XaiJu
Shinji Mito
Shinji Mito

fanbox


現実との距離感について

漫画を描いていると、恐ろしい勢いで五感が鈍っていきます。


まず仕事のスタイルとして、座り仕事、っていうのもあるのですが、他者のリアクションが仕事中にほとんどないのです。ずっと一人で考えて手を動かしています。


卓球を描いていても、脳みその中では全力で身体が動いているのだけど、それを必死でイメージとして焼き付けて、絵にしていきます。

例えば学校を描いていても、「学校でキレイな景色ってどんなのがあっただろう」と自分の記憶の中のイメージを掘り起こして、必死にそれを忘れないように絵にします。

「並んだ蛇口が光にあたっている景色」「廊下に舞うホコリ」「体育館の前に脱ぎ捨てられている運動靴」そういった記憶の中でウロウロ漂って、作品のシーンに見合ったものを探します。


そうやって記憶の景色の中で動き回るせいで、脳みその中で暮らし始めてしまうのです。


そんなことが続くと、遅かれ早かれどうしても自律神経がやられてしまいます。


なので、漫画を描いている人は何かしら自分なりの現実との接点を持っている気がします。


例えば料理をするっていうのもすごい現実的な行為です。

素材を揃えて、冷たい水で野菜を洗って、色んな匂いをかぎながら作って、食べる。

すごい現実的。

料理が趣味の漫画家さんが多いのも納得です。

そのときは、ただ五感で受信しながら、現実を構成し、最後は食事として体感します。


他にも、猫ちゃん、ワンちゃんと暮らしている方、植物を育てている方、旅をする方など、やはり漫画家の人はみんなそれぞれ現実との接点を持っているように感じるのです


私は食事に興味がない(・・・酷い)のと、むかしハムスターが死んでしまったことがトラウマでペットを飼えない(そろそろ克服したい)ので、それらは諦めています。

私にとって、それはほとんど「散歩」で補っています。


散歩をする時はできるだけイヤホンを外して、環境音だけに集中して、歩きます。

植物を触ってニギニギしてみたり、あえてボコボコの道を歩いてみたりします。


たったこれだけですが、散歩から帰ると「ペンで描く」っていう行為が、ちゃんと現実的に認識できるようになります。


家にずっといるとそれすら本能的にこなしてしまい、全部の作業、全部の道具が脊髄につながっている感じになってしまって、客観性がなくなり、最後は疲れ果ててしまったり、自分がよくわからなくなってしまうのです。


私は毎日30分は散歩に行くようにしています。多いときはそれを1日で3回くらいしたりします。


写真は散歩中に見た景色です。


仕事中のことはほとんど忘れてしまいますが、散歩でみた景色はだいたい忘れません。

たぶんこの日の景色も「この日の唯一の覚えている現実」としてずっと残ると思います。

現実との距離感について

More Creators