なりそこないのプロポーズ【↑100/4,200文字/岩片×尾張/実家に帰る岩片を見送る尾張の話】
Added 2020-05-22 20:16:39 +0000 UTC岩片に明日朝九時に起こしてくれと言われたのは昨夜のことだった。 どうやら今日は親戚一同が集まるお食事会とやらがあるらしい。俺には金持ちの事情や世界やらは全く持ってわからないが、どうやら大切なものだという。 だからとはいえ、こんな辺鄙な糞田舎の高校で寮暮らしをしているこいつを都会へとわざわざ呼び戻すのもなかなか鬼だと思う。 そのための送迎車もちゃんと用意されてるようだが、それでも片道何時間あると思ってるのだ。 それでも散々好き勝手してきたこいつもわざわざ車を寄越されてしまえば参加せずにはいられないらしい。 それで目を覚ますためにも起こしてくれと頼まれたはいいが……。 「おい岩片、おーい。いい加減に起きろよ」 「……ハジメ、抱っこ」 「いやしねえから。……つか、お前が起こせって言ったんだろ」 「んぅう……」 「……ったく。ほら、起きろ。そろそろ起きないと間に合わなくなるぞ」 そう何度目かベッドの上で丸まっていた岩片から布団を剥ぎ取れば、眩しそうに目を細めたこいつはこちらを見上げる。 「目、覚めたか?」そう尋ねれば岩片はうーんと唸り、大きく伸びをする。まるで猫だ。ボサボサの黒猫。 「キスしてくれたら目ぇ覚めそ……」 「馬鹿なこと言ってる暇あるならさっさと顔洗ってこいよ」 「はー……ハジメは冷てえな。倦怠期の夫婦の方がまだ熱々だぞ」 「生憎俺とお前は夫婦じゃないからな」 比べるものがおかしいだろ、というツッコミはこいつにするだけ無駄だ。 「はーあ、朝からテンション下がったな」なんて独りごちながらもようやく岩片は起き上がる。 普段ならば俺から布団を取り返して二度寝するくせに、余程大事な予定のようだ。 寝ぼけ眼のまま身支度を始める岩片を尻目に俺も俺で飲み物を用意することにした。 洗面室から出てきた岩片はテーブルの上に置いていたグラスを見るなり「牛乳〜」と吸い寄せられてくる。 「ほら」と手渡せば、それを受け取った岩片はごくごくと早速飲み干していた。 相変わらず早飲みだ。 「それにしても……もっとちゃんとした服なかったのか?ラフすぎないか?」 「いいんだよ、どうせ向こうで着替えさせられるだろうし」 ああ、なるほど。と納得する。 それにしてもだ、まるで近所のコンビニでも行くかのようなラフさだ。しかもよく見たら後ろ髪にがっつり寝癖ついてるし。 「……つか、寝癖くらい直せよ」 「ああ、それな。お前直すの好きだろ?だから残しといてやったんだよ」 「言っておくが別に好きじゃないからな。まったく仕方ねえな……」 慌ててブラシと私物であるスタイリング剤を用意し、その場でさっと寝癖を直す。 「ほら、できたぞ」と手を離せば、岩片は触って確認するわけでもなく満足げに笑う。 「流石ハジメ。俺専属のスタイリストだな」 「はいはい、そりゃどーも」 相変わらずの軽口を受け流す。 この学園に来てから久し振りに平和な朝というものを感じた気がする。 岩片の身支度を終え、既に学園前で待機しているという車の元へと向かうことにした。 比較的朝に弱い生徒たちが多いため、朝の学園内は平和である。面倒なやつらに絡まれる前にこれたちは学生寮一階へと降りる。 「しかし、金持ちも大変だな。親戚付き合い親の付き合いって」 「お前もそのうちしないといけなくなるんだぞ」 「なんだ?お前が俺を養ってくれんのか?」 「ああ、同じ戸籍に入れてやる」 「そりゃ将来安泰だ」 なんてくだらないやり取りを交わしながらやってきた校門前。 岩片の送迎車はすぐにわかった。 嫌味かってくらいピカピカに光る黒塗りの高級車は明らかにこの学園にはそぐわない。……いや、これはある種合ってるのか……? 「俺がいない間、寂しくなったら俺の下着までだったら使っていいからな」 「なににだよ。……いや、言わなくていい」 そんな許可もするな。というか人をなんだと思ってるのだ。言いたいことは色々あるが、これ以上運転手さんを待たせるわけにはいかない。 「帰るとき連絡するから迎えに来いよ」 「はいはい。……ほら、早く行けよ。運転手さん待ってるだろ」 「……」 「岩片?」 「……まさか、今更やっぱ行きたくねえとか言わないよな」やけに動こうとしない岩片に恐る恐る尋ねれば、やつはニィと唇の端を持ち上げて笑う。 「さっすがハジメ。俺のこと大好きなだけあるわ」 「お前な……」 ……頭が痛くなってきた。 せっかく珍しく素直なこいつのおかげで順調にいってると思っていたが、まさかここにきてゴネだすとは。 そんな俺に、岩片は不思議そうな顔をする。 「なんだ、喜ばないのか?……家のことより俺のこと選んでくれるなんて嬉しい!って」 「あのなあ……お前のスケープゴートにされて喜ぶやつがいるかよ」 「なるほど、そういう考え方もあるのか。流石ハジメ撚てんな。普通の子ならここで嬉ション垂らしてベッド直行なのに」 それは普通とは呼ばない。中でも特殊な性癖のやつだ。 こんなくだらないことで時間を無駄にして大事な会食も遅刻なんてなったら目も当てられない。 「ほら、さっさと行ってこい」 「あーあ、ハジメがもっと可愛げあったらなぁ」 「そういうのは他のやつに求めたらどうだ?生憎その担当は俺じゃないからな」 皮肉には皮肉を、ではないがちょっとムカついて嫌味を返してやればやつは寧ろ嬉しそうに笑うのだ。 「……だな、お前はそのままでいいよ」 なんだ、その笑い方は。 セクハラするだけして満足したのか、岩片はそのまま俺の元から離れ、送迎車の方に歩いていく。 俺は岩片が車に乗り込むのを確認して、再び学園へと戻った。 今日は久し振りに一人の休日だ。 夜になるまで岩片のやつは帰ってこない。 さあなにをして遊ぼうか、と昨日の夜まで考えていたのにいざ岩片がいないとなると何もする気になれなかった。 悲しきかな、何をするにもあいつの言葉がないと何をしたらいいのかすらわからない自分がいた。 結局、特に何をするわけでもなく岩片がいない間にあいつの布団を干したり部屋の換気をしたり動画を観てゴロゴロしたりしている内に岩片から『もうすぐ着くから●●駅まで迎えに来い』という連絡が入る。 既に夜九時を回った頃だった。 何故駅まで、と思ったがあいつのことだ。まさか向こうで揉めて帰りの送迎車を出してもらえず電車で帰ってきたとかじゃないだろうな。 ……有り得る。 ともかく、俺は急いで岩片を駅まで迎えに行くことになった。 駅前。 暫く駅前広場で待っていると見覚えのあるやけに目立つ高級車が停車する。 そして現れたのはやけに疲れた顔の岩片だ。 「岩片。……なんだ、やけに疲れてるな」 「ああ、なんかお前の顔見たら一気に来た」 「どういう意味だよ」 「お前といるのが一番楽だって話」 そう、俺の座っていたベンチの隣にどかりと腰を下ろす岩片。 せっかく向こうで着替えさせられた服も元のラフなものに着替えたようだ。ちょっと楽しみにしてたので残念だが、岩片は余程疲れてるようだ。そのままこちらの肩へと凭れかかってくる。……重い。 「……なあ、偉くないか?ちゃんと途中で抜け出さずにおっさんたちの話聞いてきたんだからな」 なにかと思いきや、こいつなりに甘えてるつもりなのだろうか。重いが、今日だけは特別に許してやるか。 「ああ、偉いな。お前は偉いぞ。さぼり魔のくせに頑張ったな」 『ハジメのくせに生意気だ』だとか言われるだろうか。思いながらちらりと隣に目を向ければ、岩片は目を伏せる。 「ん……なんだ、もっと褒めていいんだぞ」 そしていつもの不遜な笑みを浮かべる。 どうやらいつもの調子が戻ってきたようだ。 そう上半身を起こす岩片。距離が近いのでなんとなく目のやり場に困る。 「……それにしても、どうせなら学園まで送ってもらったら良かったんじゃないか?どうしてここに……」 そうだ、それだ。 ずっと気になっていたことを尋ねようとしたときだ。 ぎゅるる、と腹の音が響く。 咄嗟に自分の腹を抑えるが……違う、俺ではない。 隣の岩片を振り返ろうとしたとき、やつはすくりと立ち上がる。そして。 「んじゃ、腹減ってきたしさっさと行くか」 「は?行くって……」 「飯だよ飯。ずっと我慢してたから腹減って仕方ねえわ」 そう大きく伸びをする岩片。 さらっと聞き捨てならない言葉が聞こえてきた気がする。 「いや、今日会食だったんだろ?我慢って……」 「あんな野菜と豆しかないような飯食えるかよ。ほら、肉食いに行くぞ肉。俺がうまい肉奢ってやる」 奢りという単語に釣られそうになるが、そんなことで誤魔化される俺ではない。 「……お、お前なあ……」 「ん?どうした?」 「わかんねえ……お前、なんて贅沢なことしてんだ……」 「贅沢?辛気臭い面突き合わせて食う味もしねえ飯よりもお前と食った安い飯のが何倍も美味いだろ」 わからない、俺にはこいつがわからない。 ……が、満更でもない自分もいる。 こいつの将来のことを考えるのなら人付き合いというものを覚えさせるべきなのだろうが、生憎俺はしがない親衛隊隊長だ。その辺は俺の専門ではない。 「行くのか行かねえのかどっちだよ」 「……行くに決まってんだろ」 「さっすがハジメ」と岩片は笑う。 人の気も知らないで。 それでもそんな岩片に心のどこかで安堵している自分もいて余計変な感じだ。 ……まあいいや、どうにでもなればいい。 おしまい 「珍しいね、凪沙が呼び出しに素直に応じるなんて」 「まあな。俺もそろそろ大人だからなぁ」 「ふふ、そうかもうそんな年になるのか。この間までこんなに小さかったのに」 「オジサン臭いぞそのセリフ。……ま、本当は来たくなかったんだけどな。途中で抜けるつもりだったけど気が変わった」 「へえ、一体どういう。ここでお気に入りの子でも見つけたのかい?」 「寧ろその逆。……抜け出して帰ったりでもしてあいつに失望されんのやだなって思ってさ」 「……それで、あの凪沙が大人しく椅子に座ってるわけだね。そりゃまた彼に感謝しなくては」 「……その顔、腹立つな」 「ふふ。今度は愛想笑いを覚えるように彼にお願いしておこうか」 「やめろ」