授業を終え、巳亦と一緒に帰っていたときだ。 いつもなら隣には黒羽もいるのだけれど、和光に呼び出されてこの場にはいない。なので黒羽が戻ってくるまで巳亦と過ごすことになったのだが……。 「黒羽さんって何が好きなんだろ」 「なんだ曜、知らないのか?」 「だって俺が何聞いても黒羽さん、『自分のような存在のことを貴方が気にかける必要はございません』とか言って教えてくれないんだよ」 「うーん、黒羽さんらしいっちゃらしいけど……本当、黒羽さんも難儀な性格だよな。曜が聞いてるんだから答えたらいいのに」 なんて、この場にはいない黒羽のことを尋ねてみれば巳亦はうーんと難しい顔をした。けれど人間の俺よりかは同じ妖怪である巳亦の方が黒羽の好物については心当たりがあるかもしれない。 思い切って、「巳亦はなにか知ってるのか?」と尋ねてみれば巳亦は困ったように眉尻を下げる。 「知ってるというか、烏天狗の好きそうな物ならわかるけど……んー……黒羽さんに怒られそうだな」 「ほ、本当か……?!俺も黒羽さんの好きなもの知りたい……!なあ、こっそりでいいから教えてよ。悪用はしないから……!」 「はは、悪用ってなんだよ。……まー、でも曜なら黒羽さんも怒らないだろ。けど、絶対俺が教えたって黒羽さんに言ったら駄目だからな」 「お、おう……!」 流石巳亦、話が分かる男だ。 わくわくしながら待つ俺に、巳亦はゴニョゴニョと耳打ちしてくる。そして巳亦の口から発されたその言葉におったまげる。 「えっ?!ほ、本当に……?」 「本人は口にはしなかったけどあれは絶対好きだよ、俺が言うんだから間違いないな」 「そ、そうなんだ……黒羽さんが……」 人間の常識は通用しない世界だとわかってはいたが、こうして聞くとやはりカルチャーショックというか……やっぱり俺とは違うんだなと改めて思い知らされた気分になる。 けれど、ここで引いては黒羽への今までの恩返しもできないだろう。 「なんなら俺が取り扱ってる店まで案内してやるけど」 「え、そんなもの売ってる店があるのか?」 「勿論。鳥類は皆好きだからなぁ。……まあ、俺も嫌いじゃないし」 「そ、そうなのか……?!ん……んー……う、う〜……じゃ、じゃあ……お願いしてもいいか……?」 正直、気が進まない。理由は明白だ、圧倒的文化の違いというやつだ。俺からしてみればあまり得意なものではないだけに勇気が要ったが、こんなこと、黒羽のいないこのときでなければ頼めないだろう。 お願いすれば、巳亦は「もちろん」と笑った。 ◆ ◆ ◆ ビザール通りの一角にある怪しげな建物の地下、そこには異様な空間が広がっていた。剥き出しになった土壁に、天井からぶら下がるなにか。異様な空気と土の匂い、どうやら奥は食事場になっているらしい。鳥の頭の妖怪たちが奥でワイワイと盛り上がりながらテーブルの上に置かれたなにかをつついてる。それがまるまる太ったカエルの姿焼きだとわかった瞬間、全身が凍りついた。 そして店内の内装もよくみれば干しイモリや凍らせたカエル、それとパック詰めされた昆虫を見つけた瞬間飛び上がりそうになった。 「こ、これ……っみ、巳亦……待ってここ蛇もいる……?!巳亦、ここにいちゃ危ないんじゃ……!!」 「曜、俺のこと心配してくれるのは嬉しいけど大丈夫だからな。それと、目を瞑っててもいいんだからな」 「う、そ、それは……確かに俺は苦手だけど、だって、失礼だろ……」 「……曜は優しい子だな。あ、お兄さん、そこのヤモリ三匹ほしいんだけど。あ、あとそこのマムシも一匹。それとヤモリの尻尾一袋」 「あわ、あわわ……」 食事しなくてもお土産だけでも購入できるらしい。店員らしき鳥人は「毎度どうも」と人良さそうに(人ではないけど)笑って、俺にまで会釈してくれた。 あ、いい人……いや、いい鳥だ……! 「す、すみません……プレゼント用にってできますか?あ、あの……男の人用に……」 恐る恐るお願いすれば、店員さんは可愛い鳥の羽の飾りのついたリボンをつけてくれる。そして、羽毛に覆われた大きな腕の下、尖った爪でそっと袋を手渡してくれる。 「わ、あ……ありがとうございます」 「今度はお友達も連れておいで」 「は、はい……!」 やっぱりいい人だ……! 精算を済ませ、にこっと笑う店員さんにお礼言って、俺は受け取ったプレゼントを抱える。 「あ、曜俺が持とうか?」 「え?だいじょ……う゛っ?!な、なんか中で動いてる……?!」 「あ、だから言ったのに……大丈夫か?」 「う、うん……俺が、黒羽さんに渡すから自分で持つ……」 「……そうか、曜は頑張り屋さんだ。けど、あとから泣きべそ掻いたって知らないからな」 「え゛」 ゴソゴソと腕の中で蠢く物体に震えつつ、落とさないようにしっかりと袋の口の締めながら俺たちはその店を後にした。 ◆ ◆ ◆ 「巳亦って何が好きなんだ?」 地上に上がってきて、袋の中のお土産たちも大分落ち着き始めた頃。思い切って尋ねてみれば、巳亦は「ん?俺?」と不思議そうに小首を傾げる。 「うん、巳亦の」 「俺は……そうだな、うーん」 「……お、俺には言いにくいもの……?」 能代みたいに人間の肝とか、いや蛇だからやっぱり虫とかそういうやつなのだろうか。ないに等しい知識と偏見で考えるが、やはり俺の頭では限界がある。 巳亦はというとなんとなく言いにくそうな顔をした。 「言いにくいというか……そうだな。……もう知ってるかと思ったんだけど」 「え?」と、その言葉の意味を聞き返そうと顔を上げたときだった。鼻先がぶつかるほどの距離、顔を寄せてくる巳亦にぎょっとする。 一瞬こんな街路でキスされるかと思ったが、違った。 口同士が触れる前に巳亦は止まったのだ。 「……俺が好きなのは、曜だよ」 「っ、……へ……」 「もしかして、俺へのお返し〜とかそういうこと考えてるのなら大丈夫だからな。別に、これは俺からの黒羽さんへの詫びもあるから」 「わ、詫び……?」 というかサラリと人の心まで読まれてるし……!離れる巳亦に内心ホッとしながらも、それでもどぎまぎは残ったままの胸を抑えてると、巳亦は俺を見下ろしたままその目を細めて笑ってみせた。 「黒羽さんをダシに曜とデートしたってこと」 「で、でーと……?!」 「……あ、やっぱりそんな意識なかったんだ。まあ、そうだよな……そういうところが曜らしいというか」 「曜のそういうところ俺、やっぱ好きだな」なんて、しみじみとした口調で一人納得したように頷く巳亦に俺はもうなにがなんだかわからなかった。 ただ、火でも噴くみたいに顔が熱いのだ。 「み、巳亦……」 「そろそろ寮に帰ろうか。……黒羽さんもそろそろ戻ってくるんじゃないか?それに、早くプレゼント渡さないといけないしな」 「ぁ……っ巳亦……待って」 そう、五重塔へと戻ろうとする巳亦を咄嗟に呼び止めれば、巳亦は「ん?」とこちらを振り返る。 優しくて、耳障りのいい声。そして、慈しむような眼差しにドキドキする。 「もう少しなら、大丈夫だから……っ十八時までは掛かるだろうって黒羽さんも言ってたから、その……まだちゃんと、俺、巳亦にお礼できてないし……」 「……」 「今日の、俺の我儘に付き合ってくれたお礼……」 巳亦はいらないと釘を刺してきたが、それでもやっぱり譲れないものがある。というか、ただ単に巳亦の好意に甘えっぱなしになるのはなんだか巳亦を都合よく扱ってるみたいで俺が嫌だった。 確かに相手は俺と比べちゃいけないような神様だけど、それでも、対等でいてくれる巳亦にはちゃんと答えたいというか……。 そう、しどろもどろと言葉を紡げば、暫くキョトンとしていた巳亦はふっと破顔し、そして俺の頭をわしわしと撫でてくれる。 「み、また?」 「……曜は本当に優しい子だな。……ありがとう、でもそう言ってくれて嬉しいよ。それじゃあ、曜がしたいこと行きたいところに付き合わせてもらおうかな。どこがいい?」 「え、じゃあ……巳亦が好きなところ……」 「俺の?なんで?」 「み、巳亦だって……俺は巳亦にお礼したいのになんで俺が行きたいところなんだよ……?おかしくないか……?」 「だって俺の行きたいところってなると、曜が喜びそうなところってなるしな。…………はは、俺たちこればっかだな」 「巳亦が俺のことばっかり気遣ってくるからだろ」 「そうか?俺は思ったまま答えてるんだけどな……」 堂々巡りになる会話に、俺達は思わず吹き出してしまう。 暫く笑い合って、それから、巳亦はなにかを思いついたようだ。 「それじゃあ、こうしようか」 そう言って、巳亦は俺の手を取るのだ。 当たり前のように恋人繋ぎで手を握り締められ、ひんやりとしたそのしなやかな指が絡む感触に驚いて「え」と顔をあげれば、巳亦は笑う。 「俺と曜が好きそうな場所、一緒に探そう。……それだったらいいだろ?」 「お、おお……確かに、楽しそう……!」 「ああ、曜ならそう言ってくれると思ったよ」 でも巳亦さん、手を繋ぐ必要はあるんですかね。 トクントクンと脈を打ち続ける心臓の音を聞きながら、俺は「行こうか」という巳亦に頷き返した。 ……まあ、巳亦が嬉しそうならそれでいいか。 ◆ ◆ ◆ 「伊波様、お迎えに……って、巳亦ァ!!貴様何をして……ッ!!」 五重塔前、そろそろ黒羽が戻ってくるだろうと戻ってきた俺達を出迎えたのは鬼の形相の黒羽だ。 そして自分たちが今の今まで手を繋いでていたことを思い出す。 「ま、待って黒羽さん、巳亦は俺が迷子にならないように手を掴んでてくれてただけで……って、黒羽さんだっていつもしてくれてるだろ!」 慌てて巳亦から手を離し、そう黒羽を宥めようとすれば巳亦は「え」と凍り付いた。そして黒羽も「ぐっ」と言葉に詰まった様子だった。 「し、しかし……伊波様……」 「黒羽さん、そうだ、これ……!」 このままではまたいつもの説教コースに入ってしまう。そう危惧した俺は、黒羽のために用意したプレゼントの袋を手渡した。 突然渡されたそれに僅かに驚いたような顔をしながらも、受け取った黒羽は中を覗いて、そして息を飲む。 「……っ、この匂いは……何故、貴方がこんなものを……」 「いつも黒羽さんにはお世話になってるから、お礼に……」 「曜がね、黒羽さんが好きなもの教えてくれないから俺に聞いてきたんだよ。まあ、俺の知ってる烏天狗の好物だけど、黒羽さんの味に合えばいいけど」 「……それは、世話を掛けたな」 怒りも収まったらしい。逆に、どうしたらいいのか迷ってるのかもしれない。渋面のままそう口にする黒羽に巳亦は「いいえ」と笑う。 そして、黒羽は渋い顔のままこちらに向き直った。 「伊波様も……ありがとうございます、ですが私のことは気にする必要はありません」 「え、め、迷惑だった……?」 「いえ、滅相もございません、しかしこのような贈り物はこの不肖黒羽、身に余ると申しますか……」 「う……嬉しくない……?」 「嬉しいに決まってるではありませんか。……主に贈り物を貰って嬉しくない従者がいないわけがござろうか……っ」 力む黒羽にほっと安堵する。価値観やそういった常識が違うからこそ、押し付けがましくなってたらと思うと不安だったのだ。おまけに、黒羽は頑なで一本気な性格だ。そこがいいところでもあるのだが、だからこそ余計不安になるのだ。 「そ、そっかぁ……ならよかった……」 「しかし、今度からはそういうときは自分に言ってください」 「……だって黒羽さん、好きなもの教えてくれないし」 「む……」 「まあ……黒羽さんの気持ちもわかるよ。俺。けど曜もそれなりに考えてるみたいだし少しくらいは話してもいいんじゃない?俺は役得だったから全然いいんだけど」 言いながらポンと黒羽の肩を叩こうとした巳亦は避けられていた。 「……承知した。しかし、自分はその、好物などというよりは貴方がそうしようとする気持ちだけでも十分幸せなので……あまり、自分のためにと危険な真似はしないでください」 「危ないことしてないよ、巳亦が見守ってくれてたし」 とにかく過保護な黒羽を安心させようと思うが、口にしてから余計なこと言ったかなと思った。あまり巳亦を褒めるといい顔をしない黒羽を知ってるので、黒羽の目が巳亦に向けられたのを見て少しぎくりとする。けれど、俺の予想はいい意味で裏切られた。 「……一先ず、貴様にも礼を言おう。伊波様に付き合ってくれて有難う、そして気を遣わせて済まなかった」 「黒羽さん……」 「けど伊波様の優しさを自分だけのものと勘違いするなよ、伊波様は誰に対してもお優しいからな」 「く、黒羽さん……」 もぞもぞと蠢く袋を手にしたまま言い放す黒羽に巳亦も「そうだな」と穏やかに笑っていた。俺はなんだか恥ずかしくて仕方なかったが、黒羽が喜んでくれたのなら万々歳だ。……そう思うことにする。 おしまい 【おまけ】 「……」 「……自分の顔に何か付いてるか?」 「いや、食べてくれないのかなって……」 「あれは……何かあったときの非常食にしようかと。それまではこうして御守代わりに携えて……」 「ええ?!いま食べてよ……!」 「いけません、伊波様。貴方から頂いたものは家宝同然、そのように軽々しく消費するなどと……!!」 「う、うう……やっぱり難しいな……」