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田原摩耶
田原摩耶

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振り出しに戻る。【↑100/6,100文字/縁×齋藤/やや平和】

 泥のように眠るとはまさにこのことだろう。  気付けば朝、鳥の囀りとともに目を覚ます。昨夜どうやって部屋まで戻ってきたのかすら覚えてない。確か授業が終わって、帰ろうとしたとき……。  とそこまで思い出そうとして自分が服を着ていないことに気付いた。布団の中、下腹部にも妙な違和感を覚え、恐る恐る布団を捲った俺はひっと息を飲んだ。  何故、俺は下着すら履いていないのか。  考えたくないがまさか寝惚けて脱いでしまったのか、そう辺りに下着が落ちていないか探そうとしたときだった。 「おはよ、齋藤君。よく眠ってたね」  シャワールームに続く扉が開いたと思いきや、現れた青髪の男――縁方人に思わず俺は布団を頭まで被った。 「な、なんで、先輩……っ」 「ひどいなあ、そんな反応されたらいくらなんでも俺でも傷ついちゃうよ?」 「ど、どうして裸なんですか……っ!」 「どうしてって……そりゃあシャワー借りたからだよ。やっぱ朝はシャワー浴びないとね」 「…………、…………」  だからなぜ、縁が俺の部屋のシャワーを浴びてるのか聞きたいというのに。  言葉を失ってると、縁はそのままよいしょと俺のベッドに腰を掛けた。一人分の体重にベッドがやや沈む。ぎょっと顔を上げれば、こちらを覗き込んでいた縁と徐に視線がぶつかる。 「っ、せ、先輩……」 「んー?齋藤君はまだ眠たそうだね。……君もシャワー浴びてきたら?頭スッキリするよ?……あ、それとも俺と一緒に入っちゃう?」 「し、した……ッ」 「ん?」 「下着、履いてください……っ!!」  俺も人のことは言えないがそれでもだ、あまりにも堂々たる縁に目のやり場に困った俺は縁に下着を貸すことになった。ついでに俺も服を着ることになる。 「……はあ、齋藤君の匂いがする。いい匂い〜」 「か、嗅がないでください……」 「下着はいいの?」 「……ッ、だ、駄目です……けど、裸のままでいられるよりは……」 「………………あ、やば……出そう」 「……っ?!や、へ、変なことしないでください……っ、お、お願いなので……」 「大丈夫大丈夫、俺も紳士だからね。君の下着を履いたまま抜こうなんて思わないよ。……きっと」  きっとってなんなんだ。  あまりにも恐ろしいことを言いながらにこ……っと笑顔を浮かべる縁に凍り付く。  最悪下着一枚くらい犠牲になってもらって済むならそれでもいい気もするが、それよりもだ。 「ど、どうして先輩がここに……?」 「え?もしかして覚えてないの?」 「え……?」 「昨夜あんなに激しく俺のことを求めてくれたのに、君って結構淡白なんだね。そういうところもいいと思うけど」 「ま、待ってください……昨夜って……」  何があったんだ。思い出そうとするが、頭の奥がずきりと痛むばかりで肝心の記憶は蘇らない。  文字通り頭を抱える俺を見て、縁はにんまりと嫌な笑みを浮かべた。  そして、俺の手にするりと掌を重ねるように指を絡めてくるのだ。 「せ、先輩……っ」 「本当に覚えてないの?」 「……っ、あ、あの……」  睫毛に縁取られた瞳がじっとこちらを覗き込んで来る。……近い、息が吹き掛かりそうなほどの距離に逃げる暇もなかった。縁先輩、と慌てて離れようとその薄い胸を押し返そうとしたとき、伸ばした手ごと恋人同士みたいに絡め取られてしまう。 「昨夜君は……」 「お、俺は……?」 「酔っ払い伊織に呑まされたんだよ、それもたくさんね」 「君、見るからに弱いのに遠慮なく瓶ごと呑ませるんだもん。本当いつか倒れやしないかヒヤヒヤしてたんだからね」今日まで響いてないみたいで安心したけど、と笑う縁。その口から出てきた想定外の言葉に、思わず「へ」とアホみたいな声が漏れてしまう。 「奎吾もダウンして安久ちゃんも死んでたし、肝心の伊織は満足してぐっすりオネムだろ?君をそのままにするわけには行かないから部屋まで送り届けたんだよ」 「そ、そうだったんですか……」 「けど、眠ってる間俺の服にゲロぶち撒けるし離してくれないしで流石に焦ったけどね」  そんなこととは露知らず、縁をただの変態露出狂扱いしてしまったことに恥ずかしくなってくる。と、同時に申し訳なさで顔を上げることすらできなくなる。言われてみれば異臭がする。阿佐美が放置した生ゴミの匂いではない別の匂いだ。 「……す、すみません……っ、俺……っ」 「良いよ別に。それに、君の服も貸してもらえたんだ。役得もいいところだと思わない?」  俺に気を遣わせないようにしてくれてるのかもしれない。いつもならば胡散臭いその軽口も、今だけは大分救われた。 「あ……ありがとうございます、先輩……」  そう、頭を下げれば縁は笑みを深くする。そして徐にベッドから立ち上がったのだ。 「それじゃ、借り一つということで」 「え……」 「今日は休みだし、俺と一緒にお部屋デートなんてどう?……これでチャラにしてあげるよ」 「い、いいんですか……?」 「お、いいんですかと来たか。それはOKってことでいいのかな?」  それくらいでいいのなら。恐る恐るこくりと頷けば、縁は「やったね」と微笑むのだ。柔らかい、花が綻ぶような笑顔だ。  そのときだった。腹部からきゅるきゅると情けない腹の虫の声が鳴り響く。 「っ、ご……ごめんなさい……」 「あはは、お腹減ったんだね。いいよいいよ、健康な証拠だ。……それじゃ、早速朝食の準備でもしようかな。せっかくの君と過ごせる時間だ、有効に遣わないと勿体ないしね」 「準備って……もしかして……」 「方人君のスペシャルブランチだよ。齋藤君は和食と洋食、どっちが好き?」 「え、えと……和食……」 「いいね、じゃあすぐに用意してくるね」 「ぁ、あの……」  冷蔵庫の中に食材なんてないはずだ。あるのは阿佐美のおやつくらいだ。そう冷蔵庫を開く縁に声を掛けようとして、息を飲んだ。冷蔵庫の中にはいつの間にかに見覚えのない食材がぎっしりと詰まっていた。いつの間に用意したのか。  思わずベッドを降り、ちらりと縁の肩越しに冷蔵庫を覗けば、そこには和洋どちらにも対応できるような食材が詰め込まれていた。 「……っ!」 「すぐに用意するから待っててね」  阿佐美も俺も自炊なんてしない、俺が眠っている間に縁が準備していたのだろうか。  考えれば考えるほどそこまでしてもらえるとは、という戸惑いがあったが空腹は事実だ。俺は縁の好意に甘えることにした。  ◆ ◆ ◆  簡易キッチンの方から縁の上機嫌な鼻歌が聞こえてくる。何かが焼けるような音ともに食欲を唆る匂いが部屋に漂い始めた。  エプロン姿の縁はなかなか新鮮だ。……というかなんでエプロンまで用意してるのか。今更突っ込むのも野暮な気がして、俺はなんだか落ち着かない気持ちでソファーに座ってテレビを眺めていた。  暫くもしない内に「お待たせ、朝食の準備ができたよ」と縁に呼ばれる。 「わ……美味しそうですね」 「そりゃあね、君への愛情がたっぷり入ってるから」  なんて軽口を叩く縁だが、お世辞抜きに縁が料理上手というのは口だけではないようだ。収まっていたと思っていた腹の虫が再度鳴り始め、それを聞いた縁はくすくすと笑う。そして俺のために椅子をそっと引くのだ。 「さあどうぞ、君の口に合えばいいんだけど」 「失礼します……」 「ゆっくりどうぞ。……ま、ここは齋藤君の部屋なんだから俺が言うのもなんだけど」  ニコニコする縁に見守られながらも、朝食を口にする。……美味しい。ぱくぱくと箸を進めれば、テーブルの向かい側。こちらを眺めていた縁はにこりと微笑むのだ。 「そんなに急いで食べなくても大丈夫だよ、ここには君を急かすようなやつはいないんだし」 「す、みまへ……んぐ……」 「ほら、水だよ。喉に詰まると大変だからね」  どうぞ、と冷たい水まで用意してくれる縁。手際がいい。  それを受け取り、喉に詰まったものを押し流そうと水をぐっと飲む。……なんとか助かった。 「美味しい?」 「……っ、は、はい……すごく、美味しいです」 「本当?よかった。本当はもっとちゃんとしたの作ってあげたかったんだけど、詩織のやつ包丁と鍋とトースターとケトルしか持ってないんだもん。本当間に合わせになったけど」 「辛うじて調味料があったのは奇跡だけどね、本当」と笑う縁。確かに、俺も阿佐美も基本食堂で食べるし、夜食となるとレンジで済むものしか食べない。縁からしてみたら驚きなのだろう。 「あの、何から何までありがとうございました……」 「これで少しは惚れ直してくれたかな?」 「そ、それは……」 「……君って本当嘘が吐けないよね」 「す、すみません……」  なんて他愛ない話をしながらも完食する。  そこで、ふと違和感に気付いた。 「縁先輩は、その、朝ご飯は……」 「ああ、俺?俺元々朝は抜く派なんだよね」 「そうなんですか……?」 「うん。……それに、君が食べてるところを見てたらなんだか胸いっぱいになっちゃった」  いつもの軽口だと分かってても、縁に真っ直ぐに見詰められるとなんだか落ち着かない気分になる。なんて答えればいいのかわからず、思わず口籠ったときだった。部屋の扉がドンドンと叩かれる。 「……ッ、!」  誰か来たのだろうか。その音に驚き、慌てて立ち上がろうとしたときだった。目がぐるりと周り、立とうとしたはずの体が大きく傾く。  あれ、と咄嗟にテーブルにしがみつこうとしたとき、食器がひっくり返って床に落ちた。 「おっと、大丈夫?……まだ本調子じゃないみたいだね」 「……え、にし……先輩……」 『齋藤、いるのっ?!』  聞こえてきたのは志摩の声だった。  志摩の怒ったような声。早く答えないと。そう思うのに声が出ない。舌が縺れる。口が、動かない。 「すぐ戻ってくるよ。……大丈夫、あいつを黙らせてくるだけだから」  俺の体を抱え上げた縁はそのままそっとソファーの上に寝かせてくれる。瞬間、頭の奥がズキリと痛んだ。  先輩、と声をあげようとするが出ない。縁はキッチンで包丁を手に取りそのまま玄関口まで歩いていく。ああ、駄目だ。いけない。駄目だ。止めないと。志摩を、そう思うのに俺の焦る意識とは裏腹に肉体はぴくりとも動かない。やがて眼球すら動かせなくなり、意識が薄らいでいく。  汎ゆる音が遠くなり、やがて音が消えた。  そして俺はそのまま意識を手放したのだ。  ◆ ◆ ◆  泥のように眠るとはまさにこのことだろう。  気付けば朝、鳥の囀りとともに目を覚ます。昨夜どうやって部屋まで戻ってきたのかすら覚えてない。確か授業が終わって、帰ろうとしたとき……。  とそこまで思い出そうとして自分が服を着ていないことに気付いた。布団の中、下腹部にも妙な違和感を覚え、恐る恐る布団を捲った俺はひっと息を飲んだ。  何故、俺は下着すら履いていないのか。  考えたくないがまさか寝惚けて脱いでしまったのか、そう辺りに下着が落ちていないか探そうとしたときだった。 「おはよ、齋藤君。よく眠ってたね」  シャワールームに続く扉が開いたと思いきや、現れた青髪の男――縁方人に思わず俺は布団を頭まで被った。 「な、なんで、先輩……っ」 「ひどいなあ、そんな反応されたらいくらなんでも俺でも傷ついちゃうよ?」 「ど、どうして裸なんですか……っ!」 「どうしてって……そりゃあシャワー借りたからだよ。やっぱ朝はシャワー浴びないとね」  そう微笑む縁に頭の奥がズキリと痛んだ。  なんか、つい最近も似たような会話をした気がする。あまりの痛みに頭を抑えたとき、「どうしたの?」と縁が歩み寄ってきた。そして顔を覗き込まれたとき、思わずその手を振り払った。 「っ、ご、ごめんなさい……大丈夫です」 「そう?ならいいけど。それよりお腹は減ってない?」 「……あの、詩織は……」 「さあ?俺は見てないなあ。どうせ伊織に呼び出されて面倒ごと押し付けられてるんじゃない?」 「…………」  なんだろう。何かがおかしい。漠然とした違和感はあるはずなのに、それを言語化することができない。 「すごい汗だね、具合悪いの?」 「……先輩は、どうしてここに」 「さっきから質問ばかりだね、今日の齋藤君は知りたがりさんだ」 「……っ、縁先輩……」  隣に腰を掛けた縁。その手が頬に伸びてくる。  思わず身を引こうとするが、遅かった。ベッドの上、押し倒されたと思えば縁は何かを口に含んだ。そしてそのまま俺に顔を寄せたとき、唇にぬるりとしたものが触れる。それが舌だと気付いたとき、なにもかもが遅かった。喉の奥、こじ開けられた舌伝いに唾液を流し込まれたと思えば喉に異物感を覚える。何かを飲まされた。そう気づき、慌てて口に指を入れて吐き出そうとするが、手首ごと縁に掴まれ、そのままベッドに押し付けられるのだ。その代わり、更に唇を重ねられる。舌を絡め取られ、丹念に愛撫される間にも胃になにかが落ちていくのを感じ、全身が強張った。 「ッ、な、にを……」 「ここ最近君は随分と追い詰められてたようだからね、俺からのちょっとしたプレゼントだよ」 「……っ」 「余計なことは忘れて休む。そんな時間も大事だろ?」 「っ、し、まは……」 「あーあ、またそうやって余計なことを考えてる。言っただろ?君はただ気持ちよくなることだけを考えてたらいいんだよ」 「俺とね」と唇を吸われ、胸を撫でられる。何かがおかしい。記憶にないはずなのに、体が覚えているのだ。いつのことすらも覚えていない。前もこうして、縁に上に乗られて体に触れられたことがある気がする。断片的な記憶の欠片だ。  それでも、少し指先で皮膚ごしに心臓の辺りを撫でられただけで全身が跳ね上がった。 「……っ、せん……ぱい……」 「そう、そうやって。大丈夫、どうせ明日になれば全部忘れていつも通りになるんだから」  ソファーの上に脱ぎ捨てられた赤く汚れたエプロン。割れたままの食器。おかしいはずなのに、なにもかもが、おかしいのに。違和感ごと塗り潰される。意識を握りつぶされ、心臓の音は警笛のように大きく響く。  ようやく思い出せたのに、また、俺は。 「おやすみ、齋藤君」  また明日、という縁の声を最後に意識は真っ黒に塗り潰された。 【おしまい】


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