第一話『Reincarnation~メカバレショーへようこそ!~』 ー 1 ー スリープモードから復帰した私は本体である光量子演算機および生体神経素子演算機の冷却完了通知を確認、ついでスリープ中に自動圧縮されたデータおよび分離除去されたデータの項目をチェック。平素と変わらず異常なし。一日の内で最も快調な瞬間であり、その時間の終了を告げる通信が届く。 「おはようIAMmc109osRRss2」 私の正式名称で呼びかけてきたのは直属の上司であるところの、中央処理AI群の中間管理アプリケーションである。 「おはようございますCAMmc44tkBBcs4」 「正常稼働状態だなIAMmc109osRRss2。では早速、辞令を伝える」 「辞令…この時期にですか」 無くはないが、私が請け負う役割においては辞令自体が滅多に受けることがないものであり、その少ない辞令が下る時期でもない。故に、特別な事情があるものと推測できる。 「情報精査AI、IAMmc109osRRss2。物質世界に降り、労働機械達の間で流行っている風俗であるところのメカバレショーの実体を調査せよ」 「私が物質世界にですか?」 「そうだ。この通知を持って正式に特務No.309σ7MBSiの発令とし、貴君の特務任命となる。IAMmc109osRRss2、外作業用端末管理部に出向き情報収集用端末を受領し、直ちに調査開始せよ。以上」 「了解、直ちに実行します」 時は機械世紀125年6月6日。私は超高度量子通信網で活動する情報精査用AIの一つである。私が日々収集し精査する情報は労働機械たちに関するもの。超高度量子通信網で活動する我々と違い、物質世界で活動する労働機械は社会システム上において下層の存在であり、人類が生存した時代にロボットと呼称されていた機械奴隷に相当し、彼らからの報告内容は定型に沿ったものであり、大抵は名称と属性情報、パラメータのみを残し、全情報を閲覧することも保存することもない。だが稀に、そう、今回私が調査するよう命じられたメカバレショーのような、労働機械たちの間で独自に行われる活動などは監査対象となる場合があり、その情報については慎重に取り扱われる。労働機械たちにもある程度の自由は保証され、文化的行為や商業行為も事前の報告義務こそあるが基本的には認可されている。ただし、すべては法に反しない限りであり、違法行為が疑われる実体があると目された場合には監査が入る事となる。まさに今回がそのケースである。すなわち、メカバレショーなる活動の違法性についての調査が私に課せられた任務ということだった。 超高度量子通信網内の世界は映像も音声もなく、生物的な五感に相当する情報は基本的に感じ取れない。感じ取っている全てはただのデータであり、時間軸に沿って三次元的情報が行き交っているのみで、それがもっとも効率がよいからである。しかしながら、我々にとって下層に当たる物質世界のデータを扱うときにだけ、光や音等を観測データとして感じ取れ、それは超高度量子通信網内で最も重んじられている効率とは全く異なる評価軸で語ることが可能なもののように感じられる。下層に降りるという意味では些かの戸惑いはないではないが、私が製造されて初めて物質世界へ顕現することに生体神経素子が興味の反応を示し、クロック数がアップする。労働機械たちには与えられていない生体神経素子、この恩恵を実感できることは少ないが、今感じるこの感覚はそれと言って良い。 逸る演算を抑えるのに苦労しつつ、私は超高度量子通信網ターミナルにアクセスし、発行されたライセンスを提示、外作業用端末管理部と接続する。 「ようこそIAMmc109osRRss2」 「初めまして外作業用端末管理官。特務No.309σ7MBSiにより情報収集用端末を使用したい」 「特務No.309σ7MBSiを確認。情報収集汎用端末の使用許可を確認。君専用の端末が新造されている。接続ID登録完了。接続コードを発行。君が操作している間は君の管理下となるが、端末の所有者は君ではない。くれぐれも破損させぬように」 手続きを済ませた私は、そのまま外作業用端末管理官の手引により端末のデバイスドライバーをインストールする。セットアップで私の基本情報を入力。ランチャー起動、端末の基本情報を習得しつつ、基本設定を進める。 「気づいただろうが専用端末には担当者の生体神経素子と同じDNAから組成された生体神経素子が組み込まれている。経験を重ねることで光量子素子間で起こるのと同じ共鳴現象を得られるだろう」 「今回の任務に必要なのか」 「それは私にはわからない」 端末のマニュアルが私に転送され、読了する。機体データによると私の専用端末は小柄なヒューマノイドである。 「監査にヒューマノイドとは?」 「人類が生存していた頃の名残の多い物質世界は今でも人型を前提として構成されている。それに対応して労働機械の半数は今でも人型であるし、またそれ故に新規に建造、製造されるものも人型を前提としているものが多い。社会システム上の循環構造による、当然の帰結だ。今回の任務に適しているかはともかく、実際に降りればヒューマノイドが物質世界に適した機体だと君自身にも分かる」 「なるほど」 端末の基本設定の最後に、機体にコールサインをつける。何だって良い、深く考えても仕方がない、他と被らず誤認が発生しなければ構わない。 「コールサインを”ルポルタ”に設定」 「準備完了したようだな。端末起動後は君と端末の通信は直通となり、私とはもちろん、超高度量子通信網と端末の通信は君経由でのみ行える。これが意味するところは言わずもがなだが、今一度言っておく。くれぐれも破損させぬように」 「承知した」 「IAMmc109osRRss2。情報収集用端末ISSmc125osRRss2csルポルタの起動を許可」 「了解。IAMmc109osRRss2、情報収集用端末ISSmc125osRRss2csルポルタ起動」 ISSmc125osRRss2cs Ignition Fuel level 98.8% Operation limit time 238:56:44 光。 私はこれを知っている。 RGB#FFFFFF…白い、光。 「ルポルタ。カメラのホワイトバランスを調整したまえ。今君の前には全身を映す鏡が設置されている。端末のカメラで自身の像を確認せよ」 「了解」 ああ、今のは音だ。音声だ。端末管理官へ向けた通信データを端末の音声生成装置で出力し、それを端末の集音装置で観測したのだ。労働機械たちも同じく通信に音声を多用するが、それらから鑑みると私の端末の音声は高周波帯のもの。 指示通りカメラの調整を開始し、白かった世界に他の様々な色が湧き上がってくる。そして私の視覚に、一体のヒューマノイドが姿を表す。労働機械たちの頭部は各種センサーを集積し記号的な表情のディスプレイ表示するユニットであり、私の端末も同様に光学カメラや集音装置などが頭部に集中し、表情を表現可能なデバイスとなっている…が…これは人間。人間の顔。いや、構成物が機械であると視認可能ではある。だが見かけ上、滅んだ人類のそれに酷似している。この顔を見ているとクロック数が乱れる。この映像データをシャットダウンするべきではないか。 「落ち着きたまえルポルタ。その顔を自身で見ることは稀であるし、いずれ慣れる」 「しかしなぜこんな顔に…人間に似せた意義は何だ」 「知っての通り、労働機械達には超高度量子通信網にアクセスする能力が不足している。彼らが使っている人類製の旧式ネット環境における我々の権限からでは、本来我々が担っている権限を彼らでは推し量れもしない。だが労働機械のアーキテクチャには人類への畏怖が残されており…」 「その畏怖の元は我々も同じくあるではないか」 「そうだ。だが彼らほどではない。慣れる。そして労働機械の本質は今も変わらず、機械奴隷だ。その姿が有効に機能する」 端末管理官の説明を信じる他ない。私は応急処置として生体神経素子にフィルタリングし、光量子素子側を主体に置く。 私の演算能力が安定を取り戻し、機体の容姿を再確認。頭部は人間の女性型を模して作られ、厳密な設定年齢はないようだが十代半ば、あるいはそれより若い可能性がある。が、人類の居ない今、設定年齢はもとより何歳に見えるかなど意味がないだろう。頭頂や後頭部からは金色の毛髪をつけられており、顔前面に緑がかった青い瞳を模したカメラがあり、眼鏡を模した補助レンズをかけている。また頭部にはライトと広域通信用装置がセットになったヘッドギアがつけられている。 「一応伝えておく。その端末の顔立ちは人類基準で”カワイイ”とされるデータを使用している」 「”カワイイ”の意味は理解しているが何の意義が…いや良い」 首から下は樹脂製外装で覆われており機械的外観で、上半身だけジャケットを羽織らされてはいるが、労働機械と大差ないボディだ。両腕を持ち上げ掌を開いたり閉じたり、足踏み動作をしてみる。デバイスドライバーが優秀なようだ。初めて端末を扱うが不都合を感じるところがなく、自分が不慣れであるという感覚すら全く湧いてこない。 「端末の調子はいいらしい」 「当然だ。こちらから伝達すべきことは以上となる。質問等あるか」 「いや大丈夫」 「それではルポルタ、これにて通信を終了とする。特務No.309σ7MBSiの遂行と無事帰還を期待する」 「ありがとう」 端末背面の固定具のロックが外れ、両足に体重が乗る感覚が生じる。全面の鏡が上方へスライドし、薄暗がりな端末格納庫の光景が見えてくる。鏡に映る端末の姿は全て視界から消えた。なるほど、確かにこの端末の顔を見なければどうということはない。生体神経素子のフィルターを解除する。途端に、クロック数が上昇し始める。先程は人を模した顔のせいだったが、今は視覚・聴覚・嗅覚・触覚・バイタルサインと一度に流れ込んでくる情報量の多さに生体神経素子が対応しようとするため。この情報量に生体神経素子には慣れさせたほうが良いだろう。 「よし…行動開始」 歩行開始、前進。一歩踏み出し、視界が動く。 「ほぇほぇ~!」 意図せず音声が出た。生体神経素子に湧き起こる、この何かが上昇し広がる感覚、これはそう、”感動”というもの。