【↑100】√β軸の芳川×齋藤で甘めSSS【4,600文字/芳川×齋藤】
Added 2020-07-13 19:44:14 +0000 UTC会長と一緒にいればいるほど会長のことが分からなくなる。 優しくて、俺のことを助けてくれる会長。 真面目で他人に厳しい会長。 ……そして、俺の知らない会長がいる。 たまに見せる知らない芳川会長の顔に恐怖を覚えることはあった、それでも俺はそんな会長のことを含めて少しでも知りたいと思ったのだ。 理解出来たならば、そう思うのに現実はどうだ。 閉じられた扉は会長が出るときと帰宅したときにしか開かない。 会長の部屋の中で過ごす間は確かに外部から守られていた、けれど文字通り蚊帳の外だ。 薄々気づいていた、会長は俺のことを拒絶していると。保護という形で自分の側に置くようなポーズを取るフリをしながらもその間に分厚い壁で隔てるのだ。それがただ悲しかった。会長が俺に勝手なことをされるのを嫌がっているのは明白だ。 だから、なるべく会長の負担にならないようにそれに従った。 会長の壁に気づかないフリをして受け入れた。 そうすれば、会長が嫌われないはずだから。だから、誰もいなくなった部屋の中一人会長の帰りを待って布団の中に潜っていた。 昼間は寝て過ごし、会長が部屋に戻ってくる夕方以降に動き出すそんな乱れた生活を送っていた。 その日は酷い雨だった。ざあざあと叩き付けるような雨音にうとうととしていた意識が覚醒する。 体を起こし、ベッド横のサイドボードに置かれた置き時計を確認すればもう放課後だ。 ……そろそろ会長が帰ってくるはずだ。 情けない姿は見せたくなかった。顔を洗って寝癖を直し、再びベッドへと戻る。今度は横にならずに体操座りをして会長の帰りを待っていると、扉が開く音がした。 「……ッ」 駆け寄るのもおかしい気がして、それでも気付かないフリもおかしい。恐る恐る帰宅した会長の方を伺おうとしたときだ、芳川会長がブレザーを脱いでいるのを見てなんとなく緊張して背中を向けた。 衣類が擦れる音が聞こえるほどの静かな部屋の中、雨の音だけが助けだった。 背もたれへと脱ぎ捨てられたブレザーの肩は濡れている。そして、会長の黒髪も更に黒く染まるように濡れていることに気付いた。 ……もしかして雨に濡れてしまったのか。 慌てて立ち上がった俺は、慌てて洗面室からタオルを持ってくる。そして「あの、会長」と恐る恐る声を掛ければ、レンズ越し、会長の目がこちらへと向けられた。 「つ、使ってください……」 「……別に俺は君に家政婦をしろと頼んだ覚えはないが」 その視線に咎めるような色が滲んでいることに気付く。 「ごめんなさい」と咄嗟に手を引っ込めようとして、芳川会長に手首ごと取られた。 あ、と思ったとき。芳川会長は自分の眼鏡を外し、そのまま俺の手ごとタオルで顔を拭うのだ。 驚いた。手を離すことも忘れ、固まっていると顔を上げた芳川会長と至近距離で視線がぶつかる。 指先が冷たいだとか、そんなことではない。 近い。手が触れてる。そんな些細なことで鼓動は乱れるのだ。俺は逃げるように会長から視線を外す。そして、濡れたタオルを受け取ったまま一歩退いた。 「……っ、あの……体、このままじゃ冷えるかもしれないので……お、俺、お風呂の用意してきます……」 「不要だ、これくらい放っておけば乾く」 「でも」と言い掛けて言葉を飲んだ。 何も言わないが会長の目には咎めるような色がありありと滲んでいる。 つい気圧されそうになり、ちらりと俺は会長を見上げた。 「あ、あの……何か、あったんですか?……こんなに濡れて」 「……傘が壊れただけだ。大したことではない」 余計なことを聞いてしまっただろうか、と後悔したが意外なことに会長は答えてくれたのだ。 ただでさえ艷やかな黒髪だ、濡れて余計黒く見える。その毛先からぽたりと雫が落ちそうになり、咄嗟に俺は会長の横髪をタオルで拭った。 一瞬驚いたような顔をする会長に、自分のしたことに気付き血の気が引いた。怒られる、と慌てて離そうとしたが会長の反応は予想外のものだった。 「……」 無言のまま、文句を言うわけでも止めさせるわけでもなく会長は目を伏せたのだ。まるで待てをする犬のように、俺に身を預ける。 そんな会長の行動に素直に驚いたし、狼狽えた。 ――これは、甘えられてるのか。 「会長、あの、ドライヤーは……」 「このままでいい」 このままというのは……このまま俺が髪を拭いてもいいということなのだろうか。 内心どぎまぎしながらも、そっと頭髪の表面を撫でるように水分を拭い取っていく。 自分の髪を拭うのとはわけが違う。それも、こんな風にお互い向かい合うのは久し振りで、おまけに裸眼の会長が新鮮で……相手が目を伏せていることをいいことについじっと顔を見つめてしまった。 「…………」 「…………」 心臓の音、聞かれていないだろうか。 思いながらも、手元が疎かにならないように毛先を撫でたりそっとタオルで包むように水分を除去していたときだ。伏せられていた芳川会長の瞼がゆっくりと持ち上がる。そして、ゆるりと視線がこちらを向いた。 「君は……一人っ子だったか」 そんなことを突然尋ねてくる会長に内心ぎくりとした。何故そんなことを、と今更思わない。……会長のことだ、俺のことはなんでも知ってるのだろう。こくりと頷けば、会長は俺から視線を外すのだ。 「随分と慣れているようだな、人の世話を焼くのに」 「……そんなこと、ないです。俺はしてもらってたことを真似してるだけなので……」 もしかして何か誤解されているのだろうか。 含んだような物言いが引っ掛かって、慌ててそれを否定すれば会長は「そうか」とだけ呟くのだ。 その声音からは感情は読み取れない。その目からも会長が何を考えているのかわからないが、それでも少なくとも怒ってはいないということだけが辛うじてわかった 「会長……大分渇いて……」 きましたね、とタオルからそっと手を離したときだった。俺から顔を背けた会長は、そのままくしゅんとくしゃみをしたのだ。 やっぱり躰が冷えているのだ。 「お、俺やっぱり……お風呂入れてきます……っ」 「おい」と、会長が止めようとしてきたが今更止まるわけにはいかない。俺はそのまま浴室まで向かった。 本当の話、あのまま会長と向き合ってるとどうにかなりそうだった。安心したように身を預けられることがここまでとは思わなかった。 ぱたんと閉じた浴室の扉を背に深く息を吸い、吐いた。……まだ心臓がとくとくと脈を打っているようだった。 それから宣言通り会長のために風呂を沸かし、心臓の鼓動が収まったのを確認して部屋へと戻った。 リビングでは会長がソファーに腰を掛けていた。俺が風呂の準備をしている間に用意したらしい、マグカップを手にしたまま芳川会長はこちらを見た。 「……少しはじっとしたらどうだ」 「部屋に置いていただいてるので……その、少しでもお手伝いしたくて……」 「俺はそんなことのために君を部屋に置いてるつもりではなかったがな」 ごめんなさい、と項垂れたとき。 「こっちへ来い」と会長に呼ばれる。 今度こそ怒られるかもしれない。震える指先をぎゅっと握り締め、「はい」と恐る恐るソファーへと近付けば芳川会長はソファーの隣を叩く。座れ、ということなのだろう。 言われるがまま会長に従い、なるべく静かにソファーに腰を下ろせば芳川会長は俺の目の前のテーブルにそっとマグカップを置いた。会長が飲んでいるものとは別のものだ。 中身は白い……ホットミルクだろうか、甘い湯気が立つそれに思わず唾を飲んだ。 「ぁ……あの……」 「いらないなら無理して飲まなくてもいい」 「の、飲みますっ」 「……」 「い……頂きます」 会長は、優しい。 ……優しい人なんだ、本当は。皆は騙されているというが、それでも俺はこんな風に、ただの戯れだとしても優しくしてくれる会長のことが……好きだった。 ……そんなこと言えば鬱陶しがられるだろうから口が裂けても言えないが。 そっとマグカップのふちに唇を付け、そのまま一口中身の液体を喉奥へと流し込む。 それだけで冷え切っていた体が、心までもが温まるようだった。 「……美味しいです」 会長は何も言わない。 けれど、僅かに会長の周囲を纏う空気が和らいだ。 ……そんな風に感じたのは俺の自意識過剰なのだろうか。 それから間もなくして風呂の準備ができた。 芳川会長が入浴している間も俺はちびちびとホットミルクを飲んでいたのだ。 雨の音は相変わらず止みそうにない。 そんなことをしてる内にどうやらウトウトしてしてまっていたようだ。 いつの間にかに風呂から上がって着替えたらしい会長が隣に座っていることに気付き、飛び上がりそうになる。 「……っ、会長……」 「君も、風呂に入って暖まってきたらどうだ。……それとも飯はもう済んだのか?まだなら、デリバリーを頼もう」 「あ、いえ俺は……大丈夫です」 「……まさかミルクだけで腹が膨れたとでも言うつもりか」 呆れたような会長の声になんだか恥ずかしくなってくる。……そのまさかだ。とはいっても、腹が膨れたというよりかは胸がいっぱいというか……。 えと、その。と言葉に詰まっていると会長は無言で俺から視線を外す。 「……君は無欲だな」 「え?」 「…………」 どういう意味なのか聞こうとして、やめた。正面を一点に見つめたまま押し黙る会長。その言葉だけがやけに耳に残っていた。 ……無欲。欲がないわけではない。けれど恐らくそれは俺にとって叶わないものだとわかってるからこそ諦めてしまってるのだろうという自覚はあった。 「……じゃあ、えと……もう一杯、いただいてもいいですか」 このミルクを、マグカップを手にして会長を見上げれば、僅かに会長の目が細められる。 笑ってる……わけではないだろう。それでも、会長の周囲の雰囲気が揺らぐのだ。 確かにホットミルクは美味しかったし暖かくなったが、本当に俺が欲しかったのは。 「それだけでいいのか?」 伸びてきた会長の手がマグカップに重なる。指が触れそうになり、ぎくりとしたが俺にはこれ以上踏み出すことはできなくて「はい」と声の震えを殺すこともできないまま答えれば指先からマグカップが離れた。 「……少し待っていろ」 立ち上がる会長。離れる気配に一抹のもの寂しさを感じながらも俺はその場から動くことはできなかった。 下心がないわけではない。……会長と一緒にこうしていられることを望んでいる自分がいるのも本当だ。 ……それでも会長の目に俺は無欲に見えるのだろうか。それとも、会長にとっては欲に含まれないのか。 戻ってきた会長は何も言わずにマグカップを目の前のテーブルに置いた。それにそろりと手を伸ばそうとして、会長に手を握り締められる。驚いて顔を上げれば視界が陰に覆われる。 「っ、ん……ぅ……ッ」 唇が触れている。指が絡め取られ、掌に力が入らない。驚いて、困惑して、それ以上に心臓が喜びの悲鳴を上げていることが恥ずかしくて俺は会長の目を見ることができず、堪らず目を瞑る。 唇は間もなくして離れた。はあっと息が漏れ、恐る恐る目を開けば、目の前、会長がこちらを見ていたのだ。 何をされているのか自分でもわからなかった。 もしかして邪な感情を読まれたのかと恥ずかしくなったが、それ以上に喜んでいる己までもを見なかったことにはできなくて。 「……っ、かいちょ……」 「……甘いな」 君みたいだ、と独りごちる会長に俺は恐る恐る手を伸ばした。もっと、なんて言葉を口にすることはできなかった。それでも伝わったのだろう。 掌を握り締められる。 甘いミルクの匂いに包まれ、溺れた。 【END】