いまから4年前、アルマという作品を描く前に、実は同じ世界観の漫画をすでに描いておりました。といってもネーム段階なのですが。
それはギジンの主人公が毎日記憶を失いながらも、過去の自分のメッセージを受け取りながら進んでいく話でした。
アフタヌーン四季賞というものをいただいたときに『なにか次のネームを』という話になり、その読切(といっても150ページもあったのですが)のネームを一人で描いて提出しました。
例のごとく、私はまだ漫画を1つしか描いたことがないペーペーで、人生で初めて描いたネームなので、いまでは読み返すのも恥ずかしい出来ですが。
それを当時の編集長が気に入ってくださり『この読切ネームを連載用に仕立て直してください』という話になって、今度はそれを連載用ネームにして、という作業を1年ほどかけてやっていたのですが、そのタイミングで編集長が変わってしまい、結果企画は潰れてしまいました。SFは売れないからやらないという方針になったというお話でした。
ネームの出来に関係なくこの企画は絶対やらない、ということです。
その1年間のネーム期間があまりに多忙で、実は勤めていた会社もやめてしまい、企画ごとボツになったときは『・・・前の会社に頭をさげてまた働かせてもらおう』ってボンヤリと思っていたことを覚えています。
当時は『まぁしょうがないかぁ』と思っていたのですが、たぶん心のどこかにこの世界観がへばりついていたんだと思います。
ボツになったとは言え、アフタさんは特に不誠実なこともなかったため、編集部へのネガティブな印象もなかったので、ボツになったことはあまり気にしていなかったのですが、どちらかというと作品自体への懺悔の気持ちが強かったのを覚えています。
漫画、に限らず、人の創造物はだいたいそうだと思うのですが、一度頭の中で世界が動き出すと、それを中断することって難しいんですよね。
あぁ、あのキャラ達はあの後どうなったんだろう。ボツになった企画は一体そのあとどうなる話だったのだろう。とずっと気になっていました。
なにより、とにかく寂しい気持ちがあったことは覚えています。
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そのあと、違う作品でアフタで連載をした後、いまのヤンジャンの担当氏から連絡があって『なんでもいいので読切を描きませんか?』というお話になりました。
こんなことを言うのもなんですが、漫画を描いていると本当に沢山の『編集者』から連絡が来ます。そしてこちらの作品を実は読んでいない人、噂だけ聞きつけて適当にスカウトしている人、もちろんそういう人も沢山いるわけです。
そんな中でお会いしたヤンジャンの担当氏なので、少しまだ警戒心が抜けていなかったのを覚えています。
ただ、とりあえずお会いしようと思ってお話したとき、担当さんは私のデビュー作から全部読んできてくれていました。そして担当氏だけでなくヤンジャンの編集長さんも同じく、私のデビュー作からすべて読んでくれていました。
基本的なことなのですが、そこに何より驚いたのです。
その時『もともとバトル・アクションの人ではありませんよね?』と言われ、私は開放されたような気持ちになったことを覚えています。
私はデビュー作から現代を舞台にしたヒューマンドラマの読切だけを描いていて、ダレカノセカイでバトル漫画(とほとんどの人は思っている)で初連載をしてしまったがために『アクション漫画の人』というレッテルを貼られていることが本当に辛かったのです。
いまでもとても複雑な気持ちになります。
どの編集さんとお会いして企画を話していても『三都さんならもっとアクション要素満載で』というお話を受け(それはそれでありがたいことなのですが)、でも私は少し『あぁもうこういう話は嫌だな』という気持ちがあったのです。
私はここぞとばかりにアルマのベースになる世界観の読切を出しました。
ヤングジャンプGOLDという雑誌になります。(結局アクションを描いたのですけどね)
幸い読切の反応もよく、連載に、というお話になったのですが、そのときに担当さんに一つ相談したことを覚えています。
『前作のダレカノセカイは自我に関する漫画という裏テーマがありました。実はこのキカイの話も同じテーマになっています。似たものになってしまう可能性があります』というものでした。
そしたら担当氏が『それはもうそのテーマを一度突き詰めろということだと思います。やってみましょうよ』と後押ししてくれました。
こういう人と一緒に作品を作ったらどうなるだろうとワクワクしたことを覚えています。
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結果、アルマが生まれたわけですが、担当氏は作品の局面局面で私と一緒に悩んで、時にはアドバイスもたくさんくれました。必要なものはすぐに準備してくださいました。
私は多分、アルマで初めて『誰かと一緒に作る』ということをしたのです。
そしてその人はこちらの描きたいものを常に探りながら、作品がどうなるべきかを常に私とは違う目線で、でも同じ熱量で考えてくれました。
アルマの執筆を始めたのが連載4ヶ月前。今から1年半前くらいです。
その時から、スケジュール的にとてもつらい時期が続きました。
アシスタントも見つからず、延々と一人で描いて、体調も崩しました。
主人公たちのことを放り投げて、もう辞めてしまおうと思うくらいしんどかった。
でも担当氏はいつも粘り強く、最後の最後まで作品、そして私のことを第一に考えてくださいました。細部まで手を抜かず、間違いなくプロの仕事をしてくれたのです。
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アルマ、作品としてはもちろん、私が出来ることはすべてやったし、個人的にすごい好きな漫画になりました。
ただ何より担当さんを始めとする編集部さんとの出会いが何より印象的でした。
ありがたい経験をさせてもらえたと、心から思えました。
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担当氏に最終回を提出したときに、
『すごい良い漫画だと思います』と言ってくれました。
私はそれがとても嬉しかったです。
私はこの経験ができただけで、漫画家になってよかったなと思いました。
そんなアルマの連載でした。
こんな長い文章を読んでくださってありがとうございますm(_ _)m
Shinji Mito
2020-08-30 03:15:25 +0000 UTCShinji Mito
2020-08-30 03:13:42 +0000 UTCヨーヤン
2020-08-28 21:35:47 +0000 UTCいで
2020-08-28 21:13:41 +0000 UTC