男に好意を持たれるのも、そういう目を向けられることも別に初めてではないけれどもだ。物事には許せる範囲と許容できない範囲のラインというものが存在してるはずだ。 靴箱を開いた俺はまずはその異臭に気づき、そして中に仕舞っていたままの上履きの有様を見て思わず「最悪だ」と口から漏れた。 横で上履きに履き替えていた岩片は「どうした?」とこちらを覗き込んでは一瞬で察したようだ。 「これはよくぶっかけられてんなあ、随分溜めてたんだな」 「お前、他人事だと思って……」 「直接顔射されるよかマシだろ。上履き替えあんのか?」 「ねえよ、それも用意しなきゃなんねーし。……つかその前にこれ掃除すんの嫌すぎるんだけど」 「次からは鍵掛けねえとな」 精子まみれの上履きをそのまま最寄りのゴミ箱にダストシュートするが、暫く換気してもこの匂い取れそうにねえんだけど。最悪だ、ともう一回呟けば、岩片にぽんぽんと肩を叩かれた。 「俺ので上書きしてやろうか?」 「余計掃除が面倒になるからやめてくれ」 ◇ ◇ ◇ 結局、岩片に売店で上履きを買ってきてもらいそれに履き替えることになった俺。大幅なタイムロスだ。最初から遅刻していたが、それでも普通の遅刻とはテンションの下がり方が違う。 そもそも誰の仕業なのか、心当たりは……ありすぎる。変態の代名詞の生徒会の面々の顔が走馬灯のように浮かんでは消えていく。 机に突っ伏してそんなことを考えてると、岩片が寄ってきた。 「ハジメ、次体育だぞ」 「ああ、そうだった……」 「今日のハジメ君はぼんやりしてんな。やっぱ今朝のがショックだったのか?」 「あれされて喜ぶやつなんてお前くらいじゃないか?」 「相手によるな」 よるのかよ。 ……まあ、こいつならそうだよな。なんて思いながら席を立つ。 「あの手のやつは間違いなくまた何かしらやってくるだろうからな、捕まえるならそのときじゃないか?」 「捕まえるって……」 「なんだ、お前それでぼんやり考え事してたわけじゃないのか?」 「……けど、捕まえてどうすんだよ」 「直接搾り取ってやるか?」 「岩片お前、楽しんでるだろ」 「なわけないだろ、俺は純粋にハジメのことを心配してんだよ」 だったらなんでそんな楽しそうな顔してんだよ。という俺の心の声が伝わったらしい、岩片は嫌な笑みを浮かべ、ぐっと顔を寄せてくる。 「……それに、売られた喧嘩は買わねえとな」 「おい……」 「少しくらい退屈凌ぎにはなんだろ、誰が犯人か探偵ごっこも楽しそうだしな」 「岩片様の暇潰しになるなんてな、そりゃ良かった」 「おい拗ねんなよ、ハジメ。……あっ、おい、置いてくなって」 新品の上履きの履き心地は悪いし、岩片は楽しそうだし、何故俺ばかりがこんな役回りになってるのか。 ……犯人探しか。放課後、直接奴らに聞いてみるか。 そんなことを考えながら俺達は体育館へと向かった。 ◇ ◇ ◇ 少し考えれば分かりそうなものだが、それでもだ。 「……まじかよ」 ――体育館、更衣室。 体育の授業を終え、同級生たちに混ざって更衣室のロッカーを開けた俺は思わず絶句する。 脇から覗き込んできた岩片は「へえ、やるじゃねえか」と笑っていた。 ロッカーの中、本来ならばあるべきもの――脱いで畳んでおいた俺の制服が一式丸々消えていた。 ロッカー間違えていたのではないかと思ったが、俺の右隣には岩片が使っていたので間違いない。 思わず岩片のロッカーを開いたが、そこには岩片の制服とスペアの瓶底眼鏡がある。そのスペアいらねえだろというツッコミはこの際なしだ。 「なんで俺だけ」 「そりゃ、ハジメのことが好きだからだろ」 「窃盗罪だろ」 「お前はやつのハートを奪ってしまったんだから仕方ねえよな」 「お前はどっちの味方なんだよ、岩片」 「俺はハジメの味方に決まってんだろ。けど、好きな相手の私物を欲するのはよくある求愛行動だしな」 けろっとした顔で答えながらももそもそと自分だけジャージから制服へと着替える岩片。脱ぎかけのシャツを頭から被った岩片はずれた眼鏡を掛け直し、こちらを見た。 「……となると、そうなったやつが次に欲しがるのはなんだと思う?」 分厚いレンズ越し、いつもと変わらない笑顔を浮かべたまま岩片は尋ねてくる。 考えれば自ずと答えは出てきた。けれど、それを口にすることは憚れる。 押し黙ってると岩片はハ、と笑い、そして人の胸を指で突いてくるのだ。 「お前だよ、ハジメ」 「……穏やかじゃねえな」 「なんだ?今更怖いのか?……お前も可愛いところがあるんだな、ハジメ」 「怖いとかじゃねえだろ。……俺、暫くジャージ生活なわけ?」 「俺的にはアリだけどな、脱がしやすくて」 岩片のセクハラ発言に一々突っ込む気にもなれなかった。 空っぽになったロッカーを閉め、俺はそのまま更衣室を出ていこうとする。 「ハジメ」 「便所」 「便所ならそっちの扉じゃねえだろ」という岩片の言葉を無視して俺は更衣室を出た。 放課後まで待とうと思ったが、事情が変わった。今こうしてる間にも顔も知らないやつの手に俺の制服があるのだと思うといても立ってもいられなかったのだ。 そして、そのままの足でやってきた生徒会室前。 がらりと勢いよく扉を開いたそのときだった。 「おわッ!!待て!今揺らすな!!おい馬鹿!!」 なんだと思いきや、長机の前何やらタワー型の玩具を組み立てていた政岡の悲鳴とともにそのタワーは決壊する。ガシャンと音を立て散らばるそれに、その向かい側に座っていた神楽が「やったー!」と大きく飛び上がった。 「ぶっぶ〜〜かいちょーの負け〜!負けで〜す!じゃ、かいちょー俺の代わりに掃除よろしくねー」 「あぁ?!今のはタイミングが悪いだろうがよ!ノーカンだノーカン!!つうかそもそもドアの開け締めは静かにしろっ……ッ…………っ、て…………へ…………お、おわっ、尾張?!」 どうやらようやくこちらに気付いたようだ。 目ん玉落ちるんじゃないかってほど目を見開く政岡に、「え?元君っ?」と神楽はこちらを振り返る。そして俺を見つけると「わあ、本物だ〜!」と背もたれに乗り上げ、ぶんぶんと手を振ってくる。 もう少し露骨な反応すると思ったが、あまりにも毒気ない笑顔に思わず釣られてを手を振り返しそうになり、慌てて俺はごほんと咳払いをした。 「……どーも、邪魔だったか?」 「じゃ、邪魔なわけあるか!!……ッ、待ってろ今すぐ片付ける……!五秒!五秒待ってくれ!!」 「あ、ちょっ、かいちょーなにどさくさに紛れて捨てようとしてんの〜?!またあとで皆とやるんだからちゃんとしまってよ〜!も〜足でガシャガシャしないでってば〜!」 「うるせえ!お前も一緒に片付けろ!尾張を立たせてんじゃねえ!!」 「え〜〜!!」 別に俺は座らなくてもいいのだが、俺の答える前に政岡がばばばっと片付け始めていたので好きにさせることにした。 ……待つこと一分。 俺の右隣には政岡、そして左隣には神楽が座り俺は目の前の空いたソファーを眺めていた。 「いやこの並び話しにくくないか?」 「そうだぞ神楽、テメェ向こうに座りやがれ狭えんだよ」 「はあ〜?それなら負けたかいちょ〜が行くべきじゃない〜?ねー元君っ」 「あ゛ッ?!おい尾張に擦り寄るんじゃねえ!つか何どさくさに紛れて尾張の手ェにぎにぎしてんだコラ!!」 話は進まないわ人を挟んで揉め始めるわ、分かりきっていたことだが能義や五十嵐の存在はわりと大きかったようだ。仕方ない、と俺は立ち上がり向かい側のソファーへと座る。そして政岡と神楽が文句言う前に口を開いた。 「なあ、お前ら生徒会なんだよな」 「へ?……あ、ああ……そうだな」 「折り入って相談があるんだが聞いてもらってもいいか」 犯人探しなんてまどろっこしいことやってられるか。変態には変態、なんてことは言わないが使えるもんは全部使ってやる。 「やっぱハジメめっちゃ腹立ってんじゃーん」という脳内の岩片の声が響くがそれをかき消した。 ◆ ◆ ◆ それから俺は今日起きた一連の出来事を政岡と神楽に話すことになる。 そして、暫くふむふむと聞いていた二人だったが上履きぶっかけのことを伝えた辺りで政岡の様子がおかしくなり始めて、それでも黙って聞く姿勢を保つ政岡に話を続行させた。 そして話し終えたとき。 「うへぁ〜〜、なにそれえ、まじでキモいやつじゃ……」 そうベロを出しておえ〜っとしていた神楽だったが、そのとき、凄まじい音とともに目の前のテーブルが傾く。何事かと思えば政岡の仕業のようだ。拳を固め、それでテーブルを殴った政岡に隣にいた神楽も怯えてるではないか。 「ちょ、なにかいちょーいきなり……」 「……せねえ……」 「え?」 「許せねえ……ッ!!」 そう怒りで打ち震える政岡は神楽の胸倉を掴む。 「尾張の靴に汚えもんぶっかけるだけでも死刑モンなのに、汗や色んなものが滲んだ制服を盗むだと……ッ?!ぜってえ許さねえ殺しても足んねえ!!」 「い、いやいやいや俺じゃないからさ〜!それ俺に言わないでよ〜!あと唾飛ばさないでってば〜〜っ!」 「ま、政岡……」 少なからず政岡は怒るだろうと思ったが、怒るどころではなかった。憤慨、いやこれは殺意に近い。 とばっちりを受ける神楽を見兼ね、政岡から神楽を救出してやるとそのまま神楽は「は、元君助けて〜〜!」と俺の背後に隠れる。 「政岡、怒ってくれるのはありがたいんだけど一応これは穏便に……」 「ああ、任せろ尾張。俺がぜってー即ぶっ殺……とっ捕まえてきてやるから安心しろッ!」 そうガシッと両肩を掴んでくる政岡はそう声高らかに宣言する。そう、至近距離で。 「かいちょー漏れてる、本音漏れてるから!」と俺の背後から突っ込んでくれる神楽。そうだ、気迫のあまりにうっかり流されるところだった。 鼓膜が痛む中、政岡が心強くもありそれ以上に大丈夫かと心配になってきた。 「でも確かに許せないよねえ、しかも俺の元君狙うなんてさあ」 そううんうんと頷く神楽だったが、「お前のじゃねえだろ!尾張は皆の尾張だっ!!」と政岡が噛み付いていく。 「皆の元君だったら良いんだ……?」という神楽の呟きはさておきだ。 いい加減肩の負荷がとんでもないことになってきた。俺はそっと政岡の手を外そうとすれば、その指ごときゅっと握り締められる。硬え指と掌。ずい、と近付く政岡に思わず後退る。 「この件は俺に任せといてくれ尾張、もう二度とお前が怖い思いをしねえで済むように俺がお灸をこう、ぎゅ……っと捻り添えてきてやるからな」 穏便にというのは語感の問題ではないのだが。そもそも捻り添えるってなんだ。指先で玩具のパーツをめきっとへし折る政岡に嫌な予感しかしない。 そして俺が返事をするよりも先に、政岡はそのまま「じゃあ行ってくる!」と勢いよく飛び出していく。呼び止める暇すらもなかった。 「あっ、おい政岡……!」 「うわ絶対あれ物理じゃん〜!絶対物理でぎゅ〜〜っ!!ってするつもりだよかいちょー」 どうやら神楽も察したようだ。 それにあの様子、どう見ても平常ではなかった。 「……ちょっと心配だな」 「ま、大丈夫じゃない?だってかいちょーだもん!」 「あいつじゃなくて、犯人がな」 犯人のことを許すつもりは毛頭なかったが、あいつの様子からして嫌な予感しかしない。せめて話くらいは聞ける状態にしてもらわなければならない。 そんな俺の言葉に神楽ははっとし、「あ、確かに〜」と頷く。そして何かに気付いたようだ、「そういえばさあ」と神楽はずいとこちらへと身を寄せ、僅かに声のトーンを落とす。 「どうした?」 「そのことって副かいちょーたちには言ったのぉ?……その、ストーカーのこと」 「いや、言ってねえよ。お前らが初めてだな」 「ふーーん。……なんかさあ俺ちょっと気になったってか、心当たりあんだけど」 そうなんとなく引っかかったように口にする神楽に、「お前もか?」と聞き返せば俺が言わんとしてることに気付いたらしい。 「あ、もしかして元君もお?」 「どうしても脳裏に能義と五条の顔がチラつくんだよな」 「うわわ、俺達運命っ?……って言いたいところだけど、この手のイカ臭……きな臭い話は大抵あの二人絡んでるからねえ」 概ね同意である。日頃の行いが十割だ。 「じゃあ犯人探しはかいちょーに任せて俺達は俺達のやり方で調査に行こっか?」 神楽の方からこうやって切り出してくるのは予想してなかった。面倒くさがりで、どちらかというと末っ子感溢れる神楽ばかりを見てきたから余計。 「神楽も来てくれるのか?」と尋ねれば、「勿論〜」とにへらと表情を崩すのだ。 「それに、面白そうだし」 「漏れてるぞ、本音」 ということで、仲間が増えた。 心強いかどうかはこれから決めるとしよう。 ◆ ◆ ◆ ――学生寮、生徒会専用エリア。 能義と五条の行きそうなところを虱潰しで探してみたけれど結局見つけられず、俺達は最終手段として学生寮へと戻ってきていた。 ……来ていたのだけれども。 「なあ神楽、ここでコソコソする必要はないんじゃ……」 「シッ!元君、前方にホシ発見だよ〜!」 いやお前の方が声でかいけどな、というツッコミはさておき。曲がり角の影に身を隠し、俺は隠れる神楽の肩越しに通路の奥に目を向ける。 能義の部屋の前、そこには能義と五条らしき男の後ろ姿があった。 「能義と……五条か?」 「これもぉクロ確でしょ〜、容疑者二人揃って密会なんてさあ」 なんてヒソヒソと神楽と言い合っていると、ふと五条の方が能義に何かを手渡した。腕に抱えられているそれは折りたたんだ紙袋のようだ。その厚みからして何かが入ってるようだが、ここからでは何もわからない。 「ねえ、元君……これ今じゃない?あれ絶対そうだって!」 「いや待て、ここははっきりと手掛かりが掴めるまで様子を……」 せめてあの紙袋の中さえわかれば。 そう目を拵え、神楽の肩を掴んでそのまま限界まで身を乗り出してみる。「いてて!元君潰れちゃうよ〜!俺が潰れまんじゅうになっちゃうってば〜!」という神楽の鳴き声を聞き、「あ、わり」と慌てて引っ込んだとき。 どうやら取引を終えたようだ。能義と五条は別々の通路に向かって歩いていく。 「元君どうしよ、終わっちゃったよ〜!どっち追う?」 「じゃあ五条」 「え、俺副かいちょ〜やだ〜!元君交換しよっ?ねっ?」 俺も能義の相手はマンツーマンでやりたくなどないが、確かに神楽と能義とでは神楽の方が分が悪すぎる。 それに、紙袋を受け取ったのは能義の方だ。 こうなったら背に腹は変えられない。 「仕方ねえな、五条の方は頼んだぞ」 「はーい!」 返事だけはいいな、と思いながらも俺達はそれぞれの後を追うことになる。 神楽と別れ、能義が歩いて行ったはずの通路へと曲がった瞬間だった。視界の隅で影が動いた。 いきなり背後から何者かに抱き締められる。そう、腕を回され、背中から覆い被さってくる他人の体温にぎょっとしたとき。 「私に何か御用でしょうか、尾張さん」 すぐ背後、その耳元。ふうっと吹き掛けられる生暖かな吐息と低音ねっとりボイスに思わず悲鳴を上げてしまいそうになる。背後にいるのが誰なのか、考えなくともすぐに分かった。 「の、能義……っ?どうして……」 「あんなに堂々と熱視線を送られては誰でも嫌でも気付くというものですよ。……それとも、私にこうしてほしかったからなのかと思ったのですが違いましたか?」 「残念ながら勘違いだな。……用があったのは本当だけど」 どんな解釈だ、と突っ込みたくなるのを堪えながら続ければ「おや、それは残念です」とさして残念そうではない様子の能義。 軽薄で読めない態度もなにも変わらない。そして、その腕の中に収まった例のブツを俺は確かに見つけた。 「なあ、能義……今五条からなにか受け取ってたよな」 「ええ、それがなにか?」 「良かったらその中身見せてくれないか?もしかしたら俺の探してるものかもしれねえから」 そうなるべく慎重に言葉を選ぶ。が、能義は「貴方の?」と目を丸め、俺の予想外の反応をするのだ。そしてそれもほんの一瞬、にっこりと嫌な笑顔がその整った顔に張り付くのだ。 「……ほう、貴方にもこのような趣向があったとは。あくまで私は五条から受け取ったに過ぎませんが、いやなに、貴方がまさかその手の人間とは」 「……見せてくれるのか?」 「ええ、構いませんよ。……その代わり、条件が一つ」 そうやけに勿体ぶった口調で続ける能義になんだか嫌な予感がしてくる。「なんだよ」と促せば、能義は更に笑みを深めた。 「せっかくなんでこれを身に着けてください。……そして、その姿を私に見せてほしいのです」 「……待て、それお前になんのメリットがあるんだ?」 「貴方が私のお願いを聞いてくれるというメリットがあります」 「分かんねえけど……なんか、すげー嫌な予感がする」 「おや、嫌なら結構。これは私一人で楽しみますので」 「ま、待て……っ!この中に入ってるのは……制服だよな?」 「ええ、そうですよ。これは秘密裏に入手したとあるレア物の制服です。……よくご存知ですね」 ふふ、と能義が笑う。なんだ、なんだこの胸騒ぎは。能義が嘘を吐いてるようには見え……いやわからない、こいつ平気で嘘つきそうだしな。けど、ここで逃げたら結局分からず仕舞いだ。 「わ、分かった……。条件、飲めばいいんだろ?」 別にいかがわしいことをしろと強要されてるわけではない。もし宛が外れても、着るくらいならば命よりも安いもんだ。 「ええ、それでは私の部屋でお願いします」と紙袋を手にしたまま微笑む能義に誘われ、俺はそのまま後に続くこととなった。 最悪、逃げればいい。そんな甘っちょろいことを考えていた数分前の自分を殴ってやりたいくらいだ。 正直なところ、自分でも軽率だと思った。 ――場所は変わって能義の部屋。 「ここからでしたら私の部屋の方が近いので、よかったらお使いください」という能義の言葉に甘えてノコノコ能義の部屋までやってきたところまでは良かった。 そして、脱衣室を借りて能義から受け取った制服を広げて俺は後悔した。それがちょっと前。 答えから言えば、中に入っていた制服は俺のものではなかった。 てっきり五条のやつが人の制服を横流しにしていたのではないかと思っていたが違ったのだ。 それならそれでもいい、けれど問題はここからだ。 「……っ」 ――なんで俺がこんな格好をさせられなければならないのか。 中に入っていたそれは女物の制服だ。それも、どこかのディスカウントショップに置いてありそうなこってこてのデザインのものだ。なんでメンズ用なんだよ。おまけにご丁寧に女物の下着(メンズサイズ)まで入れられてやがる。 なんとかこの場から逃げ出せないかと思案したが、扉の外には能義がいる。能義一人くらい投げ飛ばせないかと思ったが、後が厄介だ。 ……まあ、着るだけで情報が手に入るかもしれないなら安いものだろう。 そう自分に言い聞かせ、俺はそのメンズ用フリーサイズ女子制服に袖を通すことにした。 ――そして数分後、俺は鏡の前で固まっていた。 ブレザーはいい、けれど、ミニを越えて少し動くだけで下着が見えてしまいそうになるほどのミニスカートにシンプルなデザインのリボン。 自慢ではないが、俺はいままで基本どんな服でも着てみれば多少なりともそれなりに見えると自負していた。けれど、その考えは改める必要があるだろう。 俺だってできることなら知りたくなかった、こんなにも自分にリボンが似合わないということを。 なんて一人目の前のあまりにも視覚的ダメージの大きい光景にショックを受けているときだった。脱衣室の扉が控えめにノックされる。 「どうですか、尾張さん」 そして、続いて扉越しに聞こえてきた能義の声にぎくりとした。 「待て能義、開けるな……っ」 「とかいって、もうかれこれ十分は経ってますよ。着換えにてこずっているのなら、私がお手伝いしましょう」 「いやいい、気持ちだけで十分だか……っておい! 何勝手に入ってきてるんだよ!」 言ってる傍から扉は開き、当たり前のように入ってくる能義にぎょっとするもつかの間。 頭からつま先までじっくりと視線を下ろした能義は俺の足で視線を止める。 「おや、もう着替えているではありませんか」 「……心の準備ってのが必要なんだよ、こういうのには」 「ああ、そういうことでしたか。心配しなくともよくお似合いですよ」 思いっきり笑い堪えながらいうセリフじゃないだろ。 似合わないということは俺自身が一番よく理解している。「言われた通りにしたんだからもういいだろ」とさっさと着替えようとすれば、「ちょっと待ってください」と物凄い剣幕の能義に止められた。 「なんだよ」 「せっかく着替えられたんですから有効活用しなければ勿体ないというものですよ」 ……嫌な予感してきたぞ。 「有効活用ってお前な……というか、なんでこんなもの五条と取引してんだよ」 「ふふ、なんでだと思いますか」 「分かるか、っておい、だから捲るな……っ!」 「貴方がお困りのようだと噂で聞いていたので、予め予備の制服をあの男に用意させていたんですよ」 「そして案の定、貴方は私を頼りに来てくださったというわけです」なに格好つけて言ってんだ、要するに俺を嵌めようとしてただけじゃねえか。 拳が出そうになるのをぐっと堪え、平常心平常心と深呼吸をして落ち着かせる。 そうだ、冷静を欠くな。この男に弱みを見せたらお終いだぞ。 「……因みに、本当に今回の件にはお前は関係ないんだよな」 「気になりますか? 尋問して下さっても結構ですよ。私興味あったんですよ、貴方に責立てられるのも」 「っこ……」 この変態野郎。と言い掛けてぐっと飲み込んだ。よくぞ耐えたぞ俺。 変態発言のどさくさに紛れてスカートの中に手を突っ込んでくる能義の手首を掴み、引き剥がせば、能義は「おや」と笑うのだ。 「下着は身に着けなかったんですね」 「そんなに女装が好みならお前が履いてもいいんだぞ、能義」 「悪くない話ですが今回は辞退させていただきます。私が着たところで似合いすぎてつまらないでしょう? やはり、尾張さんのような方でないとこういうのは味が出ませんから」 似合わないことを味って言うな。 ぐぐぐ、と押し問答を繰り広げているときだった、不意に能義の部屋の扉がダン!と勢いよく叩かれる。 どうやら客人のようだ、それも穏やかではないタイプの。 「……っ、おい能義、大事なお客さんだぞ」 「何を言ってるんですか。今の私にとっての大事なお客様は貴方ですよ、尾張さん」 「お、お前な……っ、ん、っておい、どこ触って……」 「スカートの意味がありませんね、こんなに太腿を露出させて……目に毒ではありませんか」 「能義、いい加減に……っ」 人の太腿を撫で回すなとその腕ごと掴んだとき、能義はふとぴたりと動きを止める。 「五分」 「……は?」 「私に五分時間をいただけませんか? 五分間、この愛らしい姿の貴方を独占させていただければ手伝いますよ。貴方の盗難事件の犯人探しを」 「五条にも私から声をかけておきますし、悪くない条件でしょう」そう目を細め、にこりと笑う能義だが触れる手の動きは全くもって上品とは言えない。 五分、たかが五分であの厄介だが有能ではある男まで利用できるのは大きい。けれど、五分間この男に好きにされるということだ。何をされるかも分からない。 「……あのな、俺がそんな条件呑むと思ってんのかよ」 「呑みますよ、聡明な貴方なら」 「……っ、おい……」 「貴方が呑めないというのなら、貴方の情報収集の邪魔をさせていただくまでなので」 「お前、まじで大人気ねえよな」 「たかが五分、五条祭への馬鹿高い投資よりもよっぽど慈善的だと思いますが?」 本当にこの男はいい性格をしているようだ。 「五分だけだからな」 そう口にすれば、既にタイマー設定していたらしい能義は「わかりました」と端末のディスプレイをこちらに向けた。 準備のいいことだ、「じゃあさっさと済ませろ」と能義から手を離した。 ◆ ◆ ◆ 五分だ、流石に挿入なんてことはしないだろう。能義も勃起してるようではなかったし、精々触れられるだけらならまだましだ。 そう手のやり場に困ってると、真正面、向き合うように立つ能義に頬を撫でられ内心ぎくりとした。 「っ、んむ……ッ」 てっきり足だけかと思っていただけに、唇を重ねるように押し付けられ息を飲む。 驚いている間に抱き寄せられるように腰に回された腕にスカートの上から尻を撫でられる。 「っ、ん、ぅ……ッ」 「……っふふ、慣れてくるとなかなか悪くないではないですか。ああ、そうだ、尾張さんスカートの裾は自分で持っててくださいね」 「っは……別途注文は、有料だぞ」 「何がお望みですか?」 「……このこと、誰にも言うなよ」 スカートの裾を持ち上げれば、下腹部に目を向けた能義は「お安い御用ですよ」と微笑む。 駄目だ、もっと酷な頼みをしておけばよかった。そう後悔するが、股の間に入ってくる能義の足に下腹部を抑えつけられるこの状況で即座にまともな判断など下せる訓練なんて俺は受けていない。 「……っ、ん、ぅ……ッ」 唇が離れたと思えば、そのまま薄手のブラウス越しに胸を鷲掴みにされ、思わず仰け反る。 「これは失念していました。……貴方のバストサイズではブラも必要でしたね」 「お、お前……っ、まじで……ん……ッ」 「それにしても、胸囲が大きめのものを選んだつもりでしたが――パツパツではありませんか」 長い、五分ってこんなに長かったのか。 シャツの上から乳首を摘まれ、そのままそこを指で挟むように胸を揉まれ、寄せられ、片胸に顔を寄せる能義にぎょっとする。 「っ、能義……ッ」 「おっと、スカートは下ろしては駄目ですよ。ちゃんと貴方のいやらしいところ、見せてくださいね」 お前はいちいち語彙が気持ち悪いんだよ。「分かったから早く済ませてくれ」と視覚的ダメージを軽減するために目を瞑れば、能義の笑う気配がした。 「ええ、ではお言葉に甘えて」 【続く】