学園内、指定された倉庫の中。腕時計を確認する。 そろそろ約束の時間のはずだ。 まだか、と思った矢先扉が開いた。そして、やつは現れる。 「お待たせ尾張、まさかお前の方から俺を呼んでくれるなんてな」 ――五条祭、今回俺が待ち合わせしていた相手だ。 五条は音を立てないように扉を閉め、後ろ手に鍵を掛ける。 なるべくひと目につかない場所で会いたい、そう指定したのは俺だ。それならばここがいい、と五条はこの倉庫を指定した。 埃っぽく黴臭いのが難点だが、人が全く使っていないのが嫌でも分かる。 やってきた五条はそのまま側に積み立てられた段ボールの上に腰を掛ける。 「意外だったか? 俺だって猫の手も借りたいときはあるぞ」 「ネコ……?! そ、そんなまさか。はわ、尾張がそんな目で俺のことを見てたなんて……」 「何言ってんのかわかんねーけど100パーちげえから安心しろ」 というかこいつと離しているといつまで経っても本題に入れない気がしてきた。 はわわとなってる五条を無視し、俺は単刀直入に告げる。 「それで五条、頼んでいたものだけど……」 「ああ、もちろんちゃんと用意してきたぞ。可愛い依頼主のためだからな」 なんて言いながら五条は制服の内ポケットから一枚の封筒を取り出した。 差し出されたそれを受け取り、中を開く。 中には俺が頼んでいた“連中”の写真――ではなく、いつぞやの全裸俺の写真が入ってた。 「おい」 「ぐえっ! ちょ……ギブギブ! ちょっとした可愛い祭君冗談じゃん〜〜! ほら、本物はこっちだから落ち着いて! な!」 危ない危ない……うっかり怒りのあまりにフェイスロックを決めてしまった。顔面を変色させた五条から再び封筒を受け取る。 「あるんなら最初から出せよな」とその封筒を開けば、今度こそターゲットの写真――ではなく、全裸でピラミッドタワーを決める政岡と能義と神楽の写真があった。 「……五条」 「きゅふっ!! ちょ、ジョークジョーク! ここ最近ピリピリしてたから尾張を癒やそうとした可愛い俺の優しさだって!」 「癒やされねえよ、寧ろ目に毒だわ」 「でもしっかり持ち帰るじゃん!」 「まああいつらの弱みになりそうだからな」 「尾張のそういうちゃっかりしてるところ好き〜〜!」 そもそもこの写真はどういう状況なのかだとかそんなことを考えたところで無駄だ、あいつらは俺の理解の範疇を超えてくるからな。 「で、本物は?」と腕で締め上げたままの五条の頬を掴めば、青紫色に変色した五条は「は、はひ……これでしゅ……」と先程までは違う、中身の見えない硬質な封筒を取り出した。 今度こそその中には俺の目的の写真が入っていた。 岩片からの命令により、政岡や能義たちの舎弟の中でも上のやつらを探していたのだ。どの写真も隠し撮りのようだが、よく顔がわかりやすい。 変態写真ばかり撮ってるやつだと思ったが、こういうまともな写真も撮れるようだ。盗撮がまともかどうかは置いといてだ。 「写真の裏に名前やクラスは書いておいたから見てな。……にしてもあの尾張からこうやって依頼届くなんてな」 「こういう細々したことは苦手だからな。得意なやつに任せた方がいいだろうと思ってな」 なんて、岩片からの受け売りだが。 俺も俺で岩片本人の世話で忙しく、尚かつ迅速に情報を仕入れたかった。だから金を積んでわざわざ五条に依頼したのだが……予想以上の仕事の速さだ。元々情報通なのもあるからだろうが、助かったのが本音だ。 「とか言っちゃって〜〜? ツンデレな尾張のことだから本当は俺に会いたくてご指名してくれたりして?」 でへでへと笑う五条に、俺は思わず口籠る。 ……五条の言うとおり、メッセージだけで済ませようとすれば済ませられる内容ではある。 「ジョークジョー……ってあれ?! ノーコメント?! もしやこれは脈あり……?!」 「……確かに、ここ最近五条の姿見なかったからな。こうして連絡とりゃあんたに会えるのか……とは思ったけど」 「お、尾張……お前……っ!」 そう、俺にはもう一つ五条に用事があったのだ。 だからわざわざこの黴臭い場所を待ち合わせにしてまで人目を避けた。 目の前の五条を見上げる。久し振りにやつの顔を見た気がする。ぼっと顔を赤くした五条ははわわとし、そしてキス待ちのように目を瞑って「ん〜〜」っと唇を尖らせる。 俺はそのまま五条に顔を寄せ――そしてそのネクタイを掴んだ。 瞬間、「んぎゅっ」と五条はタコのような顔になる。 「お、尾張……ッ?!」 「……さっきの取引は終わりだ。ここから先は俺が個人的に聞きたかったことだが、お前ここ最近俺に関してろくでもないデマ流してないか?」 「ま、待って……っじぬ゛っ! 締まる締まる! 締まっちゃ駄目なところぎゅんぎゅんしぢゃう゛がら゛ぁ゛ッ!! ♡喘ぎタグ付いちゃうッ!!」 「正直に言ってくれたら優しくしてやるよ」 「分かった分かった言う言う! 能義様が『尾張さんがアナルセックス大好きな淫乱だという噂流しておいてくださいね』って頼んできたので流しました!!」 「……」 「んごっ!! 言ったら優しくしてくれるって言ったじゃん! 尾張の鬼畜! あ、でもちょっと気持ちよくなってきたかも……」 俺は五条のネクタイから手を離した。 そう、ここ最近俺の周りには変化があった。前々では調子に乗った連中に絡まれることはあったが、ここ最近はまた違った厄介な連中に付き纏われることが増えていた。 便所に入ろうとすれば上級生たちがついてきて左右固めてくるし隠そうともせず人が立ちションしてるところ覗き込んでくるし、着替えようとすればめちゃくちゃ見られるし。挙げ句の果顔も知らないやつにすれ違いざま尻を揉まれたときは流石に蹴り飛ばしたけども。 薄々あの変態副会長様々のせいだとは思っていたが、あいつ本当綺麗なのは顔だけだな。 怒りを通り越して感心すら覚える。 「やっぱあいつの仕業か……。その妙な噂のせいでここ数日変な奴らに絡まれてこっちは迷惑してんだよ、すぐに撤回しろ。いいな?」 「え゛……っ?! なにそのエッチなイベント……その変な奴らに絡まれてのくだりを詳しく教えてくれたら無料にしてやるよ!」 「お前面白がってんだろ」 「いやそんなまさか! 可愛い後輩がセクハラされて苦しんでるのを見て興奮しないわけないだろ!」 人と話しながらちんこを揉むな。触るな。イジるな。 「おーそうかそうか、そりゃ素直で何より」と拳を作れば、ようやく俺の怒りが伝わったようだ。そのままチョークスリーパーをかければ、「分かった分かった俺が悪かったから俺の息子だけは許してくれ、こいつはただ素直に育ってきただけなんだ! 何卒、何卒慈悲を!」と懇願してくる五条。せめて萎えてから言ってくれ。 「あ……尾張のおっぱい柔らか……」 俺は技を解いて五条を床に捨てた。 「尾張段々俺の扱い酷くなってないか?!」 「あんたはこういう扱いのが好きだって聞いたからな、違ったか?」 「正直すげー興奮する。今晩お前で抜くからな」 「………………」 たまにこいつの性格が羨ましくなる。 死んでも見習いたくはないが。 「なんで離れるんだよ、俺のこと理解してくれたんじゃなかったのかよ! もっとその目で見てくれ!」 「触るな! おいどさくさに紛れて揉むな!」 「へへ……やっぱり生は想像と違うな」 人の感触を想像すんじゃねえよ。 足にしがみついて頬擦りをしてくる五条を蹴り捨てれば、満足したように五条は起き上がった。こいつのタフネスはどこからきてんだ。 「尾張の尻と胸に免じて撤回しといてやるから安心しろよ」 そう今更良い先輩風を出してくる五条だが、言ってることもしてることも酷い。 寧ろ余計損した気分になるが、もう触られたもんは仕方ない。これで収束するなら俺としても良かった……いや良くねえわ、損だわ。こいつしか得してねえよ。 取り敢えず件の写真とデータを取り急ぎ岩片に送信し、一段落ついた俺は五条に目を向ける。 「俺が頼んでてあれだけど、お前そんなに勝手に撤回だとか依頼主バラして大丈夫なのか?」 「それは俺の身を案じてくれてのか?」 「ちげえよ、俺のもバラされねえか心配してんの」 「ま、副会長には口止め料もらってなかったしいいっしょ!」 「お前な……」 五条祭という男について、前々から思っていたが敵にするのも味方にするのも厄介すぎる。 散々能義から締め上げられてるくせに懲りねえなと呆れる反面、こいつの性格分かっていてもこいつに依頼してしまうほどの仕事の速さと腕前も認めざる得ないのが悔しくも思えた。 「なに? 尾張は口止め料払ってくれんの? んーじゃあ尾張ならこれでいいぞ」 なにも言ってねえよ、と答えるよりも先にぴらりと目の前に出される紙に目を向ける。 なになに、『個人撮影会』……衣装とオプションの組み合わせにより金額が増していくようだわ当たり前のように衣装に女装が混ざってるのは最早突っ込む気になれないが、流石にオプションのバイブとローターは見逃せない。 「どこの風俗の料金表だよ」 「本番なしでこれは良心的だろ?」 「お前……これで撮った写真売り払って金にするつもりだろ」 「『もしかしたら流出して第三者の目に入るかも?』と不安な貴方にぴったりのプランが! このラブラブプライベート恋人プランなら第三者に流出することもなく一生五条祭のズリネタとして墓まで持っていかれることになりますのでご安心を!(但し本番あります)」 「本番ありますじゃねえよ」 俺は五条から奪った個人撮影会ポスターをビリビリに引きちぎる。 「あ〜〜!! 俺が十分かけて作った料金表が!! あとで追加コピーしなきゃ」 切り替え早えな、とか、いきなり冷静になるな、とか。こいつに突っ込み始めたらキリがない。頭痛くなってきた。 「口止め料なんていらないだろ? ……もしお前が口滑らせたって分かったら、そのときは俺にも考えがあるからな」 「1口止めポイント……」 また五条がなんか言い出した。これでいいのかお前。 そして勃起するな。 「……お前そんなんでよく商売できたな。ガバガバすぎないか? そのうち刺されるぞ」 別に明日の朝こいつが刺殺死体で発見されようが驚かないだろう。それほど危険な真似をしておきながらこの心身のタフさはどこからきてるのか、それは純粋な興味でもある。 呆れて溜息を吐けば、五条は目を輝かせた。 「尾張、もしかして俺のこと心配してくれてんの? 大丈夫大丈夫、ご心配なく! 俺のバックには副会長様がいるから余計な真似するやつはいないんだよ」 主にその副会長様にしばかれないか言ってるのだが、それでもこいつは勃起して喜ぶんだろうなと思った。余計な心配だったようだ。 「……まーいいや。じゃ、ちゃんと貰ったし取り敢えず俺はこれで帰るな」 「おー。……あ、そうだ尾張」 そのまま倉庫から出ていこうとしたときだった、五条に声を掛けられる。振り返れば、にっこりと笑ったやつがいて。 「別に依頼じゃなくてもまた俺に会いたくなったらいつでも連絡取ってくれていいんだからな」 「……考えとく」 金が絡まなければ、あと性欲が絡まなければまだ話がしやすい相手でもあるのだ。この男は。この男の話術か、雰囲気か、それも策略なのかは知らないが、だとすれば大したものだ。 深入りはしないほうが身のためだろう。なんて思いながら扉を開けたときだった。 空から大量の水が降ってきた。それは突然の雨、なわけがない。ここは屋内だ。避ける隙もなく、頭から水を被った俺は顔を見上げる。そこには扉を開くとともに傾くバケツが天井に仕掛けられており、唖然と立ちすくむ俺にフラッシュが焚かれる。 一瞬眩む視界が元に戻ったとき、目の前には五条がいた。その手には一眼カメラがしっかりと握られており。 「んじゃ、またな尾張! このびしょ濡れスケ乳首尾張の写真はちゃんと責任とって依頼主に届けてやるから安心しろよ!」 「じゃーな」とこちらへタオルを放った五条はそのまま手を振り、廊下の奥へと消えていく。追いかける隙もなかった。 やっぱりあいつ、信じねえ。 濡れネズミのまま俺はタオルを握り締めていた。 おわり