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【短編小説】夜明けのラウンジ(後編)

「……野球、やりたいっすね」 ふと、悠二郎が口を開く。 「そうだな」 「豪先輩のこの手だって、またいつかオレの球を受けてもらわないといけないんですから。  これからはもっと気を付けてくださいね」 悠二郎が俺の手首を掴み、火傷した掌を改めて見て、悲壮な表情を浮かべる。 「大事な手なんですから……本当に、気を付けてください……」 「……わかったよ。すまねぇな……」 震える声にばつが悪くなり、掴まれた手を解いて座り直す。 そもそも俺のしたことを思えば、悠二郎に心配してもらう権利などない。 今だけは、こいつの優しさが少し胸に痛かった。 そのまましばらく沈黙が流れたあと、ふいに悠二郎が自分の頭を俺の肩に預けてくる。 「お、おい……?」 意図が分からず一瞬困惑したが、すぐに寝息が聞こえてきて把握する。 もう眠気の限界だったのだろう。 「ったく、だから言っただろうが……」 俺は両手を火傷してるってのに、お前を抱えて寝室まで運べってか。 「……仕方ねぇな……」 悠二郎の頭を肩に乗せたまま、俺も椅子に体重を預ける。 寝息が鎖骨にかかってくすぐったいが、このまま夜を過ごすのも、まぁ悪くはない。 思えば今まで、悠二郎とバッテリーを組めた時間はあまりにも短かかった。 年が二つ離れていると、一緒に部活に在籍していられる期間は半年もない。 同郷かつ幼馴染で、部活だけの関係ではないとはいえ、 やはり公式にバッテリーを組めるというのは特別な経験だった。 あの頃は毎日が充実していて、こんな時間が一生続けばいいと思っていたが、 気付けば俺も悠二郎も、野球を懐かしむ立場になってしまっている。 俺たちはこのまま野球から離れていってしまうのだろうか? ……いや、そんなわけあるか。こんなに野球が好きなのに。 こんなに野球がしたいのに、できないってことがあるわけがねぇ。 草野球だ。 爽輔や空午だっている、声をかけりゃもう何人かぐらい捕まるだろう。 俺はただ、もう一度悠二郎とバッテリーを組んで、気の合う奴らと野球をやりたいだけだ。 それだけなら、いくらでも方法はあるはずなんだ。 ……たまに、サッカーが羨ましくなる時がある。 人数が揃わなくても、ボールさえあれば簡単な試合ができる。 簡単かつ柔軟で、誰にでも門戸が開かれている。 それが貧しい国でも身近なスポーツとして浸透している理由でもある。 一方で野球は、1チーム9人いないと話にならない。道具だって揃えるもんが沢山ある。 決して手軽とは言えないし、スポーツとして敷居が高いのは確かだ。 でもよ、それでも野球が好きなんだから、しょうがねえじゃねぇか。 敷居が高いから諦めますなんて、簡単には言えねえ魅力があるんだよ。 「ん…………」 悠二郎が寝ぼけて体をよじらせる。 ずり落ちそうになるところを、手で受け止めてやる。 痛いって言ってんだろ、この野郎。 「豪先輩…………」 「どうした?」 「…………」 「…………?」 起きたのかと思ったら、寝言らしい。 すぐ隣にいるのにわざわざ俺の夢なんか見てんじゃねぇ。 しかし、そうやって気持ちよく寝られると、俺も少し眠くなってくる。 眠気の伝染というやつか。 手は痛いが今なら寝られるかもしれない。 俺の肩にもたれかかる悠二郎の頭に、さらに俺も頭を乗せて、 支え合うようにして目を閉じる。 「…………」 「……………………」 ---------------------------------------------------------------------------------------------- 「豪先輩、起きてください、豪先輩」 悠二郎が俺の声を呼ぶ。俺はまどろみから意識を引っ張り上げる。 「ほら、もう朝ですよ!」 開いた目に入ってきたのは、白んだ空から柔らかく差し込む陽光。 少し潮気を含んだ涼しい風が、窓から吹き抜けていく。 どうやら俺は夜明けまで眠っていたらしい。 「ちょっとだけですけど、ちゃんと寝れましたね、豪先輩」 椅子で寝落ちしたのを「ちゃんと」と言えるのは大したもんだ。 悠二郎は一人だけ起きた後、俺の頭を自分の肩に乗せてくれていたらしく、 服にべったりと俺のよだれがかかっていた。 「す、すまん」 「いいんすよ、お互い様ですから」 「ん……?」 よく見ると、俺の肩の毛も悠二郎のよだれでかぴかぴになっていた。 「……お互い様だな」 「へへへ……」 悠二郎がはにかむと同時に、大きな腹の音をラウンジに響かせる。 「……お腹空きました」 「俺もだ」 「オレ、何か作りますね」 「おまえ料理できたっけか?」 「伊達にずっと店を手伝ってないっすよ!」 「手伝ってたってウェイターじゃねぇか……  まぁ、どのみち俺は作れねぇから、頼むわ」 「任せてください!」 そう言って立ち上がり、朝日に後ろから照らされながら、悠二郎は厨房へと駆けていく。 その背中は心なしか、俺が知っているあいつよりも少しだけ大きく見えた。 ……改めて思う。 部活を引退しても、野球から離れていても。 あいつは俺の後輩だし、俺はあいつの先輩だ。 困ってたら助けてやる。落ち込んでたら励ましてやる。辛いときは一緒にいる。 それがバッテリーで、幼馴染で、先輩と後輩で、俺と悠二郎なんだ。 それだけはいつまでも変わらない、確信をもってそう言える。 ……どれ、厨房に助言くらいはしに行ってやるか。 焦げた目玉焼きなんて出されても困るしな。 うまい朝メシの作り方を、しっかりあいつに教えてやろう。 俺は、先輩だからな。 ----------------------------------------------------------------------------------------------


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