尾張が怪我して帰ってきた。【↑100/2,500文字/岩片×尾張/平和】
Added 2021-03-10 13:46:59 +0000 UTC「ハジメ、お前怪我してんのか?」 自室の扉を開き、「ただいま」を言うよりも先に俺の方を見た岩片が言葉を投げ掛けてくる方が早かった。 何かを言われる前にさっさと寝ようと思ったが、タイミングが悪かった。頬を指差され、「あー」と俺は先程のひと悶着を思い出す。 絡まれて面倒だったので躱そうとしたが失敗した。なにかあるとすぐ手が出るような連中が集まった学園だ。今となってはまあいつもの流れのようなものだ。一発交わしたが、そのときに袖のボタンでも頬に引っかかったのだろう、どうりでヒリヒリしたわけだ。 「……あー、いやこれはただ擦っただけだ」 「殴られたのか?……体だけが取り柄のお前が怪我するなんて珍しいな」 「あのな、俺も人間なんだぞ。……いてて、触るなよ」 言い終わるよりも先に、歩み寄ってきた岩片は許可なく頬に触れてくる。 乾いた指先が切れた頬に掠め、思わず顔を顰めた。 「……あーあ、せっかくの男前が磨き上がってんぞ」 心配してるのか馬鹿にしてんのか、少なくとも純粋に褒めてるわけではないのだけは分かった。 瓶底眼鏡の分厚いレンズ越し、こちらをじっと見つめてくるやつの視線だけは感じた。 つか、顔が近い。 「おい、岩片……」 いい加減に、とその手をやんわりと離そうとしたときだった。居心地が悪い俺に気づいたのか、岩片はふ、と小さく笑い、それからすぐに俺から手を離した。 そして。 「こっち来い、手当してやる」 「お前が?……いい、これくらいなら一晩で……」 「いいからこっち来い、それとも俺にお手手繋いでもらえなきゃあんよもできねえのか?ハジメ君は」 「う……お前な……」 救急箱を手にした岩片はそのままソファーに腰を下ろす。そして棒立ちになっていた俺を振り返るのだ。 このままでは本気で手を繋がれかねない。 俺は渋々岩片の元へと向かう。 ずきりと左足が痛む。揉めてるときに思いっきり足をやられてしまったのだ。我慢できないほど耐えられないものでもない、俺はなるべくやつにそれを悟られないように岩片の隣に腰を下ろした。 「いい子いい子」と頭を撫でてくる岩片に思わず俺は犬か?と思ったがこいつの犬で違いないだけに拒否しきれない。 「そんじゃこっち向けよ」 「……これでいいのか?」 「ああ、そのまま動くなよ」 ……何をやってるのだ、俺は。 これくらい放っておいても平気なレベルだ。普段なら岩片だって気にしないくらいの怪我なのに、こいつはご丁寧に切れた頬にテープを張るのだ。 「……顔はここだけか。じゃ、次下脱げよ」 「は?」 なんで?と思わず岩片を見る。やつはただ口元を歪めたまま無言でさっさとしろと圧を掛けてきた。 まさか本当無事かどうか全身確認するなんてんなAVみたいなことは言い出さないだろう。……そう思いたい。が。 「別に平気だって……い゛ッ!……っ、おい岩片……っ!」 こいつ問答無用で、しかもピンポイントでやられた右足首に触れる。がっと掴まれたわけではないが、思ったよりももろに神経に痛みが走って驚く。つか。 「歩くとき左足庇ってたろ」 「っ……脱ぐ、必要はないだろ」 気付いてたのなら最初からそう言え。紛らわしいんだよ、お前はいちいち言い方が。 言いたいことは色々あるが、こうなった岩片には何言っても一緒だ。それならば満足するまで好きにさせていた方がまだいい。 というわけで、俺はスラックスの裾を捲くり上げ、やつに足を向ける羽目になる。 ……いや、まじでなんなんだ。この状況は。 広くもねえソファーに男二人向き合うように座って、おまけに俺は岩片に素足向けてるわけで。 恥ずかしい、なんて感情が湧く方がおかしい。けど、なんだか決まりが悪いというか。 そんな俺のことなんて露知らず、やつは珍しく真面目な顔をして俺の足首に触れるのだ。 「転んだって腫れ方か?これ」 「ふつーに捻っただけだっての。……誰かにされたわけでもねーし、別にこれくらいなら……っ、て、触るなって、おい……っ」 「触らねえと冷やせねーだろ、じっとしろ」 言いながら触れる必要のない足の甲、土踏まずを撫でられ、思わず飛び上がりそうになる。 「……っお前、楽しんでるだろ」 「犬が怪我したら面倒見るのも飼い主の役目だ。楽しむわけないだろ?」 「顔が笑ってんだよ」 そう小突けば、岩片は「バレたか」と笑った。 それから湿布を貼り、その上からサポーターで固定される。本当、大袈裟なやつだ。 悔しいが、テキパキと手当してくれたお陰でわりと足の痛みは快適になった。 「暫くおとなしくしとけよ」 「それはお前次第だな」 皮肉で返せば、岩片は笑った。 「それは俺に『側にいてくれ』って口説いてんのか?」 こいつ……。 語弊があるが、正直意味合い的には違わないだけに何も言えなくなる。 押し黙る俺に、先程までにやにや笑っていた岩片の頬が固まる。 そして逃げるようにソファーから立ち上がるのだ。こちらに背中を向けたまま「お前さあ」と岩片は呆れたように息を吐く。 「なんだよ」 「……なんでもねえよ」 「は?」 「……なんでもねーよ、あーあ、あのハジメがこんなになっちまうなんてな。どこで覚えてきたんだ?んなの」 「いや……なんだよ、何も言ってないだろ別に」 「顔に出過ぎなんだよ、お前」 指摘され、はっとする。咄嗟に口元を抑えたあと、岩片の首が赤くなってることに気付いた。 そして先程のやり取りを思い出し、やつにあらぬ誤解をされたのだと気づく。瞬間、顔が熱くなっていくのだ。 「お前の方こそ……」 照れてんだろ。そう言いかけて、やめた。不毛な争いだ。何も産まない。不毛だ不毛。 言い掛けてやめたのが気になったらしい、「なんだよ」と振り返る岩片。 「……なんでもねえよ」 「はあ?」 「あっつ、風呂入ってくるわ」 逃げるが勝ち。俺はよたよたと脱衣室へと逃げ込んだが、岩片に手当してもらったばかりの足に気付いてしずしずと戻ることになった。 その日の晩、なんだかむず痒い空気に耐えられず俺達はいつもよりも早く眠りに付くことになったのはいわずもがな。 翌朝にはいつもの岩片に戻っていたが、その日一日岩片が側にいてくれたことに気付いた晩、昼間のことを思い出してはなかなか寝付けなかったのは秘密の話だ。 あいつの恐ろしさの片鱗を見た一日だった。 おしまい