「お兄ちゃん、戻ったよ」
音の鳴らない、薄暗い部屋。
蝋燭一本が作る影に、ぼーっと座るお兄ちゃんの姿がうつる。
部屋の隅に置かれた木の机で、ただひとり座っている。
読みかけの本が置かれていて、多分、気持ちを落ち着かせるために読んだのかな…。
斜め上の空間を見つめたまま、考え事をしているようだった。
「お兄ちゃん」
「…?あ、あぁ…」
お兄ちゃんはハッとしたように顔をこちらに向ける。
疲れたような笑いをこぼす。それだけで彼の心身状態がわかる。
「お兄ちゃん、話なら聞くよ」
「あ、…別に、構わないさ」
明らかに元気のない返答に、私は心配になる。
えっと、こういうときは…。
……お兄ちゃんはたまにわからないときがある。
呪いのせいで、理由もなくくる不安と、彼自身の不安。
…あなたが何を考えているか、私はわからない。きっと、二度と…。
「…姉さん、隣にいて」
「?」
お兄ちゃんの隣に座る。お兄ちゃんの匂いがふわっとして、少しドキドキする。
お兄ちゃんの頭が自分の肩にもたれかかる。
「………」
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「………姉さんが隣にいるだけで、いい。ありがとう」
「……うん」
震える手。か細い声。
何も出来ない自分を、憎んだ。
「2人でいるときが…1番安心するんだ。でも…消えてしまいそうで怖い…」
「…お兄ちゃん…」
「また俺のせいでいなくなったら…俺は…」
お兄ちゃんは顔を手で覆う。
「俺は……どうしたらいい…」
「お兄ちゃん、心配しないで。私はずっと一緒よ。ほら。」
お兄ちゃんの手を握る。
「ちゃんと私はここにいるわ。しっかり握って。この指先から感じ取るの。温もりと…存在を」
「…そうだな。ごめん、暗い話して。姉さんはたしかにここにいるよ」
お兄ちゃんは少しだけ笑う。
お兄ちゃんの大きな手。
私は…私はお兄ちゃんを失うのが怖い。
お互い、失うことに怯えている。
だから、こうして互いに存在を見つけ合う。
それが少しだけ、楽しみな自分がいた。
お兄ちゃんを感じ取れるから。
「……っ、いるよ、姉さ、ん…」
「お兄ちゃん?」
お兄ちゃんは泣いていた。
「怖い……姉さんがいなくなることが。こうしている間だけ、幸せなのに…明日はまた命懸けなんだ。それが…嫌だ…姉さん…」
ぼろぼろと涙をこぼす。
「大丈夫。お兄ちゃん。怖くないわ」
お兄ちゃんを抱きしめる。
お兄ちゃんはすぐに抱き返してくれた。
「…そうだよな…姉さんがいれば………姉さん…1人にしないで…」
震える声は、まるで子供の頃に戻ったような感覚があった。
お兄ちゃんはこういうところがあった。ちょっとだけ、子供っぽくなってしまうところ。
私は微かに残るお母さんとの記憶を思い出して、それなりの行動をしてみる。
お母さんがくれた優しさ。愛し方。
お兄ちゃんは私をたくさん愛してくれた。
だから今度は私が、お母さんとお兄ちゃんからもらった愛で、たくさん愛してあげる。
唯一、私が出来ることだって。
「1人にしないよ、お兄ちゃん」
あれからどのくらい経ったのだろう。
オレはふらつく足をなんとか前に進めて、雪原を歩く。
花束を持って、白い息を溢しながら冷たい空気を感じ取る。
「姉さん、来たよ」
目の前にあるのは、大きな石。
そこには姉さんが眠っている。
「こんな寒いところでごめんな、…逃げられる場所がここしかなくてさ」
魔物狩りに襲われたあの日、首を切断された姉さんを運んで、雪原へ…ここへたどり着いた。
そこで姉さんは灰になって消えてしまった。
灰の中に残ったのは、姉さんが身につけていたペンダントだった。
今もそれは形見となっている。
「姉さん、元気にしてる?」
墓の前にしゃがみ込む。
石の上に花束をそっと置いた。
「……姉さん、ごめん。こんなことになってしまって」
少し苦笑いをした。
「こんな…結末…望んでいなかったのに」
口元が歪む。
「母さんと一緒にいるんだろう?オレもそろそろ行きたいよ…姉さん」
…。
何も覚えちゃいない。ただ、人生を狂わせた。それだけだ。
あの時は心が張り裂けた。感情を制御できなかった。ただ赤子みたいに、泣き喚くしかなかった。
悔しい、悔しいよ、だって、ずっと、守ってきたのに、愛していたのに、こんなにも、愛していたのに、オレは、結局は自分の無力で全てを失った!!!!!
許せない、人をこんなにも憎んだことがなかった。心の底から憎んだ。皆殺しにしてやろうかと思った。死ねばいい。何故オレたちが苦しまなきゃならないんだ。死ねばよかった…お前らが死ねばよかった!!!
あの綺麗で、優しい姉さんの顔は、ぐちゃぐちゃで、…赤くて……………首から血が…。
何をしたら良い、何をしたら助かる?それだけで精一杯だった。ひたすらに考えた。脳みそを全力で回転させて、もはや何をしていたなかわからないくらい考えて。
でも残ったのは死だった。死。
なァ……覚えてるよな…一緒に三つ編みにしようって…ねえ……いかないでくれ…………やりたいことまだあるって……。
姉さん寒くないよ。1人じゃないから。オレがいるから。悲しい顔をしないで…オレが…………守るから……大丈夫だから。大丈夫。
「帰ってきてよ姉さん…」