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鷲花葬
鷲花葬

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三つ編みエガ 生の記憶

自殺未遂、自傷の表現があります。






最初は簡単だった。

恐怖を知らなかったから。

なんでもよかった。姉さんに会えるなら。

首つり紐の結び方くらい知っていた。自殺した人間なんて何百と見た。

ああ、はは。

懐かしい匂いもしないこの場所。

時の神に出会って過去へ飛ばされてから見つけた、誰も知らない隠れ家だ。

冷たさと埃臭さだけが残り、自分が生活しているなんて嘘みたいだ。木製の床はぎしぎしと古臭い音が鳴る。

埃が被った窓際。家は地下にあるものだから、木々の間に窓があった。

この場所。よく望遠鏡で空を見ていた。雲しか見えないのに、太陽が見える日を待っていた。

…その日が来ることはなかったが。

いつも寝ている寝具に体を投げ出した。

温もりを一切感じなかった。

隣に姉さんがいる。そんな気がする。

布に顔を埋める。

この隠れ家なら自分のことなど見向きもされないだろう。…。

自分の存在がわからなかった。記憶もなくて、自分の本名もわからなくて。

なにひとつ思い出せやしなかった。それどころか、何かを失い続けるばかりだった。

それが、とにかく苦しかった。

努力が実ることなんてなかった。それだけがわかったところで、何になる?

……。考えるのはやめだ。

ゆっくり立ち上がる。

……希望が、持てないな。姉さんがいたときは何でもやれた気がしたのに。

両目が黒くなってから幻覚が見えるようになった気がする。

そんなことどうでもいい。周りを信用しなければいい話だ。

希望なんて持たなくてもいい。絶望することがなくなる。

オレはもう何も見たくないし、絶望もしたくない。ふつうに生きたい。

ただ1人の人間として生きたい。

生きたかったのに。

生きるって難しいな。

もう全部遅いんだ。こんな世界でこんなことを望んだ自分が馬鹿だった。

オレは前に進んだ。何かが倒れた気がするけど、もうどうでもよかった。





ああ、これは悪い夢だ。

「ほら 立てよ」

…。

「あーあ。お前は立ち上がれないくらい弱くなったんだな」

後ろから足音が近づいてくる。

音が。音が。

怖くて耳を塞いだ。

知らない声。いや違う。知っているけど、オレじゃない。

「立てないのか?なァ」

よく知っている顔をした人間に胸ぐらを掴まれる。

「そんなんじゃねェ…」

威嚇するように声を必死に絞り出した。

「みんな死んじまったな」

「…」

冷たく、感情が伝わらない。わからない。

この恐怖はなんなんだ。この動悸はなんなんだ。自分は何に怯えているんだ。

「みんなお前のために死んだんじゃない」

ああ、そうだよ。


「お前を生かす呪いのために死んだんだ」


「お前に死ぬ権利は何一つない」


「お前は生きなきゃならない」


「お前はみんなの死を無駄にするのか?」


「お前は死ねない。永遠に」


ちがう 僕は

「何が違うの?」

頼むよ、もう楽にしてくれ。


「ねぇお兄ちゃん あなたのせいで私はこうなったの」


…。

はは。

「ふッ……ははッははははははッ、ひひ、ははははははははははッ」

苦しい、息ができない!

死ぬってこういうことなんだ!

ああ、そうだ、そうだな、オレは死ねない!

「ひ、はははッはッげほッ、がッ、ひゅ、げほッげほげほッ」

おかしくて笑った。苦しくて咳き込んだ。

頭がぐらぐらとする。体が動かない。

なあ、オレは静かに寝たいんだ。ゆっくりとな。

今までのツケを返してもらおうか。オレは寝たいんだ。ずっと。ずっとずっとずっと。

寝かせてくれ。頼むから。お願いだ。

息ってどうやってやるんだ。いくら吸っても苦しい。

瞼は開かない。体は本当にびくとも動かない。

ああ、オレ、花になったのかな。

化け物になったのかな。

もう、いいよ。それで。楽になれるなら。


「……」

苦しい。眩しい。

眩しくて目が開けられない。

「おーい。目ぇ覚めたんだろ」

知っている声。でも、怖くない。

「…ねむい」

「だろうなあ。でも俺も待ってんだよ。目開けるだけでいいからさ」

「……」

重い瞼を開けた。そこには、髪を結んでいる赤い紐が目立つ男がいた。

自分はベッドの上で寝ていたようだ。

……こいつが?オレを…?

「おはよう。随分寝てたな」

意外だな。…。そう。黒目狩りが。

「…へッ。久々に長く寝たな」

「30近い数、空が変わった。だいぶ寝てたな。途中死んだんじゃないかってヒヤヒヤしたさ」

「オレが?はは、オレが死ぬわけないだろ」

「……そうだよな」

結んだ黒い髪を揺らしながらこいつは部屋を出ようとする。

「…もうどっかいくのか」

「そう不安になるな。一服してくるだけだ」

不安になんて……。……。

「……お前が自殺しようとしたのは知ってたんだ。俺だって止めようとはしなかった。でもな…」

低いトーンで話す。

ああ、そうだ。オレは。花になろうとした。

「知ってるよ。母さんの約束だろ」

「なんだ。知ってたか」

振り向いて苦笑いをしている。

「…吸ってくる」

…彼の名前は何?






アンタが倒れていた時は頭の中が真っ白になった。

昔の光景に全て似てたんだ。

エガが……アンタの母が。影がそっくりだった。

そこから何も考えていない気がする。

無我夢中で助けていた。首を見た時は絶句した。

人のことにこんなにも焦る自分がいたことに驚いた。

はは、人を殺すことばかりしていたのに。

こういう形で人を助けたことがなかったのに。

気づけばアイツに人工呼吸していた。戦争があったときに覚えていたことが幸いした。

自殺しようとした人を助けることは、本当に良かったのか。

そんなことも考えられずにアイツを病院まで運んで。

目を開けるまでひたすら待っていた。

花が咲いたらどうしようなんて考えながら。

…。

ああ、俺はアンタに依存しているんだろうか…。

俺は親友を2人失った。

それからどうでもよくなって。ひたすら呪われた人間を殺して。

自殺もしようもしたけど、こんな体じゃあなあ…。

やっぱり俺は……1人が嫌なんだ。

そう複雑になりながら、煙草に火をつけた。

いつもの味だが、何かが違うような気がした。


「あ、果実は…食えるか?」

「ああ」

赤い艶が目立つ果実の芳香は、オレを落ち着かせてくれた。

それにかぶりつくと口いっぱいに果汁が溢れ出してなにかを満たしてくれた。

何故お前はオレを助けてくれるんだ。

何故お前はオレに優しくしてくれるんだ。

お前は。オレに何を望んでいるんだ。

「食欲はありそうでよかった」

静かに笑った。

そんな顔出来たんだ。

「食わずに寝てたらさすがに腹が減るよ。……オレをどうやってここまで?」

「ああ、言ってなかったな。ここ廃病院なんだが…魔物たちが使ってるらしくてだな。魔物たちに助けてもらったってワケだ」

言われてみれば。

気づかなかったけど点滴の器具が奥にある。

「……そう」

「いろいろ魔法を試してもらったんだがな、何故かお前はうまく効かなかった。耐性でもあるのか?」

「さァな。魔法はあまり知らないんだ」

「ま、目を覚ましてくれてよかったけどな。…ああ、そういえばまだ用事がある。そこで待っててくれ」

「あ……」

んじゃあとで、と手をひらひらさせてあいつは出て行った。

………。

一瞬のうちに、その場に静けさと冷たさが漂い、温もりは掻き消された。

1人。部屋でまた1人。

自分が1人になると、妙に焦燥感が酷かった。

家族を全員殺されて。

仲間も殺されて。

気づけば自分は1人になった。

1番恐れていたことだった。

あんなに守ったのに。あんなに頑張ったのに。

この気持ちはなんだろう。

天井と睨めっこして、ひたすら考えた。

自分が死のうとしたのは本心なのか。

それとも呪いに蝕まれた心なのか。

オレは。死を望んでいるわけじゃない。

楽になることを望んでいた。

仲間に会うことを望んでいた。

1人になると考え込んでしまう。

アイツはまだ来ないのか。

オレをひとりにしないでくれ。

オレは。多分。誰かと一緒じゃないとダメなんだ。

待っている間がもどかしく、背中を丸めて蹲った。

…。

夢のことを思い出した。

短い夢だった気がするけど。

自分がいた。昔の自分が。

今思えば何を恐れて右目を隠していたのだろう。

両眼はもう黒くなった。染まったんだ。

もう母さんの瞳にはなれなくなった。

碧色の瞳は。もうない。

もう1人の自分が怖かった。

ずっと笑って笑って笑って笑ってこっちを見て。

でも声に感情がのっていなくて。不気味だ。

脳裏にこびりつくその光景が。

トラウマになりそうだ。…最悪だ。

ひとつ何か嫌なことを思い出すと、ずるずると連なって他のことも思い出す。

それは引き摺り出される腸のように、永遠に。

その人間が死ぬまで、引き摺り出される感覚は終わらない。

この感覚が痛かった。記憶を思い出すことが苦痛だった。

いっそのこと全部記憶喪失になればよかったのかもしれない。

くそ。くそが。

自分を殴ってやりたい。ぐちゃぐちゃにして。

後頭部を強く殴って。内臓を引き摺り出して。

ああ、なら腕も切ってしまおう。歩く足も必要ない。お前は前には進めたことないんだ。

はははは、面白くなってきたな。

「ふ、ははッ」

思わず笑いが込み上げてくる。

こんなに。こんなにも。

自分が嫌いだ。大嫌いだ。ああ、死ねばよかった。ナイフで突き刺せばよかった。

そうだ、そうだそうだ。高いところから落ちてしまえば。

でも失敗してしまえば逆に死ぬことが出来なくなる。

いっそのこと出血死は?……血を見るのは嫌だ。赤い、赤い血。

………。

……。

どうでもいい。何を考えていたんだ。

オレが死ぬ?まさか。怖くて出来やしない。

自分の髪がガサガサと擦れる。

そのことに違和感を覚えて、自分はいつも三つ編みをしていたことを思い出した。

慣れたその手つきで三つ編みを施す。

髪紐は腕にあった。いつの間に。

ああ、この感じ。片側だけに乗せられた髪の重さに懐かしさを感じた。


……。

…。

何か違う。

手。

手袋がない。

手袋がない!

一気に酷く冷や汗がでる。

ああ、くそっ。縄の紐を結ぶときに外したんだ。

1人になると全てが不安になる。

さっきまでは全く気にしなかったのに。

怖い。怖い!!

あまりの恐怖に部屋から飛び出した。

視線を一気に感じるようになった。

あの部屋は。誰かがいる。たくさんいる。たくさんの目がこっちを見ている!

あ、こんな、こんなに。

自分は何に怯えているんだ。何でこんなに怖いんだ!

その場が急に怖くなって走り出した。

アイツを探して。

でも目を覚ましたばかりだからなのか、うまく走れなかった。

呼吸が変になり、足がフラフラとする。

吐き気と頭痛が込み上げてきて、立つことが難しくなり、壁に手をついてもたれかかる。

部屋がいくつも並ぶ長い廊下。

窓は割れ、木の枝が部屋に入ってきている。

…はは、本当に廃病院だ。

そんなことを朦朧とする意識の中考えた。

「ふ、ッ……ひゅ」

もうダメだ。その場で座り込む。

怖い…1人が。怖い。

誰か。

ひ、ふふ、姉さんがいたときはこんなことなかったのに、ね。

疲れた……。

もう、助けてくれ。オレは。

ねむい…。

…母さん、オレ怖いんだ。

ごめんなさい、本当に、ダメで。

オレはもうちょっと寝ていたいんだ。

母さんなら、怒るかな。

うん……うん。大丈夫。僕は大丈夫だよ。なんとかなるよ。

…。

その場から動けなくなった。


オレ、どうしたんだろう。

おかしくなったのかな。

呪いのせいだ。全部。呪いのせいだ。

呪いが悪いんだ。

オレから出ていってくれ。

血を流せば呪いは消える?

血が怖い?もういいよ。呪いが消えるなら。

落ちていたガラスの破片を拾う。

手袋のことなんてどうでもよくなっていた。

その破片を手首に突き刺した。

血が。血が。

痛みなんてどうでもよかった。

なあ、おれ、本当にどうしたんだろう。

こんなこと。

だれか、教えてくれ。


「こんなところで何してんだ」

ああ、聞き覚えのある声。

「……つかれてる、だけ」

「そうかい。それ、治さねえとな」

オレの腕をそっと持ち上げる。

嫌じゃなかった。いつも他人に体に触られることは嫌なのに。

コイツは慣れた手つきであっという間に処置を終えた。

…。驚いたな。

「戻るぞ。立てるか?」

「……そうみえるか?」

「無理そうだな。運びたいのは山々だが…あいにく俺は力がないのでね」

そう言って反対側に佇んだ。

葉巻を取り出し、着火機で火を灯す。

「…着火機、いいなあ」

「国で買ったんだ。随分と高いぞ」

「へェ。そりゃいいね」

煙臭さと香草の燃える匂いが漂う。

それを嗅ぎながらしばらく座っていた。

「…なんでお前はオレを助ける?」

「なんでだろうな。はは…なんでだろう」

「…」

「俺も1人じゃ生きられなくなったのかもな」

「…そう」

はぁー、と大きいため息を吐く。

煙は割れた窓の隙間から空へ伸びている。

「ある日1人になったことに気づいて。それが酷く怖くなった瞬間があった。…両眼が黒くなったときだった。呪いって…恐ろしいんだって」

…オレだけじゃなかったんだ。

それだけで安心した。

「それからはこの葉巻が相棒ってわけよ。俺は1人じゃ生きられねえからな」

「はは…オレも1人じゃ無理だよ」

笑ったつもりだったけど、うまく笑えてなかった気がする。

…。こいつとは、何故か親近感が湧いていた。

何故だろう。そして、妙に落ち着く相手だった。

人間として。呪われた人間として。誰かを失ってきた人間として。

別に好意を抱いているわけではないけど。

でも。

…安心するなァ。姉さんが、ベルたちが、その空間にいたような安心が。

こいつとは昔からの知り合いだったが。

お前の名前を知るまでは、オレは死なねェからな。

しばらくくだらない語を交えていた。

この時間が楽しいと感じていたらオレがいた。

ああ、こんな時間が続くなら。

オレもまだ生きることは苦じゃないのかもな。
















なァ、ごめん

お前を置き去りにして

三つ編みエガ 生の記憶

Comments

エガは呪われてるひとの中でもかなりひどいほうなので、この精神錯乱状態は結構酷いものです!なので似たような経験がないほうが幸せだったり…(笑) エガはゼラちゃんと一緒にいたときに前髪を切り三つ編みにしました!いつかその話も書きたいですね~ コメントありがとうございました!

エガ君、ガル君各々の視点で展開する2人の出会い?の構成が面白いですね!ガル君はエガ君のこと知っていた様ですけど! 呪いの影響の錯乱状態どんな感じか?でしたけど、少しわかった気がします(錯乱状態になった事がないので”少し”です。あ~人生経験が足りてないw) ラストの ”なァ、ゴメン お前を置き去りにして” が、生きる事に価値を見出したガル君と、そうでなかったガル君との決別の言葉と思うと涙がでるほどカッコ良くて感動しました! ところで、エガ君はゼルちゃんと旅してる頃から三つ編みしてたのでしょうか?何となくガル君と出会ってから、三つ編みエガ君が誕生した様な気がするものでw ガル君と出会って、心の支えを得られて嬉しそうエガ君の 笑顔も素敵なお話しありがとうございました(^^)


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