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田原摩耶
田原摩耶

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天国地獄人狼『豪華客船七日間の旅』第三話

 船内、一等客室通路。  そこは三等客室に比べるとやはり広く、落ち着いた場所だった。おまけに窓の外からは海がよく見える……はずなのだろう。  外が荒れている今、窓の外は灰色の空と時折雷が見えるくらいだ。遠くでゴロゴロと雷の音を聞きながら、俺は静まり返ったその通路を一人歩いていた。  志摩の部屋を出る時、志摩は付いていくと行ったが裕斗に荷物のことで捕まっていた。兄弟水入らずのところを邪魔して無理言うまでもないのでこうして一人、阿賀松の言っていた荷物を確認しに来たのだが……。  ……それにしても、静かだ。  殆どの生徒は三等客室に部屋を持ってる。本当に限られたものしかこの一等客室は使えない。だからだろう、こんなに人気がないのは。  なんて、辺りをキョロキョロしながら歩いていたときだった。  曲がり角を曲がろうとしたその瞬間、角の向こう側から人影がぬっと現れた。 「ひぃっ!」  驚いて、ぶつかる前に慌てて立ち止まろうとしたとき、船が揺れた。ぐらつく足元。尻餅を付きそうになったとき、伸びてきた腕に腕を掴まれる。 「大丈夫ですか」  聞こえてきた声に、はっと顔を上げた俺は目を見開いた。 「っ、灘……君……!」  よくわからないキャラクターの絵が書かれたTシャツを着たその男は、別に俺に驚くわけでもなく揺れが収まったのを確認すると何事もなかったように手を離す。  そして、切れ長の視線をこちらへと向けた。 「何をしてるんですか、こんなところで」 「そ、れは……阿賀松……先輩に誘われて……」 「貴方もですか」  ……も?もって、言ったよな。今。 「灘君……も、もしかして……阿賀松先輩に?」 「いえ、自分たちは貴方のように正式に誘われたわけではありませんので」 「た、たちって……」  やっぱり、とショッピングエリアで見かけた栫井のことを思い出す。やっぱり、生徒会が途中から乗り込んだということか? 「ここにいるということは、何かあの男から聞いたわけではないのですか」 「そ、その……はっきりとは何も……けど、きっとここにくれば俺が喜ぶだろうって……」 「そうですか」  そうですかって、それだけか。  あまりにも変わらない、素っ気ない灘の態度に戸惑ったとき、灘は通路の奥に目を向けた。 「こちらにどうぞ」 「……え?」 「会長がお待ちです。……これから貴方を探す予定でしたので、手間が省けました」  それだけを言えば、灘は歩き出す。  会長の名前にドキリとするのもつかの間、俺はさっさと歩き出す灘のあとを慌てて追った。   雨の音、二人分の足音。  通路にある扉一つ一つの間隔が広い、相当大きな部屋なのだろうか。一等客室って。  なんて思いながらも目の前を歩く灘の背中を眺める。  相変わらず会話はないが、一人で宛もなくフラフラと彷徨っていたときに比べるとかなり、ましだった。  そして、とある部屋の前で立ち止まった灘はそっと扉を三回叩いた。  やがて、ゆっくりと扉が開く。  そこから現れたのは、会いたかったその人だった。 「灘……と、齋藤君か?」 「か、会長……っ」  会いたかった、なんて言えるわけない。けれど、扉の向こうに立つよく知った人を見た瞬間、思わず気が緩んだ。抱き着きそうになったのをぐっと堪え、俺は会長を見上げる。けれど、それとほぼ同時に伸びてきた両手に頬を挟まれた。硬い、けどそれ以上に冷たい指の感触。 「か、会長……っ?!」 「っ……良かった……元気そうだな。心配してたんだ、君の身に何かあったんじゃないかと……」 「ぁ、お、俺は……大丈夫です……」  額がくっつくほど顔が近付いて、自然に心臓がバクバクと跳ね上がる。灘が見てるのに、こんな風に触れてくる会長に驚いた。けれど、嫌な気持ちはない。……恥ずかしくないわけではないが。 「……か、会長……それよりも、どうしてここに……」 「決まってるだろう、君が……妙なことに巻き込まれてると聞いて探していたんだ」 「え、妙なことって……」  確かに巻き込まれてはいたが……。なんとなく会長の反応が大袈裟な気がして引っかかった。  俺から手を離した会長は、そのまま部屋の扉を開いた。 「立ち話もなんだ。……一先ず部屋に入ってくれ」  そう、扉の向こうに広がる俺の部屋の二倍はあるだろうその広々とした部屋と豪奢な内装に慄きつつ、俺は何度も頷き返した。  ◆ ◆ ◆   一等客室、会長の部屋。  アンティーク調のテーブルを挟んで俺と会長は向き合う形でソファーに腰を下ろしていた。そして、会長のソファーの後ろには灘が付き従うように立っている。 「今朝、こんなものが俺の部屋に届いた」  そう、会長が服から取り出したのは一通の藍色の封筒だ。  中を見てみろ、と促され、それを受け取った俺はそっと中を覗く。そこには一枚の便箋が入っていた。  なるべく折らないようにそっと開けば、そこにはゴシック体の文字が並んでる。 「『お前の恋人は預かった。五体満足で返してほしければ14時までに▲▲港に来い』……って、これって……」 「脅迫状だな。おまけに中にはご丁寧に五人分の乗船券も入っていた」 「……これって、阿賀松先輩が……?!」 「送り主の名前はない。最初はそうだろうと思ったが、あの男がこんなまどろっこしい真似をするとは思えない。俺たちをこの船に乗せるつもりなのなら殴って気絶させて運び込むはずだ」  会長の言葉に確かにと頷く。  というか、俺、そんなことになっていたのか……。  のんびり船でバカンスだとか抜かしてる間会長たちがどんな気持ちだったのかと考えると申し訳立たない。 「恐らく、この乗船券を用意したのは阿賀松伊織ではなく、君の危機を知る者の仕業だ。そして、なんとかして俺たちをこの船へと乗せようとした……そう俺は考えた。それも、阿賀松伊織の作戦を知る近しい人間だ。……齋藤君、君はこの船の旅のことを知ったのはいつだ?」 「え、えと……今朝、いきなり先輩に連れてこられて……それまではなんのことかは……」 「そうか……。なるほど、あの男らしい身勝手さだ」  そう口にする会長の目は冷たい。 「しかし、君に危険が迫ってるとなると丸腰で港に行くわけには行かない。万全な体制を取り、このメッセージが罠である可能性も考えて俺たちは港ではなく別のルートから船に乗り込んだ。……勿論、正規ではないがな」 「え、そ、それって……」 「理事長に確認をしたんだ。この船のことを、この船は元々阿賀松の系列グループの船だ、勿論理事長はこのことを知っていた。阿賀松伊織がここを貸し切っていたこともだ。……だから、少しお願いしてな、空から」 「そ、空……?!」  天井を指差す会長にぎょっとする。  空って、まさか……。 「この天気の中の空の旅はなかなか刺激的だったぞ。お陰で、十勝のやつはまだ寝込んでいた」 「酔い止めは乗り込む前に飲むべきでしたね」 「最初ジェットコースターみたいだとあいつもはしゃいでいたからイーブンだ、あれほど俺は言っていたにも関わらずだ」  なかなか色々あったようだ……。  しかし、確かに甲板にヘリポートらしきものはあったがあそこから入ってきたなんて……。 「とまあ、そういうわけだ。阿賀松とはまだ話していないが、理事長から予め船長に連絡して貰ったおかげでスムーズに乗船することができた。……それと、やはり俺たちの人数分の部屋は予め空いていたらしい。……どういうつもりかは知らないが、あの男は最初から別の方法で俺たちを乗せるつもりだったのかもしれない」 「元より、こんな上等の部屋ではなく家畜小屋にでも打ち込む予定だったのかもしれんがな」そう笑う芳川会長に俺は何も言うことができなかった。  なるほど、阿賀松が言っていた予定調和の意味もわかった。  理事長が絡んでくると八木たちも手を出すに出せなかったのかもしれない。  これからのことを考えると不安だったが、それでも、芳川会長がいるということは心強いのは確かだ。 「……阿賀松伊織は何を企んでいるかしらないが、恐らくろくでもないことを考えてるはずだ。……脅迫状のこともある、君は、暫く俺の近くにいたほうがいい。……というよりも、そうしてくれ。でなければ俺の方がどうにかなりそうだ」 「か、会長……」 「一先ずは、乱暴な真似をされていないようで安心した……が、まだ始まったばかりだ。……頼む、君もゆっくりバカンスをしたいだろうが、君に何かあってからでは遅い」  齋藤君、と手を握り締められ、びっくりした。  真剣な顔をした会長に見詰められると何も考えられなくなる。それに、会長の言ってることは間違っていない。  そんな脅迫状が届いた今、俺だってゆっくりバカンスなんて言ってる場合ではないということはわかった。  だから、俺は頷き返す。 「か……会長が、迷惑でなければ……よろしくお願いします」 「迷惑なわけがないだろう。……なるべく君の意思は尊重する。一人になりたければ、邪魔にならないところから見張る。……構わないか?」 「……はい」  そう、もう一度頷き返せば、今度こそ会長はほっとしたようだ。そうか、と口にするその頬は心の底から安堵してるようだ。 「……ありがとう、わかってくれて」 「……会長」 「一先ず、荷物を纏めよう。それから、少し船の中を見回る。一応部屋の中は盗聴器や監視カメラがないか確認はしてるが、他の場所はそうとは限らない。……灘、五味と栫井に言って船内の監視カメラの場所を確認しろ。それと、この船に乗り込んでる人間のリストとそれぞれの部屋割りもだ。できる限り内密に、脅迫状のことも他の人間に漏らすなよ。十勝には釘を刺しておけ」 「了解」  会長に命じられた灘はそれだけを言い残せばすぐに部屋を後にする。オートロック式の部屋は閉まると同時に施錠される。今度こそ会長と二人きりだ。 「船内を見回るのは灘が戻ってからにしよう。……それまでは済まない、少し荷物を片付けさせてくれ」  会長はそう言って部屋の奥に置かれた荷物に目を向けた。  志摩といい勝負の荷物の多さだ。  普段会長は荷物が少ないイメージがあったのでぎょっとしたが、万全の準備をしてきたと言っていた。  中に何が入ってるのか、なんて恐ろしくて聞けなかったが俺はただ曖昧に笑うことしかできなかった。  ◆ ◆ ◆  灘が戻ってくるよりも先に、新たな来訪者がやってくる方が早かった。 「佑樹!無事だったのか!」  開いた扉から現れた十勝は、俺の姿を見るなり駆け寄ってくる。  ぎゅーっと抱き締められ、驚くよりも先にその力の強さにびっくりした。俺は慌てて十勝君の背中をぽんぽんと撫でる。 「と、十勝君……ごめんね心配掛けて……」 「んなこと気にすんな!俺としてはただで船に乗れるしで一石二鳥……いてててて!!」 「十勝、不謹慎だぞ貴様。……あと距離が近い」 「あー冗談ッス冗談!可愛い冗談ですって!」  会長に引っ張られ、強制的に引き離される十勝。  びっくりしたけど、いい匂いがしたな……。  開いた扉から呆れた顔した五味が潜るように入ってきた。 「ったく、大人しくなったかと思えばすぐこれだ。……それにしても結局誰の仕業なんだ?」 「わからん、それをこれから調べるつもりだ」 「どーせあの赤髪の仕業ですって!」 「そーよそーよ、佑ちゃんを誘拐するなんて本当卑劣極まりないわ〜あの男!」  そう、十勝の横、いつの間にかに部屋に入っていた連理貴音はぷりぷりと怒ってみせる。 「どうだかな」と目を伏せる芳川会長だったが、何か引っかかったらしい。目を開き、十勝の横の連理、そしてまたいつの間にかに入ってきたのかその後ろでウンウンと頷く櫻田と江古田に目を向けた。 「……………………まて連理、何故お前たちがここに居る?貴様らにはこの船のことは伝えてなかったはずだが」 「んもう水臭いじゃないの!一週間クルージングなんて面白そ……いいえ!佑ちゃんが危険だっていうのにアタシたちを呼ばないなんて!」 「本当本当!会長と海の上でバケーションとか最高のシチュエーションすぎだろ、おまけにこんな豪華客船とかまじ熱すぎだろ」 「……寧ろ正しい判断だと思いますけど……」  上から連理、櫻田、江古田。  完全にバカンスモードの浮かれた私服姿の二人に対し、いつもと変わらない江古田は冷めた目でじとりと見ていた。しかしよく見ると抱いているテディベアにサングラスがかかっている。バカンスモードだ。 「……それで、どこに忍び込んでいた?」 「待って落ち着くのよトモ君!アタシたちはちゃんと理事長にお願いして許可もらったんだってば!ねー洋介ちゃん!」 「そーそー、会長の身に何かあったら大変じゃないっすか。だからほら……」  珍しく連係プレーで芳川を宥める二人の横、「……物は言いよう……」と呟く江古田。  確かに、という出かかった言葉は飲み込む。 「自分の身くらい自分で守れる」 「まーまー、ついてきたんなら仕方ねえだろ。それに、人数多い方が何かあったとき役立つし」 「……確かに一理あるが」  五味に宥められムッとする芳川会長だったが、諦めたようだ。  小さく息を吐き、そしてゆっくりと親衛隊に向き直る。 「……いいか、お前ら。くれぐれも問題行動は控えるように。いくらプライベートとはいえ、理事長に迷惑がかかるようなことはするなよ」 「はーい」 「全く……不安要素が増えたな」  会長も気苦労が堪えない人だな。  けど、賑やかな旅になりそうだ。騒がしいの間違いと言われればそこまでだけれども。  なんて、和気藹々とした船室の中。  再び部屋の扉がノックされる。そして現れたのは、今度こそ灘で間違いなかった。 「失礼します」 「灘か。首尾はどうだ」 「この船内のマップと監視カメラの確認、部屋割のリストを入手してきました」  そう言って、連理たちをちらりと見た灘は特に何も効かずにテーブルに歩み寄り、そして会長の前に数枚の用紙を手渡した。 「仕事が早いな」 「理事長からクルーたちに通達が届いていたようです、できる限り協力するようにと。それと、警備の強化も」 「そういうことか。……こちらとしても動きやすくなるな」 「じゃあ心置きなく遊べるってことっすね!」 「俺達の目的は脅迫状を送りつけてきた犯人を探し出すことと、生徒の安全の確保だ」 「うっ、そ、そうっすけど……」 「……しかし、事情を知らない生徒を不安に晒すことは避けたい。あくまで事件のことを周りに悟られないように動く必要がある」 「ということは……?」  目をキラキラさせる十勝と櫻田に、芳川会長はやや鬱陶しそうな顔をしつつも咳払いをして誤魔化す。そして。 「…………船旅を楽しむのは結構だが、あくまで本分を忘れずに、だ」 「いやっほーー!!!っしゃーー!!佑樹プール行こうぜプール!!」 「貴様俺の話を聞いていたか?!」 「ねえねえ武蔵ちゃんここのジャグジーってお肌に効果覿面そうよ〜〜一緒に行かない?」 「いや俺まで美肌になってどうすんだ……?」 「……図書室……映画館……見放題……」 「いーや先にジムだろ!体が鈍ってしゃあねえんだよ!お前も少しは運動しろ運動!ナメクジになるぞチビ助!」 「……一人で行ったら……?」 「く……っ許可した途端これだ……」 「は、はは……」  皆なんだかんだ旅行を楽しんでると思うと素直に微笑ましいが、芳川会長の胃が心配だ……。  会長も他の皆のように遊ばないのだろうか。  気になった俺は、小声で会長に尋ねる。 「あの、会長はこれからどうするんですか」 「……そうだな、まずは阿賀松には会わないといけないだろうな」 「え、だ、大丈夫なんですか?」 「理事長から阿賀松伊織には連絡がいってるだろうから知ってるはずだ。……あくまでもやつが主催だ、このまま無視するわけには行くまい。それこそ、余計面倒なことになる」  自分のことよりも仕事を優先させる人とは思っていたが、まさかここまでとは。  阿賀松に会いに行くなんて危険すぎるのではないか。  普段学園での二人のことを見てきただけに、嫌な予感しかない。 「じゃ、じゃあ俺も……」 「君は灘と一緒にいろ」  一緒に行きます、と言いかけるよりも先に芳川会長に先に釘を打たれてしまう。  え、と顔を上げれば、真剣な顔をした会長と視線がぶつかった。 「何かあってからでは遅い。……なに、用件が済めばすぐに戻る。それまで、念の為ここで待機してくれないか」 「わ……わかりました」 「連理、五味、お前らも付いてこい」 「了解」と声を合わせる二人に、櫻田は慌てて立ち上がる。 「会長じゃあ俺も……」 「貴様が来ると余計ややこしくなる。櫻田と江古田は怪しい人物や場所がないか船内の捜索を頼む」 「……え……僕も……?」 「了解でっす会長!ほら、行くぞ江古田!」 「……ええ……」  最後まで不服そうな江古田は櫻田にズルズル引っ張られるような形で部屋を飛び出した。  江古田も大変そうだ……。 「会長、俺は俺はー?」  そう、立ち上がった十勝は餌を強請る犬のようにびしっと背筋伸ばして待機する。  そんな十勝を見た芳川会長は自分の顎を撫で、「そうだな」と少し考え込んだ。そして。 「……お前は栫井を見つけてあいつと一緒に行動しろ。あと、クルーに迷惑掛けるなよ。ナンパも禁止だ」 「なんか俺だけ禁止事項多くないっすか?!」 「気のせいだ」  というわけで、それぞれが目的を持ってこの船へと散り散りになる。  何事もないのが一番いいのだろうが、やっぱり胸騒ぎを感じずにはいられなかった。  そして、皆が出ていったあとの部屋。  俺は会長の言うとおり灘とともに会長の帰りを待つことになったのだが……。 「会長、大丈夫かな」 「大丈夫です。今回は理事長のこともある、阿賀松伊織は理事長の手前手を出せないはずです」 「だといいけど……」  先程まで騒がしかった分、余計部屋の中が静かに感じる。  ちらりと窓の外に目を向ければ、相変わらず窓ガラスには雨が叩き付けられていた。 「……雨、止まないね」 「夜になれば止むと天気予報で言ってました」 「あ、そうなんだ……よかった」 「……」  話しかけては会話が途切れてしまう。  気まずい、わけではないが、灘を俺に付き合わせてる手前少しでも退屈な思いをさせたくなくてつい話しかけてしまう。 「あ、あ、あの……灘君は船とか平気?」 「酔のことを言われてるのであれば平気です」 「そ、そうなんだ」 「齋藤君も、平気そうですね」 「うん……」  また、会話が終わってしまった。  これは灘が無口云々とかではなく、俺の話術に問題があるように思えて仕方ないのだが。  なんて思ってると、ふいに、部屋のデスクの上、灘が何かを読み始める。何を見てるのかと遠目に確認してみると、それは船内レストランのデリバリーメニューだった。 「灘君、お腹減ったの?」 「いえ、見てるだけです。この船には二十四時間体制のデリバリーサービスがあるとお伺いしたので」 「みたいだね。……すごいよね、いつでも好きなもの食べられるなんて」  ええ、と灘は頷く。相変わらず無表情で俺のことを鬱陶しく思ってるのかすらわからない分不安になってきた。  そんなときだ、メニューを見ていた灘は不意に目を留めた。 「これは……」 「どうかしたの?」  何か引っかかることでもあったのだろうか。  気になって、ソファーから立ち上がった俺は灘の肩越しにメニューを覗き込んだ。  そんな俺に、灘は無言でメニューをすっと指差す。  そしてその指先が示す先には。 「『ベジタブルと海鮮と肉のハーモニーデカ盛り贅沢サンド』……?」 「これは……とてもいいですね」 「え、い、いいんだ……」  メニューに添付された写真を見る限りもうなにがどうなのかわからないことになってるそのサンドに灘は興味を持ったらしい。  すごくわかりづらいが、心なしかその目が輝いて見える……いややはり気のせいかもしれない。 「た、頼んでみる……?」 「いえ、ここは会長の部屋です。勝手な真似は……」 「会長ならきっと許してくれるよ」 「……そうですか」 「あ、俺もなにか頼もうかな……」  灘のように大盛り食べるほど腹は減っていないが、灘は自分だけの分なら頼まないはずだ。俺は軽食代わりに普通のサイズのサンドイッチと灘が興味持っていたなんとかデカ盛りサンドを頼むことにした。  部屋に備え付けられた端末でメニューを選ぶと、それを受信したレストランから調理済の料理が届く仕組みになってるらしい。  届けられたサンドを二人でもさもさと食べていると、会長たちが戻ってきた。 「おかえりなさい」なんて、咄嗟に声をかければこちらをみた会長は「ああ、ただいま」と笑う。  けれど、その笑顔はどことなく疲れ切ってるようにも見える。 「む……やけに旨そうな匂いがするな」 「すみません、お腹減ったのでデリバリーを……」 「あら、良いわね。アタシも何か食べようかしら〜?」 「おい連理、それは後にしろ」  言いながら、芳川に続いて部屋へ上がる五味と連理はそれぞれソファーに腰を下ろす。  灘はいつの間にかにあの量のサンドを食べ終えていた。 「あ、あの……何かあったんですか?」 「あるといえばあるが、ないといえばない」 「え?」 「あの男、俺の顔を見るなり『せっかくの船旅だ、楽しめよ』と抜かしやがった。……あの顔、何か企んでいるに違いないだろうがな」 「確かに、あっさりしすぎてたんだよな。いつもならしつこいくらい食って掛かってくる癖に」 「そういやあの人、なんか妙だったわね。封筒についても『知らねえ』って。あの顔絶対なにか知ってるわよ」 「そうだな。けど、あの男は封筒を出していないだろう。そしておそらく自分の身内に犯人がいるとなると、あの男の方からなにかしらアクションを起こすはずだ」  静かに続ける芳川会長に、五味は「そのまま潰し合ってくれりゃいいんだけどな」と零す。  三人はスッキリしない様子だったが、俺からしてみれば何もなくてよかったと思うばかりだ。……実際その場を想像しただけで生きた心地がしない。 「……他には何もなかったのですか?」 「うーん、そうねえ。そういや気になること言ってたわね」 「気になること?」  連理の言葉に灘が食いつく。そう、と頷いた連理は思い出せように宙に視線を彷徨わせる。そして。 「連理」  そうねえ、と何か言い掛けていた連理を止めたのは芳川会長だ。「そのことは今でなくてもいい」そう言うかの如く芳川会長は連理に視線を向けた。  何か隠してる。  それは、俺でなくても誰でもわかるはずだ。 「……とにかく、これからは出歩いていて大丈夫だろうが……まだ気は抜けない。齋藤君には引き続き監視をつけさせてもらうが、ここからは君の行動は制限かけない。好きなことをするといい」 「え、好きなことって……」 「天気は悪いが幸い屋内施設は十分すぎるほど揃っている。……どこにでも付き合おう」  話を逸らされたような形にはなったものの、会長の提案は素直に嬉しい。  けれど、どこにでもと言われると迷ってしまう。 「ええと、それじゃあ……」  パンフレットを手にした俺は、そのマップを広げながらおずおずととあるエリアを指さした。  芳川会長は笑う。 「そこがいいのか?」 「は、はい……いいですか?」 「ああ、君らしいな。いいだろう、付き合おう」  それから、俺は芳川会長と一緒に劇場へと向かうことになった。  デッキ10にある劇場では観劇することもできれば、映画を見ることができる。勿論時間が決まっているためいつでも観れるわけではないが。  本当はショッピングエリアで必要なものを買っておきたかったが、会長も一緒となると人前を彷徨くのはなんとなく心配だった。  結論から言えば、読みはあってた。  邪魔されることなく映画を楽しむことができたが、問題が起きたのはその後だった。  観劇前に切っていた携帯の電源を入れたと同時に志摩からたくさんの電話がかかってきていることに気付く。  それは芳川会長も同じらしい。生徒会役員たちから不在着信が入ってたようだ。  丁度かかってきた電話に会長は「何事だ」と呆れたような顔をしてすぐに出る。 「……どうした、映画観ていたから電源を切っていたんだ。……何?」  すぐにその通話は終了する。険しい表情をした会長は携帯をしまい、そしてこちらに目を向けた。 「どうやら俺たちが映画を楽しんでる間に面倒なことになっているようだな」 「何かあったんですか?」 「デッキ6に来いだと。……行くぞ」  そう上着を羽織る会長に、俺は「はい」と頷いた。  気になったのはデッキ6に向かう途中客一人も見かけなかったことだ。皆デッキ6に集まってるのだろうか。  お陰でエレベーターにはすんなり乗り込むことができたが、胸騒ぎは収まるどころか悪化するばかりで。  ◆ ◆ ◆  デッキ6。  本来ならばドレスコードが決まってるそのエリアだが今だけは違った。船内にいる客を集めたかのような大人数がレストランにいた。  天井からぶら下がる豪奢なシャンデリアにどっかの有名な画家の贋作が飾られた船内、それぞれのテーブルは埋まっていた。  俺と会長がレストランに足を踏み入れたときだった。  レストランの照明が落ち、辺りが闇に包まれる。  一寸先も見えない。停電か?とざわつき始める周囲だったが、それもつかの間のことだった。  本来ならば演奏のために使われるそのステージが照らされる。そして、そこに立っていた男の姿を見て俺は息を飲んだ。 『あー……テステス』  レストランに、耳に残る低い声が響く。  朝見たときのどこぞのチンピラ風とは違う、珍しくドレスコードを着こなした赤い髪の男、阿賀松はマイクを手に辺りを見渡した。そして、 『これで全員か?なんだ、こうして集めて見りゃ案外少ねえな』 「何をしてる、あいつは」  なんだこれは、と隣の芳川会長が怪訝そうな顔をしたとき、確かに阿賀松伊織はこちらを見てそして、指を指して笑った。 『来たな、流石重役出勤だ』  辺りの視線がこちらに向く。  その中には志摩や他の生徒会のメンツもあった。  阿賀松側の人間が多いこの空間の中、芳川会長は別の意味で注目を浴びることになる。最悪な形で。 『19時に来いと言ったはずだが……多少の遅刻は許してやる、俺は誰かさんと違って寛大だからな』  あちこちから会長を避難する声が上がる。  阿賀松は手元のテーブルを叩き、黙らせた。そして、口元にはいつもの厭な笑み。 『回りくどいのは無しにすっか』そう、阿賀松はまるで友達に語りかけるようなフランクな口調で続ける。 『気にならなかったか?何故自分がこの船に招待されたのかとか、何か企んでねえかとか。……あぁ、そうだ。勿論この船旅には裏がある。お前らをこの船に載せたのはただの慈善活動じゃねえ、俺の暇潰しに付き合ってもらうためだ』 『この船を使って、お前らにはゲームをしてもらう』ゲーム、と言う響きにぞくりと背筋が震えた。  厭な予感が的中した。  阿賀松の言うとおりだ、この船に乗せられたときからわかっていたはずだ。絶対に裏があると。 『ゲームについては……あー、面倒臭くなってきたな。説明するよりもやってみた方が早い。各自部屋にタブレットを用意してる。詳しくはそれを確認してくれ』  ハウリングするマイクに、「おお、うるせえな」と小さく呟いた阿賀松。  何が起こってるのかわからない、何を企んでるのかわからない。なのに、引き込まれる。聞いてしまう。  理由はわからない、心の奥底では俺はイベント好きだったのか、それとも。 『ならなんでわざわざここに集めたと思うだろ?そうだな、ここに集めたのはここにいる全員が《敵》だと認識してもらうため――要するに顔合わせだ』 『まあ、ここで殺し合いをしろなんて言わねえから安心しろ。ただし、ゲームで負けた場合は汎ゆる権利の剥奪をさせてもらう。それが嫌だってやつはこの船から降りろ。明日の朝、うちの船が迎えに来る。それで、学園まで送り返してやるよ』どうだ?優しいだろ?と笑う阿賀松に、誰もくすりと笑わない。当たり前だ、脅迫に近いその言葉を聞いてヘラヘラと笑える人間なんていない。  ざわつくレストラン内、ゆっくりと周りの反応を確認していた阿賀松は、口元に浮かべていた笑みを消す。瞬間、やつの雰囲気が更に鋭利なものになるのがわかった。 『……楽しい楽しい船旅は今夜で最後だ。ここから先途中下船は許可しねえ。それでも残るというやつだけ残れ』  凍りつく空気に響く阿賀松の声はより一層重くプレッシャーとなりのしかかる。  無茶苦茶で、気まぐれで、重圧的。  それなのにその声に雰囲気に呑まれ、指先の挙動一つ一つに目がいってしまうのはやつが持つ特有の空気のせいか。  静まり返ったレストラン内、阿賀松は『ああ、そうだ』と思い出したように口を開けた。 『大切なことを言い忘れてたな。……勿論勝者にはたっぷり甘い蜜を吸えるようにしている。この船内での最高の待遇は約束しよう。』  それと、と、顔を上げた阿賀松は唇を弧の字に歪める。 『勝者には一つ望みを叶えてやろう。  ――言っておくが勿論、死者蘇生以外でな』  芝居がかった大袈裟な口調に挙動、それでも誰一人阿賀松の言葉に口を挟める者はいなかった。独壇場とはまさにこのことだろう。一礼して阿賀松はステージを降りていく。そしてその姿が暗闇に消えたとき、店内の照明が一気に点く。  暗闇に慣れ始めていた目には眩しかったが、それが合図になったのか、止まっていた時間が動き出したかの如く空気がざわつき始めた。  困惑、戸惑い、中には楽しそうに笑う声も聞こえた。  その場にいた誰もが阿賀松の作り出した空気に呑まれていたのだ。  阿賀松は本気のようだ。  部屋に戻ればテーブルの上、ここに来たときにはなかったはずの手のひら大のタブレット端末が置かれていた。  本来のタブレットとは違う、電源を入れればそこには聞き覚えのない一文が書かれていた。  《人狼は汝なりや?》  そこには簡易的な説明が書かれていた。  大きく『村人』と『人狼』の二つのグループに分かれているということ。  誰がどのグループに所属しているかわからない状況で一日ごとに一人ずつ『処刑』すること。  人狼は一日に一人村人サイドの人間を『殺害』することができるということ。  そして人狼を全滅させれば村人サイドの勝ち。  村人の数が人狼よりも少なくなれば人狼サイドの勝ち。  個人個人にグループと役職が割り振られており、その役割を果たさなければならないということ。  役職には特殊なものもあるらしい。  そして船での一日の過ごし方は基本的に自由だが、19時に必ずレストランに集まって処刑する人間について話し合わなければならないこと。そのために情報収集して有利に進めることも許可とする。  ゲーム内で処刑、殺害された人間は特別の処遇が与えられる。(恐らくこれは阿賀松がレストランで言っていた権利の剥奪のことだろう)  大まかにそんなことが書かれていた。  なかなか物騒な単語が並んでるが、正直、面白そうという気持ちはある。けれどだ、主催は阿賀松だ。恐らく負けたときの処遇も遠慮ないものだろう。  十分に船の旅は堪能できたし、今夜デリバリーで美味しい料理を食べて明日の朝帰るか。  そう、考えていたのだが。  割り振られた自分の役職を見た瞬間、思わず乾いた笑いが溢れる。これは阿賀松が考えたのだろうか。だとしたら、あの男はやはりとんでもないやつだ。  《齋藤佑樹 人狼》  タブレットの中、表記されたその文字を見た瞬間感じたことのない謎の高揚感が胸を支配した。 【next to continue...】


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