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アベ
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GQuuuuuXをみた。


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ブル定。最近は31424がもっぱら。




ジークアクス随感。


古めのアニメをサブスクで視聴する習慣を少しずつつけていたのだけど、一度リアルタイムかつSNSで話題になっているものを体感する経験をしておきたいなと以前から思っていて、先行映画で話題になっていたのとクレジットに昔からpixivでみかけていたすごい人の名前が多かったのもあり、これは絶好の機会だと1話目から視聴に及んだ。

ガンダムならSDナイトガンダム物語で多少はなじみがあるのもでかい。



アニメを観慣れておらず、また自分はアニメに限らず作品のストーリーやテーマ、メッセージ性というものに積極的には興味を持たず読み取ろうともあまりしないので、そのせいもあってか主人公にあたるマチュ、ニャアン、シュウジの人物像を掴みきれず当初はあまり本作に没入しきれなかった。



それに結局はSDナイトガンダム物語やラクロアンヒーローズのおぼろげな知識だけではピンとこない部分も頻出してしまう。

スダドアカワールドのことしかわからない。ルーンカロッゾのMPが999999だということしかわからない。ジークアクスにサイコガンダムやビグザムが登場してもギガサラマンダーの登場はないということはわかる。

ナイトガンダムの世界ではガンダムに伍してアムロは我が身で闘争へと邁進するのだけれど、リアルガンダム世界ではそんなアムロはガンダムの中に乗り込んでしまう。まるでガンダムがガンダムに搭乗する機甲神伝説エルガイヤーのように。



1話目においてマチュのおかれている立場に対しマチュがMSに搭乗するという流れが作中内では極端に説明が少なく個人的には少々釈然としなかった。

難民居住区が軍警に蹂躙され悄然としているニャアンを一瞥してマチュは駆け出したので、この一瞬間からマチュはニャアンの為にいかにも主人公らしくその決意を固めたとも解釈できるのだけど、2話以降ニャアンの(被差別)難民という部分にマチュが興味や憐憫を見せるシーンはほとんどなく、それどころか二人の何気ない日常的な絡みのシーンもダイジェスト的に流されるのはなんとも特徴的だなと感じた。

5話目くらいまでの描写量だとマチュとニャアンお互いがお互いをどう思っているのかを捉えづらく、EDで確認される楽しげで仲睦まじく瑞々しい二人やその関係性が本編では今のところは感じられない。

(餃子パーティをぜひやってほしかった。そういうシーンをしっかり確認して主人公たちの物語の展開に没入したいと個人的には思ってしまう。)



またマチュ、ニャアン、シュウジの作中内の行動はアニメの主人公としては、(一部はアニメじゃなくても)身勝手に映るきらいもあり、非常識的な部分が強調され現段階ではあまり好感をもちやすい作りにはされていないのも特徴的に思う。

主人公に共感が出来なくなる人もいれば、主人公に寄り添うように理解をしようとする人がいるのも自然だと思うけれど、ここで本作の感触が大きく視聴者のなかで別れる可能性もあるのかもしれない。

翻って、母親にしろジオンにしろサイド6にしろそれら組織に属する大人たちはそれぞれ確固たる意志を感じさせつつ冷静で表面的には常識的にふるまい、逆説的に大人側に好感を抱きやすくなっていると感じる。

(登場する大人には軍権側で悪質な人間が多数いるにも関わらず、立ちふるまい次第で子供の身勝手さの方が嫌悪感がわいてしまう、ということが起きかねないといった心理的矛盾への問いを投げかける構造でもあるのかもしれない。

たとえばマチュが機密兵器を独断で盗難したのは常識で考えるとあまりにも反社会的行為だが、常識で問うならそもそも機密兵器が製造されること自体に大きな問題の根源がある。みたいな。)

また物語の主題を担う主人公たちは本意がある程度開示されたほうがとっつきやすいのだけど、この大人による政争に限っては各人の心理を読みきれないことはあらゆる想像を刺激をしてくれる。




自分は6話目でキシリアを巡りシャリア・ブル、エグザベ、またアンキーなどの交差が展開されたり、その横から連邦勢が加わり始めたあたりから興が乗りはじめ、からの7話の怒涛に次ぐ怒涛の展開で一気に盛り上がった。

それまで主人公たちやその関係性をもっとゆっくり丁寧に描写しないのだろうか、という疑問があったのだけどもしかしたらこのアニメは7話に感じ入ったように、展開詰め詰めの疾走感を嗜むものなのかもしれないと解釈に至り素直に楽しめるように落ち着いてきた。

8話目でもミゲルという人物が登場して即退場するくだりも、視聴当初の視座であれば「もっとじっくりと描かないのだろうか」と引っかかていたと思うのだけど、もはや「この疾走感!この疾走感!」といった按配だ。

自分はこの作品に「主人公たちの共感から理解する」という楽しみ方に糊着しすぎていたのかもしれない。

ナイトガンダム物語でも見たことのある有名MSたちが、かっこよく生まれ変わりバンバン登場してエヴァンゲリオンみたいなことをやってるのがめちゃくちゃ心躍る、それで良いのではないか。と今では思う。

6話でいかにもな鳴り物入りで登場して、7話では爆速で大慌てこいていたこの2人が良かった。

ドゥーの停滞によりムスっと「キシリアまであと一歩なのにぃ」と憤懣するゲーツ。苛立ちの込められた発声が妙に可愛げに溢れている。



この作品は2クールを前提に構想を練っていたものが、急遽1クールに無理やり詰め込んだのではという疑いたくなるほど6~8話では展開につぐ展開のドライブ感で楽しめてるし、9話の次回予告でも衝撃的なネタバレがかまされたけれど、同時につまりこれは裏返せば9話本編ではもっといかつめの展開をぶちこみまくってくれるんだろうなという期待を禁じ得なくなっている。



どうでもいいはなし。


◯SNSによるジークアクスの感想の中には、作中で(恐らく)明示されていないことを前提や根拠とした内容のものを断定的な文体でなされている投稿が散見されて当初は少々混乱した。

それを考察と取るにはやや乱暴にも思えたのだけど、こういったいわゆる考察の中には「自分だったらこうする。」といった思いも込められた二次創作的な向きもあるのかもしれないと解釈するとそれほどまで違和感を持たなくなった。そういう創作意欲的な刺激をあたえる作品だなということには疑問がない。



◯本作のヴィジュアル面、特にキャラデザについても触れたかったのでもしかしたらもう一度更新するかもしれない。しないかもしれない。しなさそう。


◯ナイトガンダムは武者頑駄無真悪参の善の心がスダドアカワールドに転生したものだと最近はじめて知った。真悪参(まあくすりぃ)って誰やねんと思った。


◯全然関係ないけどこの前、3羽の鳥が空中でばりもめてた。



7話でスパイのくせに召し物が不謹慎なくらいかわいすぎた奴。(キシリアの趣味説もある。)


GQuuuuuXをみた。 GQuuuuuXをみた。 GQuuuuuXをみた。 GQuuuuuXをみた。

Comments

楽しく読ませていただきました。 仰るとおり「創作意欲への刺激のある作品」という感じかたをする人は多いのではないかなと思います。 誰にでも「自分だったらこうする」はありますからね……特に昔ながらのファンであれば尚更でしょうか

冴城つづら

マチュ、ニャアンの関係性への疑問やその後の展開の引き込まれ方も同じでした アベ先生は感じ方がどう変化したか分かりやすいしすごく腑に落ちるんですよね。また感想書いてほしいです

rio

とりあえず20円でカードダス回しますか

たぱ

私が感じていた「指摘すると老害言われそうだから、黙ってる」部分がスッキリしました。ありがとうございます

草冠 明

自分の言いたいことがほとんどそのまま書かれていて驚いた 先生はたぶん、ガンダムならターンエーかNTあたりが好きな方なんじゃないかと思います

夜や昼や


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