萌芽と自覚【↑100/4,800文字/十勝×齋藤/平和】
Added 2021-01-28 13:37:55 +0000 UTCまずい場面に居合わせてしまったかもしれない。 昼下がりの校門前。 少し用事があって通りかかり、知人の姿を見かけて声をかけようとすればその向かい側には見知らぬ他校の女子生徒。知人――十勝直秀の様子からしてなにやら揉めてるらしい。いつもの修羅場かと思い、咄嗟に物陰に身を隠した矢先に女子生徒に抱き締められる十勝を見て俺は『まずい』と直感した。何がまずいのか自分にもわからない。けど、今にもキスでもしそうな二人を見て気まずさに耐えきれず、俺はそのまま用事をすっぽかして逃げ出してしまったのだった。 ◆ ◆ ◆ 別にキスしたこともないわけでもなければ、一方的な恋人もいる。けれど、先程の十勝たちのような甘いものもないものだ。 未知との遭遇、まさにそんな感じだ。それに、と先程の十勝の顔を思い出す。 遠目からではあったが、あんな顔俺は生徒会室では見たことがない。 結局遠回りして先生からの頼み事を済ませ、放課後。自室へと帰ってきた俺は、相変わらず阿佐美のいない部屋の中、落ち着かない気分でソファーに座った。阿佐美に潰されくたくたになっていたクッションを抱え、膝に顔を埋める。目を閉じてもあの場面が浮かぶ。 ……ドキドキ?いや、違う……悶々?もやもや? なんだろうか、俺の知らない他人の顔なんてあっても別におかしいと思わないのに。 他人のああいう場面に居合わせることなんて早々ないからだろう、それに相手は十勝だ。だから余計。 ……課題をしよう。そんで、忘れよう。 そう自分に言い聞かせ、俺は鞄の中からノートを取り出した。 ……集中なんてできるはずもなく、案の定ようやく課題が終えるときには阿佐美が帰ってきた。 ◆ ◆ ◆ 翌朝。 今日は休日なので授業はない。相変わらずしがみついて眠ってる阿佐美をそっと離し、眠たい頭で顔を洗って服を着替える。 腹が減ったので朝食を食べに行こうかと部屋を出た矢先だった。 「よ、佑樹!おはよーさん!」 何故、こういうときに限って朝から会うのだろうか。 食堂へと向かう途中、通路。朝から元気な十勝に肩を軽く叩かれ、一瞬口から心臓が飛び出そうになった。 「とっ、と、十勝君……お、おはよ……早いね」 「ああ、俺今帰り」 「え?!」 「腹減ったからついでに飯食いにこうと思ってさ、そしたら丁度佑樹居て助かったわ」 今帰りって、その、外出してて、しかもその……所謂朝帰りというやつではないのか……。 昨日見かけた場面がフラッシュバッグする。俺の意思とは関係なく脳が勝手に良からぬ妄想を繰り広げ始め、俺は慌ててぶんぶんと思考を振り払った。 「そ、……そっか……」 「……?どーした?なんか元気ねーじゃん、目の下に隈あるし……もしかして寝不足か?」 「う、そ、それはその……」 まさか『十勝が彼女といるところを見てしまい、悶々としてたせいで寝付きが悪かった』なんて言えるわけがない。「寝付き悪くて」の部分だけ答えれば「そうなのか」と十勝は心配そうな顔をする。 「そういうときは寝る前に温かい飲み物飲むといいぞ、俺もよくやるんだけど」 「は、はい……」 「なんで敬語だよ。まじで今日調子悪いのか?」 言いながらこちらを覗き込んでくる十勝に思わず飛び上がりそうになってしまう。 近い、近い。あまりの距離に耐えられず、「十勝君っ」と慌てて一歩飛のいた。 「佑樹、なんか怒ってる?」 「ち、ちがくて……そ、その……緊張して……」 「緊張?……俺に?」 「そ、その……う……」 駄目だ、いい言葉が思い浮かばない。けどかといってこのまま十勝に心配させるのも申し訳ない。散々言葉に迷った挙げ句、俺は素直に昨日見たことを十勝に白状することにしたのだ。 ◆ ◆ ◆ 場所は変わって学園食堂。 既に賑わってるフロアを移動し、俺達はテラス席で軽食を取ることにした。 「まだ気にしてんのか?」 ドリンクを片手に十勝に尋ねられ、ぎくりとした。 そう、さっき俺は素直に十勝と彼女が話してるところを見てしまったと言った。それで、なんだか気まずさと申し訳なさ諸々で顔が見れないと。 十勝は最初こそは驚いたような顔をしていたが、すぐ「ああ、そういうこと」と笑った。 それから何事もなかったようにいつもの調子に戻った十勝とともにここまでやってきたが、席について面と面向かって尋ねられるとぎくりとしてしまう。 「と、十勝君……」 「いや悪い悪い、だからああいう反応になんのかって面白くてさ」 「気持ちは分からなくもねえし」と十勝は笑い、そして俺に目を向ける。 「俺も佑樹が会長と二人でいるの見たら『やべ』って思うもん、見たら悪いとこ見たなって」 「そ……それは……」 そうだ、俺は芳川会長と付き合ってることになってるのだった。毎回忘れそうになるが、十勝からしてみれば今の俺のような心境は日常的なものだということだ。それに気付かされた瞬間、今までの自分の行動を振り返っては恥ずかしさと申し訳なさでいっぱいになるのだ。 「ご、ゴメン……」 「なんで謝んの?」 「き、気まずい思いをさせてしまい申し訳ないなと……」 「ああ、ほらまた敬語出てんじゃん」 「う……」 楽しげに笑う十勝。怒ってはいないし、十勝がそんなことを気にする男ではないと知ってるが、だからこそ余計いたたまれない。 「別に謝るってんならお互い様だろ、つか、俺は全然気にしねえから謝んなくてもいいし」 「十勝君……」 「佑樹はそういうの気にするタイプなんだ?」 指摘され、思わず口籠る。気にしないといえば嘘になるけど、なんとなく答えられなくて。 「……十勝君が、見たことない顔してたから」 「俺が?」 「か、彼女……さんに、すごい優しい目をしてて……」 「あー……待った、ストップ、それは言葉にされると恥ずかしいからやめて。結構来たわ今」 え、と思わず十勝を見れば、十勝は「今こっち見ないで」と顔を手のひらで覆う。その耳まで赤くなってるのを見て、十勝が本気で照れているということを気付いた。 「ご、こめん……」 「…………俺そんな顔してた?」 「う、うん……それで、その、すごい好きなんだなあって……」 「あ〜〜……待った、やっぱこれはずいわ……ちょっと一旦休憩させて」 頼む、と顔を両手で覆い隠す十勝。 珍しい、というか初めてかもしれない。なんだかつられて頬が熱くなってきた。二人して向き合って照れるのってなんだろう、この図は。 しばらくして、ようやく手を離した十勝は顔を手で仰ぎながらドリンクのストローに口をつける。そして一口。 「……俺、あの後振られたんだよね」 「え、」 「……振られたってか、向こうが他に好きな男できたっぽくてさ」 予想してなかった十勝の言葉に、思わず手元のグラスをひっくり返しそうになる。 「それは……」 「浮気?とか、まあ俺も人のこと言えねーし『ま、いいんじゃね』って……つか、そっちと付き合えば?って言ったら『別れたくない』って泣きつかれてさー……」 十勝の言葉に相槌を打つのが精一杯だった。気の利いた言葉なんて十勝は求めてないのだろう。はあ、と溜息を吐くのだ。 「なあ、佑樹だったらどうする?」 「……へ?!な、なにが……?」 「他のやつのが自分よりも絶対幸せにしてくれそうだって思ったときとか、『あいつと幸せになれよ』ってこっちから身引くのって酷いやつって思うか?」 「……それは……」 「友達からも散々言われてさ、元カノはお前の気を惹きたくてやってたんじゃないかって。んなこと言われてもな……」 言いながらずるずると背もたれに沈んでいっていた十勝だったが、言い掛けてそのまま押し黙る。 そしてガバッと姿勢を立て直すのだ。 「……悪い、せっかくの飯中なのに愚痴っぽくなったわ」 「……っ、俺は……十勝君が酷い人とは思わないよ」 言葉を探し、探して、ようやく見付けた言葉はあまりにも安っぽい同意だったがこれしか出てこなかった。丸くなった十勝の目がこちらを見た。 「佑樹、ありがとな。慰めてくれてんだろ?」 「そ……れだけじゃないよ、俺でも……そうするかもって……それに、浮気相手の人が本当にいい人だったら……」 「浮気でも?」 「……それは……っ、その……」 俺もあまり人のこととやかく言える立場ではないし。それでも、自分がそう思える相手ならば俺は身を引くだろう。十勝と同じように。 「……そういうのもいいんじゃないかな……?」 「……佑樹って、真面目そうな顔して割とそういうところ緩いってか……寛容だよな」 「そ、それはその……っ!」 「あ、待った、言っとくけど変な意味じゃねーからな!」 自分の言葉に気付いたらしい、慌てて否定する十勝と一緒になってアワアワしてたが、それも暫く。俺達は顔を見合わせて、どちらからともなく笑ったのだ。 「会長と付き合えるくらいだから佑樹もお堅いタイプかと思ってたんだけど、全然そんなことないもんな。本当、そういうところいいと思うぞ」 「あ……ありがとう……?」 「そーそー、褒めてんだよ」 「これは俺の話を聞いてくれたお礼のケーキな」と言いながら俺の方へとデザートの皿を寄せる十勝。そんなに褒められるようなことをしたつもりはないだけに戸惑ったが、ここで付き返すのも失礼な気がして「ありがとう」とそれを受け取った。 ◆ ◆ ◆ 「十勝君」 「お、佑樹じゃ〜ん。移動教室?」 「うん、科学室……」 「ねえ、齋藤に馴れ馴れしいんだけど」 「うわ、亮太……お前もいたのかよ」 「同じクラスなんだけど?それともなに?俺が居たらなにか都合が悪いわけ?」 「ちょ、ちょっと志摩……」 また始まった。 今に始まったことではないが、そろそろ志摩は会う人会う人に喧嘩を売るのはやめてほしい。 教室前通路。どこかへと向かう途中だった十勝は噛み付いてくる志摩にやれやれと言わんばかりに肩を竦める。 「佑樹も大変だな、亮太の世話を任されて」 「言っとくけど齋藤の世話をしてるのは俺だからね、改めなよ」 「志摩、もういいから……」 それに志摩に世話をされてる覚えも……ないことはないけども。他にも言い方があるだろう。こう、人道的な言い方が。 なんて思いながら志摩の肩を掴んで十勝から離し、ごめんね、と十勝に視線を送る。それに気付いた十勝はにっと笑うのだ。 「ま、いーや。亮太と遊ぶの飽きたらいつでも俺呼べよ、佑樹なら大歓迎だから」 そう肩を抱かれ、笑いかけられたかと思えば志摩が「おいっ」と声を荒げると同時にその手は離れた。固まってる内に十勝は「じゃあな、頑張れよお勉強」と手を振り、離れていくのだ。 「はあ?なんなのあいつ、本当馴れ馴れしすぎ……って、齋藤?」 「………………」 不意打ちは、駄目だと思う。本当に。 今になって心臓が脈打つ。じわりじわりと広がる熱に耐えきれず、両手で顔を覆った。ああ、まずい。隠さなければと思うのに志摩の顔を見ることはできなかった。 気付きたくなかった、あのとき、あの場面が脳裏から離れなかったその理由を。眠れなくなった本当の理由を。恋人と別れたと聞いて安堵した自分に……蓋をし続けていたのに。 ……やっぱり、卑怯だ。 おしまい