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【文】強くて弱くて儚い男たち

決して心身ともに強いとはいえない男性が、自ら危険や苦しみを背負って何かを守ろうとしたり、己の弱みを他者にひた隠しにして強がったりする、そんな社会に植え付けられたジェンダーステレオタイプ、せめて気を許せる人の前では捨てちゃえばいいのに…と思うことがある。 でも実際に一定数の男性をそういった強さという価値で縛っているのは、社会的風潮や環境だけではない(同時にそれが大部分でもあるが)、生まれつき持っている本能でもあるのかもしれない。 「心も身体も弱いくせに強くあろうとする男の子 馬鹿で身の程知らずで儚くて可哀想で憎らしくてたまらない けどどうしようもなく愛おしい」 私は時折、こういった言葉をTwitterやら何やらで叫ぶ。 強くあろうとするために無茶をする男性の姿を、手放しに「かっこいい」「好きだ」とはとても言えない。何故ならそれが原因で、私にとって大事な男の人が傷つく、私にとって大事な男の人を失うようなことがあったら、私が耐えられないからだ。 でも同時にその儚く憎らしい姿が、どうしようもなく愛しいと思ってしまう。 二次元コンテンツでそういった行動をする男性キャラクターを見るたびに、大事な男の人のそういった行動や態度が想起させられたまらない気持ちになる。 そして二次元コンテンツでそういった行動をする男性キャラクターを見るたびに、現実においても多くの男性はこういった男性像が内在化されているのだろうかと考える。 そして男性自身の意思をよそに、そんなしんどいジェンダーステレオタイプに縛られて可哀想だと、ひどく同情してしまう。 でも、それでも、きっと多くの男性はこの“強さ”という価値から逃げられないんだ。 それどころか、それを良しとしている男性も、きっと少なくないんだ。 アニメ「Re:ゼロから始める異世界生活」を観ていると、主人公の無茶を止めようとするヒロインに対し、主人公がブチギレるシーンがあった。 「今まで上手くいったのは全部俺のおかげだろうが」「俺が居なかったらなんにもできなかっただろうが」といった具合に。 そのシーンで私はふと気付いた。この主人公にとって、そして一定数の男性にとって、恋人や配偶者である女性の命や生活を守る助ける強さを持っていることが、己の存在意義の大部分を占めているのではないかと。 “強い自分が付いて居ないと彼女は生きていけない”と実感することで、己の存在意義を見出し、精神を安定させているのではないかと。 そしてそれが揺らいでしまうのは、心理的に致命傷で危機的状態であるのではないかと。 だから突発的に、激しい怒りという形で、感情が臨戦態勢に入ったのだ。 加えて、死に戻りの能力を他者に伝えると心臓を潰されるという設定に関わる心理描写も、弱みを晒せない男の苦しみを比喩しているように私には見えた。 つらいしんどい全部晒け出したいのに、自分の中の何かが激しく拒みどうしてもそうさせてくれないような。 ただのカッコつけや世間体を気にしてだけではない、男らしく強くあろうとする姿勢を捨て弱みを他者に晒け出すことは、多くの男性にとって心臓を潰されるような脅威なのかもしれない。 自分のつらさを曝け出せないことと彼女に自分の想いを理解してほしい気持ちとの板挟みにあい、主人公の心はさらに追い詰められ、感情が爆発し自分の存在意義を守っていた慢心が表に出てしまったのだ。 そしてこれは社会的なジェンダーステレオタイプの刷り込みによるものだけではない、多くの男性に生得的に身についている、本能のようなものなのかもしれないとも感じた。 つまりは強くあろうと振る舞うオスがよりメスを勝ち取り子孫を残し、結果として生得的に強くあろうと振る舞う癖のあるオスが増えたということだ。 社会的ステレオタイプに反抗するのもそれはそれで難しいことだが、生得的なものに逆らおうとすると、己自身の感情そのものが反発する。 それが紛れもなく他の誰でもない己のやりたいこと己の真の意思なのだと認識したとしたら、どうしてそれに抗うことができようか。 そういったどうしようもない抗えなさを、男性の強さに対するこだわりに感じるのだ。 これも生得的なものか社会的なものかは分からないけれど、女性には男性と比べて、己の容姿に神経を擦り減らしてしまう傾向がある。 きっと女性にとっての容姿と同等に、男性にとって己の強さというものは切り離せないものなのだろう。 それなら周囲の目なんて知ったこっちゃない一対一の関係でも、強さという価値の鎖に抗えないことにも納得がいく。 こちらが何度、弱くてもいいんだよ、無理しないで、辛いなら辛いって言って、と訴えても、なかなか聞き入れてもらえないのにも頷ける。 聞き入れないのではなく、聞き入れることができないのだから。 私は一時期、そういった男性の強がりが憎らしくて憎らしくて堪らなかった。 そうやって強さや男らしさへのこだわりは、私の大事な人を、私から遠ざけて奪っていくのだと。 そして男性はそういった辛い役割から解放されるべきだと思っているのに、同時に男らしさを見せる男性に魅力を感じ男らしい態度を求め頼ってしまう自分の弱さも、浅ましくて憎らしくて悔しかった(今も悔しい)。 でも男性の強さや男らしさへの執着は、抗いようのない、抗ってしまうと自分の大切な根幹が失われてしまう気さえするような、きっとそんなものなのだ。 そう考えると、これからはもっと素直に大事な人の背中を押せるようになるかもしれない、と最近は少しだけ思えるようになった。 まったく、男といういきものは、強くて弱くて身の程知らずで儚くて可哀想で憎らしい、でも愛おしくてたまらないんだから。 ※note ( https://note.mu/nontan_mobusagi/n/n84fda2bd2f7a ) より引用


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