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田原摩耶
田原摩耶

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岩片が風邪を引く話【↑100/9,100文字/岩片×尾張/いちゃ】

 十二月上旬。  このド田舎にも本格的な冬がやってきた。それはもう都会と比べては比にならないほどの寒波は、どちらかといえば暑がりな俺も日々震え上がるほどのレベルだ。  そしてなにより雪が降る降る。バケツでもひっくり返したのかってレベルで外は雪が積もるのだ。これが田舎だからかどうかは知らないが、最初は雪が降るだけでテンションが上がっていた俺もそろそろうんざりしていた。  そんな真冬のことだった。 「……風邪だな」 「嘘だろ、この俺が」 「正直今までこんな寒い中薄着で寝て風邪引かねえ方が不思議だったんだよ」 「だって風呂上がり熱いじゃん……ゴホッ」  岩片が、あの健康優良児の権化のような岩片がなんと風邪を引いたのだ。  理由はともあれ、ベッドの上で項垂れるように横たわる岩片を俺は見たことない。というかこんなときまでその眼鏡は外さないのかよ。  岩片から受け取った体温計に表示されたのは38.3度。  話すのもしんどいだろう。顔も赤いし、声もいつもよりも枯れてて低い。  どっからどう見ても風邪だ。 「とにかく、今日一日は薬飲んで大人しくしてろよ。いいな、悪化してしんどくなるのはお前なんだからな」 「はーい……ママ」 「誰がママだよ、お前みたいな息子勘弁してくれ」  風邪は引いてても軽口はやめない辺りは岩片だが、言いながら寝返りを打つ岩片はやはり本調子ではないのが分かる。  朝起きたときから声がおかしいしで一応迎えに来てくれた岡部には休むことは伝えてるが……どうしたものか。 「うぅ……クソさみぃ、ハジメ、俺を抱き締めて温めろよ」 「お前大人しくって意味わかるか?」 「冷てえなーハジメは」 「そんなに寒いならもっとちゃんと布団かぶれって」  思いっきり蹴飛ばしてる布団を掴んで体にかけ直してやったとき、不意にやつの腕が触れる。その体温に驚き、つい俺は「熱っ」っと声を上げた。 「だろ?」 「だろって……やっぱ病院行った方がいいんじゃねえの?」 「絶対嫌だ」 「なんでそんなに意地張るんだよ」 「……嫌いなんだよ、病院。薬品くせーし、注射は痛えし」 「子供かよ」  しかも手がかかる子供だ。  そうなのだ、こんな熱なら尚更病院に連れていくべきなのだろうが岩片は頑固として行こうとしないのだ。  岩片の病院嫌いは前々から知ってたが、まさかいざこういう場面になっても行こうとしないところを見るとただのポーズではないらしい。  だから念の為常備してた市販の風邪薬を飲ませているわけだが……正直効くのかすらもわからない現状だ。  これ以上熱が上がらないため、何かしらしてやりたいという思いもあるが自慢ではないが俺はこういった看病をしたことがない。 「うーん、取り敢えずなんか食いたいもんとかあるか?」 「……暖かいやつ」 「温かいやつね、了解」  漠然としたリクエストだがそれくらい漠然としてた方がこっちとしても助かる。だって無理難題吹っかけられるよりは自由が効くからな。……普段の岩片相手なら想像つかないが、やはり熱があるからだろうか。少し素直な岩片は正直、まあ、普段からこうしてくれりゃまだ可愛げがあるんだろうなと思わなかったり。  取り敢えずコートを羽織る。念の為ネックウォーマーを着ければ、少しだけ起き上がろうと岩片が反応した。 「おい?ハジメ、どこ行くんだよ」 「買い物。取り敢えず、飲み物とかは寝たまま取れるようにここのボードの上に置いとくから」 「おいおい、こんな病人様を一人で放置とか……」 「お前のためだろうが。少しぐらい我慢しとけよ。……それとも他のやつ呼んどくか?」  こいつの面倒を他のやつに押し付けるのは忍びないが、正直この岩片を放置してて不安なのは俺も同じだ。  こんな岩片見たことないからこそ余計、岩片に恨み持つ連中に奇襲でも掛けられる可能性考えれば誰かいた方が俺も安心できる。  けれど、岩片はすぐに「いい」と拗ねたように口にした。  ……あんまり弱ってるところ人に見られたくねーのかな。  なんて想像するだけなら自由だ。俺は内心断ってくれた岩片に妙な優越感を覚えた。  俺にだけ甘えてんのかと思うと、少しの無茶振りも仕方ねえなと許せてしまうのだから俺も大概現金である。 「まあ何かあったらすぐ戻ってくるからな、電話してくれ」 「ん……」  それだけを言って俺は部屋を出る。扉を閉める直前、けほけほと咳が聞こえてきて少しだけ気になった。  いつもの調子ではあるが……やっぱ普段と比べると空元気っつーか……なんだろう、なんか腑抜けてるっていうか、まともと言うか……。  元気なときは少し血を抜いてもらったくらいのがいいんじゃないか?と思ったが、実際にこう弱られると内心動揺してしまう。  俺は一度学園を出ることにした。相変わらず町中は雪化粧で真っ白に染まっている。  除雪作業行われてるお陰で歩くことに困難ということはなかったが、それでも露出した肌には刺すような寒さが染みる。  学食は岩片が食えるようなものはない。  ならば一度外に出てなにか消化のいいものを食わせてやろうと思ったわけだが……。  やっぱり定番といえばお粥とか雑炊か……?  料理という料理はしたことないが、そのくらいなら俺でも作れそうだ。  そんなことを考えながら歩いて十分、最寄りのスーパーに入った俺。  地獄から天国とはまさにこのことだろう。一気に暖かな風が全身を包み込み、ほっとする。  そんでカートを手にして歩き出したときだった。  正面に見覚えのあるやつを見つけた。 「おう、尾張」  ド派手なジャージにド派手な銀髪、とてもじゃないがスーパーがとても似合わない男のことは俺はよく知っていた。  馬喰安治。  その腕にはバカでかい袋がいくつもぶら下がっていた。どうやら買い物を終えたところのようだ。 「安治、奇遇だな。買い物か?」 「ああ、今日はケーキを作ろうかと思ってその材料を買いに来たんだ。……なんだ?尾張もついに料理に目覚めたのか?」 「うーん、まあ……近いような遠いような……」  ……というかお前はまたそんな難しいものにチャレンジしようとして……。大丈夫なのか、なんて野暮な言葉は飲み込み、俺はルームメイトである岩片が風邪でダウンしたことを正直に伝える。  他の連中と違ってこいつはわりと義理堅い。手先は不器用ではあるが、うっかり口を滑らせるようなヘマもしないだろう。 「なるほど……尾張が看病すんのか」 「な……なんだよその目は」 「いや、別に変な意味じゃねえけど……お前もそういうことするんだなと思って」   少しだけ、安治の強面が柔らかくなった……ような気がする。  ……なんだ?この生ぬるい優しげな目は。  なんで俺がそんな目で見られなくちゃならないのか。 「……別にお前ほど気合入れてはやんねーけど、消化悪いもの食わせられないしな」 「そうだな。しんどいときはあんまこってりしたのは食えねーからな」  重々しく頷く安治。やつは少しだけふ、と笑った。 「大切なんだな、そいつのこと」 「ああそうだ………………はい?」 「料理は相手のことを思うことで上手くなるってレシピにも書かれてたし、きっとお前の手料理食ったらそいつもすぐ元気になるんじゃねえか?」  そう言って、ニッと笑う安治は俺の背中をバシバシと叩いてくる。  屈託のない笑顔に白い歯。  ……待て、なんだこれは、こいつなにか勘違いしてんじゃないのか。否定したいのに、否定する材料が俺の手元には何もない。  確かにさっさと風邪を治してほしいとは思うが……大切?俺が?……岩片を?  そう考えただけで腹の奥の方がざわざわしてすげー気持ち悪いってか、死ぬほど恥ずかしい。そしてなによりこいつ、安治自身に深い意味はないのだ。 「早く治ればいいな、そいつの風邪」なんて言われりゃ俺は「そうだな」と頷くことしかできない。  それから、少しだけ安治と立ち話をしてやつから消化のいいものの話を聞き出した。 「ケーキ出来たら味見してくれ」なんて末恐ろしいことを別れ際に口にする安治と別れ、俺は食材求めて店内を徘徊することにした。  ……それにしてもあいつ、料理や健康のことにも詳しいのになんで実際に作ったらあんなクリーチャーみたいなのしかできないんだよ。  改めてそんなことを考えさせられる日だった。  ▽ ▽ ▽  色々迷って買った結果、袋いっぱいになってしまった。  再び雪の降る空の下、学生寮まで帰ってきた俺は「ただいま」と自室の扉を開いた。  すると、 「お゛がえ゛り゛」 「おい、なんか悪化してないか?」  起き上がる岩片はボードの上に置いていたらしいメガネをかけ直す。それにしても、何だその声は。  あまりのガラガラ声に思わず眉を潜めれば、岩片はごほりと咳払いをし、そして近くの飲み物を流し込む。 「……ちゃんと大人しくしてたぞ」  そう言う岩片だが、顔の赤みも悪化してる気がする。  俺は荷物を一度机の上に置き、やつのベッドに歩み寄った。 「ちょっといいか。……って、熱いな……」  そして前髪を掻き分けてその額にそっと触れれば指先にじわりと岩片の体温が流れ込んできた。  外から帰ってきたばかりで冷えていた俺の指だからこそ余計そう感じたのかもしれない。少しだけ目を細めた岩片は、されるがままになっていた。 「…………ハジメの手、気持ちいい。勃起しそう」 「まだそんなこと言えるんなら元気だな」  というか何言ってるんだ、お前が言うと洒落にならねえから。  額をぺちりと叩いてやりたかったが、相手は病人だ。すっと手を引く。  ……本人は相変わらずだが、やっぱり具合悪そうだ。顔色がそれを物語っている。  と、そこまで考えて俺は買い物袋のことを思い出した。  食材だけではなく、使えそうなものを他にいくつか買ってきたのだった。  テーブルへと一度戻り、買ってきたものを広げていく。そして見つけた。 「そうだ、これ、熱冷ましシート。これ貼っときゃ少しは楽になるだろ」 「……そんな大袈裟なのいらねーって」 「いいから貼るぞ。……ほら、もっかい触るからな」  自分からは絶対貼らなそうなので強引に貼ることにした俺は岩片の前髪を持ち上げる。  そして片手でシートが潰れないように粘着部分を広げたとき、分厚いレンズ越しにやつと目が合った。  じっとこちらを見てくるその目に不意に自分たちがとんでもない至近距離でいることに思い出したが、これはただの看病だ。やましいことなんてない。そう自分に言い聞かせるように俺はそれを無視してやつの額にシートを貼った。 「っクソ……冷た……っ」 「すぐ馴染むから我慢しろ」 「……はぁ、これじゃ本格的に病人じゃねえかよ」 「本格的にっていうか元々そうだろ」  何をカッコつけようとしてるのかわからないが、さっきから岩片の落ち込むところが謎だ。  乱れた前髪を戻してやれば、岩片は枕の上にぼすりと横になる。  そこで、俺は朝方体温計と一緒に保健室から借りてきた氷枕が床の上に放り投げられてることに気づいた。 「おい、氷枕ちゃんと頭の下に敷けって」 「だってこの枕すげー硬いし……」 「そりゃ凍らせてんだからな。ほら、タオルとかで巻いときゃだいぶマシだろ?」 「……硬い」 「文句言うなって。これ以上悪化したらどうすんだよ」 「はいはい、わかりましたー使えばいいんだろ使えば」  不服そうであるが言うことは聞く辺りいつもの岩片からは考えられないほどの素直さだ。  ……正直、ちゃんと俺の言うことを聞いて受け入れてくれる岩片に感動する。てっきりタオルごとまたどっかに氷枕を投げられるかと思ってただけに余計。  ……と、感動していると不意に岩片のお腹がぐるぐると鳴り出した。 「はぁ……飯……」 「あぁ、そうだよな。朝からなんも食ってねえし……待ってろ、すぐ飯用意するから」 「……用意?ハジメが作んの?」 「簡単なやつなら俺にもできそうだからな」 「……明日は台風かな」 「どういう意味だよ」  前言撤回、やっぱりこいつ可愛くねえしいつもの岩片だ。  まあ正直確かに俺のことを知ってるやつがいたら俺が誰かのために、それも岩片のために慣れない料理してるなんて聞いたら爆笑するかもしれない。  自分でもそれほど柄じゃないことしてるってわかってるつもりだが、だからって俺がそれを認めたら駄目な気がする。というか俺がだめになる。 「これをこうして……痛ッ」 「おい、なんだよ今の音」 「だ……大丈夫だから、お前は寝てろよ」 「んな危なっかしいことされて寝れるか」 「いいから。ほら、寝てろって」  起き上がろうとする岩片を寝かせ、俺は再び簡易キッチンへと立つ。  絶対今後使わないであろう料理アプリなんて入れちゃって、そこに書かれてた雑炊の作り方を見ながらとにかく言われたとおりに素材を調理していくのだ。  材料も切り終え、なんとか難関である包丁を使うターンを終えて一息つく。  それからもたもたと料理すること数分。 「弱火弱火……っと」  鍋の火を弱める。大分それらしい見た目になってきた……はずだ。  我ながらわりと上手い方なんじゃないか?  なんて自分を鼓舞しながらも更に数分。  ようやく雑炊ができた。  アプリに載っていた写真よりかは少し見た目は悪いかもしれないが、まあ上出来だ。念の為味見をしてみれば……美味しい。いや自分が作ったからとかそういうのは抜きにして、俺まじで才能あるかもしれない……。  冷める前に早く岩片にも食べさせよう。  逸る気持ちを抑えつつ、俺は鍋のそれを器に移し替え、トレーに乗せた。  それを岩片の待つベッドへと持っていく。 「岩片、できたぞ」 「匂いだけはやたらいいけど……」 「熱いから気をつけろよ」  なんてやり取りをしながらサイドボードに皿を置く。  上半身を起こした岩片は、皿の上の料理を見てわずかに眉根を寄せた。 「随分と味気なさそうなの出てきたな」 「病人にはこれでいいんだよ」 「本当に食えるのか?」 「はいはい、そう言うと思ってちゃんと毒味させてもらいました」 「……ふーん」  ……なんだか想像していたよりも反応が鈍い。  別にこいつに泣いて喜んでもらいたいわけじゃないけど、もう少し「美味しそうだな」とか「やるな!」とか言ってもらいたかったのが本音だ。 「なんだよ、素人の料理は食えねえってか」 「そんなこと言ってねえだろ。……なあ、お前が食わせろよ」 「……は?」 「早くしろ」と口を開ける岩片。  ……つまりこれはあーんしろってことか?  なんでだよって思ったが、熱があるから……なのか?いや熱とか関係ないだろこれ、手を怪我したならともかく。  けど、まあ確かに体調不良だしな……。 「……今日だけだからな」 「ほら、ちゃんと口開けろ」そう、促せば岩片は何も言わずに口を開いた。スプーンを手に取り、皿の雑炊を掬う。湯気立つそれを軽く冷まして、俺は岩片の口にそっとスプーンを運んだ。  なんだこれ、なんだこれ。と頭の中でもう一人の俺が叫ぶ。けれど俺のそんな動揺なんか無視して、岩片はぱくりとスプーンごとぱくりと口にした。  そして咀嚼。ごくりと喉仏が上下したと思えば、岩片は少しだけ目を開いた。 「まあ、いいんじゃねえの?」 「……っ!ま、まじで?」 「……素人にしては、だな」 「なんだよ、文句言うなら下げるぞ」 「おい、拗ねてんじゃねえよ。充分褒めてるだろ。……旨いって」 「……っ」  ストレートに褒められると、それもそれで来るものがある。  岩片は再び口を開いた。先ほどと同じ催促のポーズと、覗き込んでくるような目に内心ギクリとした。  絶対お前自分で食えるだろ、と思いつつも従ってしまう俺も俺なのだろう。 『大切なんだな、そいつのこと』  ……安治、ちげえよこいつが大切っていうよりもこいつは俺がいなかったらきっと野垂れ死んじゃいそうだから目が離せないんだ。  そんな言い訳を並べながら、俺は二口め三口めと岩片に食わせるのだ。  ▽ ▽ ▽  雑炊も感触した岩片は眠たくなったらしい。暫くもしないうちに再びベッドに横になって今は寝息を立てている。  バタバタしてる内にもうすでに昼過ぎだ。使った調理道具を洗い、それらを片付けしてる間にも時間は経っていく。  片付けも終え、岩片の熱冷ましもそろそろ替えてやらなきゃなとベッドを覗いてみれば、丁度岩片が布団を蹴飛ばしてるところだった。 「……ったく、こいつは……」  寝相は元気なんだな、と思いつつも拾い上げた布団をかけ直してやれば再び安心したように寝息を立てるのだ。  眠ってる岩片の額に手を伸ばす。案の定熱を吸い取ったそこはぬるくなっていて、そっと剥がした俺は新しいシートを貼り直した。  眼鏡を掛けたままなのが気になって、そっと眼鏡を取る。  ……つーかこれ度入ってねえし。そもそもどっかのパーティーグッズだとわかってたけど、寝るときまでする必要あるのか?  壊れるだろ、と思いつつサイドボードに眼鏡を置いた。  あいつの素顔を見たことないわけではないし、今更隠さなくてもいいと思うんだが……よくわからない。  ともかく、眼鏡がなくてもあいつは気持ち良さそうに寝てる。俺の気苦労なんて知らずに、随分と気持ち良さそうな寝顔だ。 「……」  そっと首筋に触れる。やはりまだ熱を持ってるけど、先ほどよりは大分ましになったような気がする。  ……早く元気になれよ、調子狂うから。なんて、口の中で呟く。  弱るなんて人間みたいなところ、見たくねーんだよ。  ▽ ▽ ▽  随分と懐かしい夢を見た気がする。俺が岩片の親衛隊になって間もない頃の記憶だ。  俺が喧嘩して怪我したとき、あいつが俺の傷を手当してくれたのだ。保健室にいくからほっとけって言ってもあいつは俺を離さなかった。  なぜかと聞くと、岩片は「嫌いだから」と言っていた。  あの頃から病院嫌いだったんだな、お前。  そんなことを思ったところで、俺は飛び起きた。 「んぁ……?!」  どうやらいつの間にかに眠ってたらしい。飛び起きた瞬間、俺は時計を確認した。  時計の針は昼前を指し示してる。いや、寝すぎだろ俺。どんだけ寝てるんだ。  昨日あれから何度か岩片の熱冷ましシートを替えて、氷枕も替えて、それから……。 「随分と良い夢見てたみてえだな、ニコニコしながらぐっすり寝てたぞ?ハジメ」  すぐ横から聞こえてきた声にぎょっとする。  そこにはまだスウェット姿の岩片が立っていた。いつものあの眼鏡を掛け、寝癖なのかそういうものなのかよくわからないもっさりした髪のままのやつだが顔色は昨日よりもすこぶるいい。 「……っ、岩片……?お前、具合は……」 「熱下がったみたいだし、咳も止まったし、つーかこれ完治じゃね?」 「……マジかよ、一晩で治すやつがあるかよ」 「愛の力だったりしてな」  うるせえよ。  病気になっても治っても減らず口は変わらないらしい。 「つか、俺……なんでここで寝てんだ……」 「なんだ、覚えてねえのかよ」 「へ……」 「昨日俺の枕元になって『早く元気になってくれー』ってメソメソ泣きついてそのままベッドにうつ伏せになって寝てたんだよ」 「っ、うそ……だろ」 「あれ?適当に言ったんだけどまさか……」 「ち……ちげーよ!んなわけないだろ、そんなわけナイナイ……」  一瞬ギクリとしたが、あれは口にしてなかったはず……だよな。記憶があやふやなだけに不安になってしまう。嫌な汗が滲んだ。 「つーかお前、一日で熱は下がったかもしれねえけどまたぶり返す可能性だってあるんだからちゃんと暖かくして寝とけよ」 「その時はまたハジメが面倒見てくれるからな」 「見ねえよ。今度こそ速攻で病院に連れてくからな」 「鬼かよ」 「わかったらとっとと……クシュッ」  上もっと厚着にして寝ろ。  そう言いかけて、クシャミに掻き消される。  そしてクシャミした瞬間喉と頭に鈍痛が響いた。  同時に寒気に襲われ、思わず身震いをする俺。 「あれ、ハジメ、お前」 「……今のはただのクシャミだ」 「いいからちょっと動くな」 「……う゛」  どうやら逃れられないらしい。ベッドに乗り上げた岩片は無遠慮に俺の額に手を置いた。あんだけ昨日まで熱かった岩片の手が、今度は氷のように冷たい。  違う、そうだ……この場合は岩片が冷たいだけではないのだ。 「……熱いじゃねえか。おい、体温計どこ」 「俺は大丈夫だから、これくらい。つか体温は高い方だし……」 「いいから静かにしろ」  サイドボードに置きっぱなしになってた体温計を手にした岩片に熱を測られる。  そして暫くもしない内にピピッと機械音が響いた。 「…………38.2度」 「お前の平熱はこんなに高いのか」 「…………」 「休みだな」 「……わかったよ、休みゃいいんだろ」  タイミング的に岩片のが伝染った……わけではないだろう。熱があるとわかってしまえば余計具合が悪くなる。  ベッドに横になったときだ。 「昨日はハジメには色々世話んなったからなぁ、お返ししねえと」  俺に布団を掛けながら岩片はそんな末恐ろしいことを口にし始める。 「き、気持ちだけでいいから、別に……」 「いいから寝ろ。……あ、氷枕俺のやつがあるけどこのまま使っていいのか?」 「岩片……おい……」 「そうだ、飯、何が食いたい?この俺の手料理が食えるなんてハジメは幸せもんだな」  嘘だろ……自分のことすらろくにしねえ岩片様々が張り切ってらっしゃる……。  ニコニコしながら「その前に熱冷ましだな」なんて救急箱ごと用意してくる岩片になんとも言えない気持ちになりつつ、やはり逃げ場のない俺はまあ岩片がいいならいいか。なんて親馬鹿みたいな気持ちになっていた。  END  おまけ 「嘘だろ……普通に旨い……」 「お前は俺を誰だと思ってるんだ?やればできる完全無欠の凪沙様だぞ」 (それはそれで癪だな……)


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