「3、4」 レフェリーが失神している風香に向けてカウントを取る。 女性スポーツにおける権利向上の為、より過激なルールへと変貌したボクシングの進化系である「コロシアムボクシング」は 古代ローマのオリンピアに則って、衣装は肉体を際立たせるために露出が多くなり。そしてより派手なKOは求められるようになっていた。 限界まで選手を戦わせる為に、カウントも普通のボクシングよりもかなりゆっくりとした物になっている。 (ああ、いやだねえ……) 今回の大会のレフェリーであるエリカは疑問を持っていた。 風香は誰から見てもわかるレベルのダメージを負い危険な状態だった。 白目を剥き、痙攣をおこし、挙句の果てに失禁までしてしまっていた。 普通の大会であればカウントどころではなく即決着だろう。それどころか危険な状態にもかかわらず試合を止めなかったとして、 レフェリーの資格停止処分の検討がされるのは容易に想像ができた。 そんな疑問を抱きつつ試合を止めないのは、やはり興行的な理由があるからだった。 それは過激な決着を求める一部の変態達の存在だった。 つまり若い女性の無様な姿を見て興奮するような変態だ。 しかし、この層の存在がこの大会を全国区まで押し上げたといっても過言ではない。 だから、エリカは疑問を抱きつつも運営の方針に従うしかなかった。 (それにしても) カウントを取りながら風香を見る。 (いくら強打を受けたとはいえ、こんな状態までなるものなの?) 風香はビクン、ビクンと激しく痙攣を続けている。風香の事は勿論、仕事上よく知っているが、かなり打たれ強さで定評が選手だった。 それがここまで危険な状態まで追い込まれる事には少し不自然な事に感じる。 「7、8…」 カウントを続けようとした時だった。風香の身体が先ほどの痙攣よりもどんどん激しくなっていく。 ビググンっと強く硬着をしては、弛緩する。 「これはおかしい……」 風香の対戦相手である美鈴の方を見る。 「美鈴選手、グローブを見せてください」 ロープに両手を持たれかけ、余裕の表情を浮かべる美鈴につめ寄る。 「どうして?早くそのぼろ雑巾のカウント取ってあげなさいよ。死んじゃいますよ? 」 美鈴は何食わぬ顔で答えた。 「いいから、早く見せなさい」 「ちっ」 軽く舌打ちをした後に、笑みを崩さずグローブを見せる。 「やっぱり……」 グローブの中には鋼鉄の指輪、つまりメリケンサックが隠されていた。 風香は今まで金属の塊で殴られていた事になる。金属バットをフルスイングされるのと何ら変わらないダメージを 華奢な肉体に負っていたということだ。 「美鈴選手、失格!勝者風香選手!」 突然のレフェリーのコールに会場がどよめく。美鈴はやれやれとため息を吐き一言声を漏らす。 「かわいそうにねえ……」 そういって両手を顔の横に挙げた。 「至急、担架をお願いします」 エリカは救急隊に指示した後、事の顛末を今大会の運営の責任者である高橋マネージャーへと報告しにいった。 ひとしきり説明を終えた後に帰ってきた返事にエリカは驚愕する。 「風香選手の勝利を認めない?!一体どういう事ですか?」 会場に設置された長机をバンっと強く叩く。 「まあ、落ち着きたまえ」 「理由を説明してください!」 わかったと、座って組んでいた手を外し高橋は喋り始めた。 「ここは階級差もなく、時には男女の壁もなく最強を決める場所だ。そんな場であんな姿をしている選手を勝たせる訳にはいかないだろう?」 高橋が指をさす場所には救急隊から酸素マスクをつけられ処置をされる風香がいた。 その脇では失禁して濡れた床と股間をタオルで拭いているセコンドの姿があった。 「一方、美鈴選手を見てみなさい」 エリカが視線をやると、視線に気づいた美鈴がニコッと笑い手を振った。 ここだけ見れば本人の端麗な容姿もあり天使のようで、まるで悪魔のような所業をしている人物とは到底とは思えなかった。 反応を見るに彼女はこの状況になる事を知っていたのだろう。 「では、どうするんですか?」 エリカはあふれ出す怒りを押さえつけ、なるべく穏便に事を済ませようと自分に言い聞かせる。 「再戦だ」 「は?」 エリカは呆気にとられる。 「いつ?」 「今日だ」 「今日?!」 「そうだ。2時間後に再戦だ」 エリカはあまりの非常識な展開に立ち眩みの用に空間が歪んで見えるような気分になる。 「彼女の状態がわからないんですか?命の危機に陥っているんですよ!」 「君こそわかっていないな」 静かだが低く怒りを含んだ底知れない声にびくっと体を震わせる。 「この事業には莫大な金が流れている。それこそ何人もの命が左右される程のな。そんな大会でこんな決着は許されないのだよ。 彼女立ちは真剣勝負の命のやり取りをしているんだ。武器を仕込んでいたから負けたなどは言い訳にはならない。武器に気づけなかった事、それも含んだ真剣勝負だ」 エリカはこの時悟った。この場所は自分の常識が通用しない場所なんだと。違う世界なんだと。違う世界の生き物とは分かり合うことはできるわけがなかった。 「再戦のアナウンスは済んでいる。2時間のインターバルなど、ここの観客にとっては何でもない」 (それは、そうだろうな) ここの観客は女の子が無様な姿で失神するところを見に来ているのだ。その為なら何時間だろうと、嵐の中だろうが待つだろう。 そう思った瞬間エリカは全てがどうでもよくなった。 「君のしたことはレフェリーとして非常に優秀だよ。そこには感謝しよう。君は今日はもう帰って休みたまえ」 自分が褒められている事では無い、というのはエリカはすぐに分かった。 「わかりました……失礼します」 礼をするのも忘れ、放心した表情のまま歩き出す。そしてリングを一瞥する。そこには未だに痙攣し無垢な裸体を大衆に晒している風香の姿があった。 (例え意識が戻ってもまた戦わされるんだろうな。それなら意識が戻らないままの方が彼女に取って幸せなのかもしれない…… その後の地獄を考えれば) エリカは罪悪感から逃げるようにその場を後にした。
sakata
2024-11-20 11:15:21 +0000 UTCsakata
2024-11-20 10:05:17 +0000 UTCbg
2024-11-18 06:04:13 +0000 UTC