僕は今、机の上の小さな段ボール箱を見つめていた。
この箱が届くまで、正直「来ないかもしれない」と思っていた。ネット通販と言っても、あんな怪しげな海外サイト、本当に機能しているかすら曖昧だったから。でも、宛名がきちんと僕の名前で、こうして現物が目の前にある。のどが渇くほど胸が高鳴るのを感じて、ひとつ息を吐いた。
箱には英語ともつかない文字のラベルが貼られている。やけに怪しげなシンボルが小さく刻まれていて、指先でなぞるたびにゾクリと鳥肌が立つ。
「まさか、これが……」
呟いた声はわずかに震えていた。僕はガムテープを慎重に剥がして蓋を開ける。普通なら通販の箱なんてすぐ雑に開けるのに、今日はやたら丁寧になっている自分が少し滑稽だ。
中から出てきたのは、憑依薬と書かれた小瓶と、やたらペラペラの説明書。深い琥珀色の液体がとろりと揺れて、光にかざすと金のような輝きを見せる。
説明書に目を落とすと、「望んだ相手の身体を手に入れ、意のままに操ることができる。相手の意識は完全に無くなる……」といった文面が目に飛び込み、思わず口元が緩んだ。
罪悪感? いや、実のところ僕はそれほど躊躇していない。なぜなら、この薬さえあればずっと片想いだった“ある子”に手を伸ばせるんじゃないかと期待してしまうからだ。
教室でちらりと深谷萌を見たとき、まず真っ先に目が奪われるのは細やかなウエストと、その先に続くヒップラインだ。遠目でもわかる程よい丸みがあって、椅子に腰かけた瞬間にわずかに弾むように見える。その動きが、男としては直視するのを何とか堪えるしかないほど刺激的だった。
彼女が立ち上がるとき、自然に腰をひねってスカートの裾を揺らす様子があって、視線をそこに引き寄せる。男の友人たちも「あれ、やばいよな……」と小声で盛り上がっているのを横耳に聞きながら、僕は内心で息が詰まる。特に角度によっては、膝上のあたりから少し覗く太ももの肌が眩しすぎて、さっきから心臓がうるさい。
かすかな動作でも、それらがいちいち艶めかしいのは、持って生まれた骨格とセンスの賜物なのかもしれない。ふと机に前屈みになったときには、シャツの上からでも伝わる胸の存在感に息を呑む。一度、大きく背伸びするのを見たことがあるが、その瞬間、しなやかな胸のラインが伸びるようにふくらんで、思わず頭が真っ白になりかけた。
彼女自身はまったく意識していない風だからこそ、余計にずるい。男なら当然のように想像を巡らせてしまう――たとえば「もし、あの柔らかそうな胸に触れたら」とか「スカートをもう少し上にめくったら、どんな太もものラインがあるんだろう」とか。考えただけで熱がせり上がってきて、カバンで股間を隠さなければならないときもある。
深谷萌は、いわゆる“モデル体形”とは少し違う。華奢だけれど、胸やお尻はしっかり女性らしい。そのアンバランスが男心をくすぐり、どんなシーンでも視線を奪って離さないのだ。長い脚と控えめな脚線美、でも動きに合わせて太ももがわずかに覗く。そのギャップが破壊力抜群。事実、クラスの男子が休み時間のたびにチラチラ彼女を見ているのを、僕は嫌というほど見てきた。
かく言う僕だって、彼女を視界に入れるだけで、股間が熱を帯びることを止められない。「もし自分が彼女の体を好きなだけ操れたなら……」という妄想が頭から離れず、授業にも集中できなくなってしまう。そんなとき、鞄のなかに隠している“憑依薬”の小瓶が何度も脳裏に浮かんで、胸が痛いほどに高鳴るのだ。
――これが彼女の存在感。わずかな動作だけで、僕をここまで追い込むなんて、まったく罪なアイドルだとしか言いようがない。
でも、それと同時に“深谷萌”という人間をまるごと奪ってしまうのはどうなのか――ほんの少し迷いもある。僕は彼女本人の仕草や笑顔まで含めて好きなのだ。もし憑依してしまったら、彼女の意識は消えてしまうという説明だし、それはちょっと惜しい気がする。
「……じゃあどうする?」
窓際の席に腰を下ろしつつ、ペンを指先でカチカチしながら考える。実は萌には妹がいる、と風の噂で聞いたことがある。歳が1~2年程度しか離れていない美人の妹らしい。
彼女ならば、同じ家の中にいて姉と自然な距離感を保てるし、別に“萌本人”を消してしまうことにはならない。家での姉妹トークだって耳にできるだろうし、妹の身体自体も魅力的らしいし、可愛いと評判なので、いろいろ楽しめるはずだ。
「……そっちのほうがいいかもな……」
そっとつぶやくと、あの妙な薬を取り出した瞬間の胸の高まりがまた戻ってくる。僕はちらりと股間を確かめ、またしても少し膨らんだのを感じて小さく笑う。
授業開始を告げるチャイムが鳴っても、頭の片隅は「妹に憑依すれば、深谷萌に近づける」と考え続け、心臓がはやるのを止められなかった。
放課後になってからも、その考えは頭を渦巻き続ける。手元にはあの“憑依薬”がある。この時点で既に後戻りは難しいと悟っていた。
ゆっくりと夕方の校舎裏へまわる。そこには運動部の生徒が通る道があって、新体操部の練習を終えた深谷萌の妹・茉莉(まつり)が一人になるタイミングを狙えると踏んだのだ。ふと脳裏に浮かぶのは、姉の萌とは少し違う、でも同じ血を分けた独特の美しさを持つ妹の姿。しなやかな体形ながら華奢すぎず、適度に引き締まった脚や腕をしているという噂。それを想像すると、なぜか体がじんわり熱を帯びてくる。
部活を終えたらしい茉莉の姿が視界に入ったとき、思わず息が詰まる。彼女は紺色のウェアの上にジャージの上着を羽織り、軽く汗をかいたせいか、うっすらとした甘い匂いがこちらに流れてくる気がした。新体操で体を動かしたあとの、どこかフレッシュな香りと、ほんのりとシャンプーのような匂いが混ざっているのか。
姉・萌よりは小柄だが、よく見ると太もものラインが意外とふくよかで、柔らかさと筋肉のメリハリが同居している。男の目線では、それだけで心を揺さぶられるし、近づいていくと余計にその甘酸っぱい匂いが強まるように感じる。あれが「妹の茉莉」の匂いかと思うと、背中に泡立つような背徳が滲む。
「誰……?」
茉莉が立ち止まり、少し警戒心を漂わせてこちらを見る。僕は無言のまま近づき、カバンから小瓶を取り出した。夕暮れの逆光の中で、瓶がわずかに輝く。茉莉は危険を感じ取ったのか、一歩後ずさろうとする。
けれど、その前に僕は瓶の蓋を回し、憑依薬を一気に飲み下した。苦い匂いが鼻の奥を刺し、舌に何とも言えない刺激が残る。
「な、何……変な……」
そう言う茉莉を、僕は引き寄せる形で強引に顔を近づける。ほんの一瞬だったが、唇と唇が触れた。抵抗しようとする細い腕から、軽い発汗の匂いが漂い、頭がくらりとする。
次の瞬間、視界が一気に白く揺らぎ、頭の奥が押し潰されるような感覚に襲われた。ぼやけた世界の中で、茉莉の声がする。
「いや……何これ、あたしが消えていく……だめ、お姉ちゃん……」「……」
僕がその声を発しているのか、茉莉が発しているのかわからなくなってくる。茉莉が発しているはずの声が僕の声帯を震わせているかのような感覚、そしてその声が半ばでかき消え、意識が遠のく――そしてふいに静寂が訪れた。
まるで深い水底に沈んでいた感覚から一気に引き上げられるようにして、僕は目を開けた。
最初に意識したのは、やけに視線が低いということ。ここは学校の敷地内、外灯がちらほら灯りはじめた夕暮れ時――なのに、まるで自分の身体ではない動き方をしている気がする。ぼうっと視界を彷徨わせているうちに、新体操部のレオタードの生地が軽く肌に張りつくような感覚を訴えてくるのに気づいた。
次に目に入ったのは、腕の細さ。男だったころの感覚で腕を振ろうとしたら、軽すぎるし、触ったときの形もまるで華奢な別人のもので、鳥肌が立った。手のひらを握って開いてみると、骨格の細かい稼働にいちいち新鮮な驚きがある。まるでバレエや新体操をする子特有の引き締まりかたなのか、筋肉が薄い膜の下にさらりと収まっている感じ――普段の自分にはなかった“俊敏さ”が既に宿っているようにも思える。
まさか本当に、“深谷萌の妹・茉莉”に憑依するなんて……頭で思い返しても信じがたいが、今こうして立っている身体は確かに彼女のものなのだ。
そこで息をついてみると、自分から甘い匂いが立ちのぼるのを感じ、思わず鼻先に腕を寄せてしまう。男だったころの身体は、汗をかけばそれなりに生々しいにおいがした。でもいま、汗の成分こそあるらしいのに、どこか清涼感のある甘酸っぱい香りが混ざっている。シャンプーやボディソープの残り香なのか、新体操の練習で軽く汗ばんだあと特有の匂いなのか、言葉では説明しづらいが、鼻をくすぐるそれが不思議と悪くない。
いや、むしろ興奮してしまっている自分に気づいて、胸が熱くなる。かつては目の前の可愛い女の子に対して「いい匂いだな」と感じるだけだったのに、いまやそれが”自分の体の匂い”であるという倒錯が、背筋をゾクゾクと震わせるのだ。
男だった頃なら、興奮すれば当然股間が勃起し、大きくなる“反応”が起こったはずだが、いまはそんな兆しがまったくない。
ふと下腹部に意識を向けてみると、確かに何もない。ぴっちりとした新体操用のレオタードの内側から、見慣れない女の身体のラインが伝わってくる。そこに“男のモノ”は存在せず、代わりに頼りない小さな突起があるだけのはずだ——そう想像するだけで、冷や汗と興奮が入り混じる。
「……あれだけ勃起してた感覚が、いまは全くないのか……」と思うと、妙な背徳感に襲われ、股間のあたりを少しずつ意識してしまう。生地に触れるとわずかに湿った感じがあって、これは運動後の汗か。それとも先ほどの緊張によるものか。いずれにせよ、男としての“重み”が一切ない場所に、この体の女らしさが全て詰まっている気がして、変な想像を止められない。
胸元を見下ろすと、そこにも自分の意志とは違う柔らかな凸が存在する。決して大きいわけではないけれど、まさか自分の身体にこんな曲線ができているなんて。薄いウェア越しに動くたびに揺れを感じるほど繊細なのは、まったくの未体験だ。
そして、ふと考える。「僕が女になった」というだけでここまで別世界なのか、と。体の芯は軽やかで柔軟性に満ち、呼吸ひとつにしても男のときとは使っている筋肉が違う。ひとつ深呼吸すると、先ほどから鼻に残る甘い香りがさらに強くなり、また頭がクラクラするほどの背徳感を呼び起こす。
「……僕、今、茉莉なんだ……」
思わず言葉に出すと、耳に響く声は軽やかで少女の響きを帯びていた。しかも身のこなしも自然に、茉莉の体が動作をサポートしてくれている。ふと手を伸ばして壁に触れてみれば、小さな指先がツンと当たる感触に戸惑いつつ、鼓動がやたら速くなっていく。
さっきまであった自分の姿はない。上半身を軽く捩って後ろを見るが、そこには女の子のフォルムがあるだけで、先ほどの“男の自分”は跡形もない。まさに憑依薬の効力で、僕は茉莉の身体を完全に乗っ取ったのだろう。
いつもの身体なら味わえない温度差、運動後の微妙な爽快感、そしてなにより華奢な四肢が持つ浮遊感めいた軽さに飲み込まれ、しばしぼうっと立ち尽くす。視界の端で揺れるポニーテールが、さらに目をかすめるたび、女としての“髪が長い”という感覚がリズムよく伝わってきて、否応なく意識が昂ぶる。
これこそ、僕の望んだ形か。姉の萌とは違うけれど、それでも姉妹ならごく自然にあの萌との交流が持てる。そこまで考えると頬が緩み、目の前の空気が温まっていくのを感じた。
「茉莉……僕は、茉莉……これで深谷さんに会いに行けばいいんだ」
小声でつぶやきながら、軽く足を踏み出す。脚の筋肉がいつもの自分と全然違う動きをしている――でも心地いい。この背徳感に酔いしれつつ、僕は次の行動を考えていた。
②へつづく
皆月ななな
2025-02-15 00:44:59 +0000 UTCよしよし
2025-02-14 03:41:01 +0000 UTC