元シリーズ一覧【齋藤先生の受難の日々】 https://t589423.fanbox.cc/tags/%E6%95%99%E5%B8%AB%E3%83%91%E3%83%AD 志摩とは消灯時間までには部屋に戻るという約束を設けているためずるずると長時間行為に及ぶことはなかっていたのだが、昨夜は次の日が祝日だと知っていた志摩により強引に部屋に泊めさせられ、結局開放されたのは朝方になる。 隣で眠る志摩を確認し、ベッドのそばに落ちていたシャツを拾い上げて着替えた。 全身が鉛のように重く、動くたびに全身が軋むようだった。 志摩のやつ、いくら授業がないからといって手加減もなしとは如何なものなのだろうか。まだ体の中になにか入ってるような異物感と熱を感じながら、俺は志摩の部屋を後にした。 祝日とは言えど生徒の部屋から出てきたところを見られるわけには行かない。息を潜め、足音を立てないように早朝、電気すらついていない学生寮を歩いていく。 学生寮から教師寮へと移動するにはロビーから門を潜るしかない。ロビーには商業ブースがあるので教師である俺がいても変に思われない……と思いたい。 とにかく誰かに見つかる前に帰ればいい話だ。 抜き足差し足を繰り返し、非常階段から一階へと降りた。 ――学生寮裏口。 ここまできたらこっちのものだとそっと扉から出ようとしたときだった。草むらの奥、職員用の駐車場の方から人の声が聞こえてくる。 まだ薄暗い空の下。 シルエットですぐに誰かわかった。理事長――阿賀松伊織だ。 見間違えようのない赤い髪に、シワ一つない黒スーツ。 そして、その奥にもう一人。阿賀松と向かい合うように立ったその人物は長身である阿賀松と同じくらい背が高く、その人物の顔を見た瞬間俺は硬直した。 まず目に入ったのは目元を覆う長い前髪とボサボサの黒髪。けれど、その人物が身につけているのはいつもの作業服とは違う、仕立てのいいスーツは阿賀松と同じブランドのようだった。 なにやら二人は話しているようだ。 その内容まではわからなかったが、時折阿賀松の楽しげな笑い声が聞こえてきてはそれが耳にこびりついていた。 ……なんなんだ、なんなんだこれは。 バクバクと騒ぐ心臓を抑え、身を隠す。息を殺す。 見てはいけないものを見てしまったかのような、緊張。 そして、俺は昨日の縁の言葉を思い出した。 縁は用務員さんのことを『ワケアリ』だと言っていた。 もしかして……こういうことだったのか? ますます頭が混乱する。何者なんだ、あの男は。 結局俺は、その日二人がその場からいなくなるまで動けなかった。 ◆ ◆ ◆ 翌日。 結局昨日は阿賀松とガチ合う恐怖に負け、出かけて休みを満喫することも出来ずにただ部屋の片付けや昼寝で時間を費やしてしまった。 体を休めることはできたが、阿賀松と用務員さんのあの姿が頭から離れず心まで休まることはなかった。 いつものようにアラームが鳴る前に目を覚まし、身支度に取り掛かる。 用務員さんを悪い人だと思いたくないが、知ろうとすればするほど得体の知れない存在へとなっていく。 阿賀松の知り合いであるなら不審者ではなく少なからず関係者なのだろうけど、一体何者なんだ。 そんなことばかりを考えていた俺だが、今日は平日。いつまでもこんな調子ではいけないと頬を叩き、気持ちを入れ替える。 とにかく今は授業と生徒のことだけを考えよう。 そう言い聞かせ、ネクタイを締め、教室へと向かおうとするまではよかった。 校門裏。阿賀松との遭遇を避けて遠回りしたつもりが、それが仇となったようだ。 裏門から校舎に入り、遠回りして職員室へと向かおうとしたときだった。 人気のない通路には一人、長身の男がいた。 大きめの作業服を緩く着崩してるせいか余計大きく見える。 あの用務員さんだ。清掃に向かう途中だったのか、その手には用具が持たれている。 どうしよう、と思ったが、俺がどうこうするよりも先に向こうが俺に気付いた。 「あ……の」 どうしよう、どう躱そうか。そんなこと考えてる内に向こうから話しかけてくる。下手したら聞き逃してしまいそうな低く、小さな声だがそれは確かに俺に向けられたものだった。 それを聞かなかったことにすることはできなかった。 思わず「はい」と応えた声は裏返る。 「……花壇……新しい花、増えた……んだけど」 「は……はい……」 「…………気にいるかどうかはわからないけど、一応……教えておこうと思って…………」 ぽそぽそと、一言一言なぞるように言葉を紡ぐ男は僅かに息を飲み、そして「花、好きって言ってたから」と小さく付け足した。俺は予想してなかった言葉に思わず固まった。 次の瞬間、先程まで不安と緊張でぐるぐるになってた体の中に温かいものが溢れ出す。心臓が、うるさい。けれど昨日のような恐ろしいものではなく、寧ろ愛おしさすらある息苦しさ。未知の感覚に目の前が熱くなる。 「あ、……ありがとうございます……帰りに見てみますね」 なんだ、この人は。なんなんだ。なんで、俺に優しくしてくれるのだ。これは優しくされているのか。もはや何がなんだかわからない。 けれど確実にわかるのは、この人は悪い人ではない。 なんだか少しでも不審者だと疑った自分が恥ずかしくなって、相手の顔を直視できなかった。 「あの、お名前」 このまま意識しすぎて黙り込むのも相手に申し訳ない。何か言わなきゃ、そう咄嗟に発した言葉に自分でも驚いた。 けれど、ここまできて後に下がることもできなかった。 「お名前……教えてもらっていいですか。お、俺は……齋藤……佑樹です。一応、国語担当を……」 教えてます、と言いかけたときだった。 「知ってる」 「へ」 「……君のことは、知ってるよ」 純粋に驚いた。そして次に湧いたのは些細な疑問だ。 聞いてる……?誰に聞いたのだろうか。 どんな風に聞いているのかわからなかったが、急に恥ずかしくなってきた。 「………………阿佐美詩織」 「好きに呼んでいいよ」と、そう答える声はどこかぶっきらぼうだったが悪い気はしなかった。 寧ろ、初めて知った用務員さんの情報に胸がドキドキと煩い。 あざみ……阿佐美。……詩織。 女の人みたいな名前だ、と用務員さん、もとい阿佐美詩織は顔を隠すように髪に触れた。 「それじゃ……俺はこれで」 阿佐美はそう小さく会釈だけしてその場を立ち去った。 名前が聞けた。それだけで胸は高鳴り、小躍りしたい気分になる。それに、俺のことを知ってるって。 ……嬉しいな。でも、変な噂とかじゃなかったらいいけど。 やっぱり他の先生に聞いたのかな、と思ったがそんな俺の頭に浮かぶのは阿賀松とのツーショットだ。 ……まさかな。 そう思いたいが、ないとは言い切れないだけ不安になる。 縁先生にも関わらないほうが良いと言われたけど、少し話すくらい……いいよな。 とにかく今は職員室へと急ごう。阿佐美と話してた間に結構時間が進んでることに気付き、慌てて俺はその場を後する。 ◆ ◆ ◆ 名前を聞いたあの日を堺に阿佐美は姿を現さなくなった。 その代わりに元々の用務員のおじいちゃんが復活しているようだ。 阿佐美が手入れしたというプランターには色とりどりの鮮やかな花が咲き乱れていて、周りの生徒も教師も誰一人その変化に気づくことなく通り過ぎていく。 俺はというと、プランターを見かける度に阿佐美を思い出し、また会いたいな、なんて焦がれるのだ。 今何してるんだろうか、気になったが……恐らくそれを知る人物は理事長である阿賀松ただ一人だろう。 「……はぁ」 ……そろそろ職員室へ向かおう。 無意識の内に阿佐美の姿を探してしまう癖が抜けきれないまま、俺はふらふらと歩き出した。 色んな話をしたい、もっと仲良くなりたい、そう思ってしまったのは阿佐美がもつ独特の雰囲気のせいかもしれない。目を離したら影に紛れて消えてしまいそうな不安定感見てて放っておけなくなる。……阿佐美からしてみたら余計なお世話だろうが。 職員室へと向かう途中、昇降口から階段を使って移動していたときだった。微かな声がして、誰かいるのだろうかと思いながらも特に気にせず覗き込んだ俺は凍り付く。 そこにいたのは仁科先生だった。 職員室から抜けて話し込んでいたのか白衣姿のままの仁科は俺の顔を見て「齋藤」と少しだけ驚いた顔をする。 「仁科先生……おはようございます」 そう、挨拶しようとしたその奥、こちらをじっと見る視線に気付いた。手摺を肘掛け代わりに凭れていたその男は、俺と目が合うとニヤッと笑う。 「よぉ、ユウキ君。今からお仕事かぁ?頑張ってんじゃねーの」 ――阿賀松伊織。なるべくなら会いたくない男がそこにいた。 「理事長……おはようございます」 「ほら、見たか?この顔。ここまで露骨に喜ぶやついねえだろ」 案の定絡んでくる阿賀松に、仁科先生は「理事長」と嗜めるような視線を送る。 俺はというと緊張して動けなくなって、「あの」とか「その」とか口ごもってるとき、阿賀松の手に肩を抱かれた。 「お前、詩織ちゃんに会ったんだって?」 そして、耳打ちされるその名前に思わず目を見開いた。 詩織ちゃんって、もしかして。 「阿佐美……さんのことですか?」 「阿佐美さんって、随分と他人行儀じゃねえの。あいつが聞いたら落ち込むぞ」 「あの、どうして阿佐美さんのこと……」 「どうしてだと思う?」 ニタニタと笑う阿賀松はどこまでも楽しそうだ。 思ったよりもあっさり阿佐美の話題を出した阿賀松にも驚いたが、それよりも、どうして知ってるのか。阿佐美から何か聞いたのか。 「……ど……してって……その……お知り合い……とかじゃ……」 「お知り合いねえ、ま、似たようなものか?なあ、仁科センセ」 「……理事長、あまりそのことは……」 「本当どいつもこいつも心配性だな」 どういう意味だ、と思ったときだ。ぐっと抱き寄せられ、耳朶に阿賀松の唇が触れる。 「あいつに会いたきゃ今夜理事長室に来いよ」 俺が会わせてやる、と鼓膜に響くその声に全身が、いつの日かの熱が一気に蘇り全身の血が滾る。 カッと顔が熱くなり、慌てて離れようとするよりも先に阿賀松は俺から手を離し、そして笑った。 「んじゃ、またな。……ユウキ君」 意味有り気な笑みに背筋が震える。言いたいことだけを言い残し、阿賀松伊織は俺の横をすり抜けて階段を降りていく。 「あっ、ちょ……理事長!まだ話は終わって……!」 そしてバタバタと阿賀松の後を追いかけて階段を降りていく仁科先生。すれ違いざま、仁科先生は心配そうに俺を見たが、結局なにも話せなかった。 ――今夜、理事長室に来い。 吐息混じりの低い声、そして阿賀松の唇の動きが鮮明に蘇る。 そこに行けば阿佐美に会えるというのだろうか。 阿賀松伊織の罠だとわかったが、何度も頭の中で反芻してしまう。ぼんやりとしてると、天井の備え付けスピーカーから流れてくるチャイムに背筋が凍る。 まずい、早く教室に向かわなければ。その前に教材を取る必要もある。慌てて俺は階段を駆け上がり、職員室へと向かった。 ◆ ◆ ◆ 全ての授業を終え、日直の号令とともに俺は離席する。 志摩は今日は委員会があるので渋々教室から出ていった。他の生徒たちも「先生さようなら」なんて言ってどんどん帰っていく。 最初の頃に比べると、大分生徒たちも俺のことを受け入れてくれてるようだ。 一部の生徒は「前は志摩が話しかける度に睨んでくるから話しかけにくかった」なんて話していたが冗談にしてはなかなか笑えなくて、けれどそんなことを言ってくれるくらいには俺のことを認めてくれたのは純粋に嬉しい。 ……まあ、切っ掛けは志摩と一線を超えるようになってからという不名誉なものなのだが。 俺もそろそろ支度をして帰ろうか、と思ったが、今朝の阿賀松との言葉を思い出す。 夜、理事長室に来い。本来ならば行くべきではないだろう。どうなるかなんて想像ついている。 またあんな辱めを受けるのは嫌だ。志摩との行為も慣れるものではないというのに、あんな、あんなこと。 そう思う半面、触れられた唇の熱を思い出して行為を想起させたのも俺だ。 忘れたくても忘れるわけがない。 行くべきではない。 そう、何度頭で繰り返す。けれど、どうしても阿賀松の言葉が離れなかった。 ……阿佐美に会えるなら。そんな風に考えてしまう自分の思考に笑ってしまう。これではまるで、恋に落ちた年頃の女の子ではないか。 言い訳じみた言葉を並べたところで抗うことはできなかった。現に、帰るはずだった俺はこうして理事長室の前までやってきていたのだから。 息を吸う。手汗を拭い、ノックしようとして……躊躇う。 そんなことを繰り返してる間にも時間は過ぎていく。 阿賀松は夜としか言わなかった。時間指定もない。 そもそも本当に阿賀松が俺のことを待ってるかも怪しい。けれど、と意を決し、扉をノックする。 反応はない。……もしかしてまだ来ていないのだろうか。 思いながらそっとドアノブを掴めば、鍵は掛かっていないようだった。 「失礼します」と一言言い、扉を押し開いたとき。 「よぉ、遅かったじゃねえか」 理事長室中央のデスクに腰を掛けた阿賀松がそこにはいた。 阿賀松だ。あの男は尊大な態度で俺を出迎えてくれた。 「って、なんだユウキ君か」 「……すみません、あの……」 「あーあーいちいち言わなくていいって。詩織ちゃんに会いたかったんだろ?」 「……っ!は、はい……!」 「っつってもな、そこまで露骨に詩織詩織言われんのも面白くねえな」 言いながら立ち上がる阿賀松。薄暗い室内に明かりと呼べるものは窓の外の月明かりだけだろう。丸い光はいつも以上に明るく、そして鈍く阿賀松の横顔を照らす。 なんとなく不気味で、まるで得体の知れないものを前にしたような不安感に襲われた俺は近付いてくる阿賀松から逃げるようについ後退った。けれどそれも無駄なことだった。大股で距離を詰める阿賀松は俺の前へと立つと、そのまま俺の顎を掴んだ。そのまま上を向かされれば、妙な顔をした阿賀松がそこにいた。 いつものニヤケ面とは違う、口元に浮かぶ微かな笑み。 「あいつは来ねえよ」 「……え」 「っつったらどうする?」 「うそ、ついたんですか……?」 「そう言わなきゃ来ねえだろ、お前。んなアホ面引っ提げてノコノコと俺のところに」 「……っ、それは」 当たり前だ、と言いかけるよりも触れる指先が頬に食い込む。至近距離で視線がぶつかり合い、あ、これはキスされる。なんて思った矢先、予想通り唇を塞がれた。 それは到底キスと呼べるような可愛らしいものではなかった。例えるなら獣の捕食のような口付けに息をすることもできなかった。壁に体を押し付けられ、唇を噛まれ、舌もろとも絡め取られる。 「っ、む゛、ふッ……ぅん゛ん……ッ!」 「は……ちっせえ舌。……っ、縮こまってんじゃねえの」 「ぁっ、ふ……ッ」 じゅぷ、とお互いの唾液が絡み合った濡れた舌で咥内を舐め回されればそれだけで唾液の分泌量は増していく。 上昇する体温、目眩を覚えるほどの独善的で荒々しいキスに何も考えられなくなる。腰が抜けそうになったところを阿賀松に抱き止められた。 硬い腕はがっしりと俺の腰を抱き、離そうとしない。それどころか臀部から腰をなで上げられ、それだけでゾクゾクと身体が震える。 「り、じちょ……」 「……なあ、お前さぁ、本当に詩織ちゃんに会うためだけにここに来たのか?」 「この前、俺に何されたのか忘れたわけじゃねえんだろ」そう、衣類の上から尻を鷲掴みにされ、股下に滑り込む太くゴツゴツとした指に擦り上げられる。あのときの熱を蘇らせるのにはそれだけで十分だった。 咄嗟に阿賀松の腕を掴んで止めさせようとするが、その手の動きはより横暴になる。 「本当はあのときの続きしてほしくて来たんじゃねえの、お前」 侮蔑の色すら滲むその舐めるような阿賀松の視線に言葉を失う。自分でも認めたくない、知られたくない部分をお構いなしに探り当てるその鋭さに、傲慢さに、腹が立たないわけがない。屈辱を覚えないといえば嘘になる。けれどそれ以上に、隠していたふしだらな思想を指摘され、その恥ずかしさのあまりに目の前が赤く染まる。 「っ、そんな……こと……」 「違わねえだろ」 「……っ」 「じゃあお前は拘束もしてねえのにしおらしくキスされてんのか。……それでもちげえって言うんなら、そりゃただの淫乱だな」 頬を舐める舌に、嬲る声に、考えるよりも先に逃げようと目の前の男を突き飛ばそうとするが遅かった。手首を引っ張られ、そのままキスをされる。後頭部に回された大きな手のひら。その指先は俺の後ろ髪を絡み取り、掴む。固定された唇を好き勝手貪られ、咥内を肉厚な舌でグチャグチャに犯された。 淫乱なわけがない、そんなはずない、そう思いたいのに、阿賀松の舌で舐られるだけで頭の奥が熱くなって、脳みそまでも蕩けるように何も考えられなくなる。 壁際に追い詰められ、唇がふやけるのもお構いなしに唾液を飲まされ、舌を愛撫される。じわじわと広がる熱に、なにも考えられない。 「っ、ぅ……ッう……」 視界が霞む。こんなキスされて抵抗する気なんて起きるわけがない。そんなことわかってるくせして俺を淫乱だと言うこの男はなんて勝手だろうか。 「舌、出せよ」 有無を言わせぬその命令に逆らうことすら頭になかった。従えば、もっとしてもらえる。そんなことすら考えてしまう俺は阿賀松の言うとおりなのかもしれない。 なんて思いながら口を開き、恐る恐る舌を突き出した。 そんなときだった。理事長室の扉が開いたのは。 「……伊織?」 聞こえてきた声に、現れた長身の影に、全身が凍り付く。 いつもの薄汚れた作業服とは違う、スーツに身を包んだ男がそこにはいた。 昔からあまり器用な方ではなかった。寧ろ同世代からはグズと笑われ、その度に大人に泣きつくような子供で、流石に年を重ねると泣きつくような真似はしなくなったがそれでも不器用なのは変わらない。 肝心なところで緊張し、失敗する。他人の目が怖いし、人に怒鳴られるとパニックになるし、必要以上に悪いことばかりを考える根暗。 そんな俺が教師の道を選んだのは、当時高校生だった俺の前に現れた一人の教育実習生だ。 ぱっとしない、猫背気味で、背が高くて、長めの前髪から覗く目はいつも人を見ようとせず斜め下辺りを見ていた。 周りの子たちは暗そうな先生だと言っていたが、その通りだったと思う。余計な私語もなく、淡々と順序立てて説明をするその実習生の授業は皆眠たくなると言っていたが、俺は嫌いではなかった。寧ろ、好きだった。 何よりもわかりやすく、そして、落ち着いた、静かな声が心地よかったのもある。 一度、勇気出してわからなかったところを質問したときもあった。人と必要以上に接することのないイメージだったから嫌がられるだろうかと思ったが、その教育実習生は二つ返事で受けてくれた。 放課後残ってまで俺に教えてくれた。マンツーマンで、俺のわからないところや疑問も一つ一つ丁寧に紐解いてくれる。解けなかった問題が解けたとき、俺よりもその教育実習生は喜んでくれた。 それをきっかけに、わからないことがあると俺はその教育実習生に聞きに行くようになる。……他の先生は露骨に面倒臭そうに顔をするので気が引きていたけど、その人は嫌そうにしなかったから。……単純な理由だ。 『どうして教師目指してるんですか?』 いつものように放課後、勉強を教えてもらっているとき。俺は思い切って聞いたことがあった。その人は少しだけ困ったように笑って、そして口を開いた。 『学校が嫌いだから』 『え』 『……だから、俺みたいな生徒が一人でも減るようにしたかった』 変な話だろ、と照れくさそうに笑うその人の言葉は今でも覚えてる。けれど不思議と今の今まで俺はその人の顔も名前も忘れていた。 けれど、全部思い出した。 短くなった襟足に、それでもやっぱり伸びた前髪、それでもいつもの大きめの作業服ではなく長身のシルエットを強調させる細身のスーツはあの時と同じだ、 「……阿佐美、さん」 実習生の名前は、アザミと言った。 アザミ、阿佐美……ああ、なんてことだ。俺はなんでこんなことを忘れていたんだ。そして、なんでこんなタイミングで思い出すのだ。 阿賀松の腕の中、凍り付く阿佐美を前に俺はただ目の前が真っ暗になっていくのを覚えた。 用務員さんのことが気になるわけだ、背格好や猫背、人垣から離れたところにいるところなんてあの頃と同じだ。 阿佐美さんに憧れて、俺もそんな風になりたいと思って……それから死ぬほど勉強した。 単純だった。それなのに机で参考書に向かってる間、大切なことまで忘れてしまったのだ。 「……っ、ゆうき君」 ああ、と熱が溢れ出す。恥ずかしさと死にたさでいっぱいになって、おまけにこんなところを見られて、どうしようもなく情けなくて、俺は阿賀松を突き飛ばそうとするが力で適うわけがない。 「……詩織ちゃん、早かったな。もう少し遅かったらイイところ見れたんだろうけど」 「っ、伊織……何やってるんだよ……っ!」 「ああ?見てわかんねえ?……イチャイチャしてんの、こいつが俺のことを大好き、抱いてほしいって言うから」 「っ、違……」 そんなこと一言も言ってない、と言い掛けて、尻たぶを抓られる。その痛みに思わず飛び上がりそうになり、息を飲む。青褪める阿佐美さんと俺を見て、阿賀松は楽しそうに笑った。 「詩織ちゃんお前、こいつに何したんだ?……随分と上手に手懐けたじゃねえか」 「手懐けるなんて……俺は……」 「同属意識でも芽生えたのか?お前ら根暗そうだもんな」 「……っ」 「ッは、大好きな詩織ちゃんに会えてそんなに嬉しいのかユウキ君。……直接触ってもねえのにすげえ勃起してる」 下腹部を揉み潰され、ぶるりと腰が震えた。硬直する俺を見て、やつは「期待してんのかよ」と鼻で笑う。 その一言が胸に突き刺さり、阿佐美さんにそれを知られたという事実がただ恥ずかしくて、泣きたくなる。 「伊織……っ、いい加減にしろ、こんなことのために俺を呼んだのか」 「ああ、そうだよ。……だってお前もこいつのこと気にしてたじゃねえか」 「っ、それは……」 「だーかーらぁ、面倒臭えから会わせてやったんだろ?……なのになんで喜ばねえんだよ。感謝の言葉が足んねえ詩織ちゃんにはこいつは貸せねえな?」 「ッ、ぅ、んん……っ」 大きな手のひらで包み込むように乱暴に勃起したそこを揉まれ、思わず身じろぐ。少しでも力を加えられれば圧し潰されそうな恐怖の中、確かに芯を持ち始めるそこへの刺激に背筋が震えた。 「……っ、伊織……!!」 「ユウキ君、どんどん硬くなってんなぁ?コイツに見られてんのがよっぽどいいのか?」 「っ、や、め……っ」 直接触られてもいないというのに、力強い阿賀松の指に与えられら刺激は的確にイイところを突いてくるのだ。腰が勝手に揺れ、次第に呼吸が浅くなる。滲む汗を舐め取られ、濡れた舌の熱の感覚にまたぞわぞわと身の毛がよだつ。 「っ、ま、や、りじちょ、待……っ!ぁ、あ……っ嫌だ、いや……っだ、ぁ……ッ!」 「いっちょ前に我慢してんじゃねえよ。何が嫌だ?処女みてえな反応すんじゃねえ、マゾはマゾらしく気持ちいいですって泣けよ。なあ、ユウキ君……っ!」 「ぅ、ひ、嫌……っ、ぁ、あ゛、嫌だ、嫌だ、や、待っ、も、……ッ――」 その先は、声にならなかった。重点的に刺激され、持続的な強い快感に耐えられずガクガクと痙攣した下腹部に熱が広がる。頭が真っ白になるほどの強い刺激になにも考えられなくて、スラックスに滲むシミに、下着を濡らす感覚に何も考えられなくなる、 「ぁ……あぁ……っ、ぁ……ッ」 止めたくても止まらない。射精とは違う。蕩けるような快感に喉奥が震え、無意識に阿賀松の腕にしがみついた。 自分でもわからない。阿佐美さんの前だとわかってても、自分が自分ではなくなるみたいにこの身体を制御することはできなかった。 「女みてえなイキ方すんなぁ、お前。ユウキちゃんって呼んだ方がいいか?」 なあ、と耳を撫で横髪を掻き上げる阿賀松に身体が震える。射精したわけではないので勃起が収まらないまま、それでもより一層熱が集まり張り詰めたそこは苦しくて、無意識の内に俺は自分のベルトに手をかけていた。 「おい、人の許可なくオナろうとしてんじゃねえよ」 「……っ、う、ぁ……」 「そうだなぁ。……おい詩織ちゃん、せっかくだしお前、ユウキ君の抜いてやれよ」 阿賀松の言葉が理解できなかった。それはきっと、阿佐美さんも同じだろう。白い顔がいつも以上に真っ白になっていて。 「なに、言って」 「まあ別にやんねえなら俺がこのまま突っ込んでケツだけでイケるようにさせるだけだけどな」 「っ伊織、お前……!」 「やるのかやんねえのかって聞いてんだよ。やんねえなら帰れよ」 胎内に響くその感情のない冷めた声に、恐怖とは裏腹にこれから与えられる刺激を考えただけで頭がどうにかなりそうになった。イキたい、イキたい、いっぱい出したい。それしか考えられなくて、それなのに触らせてくれない阿賀松が焦れったくて身じろぐ。阿佐美さんの前だとわかってても、抗えなかった。だから駄目教師なんだろう。憧れていた人の前でこんな醜態晒すなんて、と嘆く半面こんなところを見られて失望されないわけがない。もうどうでもなれとヤケクソになっていたときだった。 阿佐美さんが頬に触れる。 冷たい指先、無骨な手、そして。 「……ごめんね、ゆうき君」 目の前の顔が、いつの日か毎日のように見ていたあの節目がちな顔と重なった。 ただあの頃の阿佐美さんのこんな悲しそうな顔をしたことはなかった。 ◆ ◆ ◆ 「っ、ぅ、あ、あ……っ、ぁ、あ……」 どうして、どうしてこんなことになってるのか。 自分でもわからない。けれど。 「ゆうき君……ごめん、目、瞑ってていいから」 宥めるような優しい声が余計異質に聞こえてしまうのはこの状況下だからだろう。 グチャグチャと響く水音は自分の下腹部から発されるもので、大きな阿佐美さんの手のひらに握られ上下に扱かれるそこは既に射精寸前だった。 だらだらと垂れる先走りにより一層水音は大きさを増す。品のない音に余計死にたくなるが、それ以上に阿佐美さんに扱かれているという事実にどうしようもなく興奮してしまう浅ましい自分がなによりも嫌だった。 「この調子ならすぐにイケそうだなぁ、ユウキ君」 「っ、く、ぅ……っ、ひ、ィ……ッ!」 「ハハッ、おい、中まで痙攣してんぞ。どんだけイイんだよ」 逃げようと身を攀じる俺を背後から抱きかかえ、阿賀松は笑う。その片方の手は俺の下着の中、ケツの穴に指をねじ込んでは中をこねくり回して弄ぶ。 前後から同時に責め立てられ、逃れることもできない快感に最早立つことも限界で。 トロトロと溢れる先走りは後方まで流れてきて、それを絡めてより一層深くまで挿入してくる阿賀松。骨格の太い指は一本だけでも中を圧迫するというのにこの男は三本の指を人の体内に埋め込みオモチャか何かのように人の胎内を捏ね繰り回す。持続的な快感に支えられていた下腹部が痙攣を起こし、透明な液体が更に溢れるのだ。 ずっと射精が続いてるような快感の波に溺れ、何をしてるのかもわからないままただ二人に抱かれていた。 「もっ、や、め……っ」 「っ、ゆうき君……」 「何がやめてだぁ?もっとしてくださいの間違いだろうが。……それともなんだ?さっさとここに突っ込まれてえの?」 円を描くように内壁をいやらしく撫で上げる阿賀松の指に、ゾゾゾと体の芯が震える。 想像し、慄く。今あんなものを挿入されたら、きっと俺はどうにかなってしまう。 「あ、ざみ、さ……っ」 「……ッ」 助けを求めるように目の前の阿佐美さんに懇願した時、その喉仏が上下するのをみた。 ゆうき君、と切なげな目が俺を見下ろす。責め立てていたその手がほんの一瞬止まった時だった。 体内に埋め込まれていた指に中を抉られる。浅い位置にあるあの痼りを捏ねられた瞬間、頭が真っ白になった。 「っ、く、ひーー」 「なあに勝手に手ェ止めてんだよ。ちんたらちんたらやりやがって、そっちのが辛いってわかんねえのかお前。本当酷いやつだよな、詩織ちゃんは」 「お前がやんねえなら、俺がイかせてやるよ」そう、複数の指でゴリゴリと執拗に刺激され、ドッと汗が噴き出した。声にすらならなかった。前かがみになり、必死に阿賀松の腕から逃れようとするが腰を掴む手は離れない。それどころか長い指は更に俺のイイところを愛撫するのだ。 「ぎ、ひっ、ぃ、あ゛、ぁあ!!」 「すげえ声、イイな。もっと聞かせろよ、その汚ねえ声」 「ヒッ、ぎ、ィ、ひっ、はぁ、ぁ、待っぁ、ぁあーーッ!」 頭のてっぺんから爪先に掛けて雷が落とされたような強い快感に何も考えることができなかった。阿佐美さんの手から離れ、大きく震えた性器、その先端から大量の熱が放出される。ぼたぼたと落ちる大量の精液。放出しても直断続的にびゅっびゅっと溢れてくるそれに、釘付けになる阿佐美さんの視線に余計感じてしまう。 「ふっ、ぅ……っ、く……」 泣きたい気持ちでいっぱいだった。わけがわからなくて、余計惨めで、それでいて死ぬほど気持ちよくて不安もなにもかもどうでもよくなるほどの快楽にただ満たされていく。ああ、もうなんだって言ってくれ。俺は、どうしようもないクソ教師だと。阿賀松の言葉で言えばクソマゾ淫乱駄目教師か。 生理的な涙が溢れて 、それをなにか別のものと勘違いしたのか、阿佐美さんは悲しそうな顔をして俺の涙を指で拭う。 ごめん、泣かないで、そう言うかのように頬を撫で、髪を掬い、額に唇を押し当てる。そうやって慰めてくれる阿佐美さんの方が俺よりもずっと泣きそうな顔をしてて、余計悲しかった。 「っ、ゆうき君、ごめん、ごめんね……」 「なに謝ってんだよ、こいつは嬉しくて泣いてんだから良いんだよ、放っておいて」 「伊織……っ」 「なあ、そうだろユウキ君?」 まるで犬かなにかのように顎の下、首の付け根をくすぐられる。それだけで射精したばかりのそこはゆるりと頭を擡げ始めるのだからどうしようもない。 ああ、その通りだ。情けないが、阿賀松には全部見抜かれてるらしい。無理もない、俺がこんな風になってしまったのも全部この男のせいなのだから。 「なあ」と催促するように唇を揉まれ、ふるりと胸が震える。おずおずと頷き返せば、阿賀松は満足そうに笑った。 そして、 「っ、ひ」 抜けていた腰ごと抱き抱えられ、持ち上げられる。膝裏へと差し込まれた手のひらにより強制的に開脚させられるような体勢に、まるで大人に抱き抱えられて小便する子供を連想してしまい恥ずかしさに思わず声を失う。 「っ、や、め……っ」 「なんだ?流石のユウキ君でもケツの穴見られんのは恥ずかしいってか?今更ぶってんじゃねえよ、そういうのいらねえから」 「っ、ぁ、ぁああ……っ!」 阿賀松の指により、更に大きく左右に割り開かれるそこに流石に血の気が引く。 剥き出しになった肉色のそこを直視することができなかった。けれど、阿佐美さんの視線が痛いほど絡みついてきて、それがわかるからこそ余計恥ずかしくて。 「なあ、見ろよ。ヒクヒクしてんのわかるだろ?ユウキ君がここに挿れてほしいって言ってんだよ。なあ、詩織。可哀想だと思わねえの?」 「っ、何……言ってるんだ、お前……」 「わかってんだろうが。セックスするんだよ、セックス。俺とお前で、このどうしようもないユウキ君を満足させてやるんだよ」 「これも立派な人助けだよなぁ、詩織ちゃん?」そう笑う阿賀松の声だけがやけに大きく響いた。 抵抗する気力も逃げる気力もなかった。 破裂しそうなほどの鼓動を刻む心臓も、全身をぐるぐる巡る血液も、これからくる快感を想像しては酷く反応する体も、全部現実のものだった。 ◆ ◆ ◆ 「っ、ひ、ぃ、あ゛っ、抜ッ、ぃひ」 「っ、は……ッゆうき君……っ」 阿賀松に抱えられた体勢のまま、股の間に割って入ってくる阿佐美さんのモノに息を飲む。 熱い、熱い、怖い、深い、無理。 散々嬲られていたそこだが、指とは比にならない太さと長さのものを挿入されるとなると話は別だ。ずっずっと腹の中内臓諸々を引きずるように埋め込まれるその圧迫感に堪らず悲鳴が漏れる。 けれど、痛みはない。痛みよりも普段ならば届かないようなところを擦られる快感に体が震え、のたうち回りそうになる。 「ハーッ、ぅ゛、ひッ、ィ、……」 「っゆうき君……っ、ゆうき君……」 名前を呼ばれる度に腹に力が入る。 背骨ごとドロドロに溶かされるような熱、大きな掌が腿を掴み、脳を揺さぶる。阿佐美さんが動く度に内壁が擦れ、腹の中で淫猥な音が響いた。 「ぁっ、ひ、イッ、いや、だぁ」 「嫌じゃねえだろ、イイって何回教えりゃいいんだ?」 「っ、イイ……っ、い、ぁっ、ぁ、そこっ、も、だめ、おれ……っ」 イく、と言うよりも先に半透明の液体が勢いよく溢れ出す。阿佐美さんのスーツを汚すが、阿佐美さんはそんなこと気に留めた様子もなくただ俺の顔を見て、ゆうき君、とうわ言のように口にするのだ。そして、ゆるゆると腰を動かされ、中をバキバキに勃起した性器が行ったり来たりするだけで脳の奥を直接擽られるような快感の波が襲いかかってくるのだ。 「ぁっ、ぁ、あ、ぁあ……っ!」 「っ、……ぅ、く……っ」 「あざ、みさ……ぁ……っひぃッ!」 次第に短くなるストロークの感覚に、奥を突かれる度に体が痙攣し、点滅する。出したくもない声が漏れ、体に力が入らなくなる。 阿佐美さん、とすがるように目の前の上半身に腕を回す。その胸に縋り付くように顔を寄せれば、僅かに阿佐美さんの体が硬直する。が、それもほんの一瞬のことだった。 「ッゆうき君……」 唇を重ねられる。 キスされてる、と理解するよりも先に腰を隙間なく密着させられ、そのまま腰を打ち付けられる。ズルズルと落ちそうになる体を阿賀松に持ち上げられ、やつは「おいおい」と呆れたように笑う。 「っ、ん……っ、ゆうき君、ゆうき君、……ゆうきくん……っ!」 噛み付くように何度も角度を変えて唇を貪られる。その間も腰の動きは止まらなくて、膨張した性器に何度も抉られても素面で居られるほど俺は強靭な性器を持っていない。 長時間結腸を性器で愛撫され、あっという間に精液なのか何なのかよくわからない液体が少量ぴゅっと溢れ出したが、それも構わず阿佐美さんは俺を犯し続けた。 「待っ、へ、いま、だ、めっ、ぇ」 「っ、は……っ、ぁ……っ、俺も……無理……も……ッ」 「へ……」 阿賀松から奪うように腰ごと抱き締められた瞬間、根元奥深くまで阿佐美さんのが腹の中奥深くまで挿入され思わず間抜けな声が漏れた。そのときだった。腹の奥深くに熱が広がる。 ビクビクと痙攣する腹の中の性器からそれが出てるのを感じ、更に腰が震えた。射精しながらも腰を動かし、精液を周りの臓器に塗りつけるように腰を動かされればそれだけで酷くたまらない気分になった。何度イッたのかわからない。けれど、その時にはもう自分から腰を動かしていた。 「っ、はぁっ、あざ、みさん、あざみさん……っおれ、も、やだ」 「自分から腰動かして何言ってんだこの尻軽はよぉ。……おい、詩織ちゃん、そのまま腰こっち持ち上げろよ」 「……っ、伊織、それは……」 「入れっぱなしで抜く気ねえやつが何言ってんだ?オラ、いいからさっさとしろ、さっきから挿れたくてしゃーねえんだよ」 「……っ、はぁ」 挿れるって、まさか。 ぼんやりとした頭の中。阿佐美さんのを受け入れたまま腰を持ち上げられる。 瞬間、微かに開いた部分からゴポリと音を立て精液が溢れ出し、阿賀松はそれを塗りつけるように肛門に指を入れ、更に大きく押し開いた。 空気に触れ、腰が揺れる。 まさか、この男はこのまま続ける気なのか。 「……しっかり歯ァ食い縛れよ」 囁き掛けられる声に、既に一本咥えたそこに押し当てられる亀頭の感触に、息を飲む。 それもほんの一瞬のことだった。そこで意識はぶつりと途切れる。 ◆ ◆ ◆ 「先生、ありがとうございました」 「ううん、また何かわからないことあったら聞いてくれていいからね」 「はい」 ぺこりと頭を下げ、立ち去る生徒に軽く手を振る。 その後ろ姿が見えなくなったのをみて、ほっと息をついた。 ここ最近よく生徒から相談されることが多い。 勉強のこともあればそれはプライベートな問題だったり内容は色々だけど、 それでもある程度信頼された証だろうと思うと素直に喜ばしい。 「最近色んな生徒に頼りにされてるみたいだな」 「芳川先生……いえ、俺なんてまだ先生に比べたら……」 「人と比べるものじゃないだろ。君は君だ。……少なくとも俺には君のように親身になって相談に乗ることはできないだろうしな」 芳川先生なりに褒めてくれてるのだろう。 そう評価されてるなんて思わなくて、素直に胸がじわりと熱くなる。 「今度俺も君に相談にでも乗ってもらうか」 「……先生、またそんなことを……」 「冗談じゃないぞ。……それほど今の君は成長したという意味だ。ここに勤務し始めた時よりも背筋も伸びている」 成長という単語に、何気なく抱かれる肩にぞくりと背筋が震える。 ……いけない、とはわかってる。けれど意識せずにはいられないのだ。硬い指先、力強いその手に抱かれたらどんな感じなのだろうかと。 喉が渇き、無意識に固唾を飲む。このままではいけない、そう俺は笑って誤魔化しながら芳川先生から離れた。 「俺なんか、まだまだです。……寧ろ、こちらこそ相談に乗ってもらいたいというか」 なんて、口にした時。ほんの一瞬、レンズ越しの芳川先生の目が細められる。いつもの雰囲気とは違うなにかを感じ、胸の奥がざわつく。 「君からの頼み事ならいつでも時間を空けておくが」 「……でも、芳川先生も忙しそうですし……そんな……」 「忙しければそう言う。……そうだな、今夜なら空いてるがどうだ」 肩の輪郭をなぞるように撫でられ、ゾクゾクと肩が震える。渇く。欲する。視界が赤く点滅する。 先ほど満たしてもらったばかりのはずの下腹部はきゅんきゅんと反応し、あらぬ想像と甘い期待に唾液が溢れ出しそうだった。 「はい……お願いします」 そう、芳川先生の手にそっと触れ、微笑んだ。 ◆ ◆ ◆ 「は、ぁ、んんっ……せんせ、ぇ……」 神経質そうな顔して芳川先生はスーツのシワなんて御構い無しで揉みくちゃにしてくる。 この人がこんなに大胆で執拗で荒々しい人だとは思わなかったが、思った通り体の相性は死ぬほどいい。酒臭いキスに脳みそまでアルコールに浸され、お互いにわけわからなくなるまでセックスをする。どうしてこうなったのか、どんな会話をしていたのかもわからない。 どうだってよかった。こうやって抱いてもらえるならなんだっていい。見た目よりもがっしりした筋肉質な体を抱き締め、俺はただ快楽に酔いしれていた。 始めて阿賀松に抱かれてからどれくらい経ち、どれくらいセックスしたのかも覚えてない。 志摩との関係もまだ続いている。朝起きてホームルームまで志摩と朝の校舎でセックスして、昼休みに阿賀松に呼び出されて理事長室で行為に耽る。たまに縁先生と遊ぶ時もあった。放課後は阿賀松の部屋で阿佐美さんと三人で意識飛ばすまで貪り合うのが日常となっていた。 疲労感がないといえば嘘になるが、そうしないと落ち着かない気分になるのだ。最早病気だな、と阿賀松は俺を笑っていた。 けれどそのお陰で人の目を気にすることもなくなったし、恥ずかしがることもなくなった。 堂々としてるというよりは、開き直りに等しいのだろうが、それでもくよくよと悩むこともなくなり、性欲が満たされたあとはちゃんと集中することもできるようになったのだからいいことづくしだ。 ……ただ唯一困ったことがあるというなら、誰と話しててもその人との行為を想像しては抱かれたくなることだろうか。 これ以上相手を増やしたところで体が持たなくなるとわかっていたが、どうしようもなかった。だって芳川先生は憧れの人だったし、そんな人に抱かれたくならないわけがないだろう。 「そうは言っても、相手を選べよ、相手を」 「っ、ふ、ぅ、んんっ」 「あいつは相当しつこいぞ、顔からしてもドムッツリ遅漏絶倫野郎じゃねえか。いや、お前はそれくらいじゃねえと満足できねえんだっけか?」 「ひ、ぅんん!ぁ、そこ、りじちょ……そこ、だめ……!」 「だーかーらぁ、ダメじゃなくてぇ?なんだったか?わかんねえかこのチンポしかねえ脳みそじゃ」 「っ、しゅ、ひ、すき、そこ、いい……っすきぃ……!」 「……ハッ、言えたじゃねえの?かわいいな、ユウキ君」 「っひ、ィイッ!」 かわいいなんて、普段言わないくせにこういう時だけ言うのだから狡い人だと思う。戯れに口づけられ、キスしながら挿入されて、指を絡め取られ、まるで恋人同士みたいだななんて思いながら俺は阿賀松の舌に自分の舌を絡める。お互いの唾液が混ざり合って押し流されるそれを受け止めきれずに零しながらも俺は必死に阿賀松に舌を絡めた。 あれほど怖かった赤が、今は視界に入っただけで興奮してしまうくらいだ。まさにパブロフのなんとかといったものか、この男そのものが興奮剤となってしまっては益々たちが悪いが。 セフレ、と呼ぶには俺たちには信頼関係もクソもない。 剥き出しになった肉欲だけの関係だが、それで十分だった。 けれど、色々知ったことはある。 阿佐美さんは阿賀松の兄弟だってこと、それで、普段は秘密裏に用務員や事務員したりしてたってこと。なぜ隠してたかというと、単純に人と接することが苦手だからという。 あの阿佐美さんが学校の先生になるのを諦めていたということにショックを受けなかったといえば嘘になる。けど人生にはいろいろあるだろう、俺が教師になるくらいだし、なんならそんな阿佐美さんと肉体関係を持つのだからわからない。 その理由は詳しくは聞けなかった。 けれど、一番の不思議といえばやはりこの男だろう。 結局朝まで抱かれたあと、やるだけやって満足したのか寝たままタバコを吸い始める目の前の赤髪の男の背中を見つめる。 臨時だけの理事長。けれど、この男は理事長という柄ではないのは違いない。 「理事長は……」 「あ?」 「理事長は、どうして理事長になったんですか?」 ピロートークと呼ぶには色気ないものだった。 ただの純粋な好奇心だ。こう言っちゃあれだが、この男には教育者よりももっと似合う仕事がある気がしてならなかったから。……まあろくな仕事ではないので口が裂けてもいえないが。 「いきなり可愛いこと言い出すと思ったら、なんだ?……そんなに俺のこと知りてえのかよ」 「……ちょっと気になって。だって、理事長って感じしませんし……」 「先生らしくねえって?」 少しだけ迷って、頷いた。こちらを尻目に見ていた阿賀松はタバコを咥えたまま笑う。そして溜まった煙を吐き出す。 「学校が嫌いだから」 「え」 「だから、俺が楽しめるようなところにしてやろうと思って」 そう、ニッと笑う阿賀松に一瞬頭の中が真っ白になった。 ……まさか、まさかな。 いつの日かの教育実習生とのワンシーンと重なり、俺は、はは、と力なく笑いながら目を閉じた。 ――まさかな。 そう自分に言い聞かせるように、鳴り響く心音を落ち着かせるように、口の中で呟いた。 おしまい 後日談【齋藤先生の教師失格な日々】 https://t589423.fanbox.cc/posts/1289839