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田原摩耶
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中学時代壱畝×齋藤SSS【↑100/6,400文字/過去話/一人称僕齋藤】

 幼い頃から自分のことが好きではなかった。 「……っ、ハルちゃん……待って……」 「大丈夫? ゆう君、もう息切れしてるの?」 「だ……だって、ハルちゃん……歩くの早いよ……」 「ごめん、一応歩幅合わせたつもりだったんだけど……はは、だよな。ゆう君の足じゃちょっとキツかったかな」  笑うハルちゃん。指摘されて頬が熱くなった。  確かにハルちゃんはクラスの中でも、他の同級生たちと比べると大人っぽい。それに、身長だって違う。同じ制服を着てるはずなのにこれでは大人と子供のようだ。  恥ずかしくなって俯けば、「冗談だよ」とハルちゃんは僕の頬を撫でる。 「は、ハルちゃん……」 「はは、ゆう君もちもちだね」 「そ、それ……やめて……」 「なんで? 俺はゆう君のほっぺた柔らかくて好きなのに」 「は……恥ずかしいよ」 「なんで?」 「あ、う……」  自分の気持ちを言葉にすることは苦手だった。  両の頬を手で挟まれ、そのまま顔を固定するように覗き込まれる。染めた髪の下、ハルちゃんの睫毛一本一本が見えるほどの距離に思わず固まった。  ハルちゃんには友達がたくさんいる。  僕以外にもたくさん。それなのに、こんな僕にも仲良くしてくれるのだ。スポーツが得意でもなければ舌が回るわけでもない、頭も良くなければ、トロいと周りをイライラさせてばかりの僕を。  その度にハルちゃんの周りの子たちが僕を見るのだ。なんでお前だと言うように。それが、その目が怖かった。  でも、そんなことハルちゃんには言えない。 「ゆう君?」 「……ハルちゃん、あの、僕……」 「うん」 「……っ、ぁ、えと……そのぉ……」  言葉が出てこなくて、もじもじと口籠っていたときだった。  天井に取り付けられたスピーカーからチャイムが響く。休み時間が終わったのだ。  すると、ハルちゃんは僕から手を離した。助かった、と安堵する暇もなかった。伸びてきたハルちゃんの手に頭を撫でられる。 「……今の。続きは放課後聞くからな」  そう耳打ちし、ハルちゃんは僕の前を通り過ぎて自分の席へと戻った。  頭にはまだハルちゃんが触れたような感触が残っていた。 「……はあ」  とくんとくんと脈打つ心臓を抑え、息を吐く。  ハルちゃんは男の僕から見ても格好いいと思う。僕よりも頭もよくて、優しくて、運動もできて、人気者で……。  そんなハルちゃんが何故僕と一緒にいるのかわからなかった。それは周りも同じだ。  ハルちゃんは好きだし、ハルちゃんと一緒にいることも嬉しい。そのはずなのに、時々ハルちゃんと一緒にいることが怖くなる。  ◆ ◆ ◆ 「ゆう君」  全ての授業が終わり、そろそろ帰ろうかと荷物を纏めていたとき。ハルちゃんは僕の席までやってきた。 「一緒に帰ろうよ」 「う、うん……」  そう頷こうとしたときだ。教室の外、上級生の先輩たちが覗く。名前は知らないけど確か、有名な先輩たちだ。モテるけどあまりいい噂は聞いたことはない。 「壱畝〜、おーいたいた。迎えに来てやったぞ〜」  他のクラスメイトなんてお構いなし。名前を呼ばれたハルちゃんは驚いたような顔をした。 「迎えってなんすか、今日は予定あるって言ったじゃないですか」 「予定って、どうせそこのチビと帰るんだろ。いい加減俺らにも付き合えよ。お前がいねえと嫌だってあいつらがうるせーんだよ」 「そんなこと言われても……」  なんて、渋るハルちゃん。  チビ、と言われたことよりも、この人たちよりも僕を優先するハルちゃんにびっくりした。 「ハルちゃん、僕は大丈夫だから……」  そう、ハルちゃんに耳打ちしたときだった。  先輩たちの一人が「ハルちゃん」と僕の言葉を真似して大きな声で笑った。 「……っ、へ……」 「へえー可愛いじゃん、別にその子も一緒に連れてきてもいいんだぞ」  大きな声に驚いた矢先、近付いてきた先輩に驚いた。咄嗟に後退ろうとしたとき、伸びてきた手に抱き寄せられる。――ハルちゃんだ。 「ちょっと、こいつにまでちょっかいかけないでください。それに、無理でしょこいつじゃ。あの人らの相手は」 「……ッ」  なんのことを、誰のことを指しているのかわからない。けれど、そう先輩たちに返す壱畝の横顔も、冷たい顔も、僕には見たことのないものばかりだった。  多分、芋臭いと言われてるのだろう。慣れていたつもりだった。それでも、ハルちゃんに言われると酷く自分が恥ずかしくなって……僕は耐えられずにハルちゃんの腕を振り払う。 「ゆう君?」 「……っ、ぼ、僕……用事あるから……」  ごめん、とだけ呟き、僕は鞄を抱き抱えてそのまま教室から逃げ出した。恥ずかしかった。消えてしまいたかった。きっと、ハルちゃんも呆れただろう。  自己嫌悪の中、僕はなんだかいっぱいいっぱいのまま校門までやってきた。  空は曇天。ぽつぽつと灰色の空からは雨粒が落ちてくる。そして、地面には無数の水玉のシミが広がっていく。 「……っ、はあ……」  ハルちゃんは、僕だけのハルちゃんではない。  人気者で、先輩や後輩からも人気で、それで……僕は……。  とぼとぼと一人歩き出す。傘は持ってきていなかったが、少しくらい濡れても気にならなかった。  そんなときだった。いきなり背後から肩を掴まれ、飛び上がりそうになった。 「っ、ひ……ッ!」 「ゆう君!!」 「は、……ハルちゃん……?」  血相を変えたハルちゃんがそこにはいた。まさか教室から走って追いかけてきたのか、珍しく息を切らしたハルちゃんに僕は驚きのあまり鞄を落としそうになっていた。慌てて抱き抱え直す。 「なんで、ここに……あの人たちと行くんじゃ……」 「なんでそうなるんだよ。……断ってきたんだよ」 「ど……して……」 「言っただろ、ゆう君と先約があるって」 「先約?」と顔を見上げれば、僅かにハルちゃんは息を吐いた。 「そうだよ。……毎日一緒に帰るって、約束」  その言葉に思わず息を飲んだ。  ハルちゃんは季節外れの転校生だった。  転校初日からハルちゃんは人気者で、そんな彼を横目に僕はいつものように教室を出た。所属の園芸部は活動らしい活動は校門前の花壇に水やりするくらいだ。それも朝の内に済ませていたので、帰宅部に混ざって帰ることにした。  そんなときだ、道に迷っていたハルちゃんに遭遇したのは。引っ越しの片付けがあるから、とクラスメイトたちに誘われていたのも断って帰ろうとしていたが迷子になっていたという。  そんなハルちゃんに「どうしたの?」と恐る恐る声をかける。そのときのハルちゃんの顔は今でも覚えている。  それが、僕とハルちゃんが仲良くなることになったきっかけだ。  たまたま家が近所でたまたまそのマンションも知っていたのですぐ案内することができた。壱畝は安心したような顔をしていて「これから一緒に帰ろう」なんて言い出すのだ。そのときはその場のノリだと思ってたが、本気でそのつもりだったのか。言われてみれば、なにかしら急用が入って帰れないときはわざわざ毎回僕に伝えに来ていた。 「ハルちゃん……」 「……それとも、ゆう君は迷惑? こうやって俺と一緒に帰るのは嫌だ?」 「そ……じゃ、ないけど……」 「じゃ、なに?」 「……そ、の……」  その目で見詰められると、弱い。恥ずかしくなってきて、目を反らすように俯いた。  ハルちゃんが怖かった。目を見るとなにも言えなくなってしまう。 「は、るちゃんが……無理してるんじゃないかって……」 「俺が? ……どうして?」 「ぼ、僕といても……楽しく……ないから……」 「はあ?」  それは聞いたことのないほどの低い声だった。  小雨だった雨粒は次第に大きくなっていく。ポタポタと髪が濡れ、玉を作って制服を濡らしていくのだ。ハルちゃんは深く息を吐き、そして、緊張する僕の手を掴んだ。 「っ、は……ハルちゃん……?」 「ゆう君は……迷惑なの?」 「え?」 「俺が、こうしてゆう君といることが。……ゆう君は嫌なの?」 「っ、ちがうよ! そんな、そんなこと……ない……っ!」 「じゃあなにが不満なわけ?」 「……っ、……不満、じゃなくて……」 「じゃなくて、なに?」 「……そ、の……」  汗が滲む。頬を伝い流れ落ちるのが汗なのか雨なのかすらも分からない。言葉が出てこない。心臓が苦しくて、痛い。 「……は、ハルちゃん……っ、そ、の……僕は……」 「…………」 「僕は、僕、なんかよりも……もっと、ハルちゃんのことを必要としてる人が……」 「……それって、ゆう君は不要だと思ってるってこと?」 「ちが、」 「違わないだろッ!!」  びりりと鼓膜が震えた。聞いたことのない声だった。  いつも、ハルちゃんは笑っていた。どんなときも、僕がとろくても着いてくるまでは止まって待ってくれていたハルちゃん。  そんなハルちゃんが、僕を睨んでいた。握り締められた手首が痛い。 「っ、痛……っ、は、るちゃん……っ痛い……」 「俺はさあ、ゆう君がいいって言ってんの。なんでお前がそんなこと言うわけ? お前が否定するのはさあ、おかしいだろ」 「っ、は、るちゃん…………?」 「俺のこと、鬱陶しいって思ってたんだったらさっさと言えよ。それともなに? 面白がってたのか? なあ、犬みてーに尻尾振ってついてきてた俺見て笑ってたのかよお前も!!」 「……ッ!!」  足が竦む。雨音が強くなる。それでも、ハルちゃんの怒鳴り声はしっかりと届いていた。  折れるほどの強い力に足が震えた。頭の中が真っ白になり、逃げようと思ってもハルちゃんに手首を引っ張られればすぐに引き戻されるのだ。  下腹部に力が入り、ガクガクと股関節が震えた。 「ハルちゃん、ごめん、僕、そんなつもりじゃ……っ」 「ああ?」 「ほ、本当に……ちが、……ぼく……」  違う、そんな顔をさせたかったんじゃない。  言いたいのに言葉が出てこない。代わりに鼻の奥がつんと痛んだ。目の奥に熱が広がる。ぽろぽろと溢れる涙を見て、ハルちゃんの怒りは幾分収まったようだ。 「っ、は、ハルちゃん……ごめんなさ……ッ」 「…………本当に? 本当に、俺のこと迷惑だと思ってないの?」  先程とは打って変わって静かな声で囁かれる。雨でずぶ濡れになった僕の頬に触れる。冷えた身体にはその指は熱くて、思わずぴくりと震えた。  僕はこくこくと頷き返せば、ハルちゃんは無表情のままただじっと僕を見ていた。そして、そのまま僕を抱き締めるのだ。 「っ、は、るちゃ」 「………………ごめん、ゆう君。言い過ぎた」 「…………ッ、」  いつものハルちゃんだ。  いつものハルちゃんがそこにいた。  人の目なんて気にならなかった。大きな掌で背中を撫でられ、強い力で抱擁される。濡れたシャツ越しに感じるハルちゃんの熱に包まれ、あれほど強張っていた身体が解れていくのだ。 「ハルちゃん……っ、ごめんね……」  不安にさせて、ごめんね。  そう僕は恐る恐るハルちゃんに手を伸ばし、その広い背中に手を回した。  暗転。 「ゆう君、だっけ? いいの? あいつに助けを求めなくても」 「髪長いときは気付かなかったけどよくみりゃ顔悪くねえな、そりゃハルちゃんのお気に入りになるわけだ」 「あいつ面食いだからな〜。他校の女も食い荒らしてんだろ、高岡に告られてもも振ってたし麻痺してんだろ感覚。それかモテすぎて普通の女には飽きたってところか?」  ……声が遠い。何が起きてるのか自分でも理解できなかった。先輩たちに囲まれて、引きずられたと思えば殴られて。前髪を掴まれ、顔を無理矢理引き上げされる。  その中には何人か顔を見たことのある人間もいた。一度、ハルちゃん――壱畝遥香を迎えにきていた先輩だ。 「なあ、“ゆう君”。知ってるか? 三年の生活指導いんだろ? あのおっさんショタコンらしいぜ、お前全裸で誘惑してこいよ」 「いいなそれ、そこ写真撮って脅そうぜ。金持ってんだろ教師なら」 「流石に可哀想すぎるだろ、せっかく可愛い顔してんのに。……あ、ところでセックスしたことある? オナニーは?」  自分が何されてるのかもわからなかった。なにを言われてるのかも理解が追いつかない。  最初はからかわれてるだけだと思っていたが、その目が笑っていないことに気付いた瞬間目の前が真っ黒になっていった。  中にはセクハラ紛いものもあった。抵抗もした。それでも力でも数でも勝てなくて、全てが無駄だと分かっていた。  ハルちゃんは、そんな僕を見て笑っていた。 「ど、して……」  どうして。どうしてこうなったのか。  男子便所の中。  脱がされた服をかき集め、蹲る。殴る蹴るの暴行で全身の感覚がない。それでもこんなところを誰かに見られたくなくて、逃げ帰ろうとした先。  あいつは――ハルちゃんはいた。 「ゆう君、酷い怪我だな。大丈夫か? 保健室、連れて行ってやろうか」 「……っ」  ある日突然ハルちゃんは人が変わったように僕を虐め始めた。違う、元々片鱗はあったのだ。雨の中、僕を怒鳴りつけたハルちゃん――壱畝遥香は確かにいた。  伸ばされる手を振り払った瞬間、頬を張られた。痛みもなかった。殴られた拍子に歯が頬肉に当たったらしい、咥内に血の味が広がった。呻く暇もなく首を締められる。目の前には壱畝の顔があって、僕の顔を覗き込んだ壱畝は笑うのだ。引きつったような、歪な笑顔。 「ほらな、やっぱりそうだよなあ……ゆう君。お前はそういうやつだ」 「っ、ぐ、ぅ」 「――嘘吐き」 「――ッ、ぁ゛」  喉仏を押し潰された瞬間、その痛みに全身が硬直する。壱畝の手首を掴んで引き剥がそうとするが、力差からして適うはずなどなかった。爪先が地面から離れ、身体が浮く。支えるのは僕の首を締める壱畝の腕だけだ。 「ど、して……ッ」 「……っ、どうしただって? お前がそれを言うのか?」 「っ、ひ、ぐ……ッ!」 「裏切り者、俺は……っ、俺はお前のことを本気で……ッ」 「っ、が、ハ……ッ」  締まる。視界のフチが赤く染まっていき、掠れていく。顔が熱い。指の先が冷たく痺れ始め、頭に酸素が届かなくなる。このままでは本当に殺される、そう悟った僕は咄嗟に壱畝の腹を蹴り上げる。瞬間、壱畝の舌打ちとともに手が緩んだ。  放り出された身体、着地をミスして至るところを強打した。起き上がろうとした瞬間、身体を思いっきり蹴りあげられた。壁に後頭部と背中を強打し、反動で顎骨ががちりとぶつかる。白くなる視界の中、僕は立ち上がることができなかった。  そんな僕を見下ろしたまま壱畝は吐き捨てた。 「……嘘吐き」  壱畝は何かを吐き捨て、そのまま便所を後にした。全裸で打ち捨てられたまま、僕はただ脳に酸素を送り届けることに必死になっていた。  あいつがなにを言ったとのか、僕には聞こえなかった。  それでいい。それでよかった。  最初から僕――俺が、あいつを理解することなどできるわけなんてなかったのだ。  おしまい


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