恋人未満両片思い裕斗×齋藤SSS【↑100/6,400文字/裕斗×齋藤/裕斗視点】
Added 2020-01-15 16:29:27 +0000 UTC色恋沙汰に首を突っ込むのは野暮だと言うが、それでも我慢できなかったのはあの子の顔を見てしまったからだろう。怯えきった目、血の気の失せた唇、自分の意見すら口にすることを恐れている。 なんでそんな顔をするのか、何を恐れているのかを知りたかった。 ――助けてやりたい。そう思ったのは、純粋な正義感からだった。 「……裕斗先輩」 腕の中、もぞりと何かが動く。暖かいそのぬくもりが心地よくて、寝ぼけたままそれを抱き締めれば、「先輩」とまた控えめな声が聞こえてきた。 そのままやんわりと胸を押し返され、気付いた。ああそうだ、昨夜は齋藤が泊まりに来てたのだ。 腕の中、何か言いたさそうにこちらを見上げる齋藤を見つけ、自然と頬が緩む。 「どうした?」とその頬に触れれば、少しだけびくりと震えて、そのまま齋藤は俺に身を預けるのだ。……最初の頃からは考えられない。 「ぁ、あの……トイレに……」 「あぁ、……そうか。悪いな、これじゃ動けなかったか」 「い、いえ……起こしてしまってすみません」 そう、腕の拘束を緩めれば齋藤はもぞもぞとベッドを降りる。腕の中、あの丁度いい重みがなくなって寂しくなった。後を追おうかとも思ったが流石に嫌がられるだろう。仕方ないので俺も起きることにした。 ……齋藤は、放っておけない。 勿論、置かれてる状況が状況ということもあるが、それ以上に目を離すと何をしだすかまるで予測できないのだ。 齋藤は、知憲のことを今でも好きなのだろう。 俺が許可すれば、きっとすぐにでもあいつのところへと向かうはずだ。けれど、知憲はどうだ。 ――あいつが、齋藤のことを本当に好いているように思えない。 そもそも、知憲は全部齋藤に擦り付けようとしたのだ。齋藤がそれをよしとして協力しようとしていたが、それでも、本当に好きならそんなことするようには思えない。 知憲のことはよく知ってるつもりだったが、今回ばかりは擁護する気も起きなかった。 寧ろ、怒りを覚えるくらいだ。昔からあいつは冷静で、どこか達観したやつだとは思っていたが、久し振りに会ったあいつはまるで別人のようだった。 ――それとも、俺の知っている補佐をしていたあいつが全部演技で、生徒会長として立っているあいつが本当のあいつ自身なのか。 「……裕斗先輩……?」 ふいに、名前を呼ばれる。ベッドに座ったまま考え込んでいたようだ。気付いたらトイレから戻ってきていた齋藤が側にいた。 「ん?」 「ぁ……あの……すみません、なにか……難しそうな顔してたので……どうしたのかと……」 ごめんなさい、と謝るその声は最早消え入りそうだった。声の小ささと自信のなさは比例する。元々がこうなのか、それとも、知憲とのなにかが影響してるのか、俺にはわからない。けれど、齋藤が謝罪の言葉を口にする度に胸の奥がきり、と痛むのだ。 「……?裕斗先輩……っわ、ぁ」 その寝癖のついた柔らかい髪を撫でる、ワシャワシャと髪ごと頭を撫で回せば、齋藤は「先輩っ」と驚いたように目を開く。 「ぁ、あの……」 「……俺のこと、心配してくれたのか?」 「っ、……」 手を止め、そのまま齋藤の耳に触れる。穴一つない綺麗な耳朶だ。裏側、その付け根を指で擦るように撫でれば、ぴくりと齋藤が震えた。色素の薄いその肌に朱が差す。 こくり、と齋藤は小さく頷いたのだ。恥ずかしそうに目を細め、すみません、とまたあの呪いの言葉を口にして。 「お前は本当に優しいな。……大丈夫だ、俺は別に悩んでたわけじゃない。……ただ」 「……ただ?」 「齋藤は可愛いなって思ってただけだ」 そう、赤くなった耳に唇を押し付ける。先輩、とワントーン高くなるその声に胸の奥が熱くなる。逃げようとするその体を抱き締め、さっき散々乱してしまった後ろ髪を撫でつけてやる。 「……ぁ、あの……ゆうと、先輩……」 「なあ、齋藤。今日は休みだな」 「……っ、…………はい」 「お前はなにか予定とかあるのか?」 齋藤は少しだけ迷った顔して、そしてふるふると首を小さく横に振るのだ。なにもないです、と。 「……じゃあたまにはどっか行くか?」 「……え?」 「ずっと部屋に籠りっぱなしじゃ体に毒だろ?……それとも、嫌か?」 「嫌じゃないです」 嫌なら無理強いはしないが、と続けるよりも先に齋藤は声を上げた。震えた声だ。思ったよりも大きな声が出て自分でもびっくりしてるようだ、齋藤の顔がじわじわと赤くなり、そして気恥ずかしそうに目を伏せた。 「……嫌じゃ、ないです。……俺、先輩と……出掛けたいです」 ぞわりと、腹の奥から無数のなにかが這い上がってくるような感覚に襲われる。 堪らなく抱き締めたくなって、堪えた。ここで抱き締めては、いつもと同じだ。数時間はベッドから抜け出せなくなってしまう。伸びかけた自分の手を抑えながら、ベッドから立ち上がる。そして、齋藤の頭を軽く撫でる。 「それじゃ、準備するぞ。……一日の時間ってのは案外短いからな」 「っ!……っは、はい……っ」 いつも沈んだ顔をしていた齋藤の目に僅かに光が差す。それからいそいそと着替えを持って洗面室へと向かう齋藤を眺めていた。 ――最初は正義感、それから庇護欲だった。 けれど、今はどうだろうか。 「……普通じゃねえだろ」 下着の中、血液が集まりかけていた自分のものを見て正直自己嫌悪を覚えた。純粋に俺を慕ってくれているあいつ相手にずっと、俺はこんな調子だ。 確かに、きっかけはあいつだ。あいつからキスされて、それでも無理して俺を襲おうとしたあいつだったけど……あれから何度も寝た。抱いたし、向こうから強請ってくることもあった。けれどそれは齋藤からしてみれば俺を利用するためだったのだ。 あいつに協力すると決めてから、もうそんなことをする必要はないと齋藤は判断したのだろう。以前のように無理せず、自然体で俺の隣にいてくれるようになったが……俺はどうだ。 油断すればすぐ押し倒してしまいそうになる。今はまだキスで留めることができているが、正直自分の限界が喉元まで来ているという自覚はあった。 日に日に齋藤がいじらしくて、可愛くなっていくのだ。青褪め、俺の顔色を伺っていたときとは違う。安心しきったように、俺に体を預ける齋藤。 ……齋藤の性格だ、俺がしたいといえばあいつは迷わず俺に体を開いてくれるだろう。けれど、それでいいのか。 齋藤のことを大切にしたいし、他の奴らと同じことはしたくない。 「……はぁ」 いつまで保つかな。必死に自身を落ち着かせ、立ち上がる。我慢などいつ振りだろうか。 けど、これも齋藤のためだ。そう自分に言い聞かせ、俺も着替えることにした。 ◆ ◆ ◆ 齋藤の好きなものもわからない。 無計画だったので行き場も決めていなかったが、「どこか行きたいところはあるか?」と聞けば齋藤は照れたように「裕斗先輩が行きたいところなら、どこでも」としか言わないのだ。抱き締めたくなるのをなんとか留め、「じゃあ取り敢えずぶらぶらするか」と答えるのが精一杯だった。 初めてのデートというわけではない。けれど大抵の相手はどこに行きたいだとか、どこがいい、あそこが気になってたなどと口々にしていたからまだ決まっていた。けれど、齋藤にはそれがない。全部を俺に委ねてくるのだ。 かといって、俺の行きたいところは恐らく齋藤の好みには合わないはずだ。なるべくこいつを退屈させたくない、そう考えるとまるで何も出てこないのだ。こんなにデートっていうのは難しいものなのか。そんな風に思えるくらい。 結局、このまま棒立ちになってるわけにも行かず、学園を出た俺達は町中を歩く。 「腹が減ってないか?」と聞けば「大丈夫です」と応え、「寒くないか?」と聞けば「大丈夫です」と応える。難しい。喜ばせたいと思えば思うほど、齋藤が何を求めてるのかまるでわからないのだ。 「齋藤、普段はどこに行って遊んだりしてるんだ?」 そう、歩きながら思い切って尋ねてみれば、齋藤が一瞬動きを止めた。そして、「その」と呻くように言葉を吐き出す。この表情は、見覚えがある。あまり良くない記憶を辿っている顔だ。 「ご、めんなさい……俺、よく、わからなくて……」 「わからない?」 「この辺の地理は、その、詳しくなくて……」 「ああ、それなら俺もだ。そういえば齋藤は転校生だったな。地元とここではやっぱ違うのか?」 話題を変えたつもりだったが、齋藤の表情は益々青白くなる。初めて会ったときと同じ顔だ。唇が白くなるほど唇を噛み締める齋藤に、しまった、と後悔した。 「そ、その……ぉ、俺は……」 「……いや、やっぱ言わなくていい」 「……っ、先輩……」 「なあ、齋藤。お前好きなものはなんだ?」 「……え」 「食べ物でも、なんでもいい。お前の好きなものを教えてくれ」 困惑していた。我ながら強引かもしれないと思ったが、こうするしかなかったのだ。齋藤は少しだけ視線を彷徨わせ、「花」と唇を動かした。そして、恥ずかしくなったのか目を伏せる。 「植物が……好きです」 「そうか、じゃあ自然が多い場所に行こう。隣街に確か大きな公園があったはずだ。弁当なんて用意してなかったが、途中でサンドイッチでも買っていこう。ピクニックみたいで楽しそうじゃないか?」 「っ、ぁ……で、でも……裕斗先輩は……」 「俺?」 「……無理して、俺に合わせなくても……大丈夫です、本当に……」 「無理なんかしていない」 ああ、これだ。齋藤の悪い癖だ。 「それに、さっきお前が言ったんだろ。……俺の好きなところでいいって」 「……ッ」 「俺は、齋藤が好きなところに行きたい」 「お前が喜んでくる顔が見たいんだ」なんて、志木村が聞いたら呆れられるだろう。けれど、これしか言葉が見当たらないのだ。 齋藤は泣きそうな顔をした。俺にはその理由はわからない。「すみません」と自分の顔を覆い隠すように言葉を吐き出す齋藤に、思わず触れようと手を伸ばしたとき、齋藤が震える。そして、一歩、俺から離れるのだ。 「齋藤」 「……ごめんなさい、俺」 「なんで謝るんだ?……俺、また何か言ったか?」 「ち、違うんです……俺……俺が、悪いんです」 「……齋藤?」 「っ、う……………………嬉しくて」 「……っ」 「こ、んな風に、優しくされたの、………………久しぶりで、俺」 ごめんなさい、と口にする齋藤の顔はタコのように赤くなっていた。その熱で潤んだ目も、耳までもが赤い。瞬間、今まで我慢していた自分が馬鹿馬鹿しくなった。何やってるんだ、俺はと。ここで抱き締めないでいつ抱き締めるのだと。 「――ッゆ、うと、先輩」 腕の中、びくりと齋藤の体が跳ねる。「ここ、外です。人が……」としどろもどろ口にする齋藤だが、そんなのどうだってよかった。その体の震えは寒さのせいだけではないことを俺は知ってる。だから、強く抱き締めた。最初はやんわりと俺を引き剥がそうとしていた齋藤だったけど、諦めたのか、俺の腕の中で大人しくなっていくのだ。 「俺は、馬鹿だな」 「……っ、先輩……?っ、せ、んぱ……」 「齋藤、俺は……俺がお前を外に誘ったのは、齋藤が喜んでる顔が見たかったからだよ。なあ、なんでだと思う?」 「……っ、え……」 「なあ、齋藤」と、その前髪を掻き上げれば、前髪の下、大きく見開かれた二つの目は確かに俺を真っ直ぐに見つめていた。 「……わ、からないです」 「本当に?」 「っ、……わかりません、俺……っ」 ごめんなさい、とまた口にしようとしたのだろう。その開いた口を、唇で塞いだ。人前だろうが、どうでもよかった。唇を離せば、呆けたような顔をした齋藤が俺を見上げていた。 「お前は、もっと自信を持て。俺に愛されてんだって、言い触らしたっていいんだぞ?」 「……っ、先輩……っ」 「……齋藤はすぐに泣くな」 「っ、ご、めんなさ……」 「褒めてるんだよ。感受性が豊かなのはいいことだ。だから、お前は人一倍苦しんでしまうんだろうな」 優しいことが善だとは思わなかった。 拾わなくていい悪意まで拾い上げ、自分のせいだと全てを背負い込む。俺には、できなかったことだ。 何かを貫き通すためには何かを切り捨てなければならない。全てを救うことなどできない。そう俺は知っていた。だから、ここに立つことができている。でも、こいつはどうだ。 捨てるものもわからず、拾わなければいいものすら拾って、今や満身創痍だ。 「お前はそのままでいい。……そのまま、優しいままのお前でいい。汚れ役は俺に任せろ」 立場上、人に恨まれることは慣れていた。どこを刺されても痛くないと思っていた。そんな自分に、こんな『弱点』ができるなんて。 ちょっとの刺激で崩壊しそうなほど脆く、けれど、そんな自分を蔑ろにしてまで誰かを一途に思う弱点。それが、俺だったらもっと良かったのに。そんな風に思ってはだめだとわかってても、思わずにはいられない。 齋藤が幸せになったとき、俺は笑っていられるだろうか。よかったなと、手放しに喜べるだろうか。どんどん心が狭くなっていく。知憲も、こんな感覚だったのだろうか。思いながら、俺は抱き締める腕に力を入れた。 お前を幸せにすることができるのが俺だったら、どれほど良かっただろうか。 ◇ ◇ ◇ 俺たちの関係は不毛だとわかっていた。 裕斗だって、わかってるはずだ。俺の気持ちも、俺がなにを考えているのか。まるで、ままごとだ。恋を覚えたての子供のままごと遊び。 こんなの無意味だとわかってた。それでも、裕斗といると自分が自分でなくなるようで怖かった。 裕斗に愛される度に、今まで自分が与えられていたそれが愛ではないとわかってしまう。怖かった。芳川会長との思い出を全部否定されているみたいで、怖かった。それでも、塗り替えられていく。痛みごと、誰かに愛されるという充足感に包み込まれていくのだ。 弁当を買って、植物を見ながら歩いて、一番高いところにあるベンチに並んで座って弁当を食べる。裕斗は楽しくないはずなのに、植物だって興味ないはずなのに、嬉しそうに俺を見て笑うのだ。興味を持ってくれるのだ。 俺は、裕斗が怖い。それ以上に、裕斗に惹かれていく自分が怖かった。 この人には汚れてほしくない。汚れていいのは、俺だけだ。とっくに、この身も、心も、爛れている。取り返しのつかないところまできているのだ。幸せになる権利などない、わかってても、もし、もっと別の世界だったらと考えてしまう。 二人で当たり前のように出掛けて、笑いあって、弁当を食べさせあえたなら。 こんなこと考えてしまう時点で、わかりきっていた。もう、手遅れなのだと。見てみぬふりしてきた自分の気持ちもこれ以上は誤魔化すこともできない。 好きです、という一言だ。それを、口にすればすべてが変わる。わかっていた、裕斗はそれを望んでると。それでも、口では言わない。無理はしなくていいと、俺の頭を撫で、抱きしめるのだ。甘んじてる、裕斗の優しさに。俺は卑怯だ。 明日は、きっと、ちゃんと、次こそは。 裕斗に言おう。ありがとうと、俺のことを好きになってくれてありがとうと、声に出して。 ……今の俺には、繋がれた手を握り返すので精一杯だった。 【おしまい】