2009年にできたまだ新しい施設です
今ではこの周辺はキリンビール福岡工場や農業用地が広がっている土地ですが、1919年(大正8年)から昭和20年まで大刀洗陸軍飛行場という東洋一の規模を誇る軍施設でした
昭和15年には飛行学校も開設され、全国の陸軍機操縦士の3分の2を養成したそうです
その後、航空廠(工場)・通信班・気象班が設けられ、やがて航空関係一色となった大刀洗周辺は空の一大基地になったのです
昭和20年3月にサイパン島から発進したB29編隊による二度にわたる入念な絨毯爆撃で壊滅しました
(太平洋戦争ガチ勢からもサイパン島を奪取された時点で詰んでた説が有力ですね)
大戦末期には特攻隊の発進基地となってしまい14~15歳の少年飛行兵の家族へあてた遺書や飛行場が空爆された時の様子を再現した展示もあり、日本人なら涙無くして見れないものとなっています
↓特攻マニュアルの一部
「衝突直前」衝突ノ瞬間◎目ナド「ツム」ツテ目標ニ逃ラレテハナラヌ(迫真)
特攻機に採用されていたのが九七式艦上攻撃機という戦闘機なのですが、
1996年に博多湾から引き揚げられたボロボロの九七式戦闘機を復元したものが展示されており、
世界で唯一現存する九七式戦闘機を見られるのは大刀洗記念館だけとなっています
写真撮影は禁止なのですが画像検索すればそこそこヒットしますけど・・・
https://search.yahoo.co.jp/image/search;_ylt=A2RCCzPKDFteBgsAnyCU3uV7?p=97%E5%BC%8F%E6%88%A6%E9%97%98%E6%A9%9F+%E5%A4%A7%E5%88%80%E6%B4%97&aq=-1&oq=&ei=UTF-8
「ザ・コックピット」や短編の戦争漫画を描いていた松本零士先生が資料として偶々もっていた97式戦闘機の車輪を寄贈し完成したとのことです
この97式戦闘機の復元している様子を記録した映像は、先日紹介した甘木鉄道の太刀洗駅の中にある年代物の玩具や家具を展示している「レトロステーション」で見ることができます
大刀洗平和記念館が完成するまで97式戦闘機はこっちで展示していたそうです
管理人のおばちゃんがおもむろにテーブルに「これ、飛行機の破片」といってカランと放った金属片が97式を復元する際に余った主翼部分の破片だそうで↓
ジュラルミン製で軽くて頑丈なのがわかりましたが、もうちょっと丁寧に扱った方が・・・(汗)
平野な田舎なのであまり目立たないのですが、妙にまっすぐな道路が多いのも元は飛行場の滑走路だった名残らしいです
そんな感じです。