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雪中アヤメ
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博物館イベントに行ってきました!

「楽しみねー」 「う、うん……」 「む、微妙な反応。冬花、実はそんなでもなかったりする?」 「そ、そんなことないよ。ちゃんと楽しみ」  入場列に加わってしばらく。もうすぐ入れるというところで、咲樹がまた繰り返した。実際すごく楽しみなのだけど、もう列に並んでからだけで3回目だ。咲樹はあまり考えてものを喋るほうではないから、こういうこともままあるんだけど。  それを自覚しているのかいないのか、少なくとも私のことをわかってはいる咲樹はひとまず納得はしたようだった。だけど、気になることは私の方にもあった。 「でも、ここでいろいろ見て……その後どうするの? 見ただけで満足できる?」 「たぶんできない。だけど、物販もあるから」 「それは知ってるし、お金も持ってきてるけど……どう使うの? 私たち、どっちもマゾだよ」 「まあそこは、交代でやってみるとか……それに、ここで出会いとかもあるかもしれないじゃない」 「まあ、こんな機会なかなかないのはわかるけど。ここで出会い目的をする人なんて、それこそ怖いよ」  親友の女2人で来ている私たちだけど、パートナーというわけでもなく両方マゾである。同じ風俗サロンで調教されている仲間でもあるんだから、当然なんだけど。  だからここで何を見て買ったところで、満足できるような体験ができるかは不透明だった。それでも行きたいと言うのだから何か考えがあるのかと思ったけど、別にないらしい。  まあいいか。常設ではなくイベントだから今しかないし、確かに深く考えず見に来ておくべきかもしれない。咲樹の言う通り何か機会があるとしたら、サロンは料金の都合で月に一度行けるかどうかなせいで欲求不満がちな環境にも変化があるかもしれないのも事実だ。  私たちはそのまま列に導かれて、期間限定展示イベント『SM博物館』に入った。あまり後のことは考えず、ここでは楽しめるだけ楽しむことにしよう。  ものがもの、というか露骨なアダルト系だから宣伝ルートは限定的だったけど、なかなか気合いが入っているイベントらしい。週末の夜限定の開催で今日で3日目だけど、先週ここに来た人はSNSで口々に絶賛していた。曰くSでもMでも楽しめた、曰く入場料が破格すぎる、など。  この手のイベントで入場料3000円は、成人向けで人を選ぶ内容ということを差し引いても安いというわけではない。それでも格安と呼ばれる理由を、私たちは入ってすぐに理解することとなった。 「…………凄い」 「壮観ね……これ、全部人なの……?」  入ってすぐに見えたのは、展覧会にはありがちな大きなショーケース。その中にいくつものマネキンが並べられて、それぞれが拘束具を装着している。そして手前のショーガラスや看板に説明文が用意してあった。  ただ……そのマネキンたちが、動いているのだ。肌色の全身タイツで頭まで覆って顔は隠しているけれど、拘束されたまま人間だと隠しもせずに動いている。  当然そうすれば拘束具がどれだけ動きを制限しているのかがわかる。手枷だけのものは手を振ることもできているけど、アームバインダーのものは腕を上下にぱたぱた振るくらいしかできていない。そういう意図の展示なのだろう。  だけど、単純にそうと受け止めるには情報量が多かった。ショーケースの中に人が入れられて、展示されているのだ。それもショーツのような形のスタンドに固定されたまま。その異常性にばかり意識が向いて、単純な拘束具のほうへあまり意識を割けない。  彼女たちもそれはわかっているのか、たまにスタンドから逃れようとする動きも見せてくれる。ただそちらは拘束具などとは比べ物にならないほど、びくともしていなかった。 「……ねえ。あれ、スタンドの中どうなってるのかしらね」 「え?」 「だって、あんな形で腰を固定しておいてさ、こんなことするイベント運営がそれだけで済ませる? ショーケースで音も届かないのよ?」 「…………あの中にオモチャとか、入ってるかもしれないってこと?」 「ええ。あの人たちはそれにひたすら耐えながら、モノとして展示されて楽しんでるかもしれないわ」  さすがにトンデモだ……と言おうとしたけど、確かに有り得なくはない気がしてきた。分厚いガラスのせいで誰かが喘いでも、振動音がしても聞こえないのは確かだ。表情も見えないし……悶えるような動きはしていないけど、それも拘束具でそう見えなくされているだけかも。  想像するだけならタダ、というだけではあるけど。もはや妄想の領域だけど、そういう楽しみ方もあるのかもしれないし。  次のエリアもショーケース展示だったけど、少し形が変わってきた。勘繰ることのできたスタンドはないけれど……それはつまり、スタンドが必要ないほど拘束具のほうがしっかりしていることを意味する。 「さっきのは気軽に手を出せるものの見本、って感じだったけど……こっちは完全に展示品ね」 「ちょっと歴史上の、まっとうな展示みたいにも見えるけど、マネキンはちゃんと人だね」 「まあ、中世の拷問展とかやるとしても、普通ならただのマネキンを使うわよね」  たとえば拘束椅子とか、首と手を固定する晒し台とか。磔は脚を閉じた中世式も釘ではなく縄での固定になっているけど、やっぱり脚を開かせた日本式のほうが恥ずかしそうだ。  火をつける前の火炙りらしき柱への括りつけとか、竹を三角にして首を固定した時代劇で見かける晒し緊縛とか。珍しいものだとガミガミ女のバイオリンなんかもあった。首と手を固定するところは同じだけど、手首が首の前に縦に並んでいるものだ。手の配置が男性器への奉仕のように見えるため不貞を働いた女性への刑罰だった、とのことだけど……マネキンが手をわきわき動かしてくれたから、確かにそう見えてきた。  ……こうしてみると、人間をマネキンとして使うことに意義が見えてくるのが憎らしい。いやらしくて見応えがあるだけでなく、その拘束がどんなものなのか、どういう使われ方をしたのかが目に見えてしまうのだ。  とはいえ、さすがに普通の展覧会でできることではないだろう。ここだけの特別な展示品ということで……確かに、安くない入場料を払った甲斐はある気がしてきた。ただ、パンフレットによるとまだショーケースの区域だけでも半分も見ていない。その後には……体験コーナー、と書いてある。それはもう楽しみなんだけど、だからといって手前のここを素通りする気にはならなかった。 「これがマミフィケーション……やっぱり相当動けないのね。気になってはいるんだけど、機会がないのよ」 「これ、SMなのかな……そうといえばそうなのかもしれないけど、さっきから拘束中心な気がする」 「最近話題の国産拘束具工房も協力してるって話だもの。それにSMで展示となると、動かさずにショーケースで飾っておけるのは拘束になるんじゃない?」 「まあ、確かに。他のはこの先のコーナーなのかな……っと、展示はここまでみたい」  展示コーナーの後半はボンデージ衣装を着て文字通りのマネキンにされたものや、現代のニッチなプレイで使うようなものが並べられていた。女王様系のボンデージだけはスタンド以外の拘束をされていなかったけど、それがかえって物足りなそうに見えたのは気のせいだろうか。  そこを抜けるとようやく開けた空間に出た。実際の博物館でもありがちな構成だ。そしてそこで最初に見えたのが……。 「本日はSM博物館へお越しいただきありがとうございます。もしこの先で体験コーナーをご利用になるのであれば、我々ラバードールガイドがご案内させていただきます。いかがなされますか?」 「凄い……じゃあ、お願いします」 「かしこまりました。お客様方は私、8番がご案内させていただきます。よろしくお願いいたします」  これ。頭までラバースーツに身を包んで、目と鼻と口しか露出していないスタッフさんだ。しかも自分たちをラバードールと自称した上で、番号で区別され名乗っているという凄まじさ。ついさっきまでは展示内容はともかく来場者のいる場所は博物館そのものだったのに、一気に非日常感が増してきた。  しかも番号管理を裏付けるように、待機所には同じ格好をして番号以外で見分けがつかないラバードールガイドが2人ほど控えている。……スーツのお腹部分に大きく数字が書かれているのも、人間なのに備品らしさを強めていて背徳感を煽る。 「ではお客様方、どこからご覧になられますか?」 「えっと……全部見ていくつもりなので、近いところからお願いします」 「かしこまりました。ではこちらへどうぞ」  ここから先はケース展示と体験コーナーが併設されていて、順路らしい順路もなく好きに回れるようになっているようだ。……この手の博物館にしては珍しく、混雑防止の列に並べば最初に戻ることもできるようだから、結局どれも好きに見ることはできるけど。  ただしケース展示は体験コーナーと同じ内容になっていて、体験するなら見る必要がないらしい。あくまで見に来ただけの人やあまりSMプレイに慣れ親しんでいない人たちはガイドをつけずにそちらを見ているようで、ガイドを連れているかどうかはまちまち……見たところ半々くらいだった。これに意外だと思ってしまうあたり、私もけっこう染まっているのかもしれない。  最初に向かったのは、この大部屋の一部を仕切ったブース。外に比較的たくさんのショーケースがあるそこに入ってみると、なるほど視線を遮る理由がわかった。  用意されていたのは、壁に並んだお尻。用途別に上下を用意されている、壁尻というものだった。一部はラバースーツを纏っているけれど、これまでと違って裸のものもある。こういう生々しいものを見たくない、距離を置いたただの展示として見に来た人も楽しめる設計になっているわけだ。ブースの外ではラバースーツはともかく、人の裸は見ずに済むようになっている。 「こちらでは玩具の体験が可能です。こちらでは壁尻への装着と鑑賞を、そしてあちらではお客様ご自身での着用を受け付けております」 「なるほど……」 「それなら、試してみてもいいかしら?」 「はい。ただし生身となっておりますので、合図がありましたらお手を止めていただきます。……ご説明いたしましようか?」 「いえ、身をもって知ってるから大丈夫よ」  なんとこの壁尻、一部の玩具を実物で試すことができるらしい。ガイドがついていないと入れない上に触るには使い捨て手袋を着けなければいけないから滅多なことはないとはいえ、思い切った展示をする。  そして咲樹も、思い切ったことを言う。ちらりと背後の空間も見ながらだから意思表示も兼ねたのだろうけど。あとは、おそらく音は聞こえるであろう向こう側にも聞かせる意図もあったのかも。  一番手前は普通のバイブだ。もちろん前の穴のほうに使う。……気付いたけど、この壁尻はどうやら全部剃毛している。展示品としての清潔感のためだろうけど、妙に幼く見えて背徳的だ。  咲樹がバイブをゆっくり沈めていくと……壁の奥から小さな喘ぎ声が聞こえた。それに、びくりと小さく跳ねるお尻と体の反応。私たちには見覚えもある。これは本物の反応だ。いくつかはお尻が引っ込んでいて休憩もあるようだけど、こんな役目をやっている人ってどういう経緯でこうなったのだろう。壁尻に限らず、マネキンもガイドも。これがボランティアならそれこそ知らない世界だし、お仕事ならいよいよ知らない世界だ。少し……興味はあるかも。 「わ、出てきた。休憩ってそんなふうにするんだ……」 「これ……お尻に使うのよね?」 「はい。アナルフックですので、肛門へ挿入していただいて、こちらの金具へつけていただけると」  大半が知っているものだったけど、単純に楽しかった上に見たところ壁尻がみんな期待しているようだったから順番に軽く試していった。こんな展示なのに疲れている様子のものも少ないし、案外やる人は少ないのかもしれない。  ひととおりやった後、まるで焦ったかのように出てきたお尻に注目。アナルフックというと……お尻の穴にフックの先を引っ掛けて引っ張るのか。実際に試してみて、ゆっくり挿入したフックを尾骶骨の上あたりにある金具へ向けて引っ張ってみると……。 「ん、ぅっ、ぁ…………」 「………凄いですね、これ。こんなふうに見えるってわかっちゃうと、特に」 「うわ……これやってみたいかも。体験、いいかしら?」 「もちろんでございます。ではこちらに……」  お尻の穴が少し縦に開かされて、深く食い込んでいるのがよく見える。確かにこれは自分で着けてみるだけではなく、着用した様子を見るのも大事だ。誤解のしようがない現実を見せつけられて、自分で着けたとしてもこうなるのだとわかるせいで一気に興味が増す。  それを知っているのか向こうからの声は他のよりも恥ずかしそうで、それになけなしの嗜虐心を擽られたのか咲樹はフックを繋いだまま手袋を外して体験のほうに行ってしまった。しかも8番さんもそれにあっさりついて行ってしまったから、私も迂闊に触れなくなっている。……たぶん、私たちがここを離れるまでこのまま、ってことだよね。  一応、あの壁尻は定期的に向こうで並びも入れ替わっているそうだから、ああいうことをしても開きすぎたりなんて心配はないそうだった。確かに、そうでないと混ざっていた鞭の担当なんかは体がもたないだろう。  ……だからといってあのまま15分も放置はかわいそうだったし、外す頃には何もないほうの穴もとろとろになっていてすぐ引っ込んでしまったけど。  ともかく、そろそろ次のへ向かうことにした私たちは、今度はペットプレイのブースへ入った。……まあ、アダルトトイのブースがあれだったから、何があるかはなんとなく想像がつく。  その想像に違わず、中は博物館というよりは動物園だった。 「やっぱり……いいわね、こういうの」 「ちょっとやってみたいかも……」  本来ならジオラマ展示などのためのケースだろうか。奥行きのある箱の中で、それぞれ違った装備をしたペットたちがくつろいでいる。オーソドックスな……といっていいのかわからないけど、いわゆる普通のヒトイヌが寝そべっていたり。後ろ足だけが同じで前足は肉球のついたミトンを被せられているだけの猫がボールを転がしていたりする。  SMプレイの範疇といっても責め立てられているわけではない、制限だけを与えられている状態は私たちにとっては未知の領域だ。よくは知らないけど興味はあるかもしれない。  しかもここ、こうして見るだけではなくふれあいコーナーも用意されているようだ。全体で5匹ほどいて、うち2匹はそちらに出ているらしい。……このイベント、何人スタッフがいるんだろう。 「かわいい……あたしたちもこんな風になれるのかな」 「んぅ、ぅっ、んむぅ……んんっ!」 「なれるって? ありがとうね、頑張ってみるよ」  これがまた人懐っこくて、思っていた以上にすごく可愛らしい。ペットに人間のえっちなんて不要とばかりに貞操帯を穿かされているけど、尾骶骨のあたりにあるスイッチを素手で叩いてやると中に入っている玩具が動くようになっていて、自分たちではできないそれをねだりに寄ってくる。  徹底的にスタッフの顔を隠しているこのイベントらしく美少女着ぐるみの頭を被ったものから、ちょっとニッチに犬の形をした全頭マスク(ドギーマスクとか呼ぶらしい)を被ったものまで。正面からもたれかかってじゃれついてきたり、膝の上に横たわって撫でられたがったりと色々だけど、不思議とどれもちゃんとペットっぽいのだ。 「この子たちは簡単な芸もできますので、ぜひお試しになってみてください」 「そうなんですか? それなら……おすわり」 「んっ」 「お手」 「っふ……」 「いい子。……えっと、ご褒美あげなきゃね」 「んぅっ!? むん、ぅぅ……!」  8番さんに促されたからドギーマスクのヒトイヌさんにやってみたけど……これもいい。芸なんてやらせてしまうと、一気に屈辱的になって恥ずかしそうになる。これは確かにSMプレイだ、どこか身近になって心惹かれてしまう。  ただ咲樹はともかく私は本当に責めの経験がないから、物欲しそうに上目遣いにされてやっとご褒美をやることに気付いた。こういう仕草も様になるのと、ペットは人間の言葉を使えないから喋らなくていいのは特徴かもしれない。 「来る前からわかってはいたけど、こうして見てるとどんどんやりたくなってくるわね」 「わかるけど、融通のきく責め様を見つけてからでしょ?」 「……失礼ですが、お客様方。パートナーをお持ちというわけでは……」 「あ、ないんです。調教サロンに通ってる仲間ってだけで」 「なるほど……不躾を申しました、お許しくださいませ」  私も咲樹もどんどん本音が隠せなくなってきたけど、これに意外なことに8番さんが反応した。単にガイドというだけなら何もおかしなところはないけど、自分たちをラバードールと自称するような立場のひとが私たちのプライベートに興味を持つとは思わなかったけど。  答えを得てからすぐに引き下がったけど……何か考えているように見えるのは、気のせいだろうか?  名残惜しくも次のお客さんが来たところでふれあいコーナーからも離れて、次のブースへ向かうことにした。  残るメインブースは2つ、そのうち近い向こうのところに……と、ふと会場内の時計に目を向けた8番さんが声をかけてきた。 「お客様方。まもなくショーの時刻となりますので、順番を変更してショーブースへご案内してもよろしいでしょうか?」 「もちろん。時間が決まってるのがあるならそっちを先にしましょ、見られるものは全部見たいもの」  ということらしい。30分に一度のショーに時間を合わせるため順番変更をすることになった。  このショーも2人で楽しみにしていたものだった。負担が大きく常設展示にできないような、ハードなものをまとめているというのだから自然とそうなる。  このショーブースは演者と観客に距離ができるからか、例外的にガイドを連れていなくても入れるらしい。これも博物館にはよくあるシアター設備の流用で、映像を流す代わりにプレイを見せるようだ。 「皆様、拷問ショーブースへお集まりいただきありがとうございます。これより17時の公演を始めさせていただきます──」  もう入場から3時間以上が経っていたらしい。しかしそれに驚く暇もなく、すぐにショーが始まった。ここでは初めて見たかもしれない明確なS側のキャストさんが、1人ずつ出てくる様々な姿の展示品たちを次々と彩っていく。……そう、ここは主に拷問に使われたような行為を中心に披露する場所だ。  アイマスクで顔を隠したひとに縄を走らせ、その道では素人の私にもわかるほどの早業で的確に縛り上げては綺麗な吊りを完成させたり。全裸に全頭マスクという背徳的な格好のひとを台の上に転がして、玩具ブースには置けなかったのであろう蝋燭を垂らして悲鳴を響かせたり。 「ぅ、ぐっ、ぁぁっ!? むぐ、っく、うぅ……!!」 「あれが……」 「初めて見た、というか、これもプレイとして成立するんだね……」 「駿河問いは見た目ではただの吊るしとあまり変わらないようにお見えになるかもしれませんが、全ての関節が極められて非常に苦しいものもなっております。今回は負担の都合上割愛させていただきますが、背中に錘を置いたりすることも……」  薄手の着物を着て手ぬぐいで目隠し猿轡をされているひとの手首と足首に縄をつけて、それを背中側にまとめるように吊るす。一見するとシンプルで、海老反りの形で吊るしているだけだ。だけどこれは日本の有名な拷問で、石抱きなんかよりもよほど厳しかったらしい。  ただ、そんな駿河問いを受けているひともどこか気持ちよさそうな声色が混ざっているのがさすがだ。そのくらいの本物のマゾだからこそできるプレイでありショーなのだと伝わってくる。 「拷問といえば三角木馬は有名なのではないでしょうか。見かけに反してそうは耐えられる痛みではございませんので、この場ではこのように柔らかいウレタン素材のものを使用しておりますが……」 「……っ、あ!? ぃぎっ、さっ、さけちゃっ、!?」 「この通りでございます。……もっとも、これの場合は数分程度で壊れたりはしませんが」  続けて三角木馬にレオタード姿のものが跨らされた。特に相性のいい衣装に見えるわけではないけど、、食い込み方がよく見えてどれだけ厳しいものなのかわかりやすい。頂点部分の表面だけ指が沈むほど柔らかい素材になっているのに、そんなものは気休めにしかならないとばかりの悲鳴が聞こえてきた。  脚は畳んだ状態で縛られていて、木馬の側面は腿で挟めないようにかつるつるにコーティングされて光沢を放っている。あれは……いったいどれだけ苦しいのだろう。仕組みも部位もわかっていても、想像が正しいのか自信がない。私が思っているよりもよほど痛そうな反応をしているのだ。 「……なんでもありね、ここ」 「なんでも見れるね……耐えられるひとをこんなに、どうやって集めたんだろ」  それからもしばらく拷問ショーが続いた。舞台端には単なる吊り責めを残しながら、やはり厳しいのか数分と経たずに説明が終わるごとにすぐに解放されて次々と入れ替わっていく。無理もないのかもしれない、これだけのことを一時間おきに一日に何度もやっているのだ。  水車責めが回る様子を見ながら、ここでもいいものを見られたと8番さんにも目で伝えようとして……しかし彼女がいないことに気がついた。  すぐに視線を戻していると気付いたら戻ってきていたけど、ガイドがふらっとどこかに行くなんて考えにくい。……このとき何が起こったのかは、すぐにわかることとなった。  それから残りも全て回りきって、そろそろ会場を出ることになった。あとは外の物販だけだ、何を買うかが一番迷うのだけど。  しかし、出口の手前になって、8番さんがふと立ち止まった。 「最後になりましたが、お客様方には特別にひとつプレゼントをご用意しております。よろしければこちらを開かずに、あちらのゲート内におりますものにお手渡しくださいませ」 「え? ええ、ありがとう」  手渡されたのはごく普通の封筒だった。私と咲樹の合わせて二通ぶんあって、手触りからして中身は紙が一枚か二枚ほど。8番さんのラバーマスクの奥からは、真面目くさったような期待するような瞳が覗いている……気がする。  そういうものもあるのかと一瞬だけ思ったけど、ちょうど別のガイド連れが横を素通りしていった。彼らは封筒なんて持っていないから、本当に誰にでも渡すものではないのだろうか?  その場では何も教えてくれなかったし、開かないままと言われているものを見られながら開くわけにもいかない。ひとまず持ったまま歩き出したけど、どうせ会場外に出る前に誰かに手渡すならどうしてこんなまわりくどいことをするのだろうか。  と思っていたら。 「では、本日はご来場、およびご利用ありがとうございましたまたお越しくださいませ」 「……こんなところまで徹底してるのね」  8番さんは出口ゲートの中で所定の位置に立つと、上から降りてきた黒い筒にすっぽり覆われた。足元で筒が固定されて、口元に出た呼吸用の管を咥えると……管から空気が抜けて、気をつけをしたまま圧縮されてしまった。バキュームチューブというやつのようで、外からはもう数字すら見えずに女の人の形だけになっている。  それがそのままコンベアで運ばれていって、暗幕に隔てられた向こうの部屋の中に消えていく。そこで気付いた、位置的にはあの向こうは広間の入口だ。ということはガイドはここで物のように回収されると、そのまま次の出番が来るまでバキュームチューブで待機させられるのだろう。とことん想像と背徳感を煽ってくる、好き者をよくわかった演出だった。  ……それで。封筒を手渡す相手は……すぐに見つかった。ゲートエリア内の端っこのほうに、何か事務作業中らしき白衣の女性がいたから。もはやそちらのほうが変にさえ思えてくる、入口外の案内役以来のまともな格好だ。  よくはわからないけど、8番さんは私たちの何かを見て常にあるわけではないこれを用意した様子だった。それが一体なんなのか、確かめずに帰るほど私たちの熱は冷めていない。声をかけてみることにした。 「あの」 「はい? 何かお困りでしょうか?」 「あたしたち、これをもらったんですけど」  封筒を差し出すと、白衣の女性の目の色が変わった。手招きされるままに近寄って手渡し、取り出された紙を覗き込むと。 「……紹介状?」 「どうやら、8番はお二人に当館のスタッフとしての適性を見出したようですね」 「スタッフの適性って……まさか」 「いかがでしょう? 当館に存在するあれやこれ、自分もなってみたいとは思われませんか?」  まだ、ここの形態が実際にどうなっているかとか、どんな条件で迎え入れてくれるのかとか、そんなのは何一つ聞いていないけど。  示し合わせる必要もない。二人同時に、一も二もなく頷いたのはもはや言うまでもないだろう。


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