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【無料小説】縮小保護観察処分①~内気な観察者~

多くの人間が集まる都会には、表の顔と裏の顔がある。 老若男女様々な人間が行き交い、にぎわう繁華街。昼の間は平和でごった返す場所も、時間が変わればたちまち反社会的な匂いが漂う危険な場所へと変貌する。 俺にとってそんな世界が当たり前だった。自分の強さには自信があった。自らの腕っぷしだけで、闇の世界を堂々と渡り歩いてきた。自分にとって不利益があるようなことは、全て力で解決してきた。 社会的な地位など、人と人が相対したときには関係ない。生物としての強さがあるかどうかだ。 「…………」 目の前で倒れる、何人もの男たち。遠くで聞こえていたサイレンが、既にかなり近くまで迫ってきている。…今日ばかりは、少しやりすぎてしまった。ここまで場を荒らして、警察から逃げられる算段は立ちそうになかった。 留置所に入れられるのは、別に今回が初めてのことではなかった。 「…またお前か」 取り調べを行う初老の男に、そう言われる。いくら留置所に数か月ぶち込まれようとも、俺の生き方が変わるわけではない。良くも悪くも、俺の住む世界は光の当たらない場所にしかないのだ。世の中に迷惑をかけようが、人を傷つけようが、知ったことではなかった。 「今回で3回目か。……お前、縮小保護観察処分となるからな。そのつもりでいろ。1週間後からだ」 「……は?なんだ、それ」 聞きなれない単語に、眉をひそめて聞き返す。どうやら、今回はただ数か月間の禁錮になるわけではないらしい。むしろ単語の響き的には、禁錮刑よりも軽く聞こえるのだが。 「なんだ、知らないのか」 初老の警察官は、その処分の内容を面倒そうに俺に説明し始めた。 縮小保護観察処分。犯罪者に更生の余地があるかどうかを見極めるために行われる、1年間の保護観察のこと。主に逮捕後の態度に反省が見られない犯罪者に対して行われるもので、反省の色が無い尊大な態度を持つ犯罪者の精神を更生させる目的がある。 一番の特徴は、犯罪者の身長を5cmの大きさまで縮小させること。一般に流通していない縮小技術が国の中で行われる数少ない例の一つで、これは一般の人間との体格差を感じさせることで、犯罪者の性格を荒療治的に修正させるという意味があった。 縮小技術が開発されていることは何となくニュースで知っていたが、こういう形で活用されていたとは知らなかった。 …そしてその縮小させた犯罪者は、主に中学生や高校生、大学生、そして社会人の家に送られ、各人の裁量で様々なお世話をさせるという制度になっているという。更生の目的とは別に、犯罪者という労働力を活かすことが国としては重要だが、小さい状態ではまともな仕事はできない。しかし学生や社会人の身の回りのお世話をさせることで、より勉学や仕事に集中できて、結果的に国のためになるという、まあ、そんな意味があった。 犯罪者たちは学生や社会人の家で様々な労働を行ったうえで、1年後にようやく身体が元に戻され、出所できるのだ。…その間、どのような労働をさせるかというのは、その学生や社会人の裁量に任されていた。しかし、犯罪者の人権にも厳しいこの国。人権を侵害するような行為は当然禁止されていて、許可なく小さな犯罪者たちに暴力を振るったりすることには制限があったのだ。 (………) …正直、その処遇を聞いた時、ラッキーだと思った。1年間だけ、ただ身体が小さくなった状態で誰かと過ごせば良いのだ。どんな人間の元で労働することになるか分からないが、もし気の弱いやつだったら大きく出て丸め込んでしまえばよい。いくら体格が小さくなるとは言え、俺は腕っぷしで裏の世界を渡り歩いてきたのだ。たかが一般人の学生や社会人なんて、絶対にちょろいに決まっている。ただデカい人間と過ごしたところで、それが反省に繋がるなんて到底思えない。…国の人間が実態も知らずに考えた、質の低い制度なのだろう。 そうして、俺は縮小保護観察処分されることに決まった。 留置所の中で1週間過ごした。…その間に、俺の観察処分先を調整しているとのことだった。 そして。 今俺は、完全な暗闇である謎の空間に閉じ込められていた。 ガタンッ…… 自分が入っている空間ごと、どこかに置かれた音。そして振動。 …まさに先ほど、俺は身体を縮小されたらしい。らしい、というのは記憶がないから。留置所の中で睡眠導入剤を飲まされてから、気づけばこの暗闇の中に入れられていた。しかし今日から保護観察が始まること自体は聞かされていたため、既に自分の身体が縮小されているのだと確信していた。 そしてこの空間、恐らく小さめの箱が、これから1年間俺と過ごすことになる何者かの自宅に届けられたのだろう。ずっと空間を襲っていた振動が止み、周りの喧騒が止み、静かな場所に持ち込まれたのが何となく分かっていた。 ごそごそっ……!! 「………」 箱を開けようとする大きな音が響き渡り、俺は天井を見上げる。どんな奴だろうか。天井から差し込んでくる光が眩しく、少し目を細める。 そして、 ガサガサッ…!! 天井からまばゆい光が大量に差し込んできたと同時に、そこに現れたのは。 「「……あっ……いた……」」 まだその表情に少しあどけなさが残る、明らかに学生の女子だった。 「「…え、えっと……こんにちは……」」 おどおどした様子でこちらを見下ろしてくる巨大な顔。恐らく高校生にはなっていないだろう。くりっと大きな瞳や綺麗な唇は整ってはいるが、しかし全体的に見て子ども、という印象が大きかった。 自分よりも遥かに巨大な人間の顔に一瞬驚きつつも、しかしその態度は真逆のもので。 「……お前が保護観察の請負主か?」 「「ひっ……え…そ、そうです……」」 少し声を張ってとげとげしい口調を投げかけてみると、その巨人は簡単にうろたえ、敬語でこちらにしゃべりかけてくる。 …俺は運が良い。直感的に、そう思った。 「「…う、…えっと…これから私の生活を色々手伝ってもらう、ので、よろしくお願いします…」」 明らかに内気な性格である巨大な中学生は、犯罪者で保護観察処分中にあるはずの俺に向かって、敬語で下手に出てくる。 これはもう、一発かましてやればいいんじゃないか。そう心の中でほくそ笑んだ。 「お前、分かってるだろうな?俺に変な労働を振りやがったら、保護観察が終わった後にお前の所に行くからな」 「「ひっ……い、いえ、何もしないので……すみません、やめてください……」」 5cmほどの大きさの男でも、こう脅されれば怖くなるに決まっている。こんな年端のいかない、人生経験のない中学生になんて、いくらでも言いくるめ方はある。 「分かったら、早く食べるものを持ってきてくれ。あと、ちゃんと部屋と寝床を作ってもらわないと困る」 「「わっ、分かりました…持ってきます……!」」 ズンッ…ズンッ…!! あわあわした表情のまま、箱を覗き込んでいた体勢をやめ、振動を起こしながらどこかへ去っていく中学生。 やれやれ。これから1年間、反省とは無縁の、穏やかで裕福な暮らしが始められそうだ。 ------ 「「ここの引き出しの中に部屋を作ったので、ここで……ハンカチ置いてあるので、そこで寝てください…」」 学習机の上の俺に向かって、椅子に座った状態の中学生が説明してくる。どうやら俺の要求通り、迅速に部屋と寝床を作ったようだった。 「チッ、引き出しかよ……まあいい。そこに早く連れていけ」 「「は、はい…!」」 俺の態度に怯えつつ、その中学生は手のひらを上に向け、俺の前に近づけてくる。 「っ……」 ほんの少しだけ、その手のひらの大きさに驚く。なにせ自分の身長よりも、この中学生の指一本の方が長くて太いのだ。手のひらなんて、さらに大きくて。余裕でワンルームの部屋くらいの大きさを誇っていた。 それがこちらに近づけられるものだから、一瞬身構えてしまう。俺の数メートル前の位置に用意された手のひらから、熱気と匂いが漂ってくる。ただの手のひらで、特に汗もかいていないはずなのに、ものすごい濃度で。5cmという身体にとって、ただの女子の手のひらの存在感というのは、ここまで膨張して届けられるらしい。 とは言え。この内気な女子の手のひらに対して、恐怖する要素なんて何一つない。 「「の、乗って下さい」」 おどおどした可愛らしい声が響き渡る。俺は尊大な態度のまま、柔らかく巨大な手のひらの縁に手をかけ、うんしょと身体を持ち上げて登った。中学生の小さく華奢なはずの手のひらは、しかし俺の体重に対してびくともせず、ほんの少し柔らかくたわんで吸収するだけ。大人が一人乗ったところで、手のひらに与えられる影響などないようだった。 「…乗ったから、早く連れていけ」 「「は、はいっ……!」」 いちいち俺の言葉にビクつきつつ、その中学生は俺を乗せた手のひらを慎重に移動させていく。腕を組みながら手のひらの上でその様子を睨みつける俺。中学生は僅かに震える手のひらを、開かれた引き出しの上に何とか着地させ、俺をその中に降ろしたのだった。 「いいか?俺はこの中で生活するから、食べ物を3食ちゃんと持ってこい。特に労働はする気が無いから、何も俺に指図するなよ?」 「「…え、で、でも……国の職員の人から、こういう労働をやらせろ、って言われてて……」」 「労働させている体にしておけば良いだろ。…とにかく、何か指図したら後で分かってるだろうな?」 「「う、わ、分かりました……」」 もはや少し涙目になりながら、綺麗な黒髪ショートの少女は頷く。子どもという第一印象は変わらないが、その顔は同世代の中学生のなかでもかなり可愛い部類に入るだろうことは想像できた。…あまりに内気なのがちょっとあれだが。そもそも、中学生に対して思うことなど何もない。 …こうして。俺の縮小保護観察処分の生活は、かなりのイージーモードで幕を開け、そしてそのまま終わらせることができると確信した。 ------ 俺が転がり込んだ先の中学生は、中原美結という名前の3年生だった。特に自己紹介されたわけでもないが、引き出しの中に仕舞ってある、畳み1畳分の広さがある学生証にそう書かれていた。 「「あの…この私のハンカチ、綺麗に拭いておいて欲しいんですけど…」」 「やらないって言ってるだろ」 「「う…分かりました……」」 学校から帰ってくると、決まって引き出しを開けて、上空から巨大な顔で覗き込みながら、おどおどと俺に労働を指示しようとしてくる。恐らく、そうするように国の職員や親から言われているのだろう。…しかし極限まで緊張したその顔は、俺が少し突っぱねるだけで泣きそうな表情となり、すぐさま諦めていくのだ。少しの張り合いも無く、今日も俺は無労働で悠々と時間を過ごすことが確定した。 ガラガラガラッ……バタンッ…… そこから、必ず忘れずに引き出しを閉める。…学生服から部屋着に着替えるために、俺の視界を遮断することは絶対に忘れないらしい。 ズンッ…ズンッ…… スルスルッ…… 部屋の床を踏みしめる音や、カッターシャツのボタンを外してするすると身体から脱ぎ去る音。自分の着替えの音を思い切り聞かれていることは恐らく思い当たっていないのだろう。この中学生の同級生の男子だったら、この状況に憧れを持つこともあるかもしれないが。…正直、中学生の着替えになぞ今さら興味は無い。 いや、覗いて写真でも撮ってやれば、良い脅しの材料になるかもしれない。この身体なのでスマホは簡単には弄れないが…そんなやり方もあるかもしれないと、俺は巨大な着替えの音に包まれながら考えていた。 「……ん、」 何か、いつもの引き出しの中の匂いとは違う匂いが漂っている。というか充満している。…そう思って周りを見ると、先ほど中原美結が持っていたハンカチがそのまま引き出しの中に突っ込まれていた。ピンク色の布は絨毯のように大きく、可愛い刺しゅうが入った中学生らしいデザインがその異常なデカさとアンマッチしている。 恐らくこれは、今日の俺の寝床として引き出しに入れられたものだった。今までは新品の白い小さなタオル等が敷かれていたのだが。今日は洗濯が間に合わなかったのか知らないが、あろうことか今日使用済みの洗濯前のハンカチをベッドとして使わせようとしていた。 あの中学生が手を拭いたり、汗をぬぐったりしたであろう、ハンカチ。 その匂いが強制的に自分の居住空間に漂っていて。 …別に何か害があるわけでもないが、この状況が腹立たしかった。寝る時に遥かに年下の中学生の匂いを嗅がされるというのは、自分のプライド的に許しがたかった。普通の体格差であれば、自分の部屋に何か私物を置かれたからと言ってその匂いに支配されることなんてない。異常な体格差が生む被支配感が、引き出しの中で渦巻いている。あんなにも内気で弱い中学生の私物に空気を支配されることにいら立ちを覚えながら、しかしそれをぴっちり閉められた引き出しの中から伝えることもできず。 「…………くそっ」 俺はそのハンカチとは距離を取り、引き出しの床に直接身体を横たえて眠りにつくのだった。 ------ 「「お、おはようございます…これ、朝食、です」」 引き出しを開けて、引き出しの中に小さなパンのかけらを差し出す中学生。…一晩中固い床の上で寝る羽目になった俺は、不機嫌になりながらもその巨大なパンを食らうために近づいていく。 「「あのっ!」」 「っ……」ビクッ… とんでもなく大きな声が上空から投げかけられ、反射的に身体がビクついてしまう。遅れて、羞恥と怒りが少しだけ湧き上がる。単純に身体が巨大というだけで、中学生の声は大きな刺激となって俺の感覚器に届けられる。 「「…今日こそ、お仕事してくださいっ……机の上、綺麗にしといてください…」」 「…何回も言ってるだろ。そんなこと俺はやらな……うわっ!??」 突然。中学生のぶっとい指が引き出しの中に近づいてきたと思ったら。 「「も、持ちますね」」 ぐにぃっ…… 「は………」 腋の下に、大きな大きな人差し指と親指が入り込んでくる。上半身を、肌色の柔らかな指で挟み込まれる。指の熱が大量に流し込まれ、一瞬で血液ごと蒸されていく。 ぐわあっ…… 「ぐっ……!!」 そして上空へと連れ去られる。強烈な重力が加わり、景色が激しく下の方へと動いていく。自分がどこにいるのか一瞬分からなくなり、脳がふらふらと混濁する。 …しかしそれも一瞬のこと。景色の移動が止み、自分の目が周りの景色を捕えた瞬間、自分の状況を理解する。 「…ひ………」 …こんなにも、自分の下に広がる景色がはるか遠くにある状況は生まれて初めてだった。 上半身を2本の大木のような指で挟まれた状態であり、足の下には何の地面も存在しない。中学生の指で摘ままれた状態で、引き出しから外の世界へ持ち出されたのだ。ただ部屋の中で立っているだけの中学生の高さは、5cmの俺にとって目も眩むようなビルの高度。このまま落下すれば即死以外の未来は無く、しかしその命綱は一人の中学生の指によって摘ままれているだけという圧倒的な頼りなさ。 さすがの俺でも、本能的な恐怖を感じざるを得なかった。 「「机の上、掃除してほしいです……いいですか?」」 そんな俺の動揺に全く気付く素振りも無く、中学生はいまだおどおどした口調で、摘まみ上げた犯罪者に向かって話しかける。 おっきなおっきな中学生の整った顔が、無意識に近づけられる。ぱっちり見開いた純粋そうな瞳が、俺の姿を圧倒的に捉えている。ただ見られているだけなのに、この視線の存在感は何なのか。全身に四方八方から視線を浴びているような感覚で、自分の一挙手一投足を余すことなく観察されているような気持ちの悪さ。細かい呼吸音、瞬きの音、唾を少しだけ飲み込む音。無意識の生理活動が折り重なって、圧倒的な生物の音となって小さな俺を包み込んで襲う。 「い……う……やらねえよ…」 今まで通り強い口調で突っぱねようと思ったが、自分で思っていた以上に震えた声が出てしまった。この高度で摘ままれている状況が、勝手に全身を震えさせていた。これは人に対する恐怖ではなく、単純に危険であることへの恐怖だ。この中学生が指を滑らせないとも限らないのだ。こんな極限の状態で、まともに声を出せるはずも無かった。 「「…………?」」 いつもに比べて覇気が無い俺の言葉を聞いた中学生は、明らかに不思議そうな表情をした。目をさらに見開いて、指の間の俺の様子を観察しようとする。 …俺は悟られないように、震える自分の身体を何とか抑えようとする。しかし、自分の下に広がる強烈な高度を認識する度に、自然と震えだしてしまうのだ。 そんな俺の様子に、 「「…もしかして、高くて怖いですか…?」」 図星となる台詞が投げかけられる。 「っっ……そ、んなわけないだろっ!!舐めてるのかっ!!」 「「ひぃぃっ!??ご、ごめんなさい…!!」」 俺は顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。その怒声がどれほどの音量となって中学生の耳に届いたかは分からないが、中学生は突然の逆鱗に驚き、簡単に謝ってしまう。 「っ…はあっ、はあっ……」 羞恥と怒り。自分の中の恐怖を言い当てられた腹立たしさに、思わず息を切らして怒鳴ってしまった。…くそ、ただ身体がデカいだけで、いや、俺が小さいだけで、何故こんなガキに恐怖を与えられなければならないんだ…! 「「ごめんなさい、もう机の上に置きますから…!」」 慌てて、摘まんでいた俺の身体を学習机の上に置く中学生。俺はようやく自らの足元に地面が現れ、命の危険が去ったことに安堵する。と同時に、恐怖が消えた分の空間を怒りがさらに占め始める。 「「そ、掃除しておいてくださいね…」」 ズンッ、ズンッ…!! しかし、中学生は慌てて言い残して、自分の部屋を出ていったのだった。 ------ そこから、2週間ほど。俺は何度も机の上の掃除を頼まれ、しかし中学生が学校から帰ってくるまでに特になんの働きもせず、尊大な態度で寝転んで過ごすだけだった。そんな俺に中学生は注意することもできず、俯きながら俺を引き出しの中に移動させ、食事を持ってくるのだった。 そんなやり取りが続いた、ある日。 俺はいつもと同じく、机の上で暇を持て余して寝転んでいた。…ふと横を見れば、消しゴムのカスやシャーペンの芯がところどころに転がっているのが分かる。真面目に勉強していることはうかがえるが、確かに掃除が必要なのだろう。俺がそれをやることは決して無いが。 ズンッ!!ズンッ!! 「うぉっ……」 突然、帰宅した中学生が部屋に帰ってくる。心なしかいつもより、足音が大きい気がする。 ドサッ…!! カバンを床に置いた中学生は、そのまま机の方へ向かってきて。 ズンッ…!! 机の傍に立ち、その影で俺の身体を簡単に包み込む。 「「…ちゃんと掃除しましたか…?」」 「…………」 恐る恐る聞いてくる台詞を、俺はもう無視してやった。何度も同じやり取りをして、話をするのに飽きてしまった。もう俺と中学生の立場は明白。後は無視しておけばよいと、そう感じていた。 と、その時だった。 ぐいぃっ…!! 「ぐああぁっっ!!??」 何の前触れも無く、俺が来ていたTシャツの襟の後ろの部分を、巨大な指で摘まみ上げられていた。状況を理解する間もなく高度がぐんぐん上昇し、机の上の地面が遠ざかっていく。摘まみ上げられたTシャツが首に食い込み、自重で息が苦しくなる。 突然の状況に訳も分からず、しかし上昇はやはりすぐに止まって、俺は巨大な中学生の顔と相対することとなった。 「「…………」」 「ぐぐぅっ……おい、お前…何やってくれてんだ……」 乱暴ともいえる摘まみ方に、怒りが湧いてくる。以前は胴体を摘まんでいたのに、今はTシャツを2本の指で摘まんでいるだけ。まるで虫でも摘まむかのような持ち上げ方に、あまりにもプライドが傷つけられる。 そして何より、圧倒的な恐怖が本能を脅かす。Tシャツだけが支えられ、自分の身体自体は宙に浮いている状態なのだ。Tシャツが破れでもしたら、遥か下方の地面に叩きつけられて即死。いや、Tシャツが脱げてしまっても同じ。現にTシャツの生地はギチギチッ…と音を立てており、このままでは破れるか脱げるかしてしまうのではないか、と思えてしまう。 「「……こ、怖いですか…?」」 「っ……は、何言ってんだ、お前……」 おっきな可愛らしい顔で視界を埋め尽くされ、巨大な瞳で覗き込まれながら、核心を突かれる。嫌な予感がしていた。この中学生は、意図的に俺を怖がらせようとしている。中学生の浅知恵で、言うことを聞かない犯罪者をどうにかしようとしているのだ。 「早く降ろせ、さもないと……」 「「や、やるって言うまで下ろしませんよ…?」」 「っ…!こ、この野郎…!」 怒鳴り散らそうかと思ったが、それすら恐怖で出来なかった。宙づりの状態で、自分の身体を動かすことがもう怖かった。何かの拍子に落ちてしまうのではないかと考えれば、声を出すことも憚られた。腹の底から体が震え、上手く声を出すことが出来ない。 「「…………」」 そんな俺の様子を、じっと巨大な瞳が覗き込む。高校生にすらなっていない純朴な瞳が、俺の恐怖を見極めようと圧倒的な視線を降らせてくる。実際に身体が震えている状態で全てを覗き込まれ、あまりに屈辱的な感情に苛まれる。こんな、ただ部屋の中で摘ままれているだけで、今まで誰にも見せたことが無いような動揺を観察されて…! ずいっ…!! 突然、巨大な顔をさらに近づけられて。もう手を伸ばせば触れてしまえるほどの距離まで、中学生の瞳と鼻が近づけられる。甘い香りが漂って空気が支配される。瞳の細かい模様、眉毛や産毛の一本一本がくっきりと見える。形の整った鼻が見える。俺一人が跨るのに十分すぎるほど大きく見えた。 「ひぃっ…!!」 その巨大な顔にぶつかってしまうのではないかと思い、反射的に悲鳴を上げてしまった。…みるみる顔が赤くなる。こんな、これだけで。ただ覗き込まれただけで。この俺が…。 「「…こ、これだけで怖いんですね……」」 中学生は、少し驚き混じりの声でそう言った。 「ふ、ふざけるなっ!!早く机の上に降ろせっ!!」 たまらず怒鳴る。この距離で激しく怒鳴れば、中学生は簡単に怯えて従うだろう。 そう、思っていたのに。 「「…………」」 もはや、俺の怒号に動揺する様子が無かった。怒り狂う俺の様子を、顔を思い切り近づけたまま観察し続ける中学生。驚き、興味、色々な感情が入り混じった瞳の色が、俺を貫いて支配する。 中学生は摘まんだ俺の高度を少しだけ下げ、自分の唇の前に何気なく持ってくる。そして言葉を言い聞かせるように、 「「ちゃんと掃除道具用意するので、お願いします…」」 「ひっ……あ………」 悲鳴を上げてから、その事実に絶望した。目の前の巨大な唇が蠢き、そこから思ったよりも遥かに巨大な声が直接浴びせられた。鼓膜をつんざくほどの大音量に、やはり反射的に悲鳴を上げさせられたのだ。決して恐怖からではない。しかし、このガキの唇の前で悲鳴を上げてしまった事実は、動かぬものだった。 「「…っ……お、思ったより、色んなものが怖いんですね」」 「っっ……!!」 何気なく呟かれた感想が、俺の今まで積み上げてきた何かをガラガラと崩し始める。 「「…………」」 ぐいっ…!! 「っっ!!や、やめろっ……!!」 俺を摘まみ上げている手の高度が、一気に上昇する。手を自分の顔よりも高くまで持ち上げた中学生は、俺の姿を見上げるように、おっきな顔を近づける。そして、その状態で自分の唇を俺に向かって近づけて。 むわっ…… 俺の足元で開け放たれた巨大な唇から、生暖かい吐息が吐き出されたかと思ったら。 「「言うこと聞いて、お掃除しなさいっ…」」ビリビリッ…!! 「ひぃぃぃっ……!!!」 わざとらしい大きな声が、俺の耳から入って腹の底まで響いてくる。即死レベルの高度で吊り下げられたまま、とんでもない大音量で命令される。もはやこれは脅迫だった。命令を聞かないと、落とされる。命を奪われる。一言もそう言われていないのに、そう思い込んでしまう。 少し、視界が暗くなるような感覚があった。 「「み、見てるので、お願いします…」」 気づけば机の上に降ろされていて、上空から中学生が、未だ緊張しながら声を投げかけていた。俺はその状態で、掃除をせざるを得なかった。用意された小さなブラシ、塵取りを手に持ち、ビルのような巨人に見張られている状態で仕事をするしかなかった。…またあの上空まで連れ去られたら、たまったものではない。そして、目の前で大声を出されることにも、少しのトラウマを感じていた。大音量がいきなり浴びせられるというのが、あそこまで本能的な恐怖に訴えかけるものとは思っていなかった。 そんな恐怖の中で、何度も何度も湧き上がってくる怒り。いやいや、何で俺がこんなことをやっているんだ。たかが中学生に脅されたくらいで、何で。 そう思って中学生の巨体を見上げた瞬間に。 「「…………」」 こちらを見下ろす、学生服姿の可憐な中学生の途方もない巨大さに、怒りという感情が強制的に潰し込まれていくのだった。 このまま、言うことを聞いては絶対にいけないはずなのに。一度発生した事実は、取り返しがつかない。中学生の命令に従って一度でも仕事をしたという事実が、このおどおどした中学生の認識を変えてしまうのに。 俺は大きな消しゴムのカスを集めながら、明日から如何にしてこのガキを丸め込むか、頭の中でぐるぐると思考するのだった。 ---続く---

【無料小説】縮小保護観察処分①~内気な観察者~

Comments

続きも是非お楽しみに!

konan

ありがとうございます!声の表現はつい使ってしまいます😊

konan

最高の設定とシチュで、続きがかなり気になります\(^o^)/

セロハン

いつもながら素晴らしかったです! 声でビリビリいう表現好き‥

ちひろ

ありがとうございます😊どんどん立場が逆転していく様をお楽しみに!

konan

ここから負けまくります!

konan

ありがとうございます😊元の態度がデカいほど良いですね〜

konan

konanさんの小説の中でもトップクラスに好きなシチュエーションの小説だ…! 立場逆転系最高です、続きが待ち遠しすぎる

ポジノ

格下に負けるの興奮する

はひ

こう、絶対的なサイズ差ででかい態度の人を段々圧倒するの、が好き

ハラショー


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