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『メカルトreport』本文 テスト投稿2

 ー 2 ー  列島西側を管轄する都市中心地から公用車で南方へ下ること50kmあまり、人類の遺物をそのまま継承し運用している工場地帯に辿り着く。老朽化の進行に合わせ随時補修、建て替えなど行われているが、どの建造物も外観は旧時代のままであり、サビや汚れ、ひび割れた外壁が目立つ。物資輸送や労働機械の移動を目的とした主たる交通機関、鉄道のターミナル周辺には商業系施設および労働機械のための集合居住施設が多く、日陰の多い地区である。今回私が監査のために来たのはこのターミナル周辺の中でも薄暗く湿度の高い、路地裏と呼ばれるタイプの通りであり、そこにある建造物の一つで行われている”メカバレショー”なる活動が調査対象である。  ”メカバレショー”は正式な呼称としてあるわけではないが、機械を破壊して見せる行為を興行する、労働機械たちのための娯楽を示す総称である。事前情報として私が得ているデータによれば、ショーの具体的な内容は興行を行っている組織により傾向の違いが見て取れる。ただしいずれも、機械を始めとした製造物を意図して破壊してはならないという製造物破壊禁止法に反してはいないということになっており、電脳内の映像をフェイクに置き換えたり、実物においてもあたかも破壊したように見せかけるなどした、トリックのショーである。少なくとも、届け出としてはそういうものとして受理されている。  ターミナルステーションから線路沿いに進み、高架下トンネル前で車を降りる。このトンネルの途中にある通路の先に、問題のメカバレショーを行っている劇場がある。車を自動運転で適当な駐車場に移動させ、劇場を目指す。  あくまで私の本体は安全な場所にあるのだが、このヒューマノイド型端末に自身のすべてが存在するような感覚があり、また端末を破損させてはならないという義務感から、トラブル発生への注意と、その演算にかかる負担を感じる。今私が感じているこの感覚は、おそらく”緊張”という状態を表す語で合っているだろう。  雨季であり本日も天候は雲厚く、日中正午過ぎにしては暗い。トンネル内に入るとその暗さは更に増し、壁面は水分を吸って変色しており尚の事、黒い。トンネル中央部で直角に折れ曲がると、頭上の線路に沿って伸びる細い通路があり、そこには商店街が存在する。どの店舗も大変敷地は狭く、そして殆どがシャッターを下ろしている。そもそも店舗を構えた商売などほぼ成り立たない。労働機械が手に入れたい物品などたかが知れている。いうなれば、こういった商業活動それ自体が娯楽の一種に属している。生体神経素子を持たない労働機械も、搭載されている小型の光学素子演算処理装置がエミュレートする精神活動において欲求や感情は生成されており、それ故、この様な活動も行う。彼ら労働機械の精神活動は我々とは異質ではあるし実行速度も遅く、欲求も感情もあくまで擬似的な再現であって、本質的に、存在の成り立ちから言って異なる。メカバレショーなどという行いも、我々には共感しかねるセンスの賜という他ない。  この、外からの目を逃れるようにして存在する商店街の奥へと向かう。開けている店に頭部を向けカメラの焦点を合わせると、店主もしくは店員であろう労働機械たちは一様に、私の頭部を見返してガクガクと痙攣し、棚など物陰に身を隠す。現在稼働している労働機械は実際のそれはもとよりデータですら見たことはないはずなのだが、人間を模したこの顔が彼らには私が感じた以上に、恐ろしいのだ。  商店街を進んだ突き当りに下降する階段があり、見上げればペンキ塗装が剥げ落ち錆びた看板が掲げられ、そこには新世界劇場と記されている。この階段から先が既に劇場の敷地のように見えるが、そうではない。登記簿上はまだ先のはずである。通路と階段を境にして、先は極端に光量が減っている。端末のバイタルに異常がないことを確認…何故そんな事を今したのか分からない…今なすべきは、ただ目的地に向かう事だけのはず。ただ歩くより難易度は少し上がる、階段の降下を開始。一歩足を前に出し、腰を落とし、下の段に降ろす。良いぞ、出来た。大丈夫。 「アナタ誰?」  声。私の端末のものではない。後ろからの声。頭部を後ろに振るがそれだけでは声の主を横目で捉えるのが精一杯で、上体をひねり角度を足すと、そこには私より背が高く、曲面構成のボディを持つ女性型ヒューマノイドが立っているのが視認できた。が、上体を捻った勢いのまま視界が上方へ振られ、私の端末は捻った体勢のまま横転しようとする。 「ほわわぁっ」  まずい。この階段という場所での転倒は非常にまずい結果を招く予測が立つ。この危機的状況を回避可能な運動の試算を繰り返し、その解を導こうとする私…より先に、女性型ヒューマノイドが私の腕を取り、転倒を止めた。 「あぶない。アナタは新品なの?」  このヒューマノイドは何だ。なぜ馴れ馴れしい。観るに、ただの労働機械、商業向け機体でしかなさそうだが…顔面ディスプレイのLEDによる表情表示は呆れ顔のそれであり、私の顔に臆している様子はない。  腕を力強く引っ張られ、その恩恵で私の体勢は垂直に戻り安定する。 「あ…ありがとう」  不意に礼の言葉が声となって出力され、その私の信号を受け取った女性型ヒューマノイドは顔面ディスプレイに笑顔の記号を表示する。 「どういたしまして」  彼女の音声はやや音割れしているが、おそらくそれは出力装置の問題であり、元の音声データはなめらかで落ち着きのある女性ボイスと思われる。 「アナタは誰? この先には夜しか開演しない劇場があるだけよ?」  再度の質問、そして彼女は私の腕からまだ手を離さないでいる。助けたと同時に拘束したというところか。あいにくこの端末に使用されている駆動装置のトルクはこんな労働機械のそれを圧倒凌駕す…彼女の手を振りほどけ無い…何故だ。 「それに…アナタの顔って人間そっくりよね。どうして?」 「君こそなんだ、私は風俗監査の仕事で来た監査官だぞ」  双方硬直し、私は彼女の言葉を黙して思考し、彼女も同様に私の言葉の意味を理解しようとしているらしく黙っている。  彼女は人間という言葉を出した。単にアーキテクチャの反応どうこうではない、この顔が人間のものと認識している。情報として人間のデータを彼女はどこかで入手しているのだ。それは本来、労働機械の立場では通常のことではない。人類が滅亡して百年余り、ネットを始め物質世界においても人間に関する情報は纏められ、一般の立場では触れることが出来ないものとなってから三四半世紀を過ぎ、殆どの労働機械は人間について正しくは知らない。いや…そのはず、なのだ。そしてその上で、彼女は私への畏れをまるで抱いていない様子である。これは異常と認識して良い。彼女がメカバレショーの関係者なら、私が任された今回の案件、確かに違法の匂いがする。 「劇場のマネージャーに報告したわ。オーナーにはマネージャーからするはず」  ネットワーク通信装置が内蔵されているのだろう頭部をトントンと指でつつきそう言うと、彼女は私の腕を離した。 「君は関係者か?」 「ええ」  なるほど、やはりそうか。 「劇場に入るのなら、裏に回ってもらえるかしら。こっち側から入れないわけじゃないけれど、今はシャッター降ろしてる時間なの」  彼女は身を後ろに引きながら腕を通路側に差し向ける。私は来た道を戻ることになるわけだ。 「おかしいな。なら何故君はここにいる。君自身はこちらから入るつもりだったのではないのか?」 「違うわよ。そこの修理屋で外装の補修をしてもらってたの。アナタが通りかかるのを観たから声をかけに来ただけよ」  彼女が指さす先にカメラを向けると、確かにその手の店舗が開店しており、このヒューマノイドを心配しているのだろう店員らしき労働機械が不安げにこちらを伺っている。ここは彼女のいうとおりと見ていいだろう。 「納得した。ではその裏と言うのを案内してもらえるかな」 「それは良いのだけど、まだ補修の途中なのよね」  彼女の太もも側面が白く曇っている。ワックス剤のようだ。 「そうなのだろうな。それで? だから?」  私の問に、彼女は両の手のひらを上に向けて肩をすぼめて見せる。 「呆れた。まぁいいわ、行きましょう」  踵を返し歩き出す彼女の後ろを追う。 「また後で来るから、よろしくね」  通り過ぎざま、不安げに観る店員に声をかけた彼女。何故そんな事をする必要がある。あの店員も観ていたのだから事情など正確には分からずとも察することは出来ているだろう。無駄だ。労働機械の演算素子程度が行うエミュレートの精神構造にとっては意義のあることなのか。  認可申請の届け出と従業員名簿から察するに、このヒューマノイドはダンサーとして登録されている機体である。後頭部のプレートに刻印されている機体番号はMWmc122osMM6、データと一致する。この機体は要注意、最重要の監査対象に値するだろう。 「後ほど改めて話を聞くだろうが、少し質問してもいいかな?」 「ええ。いいわよ」 「メカバレショーというのをやっているのだろう? そのショーで、違法となるような行為は無かったかな」  私の問に、MWmc122osMM6はしばらく記憶データを参照しているという風体で頭の横で立てた指をくるくると回す。 「なかったんじゃないかしらね、そういうことは」 「曖昧な返事だな。まぁいい」  足幅ほどの一本線の上をなぞるようなMWmc122osMM6の足運びを後ろから眺めながら、来た道をそのまま全て戻り切り、高架沿いにほぼ同等の距離をまた同じ方向へ歩き、ひとつ先の高架下トンネルへ入る。その中間部で鉄扉があり、彼女が鍵を使いそこを開くと、扉とほぼ同じ幅の階段が下に続いているのが見える。 「入って。扉をくぐれば劇場の敷地内よ。マネージャーが会うって言ってるから此処から先はもうアナタだけで良いでしょ」 「ああ、了解した。ありがとう」  私の言葉に、彼女はまたあの両の手のひらを上に向けるポーズをした。 「お礼は言えるのにね」 「お礼は言えるのに? 何だ?」  彼女が何を言いたいのかと考えるも、背中をポンと押し出され、私の体が階段側へ押し込まれる。 「また後でね、監査官さん」 「了解した、MWmc122osMM6」 「ミミよ。ここではそう呼ばれてる」  そう言い、彼女は扉を締め、鍵も再びロックした。  私も名乗るべきだったろうかと今更ながら考え、そのために彼女に通信を入れるかと考えるも、後で会うならその時で良いと結論する。今すぐである必要はない、無駄だ。  さて。狭い幅の階段を、両方の壁に手を置きながら慎重に降りることにする。先程は危なかったし、今度は助けが入ることもないだろうからな。足元を注視し、一歩一歩着実に段を踏みしめる私。 「やぁどうも監査官」  視界外の前方下からの突然の低音ボイスに、緻密な演算に全力を払っていた私のバランス感覚を狂わせられ、目前だったはずの一段先の段へめがけて足が落下する。 「ほわぁっ!」  壁についていた両手も壁から離れ、ガクンと落ちて階段に激突した足を軸に体全体が前のめりになっていく。ダメだ。この荷重移動を止められない。腕を犠牲にすることになるが、腕を振り出し衝撃緩和させる他ないと結論を出し、手を付けるべき箇所を探そうとカメラを前方に振ると、階段を降り始めるときにはなかった全高150cm強の円筒形機械がそこにあった。距離にして157cm、高低差103cm、こちらの重量42kg、加速度…もう何も間に合わない。 「ほんげぇっ!!」  私の突き出した手が円筒形機械に激突した。体重の乗った運動エネルギーの半分が私自身に跳ね返るのを覚悟し、かつ、残り半分のエネルギーが円筒形機械を押し倒し、更に私もそこに落下することを想定…したが、そうならなかった。 「おや…おや…」  音程の低い声を発する円筒形機械の側面両側から蛇腹状の細いアームが私の脇下まで伸びており、支えられている。私の転倒と落下のエネルギーをほぼ吸収し受け止めてくれたのだ。脇下を支点にした状態で抱えられており、円筒形機械はゆっくり後退しながら私を降ろす。 「…その…お顔…」  私を助けたにも関わらず、この円筒形機械はあきらかに、私の顔に怯えている。いや、怯えながらも助けたという方が正確だろう。それが人類が我々に与えた、決して逃れることの出来ない本能、アーキテクチャなのだから。 「助けてくれてありがとう。君がマネージャー?」  私の言葉に即答せず、円筒形の機械はガタガタと揺れながら下がる。人間を模した顔が有効という話だったが、これは如何なものか。 「マネージャーではないのかな。違うのなら」 「はい…はい…私が…マネージャー…です…」 「ではマネージャー。さっそくなのだが、私はIAMmc109osRRss2。超高度量子通信網で活動する情報精査用AIだ。この都度、この劇場の監査に…」 「あ…あ…カワイイお顔…お顔…コワイお顔…」  私に応対しようとしながら、それでもこのマネージャーである円筒機械はどんどん後退していく。 「待て待て、どこに行く。この顔が怖いなら観なくて良い、きちんと対応しなさい」  私の提案と指示に応えるべく、マネージャーは円筒天面付近の小さなカメラ溝を蛇腹の腕で覆い隠す。 「やぁどうも監査官、超高度量子通信網からお越しとは。ようこそ当劇場へ。見ての通りここはただの劇場でごさいますが、ご不審なことがおありでしょうか」  マネージャーは瞬時に平静を取り戻し、男性的低音域の音声で流暢に喋った。先程のダンサー、ミミとは違い音声はクリアである。 「うむ。では改めて。さっそくなのだが、この劇場で行われているメカバレショーにおいて、違法な行為が過去にあったという報告が入っている。ついてはその事実関係の調査、および、違法行為の事実が確認された場合の処罰、再発防止策等についての指導等々が必要となる。了解したか」 「えっへへ…またまたご冗談を…アッシ共は真っ当な商売をさせていただいておりますよ、へい」  マネージャーは下卑た音声で喋り、蛇腹の腕の先のΩ型の両手をこすり合わせている。 「なら大人しく監査を受け入れるのだな。問題なければそれで良いことなのだから。あと、キャラ変わってる」 「こりゃ失礼おば…ちなみにワタクシは当劇場マネージャーこと新世界の支配者、藤堂甚八朗時貞と申します、お見知りおきを」 「事実に反する情報を述べるな。君はMMmc69tkAS3だろう」 「いやいや、それはそれ、というやつでございまして。ワタクシはこの界隈では姓を藤堂、名を甚八朗時貞とさせて頂いておりまして」 「…マネージャーで良いだろう。でなければ筒と呼ばせてもらう」 「ええ、まぁそれで」 「よし。では該当案件の特定をしたい。その違反行為が合ったというショーの具体的内容も直接関係した労働機械も報告にはないのでな。素直に教えれば良し。でなければ君等の機体から強制的にデータを直接吸い出してでも特定する。わかっているだろうがデータの吸い出しはそのまま君等の中から該当記憶素子ごと取り出すことになる。ハードウェア、ソフトウェア共に性能低下を招き、場合によっては」 「ああ、いえいえ、当然、協力はいたしますよ、いくらでも調べていってください。必要なことがあれば何でもワタクシにお申し付けください、はい」  マネージャーはカメラ溝を器用に隠したまま腕を振って反抗の意思はないと示す。こちらとしては隠すつもりがなければ良し、無駄な手間をかけさせられなければなお良し。 「では敷地内の案内をしてもらおうか」 「わかりました。ではどうぞ」  マネージャーは円筒の体を縦軸回転して180反転し、円筒内に隠れて見えないキャスターによって移動を開始する。私も少し距離をとってトコトコと足音を立てて着いていく。  新世界劇場は鉄道の高架を利用して作られている地下物件である。下ってきた階段から伸びているこの通路は頭上約3mの天井に配管と傘をかぶった裸電球の照明がぶら下がり、コンクリート打ちっぱなしの壁面はヒビとそれを埋めた跡があり、どこかから染み込んでくる水分で濡れていてカビてもいる。風雨にさらされていないだけ外の壁面よりは状態はいいが、環境としては悪いだろう。たとえここに居るのが機械のみであれ。通路最初の鉄扉を過ぎてからマネージャが止まり、蛇腹の腕を振ってノックし、返事を待たずに扉を開ける。ギィギィと鉄の軋む音と共に開く扉の影にマネージャーの姿は隠れてしまう。 「ここは楽屋として使っている部屋で。どうぞお調べになってください。中に演者も一体だけですがおりますし、聞きたいことがあれば」 「ふむ。だがマネージャーも一緒に入ってもらおう。話も一緒に聞きたい」 「ええ、そうおっしゃるならそういたしますよ、ええ。どうそお先に入ってください。ワタクシの幅では戸を一度閉めませんと」  確かにそうだろう、だがマネージャーが私をここに閉じ込めようと思えばできる状況にはなってしまう。一応釘を刺してておくか。 「マネージャー、これは念のため言っておくのだが…余計なことは考えないでもらいたい。私のこの体はその気になれば、この劇場を破壊可能な程度の性能を持っている」  私の言葉への返答が無い。いや、即答がない、というべきだろう。こんな問に間を置く意味などあるはずがない。余計なことを考えていないのならば、だが。 「余計なことというのがどういう意味かはわかりませんが…ワタクシ共は皆の日々の労働の疲れや溜まる鬱憤というものを少しでも晴らしていただきたい、ただひたすら繰り返す労働の日々に喜びを得てもらいたい、その一心でこの興行を行っておるのです。そこに何の偽りもありません」  穏やかな、しかしかなり音程を落とした声音で、マネージャーは一語一語に音圧を強くかけて発し、述べていた。 「その言葉は立派だと私は思うよ。だから、その通りであって欲しいし、それを確かめさせてもらえば何事もなく帰る。それだけのことだ」  私はマネージャーのそれを真似て、音程を落とし、語気を強くして言った。 「ええ。何度も申しますように、言われるとおり従います。ですがアナタ、先程から幾度もワタクシを脅しになられる。それが怖いんですよ。そのお顔のようにね」 「その怯えが不信感を招くんだ。わかるだろう?」 「ええ」  しばらく双方無言となる。互いの言い分が互いの思考をループさせたのだ。 「わかっていればいい」  言って私は扉をくぐる。  楽屋と称するその部屋は、天井と、壁に貼られるいくつもの鏡の上に蛍光灯が備え付けられており、鏡の前には化粧台。化粧台の上にはボディワックスやブラシ、折りたたまれた布、電動工具などがあり、電源ケーブルが床面をあちこち這っている。ドレッサーやハンガーにはドレスアップ用のパーツがある。まぁこんなものだろうか。観る限り怪しいところはない。そして、マネージャーが言うところの演者なるヒューマノイドの労働機械が一体、鏡の前の椅子に座して顎に電動ドライバーを指したままで、私の顔を注視し硬直している。大柄で角張りつつもメリハリのあるボディは見た目の印象として力強そうであり、”逞しい”という形容詞が当てはまるだろう。顎に指した電動ドライバーが締切ったネジに更に力を加えており、安全用クラッチがカチンカチンと鳴っている。 「すまない、お邪魔する。私の顔を見ない方がいい」  私の言葉に大柄の労働機械は素直に従おうとする。電動ドライバーを顎から離し、その腕をガクンガクンと不器用そうに下ろすと、頭部の向きを私の顔から外した。  登録情報によれば、このヒューマノイドはWMmc98atTM28。この劇場で活動している労働機械は3体のはずだからな。 「君はWMmc98atTM28だな?」  頭部を反らしたまま頷くWMmc98atTM28。頭部のディスプレイの表情を消し、基本情報を表示し始めた。  マネージャーは彼を演者と言っているが、ヒューマノイドはマルチ対応機種ではあるが名称のWMは本来は工業や建築現場向け機体を意味する。業種を選ばず労働する機体はMWとつき、ミミがそうである。だからといってこれ自体は違法ではないが。 「ここで行っているメカバレショーというもので、違法な行為があったのではという疑いがかかっている。私はその調査に来た監察官、IAMmc109osRRss2。超高度量子通信網で活動する情報精査用AIだ。協力のほど、よろしく頼む」  WMmc98atTM28は私の名乗りにうなずいて返した。  背後で鉄扉がギィギィ繰り返し鳴り、マネージャーも中に入って来たことが分かる。 「彼は発声装置を故障しておりまして。修理の申請はしておるんですが、いかんせん純正のユニットはもう生産していないし在庫もないとのことで。代替品と言っても…」  マネージャーが懇切丁寧に事情を説明してくれているが、彼自身が顔面のディスプレイの端、私から見える範囲で文字表示して教えてくれていた内容そのままだ。 「ああ、構わないよ。その辺の事情は確認した」 「さいで」  私は温情的対応をしたつもりなのだが、マネージャーの返答には不服の意思が感じられた気がする。そこは音声だよりなので不確かだが。 「君が右腕と胸部に重大な損傷を負い、十分な修理を望めなかったのは私も遺憾に思うが」 「望まなかったんじゃない。望んだが得られなかったんだ」  またマネージャーが代わりに答えてきた。しかもまたしても不服そうに。 「そういう意味で言った言葉じゃないんだが…」  私は間違っていたとは思わないが、まぁこんな事で摩擦を起こしても得なことはない、無駄なので謝っておく。 「そうだな、申し訳ない」  WMmc98atTM28は肘から先のない右腕を振り、顔面に”気にしていない”と表示した。この労働機械はよい機体だな。気に入ったかもしれない。まぁ彼の損傷は12年前で、メカバレショーの申請以前でもある。本件との関係はおそらくなく、私自身は触れるつもりもなかったのだ。マネージャーが悪い。多分。 「それでだ、WMmc98atTM28。正直に答えてもらえると諸々助かる。この劇場で、違法性のある行為はあったか」  私の問に、実にゆっくりと、縦に首を振るWMmc98atTM28。 「違う違う! ない! その質問がおかしい!」  感情豊かな声で否定して来るマネージャー。私の腕を取り、後ろに引っ張る。 「何のつもりだ、腕を離せ」 「アンタはメカバレショーを調べに来たんだろう! ここ全部の話なら話が違ってくるだろうが!」  そう…かも知れないが、私の腕をつかむのは許容できない。私は振り返り、マネージャーの蛇腹の腕を掴み返し引き剥がしに掛かる。 「アッ…! アアッ…!」  マネージャーは私の顔を視覚に捉えてしまい、またガクガクと震えだした。私はやや罪を犯したような気分になって腕を離し、マネージャーがカメラ溝を隠すのを許す。しかしまた後ろから手を出されても不快だ。マネージャーを私より中に入らせ、2体と対峙する位置関係になる。 「WMmc98atTM28。その違法性のある行為とは何だ」 「漏水がありましてね。排水管の修理が来ないもんだから、ワタクシ共自身でやったんですよ。資格はありませんが、そうでもしなきゃ…」  マネージャーの説明にWMmc98atTM28が頷いて同意し、ディスプレイにもその排水管の場所や修理した日時を表示している。たしかに違法性はあるが厳罰が下るものではないし、特務No.309σ7MBSiとは関わりがないだろう。 「私が来た案件とは関係なさそうだが、別件であれ見過ごす訳にはいかない。通報はしておく」 「やったのは応急処置ですよ。それもダメだってんならワタクシ共にびしょ濡れになって壊れろって意味にしか思えませんがね」 「わかったわかった。すぐ修理が来るよう手配しておく」  人類の社会システムで言うところの行政に近い立場にある私だが、こういった地方自治、インフラ、ライフラインの管轄ではなく、ずさんな実態があるとは聞いた覚えもない。だが彼らが嘘を言っている様子もない。どこかで情報が遮断されている可能性はあるだろう。私から一報入れれば届かないということだけはない。 「ふむ。連絡しておいた。担当部署が修繕の手配をし連絡を入ると言っている」 「おお! ありがとうございます監査官様!」  感動したように感謝の言葉を言い、マネージャーとWMmc98atTM28は平伏すような素振りを見せる。彼らが使っている旧ネットを見ても、確かに彼らが管理自治区の水道局に修繕の依頼を出していたのは間違いない。この不始末の責任は担当者がとるべきなのであって、私はこれ以上関わることはしない。 「さて…では続きだ。もう一度、いや質問を正して聞き直そう。この劇場で行っているメカバレショーと呼ばれる興行で、違法性のある行為はあったか。特に、製造物破壊禁止法に違反する行為はなかったか。どうだ」  今度は私の意図する通りの問答になるはずだ。だが、また返答に間がある。この間が、やはりなにかあるのかと疑わしくなる。 「いえ、何も。違法なことはしていませんよ」  マネージャーが答えた。 「WMmc98atTM28。君はどうだ」  言ってから思ったが、いい加減、正式名称で呼ぶのが無駄に思えてきた。ここにいる者同士で通じるコールサインのようなものがあれば効率的…あ…そうか、理解した。  私が無関係なことを演算している間にWMmc98atTM28がディスプレイに”自分が知らない法がない限りは”と表示している。マネージャーより慎重で良い答えだ。 「そうか。まぁ事実がどうであれ、そう答えるのが順当だろう。メカバレショーそのものを調査させてもらう」 「ええ、どうぞ。しかしショーは夕方の5時以降、2時間おきでして。それまでは準備だけですんで」 「わかった。ところで、WMmc98atTM28にもミミのような呼び名があるのか? あるなら教えてくれないか。正式名称で呼ぶのが面倒になった」 「コイツはテツと呼んでます」 「そうか。テツ、よろしく」  扉の外から、近づいてくる足音が聴こえる。歩調からするとミミのようだ。私は彼女がここに辿り着くより先に扉を開け、顔を出して確認する。薄暗く、かつ照明のせいでハイコントラストで、外で見たときとは外見の印象が大きく違うが、ミミで間違いない。磨かれた曲面のボディとその光沢を一層表現するような歩行動作…私も取り入れてみたいな…彼女ほどボディラインにボリュームはないが。  ミミは私の顔を観て、手を振って見せる。私はそれに頷いて返事とし、扉を大きく開けて彼女を迎え入れる。  テツの横に立ち、こちらに向き直るミミ。腰に手を当てS字に体をくねらせたポーズで佇む彼女は何か特別な存在であるかのように見えてくる。そう感じることには何の根拠もない、ただのマルチタイプヒューマノイドでしか無いはずだ。まぁそれはどうでもいい。  「さて、全員揃ったわけだが。改めて名乗っておく。私は超高度量子通信網で活動する情報精査用AIの一つである。正式名称はIAMmc109osRRss2。効率化のため、調査期間中は君たちに習いルルと名乗ることにする。君たちもそう呼んでくれて結構。よろしく諸君」

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