入れ替わりバーの話(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=20289334)の拡張版といえるやつです。おおむね流れは同じような感じですが、話は全く別物であり先に↑を読了している必要もありません。
では以下本編をどうぞ。
==============================================================
夜の繁華街はとにかく眩しい。とくに飲み屋の多い通りなどは顕著で、チェーン居酒屋にカラオケボックス、なぜかぽつんと入っているマッサージ屋など。看板のLEDがひしめきあい、光源の洪水を引き起こしている。
もっともそこを歩く人間がみな、光に照らされている通りに陽気かというとまったくそうではない。酒にほろ酔ういい気分の者やしなだれ合うカップルなどと、会社かなにかの付き合いだったのかむっつりとしているスーツの男や、ただ食事を摂りに来たOLさん。表情の明暗の別れ具合は、まるで市松模様だった。
さて、俺がどちらの住民かといえば、圧倒的に後者だった。先程まで夜景を構成するビルの明かり係だった俺は、残業を終えたばかり。明日も早い、酒は入れずチェーン屋の定食メニューで済ませたところだった。
さっさと帰ろう、まっすぐ帰ろう――などと考えながら歩いていると、通行人の切れ間、路地の奥に目線がぴたりと止まった。
「……?」
何が俺の興味を惹きつけたか、それすら自分でも分からないまま吸い寄せられる。歩み寄っていくと、看板にはと筆記体で描かれており、明らかにバーやその類。その言葉の意味は分からないが、今の俺には用がないところだった。
しかし、なぜか離れる気にもなれない。少なくとも怪しからぬぼったくり店などでもなさそうだし、深く考えるのも面倒になった俺はその扉を叩いた。
入った瞬間、奇妙な感覚が俺を襲った。五感ではない、なにかが異を唱えたが――すぐに、立ち消える。
気を取り直して中を眺めると、狭い路地にあり小さく見えた建物にしては広い店内で、コンビニくらいの面積はありそうだった。薄暗い店内はカウンター席だけではなく、ソファ席もある。埋まり具合は半々ほど、皆がほどよくゆったりと過ごしている様子だった。
微かなジャズのBGMとささやきあうような客の声が聞こえてくる。おっさんと部下らしき女性の真面目な話、若い男女の談笑、よく見れば小学生ほどの男の子や女の子もいて、ただのバーではなさそうだった。
俺の常識には、当てはまらない飲食店。第一印象はそれだった。
「……あら、初めてのお客様ですね?」
入り口付近でぼんやりと立っていた俺に話しかけてきたのは、一人の若い女性だった。バーテンダーの格好をしており、たおやかな所作で俺に近づいてきた。
「ええ……はい。初めてで……」
「では、カウンター席へどうぞ。システムをご説明いたします」
言われるがままついていった俺は、カウンター席に腰掛ける。最初に手渡されたのは、一杯の水だった。
「ここはあなたが憂いに応じ、夢と現の狭間より現れる魔法のバーです。ご来店、ありがとうございます」
冷静に考えれば、突拍子もなさすぎる説明だろう。けれども俺は、この店を見つけた時や入店した時の不思議な感覚から、鼻で笑う気になどならなかった。
「……いきなりで恐縮ですが、お代は? 魔法と言われても、私そんなにたくさんお金は……」
「この世界に、お金などという概念はありません。誰かの幸せが私の幸せ。それで結構でございます」
マスターは低く落ち着いた声で、説明を続ける。優しい微笑みは、荒唐無稽な話に重みを与えていた。
「あなたの憂いは……お仕事ですね? 残業続きで帰りが遅い、チーム内の不和、上がらないお給金……転職を考えていらっしゃると。ですが……それが最重要、というわけではなさそうですね」
ずばり言い当てられた俺は黙る。全くその通りだった。俺は仕事に不満はあったが、それよりも結婚に悩みがある。
三十代に脚を踏み入れ、しかし出会いもなにもない。知り合いの女性は数多いがよくて女友達、もしくはもうパートナーがいる。結婚相談所も尋ねたが、なんだかうまくいかない。
このマスターはそれをテレパシーか何かで察した上で、洗いざらい話すのも無粋だと思い切ったと見えた。真このバーは、このマスターは、に魔法の力を帯びているのだろう。
「失礼しました。では……少々お待ち下さい」
マスターは背後の棚に並んだ酒瓶から、まったく見たことのないラベルのものを選んでいく。シェイカーへ入れられたのは、赤と青の液体。アルコールかも俺には定かではなかったが、マスターはカタカタと振り混ぜる。
紫色になっていたそのカクテルは、グラスに注がれると再び分離する。赤が上、青が下に。
「どうぞ」
やはりというべきか、飲み物も幻想のようだった。さすがにこれを飲むのは少し怖くなり、他の客はどうなのかと思って周囲を見渡してみる。
真っ先に俺の目に留まったのは、幾つかの空席を挟んだカウンター席、とても美しい女性だった。
腰まで靡く黒髪に、照明でキラリと輝くネックレス。そしてレースとシースルー生地がセクシーな、パーティードレス。肘まで覆われたグローブやストッキング、メイクに至るまで、全てが黒系統でまとめられていた。
さらに彼女の手元、オニキスのように黒光りするネイルの行き先にあるグラスには、俺に供されたものと全く同じ、青と赤のカクテルがある。
「いかが、なさいましたか? 他のお客様が、気になられますか?」
「あ、いえ」
「そうですね……あのお客様も、同じ物をお出ししております……お客様」
マスターはくすりと笑う。咎める風でもなく、どこか面白そうにしながらその女性を呼びつけた。
すぐさまその女性は振り返る。俺の手元を見て、彼女もまた同じカクテルだと気づいたようだ。
「どうも」
「こんばんは。へえ……あなたもこれなの。私と同じ」
「みたいですね」
女性は妖艶に微笑んで、グラスを手に取った。俺の全身を眺めて、顔を確かめ、少しだけ目をとろんとさせる。
「ちなみにこれ……飲むとどうなるか、マスターさんから聞いた? 私はもう教えてもらっているのだけど」
「いえ、まだですが……当ててみせましょう。このカクテルを共に飲めば、恋に落ちる……とかですかね?」
あまり洒落た台詞ではないと分かっていたが、ただ聞き返すのも芸がないとも思い、そう言ってみる。
女性の気には召したのか、彼女は口元を抑える。
「ふふっ……随分とロマンチストなのね。でも嫌いじゃない、素敵」
「ありがとうございます」
「じゃあ、答え合わせといきましょう。あなたと出会えた夜に、乾杯」
「乾杯」
女性と目を合わせながら、グラスをかつんとぶつける。誰かと一緒だからか、あるいはセクシーな女性を前にして気が大きくなっていたか。さっきは躊躇していた赤と青のカクテルを、俺は口をつけることが出来たのだった。
上になっていた赤の酒は、ストロベリーリキュールのような甘酸っぱさ。下になっていた青の酒は、グレープフルーツなんかの柑橘のようなさっぱりとした味だった。
アルコールの風味は薄く、するりと喉を通る。疲れていて喉が乾いていたこともあって、俺はすぐにカクテルを飲み干してしまった。
「あら、良い飲みっぷり。じゃあ私も……」
その女性は一度口を離していたものの、俺に感化され残りを一気に呷る。赤らんだ顔がファンデーションの下に透けていたが、なんてことはないようだった。
意味深にマスターが目配せしてきた。そういえば、何が起きるか……などと女性は言っていたっけ。
本当に縁結びめいた効果なら嬉しいのだが、この女性と俺は間違いなく釣り合わない。頭の先からつま先まで高級そうなアイテムばかりで、いわゆるセレブと呼ばれる人種に違いない。俺のような小市民と一緒に居たところで、価値観も金銭感覚も合うわけがないと、卑屈になってしまうほど。
――それにしても、口当たりと鼻に抜けた匂い以上に、先程のカクテルはアルコール度数が強かったようだ。たちまち頭がぼやけて――
「――っとと、大丈夫ですか?」
――くらりと、カウンターに倒れかける。マスターに手を握られたその体温で意識がはっきりしたのだが――
「……え、あれ?」
俺のネイルが真っ黒になっている。それだけではなく、指は白く細く、金色の指輪もしていた。袖もスーツのものではない、ふんわりと広がるレース生地に変化していた。
これは服が変化したのではない、とはすぐに気づくこととなる。
「あら……こんな感じなんだね。男の人って」
隣の席、そう呟いたのは俺自身だった。俺の声、俺の姿。ドッペルゲンガーのように、全く同じ外見の俺が居る。
"俺"の口調、見覚えのある俺の腕――
「……俺、さっきの女性に?」
「ええ。ご理解が早いですね」
「そ。私は静香《しずか》。よろしく」
マスターはどこからか手鏡を取り出し、俺に手渡してくる。覗き込むとそこには、先程の女性――静香さんが驚いた表情で映り込んでいたのだった。
「なる……ほど」
静香さんと肉体が入れ替わった。その構図は自分でも驚くほど、すんなりと受け入れることができた。
なにかが起こると言われていたし、静香さんとは直前に同じカクテルを飲んでいた。第一として、夢と現の狭間を謳うバーで出された不思議な飲み物が、ただの飲み物のはずがない。それを信じさせるだけの、下地は出来ていた。
とはいえ。
真下には、タックのついたシルク生地に撫ぜられる全身と、薔薇柄レースに覆われた胸の谷間。ブラジャーやショーツ、パンティストッキングの締め付け。長い髪は案外、重く背中が暖かい。全てが――女性の肉体の全てが驚きをもって迎え入れられ、俺を狼狽させていた。
「男の人……ふふ」
もちろんそれは目の前、俺の身体になった静香さんも同じようだった。身体が入れ替わることはマスターから先に伝えられており、つまり男の身体になると予め分かっていたアドバンテージのぶん、俺よりは冷静そうだった。
それでも異性の身体に興味津々なのか、週一でジムに通いそこそこ筋肉のついた腕や腹、そしてかなりさっぱりした首筋を撫でている。
「いい体してるじゃない」
「え、あ、その……あなたも、とても魅力的なお体で……」
精一杯で見せつけようとしていた俺の余裕はどこへやら、俺は手をカウンターに置き変なお世辞を言うことしか出来なかった。
「ありがとう。もう少し触ってもいいのに……胸とか、男の人なら興味あるでしょう?」
「……っ!」
静香さんは俺の手を握り、胸まで導く。指先が乳房に沈み込んで、触られた感覚が脊椎に届いた。
「この方はとても真面目といいますか、紳士な方ですね」
「そうみたい。けど……いいじゃない、そういう人、好きよ」
「ふふ」
物腰柔らかながら得体のしれない人と思っていたマスターだが、どこか静香さんとは通じ合っているようだった。
「……さて、あなた方にとってこのバーは退屈で、人の目も気になることでしょう。こちらをお持ちになって、外に踏み出してはいかがでしょうか」
「そうね」
俺が口を挟む隙もなく、マスターと静香さんは頷き合う。マスターは小瓶を振って、静香さんに手渡した。
「こちら。元の世界でも同じように同時に飲めば、本来の身体に戻れることでしょう」
「ありがとう。使う時がくれば、だけどね」
「ええ。あなたがたの憂いが消え、幸福が舞い込まんことを」
さようなら、と言わんばかりにお辞儀をしてきたマスター。もちろん入れ替わったけどすぐに元通り、とは思っていなかったのだが、すぐ放り出されるとは予想していなかった。
俺は静香さんに腕を組まれ立ち上がるが、高いヒールにバランスを崩してしまう。
「え、あの……うぁっ!」
「行くわよ。ヒールには慣れていないでしょうが、大丈夫。私がエスコートしてあげるから」
しかし、俺の肉体になった静香さんががっちりと受け止めてくれた。その時、”俺自身”の香りがふわりと立ち込めた。
オフィスの空気、スーツに吹き付ける消臭剤、ボディーソープやシャンプーの匂いに、肉体から漂う体臭。他人の身体だからか、ひとつひとつの要素がつぶさに感じられ――どきりと、してしまう。
俺、こんないい匂いしてたのか、と。
「……平気? 顔、真っ赤だけど」
「え、あの……」
「……私、こんな乙女みたいな顔出来たのね。可愛い……あ、中でやるのはマナー違反ね。外、出ちゃいましょう。あとこれ、バッグも」
なにやら俺の顔を眺めうっとりとしていた静香さんだったが、はっと我に返る。足元に置いていたブランド物のバッグを拾い上げ俺の肩にかけると、再び歩き始める。
「そういえばあなた、お名前は?」
「ゆ、有吾《ゆうご》です」
「有吾さんね。わかる? 外に出たらあなたが静香で、私が……俺が有吾。ちゃんとお互いの名前で、お互いの口調で喋ってみようか」
「……わ、わかったわ、有吾……さん」
静香さんはにっこりと笑う。
身体を入れ替えているのだから名前も交換されるべきで、入れ替わりそのものも仮初で解除する方法があると知っているからこそ、ロールプレイやアクティビティとして受け入れられる。
最初は戸惑ったものの、このセクシーで色っぽい身体の持ち主である静香さんが乗り気なのだから、俺もしっかりと楽しみたい。俺の順応は、俺自身も意外なほど早かった。
そうして、俺たちは扉に手をかける。
「では、二度とお会いすることないよう、祈ります」
マスターの声と、ドアの軋む音が重なる。俺たちは繁華街の路地に戻っていて、背後にあったはずの扉は消え去っていたのだった。
◆◆◆◆
「さて……と。すぐホテルでも行く?」
「ほ、ホテル……ですか」
静かだったバーから一転、喧騒の傍流に出た途端に静香さんはそう言ってくる。確かに男女の肉体が入れ替わったのならやってみたいこととして挙がるのだろうが、それにしたって短絡で尚早すぎる。
興味があるのは事実で、その提案自体を拒むつもりはなかったのだが……などと返答に困っている間に、静香さんは俺の鼻の頭をつんとつついてきた。
「冗談だよ、静香ちゃん。困ってる君を見たかっただけさ」
「は、はぁ……」
ていうか、静香ちゃんって。それに続く台詞もキザっぽい。静香さんは性格はそのまま、口調だけ変えているようだった。
「さて、どこか行きたい場所はあるかい? 俺はあまりこの辺り、詳しくないけど」
「あ、ええと……私もここらは出歩かないので……」
「もう……私らしくないなあ。敬語なんていらないから、もっとエレガントに、ね」
「……わ、わかったわ」
静香さんはこの状況を本当に愉しんでいるらしい。俺も乗っかることにしたほうが良さそうだ。
「ああ、ビリヤードなんかどうだい? 俺、嗜む程度にはやるんだよね」
「ビリヤード……私は、やったことないかな」
「じゃあ俺が教えてやるよ」
断る理由はない。俺は静香さんに手をひかれるまま、高いヒールに振り回されるまま店へと入っていった。
そこはチェーン展開されている、ダーツやビリヤードが楽しめるバーだった。薄暗い照明と音量が絞られたダーツマシン、それにお酒を出すカウンター。タバコやアルコールの匂いに溶け込むわざとらしい消臭剤の香りが、なんとも安っぽくてごく大衆的な雰囲気を醸し出していた。
「そんなに珍しい?」
「初めてだから、こういうところも」
俺がきょろきょろとしている間に、静香さんは手続きを済ませていた。一台のビリヤード代に伝票や貸し出された消耗品を置くと、さっそくバーカウンターに連れて行かれた。
先程俺と静香さんが入れ替わった不思議なバーとは違い、メニューにはいくらか見覚えのあるカクテルや酒類の名前が並んでいる。
「お酒は入れる? えー……"静香さん"は結構強いから、飲みたい物を飲めばいいと思うよ」
「そう……ね。じゃあ……ジントニックでももらおうかしら」
やや不自然に、"静香さん"と強調し、アイコンタクトを送ってきた。つまりはそういうことで、静香さん、つまり今の俺の体はそんなに泥酔する心配はないといっていたので、好みのカクテルをチョイスした。
俺も、元々の俺の身体は弱くないことを示唆してやる。
「ゆ、"有吾さん"もそこそこいける……わよね」
「そう。じゃあ俺も同じのを」
間もなくグラスで運ばれてくると、俺たちは台そばのテーブルでひそやかに乾杯をした。
「乾杯」
お互いひとくちだけ付けてから、ビリヤードを始める。
よくわからないので、セッティングは静香さんに頼むとやはり手際よくボールを木枠でまとめ、所定の位置に整えてくれた。
……よく考えてみれば、俺はただ酒を選んで飲んだだけだな。全部静香さんに任せっきり。周囲からは、張り切る男にデートで連れてこられた女性と映るに違いない。
静香さんのペースで翻弄されていたけど、俺は女性になってるんだよな。改めて服の感触や白い肌が気になってくる。さっき飲んだグラスに少しだけ黒い口紅がついていて、それを静香さんのものだと思ってしまったが、そちらが俺のもの。
一方静香さんは軽やかに歩いたりずっとにこやかで、異性になったことをむしろ満喫しているようだった。いや確かに、この靴や服装は動きにくいし、視線も気になる。それらから解放されたなら、ずっと気は楽なのだろう。
「さて、これを握って」
「えと……こうかしら」
準備が出来た静香さんに呼ばれ、俺はキューと呼ばれる棒を握らされた。
左手の指に棒の先の方を掛けて、後ろで握った右手を動かしボールを衝く。ひとまず一度やってみたものの、ボールはほとんど真横に飛んでいってしまった。
「あれ?」
「そっちにボールはないよ……仕方ないな」
「――ひっ!」
俺のパーティードレス越しに何かが触れて、背筋がぞわりとする。俺の指と太く節ばった指が絡み合い、腋が締まりそうになる。耳元に吐息がかかって、きゅんとした悪寒が突き抜ける。
もちろんそれは静香さんで、俺の後ろから手取り足取りで教えてくれようとしていただけなのだった。
「変な声、出さないでよ」
「だ、だって……」
「後ろについただけじゃん。こんな風に――お尻を触ったわけでもないのに」
「――っ!」
おかしそうに笑いながら、静香さんは俺のお尻を触る。ほとんど掴むように、さわさわと撫で回し続けていた。
「ん……ちょ、ちょっと……」
「いいじゃん……私の、なんだし」
「ひ……っ」
ストッキングの薄いナイロン地を挟み、つるつるとしたドレスの裏地が擦れ合う感覚がお尻にまとわりつく。ストッキングそのものが俺にとっては異質で、それを刺激されているとなお独特。自然と内股になっていき、ビリヤード台に身体を預けてしまった。
それだけではなく、お尻を起点として全身に甘い切なさが伝播していった。それは頭はもちろん、胸や股間といった他の性感帯にも届いて、僅かに火を点けてしまったようだった。
すっかり脱力してから、静香さんは手を離してくれた。
「本当……可愛い。私じゃないみたい……」
「え、あの……っ」
「……ああ悪い。あんまり静香が可愛いかったから」
「や、やめてよ有吾さん……こんなところで」
周囲を見回してみるが、他の客からじろじろと見物されていたということもなさそう。いくら大人の店だからといって、あまり派手なことをしたら追い出されるはず。
静香さんは本当に嬉しそうだった。俺の呼び方もちゃん付け呼び捨てだったりと安定しないくらい、浮ついている。残業が続き顔に張り付いていた疲労感と辛気臭さはどこへやら、デートを楽しむプレイボーイそのもの――静香さんの言葉を借りるなら、まさしく別人のようだった。
「ごめんごめん、静香。さ、続きをやろうか」
さすがに反省したのか、静香さんはそれきりセクハラやボディタッチをしてこなくなった。ビリヤードのゲームも最初は上手とはいえない腕かと思いきや、俺の身体のバランスや力を探っていただけですぐ快音を響かせるようになる。俺もビリヤードに詳しい方ではないのだが、十分なテクニックを有しているようだった。
それに、キュー越しにボールの軌道を見定める眼光も鋭く凛々しい。遊びとはいえ真剣さとある種のプライドも伝わってくる。
「お上手なのね」
「一応ね。趣味と呼べるレベルではあるし、普段から持ち歩いているわけじゃないけど、マイキューもあるから」
「へえ……なんだか、おしゃれ」
途中からは静香さんが技術を披露し、俺が褒めるという流れになっていた。それは俺が下手くそだったのもあるが、もう一つ理由がある。
「っとと……大丈夫? 普段強いのに……緊張もあったかな」
「かもしれないわね」
ジントニックをもう一口。頭がくらりときて、一瞬だけ視界が上下反転する。静香さんはお酒に強いと言っていたものの、結構に酔いが回ってきていた。もう、ビリヤードどころではなくなっている。
「……そうね、少しお手洗いに……お手洗い?」
自分で口にしてから、はっとする。今は静香さんの身体だ。いや、そういえば俺もさっき静香さんがトイレに向かうのをただ見送ってしまったが……いいのだろうか。
静香さんの顔を見上げてみると、目を細めている。
「そう。行ってくるといいよ、俺のことは気にしなくていいから」
「……けど」
「――トイレの中まではついていけないしね。大丈夫、ストッキングとショーツを脱いで、ちゃんとスカートを後ろまで上げて座ればいいから」
声をひそめ、耳打ちしてくる静香さん。
「お互い様じゃない。私もさっき、あなたのおちんちん見たし触っちゃったし、勃起させちゃった……ああ、エッチなことまではしてないわよ、流石に。そうしないと、できなかったんだもの。他の人にバレない程度に、好きにしてもいいから」
「……わ、わかった」
「ふふ……おしっこ、ひっかけないでね。私は一人でビリヤードしてるから」
俺に黙って何をしているんだ、などという怒りはなかった。なにせ、他でもない静香さんも同じことをしてよいと、許可しているんだ。
俺だって男、興味ないわけがない。性欲も疲れで減衰気味だったが、ここまで言われれば蘇るというもの。
「……じゃ、じゃあ行ってきます」
「あ、これ。ちょっとリップが落ちてるのと……手鏡も入ってるから、ね。けどあんまりすると、この後が退屈になるかも?」
背後から呼び止められると、ぽんとポーチが投げ渡された。リップはともかく、手鏡って……そういうこと、だろうな。
俺はヒールと静香さんの発言とその意図に気をとられながらも、ゆっくりと女子トイレへと針路をとる。
女子トイレに入ろうとしてまず、女性とすれ違う。そして何も言われる事無く通り過ぎていき、化粧を直す女性とも鏡越しに目が合ってもすぐ視線が外された。
俺は今静香さんという女性であり当たり前なのだが、女子トイレにいるのがなんとなくこそばゆく後ろめたい。直接他人が排泄している場面、ひいては股間や下着なんかを見ているわけでもないのに。
化粧を直していた女性が退出したので、俺はひとり鏡に向かう。バーで入れ替わる前に見ていたが、自分で好きに見て良いというのはやはり違う。
俺と同じ30歳前後とみえる大人っぽさがあるものの、肌はとても綺麗。身体は全体的にスレンダーで胸も目立つ程ではないが、パーティードレスの胸元のシースルー生地には谷間が形作られていた。服からメイクまで真っ黒い、セクシーな女性。
そのままスカートをめくりそうになって、ここではまずいと手を離した。た。個室に入り、小さな棚にポーチを置いて一息つく。
頭痛や吐き気こそないものの、めまいのような症状が続いている。もしかしたら、静香さんは実は酒に弱く、俺に飲ませるため嘘をついたのかもしれない。これまでの様子からするに、酔っ払った俺を見て楽しむためにやりかねなかった。
まあ不快感はないので、強く言うつもりはない。むしろ心地よい気分ではあった。
「……ふう」
さてここから。俺も女性経験は人並みにあるが、まさか自分が女性になったことはない。女性特有の器官、それが自分に備わっているところを見るのは、驚くほどにドキドキとしていた。
「よし……」
俺はゆっくりと、スカートを捲りあげていく。黒いパンティストッキングはラメが入ったように輝いていて、輪郭と陰影を際立たせている。それを剥いていくと、やはり黒いショーツ。シルクとレースが組み合わされており、黒薔薇のような柄が浮かんでいてた。
ショーツも下げてしまう。中は……もちろん、おまんこがあった。かなり丁寧に手入れされた陰毛に覆われていて、女性らしく開いていた。
「……あ」
直接裸や股間を見られるより恥ずかしいような部分さえ、よく見えた。ショーツのクロッチには白いカスやら陰毛がこびりついている。まだしっとりとしている丸いシミは、きっと制御が俺に移ってから分泌されたもの。
その持ち主が変わっても、肉体は変わらず生きている。
「……」
なんだか、それだけのことがとてもいやらしく思えてきて――改めて、こんな色っぽい女性と入れ替わったと実感される。
ただの女装やごっこ遊びなんかじゃない。俺は今、正真正銘大人の女性で、静香さんになっているんだ。
身体が熱くなってくる。アソコが疼いて、胸の先端もじんじんとしてきた。脳髄がとろけてバターになり、お尻がこてんと便座に落ちる。
「……あぁ……」
頭が空っぽになる。そして全身の力が抜けた瞬間、股間からちょろちょろとおしっこが流れてきた。
「……そうだ」
俺はポーチを開けて、手探りで四角い手鏡を取り出した。便座の間ギリギリに差し込むと、おしっこをしているところがよく見える。
よく熟し開いた大陰唇やら小陰唇にはぶつかっておらず、案外邪魔するものはない。しかし蛇口などないただの孔のためか、方向も強さも安定しせず、時に幅が広くなったりもする。
そして、おしっこをしているだけなのに気持ちがいい。男よりもノズルがない分我慢ができない構造だとか耳にしたことがあるが、それだけ排泄を促進するため気持ちよくなれるようになっているのか。
そんな風にしっかりと観察していると、どうにか服を汚すことはなかったものの、手鏡や指にひっかけてしまった。
「……」
俺は逡巡してから、指についたおしっこを舐めてみた。味の品評は避けるが、まあいいものではない。
けどきっと、静香さんはこんなことしない。それを俺がさせているのは、ちょっとした優越感と征服感があった。
トイレットペーパーをからからと回して手に取り、鏡を拭く。それからもう一度紙を出して――
「んっ」
おしっこまみれの股間を、拭う。おしっこでも緩く快感があったのだから、直接触れてなんともないはずもない。ぴりっとした電気が流れて、身体の熱が強まった。
「……あ、ダメダメ……」
そのまま指で慰めたくなるものの、静香さんを待たせるのも悪い。時間をかけても、きっとまたからかわれるだけだ。
「ふう……よっと」
使った紙をぽとりと便器に落とす。膝まで下ろしていたショーツを上げて、ストッキングも穿き直す。やや汗ばんだ肌につかえて手間取ってしまい、なんだか股の下に余裕がある気もしたがこれ以上は諦めた。
俺は手を洗ってから無人の女子トイレを抜け、静香さんのもとへと戻った。
「早かったな。俺はてっきりもっと楽しむかと思ってたけど」
相変わらずビリヤードをしていた静香さんに、かまをかけられる。もっとも下手に自慰をするより怒られそうなことをしていたので、俺は黙るしかなかった。
「さて、そろそろいいか? それに静香……すごく、酔ってるだろ」
「や、やっぱり……有吾さん、私に嘘ついたでしょ、お酒強いだなんて」
「嘘つき呼ばわりはやめてくれよ。まあ体調とかメンタルには左右されることもあるし……たまたまさ」
気になっていたことを尋ねてみたものの、静香さんはおどける。しかし考えてみれば、静香さんは元々あのバーでも酒を飲んでいた。ジントニック一杯でくらくらするほど弱くないのは本当なのかもしれない。
「けどダメそうだね。じゃあ……ホテル、行こうか。静香」
「……うん、有吾さん」
「このあたりだと……ああ、あった」
がば、と静香さんは俺を抱き寄せる。静香さんを有吾……本当の俺の名前で呼ぶのにも、慣れてきた。それに他人のように呼ぶと、自分が別人である感覚が強まって、なんだか自分が誰だか曖昧になっていくような錯覚に陥っていた。
静香さんに連れていかれたのは、近くの普通のホテル。ラブホテルではないうえ、かなり高級そうな佇まい。エントランスを行き交う人々もかっちりした服装。平服の人間など一人もおらず、俺のような安物スーツの人間すらいない。
「ここ……?」
「最高の女を抱くのに、そこらの安っぽい寝床じゃ嫌だからな。金は心配するな、たくさんして、お昼まで一緒に居よう」
静香さんが金持ちっぽいのは思っていたものの、ひょっとすると俺なんかとは住む世界が違うレベルなのかも。それに俺が尻込みしているのは、金銭だけではなかった。
「けど、明日の仕事……」
「構うもんか。一日くらい」
こう言い切られると、いっそ清々しい。どのみち今の会社には嫌気が差していたところだし、普段の俺は真面目そのもの。一日くらい無断遅刻したり、欠勤の連絡が遅れたところで何の問題もない。
「……けど、ここは静香にやってもらわなきゃな」
静香さんは俺の持っていたバッグから、ブランド物の財布を取り出した。なんだか全部にブランド物とだけ言っていると、俺がいかに庶民でものを知らないか悲しくなってくるものの置いといて。
財布の中、静香さんが取り出したのは何かのカード。それは社員証のようで違うようで、顔写真と名前が記載されていた。
そこには――
「しゃ、社長……?」
「そうよ。この系列のね」
カードに記載されていたのは静香さんの名前と目の前にあるホテルのグループ関連会社、その代表取締役社長との文字。
「す、すごい人だったんですね……」
「そそ。すごいでしょ」
気負うでもなく、静香さんは言ってのける。それから俺にカードを手渡すと、いくらかのセリフを叩き込まれた。
「まあ半分顔パスというか通るとおもうけど、ね。頑張れ」
「う、うん……」
このホテルは静香さんが使いたいと言えばいくらかの手続きをパスして利用できるらしい。直接のオーナーや所有物というわけでもなさそうだが、いわゆる福利厚生の範囲なのだろうか。俺のよく知らない世界だった。
大量のハテナも引き連れ、正面から堂々と入っていく。社員証を見せてフロントの機械で照会、間もなく俺たちはホテルマンに案内され――スイートルームに入れられた。
広くて綺麗な洋室で、それも何部屋もある。まるでマンションの一室であり、ホテルといえばせいぜいがリゾート地にある広いものの一部屋でユニットバスが入っているようなところしか知らない俺にとっては、もはや俺の語彙では追いつかなかった。
なにより静香さんは気負うでもなく、当たり前のようにスーツのジャケットを脱いで放り出したのが信じられなかった。のんびりと部屋を見て回り、こんなものかと言わんばかりにふうと息を吐いた。
「……ええと」
「驚いた? まあ今は気にしなくていいよ。ここは舞台、脇役だからね……それより」
静香さんは俺の手を引いて、キングサイズどころではないベッドにぽふんと押し倒してきた。俺は抵抗せず、転がされる。
「このまま二人でする? それともシャワーがてら、お互い自分の身体を探索してみる?」
「あ……え……」
今更ながら、そうすることはもう決定しているよう。覆りそうになかった。そのつもりもない。俺だって楽しみにしていたのは本当だった。
「……あ……っ、ええと……」
けれども、二人でするということは、俺が俺に抱かれることとなる。いくら元の自分とはいえ、まだ男とセックスをする踏ん切りはついていない。
少しばかりの覚悟の時間は要る。そしてこのままだと、自分の身体を知り尽くしている静香さんのおもちゃになるに違いなかった。
「その……少し、一人がいい……かな」
それでも『あなたの身体を自分で好き勝手遊びたい』と言うに等しい羞恥と申し訳なさ。俺はしどろもどろになりながらそう告げる。
「まだ慣れないかなって……それに、恥ずかしい……し」
「そっか……けどごめん、やっぱりこのまましよう」
「え? ――っきゃっ……んっ」
がばり、と静香さんに抱きすくめられる。大前提の筋力差や酔いやヒールで立ちくたびれている俺は何も出来ず、ぎゅうと抱きつかれる。
そして静香さんの――元の俺の顔が迫ってきて、唇が触れた。
「……っ」
「っぷ……ふぅ……静香、可愛い……っ!」
「ぁ、ぁあ……っ」
一度口を離されたかと思えば、すぐに再びキスをされる。今度は舌も絡まり合い、リップが剥がれるのもお構いなし。情熱的で、野性のキスをした。
しかし、俺はただ貪られるままの獲物ではない。生殖には一ミリも関係なく、いつも物を食べたりしているところが舌で撫で回されただけだというのに、俺もすっかり身体が再点火してしまった。
途中からは俺も唾液を求め、男臭さがやみつきになる。俺が何十年と過ごし地続きに抱いてきた男のプライドというものは、ほんの数時間借りた肉体からくるメスの本能によって上書きされてしまっていた。
「あっ」
また口が別れると、俺は顔を突き出して追ってしまう。静香さんは意外そうに笑った。
「キス、気持ちいいだろ?」
「ええ……」
もっとして欲しい。俺は耐えきれず、静香さんの耳にしゃぶりついた。汗や汚れ、それにシャンプーの微かな味は、俺の情欲を掻き立てた。
たぶん、静香さんの身体が若干の匂いフェチというべきか、香りに敏感なのだろうとも思った。そうでなければ、自分自身の体臭と味なんかにこんなに乱れるはずがないんだ。
俺はそう言い訳しながら、静香さんを舐め回す。首、鎖骨まで舌でなぞっていったあたりで、引き離された。
「早い早い。まずは、静香からだよ」
俺は静香さんの胸の中、ドレスの背中側のボタンが外されていく。ふぁさりと前もはだけ、あっという間に剥かれていく。俺は黒薔薇柄のブラジャーとショーツ、そしてラメ入りストッキングだけの姿にされてしまった。
「綺麗だな……なのにどうして自分だと、好きになれないんだろうな」
「え……嫌い、なの?」
「おっと失敬。最中に言う事じゃないね」
ぽろりとこぼれた、静香さんの本音。
あの不思議なバーは、何か深い憂いがないと立ち寄れないとマスターが言っていた。それに、入れ替わってからは不自然なほどに俺を静香と呼ぶ。もしかしたら、静香さんの悩みは自分の容姿なんかにコンプレックスがあったのかもしれないと、漠然と思う。
その思考は、静香さんの愛撫によって霧散する。いや、愛撫というほどのものではない。肩を抱かれ、背中をさすり、そして僅かに胸が押しつぶされただけ。
それだけだというのに、俺の身体は歓喜に満ちあふれていくようだった。スイートルームにほんのりと漂う気品のある香りは、俺の身体から立ち上る汗の匂いに負けていた。
手は、俺の耳たぶに伸びていく。
「……っふ、ん……っ!」
「静香も、耳感じるんだよな」
「や……ぁっ、んぁっ……っふぁっ!」
静香さんは、俺の耳たぶをくにゅくにゅと揉みしだく。快感は脳に直接届いて、視界をぼやけさせていく。静香さんがピアスやイヤリングなんかをしていないとは思っていたが、まさかこんな理由だったとは。
「……っく……んっ!」
「さて。男ならここも気になるよな」
「ふぁ……っ」
ぷちりとブラジャーのホックが外されて、ブラジャーに包まれていた胸があらわになった。スレンダーな静香さんらしい控えめなバストで、仰向けになっている今はほとんど平ら。そんな中、乳首の桜色がぴんと勃っているのはとても淫靡だった。
「……んう、あっ、あぁっ……っ!」
少し転がされた後、静香さんは乳首を咥えてきた。指にはなかった暖かさとぬめりはあまりに強烈で、胸の奥がじんと燃える。
眼下にある俺の頭も、なんだか愛おしい。これが静香さんという人物をいたわるものなのか、乳を欲しがる子に抱くようなたおやかさなのかは判然としないものの、おっさんらしいショートヘアを優しく撫でたくなる。
「……あぁ……っ……」
両方とも、満遍なく。母乳などはないが、迸り出るような快感がそれを予感させた。
「はぁ……はぁ……」
息継ぎのように、静香さんは離れた。俺もベッドに放られ、肩で息をする。
ストッキングを穿いたままの脚は汗がひどく、蒸れてきている。そろそろ脱ぎたい、脱いでアソコをいじって欲しい、きっと次はそうしてくれるはず――そう考えて待っていると、俺に与えられたのは快楽ではなかった。
「……どう?」
静香さんは服を脱ぎ、裸になっていた。そして俺の目の前に出されたのは、俺のチンポ。
刹那の迷いもなく、俺は口をつけて飲み込んでいった。
「ふ……ぐっ」
「早いんだ……静香、男の臭い好きだもんな」
俺のチンポの臭い。これまで生きてきた中では、自分の体臭であるから極端な忌避感はないもののいい匂いなどと感じたことはない。ちゃんとスプレーなんかで消臭を試みて、それでも残る物という扱いだった。
しかし今はどうだ。排泄器官として溜め込んだアンモニア、構造上絶対にこびりついてしまうカス、それらが狭いボクサーパンツに閉じ込められて蒸れに蒸れ熟成された、男の臭い。
何一つプラスなど無いはずなのに、俺はうっとりとして味わっていた。
まずは舌で亀頭を剥き、カスをこそぎ落とす。じゅぽじゅぽと音を立てて全体をこすりながら、すべてを吸い出す。
正直、これが静香さんに快楽を与えているかなどどうでもいい。奉仕などではない、俺の浅ましい本能を満たすためのフェラチオだった。
「……んぐ、んぐっ、ぐ……っ」
「偉い偉い……っけど、そろそろ」
ちゅぽんとチンポが抜かれてしまう。名残惜しかったものの、俺は異論を唱えはしなかった。それよりも、いいことをしてもらえると思ったから。
期待通りにストッキングとショーツが脱がされ、脚を広げられる。
「……いくぞ、静香」
「うん……来て、有吾さん――んぁあっ!」
静香さんは俺にのしかかってきて――すんなり、チンポとおまんこが合体した。
俺のおまんこはとっくに愛液でとろとろ、静香さんのチンポもバキバキでなにも問題はない。すぐ具合は整って、パコパコと鳴りながらセックスが始まった。
「ひぁ――ぁぁああっ!」
まず――最初の数ピストンで、俺はイってしまったことを白状しなければならない。
亀頭が膣口に侵入してきて、広がっただけでもバチバチと目の前がスパークした。にゅるーっと奥へと入れば、まさに天国。モノにあまり自信はなかったものの、俺の奥にちゃんと届いて女性の一番大切な器官をしっかりノックしてくれていた。
こん、こん、と、自分が健康なメスであると教えられる。そして相手が、このまま射精すれば種を仕込めるオスだとわからせられる。とんでもなく倒錯的だったが、女体の快楽には抗えなかった。
「有吾さん、有吾さん……っ!」
「静香……っ! お前の中最高だ……っ!」
お互い本当の名を捨て、肉体に溺れる。何度も何度も静香さんは――有吾さんはピストンを繰り返し、俺は何度も何度も絶頂していた。愛液も流し放題、潮も噴き放題。
けれども有吾さんは手加減などなく、俺を犯していた。もう左右どころか上下も分からない。ここがどこなのか、相手が誰なのか、自分が誰なのか、根源的な認識さえ冒されていく。
「ぁぁあっ、ぁああっ、んぁああっ!」
イってイってイきまくる。もう正気などなかったが――それでも、最後の瞬間だけは分かった。
「静香……っ、俺の子を……っ!」
「ちょう、だい……んぁっ、あぁあっ!」
有吾さんが吠えると、チンポが激しく脈動する。俺の一番深いところに攻め入って、どくどくと射精をした。子宮が満たされていく。幸せで一杯になり――俺はそのまま、意識を手放すこととなった。
◆◆◆◆
翌朝、目が覚めたのは昼前だった。どうやら朝方までセックスをしていたらしく、体中カピカピ。スイートルームのベッドも結構な有様だった。
「……うー……」
「起きた?」
ベッドルームを出て居間(というのか分からないが)で静香さんに迎え入れられる。ずっと前に目を覚まして諸々を済ませたらしく、バスローブ姿でコーヒーを傾けていた。
「……おはよう、ございます」
「うふふ、おはよう。昨晩はありがとうね」
静香さんは元の口調に戻っている。ひとしきり満足した、ということだろうか。
「男の人って気持ちいいのね。おちんちんもそうだし……女を自分のモノにするって、すごく快感」
「あー……はい、こちらも、楽しませていただきました」
「硬いなぁ」
そこで裸だったことに気づき、俺は身体を手で隠す。
「会社には連絡したわ。というより連絡が来たから、ちょっと体調悪いので休みますって言ったらすぐ終わった感じ」
「ありがとうございます……静香さんの方は、大丈夫なんですか?」
「ええ」
静香さんの目に、少しだけ真剣さが交じる。
「……あのバー、憂いがないと入れないって。憶えてる?」
「はい」
「……詳しくは言わないけど、静香っていう女でいるのが嫌になっちゃって。それであそこにたどり着いて、マスターに話したら……ま、あとは知っての通りかな」
確かに、一晩だけでも自分以外の人間になることはできた。おそらくはそれで色々と見つめ直し、自分を取り戻す……というような流れなのだろう。
一方で俺の悩みは恋愛。そうなると、この静香さんと深い仲になる……ということかも知れない。
俺の男としての格はどう考えても釣り合わないが、静香さんのことは嫌いじゃなかった。これから相応しい男になれるよう頑張れる、という筋書きで仕事の方もより励むよう誘導するものだとしたら、なるほどお互いの悩みが解決される形となるだろう。
「……さて、これを飲めば戻れるらしいわね」
静香さんはテーブルの上においてあった小瓶を左右に振る。マスターから渡されていたものだ。
しかし、静香さんはいたずらっぽく笑う。
「いつでも戻れるわよね。けど……すぐ戻りたい?」
「……本音を言えば、戻りたくはありません。けど俺、社長の代わりなんて出来ません」
戻りたくは、ない。まだ女性の身体はまだまだ楽しみ切れていなかった。自分でもいじってみたいし、もっと……俺の身体と、したい。
だが肉欲に任せて決めて良いものでもなかった。お互いの仕事や立場もある。
「ふーん……じゃあしなくていいよ」
「は?」
その返答に、俺は素っ頓狂な声を上げてしまった。
「父親に宛てがわれただけのほぼ名前だけ社長で、そんなにやることもないし……部下もみんな優秀だからね。ああそうね、あなたもうちの会社に入りましょう」
「は?」
「もう……私の顔で間抜けヅラしないでよ」
「え、だって……」
話がウマすぎる。願ってもないことなのだが。静香さんは社長で、俺ひとり自分の会社に入れることぐらい簡単だからこそ、俺の仕事を軽視していたのだろうことに気がつく。
「いいから。ほら、シャワー浴びて、ご飯食べたらまたしよ? 私一人でしてみたんだけど、やっぱり私の中がいいみたい」
「ええ……」
俺はそのまま、バスルームに連れて行かれる。
なんだかとんでもないことになった。しかし結果だけみれば、静香さんは静香さんではなくなり、俺はパートナーに巡り合うことが出来たといえる。
これが想定解なのかは知るよしもなかったが――広いバスルーム、結局セックスを始めた俺たちは、どうでもよかったのだった。