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田原摩耶
田原摩耶

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迷妄後日談【√α栫井×大学生齋藤】

 栫井との恋人とも呼べないような関係は暫く続いた。  急にいなくなったと思えば、ある日突然帰ってくる。暫くいると思えばいつの間にかにいなくなる。  栫井にとって俺は都合のいい宿代わりなのかもしれない。それでも良かった、栫井が帰ってきたいと思える場所があるならそれだけでいいのではないか。なあなあとした関係が俺達には丁度いいのだ。  そう、栫井がいなくなった部屋の中ぼんやりと考えながらベッドから体を起こす。  ――そして、栫井が俺の前からいなくなってもうすぐ二週間が経とうとしていた。  普段なら二、三日すればふらっと帰ってきていただけに正直心配した。何かがあったのではないか、それとも俺以外に条件のいい宿主を見つけたのか。  栫井の連絡先は知っていた。けれど、『今何してるの?』なんて気軽にメッセージを送り合う仲でもない。  それに束縛されることや過干渉を嫌がる栫井だ、変に恋人ヅラされてるとも思われたくない。  そんな風に悩んで何も出来ないうちに二週間だ。我ながら女々しいとは思うが、何もしないのが一番栫井にとっては居心地がいいのだと分かっていたからこそ何もしないことを選んだ。  それからまた季節は移り変わり、家と大学とバイト先を行き来するだけの日々が続く。  春の温かい風はじとりと湿気を孕み、梅雨入りしたこの街全体が重く淀んでいるように感じた。  栫井がいないことにも慣れてしまい、本来の一人暮らしの生活に戻る。  本当は栫井との再会も全て夢だったのではないか、そう思えたが携帯に残った栫井の連絡先が唯一俺と栫井を繋ぐものだった。 「……ただいま」  そう、誰もいないとわかってて口にしながら扉を開いたときだ。玄関口、見慣れない靴に息を飲む。そして、リビングの方から差し込む明かり。  ――栫井だ、栫井が帰ってきたのだ。  そう直感した俺は靴を脱ぎ捨てるようにバタバタと部屋へ上がる。そして扉を開いた瞬間、キッチンからなにかを焼くような音といい匂いがしてきた。 「か、栫井……っ?」  そう、恐る恐る呼びかければ、キッチンに立ったその人影は視線だけをこちらに向けるのだ。見ない内にまた伸びた後ろ髪を一つにまとめた栫井は、菜箸を片手に息を吐く。 「……先に手洗ってこいよ」 「っ、う、うん……」  そう、俺は慌てて洗面台へと向かった。  栫井だ、本物の。挨拶をするのも忘れてしまっていた。けれど、「久しぶり」も「お帰り」もなんだか違うような気がする。  我ながらよく分からない関係だけど、それでいいと思った。  もしかしたらもう二度と会えないかもしれない――そう考えていただけに戻ってきてくれた栫井に恐ろしく安堵している自分に気づき、自嘲する。  それから俺は念入りに手を洗い、リビングへと戻る。久しぶりに帰ってきた上に料理までしてくれるなんて。それから栫井の用意してくれた晩飯を食べることにことになった。  向かい合うようにテーブルを囲む。  なんだかこうしてるのも久しぶりで、以前栫井とどんな風に過ごしていたのかすらわからなくなってしまうのだ。  ……なんか、見ない内にまた痩せた気がする。けど、以前よりは大分顔色はよくなっている……と思う。  ちら、と水を飲む栫井を盗み見ていると栫井と視線がばちりとぶつかり合った。 「おい……なんだよ。言いたいことがあるならはっきり言え」 「い、いや……その……久しぶりだなって思って……」 「……そうだな」 「…………」  まさか、久しぶりに会ったから緊張してるなんて言えるわけがない。けど、栫井の言葉はやはり柔らかい。向けられる視線が妙にくすぐったくて、俺は俯くように食事を進める。  咄嗟に話題を探る。今まで何してたのか、なんて聞けない。ならば、となるべく穏便に済みそうな話題を探した。 「……栫井って、料理できるんだ」 「これくらい猿でもできるだろ」 「でも、俺はできないよ」 「……お前はな」  そう、栫井はふっと破顔する。  ……笑った、あの栫井が。  目を伏せる栫井に心臓が反応する。そうだ、栫井はこんな笑い方をするのだった。 「栫井……なんか、機嫌いいね」 「別に普通だ」 「けど……なんか、優しいし」 「…………」  あ、余計なこと言ってしまっただろうか。せっかく柔らかくなっていた栫井の表情から笑みが消える。 「ご……ごめん、変な意味じゃ……」  なくて、と言いかけたとき、栫井は口元を抑えるのだ。 「……普通だろ」  照れてる、のだろうか。これは。  せっかく柔らかくなった表情が強張ってしまうが、栫井の言葉に昔のような険はない。気を許してくれているのだろう、それがわかったからこそ「そうだね」と俺は箸を進めた。  約二週間ぶりの栫井との食事だが、別段盛り上がるわけではない。それでも俺にはそれで十分だった。  食器を片付けたあと、ソファーに腰を下ろせば隣に栫井が座ってくるのだ。手にはちゃっかり自分用のコーヒーを用意してる。俺はコーヒーは飲まないので栫井専用だ。 「栫井、明日は休みなの?」 「……ああ」 「そっか」  じゃあゆっくりできるね。  今度はいつまでここにいるの。  今度暫くいなくなるときは先に教えてほしい。  帰ってくる前に一言言ってくれたらちゃんと、もっと栫井の好きなもの用意するのに。言いたいことはたくさんあった。けれど、どれも実際に口にすることはできない。  自分にこんな感情が芽生えるとは思わなかった。  栫井と一緒にいて、離れる期間があるだけでどんどん自分が我儘になっていくようだ。  ……栫井の負担にはなりたくない。喉まで出かかった言葉を飲み流すように、俺は机の上に残っていた水を飲み干した。 「栫井……髪、伸びたね」 「……そりゃな」  ……俺と会わない間に。  なんて、こっそり皮肉を混ぜ込んでみたとき、栫井の目がこちらを向いた。そして、伸びてきた手に前髪を掻き上げられる。 「か、こい」 「お前、顔に出過ぎ」 「……っ」  ぱらぱらと落ちる前髪。曝された額に唇を押し付けられ、思わず全身が硬直した。触れるような優しいキスだった。それだけで恐ろしいほど心臓が反応してしまうのだ。 「っ、……栫井……」 「……言いたいことあるならはっきり言えって言ってるだろ」 「……っ、い、えない……」 「はあ?」 「栫井に……重いって思われたくないから……」  俺の言葉に、栫井は呆れたように笑うのだ。そして、返事の代わりに今度は唇を重ねられる。 「ん、むぅ……っ、は……かこ……んん……ッ!」  カップをテーブルに置いた栫井はそのまま俺の上に乗り上げるように覆い被さってくる。  重ねられた唇が酷く熱く、甘く疼く。触れるだけだった口付けは次第に激しさを増し、俺はそれを拒まずに受け入れるのだ。  栫井の匂い、栫井の熱。……本物の栫井だ。恐る恐る栫井の背中に手を回し、俺はそのキスに応えるのだ。  久し振りだからとか、そんなものもあるのかもしれない。  その日は恥ずかしいほど栫井を求めてしまい、久しぶりに意識を飛ばしてしまう。目を覚ませば見慣れた寝室の天井、どうやら眠ってる間に場所を移されたようだ。  咄嗟に栫井の姿を探せば、すぐ隣に自分以外の熱に気付く。こちらを向いて背中を丸めるようにして眠っていたのは栫井だ。  すうすうと規則正しい寝息を立てる栫井の姿にほっと安堵する。栫井が隣にいる、それだけで安心してる自分に苦笑した。ずり落ちそうになってる布団を栫井に掛け直し、俺も栫井の方を向いて目を瞑る。  最初は困惑していたのに、今ではこうしていてくれることに充足感を感じるほどだ。……つくづく自分の単純さに笑えてきた。  それから、栫井が家に居ることは当たり前になっていた。いつもだったら毎晩仕事に行っていたのに最近は夜出かけることも少なくなった。 「今日も仕事休みなの?」と聞けば、栫井は「前の仕事は辞めた」とあっけらかんと続けるのだ。 「や、辞めたって……」 「今は昼職。……お前が学校とバイト行ってる間に働ける場所を見つけた」 「……っ、そ、れって……」 「……なんだよ」  もしかして、俺のために?なんて自惚れた言葉を口にすることはできなかった。  けど、そのお陰なのだろう。目の下の隈も少しマシになったし睡眠も取れてるおかげで顔色もいい。なによりも、こうして栫井と一緒にいれる時間が増えたことは純粋に嬉しかった。 「……えへへ」 「気持ち悪い笑い方やめろ」 「ご、ごめん……けど、嬉しくて」  ふん、と栫井は鼻を鳴らす。  夜職時、栫井がどれほど不規則で不健康な生活をしていたか俺は知っていた。だからこそ、余計。 「……嬉しいって、なんで」  栫井に聞き返され、内心ぎくりとする。  失言だった。何も考えてなくて、咄嗟に誤魔化そうとするが真っ直ぐに栫井に見詰められれば頭の中が真っ白になってしまうのだ。 「なんで、お前が嬉しいんだよ」  一歩、また一歩問い詰められる。顔を逸らそうとするが、腕を掴まれ栫井の方を向かされるのだ。 「か、栫井が……」 「……」 「その……っ」 『早く言え』というかのように更に詰め寄られ、鼻先数センチまで栫井の顔が近付く。   顔に熱が集まるのがわかった。  ずっと、我慢していた。栫井に鬱陶しがられるのが怖かった。自分だけが独りよがりになっているんじゃないかと思い知らされるのが怖くて、気付かないふりをしていた。  ……けど、何もかも手遅れだったのだ。 「……栫井と、一緒にいれるのが……嬉しいんだ」  栫井がいないのが当たり前だと慣れようとしていた。けど、栫井が家にいることに慣れてしまうとどんどん離れ難くなっていく。  ずっと一緒にいたい、という言葉は口に出すことができなかった。  噛み付くように唇を塞がれ、唇に這わされる舌に促され俺は口を開き招き入れた。  こういう風に求められることに一抹の喜びまで感じてしまうほど、気付かない間に栫井が住み着いていたのだ。 「っ、ぁ、ッ、は……ッ、か、こい……ッ!」 「……っ、お前の体、熱すぎだろ……」  抱き締められ、目が合えばどちらともなく唇を重ねる。深く挿入された性器から流れ込んでくる栫井の鼓動と熱が堪らなく俺を満たしていくのだ。  おかしな話だと思う。初めこそはあんなに恐ろしく嫌いだった行為が、今では俺と栫井にとってコミニュケーション手段となっているのだから。 「っ、ん、ぅ……ッ」 「か、こい……っぁ、ん、む……ッ!」  栫井の舌に己の舌を絡め、その後頭部に腕を回す。舌ごと吸われ、深く根本から愛撫されればそれだけで頭の奥がじんじんと痺れ、何も考えることができなかった。  下から硬く太い性器で根本奥深くまで突き上げられる度にくぐもった声が漏れ、腰が揺れる。それを見て、栫井は更に抽挿を早めた。 「っ、ぅ、ん……ッ!ぅ、ふ……ぅ……ッ!」 「……っ、は……ッ」  落ちてくる栫井の癖っ毛に手を伸ばす。栫井の顔を見たい。もっと。そう、髪を掻き上げれば栫井は僅かに顔を強張らせ、そして俺の手のひらに頬を寄せた。 「っ、か、こい……ッん、ぅ……ッ!」 「……っ、……」  呼吸が混ざり合う。最早どちらのものかすら分からない。濡れた音は粘度を増し、快楽から逃れようとする腰を更に栫井に捉えられ骨の髄まで貪り食われるのだ。  栫井、栫井。そう声にならない声を上げ、何度目かの絶頂を迎えたとき、痙攣する体内、締め付けたそれがびくりと反応した。  栫井が腰を引こうとして、咄嗟に俺は栫井の腕を掴んだ。そして、その細く骨張った手首。薄く引き伸ばされ柔らかくなった傷跡をなぞれば、栫井は息を飲むのがわかった。 「……ッ、齋藤……」  栫井の手首の傷にキスしたとき、腿を掴む栫井の指に力がこもる。そして、俺達は何度目かのキスをした。  どくどくと腹の奥底で脈打つ鼓動が一層大きく響く。  幸せがなんなのか俺にはわからなかったが、今だけは、今だけはこのまま時間が止まってしまえばいいのに。と、そんな馬鹿げたことすら真剣に願ってしまった。  ベッドの上、ざあざあと叩きつけるような雨に目を覚ます。ベッドの隣が空いていることに気付き、咄嗟に触れればまだ暖かいことにほっとする。  怠い体を起こし、栫井の影を探せばすぐに栫井を見つけることは出来た。  バルコニーの外。土砂降りの空を眺めながら煙草を吸ってる栫井がいた。  俺は慌てて服を身に着け、そしてバルコニーへと続くガラス戸を開く。栫井はこちらを見ようともせず、その代わりに煙草を持ち替えた。 「栫井……中で吸ってもいいのに」 「……人の勝手だろ」  相変わらず突っ撥ねるような物言いは変わらない。けど、その声が優しく聞こえるのは俺の自惚れだろうか。  俺は栫井の隣に立ち、手すりを掴んで街を見下ろす。  分厚い雨雲に覆われた空に太陽の光は一筋も見えない。あれだけ蒸し暑い空気が雨のお陰で涼しくすら感じるのだ。 「雨、止まないね……」 「中、戻れよ」 「あ……ごめん。邪魔だった?」 「濡れるだろ」  そう、一言。  ぽつりと吐き捨てる栫井に思わず頬が緩んでしまう。濡れたからと言ってどうにかなるわけではないのにそんなことを心配してくる栫井に心臓の鼓動がとくとくと脈打つのだ。 「……栫井も、濡れちゃうよ」 「その顔、腹立つ」 「ええ……っ、て、ちょ……ッ」  待って、と言い終わるよりも先にずい、と迫ってきた栫井に唇を軽く吸われる。思わず身構えれば、すぐに唇は離れた。けれど口の中には煙草の苦味が残っている。そして、栫井の熱も。 「中で待ってろ」 「……っ、……わ、かった」  そう、煙草を咥える栫井に俺は何も言えなかった。どういう意味なのか、体が理解してしまったのだ。納まりかけていた熱がずぐりと再び火を付けられる。  すごすごと部屋に戻り、俺は栫井の背中をちらりと一瞥する。  栫井にとって俺はなんなのだろうか。  ……けど、なんだっていい。栫井がここにいてくれるなら、それで。  ……なんだっていいけど、俺と同じ気持ちでいてくれたら嬉しいな、なんて。我ながら恥ずかしいことを考えている自覚はあった。自惚れるくらいは許してくれるだろう。  栫井といるといつも抱かれている気がする。  体力を根こそぎ搾り取られ、俺よりも体力なさそうな顔して毎回半ば気絶した体ごと抱かれるのだ。それは高校生のときと変わらないけど。  たまに飽きないのだろうかと思うときがある。飽きたらきっと、栫井は他の相手のところに行くのだろう。そんな風に考えては勝手に気分は落ち込んでいく。 「……やっと雨止んだね」  どれほどこの寝室にいたのかもわからない。  すっかり窓の外は明るくなっていて、その代わりにあれほど煩かった雨音が聞こえなくなっていることに気付く。  いつの間に夜になって、おまけにその夜すら明けようとしてるなんて。……どれだけセックスしてるんだ。自分でも笑えてしまう。  ベッドのふちに腰を掛けた栫井はそのままサイドボードに置かれていた煙草とライターを手に取ろうとし、手を止める。そして、こちらに背中を向けたまま「おい」と呼ばれる。 「……お前、今日は?」 「え?学校もバイトも休みだけど……」 「……」  自分から聞いておきながらそのまま黙り込む栫井に、「栫井?」と聞き返せば栫井は何かを言い淀んでいる様子だった。落ち着かない様子で煙草を掴み、そして立ち上がる。そのまま部屋から出ていこうとしたとき、栫井は立ち止まった。 「……たまには、外の空気でも吸うか」 「え?」 「どこか……行くか。…………一緒に」 「どうせ暇なんだろ」と、こちらを振り向こうともしないまま続ける栫井。その言葉を理解するまでに時間がかかってしまった。  そんなわけがない。そう思いたかったのに。  栫井の方からこんな風に誘われるなんて思ってもいなくて、全身に熱が広がる。鼻奥がつんと痺れ、目頭が熱くなるのだ。 「……………………」 「……おい、何か言えよ……って、な……」 「なんで泣くんだよ」こちらを振り返った栫井の顔がぐにゃりと歪む。堪えようとしたのに、駄目だった。こんなの引かれてしまう。涙を止めようとすればするほどぽろぽろと溢れてしまい、慌てて俺は手の甲で顔をごしごしと拭う。 「ご、め……俺……っ、い……行きたい、俺、行く……っ」 「っ、声うるせえし……」 「お、俺……お風呂用意してくるね……っ!」  栫井の方から誘ってくれるのが嬉しい。こんなに嬉しくなるなんてあるのかと思うほどあれほど悩んでいた心が一気に晴れ渡るのだ。  慌てて立ち上がろうとすれば、まだ体が本調子でないことを思い出す。ぐらりと腰が抜けそうになり、転びかけたところを「おいっ」と栫井に抱き止められる。 「へへ……ごめんね」 「……っ、その笑い方やめろ」 「……うん」  抱き止められた腕の中、離れない俺を振り払うこともしない栫井がただ嬉しくて、また涙が零れそうになる。  順序もなにもかも間違えた俺達だけど、確かに一歩ずつ進んでる気がするのだ。  あれだけ曇っていた曇り空に一筋の朝日が差し込んだ。 【END】

迷妄後日談【√α栫井×大学生齋藤】

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田原さん、まさかこの二人の続きを読ませていただけるなんて…ありがとうございます。大好きです。何度も読み返します。頭の中に志●がチラついてビクビクしてますが!齋藤くんの笑顔が守られますように…🙏

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