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茶

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俺が神官少女で、神官少女が触手で(4)

「あなたのポケットに手鏡が入っているはずです」  そう『俺』に促されて探ると、確かに手鏡があった。曲がり角で不意打ちを警戒するために使われるが、基本的には女性が持ち歩くものだ。激しい戦闘の後にまず顔や髪形を確認する彼女らに呆れた気持ちになったことがある。そんな品を今は俺が持っている。  鏡の中には、大きな緑の瞳で長い金髪の少女がいた。不安そうな、無力さに怯えたような表情で見つめてくるその美しい顔が自分のものとは思いたくなかった。  でもこんな顔をしたトゥクファを、俺は一度も見たことがない。彼女はいつだってツンとお高くとまったような顔をして、冷静で、俺よりも肝が据わっているのかもと何度も思わされた。  逆に、俺はこんな表情を鏡の中に何度も見てきた。弱さに震え貧しさに怯えていた過去の俺にそっくりな顔。ここ最近は忘れていられた表情。  この『トゥクファ』が俺だと認めるしかなさそうだった。 「入れ替わりってやつ……なのか?」  おとぎ話なんかで時々聞いたことはあった。でもまさか、自分の身に起こるなんて。 「落ち着きましょう。街中ならまだしも、迷宮内で無駄に騒いでも死ぬだけです」  俺に『俺』の姿のトゥクファが言う。さっきまで見下ろしていた相手に見下ろされると戸惑いが強い。だが言ってることはもっともだ。 「そう、だな。ただ姿が入れ替わったというだけなら何も気にすることはない」 「少しは気にして欲しくもありますが」  トゥクファが何か呟いたが、俺は自分の調子を確認するのに忙しい。  だが……この身体で元の『俺』のように戦える感触はまったくなかった。  さっきのように第一層のコボルドだのスケルトンだのなら、神官の『トゥクファ』でも充分相手取れる。だがこの深い十三層で肉弾戦をこなすには、膂力があまりに足りなさ過ぎた。 「剣さえあれば、どうにかできませんか?」  俺が話すとトゥクファが、自身の装備していた剣を外して俺に手渡してきた。  しかし、まずそれをいつものように装備――腰に差そうとして、どうしてもできない。こんなことは初めてだった。 「な、何だこれ?」 「あ……」 「わかるのか?」 「その、わたしの場合はよくありました。神官は戒律的に剣が装備できませんので」  彼女らの奉じる神の教義では、神官は殺害を前提とした武器を身に着けてはならないということになっていて、ゆえに彼らは剣や槍あるいは弓矢は装備すらできない(そのせいでメイスやフレイルなどの打撃武器を振るうのは、彼ら自身の苦戦と精神的な苦しさと敵に与える苦痛しかもたらしていない気もするが)。 「でも……俺は……」 「あなたは今は、『神官のトゥクファ』だからなのかもしれません」  俺が呆然と手に持つだけだった剣を、トゥクファはすんなり装備し直す。 「剣を装備できるということは、わたしは『戦士のジクーブ』ということになっているのかもしれませんね」 「トゥクファは、それでいいのか? 神官なのに剣を振るうなんて……」 「そもそも入れ替わり自体がよくはありませんけど、そういうことならしかたないと割り切るくらいはできます。別にわたし、それほど敬虔な信徒ではありませんから。この迷宮の訓練所に来た時、なれるクラスがそれだけだったので。なれるならムシャにだってなりたかったくらいです」  シノビ同様に東方から伝わった上級クラスのことを語るトゥクファだが、それはさておき、俺は彼女がそんな風に考えていたとは知らなかった。彼女は生まれついての神官のようにお堅くまじめで、神官以外の彼女なんて想像したこともなかった。  ともあれ、ならば剣の使えなくなった俺は後衛としてトゥクファをサポートしないと。そう思ったのだが……。 「俺……呪文を使えないぞ」  神官ならまず覚える初級の治癒呪文ワェシクスル。さっきのマーティとの戦闘で少しダメージを受けていた『俺』にそれを使おうとしたのに、頭の中には呪文のひとかけらも浮かばない。 「あ……わたし、呪文も使えます。今までよりも使える回数は少ないですが」  トゥクファは簡単にワェシクスルを使ってみせた。 「呪文を使えるかどうかは精神に由来すると考えれば、この状態は説明できます。わたしは『神官のトゥクファ』から『戦士のジクーブ』にクラスチェンジしたようなもの、なのかもしれません」 「それじゃ俺、その逆としたら完全に足手まといじゃないか……」  戦士として戦えるし神官呪文も使える今のトゥクファは、いわば上級クラスの聖騎士のようなもの。一方の俺は、戦士から神官にクラスチェンジしたようなものと考えると、ろくに戦えなくなったのに呪文も使えない完全な役立たず。 「『トゥクファ』の体力はそれなりにあります。足手まといなんてとんでもないですよ」  トゥクファの言うことももっともではあるが、大して慰めにはならない。  とにかく現状は確認できたということで、俺たちは魔法陣を消すと活動を再開した。  転移させられたのは長い通路の途中だった。行き止まりに着くまではと二人で進む。  前衛はトゥクファで、俺は守られるようにその後ろを歩く。  ――『俺』って『トゥクファ』から見るとかなりでかいんだな。  背が高く、肩幅も広く、頼りがいがある気がする。  でもこれは、俺がいきなり小さく弱く無力になったからそう見えるだけかもしれない。トゥクファはいつだって俺に厳しいことばかり言ってるし。  そんなことをぼんやり考えていたせいか、足を止めたトゥクファの背中に軽くぶつかってしまった。 「うわ」 「何してるんですか、敵ですよ」  でかい背中の横から覗くと、痩せて老いさらばえた男が一人、杖にしがみつくように立っていた。  だがその眼光はぎらついていて、こちらへ向ける殺意は露骨なほど。俺たち同様に遭難した冒険者などではない。 「本当に出ましたね……狂える魔術師」  上層階でも出くわしたことはあるが、何人も連れ立って単発火球の呪文フルスとか眠りの呪文トゥウェク辺りを唱えてくる連中だった。  だがこんな深層階に出る奴はやはり間違いなくウェスペルセンテスを使ってくるだろう。死亡確定の爆炎呪文。  さっきトゥクファと話した時は未知の凶悪モンスターに比べればまだマシだと思っていたが、こうして実際に遭遇するとその恐怖はすさまじいものがあった。  たぶんそれは入れ替わったからでもあるのだろう。さっきまでは自分がとにかく早く動いて敵を斬ればいいと思っていたが、今はトゥクファに身を委ねるしかない。 「頼む」  言いながら、俺も前へ踏み出す。倒すことはできなくても、誰より先んじて行動できたら敵の妨害にはなるかもしれない。  そんな風に思っていたが。  三者の中で一番素早く動けたトゥクファが『俺』の身体で鮮やかに魔術師を斬り捨てた。追撃の必要もない、腰の入ったいい斬撃だった。『俺』の身体が覚えていた戦闘感覚を、トゥクファは完全に使いこなせているようだった。  ――俺、本当に役立たずなんだな。  受け入れたくない事実を、露骨に突きつけられた気がした。 「魔石は得られましたが、やっぱり玄室の宝箱を開けないと瞬間移動の指輪は手に入れられそうにありませんね」  剣に着いた血を拭き取って鞘に納めながら、トゥクファは言う。  指輪。  その瞬間、俺は入れ替わりを自覚する直前に拾ったものを思い出した。


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