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『メカルトreport』本文 テスト投稿3

 ー 3 ー  新世界劇場は構造物として言えば、本来は劇場などではない。数十年にわたってここはただのコンクリート建造物の地下空間でしかなく、人類が居た時代まで遡れば”喫茶店”や”居酒屋””うどん屋”という使用歴が見つかるが、いずれも飲食行為という人類におけるエネルギー供給場としての活用があるのみで、娯楽興行施設としての経歴はない。最初から劇場として使われていた施設を利用したほうがより広い場所で、より効率的に開業しえたであろうに、彼らはそうしなかった。幅10m奥行き20mの敷地、興行のメインとなるステージと観客席が一体となっているホールは僅か10m四方、T字の舞台を囲む席は総数15、身動き取れなくなるほどの立ち見客をいれても50体が精々だと言う。決して盛況なわけではないらしいが、僅か3体の労働機械だけで運営するには、この規模でギリギリなようだ。マネージャーとテツは開業以前からの付き合いであり、ここを始めたときにはもう一体の女性型ヒューマノイドが一緒で、彼女は1年前に去っている。ミミはその女性型ヒューマノイドが居なくなる少し前から参加しているとのことだ。  夕刻日暮れの時刻迫る中、彼らが照明や公演内容のチェックなど準備をする間に、私は応急処置をしたという配管を見てみたり、各室の消火設備、避難経路、ステージ周りに取り付けられている充電サービスの配線等を視察して回った。彼らが最初に申請し認可されたのは6年前で、その当時からの変更は見当たらない。ただ、充電サービスの端子のいくつかは故障中となっていたり、どこかから持ってきたのだろう丸椅子やテーブルのたぐいはあまり状態がいいとはいえない。まぁ違法性や危険性は今のところ見当たらず、おおよそ問題ないと言って良い。 「ねえルル。ウロウロするんならついでに雑巾持って、テーブルや椅子を拭いてくれない? 雑巾がけ」  ステージ上でテツと意味があるのか無いのかわからない動きをしているミミが声をかけてきた。 「いや。私はそういうのとは違うので」 「なにが違うのよ。同じ機械の体でしょ。ついでにヒューマノイドなのも一緒、女なのも一緒じゃない。同じよしみでちょっとは手伝ってくれても良いんじゃないかしらね」  女? なにを言っている。形状がそうだとか、それを模した性質の精神活動と言うだけであって、便宜上代名詞に使いはしても、我々には性別などという定義は無意味ではないか。しかしまぁ良いか。この端末を扱う訓練くらいにはなるだろう。 「了解した」 「”わかりました”とか”わかったわ”って言う方が良いんじゃないかしらね。もっと見た目に似合った口調にした方が好かれるわよ」 「好かれる? とは?」  私の問に両の手のひらを上に向け、またあのポーズをするミミ。なんだろう、あのポーズは見るとなんだか残念な…いや良い。 「で、その雑巾というものはどこに」  私の次なる問にミミが指差し、その方向に頭部を振ると、そこにはマネージャーがおり、握りしめた棒の先端についている繊維質の束を床面にこすりつけている。あれが雑巾だろうか。いや違うだろう、あれで椅子やテーブルを拭くという動作は合理的ではないだろうし、それで良いならマネージャーがやっているではないか。 「ふんむぅ?」 「ああもう、とんだポンコツね」  ミミは私の居るステージ端までツカツカと歩くと、1mある高さを淀みない動作でするりと降り、私の二の腕を掴み上げてマネージャーの方へ引っ張り歩く。ミミより私のほうが駆動装置のトルクは数十倍はあるはずなのに、私の関節はリミッターがかかったように力が入らない。 「失敬だな、何をする」 「あらそう。だったら失敬なのはお互い様かしらね」  マネージャーのところまで連れてこられ、そのそばに水の入ったバケツがあり、それにかけられた布をミミが掴み上げ、渡された。 「ふむ。このウエスで磨けば良いのだな」 「やって見せて」 「いいとも。容易いことだ」  ウエスは長辺が約30cmで20cm幅、折り返して縫うことで厚みを増してあるものらしい。推測するにコンプリート壁がこぼす粉塵を始めとした空気中の不純物がテーブルなどに堆積し… 「はやくして」 「うるさい、いま試算中だ」  顎に手を当てシミュレートに集中する私の手からミミがウエスを奪い、再び手にした。 「こうするの」  と、ミミはテーブルの天板に手を伸ばし、足を軸に腰と上半身、腕をスイングさせ、折りたたんだウエスをすべるように走らせる。 「なるほど理解した。どうやら私には不要な動作だな。そのまま君がやると良い」 「はぁ? さっきやるって言ったでしょ。やりなさいよ」  ミミは不機嫌そうな語気でそう言い、私の頭の上にウエスを乗せて返した。 「何故頭に置く。ウエスに汚れがついていただろう」 「アナタが手を出せばそっちに置いたわよ」  なるほどもっともだと理解した。思えば、今回のこの監査も、何もかもが初めての私に単独で任されたのは如何なものであったろうか。特務と言うだけにベテランというのは居ないのかもしれないが、経験者くらいはいるだろうし同伴するか、経験者が現存しないのであれば教訓として使える記録データなどを与えてくれていても良かっただろうし、その他、諸々訓練を積んでからでも良かったのではなかろうか。いやまぁ、この案件を単独でこなすことこそが、訓練ということなのかも知れないが。そう解釈すれば、私はミミ、そしてマネージャーやテツから学ぶべきことは多いだろう。 「ほら、やって」  よし。前言通り実行して端末を扱う訓練としつつも、いずれ後に続く者への教訓的データの蓄積を行おうではないか。まずはウエスに粉塵が目立つので床にはたき落とし、たたみ直す。 「コラッ!」  罵声だな、今のは罵声というやつだ。それをミミが私に向けて発し、平手で後頭部を打ってきた。 「なにをする」 「そこはマネージャーがさっき掃除した場所でしょうが。そこにまたゴミを落としてどうするの」 「知らんな。そんなことを監視する任務ではないからな」  不服故に抗議した私。そしてミミはまた、あのポーズをした… 「はぁ~使えない、ほんとポンコツ」 「なんだポンコツって。さっきも言ったな。それはなにか侮辱する意図を持った形容詞か何かか」 「いいからやってもう。時間がもったいないから」  時間か。それはたしかに重要なものだ。効率的に進行させるため、今は雑巾がけとやらを優先させよう。  私はテーブルに腕を伸ばし…ちょっとこう…あれだな、高さが足りていないな。ミミのような姿勢にはならない。 「あまり届かないな。私のこの体がポンコツというやつなのかな?」 「ポンコツなのは頭よ。ア・タ・マ。やりかたはそれでいいから。テーブルと椅子をキレイにするのよ。雑巾に汚れが溜まったらバケツの水で濯いで、絞って、また拭くのよ。いいわね」 「…わかった。だが最初からそうやって全部指示をくれればよかったのだ。ポンコツめ」 「ルル…覚えてなさい…アンタいつかステージに上げてやる」 「いや、私はそう言うんじゃないんで」  私は再び、ミミに頭を叩かれる。そんな私達の様子を遠巻きに観察し、マネージャーとテツがカタカタと体を揺らし笑っていた。  夕刻5時、開場。  私はドレスアップパーツのマスクを借り、人間を模したこの顔を隠した上で、舞台袖からショーを観察することにした。ホールの切り盛りを手伝って欲しいという申し出が合ったが流石にそれはありえないだろう、キッパリと断った。  開場とともに客である労働機械たちが入ってくる。2~3体が連れ立った3グループが短時間の間に来て以降、入場口の戸を開くものは現れていない。客は製造年代はバラバラなようだが皆ヒューマノイドで、それぞれグループ単位で思い思いに席に付く。3組とも、ステージの張り出し部分を取り囲む席に座る。マネージャーが客それぞれの前の卓上に透明な200ml容器を置いて回り、半透明な赤い液を注ぐ。あれはバッテリー液の一種でありヒューマノイド向け循環液だ。あちこち視察した時にも見たが普通の品で、客に提供する認可も得ているので問題はない。ステージ周辺の卓には充電ケーブル用のソケットもあり、客はバッテリー液を啜りながら充電をする。つまりは、ここは劇場と言いこそはすれ、実態としてパプにこそ近い。だがショーパブを名乗らないのは提供する充電関係や補充素材の少なさということもあるのだろうが、当事者の彼らが言うには、本質としてショーありきだからなのだ。  ショーという文化行為向けの機体でない彼らが、誰に教えられたものでもなく、彼ら独自に考案し行っているだけの、見世物。どの程度のものかは甚だ怪しいように思う。マネージャーが口にした気概を私は立派だとは思うし、何年間も続けられているということは、運営に係る経費と納税および自身たちの維持費を捻出できているということであり、最低限、それが可能な程度ではあるのだろう。  マネージャーの接待は続いているが、客の方はほぼリラックスモードに入っており場内は落ち着きだしていた。  ホールの照明が徐々に光量を落として行き、逆にステージ側ライトが淡く灯される。  ショータイムだ。 「みなさま本日のご来場、誠にありがとうございます。メカバレショーへようこそ」  ステージ側の天井に設置されたスピーカーから聴こえるマネージャーの声。ショーを視聴する上での注意事項、何らかの事故発生時への断り、拡張現実を利用するためのローカルネットワークへの接続手順等をアナウンスする。マネージャーはステージに立たない以外は何でもやっていそうだ。いや、もしかしたらステージに立つこともあるのかもしれない。 「それではこれよりショーを開演いたします」  マネージャーのアナウンスが終わると照明は更に光量を落とす。ほぼ暗闇になる中、軟質樹脂の掌を打ち鳴らす音がまばらに聴こえる。  場内に高音域でスローテンポの音楽が流れ、再び照明が光量を増しステージを照らし始めると、私がいるのとは反対側のステージ脇から、ドレスアップパーツをつけたミミが現れる。頭部にはウサギのそれを模した耳、腰にも同じく丸い尻尾型のパーツをつけ、造花の入ったカゴを腕に下げている。踊る様に、跳ねるように足を進め、観客それぞれに視線を差し向け、カゴから造花を取り出して手渡しして周る。このパフォーマンスの意図は分からない。観客がこれを喜んでいるのかも、分からない。人の形を模したヒューマノイドが花を模したものを渡すというのは何かメッセージがあるような気はしないでもない…いや、そうじゃない、私はこのショーをそういう視点で見るために居るのではない、己の職務を忘れてはならない。  背後から私の頭頂をポンポンとたたく手。見上げると、顔面ディスプレイに「行ってくるよ」と表示しているテツ。私の端末は小柄で幼い容姿に作られた機体ではあるが、こういう扱いを受けるのは違うのではないか。まぁいいか。  流れる音楽が重々しいものに切り替わり、それを合図にステージへを歩みいるテツ。欠損しているテツの右腕の先に電動のチェーンソーを装着している。チェーンソーと言っても、チェーンに刃はついていない。  ステージに踏み入ったテツに気づいたという体でミミが顔を向けて上体をひねり、後退する。両腕を広げてミミを追うテツ。ふむ…”わざとらしい”というのだろうか…シンボリックな行動様式で見せるというのは理解できるが…もっとこう、”真に迫る”という奴が欲しいな…いや、こういうショーにそれが必要なのかは知ら…ああそうだ、そういえば拡張現実を併用するのが前提のショーだった。違法行為が無いことを確認する上で重要なのはあくまで実体のほうなのだが…一応、そっちも観ておくか。  劇場のローカルネットワークに無線接続する。客用に開かれているのはストリーミング用の経路のみで、アクセス時にアドレスを割り当てられはしても、当然だが上流のホストに干渉できるようにはならない。拡張現実のためのアプリケーションソフトは端末に搭載しているもので良いようなので、起動し、データを受け取る。データに不審な信号もない。私の本体はそれを端末経由にしてセキュリティを保っているし、万が一の場合にも問題ないだろう。  拡張現実が描画されているのはテツが右腕に装着しているチェーンソーの刃の部分だ。リアルなものではなく発光体で表現されている。逃げ惑う体であっちに行きこっちに戻りするミミをステージ中央の張り出している部分”花道”に追いやる。  照明の都合か気づかなかったが、いつのまにか花道には天井から吊り下げられた手枷があり、ミミは逃げるうちに自らその鎖に絡まるようにしてテツに捕獲され、手足に枷をはめられ、吊るされる。なめらかな曲面構成のボディがライトを反射しており、ミミが身をくねる都度に変化するアウトラインと光沢は観る価値のあるものとして評価できる。観客も皆、ミミの姿を注視していおり、ここから先の展開に期待感を持って観ているらしかった。  テツが右腕を上げ、左手を添える。チェーンソーの駆動音がなり始め、光の刃をもつチェーンが高速回転する。その刃を見せつけるようにミミの顔に近づけるテツ。 「いやぁ! やめてぇっ!」  ミミは悲鳴をあげて顔を背ける。  テツは全身を使って右腕を大きく振り、X字に繰り返しミミを斬りつける動作を行う。チェーンソーを浴びせかけられるのに合わせてミミは仰け反り悲鳴を上げている。当然ながらチェーンソーに本物の刃はなく、ミミの体を破壊できるわけではないし、ミミのボディにチェーンソーの光刃が触れると同時に火の粉が吹き上がるが、それも当然ながら拡張現実のエフェクトなのだ。  両手と左足を吊り上げられているミミはY字のポーズを取っている状態で、テツはゆっくりとミミの左脚付け根、股関節に向けてチェーンソーを下ろしていく。私の角度からは残念ながらチェーンソーのブレードは死角に入っていくが、観客たちは身を乗り出しており、この場面への期待感は最高潮にあるようだ。  硬質な物質どうしが摩擦し一方が削られる音が鳴り、出力を上げたチェーンソーの駆動音が激しくなり私の位置からでも火の粉が噴水のごとく上がって見え、ミミの上げる悲鳴が音割れのひどさを増して鳴り響く。 「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!」  そしてザギンッ!という派手な金属音がし、テツが右腕を下に振り抜きチェーンソーのブレードがが再び姿を表すのと同時に、ミミの体が崩れ落ち、両腕でぶら下がった状態となり、同じく枷をはめられている左脚が単独で吊り下げられブラブラと揺れている。ミミの胴体から、ミミの左脚が完全に分離しているのだ。股関節の球体軸が両断され、断面が発熱し光っている。 「…なんだと…」  驚愕する私をよそに、ステージ上では、テツがミミの頭部に付けられているウサギの耳を模した飾りのパーツを掴み持ち上げ、それをチェーンソーで切断し始める。飾りでしか無いはずのパーツなのだが、ミミはガクガクと痙攣し悲鳴を上げている。両耳とも切り離され、再びガクリと体が垂れるミミ。  切断されたミミの偽の耳をテツは勝ち誇ったように掲げ、それを、頭部ディスプレイがスライドし現れた穴に入れる。生物の捕食を真似たパフォーマンスだろう…パフォーマンスだと。これがパフォーマンスだと。いや…ちょっと待て。拡張現実を一旦遮断せねば。  拡張現実のアプリケーションを停止し、カメラ映像のみで観る。と、ミミの頭部にはウサ耳の台座部分だけが残っており、切断箇所はない。ウサ耳は台座と外れるようになっており、切断面は仮想だったようだ。だが脚は確かにミミの胴体から外れ、球体関節軸も分断されており、これはおかしい。ミミの本体構成に含まれていないウサ耳はともかく、脚はあんな箇所があんな形で分離するわけがないのだ。だがだからと言って、今ここで破壊したということでもないはずだ。あの刃のないチェーンソーでそんなことは不可能だ。 「なんだこれは」  視界が暗闇に覆われる。ステージを照らす照明が消されたのだ。  ギリギリと金属の擦れる音が天井の方から聴こえる。おそらく、チェーンを巻き上げる音だ。枷をかけられたミミごと、巻き上げているのだ。  ショーの終わりを告げるマネージャーの声が聞こえる。ショーの始まりの時のように観客たちが軟質樹脂の掌を打ち鳴らす音を発しており、それは開演前より大きく、テンポも早い。  再びホールに照明が戻り、ショーの始まりのときのように私はまた頭上をポンポンと叩かれた。テツだ。私の驚きと疑問を察したのだろう、彼の顔面ディプレイに”マジックだよ”と表示されていた。  ミミが巻き上げられたステージ天井を見上げると、客側からは見えないが天井裏へ繋がる段差があり、そこで枷を外したミミが左脚を胴体に再度接続している。私の視線に気づいたミミは手を振り、再度繋いだ左脚をピンと伸ばして見せる。  ありえない。あんな構造でミミの体が設計されていたはずがない。無駄だからだ。すなわち、ミミのあの関節、そして駆動にかかわる制御装置は改造を施されている、ということだ。そんな改造が許可されることは考えにくい。脚などという大型ユニットを丸ごと外せる改造など、それ自体が製造物破壊禁止法に抵触する疑いがある。修理や改造にかかわる分解は認められているが、それは再度組み立てることが前提であるからであって、分離状態を維持することは破壊と区別がつかないだろう。  驚きこそはすれ、彼らのメカバレショーが直接的に製造物破壊禁止法に抵触しているとは考えにくい。だが視野を広く取れば、違法が紛れている匂いはどうしても拭えない。  いずれにせよミミには異常な点が多く、最初に感じた通り要注意、最重要の監査対象で間違いない。

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