XaiJu
matsuri7103
matsuri7103

fanbox


秋田、夢の通い路<episode 2>

 俺、中村清太は怪異観測機関・東河寮所属の人間だ。大学では妖怪学を専攻していた。幼少期から、幽霊や妖怪といったこの世ならざるモノに興味があり、反対に現実世界の出来事をどこか他人事のように感じていた。社会に出て会社勤めをするのが性に合わないなと思っていたところ、恩師である鈴川先生からこの機関の存在を聞き及び、適性もあったので所属するに至った。  今回は、秋田県にある惣台村が調査対象だった。村というが公共機関はきちんと機能しているし、若い世代も思ったより多い。呪われた村、などと外部から呼ばれているが、一見するとそのような湿度のある印象はない。  初日は村役場にある資料を調べ、役場職員から1件聞き込みができた。確かに、この村は原因不明の死者数が多い。しかし、俺は「呪いの村」という今回の任務を受けたときから実体は呪いではないのだろうと推測していた。「呪い」には、「呪う側」と「呪われる対象」の両者が揃って成立する。しかし、「呪いの村」というとあまりにも呪われる対象の範囲が広すぎやしないか。死者の名簿を見ても、何かしらの規則性があるようにも見えない。  これは、恐らく呪いではない。他の何かだ。   ●  村への滞在中は、村長の家に宿泊させてもらうことになっている。  村長の家には、彼の孫が同居していた。千歳君という中学3年生の男の子で、事故死だと書かれていた名簿の二人は彼の両親であり、母親が村長の娘であるという。村長と苗字が違うというのも、嫁入りしたものの老人の一人暮らしを案じて村長の家で同居していたからだということで謎は解けた。  千歳君は明るく気さくな少年で、初対面である俺達に対しても警戒心なく接してくれた。  その話題は、食後に居間で寛いでいるときに出た。  「あの、鈴川さん達はこの村の呪いを調べてるんですよね」  食後のお茶を啜っていた先生が「うん、そうだよ」と答える。  「関係あるか分かんないけど、ウチに古い本とか日記とか」  「千歳、それは関係ないと言っただろう」  千歳君の言葉を遮ったのは村長だった。俺達の面食らった様子に、村長は気まずそうに笑った。  「息子が…ああ、娘婿ですが、彼は古い歴史の研究なんかをしていましてね。それでそういう本や調べたノートなんかが残っているんですよ」  「あの、それ…もしよろしければ拝見させていただいても宜しいでしょうか」  案の定、先生が食いついた。見事に研究者魂に火がついたのだ。  「いや、しかし…今回の件とは関係ないと思いますよ。なにせ、もっと古い歴史ですし。確か、鎌倉時代とかそこら辺の」  「鎌倉時代!?うわすごいな、それは!…と、失礼。あの、決して故人の研究を盗んだりなど、そのようなことは致しませんので。これは同じ研究者としての純粋な興味と言いますか…」  「はあ…、いえ、それを疑ったとかじゃないんですが。こう、なんというか…ちょっと気味の悪い資料なんかもありまして、孫にもあまり見ないようにと言って蔵に仕舞ってあるんですよ」  村長がそう言うと千歳君は少しだけ視線を右に逸らしたので、ああこれは隠れて見たんだなと推測した。千歳君は俺と目が合うと、小さく笑って人差し指を口元に当てる。俺も村長に見つからない角度から笑って頷いてみせた。  俺達がアイコンタクトを取っている間に、先生と村長の間で話がついたようで、資料を見る許可が下りた。流石に夜も遅いので、明日蔵を開けてもらう。 ●  朝食を終えて登校する千歳君を見送ると、村長は蔵の鍵を俺達に預けて「何かあれば役場にご連絡ください」と言って、車に乗って役場に向かった。   蔵の鍵を開けると、棚に並べられた木箱や床に安置された大きな甕などが俺達を出迎えた。思った以上に綺麗に整理されており、村長が定期的に掃除をしていることが伺える。例の資料は階段を登って二階にあるらしい。  階段のある蔵の奥は光があまり届かず、午前であるにも関わらずじっとりと暗い。懐中電灯で足元を照らしながら、急な傾斜の階段を慎重に登っていくと二階はもっと暗かった。一階部分の半分以下の高さで、二階というより屋根裏のような感じだ。俺は壁端まで歩くと、木戸をスライドさせて小窓から光を入れる。  「ちょっとは明るくなりましたね」  そう言って振り返ると、息を小さく切らした先生が階段を上り終えたところだった。  「あのくらいの階段で息切れするって、先生やばくないですか?」  「う、うるさいな……君も、年取れば…、わ、分かるよ」  ハァハァと息を吸ったり吐いたりしながら、文句を返された。先生は呼吸を整えながら、棚に並ぶ膨大な書籍の背表紙を見て感嘆の声を漏らす。  「これは、凄いなぁ!本職じゃないというが、これだけ古い資料をよく集めたもんだね!!」  「確かに、趣味でこれだけ揃えたのは凄いですね」  村長の娘婿であり、千歳君の父親である奥田悟さんは高校で日本史を教える教員だったそうだ。歴史を調べるのが好きで、趣味が高じて古い文献を集めては独自に研究をしていたらしい。  「さあ、さっそく取り掛かろう!僕はこの棚を見るから、君はこの下をよろしく」  「はいはい。言っておきますけど、今回の件に関係無さそうなら…」  「分かってるよ。今日調べてみて関連が見られないようだったら、また違う方面で調べるから」  そう言いながらも、先生は既に資料を読むのに夢中になっていた。こうなると何を言っても右から左だ。とはいえ、何か手掛かりがあるかもしれない。村長が言っていた”気味の悪い資料”とやらも気になる。  俺は任された棚に並んでいる一冊のノートに手を伸ばした。 ●  その時代にはその時代の倫理観がある。  平安時代の中頃、この村では子は親の所有物であり、人は神の所有物であったという。  この父親に娘殺しという意識は無かったのかもしれない。  ただ、規則を守らなかった罪人を処罰したという感じだったのだろう。  倫理観は時代によって変わる。当時のことを、現代のものさしで測ることはしてはいけない。個人的な感情は置き、この事件の顛末を調べることにする。 ●  ページはそこで終わっていた。  ノートの表紙には、「vol.1」と黒い油性ペンで書かれおり、棚から「vol.2」と書かれたノートを探すが見つからなかった。そのうち見つかるだろうと思い、「vol.1」のノートの横に並んでいた「vol.3」のノートを開くと、ノートとは違う紙質の一枚紙がハラリと床に落ちる。慌てて拾って文字が書かれた面を見ると、ノートとは違う筆跡でひらながの文字列が並んでいた。 ●  これは ましろのおおかみでした。  しかし かこのことだったので いまは かんけいありません。  ひだりあしを きりました。  そうすると もう まんぞくには あるけませんから。  これで かみかくしは やむでしょう。 ●  「神隠し…」  不穏な単語を見つけて思わず口に出すと、先生が読んでいた古びた和綴じの本から視線を上げ、こちらに向けた。  「いま、神隠しって言った?」  「え、…はい。先生のほうはどうですか。なにか気になる内容はありましたか」  「まだ確信を突くようなものはないね。でも、これ見て。これ、寿永2年、つまり平安時代後期に書かれたものを江戸時代に写した本なんだけどね…。ほら、ここ…この村の、老髪山(おいのかみやま)にかなり大きい社があったんだよ」  「社!?いや、でもこの村の山にはそんな…」  俺が思わず大きな声を上げてしまったのも、先生には理解できるようで何度も頷く。その表情は、いささか苦々しい感情を含んでいるように見えた。  俺達が所属する東河寮の主な任務内容は、建築時や、市町村併合前に土地の境界を調査、管理、調整をしている。これは、個人宅というより主に神社仏閣が中心だ。つまり、担当する土地の社の位置や歴史は把握しておかなければならない。  少なくとも、怪異観測機関が立ち上げられた明治以降のことは全て把握しているはずだった。ということは、それ以前のことか。それでも、明治以前の寺社の歴史も文献を頼りに記録が残っているはずだ。  この村にある社は、鎌倉時代中期に創建された惣領八幡神社のみである。役場に行く前に立ち寄ったが、立地的にも問題はないことを確認している。  「ということは、鎌倉以前の社ということですか?」  「いつ建ったのかは詳しいことは載ってないんだけど、平安後期には既にあったらしい。それで、この『老髪山』なんだけど、平安時代の頃は動物の"狼"に神様の"神"、と書いて『狼神山』という表記になっているんだ」  「狼…の神、の山ですか。これは、ガチっぽいですね……」  「東北のほうでは、昔は狼のことを『おい』と呼んでいたから、読み方は同じで後から漢字を変えたんだろうね」  「なんでそんなことを…。社が今はもう無いってことと、関係ありそうですね」  「この本、まだあと3巻残っているんだ。そっちはなにか収穫あった?さっき、神隠しがどうとか言っていたけど」  「ああ、そうだ…」と言って、ノートに挟まっていた用紙を先生に手渡す。受け取った先生が、書かれた文字を読み上げた。  「『これはましろのおおかみでした』」  「「おおかみ!!」」  一拍置いた後に二人の声が重なる。そうだ、確かそんなことが書かれてあった。前後の繋がりが分からないから、とりあえず置いていた内容だったのだ。  「ましろの、って真っ白いって意味かな。だとすると、白い狼がいた。狼じゃなくて、大神と書くのかもしれないけれど…」  そう言いながらも先生は、続く文章を目でなぞる。  「これ、神様の一部を切り取って、神隠しを終わらせたって意味かな」  「左足を切った、ってそういうことですか」  「うーん…」と唸りながら先生は、指先で顎を擦る。  「もう少し調べて、お昼食べたら午後からこの山に行ってみようか」  先生の言葉に頷いて腕時計を見ると、いつの間にか11時近くになっていた。昼は村長に勧められた美味いと有名な蕎麦屋に行く予定だ。昼を意識すると急に空腹を感じ始めた。  先程よりいくらか集中力を欠きながらも、ノートを1頁めくる。土だ。茶色い土。地面を写した写真が1枚、ノートに貼り付けられていた。その下に、文章が続く。 ●  初めに、これは只人が試していい方法ではありません。  絶対に試さないことを条件に、教えてくれました。  該当する場所の前に胡坐をかきます。座る場所は地面の上、何も敷いてはいけません。  残っているものはもう何もありません。  社も、柱も、鳥居も、石碑も、お墓も、なにもかもがもうありません。  それでも、そこには確かにあるのです。  元々、形あるものは、我々人間が彼方と交信するための依り代として置かれていました。  そのため、あるかないかは関係ありません。  あってもなくても、そこに存在することは確かだからです。  そこにただ静かに座り、一杯の水を体内に入れます。  あはざらめやも ●  昼食を終え、俺達は老髪山に登った。標高421mの山で傾斜もそれほどきつくないので楽に登ることができた。先生は、何度も休憩タイムを要求し盛大に息切れをしていたけれど。年齢の問題ではなく、日頃の運動不足が原因だと思うが口には出さないでおく。  社は恐らく山頂にあったのだろうということで、山頂までこうして登ってみたが予想していた通り、社があった痕跡はなにも残っていなかった。石碑すら置いていない。  神様を封じたのかもしれない。それでも社ごと破壊するだろうか。  俺は、スマートフォンのカメラで撮影した、ノートに貼り付けられていた地面の写真を開き、それらしい場所はないか周辺を歩き始めた。先生は息を整えながら、木で作られたベンチに腰を下ろしていた。  芽吹いたばかりの薄緑の草が生えているが、一ヶ所だけ小さな円形で草が生えてない剥き出しの地面を見つけた。写真と照らし合わせると、どうも似ているような気がする。とはいえ、地質に詳しいわけではないので断言はできない。  ちょうど良い距離の所に平たい石があったので、その上に首から下げていた一眼レフを設置して録画を開始する。そうして、俺は地面の上に胡坐をかいた。リュックの横ポケットから水の入ったペットボトルを取り出すと、それまで黙って様子を見ていた先生が「ちょっと、なに、なにしているの」と駆け寄ってくる。  「さっきのノートのあれ、ちょっと試してみようかなと」  「待って」  「先生はやらなくていいですよ」  「頼まれたってやらないよ!違うよ!!あれ、只人はやってはいけないって書いてたやつでしょ!?」  「でも気になりません?どうなるのか」  「気になっても自分で試そうとは思わないよ!」  怖がりの先生は止めたがっていたが、知的好奇心が勝ったので俺は実行に移した。水を飲んだのだ。  先生が「あーーー!」と叫んでいるが、もう飲んでしまったので関係ない。  しばらくそのまま座っていたが、何も起こらない。  「なにも起きませんね…」  少し物足りないような、残念な気持ちを抱えて立ち上がると、置いていたカメラを手に取り録画機能を停止した。  恨みがましい視線をこちらに向ける先生に、「いま見ます?後で確認します?」と尋ねた。  先生は数秒考え「後で見よう」と言ったので、「じゃあいま見ましょうか」とベンチに座った。  「なんで聞いたんだよ!」と先生が怒りながらこちらに来て、隣に腰掛ける。怖いのなら見なければいいのに、それでも確認せずにはいられないのが人の心理というものだろうか。  録画していたものを再生すると、賑やかな俺達のやり取りが映されていた。 ●  「あーーー!」  「………」  「…………」  「なにも起きませんね…」  画面に白が映った。  「さだめてわたらん」  「こっちも確認しておきましょうか」  そして、次にはカメラを取りに向かう自分の姿が映っているだけだった。 ●  先生は絶叫し、なにやら電話をかけだした。恐らく、境越祓所に引き継ごうとしているのだろう。その間、俺は先程の録画を再び再生する。画面に白が映ったところで停止した。恐らく白い着物だ。妙なことに、裏地が見えているので着物を裏返して着ているらしい。映っているのは、着物の脚の部分だけだった。上半身が映っていないので、どんな顔なのか、男か女かも分からない。  「これで女なら、色々と繋がりそうなんだけどな…」  役場の女性が見せてくれた友人のノートに書かれていたもの。そして、蔵のノートにあった「父親に殺された娘」という話。  通話を終えた先生は、「境越の人が来てくれるって」と、晴れやかな笑顔を浮かべた。  「とりあえず、さっさとこの山降りよう!」  先程の動画のことを思い出したのか、また不安そうな表情を浮かべると慌ててこの場を走り去った。とはいえ、持久力のない先生に合わせてなので、山頂から降り始めてすぐに休憩することになったのだが。  「先生は、あの着物の人、女に見えました?男に見えました?」  「し、知らないよ…そんなまじまじと見てないし」と即答し、先生は思い出させるなと言わんばかりに首を横に振る。  「もう一回見ます?」  「止めて。というか、そこ、そんなに気になる?」  「だって、もし映ってたのが女なら、昨日読んだ佐藤さんの友達のノートの内容と繋がりますよ」  「…ノートの内容と?どこが…?」  「先生、昨日のことなのに、もう…」  「忘れてないよ!夢で見た人が家の中にいたってやつでしょ!?それがどうして女と繋がるんだよ」  「……あれ?女って、書いてませんでしたっけ」  「書いてないよ。…ちょっと待って…」と言って、先生は背負っていたリュックを降ろし、中から昨日の記録を書き留めた自身のノートを取り出した。  「ほら、これだよ。『夢の人を家で見た。ウソだよね。』としか書かれてない」  写真に撮るのは憚られたために、先生がノートに書き留めた内容だ。  そうだ、確かにそれだけの内容だった。  なのに、どうして俺は、亡くなったというその子が見たものが『女の人』だと思い込んでいたのだろう。 <episode 3に続く>

秋田、夢の通い路<episode 2>

More Creators