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雪中アヤメ
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【先読み】モノになる悦びを知りに

 初めてヒトペット広場に行ってから、はや数ヶ月。すっかりハマってしまってもう三回も行っているけど、その一方で郊外も郊外にあるあそこはどうしても頻繁には行きづらい。それに風俗店として見るには安いとはいえ、交通費もあるし気軽に出せる料金というわけでもなかった。  だから他にももっと通えるところが欲しくなるのは必然のことで、いろいろ調べてみることにして……見つけたのが先日のことだ。ボンデージバーとか呼ばれる場所で、拘束具やプレイの体験をしながらお酒を飲めるらしい。あくまで体験したり見られたりするのは客のほうで、嬢と呼べるような存在が一対一で対応したりはしないから金額も良心的。他のお客さんに見られるという点も、ヒトペット広場ですっかり慣れているから気にすることもない。  似た形態のところだとイベント会場的な形式でやっているところも多いようだけど、目をつけた近場のところは普段からバーとして営業しているらしい。平時は体験はともかく、見られるかどうかは運次第のようだけど。  とはいえせっかくなら定期的に行われるイベントの開催日に行ってみたい。そう思って調べてみると、直近で私の予定にも合うのが今日だった。今はそこに向かっているところなんだけど、電車で数駅だから充分行きやすい部類だ。  そのイベントの日は、事前に予告した上でコンセプトをもって普段よりしっかり体験を募っているらしい。当日飛び入りも大歓迎とあったけど、せっかくだから予約もして行くことにした。  今日のイベントは『Bar possession』。ポゼッションプレイ、というものがコンセプトらしい。人を得意の位置に固定してしまう、拘束要素の強いプレイ……とのことで、前回開催時のものらしき予告時の写真では女性らしき人影がラバーに包まれて椅子にされていた。  私はペットプレイしか経験がないから、それにもハマるかはわからないけど……広場に初めて行ったときの経験もあって、挑戦には前向きになれていた。一応似通った、親戚的なプレイらしいし、試してみよう、と。  SNSアカウントでは、一時間ほど前に始まってさっそく盛況な様子が報告されている。そのアカウントに紐付けされている地図に従って繁華街を歩き、記された通りのところに到着すると……表には『Bar fetishism』と書かれた控えめな看板があるだけ。  あまり大々的には呼び込まず、調べたりして事前に知っている人だけに所在を知らせるような雰囲気だ。さりげないゾーニングともいえるこれも、好きな人が心置きなく楽しめるためのものなのだろうか。確かに私も、同じものが好きな人なら男の人には見られてもいいけど、全く興味も理解もない人には見られたくないからわかるというか。  表からは中の音や声は聞こえてこない。近くに立ち止まっているような人はいないうちに、意を決して扉を開くと……二重扉になっているらしい向こう側から、それらしい音が聞こえてきた。革やラバーが軋む音、男女問わず悶えるような呻き声、楽しそうな人の談笑や氷がグラスに当たる音……雰囲気のいい喧騒、というほどうるさくもなくて、ただ賑やかなくらいだけど。  身を滑り込ませるように外扉を閉めて、この仲間だけの宴を外に漏らさないように。まだ見てもいないのに、不思議と同好の士の連帯感と特別感を感じたのだ。それから改めて、内扉を開く。 「あ、いらっしゃいませー! 一名様でしょうか?」  その先に広がっていたのは、想像していた通りの光景だった。  広いスペースでさまざまに拘束……“変身”して点在している人たちと、それをバーカウンターやテーブルから穏やかに見守る人たち。変態性と安心感の均衡が取れた、期待そのままの空間だ。これなら私も、不安なく身を委ねられるかもしれない。 「は、はい。その、体験の予約で」 「ご予約の方ですね! 失礼ですが、お名前を……」 「登録してあるのは、サチ、です」 「サチ様、お待ちしておりました! 初めてのお客様とのことですので、まずは私、イヌイがご案内いたしますね!」  すぐに寄ってきたのは、どこか小動物的な所作の女性スタッフ。名札に“イヌイ”とカタカナで書いてある彼女だけど、大人かどうかもはっきり判別できないところがあってとても可愛らしい。ここで働いているということは、当然成人なんだろうけど。  そんなイヌイさんはサイトに登録しておいた名前を告げただけで予約の受理をしてくれて、そこで初参加の項目にチェックを入れておいたからかそのまま案内してくれることになった。 「えっと……最初は見学してからでも大丈夫ですか?」 「ええ! では、何からご覧になりますか?」  とてもいろいろなものがあるけれど、どれもどんなものなのかは知らない。そもそも似たようなジャンルで好きそうと感じたから来たけど、ポゼッションプレイについては詳しく知らないのだ。  素直に伝えるとイヌイさんは大丈夫だと言ってくれて、そのまま説明までしてくれた。 「ペットプレイはご経験があるんですよね? でしたら、けっこう似たようなものです。なるのがワンちゃんや猫ちゃんじゃなくて、家具やオブジェになるだけですね。こんなふうに」 「……それが、こんな感じの」 「そう!」  イヌイさんが指し示したのは、小物を置く“サイドテーブル”。椅子の脇に置かれていて、ちょっとしたものを置いておくのにちょうどよさそうな大きさの天板がある。  膝立ちになった人が頭までラバーに包まれて、両腕をまっすぐ前へ伸ばしている上に天板が固定された形だ。背中に添えられるように金属のポールがあって、そこに全身ががっちり固定されている様子なのと……腕そのものを支え固定するような横向きの棒も天板下に通っている。股下にも支え棒があるから、完全に力を抜いても崩れずに維持できそうだ。 「……これはですね、モノです。人間なんかじゃない、そこにあるだけのただのモノ」 「…………っ、ふ……!」  そんなサイドテーブルを、イヌイさんは強調するように「モノ」と言った。そこに尊厳など認められていないのはペットプレイでも同じだったけど……なんとなく察してしまう。大きな違いは、生き物としてすら扱われていないところだ。  ペットは飼い主にとって誰でもいいわけではなくて、個体ごとの個性を大事にされる。これはペットプレイでも同じ。しかしモノの場合、その個性さえ無視されてしまうのだ。  この全身どこを見ても露出していないサイドテーブルは、中身が誰であっても変わらない。それどころかむしろ、同じであることを求められてしまう。なにしろこれはサイドテーブル、量産品として使われるべき家具なのだから。  そうして完全に物品として扱われたサイドテーブルは、小さく呻いて興奮を垣間見せた。こんな扱いをされて興奮できてしまう存在なのだ。  それに、興奮のままに悶えたのかもしれないのに、こんな……天板に置かれた何かのリモコンが音を立てすらしない反応しかできていない。身を震わせることすらままならないほど、全てを剥奪されている。  口にはフェイスクラッチマスクの上で詰め物をされているような声しか出ておらず、目元はラバーの全頭マスクがつるりとしていておそらく何も見えていない。 「……確かに、モノ……ですね」 「でしょう? こういう、人間であること自体をやめてしまうのを楽しむのが、ポゼッションプレイなんです。……ペットプレイとはよく似ていますけど、ちょっと違いますよね」  ところで、このバーは大きく体験エリアと鑑賞エリアに分かれている。鑑賞のお客さんは体験エリアにもいるんだけど、鑑賞エリアはあくまで距離を取ってまったり楽しむ場所だ。  つまりサイドテーブルのようなモノは体験エリアのほうにある。けれど、これの横には椅子があった。 「これも?」 「はい! これもモチロン、ただのモノです。けっこういい椅子なんですよ?」 「う、ぅ……」  椅子ではあるし、椅子の形は間違いなくしている。ただ、明らかに人型でもあった。ちょうど普通の椅子に人型が座って、そのまま括り付けられているような格好だ。  深く腰掛けてまっすぐ伸ばした背を背もたれに預け、両腕はそれぞれ肘掛けに、脚は開いてふくらはぎを四脚の前二本に、各所をベルトでしっかり固定されている。ただ、股の間や太腿の外側、脇や首周りなどにふわふわのクッションが敷き詰められているから、まるで埋め込まれたようになっていた。  ただ、けっこういい椅子というのが言いたいこともわかる。近くには別の、クッションがなく人型がそのまま出ている椅子もあったから。  ……この二脚の椅子は今、クッションの有無という外的な要素で優劣をつけられている。それこそがまさに、これらに人としての個性や違いは一切認められていないことを示している。 「座ってみますか?」 「いいんですか?」 「もちろん! ここに置かれているモノたちはみんな、それらしい使い方をされることを望んでいますから!」 「ん…………」  触ることすら躊躇ってしまっていた私の横から、イヌイさんは着席を提案してくれた。……言われてみれば、座られたくないならわざわざ椅子になったりはしないだろう。ここでは他にもいろいろなものがあって、どれにでもなれるのだから。  頷いたつもりなのだろうか、椅子から肯定したような雰囲気の呻き声が聞こえた。埋め込まれたような頭の額部分までベルトが回されているから、首を振ることすらできないようだけど。  幸いにして着ている服に硬いパーツや飾りはない。そういうことなら、座ってることにした。  支えにしようと肘掛けに手を置いたら、跳ねようとしたような反応が辛うじて感じ取れる。つるつるでありながら摩擦の強いラバーの感触と、その奥から人肌の熱が感じられる。……このフロアが強めに冷房をかけている理由がわかった。 「ん、む、ぐ……うぅっ!」 「う、わ……なんか、不思議な感覚……」 「でしょう? コレはあくまでただの椅子ですけど、それでいて独特な着席感もするんですよ」  そのままお尻の位置を合わせて、体重をかける。もぞ、とわずかに動くような言い表しづらい感覚がして……イヌイさんのジェスチャーに従って背もたれに預けると、耳元から苦しげな呻き声が聞こえた。  まるで全身が微動するマッサージチェアに載せられたような感覚。女性なのだろう、胸の柔らかさも背中に感じる。動きを止めても時折音が鳴るものの、その声からはどこか気持ちよさそうな色が感じ取れた。  椅子として座られるの、気持ちいいのかな。ぐっと圧迫されて、人間さまに使われて、尊厳も何もかも奪われて……。 「……あの、これって」 「っ!」 「お好きにどうぞ!」 「では……」 「「んぅぅっ!?」」  そこでふと気になったのが、サイドテーブルに置かれたリモコン。上下三角を含む数個だけボタンがある、小さくシンプルなものだ。……私も性について何も知らないわけではないから、さすがにこれが何かはわかる。  許可が出たからON/OFFらしきボタンを押してみると……椅子とサイドテーブルが、同時に大きく鳴いた。そのまま止まることなくどちらも喘ぎはじめて、椅子については体を跳ねさせようとしているのも伝わってくる。 「んんっ、むぅ……っ、ふ!」 「……なるほど。ひとつしかないの、なんでだろうって思ってたけどま……両方なんですね」 「こちらはセットなんです。面白いでしょう?」 「ええ、まあ」 「んぁ、むぐ……ぅぅ、っ!」  どうやらこのひとつのリモコンが、椅子とサイドテーブルの両方に仕込まれたオモチャを同時に動かすように設定されているらしい。弱めれば一緒に落ち着くし、強めればどちらも悶えている。  イヌイさんはなんだかサイコパスのようにも聞こえる発言で同意を求めてきたけど、その通りで面白い。というか、これらはモノなのだからそう扱うのが正しいのだ。現にイヌイさんと私の発言、どちらにも反応しているし。 「……っ、んぅ、ゔ!!」 「……えっと、そうだ。他も見ないと。時間なくなっちゃう」 「サチさんは体験希望ですもんね。じゃあ、次に行きましょっか」  なんとなく両方が一度イったような反応をしたところで、スイッチを切った。本当にイけたかはわからないし、ちょっとズレがあったから椅子のほうは二度目へ肩透かしされているかもしれない。  だけど、私はむしろ体験しに来たから。まだふたつしか見られていないし、次に動くことにした。このふたつに私が体験希望の同類であることを聞かせたのは、わざとだった。  次に見に来たのは、オブジェのほう。家具と違って実用的な意味は付与されず、美術的な扱いをされながらただ見られるためのものだ。  たとえば……。 「胸像……」 「これが一番簡単で、楽でしょうね。その分初心者向け」 「といっても、この時点でけっこうぞくぞくきますけど……こことか」 「ああ、作品タイトル! いいですよね、これが美術品で、製作意図はあっても人格なんてないってわかって!」  ……なんとなくだけどこのひと、私より楽しんでいるのではなかろうか。解説するという体でモノたちに屈辱的な事実を聞かせて楽しんでいる、生粋のサドのように思える。  だけど、きっとそんなイヌイさんの言う通りだ。この胸像に限らず、ここにあるオブジェたちを何よりも貶めて、ポゼッションプレイたらしめているのはきっとこのキャプションボードだ。ただの特殊な形で拘束された人から、美術品である彫像まで一気に存在を貶めている。 「……『扉』」 「サチさんと同じ、今日が初めてな子なんです。それどころか、こういうプレイ全般の体験そのものが初めてなので……変態の扉を開いた、というか!」 「…………」 「初めての方に容赦ない……。けど、言いたいことは、わかるかも」  この胸像のキャプションボードは胸元の前、土台の上面に設置されているから、本人からも読むことができる。とはいえ文字は向こうを向いていて、自分に読ませるためのものではないとわかる仕組みだろう。  突きつけられたようにもともと真っ赤な頬をさらに赤らめて、『扉』はすっと目を逸らす。普通なら有り得ない向きで読まされるキャプションボード、案外強烈だったりするのかもしれない。  そんな胸像は、確かに作りそのものは比較的楽そうだった。胸の下までを収納して埋め込んだようにする土台から、裸の上半身が飛び出ている。両腕は横に揃えられているけど、中で何かしら拘束されているのだろうか。  顔もさほど隠されてはいなくて、目隠しもないから自分自身の作品タイトルを含む周囲を見ることができる。口にはボールギャグが噛まされていて、どうしても垂れてしまう涎は自身の乳房に垂れていた。そのまま流れ落ちた水滴の道が運悪く乳首を通ったらしく、濡れたままつんと立っているのが……なんというか、シンプルながら艶かしい。 「…………ぅ」 「どうです、案外いいものでしょ、胸像も」 「はい。最初は下半身が隠れてるのがって思ってましたけど、すごくいい」 「見せたいところだけを見せるのも芸術ってわけです」  さっきの家具のときもそうだったけど、もはや本物として扱っている会話だ。そんなものを叩きつけられるの、どんな気分なんだろう。……まあ、後でわかるんだけど。  そのまま二人で胸像を離れる。心なしか『扉』は胸を触ってほしそうでもどかしげだった気はするけど……だって、それは美術品だ。触ってはいけないだろう。  せっかくだから、オブジェをもうひとつ。 「こっちは……」 「ああ、これ。ふふ、挑戦的でしょ?」  目に留まったのは、ここまででも一番露骨な……品のないともいえるエロスを持った作品だった。  タイトルは『解放』。名前はシンプルだけど、これがまた、凄かった。 「ここまでする勇気は、私にはないかも……」 「これの素材にとっては、これこそが解放なんです。サチさんも、そんな感じのは覚えがありません?」 「ああ……それは、はい」  奥側も壁になって四方向がアクリルの、ディスプレイケースの形状だ。その中にオブジェとして置かれているんだけど……そこにあるのは、尻。奥の壁、というか箱から、仰向けかつ脚は上げられた形で尻だけが突き出ている。ちょうど壁尻を上下逆にしたような感じだ。  つまり、一番恥ずかしいところだけを丸出しにして晒している。アクリルケースの中で、完全に何も余計なもののない女性器とお尻の穴だけが展示されているのだ。このために整えたのか綺麗な無毛の縦筋が差し出されて、見られていることがわかっているらしくひくついている。だけど、そこ以外の部位は一切露出していないから、それが興奮なのか恥じらいなのかすらわからない。  ごく薄く開いた割れ目はしっとりと濡れて、その下端から尻穴を通ってテーブルに垂れている。これほど徹底的に個性も人格も否定されて、性器の形という個性こそ残されているものの普通見せないそれは個人の特定に何の役にも立たず、ただ見られて興奮しているという事実を強調していた。  確かにこれは、そういう美術品だ。だって、それ以外の何の役にも立たないから。あまりに無様で一見下品にすら見える、というか実際そうだとは思うけど、一方で不思議な魅力がある。 「…………すごい」 「だんだん、モノになる子の声色になってきましたね?」 「はい……そろそろ、我慢できない、かもです」  そこしか見せていないからかえって、思い切って晒せるのかもしれない。事実として私にはこの『解放』がどんな子なのか、全くわからないし。……だけど、そう簡単ではない。私には今これをやる勇気はない。  ただ、これが解放であるというのは、少しわかる気がした。こんなことを望んでしまう自分の奥底を、こういう形でなら解放できる。それを見てもらえて、楽しんでもらえるのはきっと幸せなことだろう。私も部分的ではあるけど、ヒトイヌになったときに感じたものだし……それを求めてここに来たのだ。  とても、心強く思えた。さっきまでは正直、ここでモノになるのが少しだけ怖かったけど……今は、早くなりたい。あれもこれも、そのくらい魅力的だった。    ───そして。 「…………っ、ン……」  私は今、モノになっていた。  既にあった家具もオブジェもひととおり見て、あれもこれも魅力的に感じて、モノを鑑賞する側としての楽しみもよく理解して楽しんだところで、それでも私はその惨めなモノたちの仲間入りを望んだのだ。  予想外でもなんでもなかったし、周囲に驚かれもしなかった。ここにはそういうマゾと、それを見たくて来ているサドしかいないのだから。さすがに服を脱ぐこと自体は人前では恥ずかしかったけど、モノになるにあたって邪魔になるもの全てをロッカーに置いて更衣室からフロアに出てくることは意外なほど難しくなかった。  この『Bar fetishism』にいる間は、私は人間である前にマゾなのだ。向こうにいるサド様とは別の存在だから、そうするのも当たり前。恥ずかしいし屈辱的だし思わず手で隠しそうになったけど、それら全部を引っくるめて興奮しているし、期待していた。 「ふ……っ、ぅ……」  あくまで望んでなっているし、こういうイベントはマゾがいないと成立しないから実は立場的にはやや強い。どれになりたいかは可能な限り希望を通してくれる。……本当に迷ったけど、今日なりたいモノはひとつに絞った。  サイドテーブルだ。ポゼッションプレイが初めての私でも負担的に問題なく、視線もほどほどに向けられるちょうどいいモノ。それでいて本当に屈辱的な、単体どころか主役にさえなれない付属品。貶められたい、という思いが強かった私にはぴったりだった。  形はさっき見たものと同じだ。頭まで全身をラバースーツで包んで人間らしさどころか生物であることまで否定されて、膝立ちでぴんと背筋を伸ばしたまま徹底的に拘束され自由をとことん奪われて、テーブルという家具としての新たな役目を押し付けられている。  ふくらはぎと膝の狭間あたりでポールを挟みながら両膝立ちになって、足首と膝を揃えたまま台座に固定。腰、胸元、脇の下、首元、そして額と何ヶ所にもわたってベルトで背中を通るポールへ縫い付けられていて、とてもではないけど身動きなんて取れない。仰け反ったり腰を揺らしたりさえできないほどの完全な拘束がここまで厳しいとは、動くこと自体はいくらでもできるヒトイヌしか経験がなかった私は知らなかった。 「んく……ぅ」 「ん、ん…………」  腕も正面へ真っ直ぐ伸ばして、それを真横に枝分かれしたポールに括りつけられて固定されている。掌を上にしたその上に天板を載せられて、そこにテーブルとして小物が置かれている。なってみてやはり、この形だと載せられた物の重さはよくわかる。  見ていて気付かなかったのは、ちょうど股下の位置にもうひとつ枝分かれがあったこと。短く突き出て上へ曲がった細めのそれは今、私のアナルに深々と突き刺さり責め立てている。人間家具にとっては尻穴でさえ、ついでに気持ちいいだけのただの固定具だった。  ……取り外しはできるらしいけど、私は尻尾で慣れていたし開発もされていたから固辞した。締め付けたり緩めたりで自分でも少し気持ちよくなれるし、身動きの取れない中で放置中も気が紛れるから、あってよかった。  そして当然だけど、サイドテーブルは椅子の横に置かれる。私の隣、ちょうど前方に横を向く形で、椅子として設置された子が呻いている。私よりほんの少し後に設置されたから、声色で女の子であろうことくらいしかわからない。顔も名前も性格も、どんな形の椅子なのかさえ私には知る手段も権利もない。許されているのはせいぜい、お互いの情けない呻き声を聞き合って、変態性とプレイの仕打ちを共有し慰め合うことくらい。  そんな子と二個一組の家具として設置されて、使われるためのものというよりは展示されている。向こうの方にはそれなりにたくさんのお客様がいてバーとして利用しているのに、この椅子に座ってはくれないし私にグラスを置いてくれない。それがなんだか、家具として、用途を設定されたモノとして屈辱だった。  だけど、ほどなく変化が訪れる。 「あ、コレからご覧になりますか?」 「はい。こういうのを見るのは初めてだけど、目を惹かれるというか」  聞こえてきたのはイヌイさんと、優しげな青年の声だ。どうやら私がさっきそうしてもらったように、初めての人に解説としてついているらしい。  今度はどうやらサド側のお客様の初体験のようだけど、それが私たちのところにきた。声の位置的にたぶん、私の斜め前、椅子の正面あたりから見てきているはずだ。予想通り全頭マスクには穴なんてなかったから、何も見えていない中での聴覚による想像だけど。 「これはですね、モノです。人間なんかじゃなくて、ただここにこう設置されているだけの、ただの物品」 「っ!?」 「ぅ……」 「……言われて反応しているようだけど」 「まだ完成して間もないので、少しモノらしくないように見えるかもしれません。木製品なんかも、使い込んで味が出るとか言うでしょう?」 「…………っ」 「ン……!」  私が聞いたときも、似たようなことを言われていた。そのときはただ想像でぞくりときていただけだったけど、いざモノとしてこの言葉を降らされてしまうとわけが違う。根本的な尊厳否定に思わず喉を鳴らしてしまって、固定ベルトも少しだけ軋んだ。椅子の子も似たような感じだ。  ところがイヌイさんは、私たちの不出来を許してこそくれたものの……さらなる強烈な追い討ちで、私は危うくイきそうになってしまった。私は今、木製のヴィンテージ家具と同列に扱われたのだ。ほんの少しでも体が反応して動いてしまうことさえあしらわれて、やがて馴染んでいくことを前提に紹介されてしまった。 「お座りになってみますか?」 「いいんですか?」 「はい! なにしろこれは、家具ですから。使われるのが役目というものです」 「じゃあ失礼して……これもちょうどいい」 「ん、ぐ…………!」 「ぁ……」  一度向こう側を経験したからこそ、この後どう展開するのかがなんとなくわかる。それを見越してイヌイさんがずらしてくるかもしれないから、過信はできないけど。  再度ただの家具であることを強調されて、確かに人間の女を素材にしていることは明らかなモノを使われる。向こうから苦しげな、しかし一方でとても気持ちよさそうな呻き声が聞こえたと思うと、私には何か軽く小さなものが置かれたことがわかった。……音と感触からしてたぶん、向こうから持ち歩いてきていたグラスだろうか。  グラスを支えるよう意識する必要すらなかった。重さや大きさはしっかりわかるくらい天板と腕が密着しているのに、どちらもぴくりとも動かないほど固定されているから私が支える必要はどこにもないのだ。何もしなくても安定するし、私がひっくり返そうとしたとしてもきっと少しかたかた鳴らすのが限界だろう。  口は詰め物までされて口枷に封じられているはずなのに、不思議なほど声が出てしまう。そのくらい興奮が激しくて、辱めに反応させられてしまっているのだと思う。もはや聴覚が許されていることすら不思議なほどの、放っておかれている間はアナルに咥えたただの短い金属棒を味わって認識を保つしかないモノだからこそ、たまの刺激には我慢がきかない。  さっきは熟成されていないからと言われたけど、たぶんこんなことが好きな変態マゾがなる家具は、いつまで経ってもこんなだと思う。これほど興奮させられて、辱められて、無反応でなんていられるわけがない。  ……興奮しすぎて、ひとつ忘れたまま浸ってしまっていた。 「……これは?」 「ああ、それですね。そこを押してみてください」 「「……んぅぅっ!?」」  そう、私に置かれたリモコンだ。シルエットを阻害しないよう、私は膣の中にリモコンローターを仕込まれている。椅子のほうは見ていないからわからないけど、似たようなものだろう。たった一個のローターで、しかも最初は弱振動だけど、徹底的に固定されて刺激を逃がす先すらない家具にとっては強烈だった。  一度発生した快感が逃げてくれなくて、ぴくりとも動かない体の端っこから跳ね返って戻ってくる。それがもう一度責め立ててきて、二倍になって、三倍になって。他に動かないからローターを締め付けてしまって、余計に刺激が響く。  だけど、これはご褒美だ。ずっと家具としてただ設置されて使われもしないまま、放置されてただ見られ続けて、触れるか触れないかのとろ火でじっくり炙られ続けていたところに、やっと気持ちよくしてくれた。  気持ちいい、すごく気持ちいい。さっきの言葉責めでは惜しいところで逃してしまったけど、このままならやっと、イけ─── 「びっくりした。仕込んであるんですね」 「ええ! 暗闇の中でただモノとして置かれて、身動きも取れずにただ使ってもらえるのを待ち続けている家具たちには、とってもキツい拷問なんです」 「それなら、許してあげたほうがよさそうですね」  ───止められて、しまった。  せっかく上ってきていた快感はそこで止まって、ゆっくり水位を下げはじめる。だけどそんなにもどかしくても、私は腰をみっともなく揺らすことすらできない。もうモノらしく止まっていようなんて意識すらできなくて、全身で必死にイかせてとアピールしたいのに。  届きもしない。もしかしたら直に触れている椅子ならと思っても、その椅子がどんな悶え方をしているのかすらわからなかった。察せられるのは、ソレも私と同じくらい焦がれて炙られてぐちゃぐちゃになっていて、イきたくて仕方ないであろうことだけ。  だけど、私たちの無様な懇願は意外な形で報われた。 「そうでしょうか? こんな惨めなオルゴール付き家具、いくらでも使い倒していいと思いますよ?」 「いえ。この二つは、ただの家具なんですから。眺めて使うだけで熟成したほうが、もっといいモノになるんじゃないかなって」 「「…………っ、ぅ……!!」」  イヌイさんについ、そうだそうだと思ってしまっていたけど。直後の言葉を聞かされた瞬間、私と椅子は同時に深く深く絶頂してしまった。  それでようやく気付く。私はとにかく、モノとして使われたいのだと。凶悪なはずの完全拘束ローターよりもさらに、家具だと言われて見られて使われるほうが気持ちいい。安直な快楽すら甘受する権利のない、女としてすら終わって捨てた本当のモノなのだと突きつけられるのが、一番気持ちよかった。 「なるほど、確かに。こんなこと言われて深イキする家具に、人間様とおんなじ快楽はもったいないかもしれませんね!」 「向こうも気になりますけど、こんな可愛い机と椅子は、何よりもまず使ってあげたくなる気がします」 「……よければ、ここで注文しても? 向こうのは後で」 「かしこまりました!」  しかもそのまま使ってくれることが確定して、興奮の止まらない私たちをよそにごく普通のバーとしての注文が追加される。深く座りくつろぐような音が聞こえて椅子からくぐもった甘い呻き声が聞こえた。  少しすると私に追加のグラスとおつまみの皿が置かれて、今度は私が満たされる番。やっぱり、テーブルとして使われるの、気持ちいい。まるで天板が性感帯になったかのような錯覚さえするのは、さすがに気分の問題だとは思うけど。  このままもっと使ってほしい。私たちをただの家具として使い倒して、私にもっと品を置いてほしい。そう思い始めるのには、時間はかからなかった。それからしばらくこのお客様は使ってくれて、しかし視線はろくに向けてくれずに向こうのオブジェたちのほうばかり見ていたようで……そんな自然で雑な使い方にこそ、さらに興奮してしまうのも無理からぬことだった。


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