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田原摩耶
田原摩耶

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【総集編版】√αの後日談のようなもの【↑100/15,600文字/志摩×齋藤】

 春から夏、夏から秋、そして冬へと季節は移り変わる。  志摩と暮らし始めて半年が過ぎた。  大学に通いつつ、バイトも始めた。  この件に関しては志摩と揉めに揉めた結果ようやく掴み取った権利だった。志摩は自分が俺の分まで働くと言って聞かなかったが、そこまでさせるつもりはなかったしそもそもどんなバイトをするつもりか怖すぎて聞けなかった。  貯金はあるものの、いつ何が起こるかもわからない。なるべく親に頼りたくなかったので始めた有名チェーンのレストランでのバイトは思いの外ハードだった。  最初は失敗ばかりだった接客も大分慣れてきた頃。  今日の業務を終え、制服を着替えて外へと出れば店の前に見覚えのある姿を見つける。派手なバイクに腰を掛けていたそいつは、俺の姿を見つけるなりにこっと微笑んだ。 「齋藤、お疲れ様。予定よりも十分遅くない?」 「志摩」と、声をかけるよりも先に小言を言ってくる同居人――志摩亮太に思わず俺は苦笑する。 「ちょっと引き継ぎに時間かかってね。……というか、待たなくても良かったのに」 「何? 俺が迎えに来てたら問題でもあるの?」 「な、ないよ……。ないけど、寒かったよね」  雪は降らないが、防寒着を着ていても刺すような寒さを感じるほどだ。 「そうだね、誰かさんに店には来るなって釘を刺されたからこうして寒空のこと待たなきゃいけないんだもん。ほら、指なんて感覚ないよ」  言いながら、バイクを降りて歩み寄ってくる志摩はそのまま俺の手を取った。絡められる指先。けれど、それは冷たいというよりも寧ろ。 「……俺より温かいんだけど」 「気持ちの問題だよ、こういうのは」  そうなのか?と思いながらも、温かいに越したことはない。俺はそのまま志摩のバイクの後ろに乗った。  志摩の運転は荒いが、電車よりも早く帰れるから助かるのだろうがやはり慣れない。  帰宅し、マンションの駐輪場にバイクを停める志摩。  お待たせ、と隣までやってくる志摩に俺はふと思い出した。 「そういえば、今日バイトの日じゃなかった? 時間大丈夫なの?」 「問題ないよ。もう辞めたし」 「……え?」  当たり前のように言ってのける志摩に驚愕する。  志摩は悪びれた様子もなく「鬱陶しいやつがいたから」とつけ足した。 「う、鬱陶しいって……また揉めたの?」 「なにか文句あるの?」 「も、文句っていうか……どうしてまた」  ……正直、大体予想つく。  志摩もこの半年間で何度か様々なバイトを見つけたもののどこも人間関係絡みを理由に辞めていた。  なんせ本人はこの性格だ、いくら人ヅラがよかろうとガワがよかろうと何日も一緒にいればボロは出る。  今度は女絡みか?それとも客に喧嘩吹っかけられたのか?  そう恐る恐る尋ねれば、志摩はむすっとする。そして。 「……齋藤のことしつこく聞いてくるやつがいたから」 「それで喧嘩したの?」 「俺は手を出してないよ、向こうが勝手に騒いだんだから」 「志摩……」 「齋藤が悪いんだよ、俺以外のやつに愛想振りまくから」  ああ、と思った。一度、志摩と一緒に出かけたときにたまたま志摩のバイト先の人たちと町中で遭遇したときがあった。恐らく、あの中にその今回志摩と揉めた人間がいるのだろう。 「だ、だってあれは町中だったし……最初は志摩のバイト先の人だって知らなかったし……」 「それでもだよ、俺を見習ってくれないと困るよ」 「志摩は極端すぎると思うんだけど……」  基本俺の知り合いだろうが愛想笑いすら浮かべなくなった志摩を思い出す。最初の頃は愛想を振りまいていたが、それがきっかけで志摩を気に入った子から俺が志摩と合わせてくれとせがまれたことを伝えたら現在に至ったのだけど……まあお陰で志摩は俺の知り合い間では不気味がられてる。そして俺と志摩がなんで一緒に暮らしてるのかとも不思議がられることもあった、どうやら俺たちは相性悪く思われやすいようだ。 「まあ、どうせ次のバイト先決まったからいいんだよ。今日その面接行ってきたらその場で採用だったし」  褒めていいよ、と言わんばかりの笑顔だ。  確かにバイトは長続きしないが途切れないのもすごい、羨ましいというか……なんというか。これは褒めるべきなのだろうか、と思いつつも俺たちは自室のあるフロアへと続くエレベーターへと乗り込んだ。  自宅マンション、自室前。  扉のロックを解錠し、扉へと入れば志摩いい匂いがしてきた。部屋も暖められている。 「はぁ……暖まる……」 「お風呂は?」 「先にご飯がいい」 「そういうと思って準備はしてたんだよ。手を洗って待ってて」  志摩に言われるがまま俺は上着をハンガーラックにかけ、洗面所へと向かった。  人との同じ部屋で生活してると、ふと学生寮でのことを思い出すことがあった。お陰で志摩との同棲にもすぐに慣れることができたし、寧ろ志摩の生活力のお陰でまともな生活を送れていた。  手を洗ってリビングへと向かえば、美味しそうな料理が並んでいるではないか。きゅるる、と鳴る腹部を抑えながら俺は席へとつく。そして、同様志摩は向かい側に腰を下ろした。いただきます、と言う声が重なった。  なるべく一緒にご飯を食べようと言ったのは志摩の方だった。志摩の今までの職種柄、どうしても深夜勤がメインになっていた志摩と夕方から夜がメインの俺は帰ってきて一緒に食事とったあと志摩が出勤する、というようなライフスタイルができていた。  なかなか一緒にいれる時間がないため、俺も志摩も同じ日に休みをとってその日はずっと一緒にいる、ということなどをしてはコミニュケーションの時間をとっていた。 「美味しい?」 「うん、この……スパゲッティ美味しいね」 「ボロネーゼね。ならよかった、レシピサイト見ながら初めて作ったんだ」 「へえ……」  飲食店でバイトしていてもあまり料理に詳しくない俺からすれば、こうして魔法みたいに色んな料理を作る志摩の器用さは羨ましいと思う。  そして何よりも、俺のために作ってくれてるのだということが嬉しくて、ニコニコしながら食べる俺を見つめてくる志摩の視線になんだか恥ずかしくなってきた。 「あ、齋藤その人参もちゃんと食べなきゃだめだよ」 「そ……それはあとから食べるつもりだったんだよ」 「ふーん?」 「本当だよ……?」 「はいはい、わかってるよ」 「う……」  なんて、そんな他愛のないやり取りだが志摩が笑ってくれるのを見てるだけでなんだか胸の奥がポカポカしてくるのだ。幸せ、なのだろうか。平穏で平凡、たまに志摩の難儀な性格には困らせられることもあるがそれなりに俺は幸せな生活を送っていた。  ◆ ◆ ◆ 「そういえば、新しいバイト先って?」 「飲み屋だよ。夜勤が多くなるだろうけど時給いいんだ」 「飲み屋って……お洒落なところ?」 「お洒落って……飲み屋は飲み屋だよ、でも料理も出すから仕事帰りの社会人が多いって」 「……ふーん」  風呂も上がり、そろそろ寝ようかとベッドに入った俺たち。  そうか、また深夜メインになるのか。今度こそ同じ時間帯くらいに入って一緒に帰る生活が遅れるんじゃないかと思ったが、お酒を出す場所となるとやはりどうしても夜遅くなってしまう。  それが顔に出ていたようだ。 「なに、嫌なの?」と薄ら笑いを浮かべながら聞いてくる志摩に内心ぎくりとした。せっかく決まったバイトに文句は言いたくない。けれどどうしても気になることがあった。  確かに飲み屋は時給がいいけど、客層もそれなりに変わってくる。 「そうじゃないけど、飲み屋って……余計なんかその、志摩とかは絡まれやすいんじゃないのかなって思って……」  これは偏見だが、飲み屋にくる女性客となるとやはりアルコールも入ってて積極的な人が多い気がする。実際その手の客にストーカー紛いのことをされて揉めたこともあったし、そのことを考えるとやっぱり志摩には難しいんじゃないかと思うのだけれど……そんな俺の心配なんて他所に、志摩はニヤニヤと笑うのだ。 「ふーん、妬いてるんだ」 「や、妬いてるわけじゃないよ。けど、志摩過干渉嫌いだし……お客さんとかにまたしつこく連絡先聞かれたりとか……」 「やっぱり妬いてるじゃん」 「……う……」  確かに正直な話、面白いわけがない。誘惑の多い場所だ、中身はさておき顔はいい志摩は誘われることだって多いだろう。人との対人関係には小姑並みにうるさい志摩だ、寧ろ俺以外に志摩と付き合える相手がいるわけ無いと思うけど、それとこれとはまた別の問題になってくるのだ。  俺だけの志摩、なんて志摩みたいなことを言うつもりはないが、これが独占欲というやつなのだろうか。人に志摩を知られたくないというよくわからない気持ちが芽生えていた。 「確かに合コンとかによく使われるらしいけど、俺は厨房メインだから大丈夫だよ。客の前に出る機会なんてないし」 「……そう、なんだ」 「……」 「……なに笑ってるの?」 「いや? 別に?」  ……やっぱり、志摩は性格が悪い。なんだか恥ずかしくなって、俺は逃げるように電気を消した。そして、布団をかぶる。 「おやすみ」 「え? もう寝るの?」 「……寝る」  言いながら、もぞもぞと布団の中で近付いてくる志摩の体温を背中に感じ、息を飲む。  背後から抱きしめられるようにつむじに顔を埋められる。「俺、まだ眠くないんだけど」なんて子供のようにせがんでくる志摩。腹部の前に回されたその手をそっと触れれば、やはり熱い。 「……志摩、明日は休みなの?」 「いや、夜から。……齋藤は?」 「休みだよ」 「俺も休もうかな」 「……志摩、初日から駄目だよ、そんなの」  すり、と手のひらを重ねられ、指先で指の谷間を擦られる。 「わかってるよ。だから、今のうちにね」  何を、なんて聞かなくてもわかった。ねだるようにうなじに唇を押し付けられる。腰に当たるものを感じて、顔が熱くなる。本当に懲りないのだろうか、というかほぼ毎日しておいて飽きないのか。思いながらも、俺は志摩の手を握り返した。 「一回だけ……なら、いいよ」  震える指先を誤魔化すように強くその手を握り締めれば、志摩は「努力はするよ」と微笑んだ。  ◆ ◆ ◆  志摩が新しいバイトを始めて数日が経った。  今日は昼間から志摩のお兄さんの病院に見舞いに行くらしく、俺もついていくと言ったのだが志摩は俺をお兄さんに会わせたくないらしい。帰りは家によらずそのままバイトに行くと言ってた。俺は昼からシフトが入っていたため、そのまま志摩と会わずに出勤する。  そして上がりの時間になり、俺は店を出た。  いつもなら志摩のバイクが停まってるのだが、今日はない。少し寂しく思いつつも、今日は寄り道をして帰ろうと決めた。駅前通りの本屋に入り、俺は料理本コーナーを探した。  いつも志摩には料理を作ってもらってばっかりだ。志摩に止められてるとはいえ、流石に志摩の負担を考えると申し訳ない。たまには楽をしてもらおうかと料理本を買った。  簡単なものならなんとかできるかもしれない。志摩の分だけでも今日作ってみようかな。  そんなことを考えながら本屋を出ようとしたときだった、入り口前、目の前に現れた人影に驚いた。  長身のシルエット。このままではぶつかる、と咄嗟に避けようとしたとき、そっと抱き止められる。 「す……すみません」  そう慌てて避けようとしたときだった。 「いえ、大丈夫です」  淡々とした、感情を感じさせない起伏のない声。どこかで聞き覚えのあるその低い声は、水のように沁み入った。  思わず顔を上げ、そして息を飲んだ。  短く切り揃えられた髪、そして、こちらをじっと凝視する無機質な眼差し。 「……お久しぶりです、齋藤君」  忘れもしない、忘れられない。まるで俺の記憶からそのまま現れたように、元同級生の灘和真はそこに存在していた。  一瞬、ほんの一瞬だけ、あの学園に戻ったかのような錯覚を覚えた。俺も灘もあのとき着ていた制服ではないというのに、恐らくそれはあまりにも灘が変わっていなかったからか。  思えば灘はあの頃から他の生徒に比べて大人びた生徒だった。背丈が大きいというのもあるかもしれないが、言動行動が他の同級生と違って落ち着いていたというのが大きいのかもしれない。  こうして灘と会ったのはあの日、病室で目を覚めた俺を灘が見ててくれたあのとき以来だ。 「帰ってきてたんですね」 「うん、今年からこっちの大学に通うことになって……」 「灘君もこっちにいたんだね」そう、灘に目を向ける。  遊びに来ている、というわけではなさそうだが、相変わらず身軽というより無駄な荷物を持ち歩かないらしい。 「いえ、自分は」と灘は何かを言いかけ、そしてここが本屋の入り口前だということに気付いたらしい。 「ここでは邪魔になります。昼食は済まされましたか?」 「俺はまだだよ」 「良ければいかがですか」  灘とご飯、丁度お腹を空かせててよかった。と安堵するのも束の間、志摩の顔が過る。  嫉妬深い志摩は嫌がるだろうけど、別にただ久しぶりに再会した友人と食事を摂るだけだ。……引け目を感じる方がやらしいだろう。 「……ううん、大丈夫だよ。久しぶりに会ったんだしね」  それに、灘にも俺はちゃんとしたお礼も別れも告げられなかった。それに、と灘の右手に目を向ける。あのときの包帯は取れているようだが……気にならないわけがなかった。  それから、俺たちはそう離れていない喫茶店へと向かうことになる。なるべく静かな場所がいいだろうと入った喫茶店、その奥の席に俺たちは腰を落ち着かせる。  テーブルの上には二人分のコーヒー。俺はミルクを入れてもらったが、灘はブラックでいいと言っていた。  そんなところにも“差”を感じながら、俺はミルクと砂糖を溶かしたコーヒーに口をつけた。コーヒーが飲めるようになったのも志摩と一緒に暮らすことになってからだ。甘いものがあまり好きではない志摩はよくコーヒーを飲んでいた、そのおこぼれを貰うように俺も飲むようになっただけれど。 「灘君は今どうしてるの?」 「自分は卒業後は進学しました。今は実家――祖父の家から通っています」 「お祖父さんの家に?」 「……本当は近所で一人暮らしをする予定でしたのですが、その体で一人暮らしは難しいだろと」  その言葉の意味をすぐに理解する。左手でカップを手にし、口つける灘。俺の視線に気付いたらしい、灘は軽く右手を上げてみせた。袖口の下から伸びる骨張った手。軽く動かした……つもりなのだろう。けれど、軽く全体がピクリと跳ねるだけだ。 「……その、まだ感覚が……」 「最初の頃よりはマシだとは思いますが、握力ばかりはどうにもならないようです。利き手ではないので支障はありませんが」  握力がない、と言うのがどういうことか俺自身よくわからなかった。けれど、灘の右手を見ると分かる。恐らく、ものを掴んだり握ったりすることができないのだろう。  片手で日常生活を送るとなると、不便なことも多くなるはずだ。きっと、灘のお祖父さんは一人のときに何かあったときを心配したのだろう。  その原因は、俺だ。  あのとき、俺は灘をあの病院に置いていった。  本人が残ると言っててもだ、それでも無理に連れて行っていっていたら縁に拷問されることはなかった。  そう思うと酷く胸が苦しかった。どんな顔をしたらいいのかわからない。どう声を掛ければいいのかわからない。  けれど、灘は変わらない無表情のまま答えるのだ。 「君が気にすることはありませんよ。命には支障ありませんので」  ……恐らく、俺と灘の違いはコーヒーをブラックで飲めるか否かということではなくて、こういうところなのだろう。俺の心中を察したのか、かける言葉を失う俺に逆にフォローしてくれる灘の気遣いがただ身に沁みた。  それも、挨拶もなしにいなくなった俺に対してだ。  志摩だって俺のことを恨んだだろう、灘だって俺のことを快く思うはずがない。それでも、赦してくれるのだ。 「……ごめん、俺……」 「貴方が謝罪するのは筋違いです。それよりも、君の話を聞かせてください」 「君は、何故戻ってきたのですか。戻ってこない方が良かったのでは」有無を言わせない強引さは変わらない、それでも今はその優しさがありがたかった。  何故、と言われると説明し難いが……少なくとも間違いなく当事者である灘にはちゃんと話しておくべきだろう。 「……えと、その、実は俺、今志摩と一緒にいるんだ」 「志摩……志摩亮太ですか?」  口にするのは緊張したが、出してみるとするりと言葉が出てきた。意外だったのだろうか、僅かに顔を上げた灘は俺に視線を向ける。それも一瞬、なにかを考えるように手元に目線を落とした。 「……そうでしたか」  それは、少なくとも喜んでくれているようには聞こえなかった。  それもそうだ、灘からしてみれば祝えるものではないだろう。それでも、言わなければならないと思ったのはもう誤魔化したくなかったからだ。それに、灘には嘘を吐きたくない。 「志摩亮太とは仲直りできたんですね」 「……うん、最初の頃は怒ってたけど……」 「もう、大丈夫なんですか」  なにがとは言わずともわかった。多分、俺と志摩の関係のことだろう。「うん」と頷き返せば、そこで灘は微かに微笑んだ……ような気がした。  それもほんの一瞬のことだった。 「栫井君達とはもう会いましたか?」  そして、灘の口から出てきた栫井の名前に心臓が大きく跳ね上がる。たち、が他の誰を含んでるのかは怖くて聞けなかったが、俺はただ首を横に振る。  灘は表情は変えずに続ける。 「志摩亮太からもなにも聞いてないんですか?」  その口ぶりからして、志摩が灘や栫井となんらかの接触があったことを理解した。志摩はずっとこの街に残っていたのだからおかしな話ではないとは思うが、その言葉とまるで志摩が俺に何かを隠してるようで、胸の奥がざわついた。指先から急激に冷えていくのを感じた。 「栫井がどうかしたの?」 「本当に、何も聞いていないんですね」 「何も、というか……」  志摩は、俺が転校したあとのことを根掘り葉掘り聞いてきた。それはもう、しつこいくらい。けれど、志摩自身のことや、況してやその後の学園の話などは触れなかった。  俺たちの中では、触れたくないところだった。縁があのあとどうなったのか、阿賀松たちがどこに行っただとか、なにも。  禁句になったわけではない、恐らく俺も思い出したくなかったのだ。臭いものに蓋をするように目を反らし、この平穏な時間を共にしていた。 「……俺も、志摩も、触れないようにしていたんだ。ずっと、あの学園のその後のことも聞いてない……聞けなかった」 「けれど、貴方には知る権利がある」 「……っ」 「……丁度いい、これから栫井君と会う約束をしていたんです」 「え……」 「齋藤君も来ますか」  抉じ開けられる。灘の手によって、ずっと隠してきた、触れないようにしていたそこを。  栫井……栫井平佑。  数年も経ったというのに、瞼の裏にはっきりと思い浮かべることができる。  栫井は、最後まで俺に手を貸してくれた。寧ろ嫌ってるであろう志摩のことも助けてくれた。  まともなお礼も謝罪もできなかったことは悔やんでいた。けれど、志摩と会えてから俺は触れないようにしていた。志摩が嫌がるからだ。志摩との約束をこうして果たせたことで満足していたが、灘の言葉に頭を殴られたような、現実に引き戻されたような感覚に陥る。  ――栫井に会う。  本当だったら迷うことではないと思う、けれど、確かに自分の中に後ろめたさを覚えた。 「君には生活もある、もちろん無理にとは言いません」 「……迷うことじゃない……って、頭ではわかってるんだ、けど……怖い」 「栫井君と会うことがですか?」 「……それもだけど、きっと、知ることが」 「俺、最低なこと言ってるね」なんて、笑うこともできなかった。自分で巻き込んでおいて、その結末を見るのを恐れるなんて。灘には特に酷いことを言ってると思ったが、これ以上本心を見ないふりすることもできなかった。 「それも、貴方の自由です。今の俺に強制する権限も資格もありません。けれど、栫井君は貴方のことを気にしていましたよ」 「……ッ」 「貴方が会いたくないというのなら、俺は栫井君には貴方と会ったということを黙っておきます。貴方が会うのを拒否したとなると、恐らく……傷つくでしょうから」  心臓がジグジグと痛む。忘れかけていた感覚だ。  体の内側からなにかに蝕まれるような、熱。  栫井が俺に会いたがっていた、その事実だけで顔が上がらなかった。自分が恥ずかしくて仕方なかったからだ。  俺は、なにも代わってない。  自分の保身だけを、平穏な生活を保つためだけを考えることがどれほど傷つけるのかと痛いほど知ったはずなのに。 「……灘君」 「はい」 「栫井に会うよ。……会わせてほしい」  ◆ ◆ ◆  それから、栫井に連絡をとった灘は栫井を喫茶店へと呼び出す。話を聞くと本当は食事を取るつもりだったらしい。  それなのに俺を食事に誘うものだから灘らしい。暫くして、静かな喫茶店の扉が開いた。  カランカランとベルの音が響く。視線を向ければ、そこには……いた。見間違えるはずがない。 「――栫井」 「…………」  思わず席を立つ俺の前までやってきた栫井は、なにかを言いかけようとして、口を閉じた。  そして、灘の隣の席の椅子を引いて腰を下ろす。  おずおずとやってきたウエイトレスに飲み物を注文する栫井。ぶっきらぼうで突き放すような物言いは変わっていない。  栫井だ、栫井がいる。なにか話さないと。謝らないと、頭の中がぐるぐる回って、それ以上に罪悪感諸々で言葉が喉に突っかかって声がでなかった。 「栫井君、齋藤君ですよ。……覚えてますか、貴方が会いたがっていた――」 「黙れよ。……見りゃわかる」  伸びた前髪、記憶よりも低く、掠れた声。老けた、というよりも顔つきが以前よりも鋭くなった気がする。痩せたからそう見えるのか。  けれど、わかる。栫井だ。 「……栫井」 「何度も呼ばなくても聞こえてんだよ」 「……っ、ごめん」  俺は、頭を下げた。膝に手をついて、何度も謝った。  栫井のコーヒーを運んできていたウエイトレスは何事かと目を丸くしていた。栫井は、驚くわけでもなくタバコを咥え、そしてライターで火をつける。 「……それよりも、言うことあんだろ」  灰皿を手に、栫井は俺から視線を反らしたままそう素っ気なく言い放すのだ。その言葉を理解した瞬間、目の奥がじわりと熱くなった。  震える唇を噛み締め、俺は自分を落ち着かせることに努めた。そして、息を吐く。 「……っ、久しぶり、栫井」  栫井はさして興味もなさそうに俺に視線を向け、そして「ああ」と口角を上げる。冷たい笑い方も、変わってない。  怒られるかと思った、会いたくないと拒否されるかもしれない。けれど、話してわかった。あの頃ささくれ立っていた栫井は、俺が想像していたよりも遥かに大人になっていた。というよりも、柔らかくなったというか、丸くなったというか……。  最初は、俺と灘が会った経緯を説明する。どうやら栫井も灘から詳しい説明も受けなかったらしい。 「それで、今齋藤君は志摩亮太と同棲してるようです」 「へえ、どれくらい?」 「えと……半年くらいかな」 「付き合ってんのか?」 「え…………っ、わ、わからない」  というか、なんでそんなことを聞くのか。いや、普通なのか。同棲してるとなったらやっぱりそれが普通なのか。  確かに俺は志摩のことは好きだし、志摩も俺のことを好きだと言ってくれたが……付き合ってると言っていいのか未だに迷う。けれど、そんなことを口にすれば栫井は不愉快そうに顔をしかめた。 「わからないってなんだよ」 「その、なんというか……ルームシェア、みたいな」 「あいつ、それ聞いたら泣くぞ」  言われて『確かに』と納得してしまう。 「栫井は、志摩とはあれから……」 「何度か連絡取り合ってた。……けど、半年くらいは会ってねえし連絡もねえ。……なるほど、こういうことだったか」 「あいつらしいっちゃあいつらしいな」と、栫井は煙を吐いた。志摩と栫井が俺がいないところでどんな話をしていたか気になったが、そこにまで踏み込むのは野暮な気がしてやめた。 「あの、栫井は……」 「あ?」 「今……どうしてるの?」 「どうって……なにが」 「その、あれから……」  俺がいなくなったあと、どうしていたのか。  灘からは何かがあったということだけらしい聞いていた。けれど、それから先は聞いていない。  本人から聞くべきだと思ったが、当の本人は何か考えるようにタバコの火をじっと見ていた。 「……聞いてどうすんだよ」 「……え?」 「別にどうもしてねえよ。……少なくとも、こんな時間から呑気にお茶会できる自由はあるな」  そう、カップを傾けて皮肉げに笑う栫井。  ジョークのつもりなのか。俺には、明確な壁を作られているようで笑えなかった。 「……栫井」 「こいつから何を聞いたのか知らねえけど、俺にはお前に言えることなんてねえよ。何もねえ」  こいつ、と指差された灘はコーヒーに口をつける。  絶対、なにもないなんてことあるはずないのに。 「それは……俺には、話せないってこと?」  恐る恐る尋ねれば、栫井は「ああ」と頷いた。ショックだった。どの面下げてとも思う、けれど、少なからず栫井は俺のことを信じてくれてると思っていた。自惚れだとわかっていたけど、それでも。  悲しいというよりも、情けなかった。不甲斐なかった。言葉が出てこなくて口ごもった時、栫井から笑顔が消える。 「じゃあ、あいつと別れて俺のところに来いよって言ったら……お前は出来んのか?」  ……耳を疑った。そんな話をしてたわけじゃないし、それも、真剣な顔でそんなこと栫井がいうから余計驚いた。  志摩のことをもう裏切らないと決めた。今度は、すぐに返事をすることができた。 「それは無理だ」 「じゃあ、お前はこのまま帰れよ」 「……っ」 「……あいつが待ってんだろ」  栫井は、恐らく俺の性格を見抜いてるのだろう。栫井の話を聞けば、俺は今まで通り志摩の隣にはいられない。それを手放す気がないのなら干渉するな、そう言いたいのか。  俺は、何も言えなかった。けれど、栫井は怒るわけでもなく、不機嫌になるわけでもなかった。最初からわかってたみたいに、諦めたような笑みを浮かべるのだ。 「お前がいなくなってからのあいつの取り乱し方は尋常じゃなかったからな、一緒にいてやれよ。……つかそつしてもらえねえとこっちに八つ当たりが来るんだよな」 「……ごめん」 「それはどれに対してだ?」と栫井は鼻で笑う。  それからすぐ、話は変わった。けれど俺は肌で感じた、栫井が俺に対して心を閉ざしたことを。顔では笑っていたが、分かるのだ。いくら表面上取り繕うことが上手くなっても根本は栫井のままだ。  それから何を話しても、口にしても、味がしなかった。  灘も触れなかった。それから、灘が帰る時間が近付き、俺たちは喫茶店を出た。  ――駅前。 「灘君、それじゃあ元気でね」 「ええ、貴方もお元気で。何かあれば、すぐに証拠を用意して通報することをおすすめします」 「……そうならないように努力するよ」  次はいつ帰ってくるのか、どこに住んでるのか、なんてことは聞けなかった。次があるのかどうかわからないが、俺たちはもう会うべきではない。そう、それだけはわかったから。 「栫井も、風邪引かないようにね」  栫井に向き直れば、栫井は「お前もな」と言い返してくる。寂しくないといえば嘘になる。けれど、二人に逢えてよかったというのも本音だ。  栫井はもう少し灘と話すのだろう。俺たちの間にまたねという言葉はなかった。次はないだろう。それはお互いのためだとわかっていた。  名残惜しかった。連絡先を交換しようとすればしてくれたのかもしれない。けれど、それは志摩を裏切ることになる。 「……それじゃあ」  二人に頭を下げ、俺はその場から離れようとした。  そのとき、手首を掴まれた。栫井だ。振り返れば、栫井が何か言おうと口を開いて……閉じた。 「……栫井?」 「……志摩は、あいつは、鬱陶しいくらいお前のことばっか考えてる。……あそこまでいけば病気だ」 「だから」と、言い淀んでは言葉を探す栫井。先程ああ言っていたが、恐らく俺がいない間志摩については栫井の方がよく知ってるはずだ。 「大丈夫だよ……もう、離れるつもりはないから」  そう言えば、栫井は驚いたような顔をして、それから僅かに口を緩めた。呆れたような笑顔。少しだけ寂しそうに見えたのは気のせいだろうか。  曇っていた空は、いつの間にか青く晴れ渡っていた。乾いた秋空の下、俺たちは別れた。  ◆ ◆ ◆   まるで夢のような時間だった。現実味がない、だけど、現実なのだ。灘と栫井と話した時間を反芻しては、暫くぼんやりしていた。考え事をしてるとどうしても学園のことを考えてしまう。それが嫌で、俺は買ってきた本を読んだ。  それから、俺にでも作れそうな料理を探し、冷蔵庫に材料がないかを探す。  志摩が帰ってくるまでに夜ご飯を……せめて、一品だけでも作れたらいいな。  そんな気持ちで俺は肉じゃがを作ろうとしたのだが……。  夜。  志摩が帰ってくるのをソファーで待っているといつの間にかにウトウトしていたようだ。  玄関から聞こえてきた物音に慌てて起き上がる。そして。 「ただいま……って、何この焦げ臭い匂い」 「おかえりなさい」と、駆け寄ろうとした俺はじとりとこちらを睨んでくる志摩に思わず立ち竦む。やばい、もう察知したのか。 「……齋藤、もしかしてまた鍋焦がしたの?」 「ち、違うよ! ……今回はちゃんとできたから……多分」 「多分ってなに……」  言いながら、テーブルの上に気付いたようだ。更に盛り付けられた肉じゃが……のつもりのじゃがいもと肉を混ぜたものを見て、少しだけ志摩の機嫌がよくなったのがわかった。 「ふーん……なにこれ、肉じゃが?」 「うん、本を見ながら作ってみたんだけど……あ、待っててね、すぐ暖めるから」 「うん、転ばないようにね」  そんなに俺は危なっかしく思われてるのだろうか。一度手洗いに洗面台へと向かう志摩を背に、俺はちょっと遅い晩飯の準備をする。  それから料理を暖め直し、いつものようにテーブルを挟んで向かい合う。いただきますをして、俺は志摩が一口目を食べるのをドキドキしながら見ていた。  無言でもぐもぐしていた志摩は、そのまま何も言わずに二口目を口に運んだ。しかも無表情でだ。いつもならうるさいほど舌の回る志摩が無言で。 「……も、もしかして美味しくない?」 「いや、美味しいよ。齋藤にしてはよくできたんじゃない?」  美味しいのか、よかった。と安堵するのも束の間、それならもう少し美味しそうな顔をしてくれたらいいのにと言いかけて、やめた。  志摩の目が笑ってないからだ。 「もしかして、俺がいない間なんかあった?」 「え?」と思わずアホみたいな声が出てしまう。  三口目を運んだ志摩は、それを飲み込んだあと手に持っていた箸を置く。 「なにか隠してるでしょ、俺に」  どこで気付いたのだろうか。相変わらず鋭い志摩に、俺はやはり隠し事はできないなと悟る。  志摩はきっと俺に感じる違和感で料理どころではなかったのだろう。……悲しいが、志摩がそう主だても仕方ない。志摩は隠し事や嘘が嫌いなのだから。 「……今日、本屋の近くで灘君と――栫井と会ったんだ。それで、喫茶店で少し話した……それだけだよ」  二人の名前を口にしたとき、志摩の目が細められる。いい感情ではないというのはわかった。 「灘と、栫井……そう。何か言ってた?」 「栫井が、俺がいなくなったときの志摩は手がつけられなかったって。……そうなの?」 「そうだよ、……腹立って文句言いたくてもあいつしかいなかったからあいつにずっと齋藤の文句とか陰口言ってた」  隠すつもりはないのか、寧ろ開き直る志摩に「陰口って」と思わず聞き返しそうになって、やめた。多分それは俺も直接散々言われたからだ。 「そうなんだ」と、頷いたとき、志摩の目がこちらを向いた。 「言わないんだね」 「え?」 「栫井と会ってたこと、なんで言わなかったのかって」  志摩はきっと、俺が怒ってると思ったのだろうか。  なんとなくそう聞き返してくる志摩が叱られてる子供みたいに見えて不思議な感覚だった。  ……普段、あれほどお喋りな志摩が言わないんだ。 「言わないよ。志摩は、俺のことを思って黙っててくれたんだろうなって思ったし」 「どうだろうね、ただムカついたから言わなかっただけかもしれないよ」 「そうかもね、でもどうだっていいよ」  志摩は、何も言わなかった。それ以上栫井と灘のことも聞かなかった。俺がここにいて、志摩がここにいる。  俺にとってはそれだけで充分だったし、それ以上も望んでいない。……志摩もそうだったらいいのにな、とは思うけど。 「……齋藤、おかわり」  暫く沈黙の末、志摩はそう皿を渡してくる。  いつもならおかわりなんてしないのに、おずおずと差し出してくる皿を受け取り「まだ食べるの?入る?」と再確認した。 「いいから、どうせ人数も考えずに鍋いっぱい作ったんでしょ」 「う……そうだけど……」 「ちょっと待っててね」と、慌てて俺はキッチンへと戻る。そしていそいそと肉じゃがを盛り、志摩の元へと戻った。 「お、お待たせ……」  そう、志摩の眼前に肉じゃがを置いたときだった。伸びてきた志摩の腕に腕を引っ張られ、そのまま抱き締められる。それはもう驚いた、おかわりだけでも動揺していた俺は志摩の突然の行動に思わず固まった。 「志摩、どうしたの」と顔を上げたとき、ぎゅうと抱き締める腕に力が入る。 「やっぱり、引っ越そうか。この街から出よう」  志摩は笑っていなかった。  決心したようなその言葉に、俺は内心ひやりとした。 「な、何言ってるんだよ……大学が……」 「じゃあ、齋藤が卒業したら。決めた。そうする。そんで、誰も知り合いがいないところで二人で暮らそう」  志摩の中では決定事項になってしまったようだ。力強く一人頷く志摩だが、俺達には問題が多い。 「志摩、お兄さんは……」 「あいつは……母さんたちが見るだろ、それに俺がいなくたって平気だし、寧ろ喜ぶよ」  俺は志摩の自虐的な言葉の裏側を知ってる。  志摩は、不安なのだろう。なにが、なんてそんなことはわからないけどきっと、志摩は俺と同じものを感じたのかもしれない。志摩、とそっとその頭を抱き込む。いつもなら髪を触られるのを嫌がる志摩だけど、志摩は借りてきた猫みたいにおとなしく俺の腕の中に収まるのだ。  ずっと、忘れたフリして蓋をして生きてきた。  けれど、それも限界なのだろう。どうしても、この街にいると纏わり付いてくる。それは恐らくどこにいたって一緒だ、形のない亡霊のように現れるとわかってても、それでも志摩が言うのならその願いを叶えてやりたかった。 「志摩がそうしたいなら、いいよ」  見えない何かから逃げるように、志摩がゆっくり安心して過ごせる場所を見つける。  その場しのぎだろうが、俺は志摩の隣にいれるのならどこだって良かった。  なにかを失っても、またやり直せばいい。作り直せばいい。他の誰でもない、志摩にそう教えてもらったから。 「俺が卒業したら二人で新しい部屋探そう」 「……あとどれくらいだろ」 「三年ちょっとくらいかな」 「待てないよ、俺、明日いい物件探してくるよ」 「まあそれは好きにしていいけど……」 「海が見える場所がいい、それでうるさくなくて、駅が近くて、田舎すぎないところ」 「そんな場所があるならいいけど」  顔を上げた志摩と視線がぶつかる。軽く唇を重ねられ、そして抱き締められた。 「ご飯、冷めるよ」 「うん、食べるよ」 「志摩」 「……もう少し、このままでいいでしょ?」  そう、人の胸に顔を埋める志摩は心音を確認するようにそのまま耳を押し付ける。仕方ないな、と思いながら俺は志摩の気が済むまで好きにさせることにした。  こうして志摩が甘えてくるのは初めてのことだった。本当は俺と栫井たちと会ったことが不安だったのかもしれない。本当、感情の出し方が下手な人だと思う。 「……いいよ、時間はたくさんあるんだからね」  おしまい 「……本当によかったんですか」 「何がだよ」 「齋藤君のことです。あんなに気にしていたのに」 「……だったらなんだよ、無理矢理でも連れされってのか?」 「そうではありません、けど、あんな言い方では誰でも簡単に首を縦に触れるわけないと思いますが」 「少なくとも、俺の知ってたあいつなら頷いていた」 「……ハンカチ使いますか?」 「いらねえ。……つか泣いてねえから」 「会長にもよろしく伝えておいてください」 「ああ。……わざわざ悪かったな」 「いえ、ちゃんと別れの挨拶したかったのは俺の我儘でしたので」 「……そうか」 「それでは、自分もそろそろ行きます。今までありがとうございました」 「最期のお別れかよ。別に死ぬわけじゃねえだろ」 「……そうですね。……それでは、またいつか会える日まで」 「ああ、またな」


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