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雪中アヤメ
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天使の羽も捕まえて 1

 ずどん、という、何人もの人を殺したにしては呆気ない音が街に響いた。  立派な豪邸の中央部が瓦礫と化し、大量の血と悲鳴が溢れる。間一髪生き残った幸運な人間は、瓦礫の上に降り立ったモノを見て遮二無二逃げていった。  その視線の先に一瞬だけとまったモノは、漆黒の翼をはためかせて邪悪な微笑みを浮かべる人ならざる者──私だった。  この国にはある言い伝えがある。「堕天使は悪人を踏み潰す。悪逆に染まった堕天使は秩序を無視し、一人の悪人を殺すために多くの善人を巻き込む」だとか、短くまとめればそんな感じの話だ。  おおむね事実だ。というか、事実ということになっている。その堕天使が言うのだから間違いない。  私は堕天使のレシエル。この屋敷をゴミの山に変えた張本人である。  人間達の建てる建造物は、所が違えどどれもおおよそ似たような構造をしている。使用人や従者であろう人間を無視して執務室へ向かい、入口に立ち塞がる武装した男を一睨みで追いやった。この程度で逃げるなら、最初からいなければいいのに。  小癪にも掛けられていた鍵を力ずくで壊して中に入ると、親子らしき男二人が執務机の向こうに並んでいた。妙に自信ありげだな、と思った途端に、光。 「……なに?」 「ば、馬鹿な……魔封じが効かないだと……?」  私は何もしていないのに、次の瞬間には勝手に愕然とし始める男たち。感情が忙しないあたりに人間らしさを感じるが、それはそれとして何が起こったかは理解した。  あらかじめ入口付近の床に悪魔封じの魔方陣を敷いておいたのだろう。だから私が現れても、ここで無様に転がると思っていた。 「愚かね、人間ってやつは。私たちをあの蝙蝠共と同類だと思っているだなんて」  まあ、効果があると誤解する理由はわからなくもないのだが、ないものはない。地下の魔界に棲む悪魔と私たち堕天使は、根本的に別の存在だ。  憐れに煌めく魔方陣を踏み越えると、男たちの表情は比例して青くなっていく。残念ながらこの部屋には窓がないから、逃げるには私の横を通り抜ける必要がある。……もちろん、人間にそのようなことは不可能だ。  片手で執務机を払い除けて壁にヒビを入れてやると、面白いくらいに汗を垂らして声を引きつらせる。……とはいえ、今この場で可愛くもない人間の男を怖がらせても得るものはない。さっさと終わらせてしまおう。 「“動くな”。その贅肉だらけの体は、地獄で存分に動かすといいわ」  金縛りのように固まった男たちの半開きの口から、両手で舌を引き抜く。ついに獣と何ら変わらなくなった悲鳴を無視して胸へ爪を立て、心臓を握りながら貫いた。  血塗れになった両腕を引き抜いて、まだ動いている二つの心臓を放り捨てる。ひとりでに汚れが落ちていく腕をぶら下げて、丸い筋肉を踏み潰しながら部屋を出た。  もう目的は達したのだが、かといって行くあてもない。喧騒を増す夜の街を闊歩していると、無辜の人間たちが遠巻きに怯える様が見えた。何しろ背後の屋敷が派手に燃えている、光には困らなかった。  ────しばらくそうしていると、再び足下から光。 「…………っ!?」  その光は、今度こそ私の足を絡め取った。  正確には、光から現れた銀色の枷と鎖だ。それも足だけではない。ほとんど同時に両手にも鎖が巻きついたせいで、私は受身も取れずに顔から地面へ突っ込むことになった。 「そこまでだ、堕ちた同胞め」  そんな私に向けて、前方から声がかけられた。目をやればそこには、真っ白な翼と頭上の輪を輝かせる天使の姿。一瞬の静寂を経て、周囲の人間たちは次々その場へ跪く。  天使はそんな人間たちに目もくれず、私の四肢を縛り上げる鎖の端を見せつけるように握る。  私は地を舐めながら視線をかち合わせ、悔しがるような表情を作った。 「私は、間違ったことはしていないわ」 「その羽の色が証拠だろう。……来い。もう一度主に仕えられるよう、叩き直してやる」  天使が鎖を引くと、私の体が宙に浮く。合わせて天使も飛び始め、そのまま私たちは天へと戻っていった。


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