞いたのは……」 「…………」 「う……す、すみません……その、余計な真似を……」 してしまって、と言いかけた矢先だった。 乱れたままの髪を更に阿賀松にわしゃ、と撫でられる。 「わ、あ」 「……忘れろ」 「へ……」 「つうか、喧嘩してねえよ。喧嘩して不貞寝ってガキか?」 わりとしてそうだけどな、なんて口が裂けても言えない。それでも、阿賀松はいつもと変わらない。……多少、面白くなさそうではあるが。 「ああ? なんか言いたいことでもあんのか?」 「な、なんでもないです……っ!」 「つか、いつまで人の膝でゆっくりしてんだ。いい加減重いんだよ、退け」 自分から膝枕しておいて、なんてこの男に対して思うだけ無駄なのだ。俺は慌てて阿賀松から離れた。 そしてそのまま立ち上がった阿賀松は俺を残したまま部屋に取り付けられた冷蔵庫へと歩いていく。そのまま水の入ったボトルを取り出し、ぐいっと口つける阿賀松。ごくごくと上下する喉仏を眺めてると、阿賀松がこちらへと目線を向けてきた。 「んだよ、喉乾いたのか?」 「い、いえ……ぁっ」 「あ?」 「と、トイレ……お借りしていいですか……?」 忘れてた。 思い出した途端強烈な尿意が襲いかかってきて、恐る恐る阿賀松に尋ねれば阿賀松はボトルから口を離す。 そして。 「駄目だ」 「っ、そ、そんな」 「……って言ったらどーすんだよ、それくらい自分で決めろ。因みに俺なら言うぞ」 そう、にやりと口元をだらしなく緩める阿賀松。どうやらからかっていただけのようだが悪質すぎる。 無茶苦茶だこの人……と呆然としてると、「漏らす前にさっさと行ってこい」と阿賀松は今度は急かしてくるのだ。 俺は失礼します、と阿賀松に頭を下げ、そのままトイレへと小走りで駆け込んだ。 なんだか機嫌が悪いと思えば妙に優しいし……調子狂うな。嵐の前の静けさか、阿賀松が落ち込んでる……いやまさかな。気分屋な阿賀松のことだ、そういう気分の日もあるのかもしれない。 トイレで用を足し、部屋へと戻ると阿賀松がソファーに腰を降ろしていた。 「お、おトイレ……ありがとうございました」と頭を下げれば、阿賀松は吹き出す。 「お前、おトイレって……っふ、くく……」 「お、お手洗い……」 「スッキリしたかぁ? そりゃ良かったな」 「は、はい……」 阿賀松に笑われてる。……恥ずかしい。 けど。 「ほら」 一頻り笑った阿賀松は、俺に水を手渡してくれる。未開封のボトルだ。 「……ありがとうございます」 それを受け取る俺。 隣に来いと言われる気がして、恐る恐る俺は阿賀松の隣に腰を下ろした。 「もう膝枕はいらねえのか?」 「……い、だ、大丈夫……です……」 そんな俺を鼻で笑い、「そうかよ」と阿賀松は足を組む。 そして、部屋の中に沈黙が流れた。 「……」 「……」 気まずい、けどいつもの恐怖はない。緊張感は相変わらずだが、それでも阿賀松の横顔を盗み見る余裕くらいはあった。阿賀松はどこを見ているのか、そっぽ向いたままだ。 「……詩織ちゃんと喧嘩出来たら、苦労はしねえよ」 それは、独り言のようにも聞こえた。が、俺の耳にはしっかりと届いていた。 思わず阿賀松の顔を見つめれば、視線だけがこちらを向く。 「あいつは自分の考えも言わねえからな。……反発すらしねえ」 「けど、お前は特別らしいな」そう、阿賀松がこちらを向いたと思ったとき。咄嗟に視線を逸らそうとするが、遅かった。ばちりと目があったとき、伸びてきた指先が頬へと触れる。 「ぁ、の……そ、それは……」 「ま、それは俺も同じだけどな」 え、とアホみたいな声が漏れそうになった。 それよりも先に阿賀松の指が離れた。それでも、向けられた視線はしっかりとこちらを向いたままで。 「――なあユウキ君。お前は俺と詩織ちゃん、どっちが好きだ?」 「……っ、そ、れは……」 突拍子もない、究極の二択だった。 ……いや、違う。答えなど分かりきっていた。必要なのはそれを口にすることの勇気だけだ。 「答えろよ。ほら、ごー、よん……」 「し、おりです」 急かされ、やばい、と思ったときには咄嗟に口にしてしまっていた。 阿賀松のカウントは止まり、じ、とその鋭い双眼はこちらをただ見据えるのだ。蛇に睨まれた蛙とはまさに俺のことだろう。 「……」 「ぁ、そ、の……」 ああ、言ってしまった。例え嘘でも阿賀松と答えるべきところだったはずだ、今のは。 いくら阿賀松が機嫌がいいとはいえ、これは流石に殺されるのではないか。そう戦々恐々と死刑宣告、或いは死刑を待っていたときだ。 ネクタイを掴まれ、そのままぐっと顔を寄せられる。鼻先が擦れ合いそうなほどの至近距離。息苦しさよりも、その近さに思わず息を飲む。 目の前の阿賀松は笑っていた。唇にぶら下がるピアスは鈍く照明の明かりを反射する。 「……ああ、“今は”それでいい」 「せ、んぱ……」 先輩、と言いかけたとき。唇が重ねられる。驚く暇もなかった。犬のように唇を舐められ、そしてその舌のピアスの感触に反応しかけたとき。 「あいつを裏切るってことは、俺を裏切るってことになるからな。……覚えておけよ」 低く囁かれる言葉に背筋が震える。 俺から手を離した阿賀松はそのまま立ち上がり、部屋を後にした。唇には暫く阿賀松の熱が残っていた。 ◆ ◆ ◆ 結局あのまま阿賀松は部屋から出ていったようだ。どうすることもできないまま俺は自室へと戻ってきていた。 ただいま、と扉を開けたとき、勢いよく阿佐美が飛び出してきた。 「ゆ、ゆうき君……っ! おかえり、帰りが遅かったから俺心配で……っ」 いきなり抱きしめられたと思えば、相当焦っていたようだ。わんわんと声を上げる阿佐美の腕の中、相当心配していたらしい。どんどんと力が増す腕に苦しくなってくる。 「し、詩織……分かった、分かったから落ち着いて……っ」 「あっ、ご、ごめんね……っ! つ、つい……」 大丈夫?大丈夫?と俺から手を離した阿佐美は俺の背中を撫でてくれる。大きくて、優しい手だ。不意に阿賀松に撫でられたときの感触が蘇り、妙な罪悪感に囚われる。 「ゆ、ゆうき君……? やっぱりどこか苦し……」 「や、違う……大丈夫だよ」 「本当に……?」 そう背中を丸め、こちらを覗き込んでくる阿佐美。相当焦ってるらしい、この長い前髪の下では半泣きになっていそうだな、と思いつつも俺は「うん」と笑って安心させることにした。 「それならいいけど……方人さんに連れ回されたんだよね? その、大丈夫だった……?」 なにとは言わないが、恐らく阿賀松のことを指してるのだろう。僅かに低くなるトーンからして、やはりなにかがあったことは間違いないようだ。 阿賀松と阿佐美が喧嘩なんて、と思ったが……なるほどな、と思った。実際は喧嘩と呼べるものでもない、その理由も知らないけれどそれでも、阿佐美の性格は分かってる。 「……大丈夫だったよ」 寂しがってた、なんて俺の口からは言えなかった。それでも俺の言葉を信じてくれたようだ。阿佐美は「ならよかった」とほっと胸を撫で下ろす。 そんな阿佐美を見て、胸の奥がざわつくのだ。 「詩織は……」 「ん?」 俺と先輩、どちらかしか選べなかったらどちらを選んでくれるのか。そう阿佐美に問いかければ、どう答えてくれるだろうか。 ふと、そんな疑問が込み上げる。 「どうしたの? ゆうき君」 不安そうな声。そんな阿佐美に俺は、「やっぱりなんでもないよ」と答えた。 何か言いたそうな顔をする阿佐美。阿佐美が続けるよりも先に、俺はそっと頭一個分高い位置にある阿佐美の頭に触れる。瞬間、阿佐美がわっと驚いた顔をした。 「ゆ、ゆうきく……っ」 「……詩織、寝癖ついてる。寝てたの?」 「あ、……えと…………少しだけ……?」 「そっか」と、ぴょんと跳ねた髪を撫でてやれば阿佐美は擽ったそうにしながらも大人しく頭を寄せてくる。もっと撫でて、という仕草だ。 俺はそのままわしゃ、と恐る恐る撫でた。 「……」 阿賀松もこんな気持ちだったのだろうか、なんて思いながら俺は阿佐美を撫でる。不思議そうにしながらも、大人しく待てをする阿佐美。 「……ゆうき君、やっぱり何かあった……?」 「ううん、ただ……」 「ただ?」 「……詩織のこと好きだなって思って」 「……え?! ど、どうしたの? 急に……っ、いや、あ、俺も……ゆうき君のこと……す、好き……だけど……」 “好き”のところだけが異様に小さくなる阿佐美だが、その言葉が純粋に今は嬉しかった。暖かなものが胸の奥から五臓六腑へと染み渡る。 ――やっぱり、俺を選んでほしいな。 そう思うのはエゴなのだろうか。 「……詩織」 「ゆ、ゆうき君……? あの、」 骨っぽい手が肩に触れる。乾いた指先の感触に、どうしても阿賀松が重なるのだ。 きっと、阿佐美は俺がここで無茶なことを言っても受け入れてくれるのだろう。そんな風にすら思えてしまうこと自体が傲慢なのかもしれない。俺は、阿賀松の考えなど理解できないと思っていた。したいとも思わなかったが、ほんの少しだけ分かってしまった。 俺は阿佐美の胸をそっと押し返し、身体を離した。 「……そろそろ、晩御飯にしよっか」 「え、あ……う、うん……っ」 戸惑いながらも阿佐美はすぐに笑顔で応えてくれる。見えない耳としっぽがぶんぶんと振られているのを感じながらも、俺は阿佐美に唇を重ねた。 ちゅ、と小さなリップ音が響き、長い前髪の下、阿佐美の目が見開かれるのを見た。みるみる内に真っ赤になる阿佐美に、ああ、と思う。俺は酷いことをしたのだと。 「……何が食べたい? なんでもいいよ、詩織が食べたいのなら」 俺と阿賀松は違う。そう、自分に言い聞かせるためだけに阿佐美を利用するなんて。 顎先に触れる阿佐美の指が食い込むのを感じながら、俺は目を瞑った。 俺と阿佐美には、阿賀松と阿佐美のように同じ血が流れてるわけでもない。ましてや、他の人間に比べて過ごした時間も足りない。 それでも、この阿佐美を知ってるのは俺だけでいい。我儘な阿佐美を知ってるのも、分厚い皮の下に隠された顔も、全部。 おしまい