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田原摩耶
田原摩耶

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馬鹿アイドルパロ【↑100/12,700文字/先輩アイドル政岡×モデルあがりアイドル尾張】

 夢も将来もなにもない、一寸先は闇とはいったものだ。  小遣い稼ぎでモデルのバイトをしながら遊んで、将来のことなんてなんも考えずに過ごしていた。  そんな俺の前に現れた男が一人。 「お前、芸能界に興味ないか?」  今思えば、何も見えない闇の中に差した光はあいつだったのかもしれない。瓶底眼鏡にボサボサの頭、顔半分以上が見えないその男は  スーツだけはやけに上等のものだったのがおかしくて余計印象強かった。  最初はほんの好奇心。  詐欺なら詐欺でも良かった。この浪費されるだけの退屈な日常から抜け出せるのなら、詐欺師でも胡散臭い瓶底眼鏡でもなんでも。  岩片凪沙と名乗るその男はまず俺にマナーを叩き込んだ。立ち振る舞いから喋り方、おまけにテーブルマナーに仕草。座るときの足の位置まで事細やかに煩く叩き込まれた。  その次に叩き込まれたのは演技だ。岩片が用意した講師に演じ方や声の出し方をこれまた煩く叩き込まれる。  モデル業の延長線で静止画から動画へと代わる、短いCMやドラマのエキストラ、そんな仕事をどんどん回されていく内にちょっとした役から主役級のものになり、番組への出演依頼も増えた。  その裏で、ステージに立って歌うこともあった。本当はこっちがメインにしたかったのだろうが俺はあまり人前で歌うことが得意ではなかった。  それを理解した岩片は歌ではなく別のところから売り込むことにしたらしい。  岩片凪沙は一から十まで面倒を見てくれた。  スケジュールも全部組み、人脈も広げてくれて、おまけにトレーニングにも付き合ってくれる。  一番驚いたのはこいつの人脈の広さだ、俺が小さい頃テレビで見てたような大物が気さくに岩片に話しかけてるのを見て震えたのをよく覚えていた。  この男が俺に何を見出したのかしらないが、あれよあれよと岩片凪沙に転がされているうちに気付けば俺は今を輝く人になっていた。 「お疲れ様でした」  挨拶はきちんとしろという岩片の言いつけを守り、俺は撮影スタジオを後にする。扉の外、待機していた岩片は携帯をしまい、こちらに歩み寄ってきた。 「挨拶は済ませたか?次の現場まで時間がかかる。すぐに出るぞ」 「あいよ」  俺のプロデューサー兼マネージャー様様――岩片凪沙は「いい返事だ」と嫌味混じりに返してくる。  仕事のときは煩いが、基本ノリがいいので接しやすい。仲のいいスタイリストは岩片のことを圧があって怖いと言っていたが、それもわかる。つまり、変なやつだってことだ。  スタジオ内駐車場。  予めやつが用意していた車、その後部座席に俺と岩片は乗り込む。ストイックな運転手は何も言わずに車を出した。 「最近ドラマの撮影に写真集、バラエティにCM撮影と仕事詰めでろくに休めてないだろ。休める内に休んでおけ。大事な商売道具に倒れられちゃ困るしな」 「言われなくても睡眠は摂るようにしてるからご心配なく」 「おお、流石聞き分けのいいわんこだ」 「ご褒美は高級ドッグフードがいいな」  なんて軽口を叩けば、こちらを見た岩片は「バーカ」と笑う。  動き出す車の外を眺める。スモーク張りの窓の外、この前撮影した広告がデカデカと張り出されてるのを見つけてなんとなく妙な気分になる。  恥ずかしいとも違う、嬉しいとも違う。醒めない夢を見てるような、現実味のなさ。 「それにしてもよくここまで来たな。……どこがいいんだろうな、俺の」 「お前は外ヅラだけはいいからな。自分の綺麗な部分だけを見せることに長けてる」 「なあ、それって貶してる?」 「褒めてんだよ」  商業ビルが並ぶその交差点、そこにどんと構えた巨大ディスプレイに見覚えのある顔が映る。俺だ。  そこに映し出されるのは先々月に収録した新曲のPVだ。どうやら今週の売上チャートが反映されてるらしい。  岩片は俺を俳優業ではなくアイドルもこなさせたいらしく、時たまにアイドルのような真似をしたがやはり、聞くに耐えないな、この歌。正直なんでここまで売れたのか自分でもよくわからないくらいだ。  なんて思ってると、パッと画面が切り替わった。  黒と赤を基調としたステージ。そして、俺の腑抜けた歌とは比にならないほどの声量と歌唱力、そして一見揃ってなさそうに見えて均等の取れた完璧なダンス。  アイドルと呼ぶにはあまりにも尖ったダンス&ボーカルユニット《fool》。  その名前は俺ですら知ってる。芸能界に入る前から曲も聞いたことあったし、正直、好きだった。過去形だ。 「……はぁ、すげ」 「ああ、お前のライバルか」 「……おい、普通にライバルにもなんねえだろ。つかそもそも畑が違うだろあそこは。あっちは歌って踊れるアイドルグループ。俺はただのモデル上がり」 「けど今のトップはお前だよ。foolは駄目だな、いくら素材がよくてもスキャンダルが多すぎる」  ……そう、芸能界に入ってから度々foolの四人組のことは耳にした。  メンバーの不仲ならまだ可愛いものだ、女関係に他のユニットとの暴力沙汰、メンバーの暴力団との繋がりだとか、そんなネットのデマみたいな内容が現実として俺の耳に入ってくるのだ。  芸能界の厄介者と言うべきか。それなのに人気は衰えることがないのは彼らの実力が物語っている。  外堀を埋め、地を固めて上り詰めた俺とは違う、そんなことしなくても確固たる地位に居座り続けるまさにトップアイドル。……なんて言ったら、岩片にどやされるから言わないが。  岩片はfoolに対していい感情を持っていない。 「それに、ここまで上り詰めるために周りのライバルを蹴落としてきたと聞くしな。……お前も気を付けろよ、特に女関係は洒落になんねえから」 「言われなくても、女の子と遊ぶ暇すらねえからな」 「そりゃあいい」  よく俺の名前とfoolの名前が並んでるのは見るようになったが、実際にfoolにあったことはない。  ライバル……ライバルかぁ。ライバルまでとはいかなくとも、実力派のfoolから見て今の俺は目障りには違い無いだろうな。  車が動き出す。俺は広告塔から目を逸し、考えるのをやめた。  ◆ ◆ ◆  ファンの子と触れ合う機会があるのはありがたい。  写真集発売記念とかこつけて、都内の大きな本屋で握手会を行うことになっていた。名前を売るための手段だと岩片は言っていたが、こうして認知してもらえるようになってもこの手のイベントを行うのは俺の我儘だった。 「す、好きですっ、あの、ぎゅっとしてもらっていいですか?」 「ありがと。……ぎゅって、こうか?」  そう、両手でファンの子の手を握り締めればその子は真っ赤になって石になる。  ……あーこういうの、こういうのだ。俺が求めてるのは。  女の子と触れ合いたいなんて下心があるわけではない、ただこうして自分のことを好いてくれているという相手が本当に実在するのだと確認することができるだけで十分だった。  ステージの前、次の方どうぞ、と誘導されたファンに目を向けた俺は固まった。  並ぶ女の子ファンよりも頭何個ぶんかでかいそのシルエット。下手したら俺の脇の警備員よりもでかいしガタイもいい。  俺が驚いたのはそれだけではない。顔を覆い隠すサングラスに、黒いマスク。そしてニット帽。不審者ルックである。どよ……と狼狽える警備員だったが、その男の腕にはしっかりと俺の写真集が抱えられてる。無言で俺の目の前にやってきたその男は、俺よりも高いのがすぐにわかった。 「お……」 「…………」 「……驚いた、男の人が来てくれるなんて今までで初めてだ」  不審者ルックだろうが、ファンはファンだ。  素直に嬉しかった。それも、同性相手だ。元々男受けは良くないと自負していた俺にとって目の前の男の存在はかなり、嬉しい。  来てくれてありがとう、と握手の手を差し出す。が、男は固まったまま動かない。サングラスの下がどこを見てるのかもわからない。 「……?」  握手しないのか?不思議に思ったが、男が緊張してるのは見てわかった。写真集を抱える腕が震えてる。それを見て、俺はその大きな手にそっと触れた。 「……嬉しいよ、来てくれてありがとな」  不躾だろうかと思ったが、何もせずにお別れするのは流石にできなかった。だから、そっと重ねただけで手を離すつもりだった。  けれど、引っ込めかけたその手を男に握り締められる。無骨な見た目通り、ごつい指先は強い。  それどころか、ぐっと強い力で引き寄せられ、体が傾きそうになる。視界が遮られる。温かいのと、硬いのと、目の前にあるのがやつの胸だとわかったときだ。 「っ、好きだ!!」 「っ、て、え、お、お兄さんっ?!」 「好きだ、頑張ってるアンタが大好きなんだ……っ!!」  熱烈な告白に、一瞬呆気取られてしまう。  すぐに駆け付けた警備員により、その強烈な抱擁から助け出された。 「おい何をしてる!取り押さえろ!」  そして、取り押さえられる男。そのニット帽の下、赤っぽい髪が覗いた瞬間、息を飲んだ。  見覚えのある、その赤から目が逸らせなかった。固まっていると、駆け付けた警備員のひとりに腕を掴まれた。 「握手会を一旦中止に!ハジメさん、こっちへ!」 「あ、お、俺は別に抱き締められただけで……」 「いいから!ほら!」  慌てた警備員たちにより一時的に握手会は中止される。あの赤い髪の男が気になったが、安否を確認することも許されなかった。カーテンの奥、特設ステージ裏から予め用意されていた楽屋へと連行される俺。  あの赤い髪、見覚えがある。そんなはずはないとはわかっていたが、何気なく点けたテレビに映るfool特集に息を飲んだ。  ――赤だ。  荒々しく、アクロバットなダンスを得意とするリーダー、政岡零児。その男の髪も、先程の男によく似た血のように赤い髪だった。 「っ……」  考え過ぎだ、と思ったが目を逸らせなかった。  テレビの前、呆然としていると楽屋の扉がノックされ、入ってくる影が一つ。俺の返事を待たずしてやってくる無礼者など一人しかいない。 「……岩片」 「面倒なことになったな。怪我はないか?  現れた岩片に、俺はリモコンでテレビを消した。foolのことを気にしてると思われたら面倒だったからだ。  それよりも、なんとなく岩片の言葉がひっかかる。 「怪我も何も、ただ抱き着かれただけだろ。騒ぎ過ぎじゃねえか?」 「お前は危機感がねえな。もし相手が刃物を持ってたらどうなる?最悪死ぬ可能性もある」 「……確かにそうかもしれないけど」 「それにしても、あの男……何者だ?」 「あのあとどうなった?」 「逃げられたそうだ。逃げ足の早いやつでな。……お前、何か心当たりはないのか?前も見かけたやつとか」  聞いてくる岩片に、俺の頭の中にfoolの政岡が浮かんだ。そしてすぐに振り払う。あまりにも夢物語だ。笑われるのがわかって、俺は口を噤んだ。 「いや、わかんねえな。けど、握手会まできた男のファンは初めて見た」 「だろうな。お前、ネットじゃ男に嫌われてるし」 「……そういうこと言うか?普通」  少しは隠せよ、と睨めば岩片は朗らかに笑う。 「こればかりは仕方ねえんだよ。けどこの地位に居座り続けりゃ嫌でもお前のことがわかるようになる。そこで好いてもらえばいいんだ、過程は気にすんな」  岩片の言い分は最もだ。けれど、それは寂しいことだと思うのは俺がまだ未熟だからなのか。 「……そうだな」  そう答える自分の声は、わかり易いほど落ち込んでて自分でも笑ってしまった。  ◆ ◆ ◆  あの握手会事件からどれくらい経ったのだろうか。  とうとう俺はfoolと初共演することになった。  とはいえ、音楽番組で同じステージに少し一緒になるというだけだ。直接的な絡みがあるわけではない。  けれど、けれどだ。共演が決定してからというものの、会ったらなにを言おうかとか、どう挨拶しようかとか、そんなことを考えてしまう日が続く。  そして、番組収録当日。 「おはようございます尾張さん、今日はよろしくお願いしますね」  楽屋にやってきたのは俺がモデル時代のときから何度も一緒に仕事をしたことのあるヘアスタイリストの岡部だ。  岡部とは年も近く話が合うということで個人的に何度か飲みに行ったこともある。  何度もタメ口でいいと言ったのだが、岡部は誰に対しても敬語じゃないと落ち着かないというので敬語で話しかけてくるのだ。 「ああ、こちらこそよろしく」 「それにしても、今日はすごいですよ。尾張さんとfoolさんが共演なんて、初めてじゃないですか?」 「ああ、そうだな。正直緊張して手が震えてるぞ、見てこれ」 「本当ですね。大丈夫ですか?リラックスできるように頭皮マッサージしておきましょうか」 「いや、そこまでしなくていいよ。……というか、初めて大物と一緒になるときは大体これだし」 「……まあ、そうですよね。僕も緊張します。おまけにトップアイドルグループとはいえ、怖い人たちばかりですし」 「怖い?」 「……すみません、失言でしたね。けど、やっぱメンバー皆それぞれがクセが強いというか……気難しいというか……」 「……大変そうだな」 「公私混同は良くないと思うんですが、僕は少し……やっぱり、怖いですね」 「そう思ってる人たちは少なくないと思いますよ、この業界じゃあ」そう、岡部は声のトーンを落とす。  散々色んな人たちに忠告は受けていたが、やはりこうして親しい人間に言われると少し不安になってきた。  やはり、あまり深く関わらない方がよさそうだ。そう一人胸に決めた。  ◆ ◆ ◆  foolとは関わらないようにしよう。  そう誓ったはずなのに、何故こんなことになってるのだろうか。  一応挨拶だけはしておこうと訪れたfoolの楽屋。  顔見せだけしてすぐに帰るつもりだったのに、気付けば俺は何故かfoolの楽屋にいた。 「ハジメさんでしたっけ?……やはり、映像で見るよりも実物はもっといいですね」  よくもここまで楽屋を散らかせると感心するほどの散らかった楽屋の中、借りてきた猫よろしくソファーに座らされていた俺の隣、中性的なその男は俺の顔をジロジロと見てくる。視線が痛い。  foolの副リーダー・能義有人だ。  一番社交的で礼儀正しい男というイメージがあるが、それはあくまで他のメンバーに比べての話だ。その裏ではヤクザと繋がりがあるだとか噂されてる色男はどうやら俺に興味津々のようだ。 「そりゃどうも。貴方みたいな美人に褒められるとは光栄だな」 「おや、嬉しいことを仰る。しかし口説くにはまだ早い時間ではありませんか?」  ジョークのつもりだったのだが、手を重ねられ指を絡み取られればぞわりと全身が凍りつく。いくら美人とはいえ、俺にそっちの気はない。  岩片、こういうときはなんて躱したら良いんだ。教えてくれ。  なんてソファーの上、ジリジリと詰めてくる能義から逃げようとしていたら。 「ねえ君さぁ、口の聞き方なってないよねえ?先輩には敬語だよぉ?これ常識でしょ〜。ま、俺は優しい先輩だから許しちゃうけど」  ユニット内女子人気ダントツのホストみたいなチャラ男、神楽麻都佳は言いながら能義とは逆のところに座ってくる。近いし狭い。  極度の女好きで既婚者だろうがなんだろうが関係なくスキャンダルを起こす遊び人で、芸能界に入る女の子はまずこの男に近付くなと言われるくらいの野郎だ。俺でも知ってる。けど。 「それに〜ハジメ君可愛いし」  女好きと聞いていたが、そんな風に懐かれると思わなかっただけに全身が凍りつく。  女好き、だよな?!  思いながらも、立ち上がろうとしたところを太ももを掴まれ撫でられる。 「ちょ、お、どこ触って……」 「すごぉーい、ハジメ君太腿パンパンだね。知ってる?太腿太い人って性欲強いらしいよぉ、君もそ~なの?」  セクハラだ。後輩いびりだ。いい扱いされないことは覚悟していたがこんな展開想定していなかった。「どれどれ」とか言いながら人の股間揉んでくる能義に「おいっ」とその手を掴んだとき。助けの船がやってくる。 「おい、部外者を連れ込むなって何回言ったらわかるんだ」  楽屋に戻ってきたのは、他のメンバーとはまた違う意味での問題児五十嵐彩乃だ。  気が短く沸点が謎のためよく他の共演者と揉め、暴行だのなんだので問題起こすやつだ。  こいつのせいでいくつもの局が出禁になったというのも共演NGを出した芸能人もいるとも聞いたことある。 「……目障りだからさっさと失せろ」  そして、実際に見るとわかる。高圧的で優しさのやの字もない冷たい目。失せられるのなら俺だって失せたい。  正直、こいつが一番ムカつくな。  思いながら俺は、「ならこいつらどうにかしてくれ」と五十嵐に言えば、やつは舌打ちをした。 「お前らも玩具で遊んでんじゃねえよ。さっさと準備しろ」 「おお、怖い怖い。彩乃を怒らせたら私まで病院送りにされてしまいますからね。それではハジメさん、また後で」 「有人が送られるとしたら頭の病院の方でしょ〜。じゃーねーハジメ君」  ……助かったのか?  やつが助け舟を出してくれたお陰でなんとか二人は解放してくれた。 「どうも。それじゃ、俺はこれで」  お邪魔しました、とfoolの楽屋を逃げるようにあとにする。二度と関わんねえ。太ももと股間に残った生々しい指の感覚を拭うように楽屋を出たときだ、目の前にぬっと現れた黒い影にぶつかった。そして、ふわりとどこかで覚えのある甘い匂いがした。  顔にぶつかる壁のような硬い感触に何事かと顔を上げたとき、俺は凍りついた。  服の上からでも分かる筋肉質な体格のいい上半身に、血のような赤い髪。そして、鋭い目付き。 「あ?なんで音痴なアイドル様がここにいるんだよ」  foolのリーダー・政岡零児。  他のメンバーの悪いところを全部ひっくるめてそこに自己中我儘俺様を打ち込んだような問題児のサラブレットがそこにいた。そして、昔俺が憧れていた、そいつが。 「あーその、初めて共演すると知って、挨拶しに……」 「ふーん、挨拶ねえ。こんなところで油売ってる暇あんなら部屋で大人しくボイトレでもしとけよ顔だけアイドルさん」  俺のことを知ってくれてるという喜びよりも、痛いところを指摘されたことによる恥ずかしさの方が強かった。  そんなこと自覚していたはずなのに、よりによってこの男に言われるとなると、かなりキツイ。  それでも、表情を崩さないように堪えた。顔に出したら負けだと思ったからだ。 「……ご忠告どうも」  精一杯の笑顔で俺はそう頭を下げ、その場をあとにした。これ以上一緒の空気を吸っていたらこれからの収録に影響が出るとわかったからだ。  あのときのファンが政岡に似てるなんて、やっぱ俺の願望だったんだ。実際の政岡は俺のことを歌もできない顔だけアイドルだと思ってるのだ。  それだけでも、余計な夢見ずに済んだけどそれでもだ。  ――あいつら全員いけすかねえ!  今はただ俺にポーカーフェイスの作り方を叩き込んでくれた岩片に感謝した。  ◆ ◆ ◆  番組の収録は淡々としたものだった。スタジオでは司会者がそれぞれ出演者に一言二言交わして、それに受け答えする。その後それぞれのアーティストがそれぞれの新曲を披露するものなのだが、やはり、他のグループに混ざっててもfoolの浮き方は異常だ。  だがやはりカメラの前では一応ちゃんとしてるようだ、五十嵐は変わらず偉そうだが。けど。  順番待ちをするついでに、ステージで披露される生のfoolの歌とダンスを見ていた俺はその場から動けずにいた。奴らから目を逸らすこともできなかった。  どれだけ人格に問題ある連中だとわかってても、ステージの上のやつらはまるで別人である。  恥ずかしい話、俺はさっきまでの怒りを忘れて夢中になっていた。全身が粟立つ。胸が締め付けられる。すげえ、かっけー。なんて学生時代に戻ったみたいに夢中になっていたが、ステージの上、マイクを小道具のように弄んだ政岡は確かに俺を見た。その口元に凶悪な笑みが浮かぶのを見た瞬間、心臓が撃ち抜かれる。  笑われた。それも、見られた。夢中になってるのを。 『顔だけアイドル』という政岡の言葉が蘇り、途端に消え去りたくなる。  俺のクオリティでこの人たちと同じステージに立つのが恥ずかしくて仕方なく思えてくるのだ。  そんな中。 「やっぱすげえな、本人たちはクソだがこの人数で均等が取れてる。息もピッタリ」 「岩片」  用事があって少し外していた岩片も戻ってきたらしい、いつの間にか他のスタッフに混ざって俺の隣に立っていた岩片はfoolのステージを見ていた。 「知ってるか?あいつらマネージャーをつけてねえらしいな。副リーダー能義がマネージャーも兼任してるってよ、そこらのマネージャーよりも敏腕だとか」 「……そりゃすげえな」  能義有人……食えないセクハラ男だ。  あの男がこれだけのパフォーマンスをしながらも岩片のようなことをしてると思うと、本当に化物かと思わずにはいられない。  相当な練習量が必要になるだろう、それともこいつらレベルになると練習も必要ないのか?  そう呆気に取られてると、岩片がこちらを見ていることに気付いた。 「……お前、foolと揉めたのか?岡部たちが心配してたぞ。お前がfoolの楽屋から出てきてから調子悪そうだって」 「別に、そんなことはねえよ」 「ならしゃきっとしろ。素人に気取られるようじゃアイドル失格だぞ」 「わかってる。……なあ、岩片」 「なんだ?」 「この収録が終わったら、ボイトレ付き合ってくれ」  そう、口にすれば岩片は少しだけキョトンとして、そしてにっと笑った。 「ああ、けど俺の講師代は高く付くぞ」 「出世払いで頼む」  foolのことをライバルとは思わない。あまりにも格が違うからだ。それでも、その背中を追うことは自由にさせてほしい。……認めたくないけどな。  ◆ ◆ ◆  それからは時間が空けばレッスンを入れるようにした。  俳優業に専念したらいいのにとも言われたが、それだけでは俺の気持ちが収まらなかった。  勿論だからとはいけ仕事に手を抜く真似はしない、仕事量も減らさず、自分の時間と睡眠時間を費やして自己練もするようにした。  岩片にはプライベートと睡眠時間だけは削るなと口うるさく言われたが、こうしてる間にも連中の背中が遠ざかってると思うと気が休まらなかったのだ。  岩片にも内緒で自宅で何度も新曲も聞いたし、今まで目を反らしてきた自分の悪いところも全部確認した。  朝は雑誌のインタビュー、昼間は新ドラマの撮影、たまにCM撮影にバラエティー番組等、その間の空き時間でやれることは全部した。  ネットは見るなと言われてるが、岩片にバレないようにこっそり評判を確認してみたら新曲がよかっただとか歌がよくなってるという声をたくさん見かけ、一人ニヤニヤしたり。  目に見える結果ほどモチベーションが上がる。  今日はこれから新曲リリース記念のグラビア撮影が入ってる。女性雑誌の巻頭特集だ。静画とは言えど、静画だからこそ気が抜けない。早めに撮影スタジオ入りし、空いた時間少しだけ休むかと楽屋に向かう途中だった。  人気のない通路、自販機でコーヒーでも買って眠気を覚まそうかとしたとき。目の前の自販機に辿り着くことができなかった。ふらつく足元。倒れる体。 「っ、おい!大丈夫か!」  聞こえてくるのは低い声。甘い香りが鼻孔を擽る。この匂い、最近嗅いだことがあるな。なんてぼんやりとした思考を最後に、俺の意識はぶつりと途絶えた。  そして次に目を覚ましたとき。 「……おい、危ねえから急に起きんじゃねえ!またぶっ倒れるだろうが!」  ……これは、夢なのだろうか。目の前にはガラの悪い私服の政岡がいた。  ……というか、そうだ、俺グラビア入ってて……それで? 「そうだ、撮影……っ!」  やべえ、俺どんだけ寝てた?  慌てて携帯と時計を探そうとしたとき、政岡に手を掴まれて止められる。 「お前がこのあと受ける予定だった取材も撮影も明日に変更だ。……つーか、ぶっ倒れてよく仕事続ける気になるな」 「…………っ、あんた、ずっとここにいたのか?」 「お前のマネージャーが来るまで一人ほったらかしにするわけには行かねえだろ」  そもそもこの男がなぜここにいるのか、見た感じ一人だけのようだがそれでも仮にも先輩アイドルである政岡に面倒を見てもらったことが恥ずかしく、不甲斐なく思えてしまう。それも、自己管理もできないやつと思われただろう。 「お前のマネージャーに連絡取るためスケジュール帳見せてもらったが……なんだこのスケジュール。レッスンもリハも詰めすぎだ、こんな過密スケジュール死に急いでるとしか思えねえよ。マネージャーはなにやってる?」 「これは、俺が勝手にやってるだけだから……趣味だよ、趣味」  返せよ、とやつの手にしたスケジュール帳を取り返せば、政岡は呆れたように俺を見た。  そして。 「……もしかして、俺が前にいったこと気にしてんのか」  椅子に深く腰を掛けたまま、政岡は俺を見た。  やつもプロだ。それとも、岩片の言うとおり俺が迂闊すぎるのか。  憧れていた人にここまで恥ずかしいところを見られたら、もう怖いものなんてなかった。 「……アンタの言うとおり、俺は結局モデル上がりの人間だよ。あんたらみたいに歌唱力もなけりゃパフォーマンスだってまだまだだ。……追いつこうと思ったって、そもそも畑が違うってのに」 「馬鹿だよな、本当」こんか弱音、岩片にも吐いたことなかった。あいつは俺のことを信じてくれてる。信じて俺に手を貸してくれる。俺が諦めた途端失望されそうな気がして、弱音なんて吐けやしなかった。  けれど、こいつは俺の悪いところも全部知ってる。だからこんなこと言ってしまったのかもしれない。  笑われるだろうか、呆れられるだろうか。  そう思ったが、政岡の反応はどちらでもなかった。 「……お前は、確かに元モデルかもしれねえけど、それでも俺はお前みたいにトークもできなきゃ演技もできねえ、カメラ向けられたって気の利くようなポーズできなくて何度もリテイク食らった。死ぬほど練習してようやくオーケー出たのだってネットでは三文芝居の猿の方がましの演技力だとか言われてムカついて、二度とドラマなんか出るかってブチ切れたよ」 「お前は十分すげえやつだよ」それは、あまりにもドストレートな賛辞。  本当にまだ夢でも見てんじゃないかと思って、思わず俺はやつを見た。頬を抓る、夢ではない。 「……政岡、さん」 「さんはやめろ、気持ち悪ィ」 「政岡」と呼べば、やつは笑う。  いつもの人相の悪い笑顔とは違う、なんだか、くすぐったそうな笑顔。 「この間は悪かった。……まさかお前がここまで根性あるやつだと思わなかった。けど、もう無茶な真似はやめろ、まじで」 「……わかった」  この前初めて会ったばかりなのに、何故だろうか。他人のような気がしてならないのだ。  やつの言葉がストンと落ちてしまう、それが不思議で仕方ない。懐かしいとも違う、けれど嫌味なく聞いてしまうのだ。相手が誰だかわかってるはずなのに。  まるで、よく知ってる相手のような。 「喉乾いただろ。……何か買ってくるからそこで横になってろ」  そう、政岡は立ち上がる。と、ふいに部屋にサイドボードに置きっぱなしになっていた政岡の携帯が震えだす。 「あ、おい、政岡……電話が……」  そう、咄嗟に政岡に手渡そうとしたとき。  ぱっと照明がつく画面に、見覚えのある顔が映る。  一瞬鏡でも見たかと思った。  ……俺? 「っのわぁ!!!触んじゃねえ!!」  慌てて引き返してくる政岡は俺の手から携帯を取り上げる。その端末から聞こえてくる着信音もよく聞けば。 「期間限定ファンクラブ専用ダウンロードコンテンツの着信ボイス……?」 「そ、それは…………っ」 「てか、そのカバー……初ライブで会場限定発売していたスマホカバーとストラップ……?」 「っ、………………っ!!」  みるみるうちに政岡の顔が青くなる。  見たことない顔に、俺は先日の握手会に着ていた赤い髪の男を思い出した。  そして。 「も、もしかして政岡…………この前、握手会来てくれた?」  そう、恐る恐る口にした瞬間、全てが腑に落ちた。  政岡の言葉も、いつの日か届いたファンレターと重なる。まさか、まさか、まさか……?  とんでもない事実に気付いた瞬間、世界は瞬く間に色を変えた。 【next to continue...?】 「アンタがこの芸能界に来たのは、嫌だった。アイドルは特に短命だ、それに選ばれる人間もかなり限られてる。……アンタには辛酸舐めるような真似させたくなかった」  ――ファンとアイドル。 「貴方の周りを調査させていただきましたがシミ一つないほど綺麗でした。……本当驚きましたよ、あなたのバックにいる何者かが揉み消してるか、それとも本当に綺麗な人間なのか。……興味深いですね」 「まーいくら可愛くても出る杭は打たなきゃ、だよねえ?」  ――芸能界の暗部。 「ハジメ、俺が叶えられなかった夢、俺に見せてくれ。……俺はお前が最高のステージに立つためならなんでもする。あぁ、そうだ。……なんでもな」  ――夢。 「なあ、政岡、……俺はちゃんとお前のアイドルでいれてるか?」  モデル上がりの顔だけアイドル・尾張ハジメは無事トップアイドルになることはできるのか?  ※続きません

馬鹿アイドルパロ【↑100/12,700文字/先輩アイドル政岡×モデルあがりアイドル尾張】

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