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田原摩耶
田原摩耶

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アンビバレンス【↑100/5,900文字/中学生志摩+高校生縁/過去編】

「亮太、お前あそこの店辞めたって本当か?」  いきなり方人さんに「飯食いに行こうぜ」と呼び出されたと思いきや、会って開口早々触れられたくない話題を持ち出される。  なぜこの人は飯が不味くなる話題ばかりを出すのか。今更ではあるし、分かった上で会うことを承諾したのは俺だが。  丁度届いたコーヒーを受け取り、俺は向かい側に座る方人さんを見た。 「……だって、あそこの店長うるさいんですよ、偉そうだし気持ち悪いし」 「人がせっかく紹介してやったってのに」 「それは……ありがとうございます。けど方人さんだって辞めたじゃないですか」 「俺は元々ヘルプだったからいいんだよ。……俺が言うのもなんだけど、一人暮らしできるようになりたいっていうなら多少は我慢して働けよ」  まるで己は真人間であるかのような説教をされ、思わず「だって」と喉から文句が溢れる。  咄嗟に口を閉じるが、方人さんの耳にはしっかりと届いてたようだ。 「だってってなんだよ」  方人さんが若干苛ついてるのが見て分かった。  口答えされると顔色が変わる方人さんを嫌ってほど見てきた俺だからこそ分かる。このままでは厄介なので咄嗟に話題を変えることにする。 「……方人さんは実家金持ちなんですよね、寮出たら一人暮らししないんですか?」 「なに?俺の家に転がり込む気?。……お前のその面の皮の厚さは兄貴譲りだな」 「兄貴の話は関係ないでしょう」  思わず言い返せば、今度は方人さんは肩を揺らして笑った。ひとしきり笑って満足したようだ。 「取り敢えず、お前は協調性鍛えた方が先だな」なんて、人の言われたくないことを遠慮なく指摘する方人さんに思わず言葉に詰まった。 「おい、返事は?」 「……考えときます」 「なんで不服そうなんだよ」  笑いながら頭を撫でてくる方人さんの手を避け、その日はそれ以上その話になることはなかった。  そして後日、結局方人さんにまた新しいバイト先紹介してもらった。今度のバイト先は住み込みだという。 「住み込み……」 「お前家に帰りたくないって言ってたから丁度良いだろ」  正直、驚いた。方人さんがちゃんと俺の言葉を覚えててくれたのも、こうして俺のために用意してくれたのも。 「はい」と食い気味に頷く俺に方人さんは笑う。 「女将さ……店長には俺から言っておいてるから。時給いいけど厳しいから気をつけろよ」 「……ありがとうございます、方人さん」 「本当感謝しろよな、俺がここまでしてやるって相当レアなんだぞ」  確かに、それはそうかもしれない。  その分裏があるようで怖くもあるのだが、今の俺にとってはあの家に居ずに済むということだけで十分だった。ありがとうございます、ともう一回お礼を言えば方人さんは「お前、いつもそうやって素直でいろよな」と笑った。  俺はいつでも素直だ。  ◆ ◆ ◆ 「亮太ちゃん、笑顔!」 「……こ、こうすか」 「うーん、硬いわねぇ……せっかく元の顔がいいのに勿体ないわぁ〜」 「……」  住み込みで働いてるバイト先の女将さんは嘆かわしそうに野太い声を漏らす。  目の前の鏡越しによよよと泣き真似をする女将さんを見てると、スタッフルームの扉が開く。この扉を叩く人間は多くはない。  顔を上げれば、そこには前に見たときよりも髪色が明るくなった方人さんがいた。 「女将さん、亮太どうです?」 「あら、方人ちゃん!久しぶりじゃない、テスト終わった?」 「まあ、ぼちぼち」  なにがテスト勉強のために休みをもらいます、だ。俺は知ってる、この人は普通に学校もサボって街中ぶらついて遊んでることを。  そんなことを無言で訴えてると、鏡と向き合っていた俺を見付けた方人さんはにっと笑う。 「なんだ、もう辞めてんのかと思ったらまだ続いてたのか」 「方人さん……テスト勉強なんてしてるところ見たことないっすけど」 「俺は努力してるところは人に見せないからな」  物は言いようとはまさにこのことだ。 「方人さん、その髪色似合わないですよ」と言い返せば、「うるせえよ」と仕返しに髪をぐしゃぐしゃに撫でられる。……本当に容赦がなかった。 「それよりも、亮太に接客させるつもりです?やめといた方がいいですよ」 「でもでも、いつまで経っても皿洗いと清掃だけだったら嫌じゃない?」 「いいんですよ、こいつはそれで。……そうやって忍耐力つけさせないと」  方人さんに乱された髪を直してる後ろでやり取りしてる二人に耳を傾ける。 「ん〜方人ちゃんがそう言うなら……」なんて、大げさにその巨体を縮めてしゅんとする女将さん。 「俺ってそんなに接客不向きなんすか?」 「お前自分で向いてると思ってたのか?接客向きってのは俺みたいなこと言うんだよ」 「……まあ、確かに方人さんは外面はいいっすもんね」 「“外面は”は余計だ。“外面は”は」  直したばかりの髪をまたぐしゃぐしゃにされそうになり、慌てて俺は別室へと逃げることにした。  ◆ ◆ ◆  暫くして、生徒会活動が忙しくなるからと方人さんは店を辞めた。本当にあの人がまともに生徒会としての活動をしてるのか、そもそも本当に生徒会役員なのかすら疑わしがったが俺にとってはどうでもよかった。  というかあの人最近全然来なかったから寧ろまだ辞めてなかったのかと思うほどだ。  料亭のニ階の空き部屋を一間借り、そこで寝泊まりしながらも人手が足りないときは手伝う。  最初こそは皿洗いや裏方が多かったが、女将さんとの練習の成果もあってか精算くらいはできるようになった。  学校へは出席日数足りないときだけこの部屋から通っていた。顔を出すだけでいいと言われてたので教室で授業を受けることもない。どうせ同級生に友達もいないのでわざわざ教室へと足を運ぶ気にもなれなかった。  中学三年生の夏、受験だのなんだので盛り上がってる周りの生徒を見て同じ人種とは思えなかった。将来の夢も何もない。別にやりたいこともない。……いや、あった。あったが、恐らくそれは叶わないだろう。  久し振りに学校に顔を出し、担任から貰ったプリントを通学路の途中にあるコンビニのゴミ箱に突っ込んでそのまま料亭の裏口から入った。  勝手口の扉を開き、「ただいま」と声をかければ、丁度店内で常連客と盛り上がっていた女将さんがこちらを振り返り、「あらおかえりなさい」と野太い声で答えてくれる。出会ってそれほど経っていないが、帰宅してもなにも反応を示さない実家の親に慣れきっていた俺にとってそのとき女将さんの存在は大きかった。  俺は常連客に会釈だけしてそのまま階段を登って二階にある自室へと向かった。  女将さんは表向き常連客には俺のことを預かってる親戚の子と説明してくれてるらしく、毎回似てないと言われるのがやや面倒だった。……けど、悪い気はしなかった。  扉を開き、畳張りの床に鞄を放った。  部屋に冷房がないのですぐに取り付けられた窓と、それから女将さんから貰った扇風機を付けた。古い建物だし「寝れるならどこでもいい」と言ったのは俺なので我儘は言わないが、自分が部屋を持つことになったら冷暖房完備の部屋にすると心に決めていた。  制服から私服へと着替えたときだった。  いきなりがらりと部屋の扉が開かれる。ぎょっと振り返れば、そこには真っ青な髪になった方人さんがいた。 「亮太、お前ここで寝てんのか」 「うわ、勝手に入ってこないでくださいよ」 「女将さんからお前にデザートだって。……可愛がられてんじゃん」  言いながら、ずかずかと入ってきた方人さんは部屋の中に置かれたテーブルに二人分の皿を置いた。その上にはケーキが置かれてる。それを「あざす」と受け取る。  この店を辞めてからまた方人さんの髪色が変わった。今度は真っ青だ。夏だからこの色にした、と方人さんは言っていたが、金髪や白髪よりかは似合っているように思えた。……調子に乗るので絶対に本人には言わないが。  俺は方人さんと自分用の飲み物を用意し、広くはない部屋の中、向かい合って座るのだ。 「暑いなこの部屋、冷房ないとか拷問じゃね?こんな部屋で寝れるのか?」 「夜は案外涼しいですよ。……それに、慣れたらなんとか」 「へえ、あの亮太君がねえ?」 「なんすか、その言い方」 「いや嬉しいんだよ俺は、やっぱここ紹介して良かったわ。あのスレたクソガキだったお前がこんなに素直に育つとは。あとは社交性だな。あと愛想笑いも覚えた方が役に立つぞ」 「そりゃどうも」  たかが二歳違いなだけでクソガキ扱いされるのは納得いかない。  ムカついたので俺は「方人さん、今なんかしてるんですか?」と強引に話題を変える。  すると、予想してない答えが返ってきた。 「夕方カフェでバリスタしてるよ」 「方人さんが?……怖」 「お前な、本当俺のエスプレッソ飲んでから言えよな。将来店持てるぞって店長のお墨付きなんだからな」 「へー、そうなんですか」 「感情くらい込めろ」  ……というか、やっぱり別のバイト先見つけてるのか。  飽き性な方人さんのことだ、どれだけ気に入った店でも評価が高かった店でも長くは続けない。俺としてはその都度方人さんの働いてる店に口利きして貰って雇ってもらえたりすることもあったので有り難い話でもあるが、俺みたいに揉めるわけでもないのに自分から離れる方人さんの性格はよく分からない。 「……俺もカフェで働こうかな」  特に深い意味はなかった。  女将さんお手製の甘すぎないケーキを一口食べながら、そんな言葉がぽろりと溢れたのだ。方人さんの目がこちらを向く。 「ここ辞めるのか?」 「もうすぐ貯金貯まるから家出れそうなんですよ」 「高校は?」  行かないのか?と視線で尋ねられ、思わず俺は口を閉じた。  俺の目下の目標は一人暮らしをすることだった。両親だってそれを止めることはしないだろう。  それ以外のことは……進学のことは考えてなかった。  押し黙る俺に方人さんも何かを感じたようだ。グラスに口を付ける。そして。 「お前うちの学園来たらどうよ。別に、それからでも遅くないだろ一人暮らしは」 「方人さんの通う学校?」  方人さんは、兄貴と同じ学園だったはずだ。  私立矢追ヵ丘学園――全国でも有名な男子校だ。 「家にいたくなくても学生寮あるからましだし、お前みたいな万年反抗期が『お兄ちゃんと同じところがいい!』って言えば親御さんも泣いて喜んでくれるぞ」 「……」  兄貴。長期休暇のときだけ帰ってくる兄貴の顔が過る。腹立たしいほど眩しくて、両親からの愛を一身に受ける兄貴の笑顔が。  兄貴は矢追ヵ丘学園の生徒会長になったと聞いていた。両親から「それに比べて」と無言の圧を感じるようになり、家に帰ることが居心地悪くなったのもこの頃からだった。 「顔も見たくないのか?」  方人さんの目が細められる。優しい声で尋ねられ、俺は無言で頷き返した。 「……ま、お前が入学するときにはあいつも俺も受験生だからな。忙しくなるだろうから気にしなくても大丈夫だと思うぞ」  ――受験。そうか、方人さんも受験するのか?  兄貴は親がそのまま付属の大学へと進学させる気満々だということは知っていたが、方人さんはどうなのだろうか。そうちらりと方人さんの顔を盗み見たとき、視線がぶつかる。そして、その薄い唇が歪んだ。 「――……それに、時間の問題だ」  時間?と聞き返すよりも先に、方人さんはにっと笑うのだ。  さっきの嫌な笑いとは違う、いつもの上っ面だけの笑顔。 「俺はお前が後輩になってくれるのは大歓迎、伊織もお前のこと気に入ってるしな。ちょいちょいお前のこと聞かれるからな」  伊織――ああ、あの赤い髪の男か。  何度か兄貴が家に連れてきたことがあるが、あの横柄で馴れ馴れしい態度が気に入らなかった。 「俺、あの人嫌いなんだけど」 「まあお前はそうだろうな。けど、まあそういう選択もあるってことだ」 「……考えときます」 「ああ、それがいい。一生に一度なんだし、楽しい方がいいだろ?」  それから夕飯と賄いを作ってくれた女将さんに呼ばれ、準備中の店内で方人さんと飯を食べる。  こうして一緒に食事をするのは酷く久し振りに感じた。  方人さんと同じ高校か……。  間違いなく退屈はしないだろう。  夢や目標なんてなにもない、どうなろうと構わないと思っていた自分の中にやりたいことが芽生えたことに自分でも戸惑った。  ◇ ◇ ◇  兄が入院すると聞いたのはそれから数ヶ月後の冬のことだった。  転落事故だったという。運悪く落下し、そのときに打ちどころが悪かったのだと。  眠ったまま目を覚まさない兄貴を前に泣き続ける両親。俺はそんなことよりもいつの日か方人さんが言っていた言葉が頭をよぎった。  ――……時間の問題だしな。 「……っ」  そんなはずはない、と言い切れないのが縁方人という人だった。  それでも腑に落ちない。なにかがおかしい。もうすぐ生徒会長としての任期満了だったのに、なんでこんなことが起きたのか。  どうしてもただの事故とは思えなかったのは方人さんの一言が引っかかったからだろう。  両親が帰ったあと、再び俺は兄貴の病室へと戻っていた。  夕暮れ時。既に辺りは暗く、静まり返っていた。  俺はただ兄貴を見下ろしていた。鬱陶しいほどの笑顔はなく、無数のチューブに繋がれた兄貴があの兄貴と同一人物だと思えなかった。 「ちょうど良かったじゃないか、これで学園で兄貴の影追わずに済むだろ」  不意に、背後から声が聞こえた。  そこには兄貴と同じ制服を着た方人さんが立っていた。  方人さんの制服姿を見るのはこれが初めてだった。方人さん、と声を絞り出すよりも先に、方人さんは俺の前に立つのだ。  以前見たときよりも黒みがかった濃紺の髪。色素の薄い瞳が俺を捉え、三日月型に細められる。 「少し早いけど、これは俺からの入学祝いだよ――亮太」  手にした花束を俺に差し出し、方人さんはそう笑いかけたのだ。 【おしまい】


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