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korosuke1999
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性癖について〜鬼畜凌辱編〜

一般の男性と同様に、中学生ぐらいからエロ本を読むようになりました。

当時は河原で拾ったエロ本や、古本屋で立ち読みをする程度でしたが、僕は興味本位でありとあらゆるジャンルのエロ本を読み漁りました。

その中で、自分が苦手な、手が伸びないジャンルというものが絞られてきました。

・リョナ系、手足切断系の中でも、血が出るもの

・男同士の同性カップル系

・熟女を通り越した熟年老婆モノ

逆に、これ以外のジャンルであれば鬼畜凌辱、スカトロ、嘔吐系、獣姦、丸呑み、サイズフェチ、常識変換、人体改造、機械姦など、むしろ何でもイケることがわかりました。

僕が好きな作家さんは、中学生の時にこれ以上の鬼畜表現はないだろうと思った柿ノ本 歌麿先生のエロ本です。

特に、電車内で痴漢冤罪を釣っていた女子高生が痴漢たちに逆襲に合い、3穴から尿道まで責められて最終的にアソコに空き缶を詰められて放置されるという作品を読んだ時に、最大限に興奮したのを覚えています。

発売は2001年あたりなのですが、20年近く前にここまで完成され、今やスタンダードになったシチュエーションで描かれた作品は、今読んでも興奮します。


僕は女性が大好きです。

そんな僕が何故鬼畜凌辱モノを描くのかと言えば、おそらく自分がされたいという願望が表に出てしまっているのではと考えています。

おそらく僕は、僕自身が可愛い女の子になって、取り返しのつかない鬼畜なシチュエーションで犯されたいと思っているのだと思います。

sissy願望に関しては割愛しますが、鬼畜凌辱モノの作品には僕の考える素晴らしい点があります。

鬼畜凌辱モノの作品の中では、嗜虐する側がある程度の責任と範囲を作って責めています。

もちろん、作品の中では死に追いやったり放置したりという表現もあるのですが、そこに描かれている女の子の意思や思考も同時に描かれます。

現実とは違う、相手の考えていること、感じていることも含めた表現が、「責める側への安心感」に繋がるのではと思っています。

AVの世界でも同様のことが言えるかもしれませんが、昔あったバッキー事件(内容を知らされていない女優が水責めや集団輪姦などでトラウマを負ってしまい訴えたり自殺してしまった事件)など、事故や事件のリスクがあります。

その点、エロ本、エロ漫画の世界では、読む人を限定するかもしれませんがどんな表現をしようが自由です。


作品を読む人が選べるという点でも、僕はエロ本、エロ漫画、エロイラストの世界は素晴らしいと思っています。

僕が柿ノ本 歌麿先生の作品に興奮したように、自分の中にある性癖と向き合うキッカケになる可能性があるからです。

では、性癖と向き合う必要があるのか?という話になってきます。


僕たちが実際に生きる世界というのは現実世界です。

現実世界には他者が存在し、他者とのコミュニケーションによって自分の存在が決められていると言っても過言ではありません。

しかし、他者とのコミュニケーションの中で作られた人格というのは、必ずしも自分本来の姿と一致するとは限りません。

そこには、そのコミュニティ(たとえば僕たちが住む日本という国や地域、学校や会社)に対してある程度合わせた自分であり、自分の欲望そのままに生活している人などほとんどいないと思います。

いたとしても、それが許されるキャラクターだったりというのも、極端に言えばコミュニケーションの中で許された生き方です。

人間が一番自由になれる場所。

それはやはり、妄想の中ではないでしょうか。


自分が本当に望んでいることを考えることは、誰に邪魔されるものでもありません。

例えば、どんなモノをオカズにオナニーしているかなどという情報は、最初から他者に共有するようなものではありません。

女の子のウンコを食べることを想像してオナニーしても、誰にも迷惑はかけないのです。

オナニーをしている時間というのは、完全に他者から切り離された、本当に自分のためだけの時間だということが言えます。

では、自分の性癖に正直になるメリットとは何なのか。


現実の世界では、自分のやりたいことがわからない、という若者が多くいます。

若者でなくても、本当に自分のやりたいことを認識できている大人がどれだけいるのかは疑問です。

僕の考えでは、それは性癖と同じく、自分自身の中にしか存在しないものです。

子供のころから他者との関わりの中で生きてきた人の中には、自分自身の内面と向き合うというトレーニングや習慣がない人が多いのではないでしょうか?

自分の性癖に向き合うということは、自分の欲望に向き合うことです。

自分のやりたいこと、という欲望は、自分の性癖という欲望のすぐ近くにあるものだと思っています。


結論を言うと、自分の性癖に正直になることは自分の欲望に正直になることに近いと思います。

それを見つめ直して、本当に自分が求めているもの、望んでいるものがわかれば、他者とのコミュニケーションの中でしか成り立たない現代社会でも、他者に合わせるために自分を殺したり、我慢し過ぎることなく生きていけるのではないかと思っています。

もちろん、ここには問題もあります。

例えば、自分自身の性癖や欲望が、女児をレイプしたいというものだった場合、その欲望に正直に行動してしまってはダメなことは当然です。

(どうしてもロリ凌辱が好きでたまらない人はクジラックス先生の作品を読んで枯れるまでオナニーしてくださいw)

他人に迷惑をかけない、というのは、個人の教育や考えの問題なので、それをどうこうすることはできません。

でも少なくとも、そのためにエロ本やエロ漫画、エロイラストがあります。

自分の中の実現できない欲望を、作品を読むという形で満足させる。

エロ本がなくなったら、自分の欲望を実際に他人に向けてしまう人が増えてしまうような気がしています。

エロ本読んでオナニーして、射精して賢者タイムの中でもまだ収まらない性欲なら、そこまでは責任が持てませんが…。


長くなりましたが、これが僕が普段から思っていることで、エロい絵を描きながら考えていることです。

ありがたいことに、僕は昔からイラストを描くのが好きだったので、コロナになってからじゃあエロい絵でも描いてみるか、と思い立ったところ、なんかいい感じに描けることがわかりました。

もちろんイラストの技術やセンスはまだまだですが、僕が思い描いた絵に近いものは最低限描けているように思います。

これからも、自分の妄想を実現した絵、オナニーに使えるイラストを描いていきたいと思っています。

僕の中の性癖が他の人の性癖と同じことなどあり得ませんが、少しでも支援者の皆さんの大切なオナニー時間に使ってもらえれば、絵を描く上でこれ以上の喜びはありません。

変態の皆さま、今後ともよろしくお願いいたします。


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