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田原摩耶
田原摩耶

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友達未満【↑100/6,200文字/仲吉×準一/過去話】

 幽霊なんているはずがない。全ては脳が見せる錯覚だかなんだかで、実際は思い込みの部類なのだ。  そう思っているが、友人の仲吉爽はそれを認めようともしない。「幽霊は絶対にいる」「いない」「じゃあ賭けるか?」なんて喧嘩にもならないようなやり取りを何度してきたことだろうか。 「なんでそこまで幽霊が好きなんだよ、少しは怖がれよ」 「怖がるって、なんでだよ。全部元人間なんだぜ、全然怖くねーだろ」 「お前ってやっぱズレてんな」  元人間は人間でも、何かしら遺恨がある者が現世に留まって化けて出るのではないのか。俺の知識だってせいぜいホラー映画で仕入れたものなのだが、それにしたってこいつの幽霊像というのはやはり何か俺と決定的にずれているような気がした。  今思えば高校の頃、こいつと初めて出会ったあのときもそうだった。仲吉は、幽霊の存在を疑いもしなかった。  そのあまりにも真っ直ぐな目がやけに印象的だったのを覚えてる。  教室のど真ん中を陣取るグループが連休中はどこで遊ぶだとかなにやるかだとか騒いでいて、俺はというとその輪に混ざること無くさっさと帰る準備をしていたときだ。 『幽霊はいるだろ』  恐らく、肝試しの話をしていたのだろう。 『幽霊なんているわけねーよ』という男子生徒の言葉に、仲吉は平然とそんなことを言い出した。  話は変わるが、どこの学校でも目に見えずともカーストというのは存在している。そして、周りに馴染めずにいる俺が下層だとすると仲吉とこの教室陣取るグループは最上位。そして、この仲吉と言う男は同性の俺が認めるくらいには顔がいいので黙ってても女の子にキャーキャー擦り寄られるタイプの男だった。それなのに、この男は決定的になにかがおかしかった。  あーあ、と思った。下手なこと言わなくてもよかったのではないかと。  そこからだ、それまでただのいけ好かないと想っていた人気者の仲吉がおかしくなり始めたのは。  否、元からずれていたのを誰にも気付かれずにここまでこれていたのかもしれない。あいつは、それ以降そのグループと一緒にいることはなかった。  人間というのは残虐だと思う。少し主義主張が合わなければ村八分にするのだ。  けれど、仲吉は全くそのことを気にしなかったし、寧ろ最初からいなかったものとして振る舞うのだ。あいつの性格もなかなかだと思う。  友達が多く、おまけに自分からガンガン話しかけるタイプのコミニュケーション能力の鬼の仲吉はすぐ新たな友達を見つけてそれなりに楽しそうに笑っていた。  図太いというか、俺は、そんなやつの性格は純粋に羨ましいと思った。  自分を顧みず、思っていることをハッキリ言う。それは一種の能力のよつなものだ、俺には到底できないだろう。  六月上旬のことだった。  梅雨真っ只中、毎日が蒸すような熱気と湿気で鬱陶しい気候が続いていた。  仲吉のように社交性もなければ友達もいない俺は、日々どのように時間を潰すかということを考えていた。  周りから妙に避けられるのも余所余所しくされるのも小さい頃からのことなのでもう慣れているが、ここ最近は変な連中に絡まれることも少なくはない。ただ高校生の平均身長よりもでかいというだけで目を付けられ、おまけに生まれつきの目付きの悪さのせいでガンつけられたと因縁吹っ掛けられ、もう人と目を合わせないようにする技術を身につけようかと思い始めていたところだ。  人から逃げるように学校を出てきた俺は、登下校中にあるレンタルショップに立ち寄る。  ここ最近、レンタルショップでDVD数本借りて映画を見ることが日課になっていた。  最初は時間を潰せればなんでもよかったのだが、気まぐれに借りた一本のDVDが面白くて俳優や監督を調べたり、同じ系統の映画を探したりとそこから芋づる式に映画にハマっていたのだ。  いつものようにどれを借りようかと洋画コーナーに立ち入った俺は、そこで固まる。  同じ制服の先客がそこにはいた。  しかもそいつの横顔にはよく見覚えがあった。  仲吉爽。ホラー映画コーナーで物色していたやつはやけに真剣な顔をして明らかにそれはクソ映画なのではないかと思うようなパッケージを凝視していた。  やべ、と慌てて来た道引き返そうとした瞬間、しまった、鞄が棚に引っかかって並んでたケースがドミノよろしく崩れ出す。  慌てて拾い上げようとしたとき、不意に伸びてきた手が落ちていたそれを拾い上げた。 「ほら」  顔を上げれば、そこには、仲吉がいつもと変わらない人懐っこそうな笑みを浮かべていた。 「あ、りがと」と、思わず片言になりながら返事をする。  これが、俺と仲吉が初めて交わした会話だ。会話ですらないが。 「それにしても、意外だな。多々良も映画観るんだ」  もしかしたら他人のフリして逃げられないかと思ったが、名前を呼ばれた瞬間手遅れだと察した。 「……俺のこと知ってるのか」 「いや、知らない人のが少ないんじゃねえの?だってお前、有名人じゃん。うちの学校を裏で牛耳ってるとかなんとか聞いたけどあれ本当?」 「し、知らねえよ……なんだよそれ!」 「あはっ、だよなぁ。だってお前、そういうことするタイプに見えねーもん」  おかしそうに笑う仲吉に、俺はなんだかもう恥ずかしかった。そんな風に言われてたのか、なんだよ牛耳ってるって……。俺がしたことなんて逃げるか、隠れるか、人違いですと立ち去るくらいだ。  けれど、何より困惑したのは仲吉だ。ほぼ初対面のくせに、まるで昔からの友人みたいにするりと入ってくる仲吉に狼狽えずにはいられなかった。  お前に俺の何がわかるのだ。そう思うのに、まっすぐにこちらを見てくるその犬みたいな目に余計心臓の辺りがムズムズして、直視できなかった。 「多々良、お前すぐ帰るからどこに行ってんのか気になってたんだけどここに来てたんだ」 「……別にどこだっていいだろ」 「俺もここよく借りに来てるんだ。あ、じゃあ家ってこの辺?俺、ここからめっちゃ近いよ」 「だから……」  なんだよ、と言い返そうとしたとき。  伸びてきた仲吉の手にがっと肩を掴まれる。 「なあ、お前もここにいるってことはホラー探しに来てたんだよな。うちで観ねえ?」 「な、なんで……」 「なんでって……一人より二人のが面白いじゃん。多々良……あ、呼びにくいから準一って呼んでいい?準一ってグロイの平気?」 「内臓系はまだ平気……じゃなくて、何勝手に決めてんだよ。俺は休みのときに借りるやつ借りに来てるだけで、別に……」 「じゃあこれから用事あんのか?」 「な、い」 「じゃあ俺のこと嫌い?」 「嫌いじゃ、ねえけど」 「なら問題なくね?」  言ってからハッとする。しまった、この男の口車に乗せられてしまうとは。俺が咄嗟に誤魔化すことができない人間だとわかってるのか、ニッと笑う仲吉は楽しそうだ。 「なら、休みの日に観るっていうDVDも借りていいから。なんなら俺チョイスしてもいいけどどう?俺の最恐ホラー映画五選」 「や、やめろ……俺は休みの日はハッピーエンドを観るって決めてるんだよ……」 「準一って涙脆そうだよな」 「……っ!」 「あ、図星だ」 「て、適当なこというなよ」 「けど、良いやつだろ。お前。普通なら全然絡んだことねーヤツここまで構ってやんねえよ」  ケースを棚に並べながら、そんなことを口にする仲吉に俺は開きかけた口を紡ぐ。  子供っぽく見えたと思えば、どこか諦めたような目をする、コロコロ表情が変わる男だと思った。  と、そんなとき。いきなり鳴り響く着信音に、仲吉は制服のスラックスに突っ込んだままの携帯を取り出した。 「あ、もしもし?今?いいけど別に……了解、七時頃に向かうわ」  友達から呼び出しがかかったらしい、丁度雪崩も片付いたとに。仲吉はこちらを振り返って笑う。「悪い、DVD鑑賞会はまた今度な」と、そう申し訳なさそうに。  別に最初から仲吉が勝手に言い出し勝手に決めたことなので俺としては別に問題ないのだけど、ほんの、ほんの少し残念に思ってる自分がいて驚いた。 「それと、泣けるやつならこれ。観たら感想教えてくれよな」  ぽん、と俺の手に一枚のDVDを乗せた仲吉は言いたいことだけ言って「それじゃ、またな」って手を振ってそのまま店から出ていった。  なんだったんだ、あいつ。  呆気に取られながら手の元に残ったDVDを眺めていた、名前すら聞いたことのないそのDVDを仕方ないので一緒に借りてその夜見たのだが、めちゃくちゃ泣いたし翌朝まで引き摺った。  正直悔しかった。なんだかあいつの思い通りになってるみたいで。あいつとまた話したいと思うなんて。  それから、紆余曲折あって俺と仲吉は定期的にお互いの部屋に泊まって借りてきたDVDを観る仲になった。  基本、仲吉の好きなホラーものばかりだがホラーものの中にも涙腺が刺激されるものも多く、見終わる頃には泣きそうになってるのを隣で仲吉がニヤニヤしてるのに気付いて慌てて誤魔化すことも屡々あった。 「仲吉、お前ホラー以外はもう見ないのか」  そんなある日、なんの気なしにそんなことを聞けば仲吉は「そうだなぁ」と考え込むように腕を組む。 「別に見ないわけじゃねーんだけど、やっぱ偏るんだよなぁ」 「ふうん」 「まあでも、準一が一緒なら面白そうだよな。普通のやつも。なんなら今度恋愛映画でも見に行くか?」  人が少し「お」と思った矢先これだ。  からかうような仲吉の顔がムカついて、「極端過ぎるんだよ」と睨めばやつは愉快そうに肩を揺らして笑い、そしてクッションを抱き締めたままソファーの背もたれに深く凭れかかった。 「でも準一は恋愛映画で絶対泣くだろ。あ、でもそれ観に行くのもおもしれーか」 「あのな、お前だって幽霊が成仏するとき毎回声上げて泣いてるくせに人のことばっか言ってんじゃねえよ」 「あれは誰だって泣くだろ!何言ってんだ!」  こいつ、開き直りやがった。  おまけに逆ギレである。ぺしっとクッション投げてくる仲吉にムカついて、それを取り上げ俺の座布団にすれば「あっ!この、返せよ」と今度はクッションの取り合いが始まる。  そして攻防の末、仲吉からクッションを死守した俺。  無駄な体力消耗した。 「つか、どうしたんだよ。いきなり」  すっかり疲れてる仲吉だったが、いきなり俺がそんなこと言い出したのが引っかかったようだ。ソファーに倒れ込んでいた仲吉は飛び起きる。 「別に。ただ、昔のこと思い出して」 「昔?」 「お前と初めて話したとき、勧めてくれた映画だよ」 「………………あ〜〜、あれな」  こいつ忘れてやがる。 「確か泣いたって言ってたな」 「お前俺が言うまで忘れてただろ」 「馬鹿、覚えてるって。あれだろ……あの、なんだっけ……犬出るやつ……」 「…………」 「わかった、悪かったからその目やめろ!確かに忘れてたけども!」 「つか、準一覚えてたのかよ。いつだよ、あれ。まだ二年の始めの方の頃だろ」と、仲吉。そうだ。蒸すような暑さを鮮明に思い出せる。  今は三年の冬。卒業間際で、受験も終わった俺達はこうして連日のように遊んでいたのだが……。 「そういや、お前俺のこと無茶苦茶言ってたよな」 「ああ、なんか思い出してきた。あれはだって本当のことだろ、俺は聞いたことそのまま言っただけだし」 「普通言うかよ」 「だって気になってさ。あの頃のお前って全然誰とも話さねーし皆言ってたんだぜ、『あいつが早く帰るのはこれから裏のバイトがあるからだ』って」 「なんだよ、裏のバイトって……」 「今となったら笑えるけどな。まあ俺は最初から嘘だって思ってたけど」  そういえば、仲吉はあのときもそう言っていた。  否定する俺にだろうな、って楽しそうに笑って。  最初から仲吉は周りとは違い、怖気づきも色眼鏡もなく俺に近付いてきたのだ。  今更ながら照れ臭くなって、「どうせ後出しなんじゃないのか?」と聞き返せば仲吉は目を伏せて笑う。 「後出しなもんか。だって……」 「だって?」 「……なんでもねーよ」 「はあ?なんだよそれ」 「なんでもねえってば。あ、そうだ便所行ってくるわ」  そういうなり、この男は逃げるようにさっさと部屋を出ていく。別に無理して聞きたいわけじゃないけど、あんな下手な誤魔化され方したら逆にもやもやして仕方ない。  なんなんだよあいつと閉じた扉を横目に、俺は卓袱台の上広げたままになってたスナック菓子を摘む。  ずっと放置してたせいでめちゃくちゃ湿気てる。仕方ないので残ったのも全部平らげた。  ◇ ◇ ◇  多々良準一はよく目立っていた。  背も高く、体格もいい。高校生にしてはあまりにも発育がよく、なにか格闘技でもしてたのかと思うほど筋肉に覆われた体は出来上がっていた。(後から聞いた話では暇なとき筋トレを趣味にしてた時期があったらしい)  並ぶだけで威圧感に押し潰される、恐い、と同級生たちは口々にしていた。おまけに、表情だ。黒目が小さいから余計、準一は目つきが悪く見えるのだ。その上、あまり笑わない。無表情というよりもいつもむすっとしてるような表情のせいか、体格も相まって余計物騒に見えるらしい。  あいつが動く度にクラスの全員が反応を止め、やつの動向を見守り、何事もなく教室を出ていけばまた時間が動き出したようにそれぞれ話し出す。  誰もが触ったらいけないものみたいな、そんな扱いをしていた。  不良だとか、実家はヤクザだとか、裏で薬物やってるだとか。後輩の子も妊娠させられただとか。悪い噂ばかりが聞こえてきたが、どうにも噂のどれもが嘘臭く聞こえてしまう。  だってあいつ、誰とも関わらないようにしてるやつがそんなことするだろうか。目も合わせず、言葉も発せず、まるで放っといてくれというかのようなあの態度がやけに頭に残っていた。  多々良準一はおかしなやつだった。  違うなら違うといえばいいのに、あいつは諦めたようになにもしない。黙っている。俺には理解できなかった。  そのくせ、時折視線を感じる。  俺が友達と話してるとき、教室の片隅から視線を感じるのだ。敵意とは違う、よくわからない視線。その持ち主は、多々良準一だ。  窓の外、先程教室から出ていった準一が校門潜って帰るのが見えた。今日は妙な待ち伏せも奇襲もなかったらしい。よかったな、なんて思いながらその背中を見送ってると「仲吉」とクラスメートたちに呼ばれ、そのまま俺はやつらと一緒に教室を後にした。  人といるのは楽しい。ひとりぼっちでいるのは好きじゃない。けれどあいつは、一人が好きなのだろうか。この場にいないクラスメートの顔を思い浮かべる。  話してみたい。遊んでみたい。趣味はなんだろうか。好きな食い物は?ホラーは平気なのだろうか。なんで、いつもあんな目で俺を見るのか。  そんなこと聞いたら、あいつはどんな顔をするのだろうか。そんなことを想像しては、また朝を迎える。  今日こそはあいつに話しかけることができるだろうか。  ネクタイを締めながら、俺は家を出た。  おしまい


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