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田原摩耶
田原摩耶

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岩片凪沙の暇潰し※【↑100/8,100文字/中学生岩片×尾張/過去話/岩片×モブ有】

 どんだけ偉いことをしようが、人から愛されようが、ご大層な功績を納めてようが人間死ねば全部おしまいだ。  生前神かなにかのように崇め奉られていた曽祖父も、骨まで焼かれてしまえば贅沢品で蓄えた肉も全部無に帰す。  葬式では泣いて連中も遺産相続の話になると目の色を変えて取っ組み合う。  誰一人爺さんとの思い出話を口にする者はいない、口にするのは金、不満、金、金。 「あー、くっだらね」  齢十四才にして世の中の不条理を垣間見てしまった俺は真っ当に頑張ることの無意味さを知る。  習い事も全部サボって学校もサボって家庭教師から逃げて金を掴ませた使用人を運転士にしてうるせえ親から逃げ回る日々。  どうせ死んだら全部燃えカスになる、それなら好きなことして好きなように死にたい。あいつはクソ野郎だと後ろ指刺されても「お前らより楽しいことは知ってるんだ」って勝ち誇って笑いたい。……今思えば幼い反抗期だったのかもしれないが。 「……岩片、おい、岩片」 「んぁ?」 「いつまで寝てんだよ、遅刻するぞ」  肩を揺すられ、目を開けばそこには見慣れた男がひとり。  呆れたような、諦めたようなそんな生暖かい目線を送るそいつは確か……。 「誰だっけ?」 「お前……ふざけてんのか?」 「うそ、冗談だろ。そんなに拗ねるなよ、ハジメ」  そう名前を呼べば、ハジメは「拗ねてねえよ」とそっぽ向いた。  やさぐれていたこいつを飼うことに決めてからどれくらい経っただろうか。恐らく、一週間くらいだろう。  親衛隊隊長、なんてご大層な肩書はともかくハジメには俺の身辺警護のため常に側にいてもらうようにしたのが一週間程前。  それから一緒に行動するのが基本になってたのだが、律儀な性格なのか、真面目なのか、それもも両方か。こいつは俺のどんな命令にも従うのだ。  正直、別に一から十までするとは思わなかっただけに驚いたというのが一つ。もう一つ、涼し気なその面の下では他人に必要とされたいという本性が見えた瞬間、ああ、と納得した。  奴隷にはもってこい、表向き自信あるように見せてその実、他人から必要されないことを恐れている。  現に、別に付き合ってもなければ何もしていない俺の側にいるのだ。よほどのモノ好きだということには違いない。 「ハジメは朝強いんだな、つか、早起きすぎねえ?まだ三十分寝れるだろ」 「何言ってるんだよ、そんなに寝てたらいくらなんでも教室に間に合わないだろ」 「別に一限くらい遅れても問題ねえって」 「身の回りの世話をしろって言ったのはお前のほうだろ、岩片。……ほら、いい加減ベッドから出てこいよ」 「……抱っこして?」 「一人で起きろ」  ……。前言撤回、この隊長様は全然俺に優しくない。つーか、可愛くねえ。  最初よりかは大分態度は軟化したが、それでもやっぱりこいつは俺から一定の距離を取ろうとしてるのがわかった。  仕方ないのでベッドから起き上がる。カーテンの外からは鳥の囀る声が聞こえてくる。爽やかな朝だこと。  こうして朝早くに起きる生活にも慣れてきたが、昼過ぎに起きて夜行動する夜型の俺にはこの学園の生活は酷だ。  理事長やってる叔父に頼めば授業免除してくれるのだろうが、身内に借りを作る真似もしたくないので渋々起きる。 「それにしても、いい加減その頭どうにかしないのか?」 「頭?」 「それだよ。……夏になったら絶対しんどいだろ」 「別に?んな暑いところ行かなきゃいいんだし」  制服に着替え、自室から食堂へと移動する途中の通路。  ジロジロと見てくるハジメだったが、やがて諦めたらしい。「お前がいいならいいけどさ」と溜め息をついた。  見てて暑苦しい、と言いたいのだろう。  つか、暑さの問題かよ。と、笑いそうになる。  ハジメはそういうやつなのだろう。大抵、俺の頭を見るとみすぼらしいだとか小汚いとかそういうこと言うのにな。  ……俺の頭の熱心配するんだよなあ、こいつ。  そういうところが気に入ったのだが、きっとハジメには分からないのだろうな。  なんて話していると。 「っ、岩片君」  いきなり、背後から抱き着かれた。 「うお」と喉から声が出て、振り返ればそこには見覚えのある顔。くりくりした目。……誰だっけ? 「おはよう、岩片君。……朝から会えるなんて嬉しいな」 「おい」と、身構えるハジメを窘める。こいつは敵じゃない、と視線で合図すれば微妙な顔のままハジメは手を引いた。  ふわふわの髪を跳ねさせ擦り寄ってくるそいつをやんわり引き剥がせば、そいつは「岩片君」と目を潤ませる。 「ねえ、僕岩片君にずっと会いたかったんだからね。それなのに君ってば最近連絡してくれないし、そいつばっかと一緒にいるからもしかして捨てられたんじゃないかと不安で……」  そいつ、と指差されたハジメの眉が困惑に歪む。  その顔がちょっと面白くて笑いそうになったが、問題は目の前のチビだ。  最近もなにも俺は付き合ってるつもりもお友達のつもりもなかった、ただ一回、側をチョロチョロされるのが鬱陶しくて抱いた。それだけだったのだが、それが余計悪化させたらしい。  この手のタイプは飼い慣らさねえと後が面倒だな。 「……それは悪かったな。あとで埋め合わせしてやるから待っとけ」 「っ、う、うん……わかった……」 「流石、賢いな。先輩は」  前髪越し、額に軽くキスしてやれば見る見るうちにそのチビもとい先輩の顔が赤くなっていく。  そして手が離れた一瞬、俺はハジメの背中を叩いた。  行くぞ。と目線で合図すれば、凍りついていたハジメは慌てて頷き返す。  ――学生寮、食堂。 「岩片、お前さっきのやつ昨日泣きついてきたやつとまた別のやつじゃねえの。いつか絶対刺されるぞ」 「またまた。ハジメ君が助けてくれんだろ?」 「だからって、自分から問題事増やすなよ。いくらなんでも男同士の痴話喧嘩に巻き込まれたくねえんだけど?」 「大丈夫大丈夫、もう手遅れだから」 「な……っ」 「さっきのやつ、お前に妬いてたぞ。『今度のお気に入りはアイツか』ってな」 「……は、はは……そりゃ光栄だな」  引き攣った笑いを浮かべるハジメは誤魔化すように水を押し流す。  丁度空いていた二人用のテラス席で朝食を取る俺たちだが、会話とはいえばやっぱさっきのやつのことだった。  けど、やっぱりここまで一緒にいると噂されるものなのか。  流石この根本から腐りきった学園だ、外部生であるハジメからしたらよっぽど奇怪に映ってることだろう。 「それにしても、さっきの子……ネクタイの色からして先輩だよな?……どこがいいんだろうな、お前の」 「そりゃセックスが上手いからだろ」 「っ、ゴホッ!」  こいつ、噴き出しやがった。 「何やってんだ」とハンカチを渡せば、ハジメは真っ青なまま「悪い」と受け取った。あまりにもぎこちなく受け取るのが面白くて、俺は反射で片方の手でやつの手を握り締める。 「気になるんなら試してみるか?俺はいつでも構わねえけど?」  なんて、手の甲を撫でれば面白いくらい青褪めたハジメは俺の手を振り払った。  そしてガタガタと椅子ごと後退る。 「おい、お前のは冗談に聞こねえからやめろ……っ!」  まあ、わりと冗談ではないのだけれど。  これ以上いうとまじで逃げていきそうなのでやめておくことにした。 「悪い悪い。ハジメがあまりにも可愛い反応するから」 「…………」 「おい、冗談だろ。怒るなよ」 「怒ってねーよ。……呆れてんだよ」  そう、椅子を戻して座り直すハジメについ笑ってしまいそうになる。ここで突っ撥ねえって。相手が俺じゃなかったら勘違いされるぞ。  無防備というか、警戒心はあるのだろうが自分なら大丈夫だと過信してるのだろう。そういう甘さは嫌いではないが、少し心配になるというのもある。  ……我ながら心配ってなんだ、親御さんか?自分で考えて自分で笑ってしまう。  守ってもらうのは俺の方ではあるが、ハジメを見てると危なっかしくて目が離せないのだ。  飽きないし、理解も早い、たまに口うるさいけどそういうやつが周りにはいなかったので鬱陶しくは思わなかった。  ハジメを一度も抱きたいと思わなかったわけではないけど、そういう関係で終わらせたくなかった。  友達、なんて口にすればあまりの安っぽい響きに自分で笑ってしまうが、俺は、同世代の普通に話せる相手がほしかったのかもしれない。  なんとなく、ハジメにはそういう扱いをしたくなくて、我慢なんてしたことない俺が自制するくらいだ、自分でもよっぽどだと思う。  そうなると、やはりガス抜きは大切になるわけで。 「っ、ふ、ぁ、……ん、んんぅ……っ!」  甘い声、ぷにぷにした抱き心地、細っこい腕でしがみついてくる目の前のそいつを抱き締めたまま、挿入させた指で性器の裏側を押し潰せばその声は次第に大きくなっていくのだ。 「岩片君」と濡れた声で名前を呼ばれると、正直堪らない。  セックスが好きだ。  気持ちいいことが好きなのは脳の造りからして当たり前のことだったが、ハジメを側に置くようになってから更に自分の歯止めが利かなくなった気がする。  名前も知らない男を口説き落としてその場で抱くのが趣味だった。趣味というか、ゲームというか、自分がどこまで行けるのか試したい、最初はそんな気持ちだった。  けれど最近は、ひたすら抱きたくて仕方ない。誰でもいい、組み敷いて泣かせたい。  発情期か?と自分でも呆れるくらい箍が外れるのだ。  理由は気付いていた、ハジメが側にいるからだ。 「っ、ぉ゛、あ゛ッ、んひッ!」 「なあ、先輩、もっと声出せよ……ッ!なあ、アンタの悲鳴聞かせてくれ……ッ!」 「ぁ、あ゛あぁあ゛ッ!!」  ドライでイキやがった、こいつ。絶頂とともに恐ろしいほど収縮する括約筋に搾り取られそうになる。  玉ん中に空になるくらい射精して、自分のものとはいえ閉じれなくなったガニ股から大量の精液溢れさせるケツを見るとうわ…とドン引きしそうになる。  なのにそんな残状見ても勃起するのだから体は正直である。  ピクピクと痙攣する下半身を掴み、「参戦目行くから締めてて」と撫でれば、先輩は声にならない悲鳴を漏らし、首を横に振る。無視して捩じ込んだ。  わざわざ自分の部屋を汚したくもないので適当な空き教室に先輩を呼び出したのだけれど、ここで正解だ。  薄い扉の向こう側、見張りさせてるハジメの存在を意識するだけで酷く興奮した。  ハジメがどんな顔をして、どんな気持ちで外にいるのか。聞こえないわけがない、俺が何してるのかもわかってるはずだ。それでも、その場から動かずに忠犬ポチ公よろしく行儀よく待ってるのだ。  それを想像しただけで正直、勃起が止まらない。 「ぉ、ア゛っ、いわ、か、待っ、ぉ゛ほッ」 「……はぁ、すげえ、可愛い。先輩めっちゃ可愛い、鼻水垂らしてる顔もすげー可愛い、アヘ顔アクメ最高ッスわ」 「っ、ぁ、んぎ、ひ、あぁあッ!」  すっげー声。死ぬんじゃねえの、ってレベルの悲鳴に笑いそうになってくる。痙攣する下腹部を捕まえて前立腺亀頭で叩き潰せばチンポ千切れそうなくらい締め付けてくれるので優秀なケツだ。  何度目かもわかんけえ絶頂に肩を掴まれた爪が食い込む。引っ掻かれようが些細なことだった、気持ちよくてどうにかなってしまいそうな頭ん中、目の前の男の顔が一瞬ハジメとダブって、「あ」と思った瞬間、射精した。  もう出ねえなと思ったが全然そんなことなかった。 「……お疲れさん」 「すげーウケるな、それ」 「だとしたらお前の感性はすげえよ」  案の定、ハジメの機嫌は悪かった。  態度には出さないようにしてるのだろうが、目を合わせようとしないところからよくわかる。  というか、態度を決め倦ねてるようにも見えた。  そりゃそうか、何時間ここに居たのかも覚えてねえし。結局相手が意識飛ばしたので取り敢えずムラムラだけ発散して俺は先に失礼することにしたのだが、扉の前、座り込んでいたハジメは開口一言「おせーよ」と俺に言った。  この学園では男同士の恋愛は珍しいことではない。  小中高エスカレーター式のこの学園は男しかいないし、小学校からいる連中だと女とまともに話したことないってやつも少なくはない。そんな男しかいない環境だと、恋愛対象が男になることも珍しい話ではなかった。  俺の場合は恋愛対象というよりも――。 「……あー、体動かしたら腹減ってきた。食堂混んでそうだな」 「お前のこと大好きな副会長様呼べばいいだろ。あの人なら一席開けるくらい簡単にできそうだし」 「んなことしたら今夜も寝れねえべや。あいつ絶倫の遅漏だしな」 「お似合いじゃねえの」  そう皮肉たっぷりに笑うハジメの笑顔になんとなく胸の奥がぎゅっとする。変な話だ。馬鹿にされてるのに悪い気がしないのはこいつからは悪意が感じないからだろうか。 「そうだな」 「否定しろよ」 「してほしかったのか?」 「お前の下半身事情なんて知りたくないんだよ」 「またまたァ。ま、そのうち原稿用紙にまとめてきてやるよ」 「ば……っ、まじでそれはやめてくれ……」  うんざりした顔をするハジメがおかしくてつい笑ってしまう。ハジメは面白くなさそうだが、そこが余計いじめたくなるというかからかい甲斐があるというか。  ハジメといると言葉にし難い、初めての感覚に陥るのだ。  セックスは気持ちいいし楽しいが、疲れる。けれど、ハジメとこうしてどうでもいいこと話してる時間は飽きない。  そんなこと言えば、ハジメはいつものあの笑い方でお前とずっと話してるのは嫌だっていいそうだけど。  ◆ ◆ ◆  転校が決まったとき。 「お前もついてこいよ」なんて軽く言えば、ハジメは驚いた顔をして、それからすぐに仕方ないなという顔で俺の申し出を受けてくれた。  正直な話、驚いた。なんでわざわざついていかなきゃいけないのか、と断られるだろうと思ってたからだ。  そしてすぐにその理由に気付いた。  ああ、そうか。こいつはこの学園に残る意味も目的もないのか、と。  元より退学自体に不満を持たなかったくらいだ、未練などなかったのだろう。それでもある程度まともな人間ならばここまでしないだろう。  恋人でもない野郎に人生を預けるようなものだ、それを再確認し、堪らなくキスしてやりたかったが必死に堪えた。  こいつのことは、俺だって手元に置きたかった。けれど自分からわざわざ俺の側に寄ってくるのだ、それは少なからず俺を信頼してるからだ。  馬鹿なやつだと思う。  もっと相手を考えろよ、本当にそれでいいのか、もう少し自分を大事にしたらどうだ。  けど、あれほど心臓が煮えたぎった瞬間はなかった。  あいつには俺しかいないのだ、だから、選択肢が元から俺しかなかった。 「岩片、他の連中に引っ越す日とか転校先言わなくてよかったのか?」 「いいだろ、別に」 「可哀想に。お前のこと本気で好きなやつだっていただろ」 「俺じゃなくて俺のチンポとセックスが好きなんだよ、どうせまた新しい棒見つけるだろ」 「本当……お前ってサイテーだな」 「おいおい、そんなサイテーの野郎にここまでついてきたやつが言うセリフかよ」  移動中の車内。ハジメは話を誤魔化すように窓の外を見て、「うお」と声を漏らした。丁度海沿いを走っていた車からは海が見え、日の光を反射してキラキラと光るそれを見て目を目を輝かせるハジメに思わず無邪気かよと笑ってしまった。  開きっぱなしの窓から春先特有の生暖かい陽気が吹き込む。 「海、近えといいな。夏、泳ぎ放題じゃん」 「どうかな。確かそう離れてねー場所に海も山もあったはずだぞ」 「まじか、バーベキューに釣りも行けるじゃん」 「本当に好きだな、お前」 「お前は好きそうじゃないよな、アウトドア」 「嫌いっつーか、やったことねえしな」 「ええ?嘘だろ?バーベキューも?」 「あぁ、海の見えるレストランのテラス席でシェフが目の前で肉焼いてくれたことはあるけどな」 「それもすげーけど……それはアウトドアじゃねーって。自分たちでやんなきゃ意味ねえだろ」 「まじかよ」と今まで見たことないくらい変な目で見てくるハジメ。俺は絶滅危惧種かなにかか?ってくらいの反応である。 「なら、ハジメが教えてくれよ」  別に興味がねえわけじゃない。ただ、やる相手も教えてくれる人もいなかった。それに、やりたいともだ。  けれど、ハジメと一緒にやるんならそんなクソ面倒くさそうな行事もまあやってみるかなという気分になるのだ。  ハジメは少しだけ意外そうな顔をして、そしてにっと笑う。 「言ったな?あとからやっぱやめたとか言うなよ」 「どうかな、未来の俺に言っておくよ」 「おい、どっちだよ」 「うそうそ、本気だって」  夏も秋も、冬も、春も。  お前と一緒なら飽きないだろうな。なんて言ったらまじで引かれそうだ。けどそんな風にはしゃがれると少しは俺と同じ気持ちでいてくれてんだろうか、と思ってしまう。  そんなこと考える自分に寒気がする。最近セックスしてねーからだろうな、と思うことにした。  ◆ ◆ ◆  ハジメには俺しかいない。  そう思ってたし、俺も、ハジメがいるのは当たり前だと思ってた。  どんな無茶を言ってもハジメは「はいはい仕方ねえな」と面倒臭さを隠さず笑ってくれる。  ハジメが人好きされそうなやつだというのは、俺が一番知ってる。  愛想もいいし、相手の気分をよくする方法を知ってる、世渡り上手で年上にも可愛がられる。  現に、転校前でもハジメは人気は高かった。そのときはハジメ自身が突っ撥ねてたが、今回は違う。  もしも、もしもハジメが俺だけじゃないとしたらどうなるだろうか。  あのときやけくそになっていたハジメが、他のご主人様を見つけていたら?俺じゃなかったら?  あいつなら、それが俺ではなくてもついていったのではないだろうか。  そんな風に思ってしまうようになったのは、間違いなくあの野郎のせいだった。  ――政岡零児。  ハジメに余計なことを吹き込み、入れ知恵をする馬鹿猿の大将。  あいつのせいで、ハジメの目が覚めようとしてる。  自分の異常さに気付こうとしてる。そう気づいた瞬間、初めて自分が恐れているということを知った。  ハジメは、俺がいなくても生きていける。  その可能性だけは考えたくなかった。  あいつも俺と同じ気持ちで、ずっとそんな関係が続くと思っていた。けれど、現実はどうだ。  異常なのはどちらなのか。  根底からなにかが崩れ落ちるような感覚に、強い焦燥感を覚えた。  自分がここまでに強い感情を覚えることができることに驚いた。それと同時に、失望した。  気付けば、時計の針は朝を指していた。  ベッドの上、気絶したハジメを見下ろしたまま俺はその唇に触れる。キツく噛んだのだろう、血が滲むそこは鉄の味がした。  ――ハジメを抱いた。  このまま失うくらいなら、全部壊してでも自分の物にしておきたかった。  馬鹿なことをしたと思う。けど、後悔はしていない。恐ろしいほど胸の奥は晴れ渡っていた。  目を覚ましたらこいつはきっと俺のことを嫌いになってるだろう、もう顔も見合わせたくないと思ってるかもしれない。それでも、もうどうでもよかった。  どうでもよくねえけど、どうにでもなれという気持ちの方が強かった。計画にもねえ、突発的感情に流されて今まで積み上げてきたもん全部ぶっ壊した。  清々した。ずっとこうしたかったのかと自分でもわかったし、こいつも嫌ってほどわかったはずだ。  ……けど、なんでだろうか。  もう、今まで通りにくだらねえ話して笑ったりすることもできないと思うとなんだか無性に変な気持ちになる。  これが後悔というやつなのだろうか、味わったことない気持ちだ。だとしたら、変な話だ。  これでよかったと思うのに、セックスも死ぬほど気持ちよかったのに。 「……ハジメ」  最後までお前は俺のことを好きだと言ってくれなかったな。 【END】


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