【総集編版】朝起きたら猫耳語尾ニャン化してた尾張総受け【↑100/17,000文字/岩片+神楽+政岡×尾張/尾張総受け/わちゃ】
Added 2020-09-05 10:10:05 +0000 UTCいつものように朝目を覚まし、ぐーすか眠ってる岩片の布団を直して顔を洗おうと洗面所へ向かったとき。 「な……っ、にゃ、んだこれ……ッ!!」 鏡の中、普段ならないはずのものが己の側頭部から生えていた。無数のふわふわな毛に覆われたぴんと上を向いたそれは間違いない、猫の耳だ。つけ耳か、と恐る恐る触れればまるで体の一部のように触れた感触が直に伝わってくるのだ。 「う、嘘だろ……ニャ……っ?!」 いや、ニャってなんだよ。慌てて口を閉じ、深呼吸をする。……取り敢えず落ち着け、落ち着くんだ俺。俺の動揺に合わせて震える耳を軽く引っ張れば、痛みが走り堪らず「ニ゛ャ!」と声が漏れた。 いや、なんだよニャって……なんだこれ……夢か?だとしたら悪夢だ。 取り敢えずこの絵面はキツイ。鏡を視界に入れないよう、俺は壁にかかっていたタオルを頭に被ってそのまま頭の上の異物を隠す。 とにかく……岩片だけには見つからないようにしなければ。そう部屋へと戻ろうと踵を返したとき。 扉の前、そこにはニヤニヤと笑う岩片が立っていた。 「ッ、にゃ、んでお前……ッ!まさか、見……」 「なんだハジメ、水臭いじゃねえか。そんな趣味があったんなら先に言えよな」 「ち、違……っ朝起きたら勝手になってたんだよ、……だニャ」 「にゃ」 「ぐう……っ!ちげーって!勝手に口が動くんだよ……ッ!……ニャ」 「へぇ〜〜?」 こ、こいつ全く信じてねえ!それどころか面白い玩具を見つけたときの顔をしてやがる……! 一歩、また一歩と躙りよってくる岩片から逃げるようにタオルを抑えたまま俺は後退する。 「おい、何逃げてんだハジメ」 「お前が近付いてくるからだろうが……っ、ニャ……」 「そんな照れなくていいって言ってんだろ。俺とお前の仲だろ?ハジメに猫耳萌えがあってちゃんと語尾ニャまで徹底するほどの男だって知ったところで今更引かねえよ。……つーか寧ろもっと見たいし」 「だから誤解だって言って……ッんニ゛ャっ!!」 こいつ、無理矢理人のタオルを剥いできやがった! 慌てて頭の上を手で隠そうとすれば、両手の手首を掴まれそのまま半ば力づくで降ろされる。隠すものも奪われ、無防備に晒された両耳に岩片の視線が注がれる。 「ゃ、めろ、み……見るなってば……っ!」 「ハジメ、お前それ……動いてねえか?今の付け耳はだいぶ生身に近くなったんだな」 「だから……」 付け耳じゃねえ、と言いかけたとき。言うや否や岩片の手が耳に触れる。そっと耳の内側を親指の腹で優しく撫でられ、思わず背筋が震えた。 「っ、い、岩片……ッ!待て、まじで、頼むから……ッ!」 「……あ?」 「っ、にゃ……ッ、ぅ、……!」 「ハジメ、お前まさかこれ……」 猫耳の付け根から頭部まで髪を撫で付けるようにそのまま撫でた岩片はとうとうこれが種も仕掛けもない本物だと気付いたらしい。 そして――。 「ぅ゛にゃ……っ!!」 「まさか本物か……?」 だから、誤解だって言ってんだろうが……!あと先っぽを触るんじゃねえ!という俺の言葉は声にならなかった。 ◆ ◆ ◆ 一度俺たちは居間へと戻り、とにかくこんなことになってしまった原因解明、そしてこれからのことについて話し合うことになったのだが……。 「……つまり、朝起きたらこんなことになってたわけだな。……そんなことってあるのか?」 「わかんねえよ、だから俺も焦ってんだ……ニャ」 「……ッ、ふ……」 「笑うにゃ……ッ!」 「いや、馬鹿にしてんじゃねえって。……お前、わりとハマってんのがまた……くく……ッ!」 「ぐ……っ!」 肩を震わせ笑いを堪える岩片に顔が熱くなる。 他人事だと思いやがって。こっちだって好きでやってんじゃねえってのに。 「悪い悪い……ほら、拗ねんなよ」 「どさくさに紛れて耳を触るな……ニャ……ッ!」 「……いやーいいなこれ、アニマルセラピーとしての役割もあるしもうこれ開き直ってこのままにしとけばいいんじゃないか?」 「冗談だろ、こんなの他の奴らに知られたら……っ」 「更にモテモテになるかもなあ?」 こいつ、完全に楽しんでやがる。 「ところでハジメ、尻尾はあるのか?」 ふと思い出したように岩片にそんなことを尋ねられ、「は?尻尾?」と俺は自分の背中を振り返る。言われてみればお尻の辺りに何か違和感がある。 「猫といや耳もだけど尻尾だろ。どれどれ……」 「って、おい、どこ触って……」 やめろ、と止めるよりも先に遠慮なく下着ごと剥かれそうになり慌ててウエストを掴み、ずり上げようとしたとき。腰の辺り、伸びてきた岩片に体の一部分を触られぎょっとする。まさか、と振り返れば岩片の手には栗毛色の短い尻尾が握られてるではないか。まるで神経の束を鷲掴みにされているような感覚に背筋が凍り付く。 離せ、と岩片の手を払いのけようとすれば俺の意志に連動するみたいに大きく揺れた。 「おお、すげえ。こうなってんのか」 「感心してる場合か。こんな、どうなってんだよこれ……ニャ」 「心当たりはないのか?」 「心当たり……」 聞かれて、俺は記憶を一つ一つ掘り返していく。 確か昨日は普通に授業受けて、放課後政岡たちに捕まって食堂で食事することになって……確かそのとき特製ジュースだかなんだかを飲まされた記憶まではある。そのあとはあっさり帰されたのだけれど……。 思い出した内容をそのまま岩片に告げれば、岩片は「いやそれだろ」と間髪入れずに答えた。 「それって、まさか」 「つうかハジメ、お前らあいつらの出したもんをホイホイ簡単に口にすんのどうかと思うけどな。食いしん坊か?」 「う……そんときは腹が減ってて……っじゃなくて、でもこんなことってあるのかよ」 「あるだろ」 「あ……あるのか……?」 ……いや、あっちゃ駄目だろ。 そう思わずツッコミたくなるが、こうして現実となってしまった今深く考えるのはやめた。 「じゃあ、元に戻るにはあいつらに詳しく聞くのが早いってことか……ニャ」 「何、ハジメまさかもう元に戻るつもりか?」 「もうって……ずっとこのままでいるわけには行かないだろ、ろくに人前に出られないぞ……ニャ」 「……」 「無言で頭撫でるなニャ……っ!」 「イテテ……おい怒んなって。けど、こんな体験なかなかないだろ?だからこれは有効活用しねえとな」 そう、分厚いレンズの下。岩片の目が嫌ににっこりと笑みを浮かべる。背筋が薄寒くなるような笑みだ。 まさかこいつ、と思わず後退ったときだった。岩片がどこからともなく取り出した猫じゃらしにぶるりと背筋が震える。ああ、駄目だ。駄目だと思うのに目の前で揺らされる毛玉に胸の奥がウズウズと反応してしまうのだ。 「や、やめろ……っ、岩片、それやめてくれ……ニャ……っ」 「なんだ?どうしたハジメ。……やめないとどうなるんだ?」 「こ、この……ッ」 ふりふりと揺れる猫じゃらしに堪らず手を伸ばしてしまうまで数秒。 散々弄ばれた俺は岩片から猫じゃらしを取り上げ、二度とあいつの手に触れないように俺は引き出しに仕舞った。というかなんで持ってるんだよ。 く、くそ……余計な体力を消耗した。 「ハジメ、なんで疲れてるんだ?」 お前のせいだと言いたかったが余計なにゃんは言いたくない。俺は岩片を睨み、そして咳払いで誤魔化した。 あのゴミ部屋もとい生徒会室へ向かうと決まり、俺は頭の異物を隠すためにフードを被っていた。尻尾は無理矢理スラックスの中に突っ込んで隠そうとしたが流石に苦しかったので背面の方へと隠している。岩片は「せっかくなんだからアピールしてけばいいのに」とか抜かしていたが無視だ、無視。 というわけで俺達は生徒会室へと向かっていた。向かっていたのだが。 「あ、おはようございますお二人とも」 学生寮ロビー。 こんなときに限ってなんで知人と会うのだろうか。丁度出掛けるところだったらしい、クソデカリュックに全面アニメ絵イラストのTシャツを着た岡部は俺達を見つけるなりぺこりと頭を下げてきた。 「なんだ直人、これからお出かけか?」 「はい、今日はネットの友達と遊ぶことになってて……お二人もお出かけですか?」 「いや、俺達はちょっと校舎に用事あってな」 「校舎の方ですか……?なんか大変そうですね」 「ああ、そうだな……」 こんな世間話をしてる暇ではない。というかそもそも今日は平日で本来ならば授業中のはずではないかという今更な突っ込みはさておきだ。 「……どうしたんですか?尾張君。さっきから静かですけど……」 それでは俺達はこれで、とさっさと岩片連れてその場を立ち去ろうとしたとき。先程から俺が無言のことに気付いたらしい。せめて感じ悪くないようにいつもよりも1.5倍増しの笑顔で相槌打っていたのだがあまり効果はなかったようだ。 咄嗟に岩片に目配せをするが、やつはにやにや笑いながら俺を小突き返してくるのだ。どうやら自分で答えろということらしい、こんにゃろう。 「悪い……ちょっと風邪気味でにゃ……」 「にゃ?」 「ん゛ぅっ、ごほっ!ごほっ!!」 「だ、大丈夫ですか?!」 「悪いな岡部、そういうことらしいんだわ」 「なんだか大変そうですね……」 ようやく分かってくれたらしいが俺は心に深い傷を負った。 それから岡部と別れることになったのだが……。 ――学生寮前。 辺りに人がいないのを確認して俺は大きく息を吐いた。 「はあ……どっと疲れた……にゃ……」 「ふ……っ」 「笑うにゃっ!」 「く……っ、ぷぷ……いや、いいじゃねえか。可愛いぞ、ハジメ」 くそ、腹立つ。さり気なく耳を触ろうとしてくる岩片の手を払い除ければ、岩片はやれやれと肩を竦めた。 「それにしても風邪気味は悪くねえな。マスクでも買ってきてやろうか?そうすりゃ少しは黙っててもらしくはなるだろ」 「ん……そうだにゃ」 「そうだにゃ……くくっ」 「……っ」 こいつ。人が真剣に悩んでるというのにこいつは。あまりにもムカついてそのまま歩いていこうとすれば、「おい、怒るにゃ」と岩片が更に茶化してきやがったので俺は更に激怒したのであった。 ◆ ◆ ◆ というわけで岩片に用意してもらったマスク付けて校舎内へと移動する。相変わらず昼間だというのに堂々屯してる生徒たちを無視し、俺達は最上階にある生徒会室へと向かうことになったのだが……。 「あっ、元く〜〜ん!!」 階段踊り場。上の階を目指していたところ、聞き覚えのある甘い鼻に掛かった声が聞こえてくる。……言わずもがな神楽だ。 まさかこんなにも早く会えるとは思わなかった。 ドタバタと段差を飛ぶように一気に降りてきた神楽に内心驚いた。 「ハジメ君どーしたのマスクなんてしちゃって、もしかして風邪ぇ?具合悪いの〜?」 「お前にゃ……っ」 元はと言えばお前らが、と言い掛けてはっとした。慌てて口元を抑えるが遅い。ぴくりと反応した神楽だったが、すぐにニタァ〜っと嫌な笑みを浮かべるのだ。 そして、いきなり伸びてきた手にフードごとひっペがされる。 あっと、思ったときには遅かった。フードの下に隠していた頭の猫耳を見た神楽は更に頬を緩ませた。 「わぁ〜〜!元君本当に猫耳生えてる〜!」 「……っ、や、めろ……っ!ぅにゃ……っ!」 「にゃ、だってさ〜!なに、あはっ!本当にあの薬効いて……んに゛っ!!」 いきなり耳を撫でられそうになり驚いた矢先だった、いきなり神楽の手が離れたと思えば岩片に羽交い締めにされてるではないか。 「死ぬっ!死ぬってば!お゛いッ!」 「なんだ?ここの辺りからもう一匹猫の鳴き声聞こえたんだけどおっかしいな〜?」 「い、岩片……っ!やり過ぎだ!」 にゃ、という声は咳払いで誤魔化しつつ、俺は慌てて岩片を捕まえる。そして神楽を開放してやるのだが……。 「は、元君〜っ!助けて〜!こいつ見た目も中身も野蛮だよぉ〜〜!!」 お前がそれを言うのか、と思いつつも人の影に隠れる神楽を落ち着かせる。そしてどさくさに紛れて神楽をそのまま縛り上げることに成功した俺たちはそのまま神楽を引き摺って適当な空き教室へと入った。 「ちょ、ちょっと〜?!なに、こんなところにいきなり連れてきて……っ、あ、元君にだったら何されてもいーよ俺!」 「だってよハジメ」 「俺に聞くニャ……にゃ……」 くそ、な行が言えなくなってきてる。相変わらずにやけ面の岩片に頼む、と視線で訴えかければどうやら伝わったらしい。岩片はやれやれと言わんばかりの態度で椅子に縛り付けた神楽の前に出た。 「ま、ちょっとばかしお前らに用があってな。……うちのハジメがこんなに可愛いことになった原因、何か心当たりはあるか?」 「こ、心当たりなんてないよぉ……?それに元君は元より可愛い……ふぎっ!」 「んなことは俺がよぉーく分かってんだよ。……本当に何も知らねえのか?」 言いながら神楽の腿の上に乗り上げ視線を合わせる岩片。必然的に近付く距離に流石の神楽も青ざめている。 「し、知らないって!本当に今回は俺はなんもしてないからっ!」 「岩片」 「嘘は吐いてないようだな」 岩片がそういうのならそうなのだろう。……もう少し他にも聞き方というものがあったのではないかとも思わずにはいられないが神楽にはこれが一番効果覿面なようだ。 これ以上縛っておく必要もないだろう。メソメソする神楽が段々可哀想に見えてくる。 「……元君わかったでしょ?俺なーんも悪くないよぉ〜お願いだからこれ外してよぉ〜」 何も知らないとなれば拘束する必要もない。仕方ねえなと岩片と入れ違うように神楽に近付き、そのまま俺は神楽を縛る紐を外した。足、そして腕の拘束を外したときだ。 いきなり「元くーん!」と抱き締められる。 「に゛ゃ……ッ!」 「はあ……っ可愛い〜!耳も神経繋がってるの?ここ、感じる?」 ふうっと頭の猫耳に息を吹きかけられた瞬間全身の毛がぶわりと膨らむのが分かる。飛び退こうとするよりも先に岩片の手によって引き剥がされた。そして。 「に゛ゃふ!!」 無言で岩片に締め上げられていた。……今度は俺は助けなかった。 そして数分後。 いそいそとフードを被り直す俺。まだ神楽の生暖かな吐息の感覚が残ってるようで落ち着かない。 神楽を再び椅子に縛り付けたまま俺達はそのまま部屋を後にした。空き教室からは神楽の鳴き声が聞こえてきたが無視だ無視、あのでかい声じゃ他の誰かが気付いてくれるだろう。 「……それにしても、神楽じゃにゃいとしたら……」 「どうせ科学部絡みだろうからな、これなら先に科学部洗い出してみるか?」 なるほど、その手もあるのか。これ以上にゃんにゃん言いたくないので無言で頷き返せば、岩片にフードの上から頭を撫でられる。耳を探ろうとするな。無言で振り払えば今度は尻尾の付け根を撫でられる。 「いい加減にしろ!……ニャ!」 「俺と二人きりだってのにお前が声なんて我慢するからだろ」 「っ……」 「ハジメ、俺といるときは声我慢禁止な」 「……ッ、……」 この野郎、自分が面白がりたいがために人の気も知らず。一瞬憤りを覚えたがこいつのこの性格は今に始まったことでもない。 「返事が聞こえねえな」と顎の下を撫でられそうになり慌ててその手を掴む。 「分かった……にゃ」 フードの下で俺の心境に合わせて耳が動くのを感じた。岩片はというと満足したらしい。そのまま俺の顔をうりうりとするだけして、再び歩き出した。 「鈴付きの首輪、買ってこねえとな」なんて不穏なことを口走りながら。 ◆ ◆ ◆ 科学室前。 手っ取り早く科学部員を締め上げて誰の仕業か聞き出すついでに元に戻る薬を作らせるか。そう科学室の扉を開いたときだった。 「うにゃっ!」 扉を開くなり、勢いよく毛玉が顔面目掛けて飛んでくる。顔面に覆い被さるふかふかで暖かな温もりに癒やされるのも束の間、驚いてそれをキャッチすれば手の中のそいつはにゃあと鳴いた。か、可愛い……。じゃなくてだ。 「おお、邂逅」 「感心してる場合ニャ……っ、ん゛、なんでこんなところに猫が……?」 「っ!尾張?!だ、大丈夫か!!」 どうしたものかと手を離してそっと猫を地面に下ろしたときだった。 科学室の奥、聞き覚えのある声が聞こえてきたと思いきやそこには政岡がいるではないか。死ぬほど似合わない白衣を着崩した制服の上から雑に羽織った政岡は、俺の姿を見るなり赤くなったり青くなったりと大忙しだ。 答える代わりに頷き返す。というか、なんでこいつがここに。 「マスク……っ、もしかして具合でも悪いのか?」 「その下りはさっきもうやったからいいんだよ」 「ああ?!って、てめえこのモジャクソ陰毛野郎なんでてめぇまでいんだよ!!」 「それはこっちのセリフだ、零児お前なんでこんなとこいんだ?もしかして今更科学部に入部したのかよ」 足元擦り寄ってくる猫をそっと抱えながら、岩片は目の前の政岡を見た。 「べ……別にお前に教える義理はねえだろうが」 「ふーん、ま、いいけどな。それで、こんな可愛い子を連れ込んで何やってんだ?」 可愛い子、と言って岩片の腕の中ちょこんと丸まった黒い猫を撫でる岩片。嫌がると思ったのだが意外なことに黒猫は気持ち良さそうに目を細める。……こいつ、動物相手にもタラシなのか。少し羨ましい。 対する政岡。 「そいつは俺の大事な連れだ、気安く触んじゃねえ!」 そう奪い返そうとしたところ、猫に思いっきり引っ掻かれていた。「いっでぇ!!」と顔に大きな引っ掻き傷を作りながらもなんとか取り返したらしい政岡だが、そんな政岡を見て岩片は「猫相手まで振られんのか」と呆れていた。それは言ってやるな。 「と、とにかく……今こっちは忙しいんだよ!用がねえんならさっさと失せろ!!…………あ、お、尾張はいつでもゆっくりしていっていいんだからな!」 岩片と打って変わってでれっと頬を緩ませる政岡。こいつもこいつで本当忙しいやつだな。色んな意味で。 俺は岩片に目配せする。すると岩片は無言で政岡を顎でしゃくった。行け、という合図だ。いや待て、行けってなんだ。狼狽えていると、岩片の手がそっとフードをめくる。そして本来の耳の側に顔を寄せたやつはそっと続けるのだ。 「お前がこいつの気を引いてる間に他のやつらから情報聞き出してくる」 なるべく長引かせろ、と岩片。 な、なるほど……。お前、そういうこともしてくれるんだな。普段ならば絶対したがらないくせに。もしかして俺のためか?と思ったが、逆だ。こいつ政岡を俺に押し付けるつもりだ。 「おい」と政岡が岩片を離そうとするよりも先に、岩片が俺から手を離した。やつは俺を見てにやりと笑うのだ。……はいはい、精々惹きつけておけばいいんだろ。思いながら、俺は政岡を見上げた。見れば見るほど出来立ての傷が痛々しい。 「……政岡、実はお前に聞きたいことがあってだにゃ……」 「ん゛ッ、ぉ、尾張……?い、今……なんて?!」 「…………聞きたいことがある……ニャ」 「……ッ!!」 真っ白になる政岡。その腕からはなんだこいつと黒猫がするりと落ちていく。そしてさり気なく政岡の脇をすり抜けて科学室の奥へと向かう岩片に寄り添って歩いていく黒猫。……その間五秒。 はあはあ、と何故か体力疲弊している政岡は「……にゃ、ニャ……?」と震える手で俺に触れようとして堪えていた。 ――だから嫌だったのだ、こんな役回りは。 辺りに人がいないのを確認し、俺は軽くフードを持ち上げる。瞬間、圧迫されていた耳が髪の毛をかき分けるように立つのを感じた。それを見て更に政岡の目が見開かれた。 「お、おわ、おわ、おわわ」 言えてねえし。 「……こういうことだ、にゃ……お前、何か知らないか?」 「ぉ……っ、……」 「……お?」 「ぉ……親父、お袋、俺を産んでくれてありがとう……ッ」 そう言ってそのままぱたりと政岡は静かに倒れたのだ。……いや本当なんなんだ。 仕方ないので気絶した政岡を引き摺って、話しやすいよう一先ず人目につかない隣の準備室へと移動する。そして適当に床の上に政岡を転がしているとどうやらようやく気付いたようだ。 「……ここが天国か?」 「ちげえよ」 にゃ、と漏れてくる鳴き声に恥ずかしがる暇もない。政岡はまた「んぎ」と声にならない声を上げていた。 話が進まねえどころか話すらできねえんだけど岩片。これ配役ミスじゃねえか? にゃあ、と隣の部屋から聞こえてくる声を聞きながら俺は取り敢えず政岡の頬をぺちぺち叩いて正気に戻す。 「はッ!お、尾張……?!」 いちいちニャだのなんだので驚かれるのも面倒だ。気が付いた政岡の前、フードを脱げば政岡はガタタ!と後退する。逃げ出そうとする政岡を捕まえ、俺は自分の頭を指差した。 「これ、お前らの仕業じゃにゃいか?」 こうなったら荒療治である。逃がすか、と向き合わせれば政岡の目が俺の顔と俺の猫耳をいったり来たりする。目が回っている。おい、大丈夫か。流石に怖すぎて怖じ気づきそうになったが相手は政岡だ、様子がおかしいのはいつものことだ。 「政岡、聞いて……」 聞いてるのか、と言いかけたときだった。いきなり抱き締められる。がばりと、もう、こう腕で抱えられるように抱き締められて目の前のむさ苦しい胸板に圧迫されるのも束の間、そのまま後頭部から頭、その耳を撫でられどさくさにすーはー匂いを嗅がれ血の気が引いた。 「はぁ……っ、尾張、可愛い、可愛い、すげえ可愛いなんだよそれ卑怯すぎんだろッ!!」 「に゛ゃッ、に、おいッ!やめろ!待て……っ!そ、こは触るな……政岡……ッ!!ま、ッぁ、にゃ……――ッ!!」 そして数分後、そこには顔面に新しくまた五本の引っ掻き傷を蓄えた政岡がいた。 「ぉ、おばり……ご、ごべんなざい……」 「…………」 フードをかぶり直した俺は二度とフードが外れないようにぎゅっと紐を締める。見た目がてるてる坊主になるとかこの際どうでもいい。俺は政岡に背中を向けたまま約三メートル離れたところに座り直した。この状態でようやくまともに話ができるようになるのだからどうしようとない。 「……落ち着いたか?」 にゃ、と尋ねれば鼻血を袖で拭いながら政岡はこくこくと頷いた。なんで鼻血出てんだよ。という突っ込みはもうしない。 「も、もう触らないし嗅がないから……頼むからこっち向いてくれ……あとフード脱いでくれ……」 「ちゅ、注文が厚かましい……にゃ……ッ」 「んにぃ……」 お前まで猫みたいになるのなんなんだよ。あとその笑顔やめろ。くそ、突っ込んでる暇はない。 もう一回引っ掻くぞと脅せば、政岡はデレデレさせていた顔を慌てて引き締める。が、口元まではどうしようもできなかったようだ。……まあいい、この際許していかないとどうしようもないからな……。 「わ、わかった、ちゃんと話聞く……っ!だから怒らないでくれ……ッ」 ごめんな?とこわごと続ける政岡。……こいつのこういうところはズルい。普段が普段なだけに仕方ねえなと許してしまいそうになるのだ。 ちらりと目を向ければ政岡は全くこちらを見ていないことに気づく。そして人の下腹部。窮屈感がないと思えば、いつの間にかに裾の下から尻尾が出てしまっていたらしい。ゆらゆらと俺の意志に合わせて動いていたその短い尻尾を至近距離で政岡が見ていることに気付いた瞬間思わず俺は尻尾の先で政岡の顔面を叩いていた。 そして振り出しに戻る。このときばかりは俺は岩片に助けを求めたくなった。 尻尾が勝手に出てこないようにしっかりしまい込み、俺は再度政岡に詰め寄る。 「政岡お前、何か知ってるだろ!……にゃ」 「……っ、そ、それは……」 「今なら許してやるから正直に話せよ……にゃ」 口籠る政岡に更に促せば、政岡は「ん゛ぅ……ッ!!」と胸を抑える。先にその鼻血をどうにかしろと言いたいがこれ以上話の腰を折られてたまるかと半ばヤケクソになっていた。 「政岡」と更に詰め寄ったときだ。 政岡は慌てて両手を上げた。降参のポーズである。 「わ、分かった!分かった……っ!話すから……っ、頼むから、その、耳……」 「耳?」 「耳……触っていいか……?」 「………………」 厚かましいにも程がある。謙虚な態度でその内容は欲望にどこまでも素直だ。要求が分かりやすくて助かるが、いや助かんねえわ撤回。 「お……っお前にゃ……ッ!」 「ぅ゛っ、だ、だって夢みてーなこんな……っ、なあ、頼む尾張……っ!ちゃんと元に戻る薬渡すから!」 さらりと漏らされる貴重な情報を俺は聞き逃さなかった。 「っ、先に薬の場所教えろよ……ニャ」 ソファーの上、座る政岡に更に俺は近付くが政岡はというと汗はだらだら、そしてしまったと言わんばかりに顔を逸らすのだ。 「い、言わねえ……っ」 「にゃんだと?」 「お、尾張の頼みでもそれだけは言わねえ……っあでで!」 「政岡〜〜……っ」 こういうときだけなんでそんなに口が硬いんだよ、いつもだったら隣に座っただけで聞いてもないことまでペラペラ垂れ流す癖に。 くそ、恥を忍んで俺が頼んでやってるというのに。それでもやはりこの男に好き勝手されるのは耐え難い。こうなったら岩片に賭けるか……。そう立ち上がろうとしたときだった。 「……っ、耳、好きにさせてくれたら……ちゃんと戻してやるから」 「いいだろ?」と恐る恐るこちらの反応を伺うように囁かれる。 引き止めるように重ねられる手の平。細くはない指にすり、と指を絡められそうになり衣類の下で尻尾がぴんと反応するのを感じた。 「お前……卑怯だ……っ、にゃ……!」 「っぐ、……悪いな尾張……っ、俺の夢だったんだよ、猫耳尻尾生やしたお前と戯れるのは……っ!」 「お前の夢に勝手に俺を巻き込むな……っにゃ」 しかもこんな変質的な夢見やがって。ようやく『な』が言えたと喜ぶ暇もない。 こんな状況だ、できるだけ醜態さらすような真似して弱みを作りたくなかった。付き合ってられるか、と政岡の手を振り払ってソファーから立ち上がろうとしたときだ。 「チッ、こうなったら……おい、尾張っ!」 名前を呼ばれ、呼び止められる。無視すればよかったが、条件反射で振り向いてしまう。そして後悔。 政岡の手には恐ろしい兵器が握られていた。 棒の先端、垂らされた糸に付けられたのはふわふわの毛玉。それを見た瞬間先程岩片と遊んだ……いや違う、あいつに散々弄ばれた悍しい記憶が蘇った。 「にゃ……っ!」 「尾張……今のお前ならこういうの堪んねえだろ?」 「っぐ、ぅ……ッ!」 「ほら、好きなだけ戯れていいんだぞ……っ!」 この男、悪魔だ。 俺の眼前、言いながら吊るされた毛玉を揺らす政岡に喉奥から出したくもない声が漏れそうになるのを必死に堪える。 無視だ、無視。こんなもの。俺は人間だ。猫なんかじゃない。だから、こんなもの……。 そう言い聞かせながら顔を逸らそうとしたときだ。大きく毛玉が揺れた瞬間、堪らず政岡の手から猫じゃらしを奪おうと飛び付いた。 「ぅ、にゃ……ッ」 政岡の腕の中から猫じゃらしの毛玉を捕まえた次の瞬間、自分がやつの上に馬乗りになっていたことに気づく。そして、気づいたときには大抵手遅れなのだ。 「〜〜っ!!尾張ィ……ッ!!」 瞬間、猫じゃらしを捨てた政岡にそのまま体を抱き締められる。バランスを崩して思いっきり政岡の腕の中に閉じ込められ、ぎょっとしたときには遅い。 ――デジャヴ。 「にゃ、ぅ、ま……っ、政岡、許さねえからにゃ……」 「っ、ああ……いいぞ、後で好きなだけ殴ってくれて構わないからな尾張……っ!」 それは普通に引くけどな。 伸びてきた手はフードに触れる。そのまま恐る恐るフードを脱がされそうになり、慌てて抑えようとするがこいつの腕力には叶わない。頭の耳を隠すものがなくなり、再び潰れていた耳がぴょんと立ち上がるのを感じる。そして頭部へと注がれる政岡の視線にただただいたたまれなくなるのだ。 「……っ、尾張……可愛い……っ」 「耳元で喋んな……にゃ……っ」 すり、とまるで腫れ物でも触るかのように細かい毛で覆われたその耳を撫でられる。瞬間、言葉にし難い感覚が走り、全身がびくりと跳ねるのだ。 「っ、こ、これは……痛くねえか?」 「……ッ、……」 「お、尾張……?……怒ったのか……?」 優しく指の腹で耳をそっと撫でられる。 なんだ、これは。開いた耳から響く政岡の声に余計頭の中が掻き乱される。外側を撫でていた親指が内側へと回った瞬間、ぞくりと嫌なものが全身を駆け巡る。下腹部、尻尾までも緊張が走り、あまりの気持ち悪さに堪らず俺は政岡を押し退けようと腕を伸ばす。が。 「ぅ……にゃ……ッ」 「っ、尾張……ッ」 はあ、と頬を赤くした政岡に更に強く抱き込められる。暑苦しいんだよ、離れろ。と身を捩ったとき。耳に口付けるかのように政岡は俺の頭部に顔を寄せる。 瞬間、獣耳に熱を感じると同時に先端部が暖かなもので包まれた。咥えられてる、と気付いた瞬間血の気が引いた。 「ま、待て……っ、どこ……舐め……」 ぬるりとした舌先が耳の付け根から内側へと触れる。この男、前々から感じていたがやっぱり頭がおかしい。まさか食べるつもりじゃないだろうな。そんな恐怖すら覚え、政岡から逃げようとするが片方の耳を指で優しく撫でられれば腰が震える 「ッ、ぅ……ん、ぅ……ッ」 「はぁ……っ、尾張……っ可愛い、すげえ……お前まじずるいだろうが、こんな……っ、尾張……ッ!」 「ぅ、や、めろ……にゃ……ッ!」 首を縮こませて逃げようとするが離れない。それどころかわざとリップ音を立てるように唇で啄んだ耳の先端を甘く吸われれば、頭に直接響くその音に否応なしに反応してしまうのだ。 「っ、尾張……もっと声聞かせてくれ」 「……ッ、にゃぁ……ッ」 顎の下。逃げようと逸した顔を顎ごと捉えられれば、そのまま首の付け根、顎の下を撫でられる。同時に逆らい難い甘い感覚が走り、開いた喉の奥、小さな鳴き声が漏れてしまった。 それが嬉しかったのか、政岡――否変態男は鼻息荒く更に近付いてくる。 「っ、ここ、撫でられるの好きなのか尾張……?」 「や、ちが、ぁ……ッにゃ、ふ……ッ」 「ッ、尾張……」 思わず脱力しかけたときだった。拘束がゆるんだと思った次の瞬間、政岡の手が臀部に触れるのだ。はっとしたときには遅い、衣類越し、しまっていた尻尾を優しく撫でられる。驚いて逃げようとしたが、手遅れだった。 「ん、ぅ、にゃ……っ」 「っ、尾張……っああ、くそ、お前が可愛すぎて……俺……ッ」 ちゅう、ちゅ、と何度も耳に唇を押し付けられ、時折舐められ甘噛みされる耳はすでにやつの唾液で毛はぺたりとなっていた。くそ、なんだ、なんだこれは。不愉快極まりないのに、耳を触られれば全身が強張る。猫もこんな気持ちなのか。今度から猫を見たときは考えを改めなければ、と思った次の瞬間だった。ごり、と股の下、下腹部を押し上げる嫌に硬い感覚に全身が凍りつく。 見なくともそれがなんなのか俺はわかった。――わかってしまった。 「っ、お前、変態かよ……ッ!にゃ……ッ!」 「悪い、尾張……っ、不可抗力だこんな……ッ」 逃げようとして膝の上に座らせられる。 「い、挿れねえから……尻尾見ていいか?」 「っ、断る!……っにゃふッ!」 そのときだ。人の言葉を無視して政岡は俺のスラックスごと脱がしてきやがった。 政岡、と目の前のやつを睨みつけようとしたとき。しまい込んでいた針金のように硬くなった尻尾、その根本とその周辺を指の腹で優しく撫でられた瞬間背筋がぶるりと大きく震え、堪らず胸が仰け反る。 そして逃げようとした俺の腰を掴まえたまま、やつは指の谷間で挟むように柔らかく根本から尻尾の先端を毛並みに沿ってそっと毛先を撫でるのだ。体の奥から溶かされるような心地よさに堪らず喉が開き、声が漏れてしまいそうになるのを政岡の肩を噛んで堪えた。 「っ、ふ、ぅ……〜〜ッ」 「っ、まじ……はあ……っ、やべ、こんななんのかよ……尻尾はあんま触んねえ方がいいんだよな?」 思い出したように先端から手を離した政岡は慌てて手を離す。そしてあくまで優しく、まるで気を遣うように固く針金のように固くぴんと立った尻尾の付け根を撫でてくるのだ。瞬間、ゾクゾクと神経の束を直接愛撫されるような異様な感覚が走る。 「に゛ぅ……ッ」 「尾張……ッ?」 「っ、さわ、んにゃ……っ、そこ……」 「……っ、ここが良いのか?」 「にゃ……ッ、ふ、……ッ」 尾張、と吐息混じり囁かれながら尻尾を手の甲で撫でられる。もどかしい。気持ちいいわけがない。俺は人間だ。そう思うのに、心地よさに逆らえない。 だからつい政岡の指が下着の中まで入ってきていることに気付かなかったのだ。尻尾を撫でるように、どさくさに紛れてウエストのゴムをずらされる。ゆらゆらと揺れる尻尾の根本を撫でていた指先がその奥に触れた瞬間、全身が緊張する。 「ッ!!っゃ、や、めろ……っにゃ……ッ」 「っ、あ、い、嫌だったか?!ま……待ってろ、今気持ちいいところ探して……」 そう言いながら何かを取り出したと思えば猫の本じゃねえか……っ! 「ふざけんにゃ、俺はっ、猫じゃにゃ……ッ」 ない、と言い掛けたときだった。 何を思ったのかいきなり政岡に体を抱き締められる。 何回抱き締めるつもりなんだ、とその胸を押し返そうとしたとき。頭を撫でられる。耳と耳の間のところを撫でられた瞬間、思わず目を閉じてしまう。 「っ、ぅ……」 「わ、悪かった……!ごめんな、俺が悪かったから怒らないでくれ……っ」 「……う……く……っ」 な、なんだこれは。 『愛猫との暮らし方』と書かれた本を手にした政岡に頭を撫でられる。絶妙な力加減でツボをマッサージされ、それだけにも関わらずあれほど感じていた憤りや羞恥心が鎮火していくのがわかった。 「ぅ……」 「お、尾張……?」 「……ぅ、にゃ……」 駄目だ、しっかりしろ。俺は人間だ、猫ではない。そう思うのに抗えない。 もっと、とつい無意識に政岡の手に擦り寄ってしまったときだった。 「お、尾張……ッ?!」 「……ッ!」 目の前、驚愕する政岡の顔を見てハッとする。 い、今俺はなにを……。そう慌てて政岡から離れようとしたときだ。慌てて離れようとして抱き締められる。 「尾張……っ、もっと、もっと俺が撫でてやるからな……っ」 「い、いらにゃ……っ、ぁ……やめろ……にゃ……ッ!」 調子に乗った政岡に顎の下を擽られる。くそ、こいつ覚えとけよ。そう睨むが、すぐに顔が、身体が蕩けてしまうのだ。 気持ちいいと認めることすら癪のに、喉がごろごろと鳴ってしまうのを抑えられない。 そんなときだった。がらりと勢いよく扉が開いた。そして。 「ハジメ〜迎えに来たぞ」 隣の科学室と繋がったその扉がいきなり開いたかと思えば岩片が現れた。その手には手のひら大の瓶が握られていた。 「っ、クソモジャまたてめえ勝手に……ッ!って、お前、その手に持ってるのは……」 「なんだと思う?」 「なんでお前がそれを゛ッ!」 そう政岡が驚くよりも先に一気に距離を詰めてきた岩片は躊躇なく政岡の胸倉を掴む。助けてくれたのか、と思いきや、手にしたその瓶の開いた口をいきなり政岡の口にねじ込んだ。見事な早業だった。 「ぉぶッ!」と咽る政岡を無視して中の液体をその咥内へと押し流した瞬間だった。ぽんっと辺りに煙が広がり、そして俺を拘束していた腕の感触がなくなる。 そして。 「ッに゛ゃ……ッ!!」 政岡が座っていた場所からは政岡は消え、その代わりに見慣れない目つきの悪い赤い猫が落ちてるではないか。 「ま、政岡?!」 「んでハジメにはこっちだな」 何が起きたんだ?!と驚く間もない。 岩片は俺のフードの深み、そのまま背後から抱き締めるような形で俺の顎を開かせるのだ。 そして視界に入るのは先程政岡が飲まされていたものとは違う色の液体が入った瓶だ。 まさか、と青褪めた次の瞬間。 「ん゛う……っ!!」 ごぽ、と大量の液体を流し込まれる。何でもかんでも荒いんだよこいつは、もっと丁寧にしてくれ。そんな俺の意思など知ってか知らずか全て飲ませてくる岩片。それを見た政岡らしき猫が「ニ゛ャ゛……ッ!!」と心配そうに飛び付いてくるが勿論人形の岩片に敵うはずもなく。 ごくごくと流し込まれる液体。瞬間、耳と尻尾が生えていたそこが熱くなる。中身を飲み干したのを確認し、岩片は瓶を捨てた。 「ハジメ、見てみろ」と頭を指す岩片。促されるまま自分の頭部を撫でれば、熱くなっていたそこには先程までの異物の感触がなかった。もしかして、これは。 「もど……った……?」 声に出して確認する。にゃ、などと余計な語尾も消えているではないか。そして自分のケツを弄る。ない!あの感触がなくなってるではないか。 「ったく、手間かけさせやがって。ま、これで一件落着だな」 そうだな、と相槌打ちそうになったところで膝の上によじ登ろうとしてくる赤い毛玉にはっとした。 「ま、待て待て!一件落着してねえから!」 そう、政岡猫を抱き抱える。……こいつ、でけえなとは思ってたが重いぞ。おまけに嬉しそうに腕に擦り寄ってくる政岡猫のせいで更にずしりと腕に負担がかかる。……が、正直少し可愛い。中身があの政岡だとしてもだ。 「に゛ゃ〜っ、ブニャっ」 「鳴き声ブッサイクだなお前。……ま、科学部員の連中が言うには一日くらいで戻るって話だからな」 「いやいやそもそも科学部員のやつらは何者なんだよ……!!」 「に゛ィ〜〜」とごろごろ鳴きながら頬ずりしてくる政岡猫。こいつ猫を完コピしてやがる。指をかぷかぷと甘く噛まれ、舐められそうになった瞬間伸びてきた岩片の手によって政岡猫が回収された。 「んだこいつ発情猫か?去勢しねえとな」 「フシャーッ!!」 「お、おい岩片っ!可哀想だろ……っ!」 「ニィ〜っ!」 「……可哀想ねえ?愛玩動物同士通ずるものでもあったか?ハジメ」 「お前な……」 「じゃ、これの世話お前に頼むわハジメ」 これ、と赤い毛玉もとい政岡猫を俺の膝の上へと戻した岩片はそうへちゃっとなっている政岡猫を指差した。 突然のことに「へ?」とアホみたいな顔をしてしまう俺に、相変わらず読めない表情のまま岩片は「猫の気持ち、少しはわかるようになったんじゃねえか?」と冷ややかな笑みを浮かべたのだ。 まて、そもそも確かにこれは見た目こそは猫ではあるがそれ以前に政岡だ。 「そ、それとこれとは……」 「俺はもう少し科学部のやつらと話してくるから後は頼んだな」 「お、おい岩片……?!」 ……あいつ、面倒だけ俺に押し付けて颯爽と戻っていきやがった。 俺の手元に残されたのは膝の上でにぃにぃと鳴くデカ猫政岡。恐る恐るその背中に手を伸ばせば……ふかふかだ。いやそもそもどういう原理で猫になったかなんて考えてはいけないんだろうな。 「それにしても……可愛くねえな……」 「に゛ゃ……っ?!」 「……冗談だよ」 「にゃ……っ!」 よしよしとそっと撫でてやれば膝の上で溶けたように脱力する政岡猫。 この政岡なら……部屋に置いてやってもいいかもしれない。なんて風に思わせるのだからやはり猫というのは恐ろしい生き物である。 「それで?……これが完成薬ねえ。効力は確かだな。……けど、俺は獣に発情する趣味はねえから猫耳尻尾までの分でいいな。取り敢えず、ここにある在庫全て受け渡せ。……ああ安心しろ、ちゃんと金は払う。勿論言い値でな。それと元に戻る薬は俺が頼むまでは作らなくていいぞ。……ああ、言質は確かに取ったからな、頼むぞ。科学部さん」 【おしまい】