XaiJu
由宇霧
由宇霧

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ツイッターでつぶやけない話

最近また性教育の勉強をしていて、ちょっと疑問に思ったのが

「自分の体の事は自分で決めて良いって〇〇が権利として認めてるんです!だからあなたの身体のことは自分で決めて良いのさ!」

みたいな記述を見たんだけど、

少しだけ危ういなと個人的に思うなどした。

おそらくメッセージに説得力を持たせるために具体的な権利の話をしているのだろうし、そっちの方が効果的に刺さる人もいるから使ってる表現なんだろうけど、

「〇〇が人を殺すのは権利として認めてるんです!」

って言ったらそうするんかいなというロジックになっちゃうなと。

別に権利で認められなくても、自分の事は自分で決められるようにしてくれ・・・。

あと専門家系の本で見る「科学は絶対正しい」みたいなのも個人的にはちょっと怖い・・・。

文明化してない社会のならわしを、非科学的と一蹴しちゃうノリとか怖い・・・。

(正義が人によって違うって話を新刊で書いたのはこれ対策でした)

わっちが個人的に怖いだけで、否定はしないのでそうじゃない本を自分で粛々と作るだけさ~


話は戻って、

「権利」って言葉は時に救いになるし、わっちも初めて触れた時は衝撃的だった。

でも、それだけこの言葉ってインパクトが強くて

ゆえに、人によっては「怒り」の感情を刺激することもあるのかなと思った。

この言葉はよく炎上の現場で見かけるよね。

あと、権利って自然の摂理みたいなニュアンスあるけど全然自然発生のものじゃないし、権利があったって守られないこともある。

野性だったら食べられてますよ!きゃー!!!

だから「権利」はこん棒として使えなくもないけど万能ではない。


人生はどうにもままならないものだから、そのままならなさを認めたうえで

じゃぁどうしていったら良いか、どうしたいのか、一緒に考える存在でありたいなぁと思いました。


Comments

本当に人間なんて自然界に出たら、いくら権利を主張しようが強者に食べられるような存在だからら、由宇霧さんの言う通り万能ではないのだけど、こと「人間社会で生きていく上では」て前提が付くとこん棒にはなり得るし、例えば由宇霧さんをいちタレントとして考えると割と大きな意味を持つものなんだよなぁと感じますね。 ネットを主戦場とする発信者としての由宇霧さんの立場を考えると、1度言ったことはどうしても残ってしまうものだから、なおさらこういうのは怖いものだよなと思います。 こんな言い方すると元も子もないけど、「社会」て生きづらいですよね。 だからこそ由宇霧さんのような存在を見つけられた僕らは運が良かったと思います。 認めあって考えていくってことが出来る「場」があることで助かってる人が沢山いるはずだし、それを求めてる人達にまた由宇霧さんを見つけて貰えたらいいなと思います。 そんでまた由宇霧さんが抱えきれなくなってきたら、僕らを頼ってくれたら嬉しいです。 難しいっていうかめんどくさいことも多い道だけども、だからこそこちらも由宇霧さんを支えていきたいと思っているので、何か壁が現れたらまたみんなで考えていきましょう😌

大澤加寿彦

確かに権利や自由は守られて然るべきもの。でもそれと同じように我々には義務が生じる。権利と義務は表裏一体。  権利とは、義務を果たしたものに者にのみ与えられえるもの。きちんと義務を果たしていれば、社会の規範に従いながらも、自分を見失うことなく権利を主張できる。そして規範なき行為は行為として成り立たない。そう考えると、最近はちょっと自分を見失っている人が多いのかな?  だからこそ、姐さんの言う「人生はどうにもままならないものだから、そのままならなさを認めたうえで、じゃあ、どうしていったら良いか、どうしたいのか、一緒に考える存在でありたい。」って考えは凄く大事だと思うよ。自分は好き。

じゃくそん


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