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ショーダウンⅡ 『20:死地へのいざない』

#20 死地へのいざない 『数字は2……柄はダイヤね……』  紅葉は心の中でそう呟いて、その札を綾香に投げて配った。  手裏剣の様に回転しながらピタッと手元で止まったその札の端を指で詰まんでチラリと見た綾香は数字を確認してニヤリと口元に笑みを浮かべ、こちらも心の中で“やっぱりか……”と言葉を零す。 「随分余裕そうだけど……大丈夫なの? 2億も大金を出しちゃって……。それ、綾香ちゃんのお金じゃないんでしょ?」  紅葉は2枚目のカードを抜き取り、それを自分の手元に置いた。 『柄はハートだけど……数字はA……中々良い感じだわ♪』  引いてきたカードを冷静に察知し、そのカードが察知した通りのカードであると実際に見て確認した紅葉は安堵の息を零す。 『綾香ちゃんったら……演技が上手ね? あんなクソみたいなカードを渡されて笑みなんて浮かべているのだもの……。どうせ内心は不安ではち切れそうになってる癖に……。いつまでそう余裕ぶっていられるかしら?』  紅葉は3枚目を引くと、それも自分の方へと置く…… 『おっと! ラッキー♪ まさか連続でAを引いて来るとは……私ってばやっぱ強運ね♥ どっかの誰かさんとは大違い♪』  カードの確認を終えた紅葉はチラリと麗華の方を見て笑みを零す。綾香から距離を取って勝負の行く末を見守っていた麗華だが、その視線を敏感に感じ取るや否や……自分が裸である事を思い出したかの様に慌てて胸と股間を手で隠してその視線から防御を行い睨む目を紅葉に向けなおす。その顔は羞恥に埋め尽くされていると傍目にも分かってしまうくらいに真っ赤に染められていて、睨んでいる目にもどこかしら力が入り切っていない様子が伺る。  4枚目を引くと、それを綾香に……そして5枚目も……大したカードではないと判断しそれも綾香に配る。  それから、次に引いた6枚目……その6枚目を引き抜いた瞬間……紅葉は自分の運の良さを再確認し思わずニヤリと笑みを浮かべてしまう。 『あらあら、なんてことかしら……またAを引いてきたわ! これはもう……綾香ちゃんには悪いけど圧勝ね♪』  紅葉はカードを表に向けることなく引いてきたカードがAであると察し、そのカードを自分の手元へと寄せた。  数字の順位の中で一番強いカードであるA……そのAが3枚手に入り、スリーカードという強い手が出来上がってしまった……。  勝負はもう……この時点で決した……と、紅葉はそう言葉には出さずに結論付けた。 「なによ? もしかして……良いカードでも引いてきたの? 顔がにやけちゃってて丸わかりよ?」  3枚目のAを手に入れた紅葉は、次に引いてきた数字が10と中々強いカードではあったがそれを気前よく綾香に投げて渡した。 「別にぃ~? こんな高額な勝負をするのが初めてで……つい、柄にもなくワクワクしちゃっているだけよ♥」 「ふぅ~~~ん、それはそれは……。この大金を見て恐れたり緊張したりしないなんて……案外あんたって度胸あるのね?」 「それはお互いさまでしょ? 綾香ちゃんだって、全く緊張してないように見えるわ♥」 「そう? なら……私の演技力も衰えていなかったって事ね。だって、心の中では怖くて緊張しっぱなしだもの……」 「フフフ……その割に口は達者ね? そう言って私が油断するとでも思っているのかしら?」  紅葉は次に引いてきた7枚目のカードを自分に配り、8枚目は相手の綾香に配る……。  この時点で配り札の残りは、お互いに一枚ずつで合計二枚……  紅葉はこの二枚で最後のAが引いて来れないか? と、期待を膨らませていた。  スリーカードが確定しているこの状況で更にAが手に入れば……それはほぼ負けなしの“フォーカード”という強い役に昇格する。  最後のAをこの束の中から引いて来る確率は極端に低いが……もしも引いて来れれば元々有利だったこの勝負に一片の疑いなく勝利を確信できる。  相手がどんなに運よくフルハウスやストレートの役を揃えて来たとしても負ける事はない……なんなら、何かしらの奇跡が起きてフォーカード同士の勝負になったとしてもAで揃えているコチラが勝つ事になる。だから、是が非でもここは最後のAを引っ張ってきたいと思っているが…… 『チッ! まぁ……そう上手くはいかないか……』  引いてきたのはAではなく3という微妙な数字……。紅葉はその微妙な数字を綾香に投げて配って、綾香の手札を上限の5枚にする。 『最後の1枚で……どうにか引いて来れないかしら? 可能性は低いけど……でも、今の私の運なら……もしかしたら……』  っと、紅葉は願いを込める様に手に力を込め……最後のカードを引き抜いた。  最早自分に配ることが確定している最後の札である為、イカサマを使って確認する必要はないのだが……しかし紅葉はついいつもの癖で、カードの数字を見る為に自然と“そちら”へ視線を向けなおしてしまった。 「……ッ!?」  すると、ごくごく自然に向けた筈のその視線に……思わぬ方向から同じような視線が向けられ驚いてしまう。  今まで自分の配る手を見つめていた綾香が……急に振り返って紅葉と同じ箇所を見たのだ。  そして、見終えた綾香はすぐさま振り返って紅葉に「手を動かさないで!」と指示を送る。  その強い言葉に、テーブルを滑らせてカードを運ぼうとしていた紅葉の手は思わずビクリと硬直し動きを止めてしまう。 「な、なに? いきなり何を言い出すの?」  紅葉は嫌な予感が過るのを感じ、止めた手に冷や汗を滲ませた。綾香は鋭い視線を紅葉に向け、そして低い声で言葉を零し始める。 「あんた……今……イカサマしたでしょ?」  綾香のその言葉に紅葉の顔が凍り付いた。 「な、なんの事? わ、私は別に……何も……」  紅葉は声を震わせながら綾香の睨み目にたどたどしい返事を返す。 「いいえ、私は見たわ。あんたがイカサマをしている瞬間を!」  綾香は睨む目をやめない。その目を見て紅葉は気を張る様に強気な笑みを口に浮かべなおして、綾香に問いを投げかける。 「見た? イカサマの瞬間を……見たですって? そこまで言い切るなら……当然証拠も……あるんでしょうね? 私が不正をしたっていう……証拠……」 「えぇ。だから手を止めさせた……」 「……はぁ?」 「あんたは、引いてきたカードの数字とマークを知る事が出来ていた……。そのイカサマを使って自分の役が有利になるよう札を配り分けていたのよ!」 「へ、へぇ……それは……凄い妄想ね? そんな事が……私にできるのかしら? 超能力者じゃあるまいし……」 「麗華は最初それを“山札に仕込みがある?”って考えて疑っていたけど……実際は違った。山札には仕込みなんてなかったし、そもそも“する必要”が無かったのよ!」 「あら、そうなの? だったら……私はどうやって裏返しの札を知る事が出来たのかしら?」  紅葉の疑うような視線を見て綾香は軽く顔を横に振ってみせる。そして、自分が抱いていたとある疑念に言及しつつ説明を続けた。 「私はココに来る前……あんたの話を聞いた時……おかしいと思った。聞けばあんたは……カード以外でもイカサマをやっていたそうじゃない?」 「……それはまた……麗華ちゃんみたいな事言うのね? あの人もそんな事言ってたわよ? 何の証拠もないのに……」 「トランプだけでイカサマをするならまだ修行すればそれなりにはヤれる……だけど、ルーレットとかサイコロを使うイカサマを個人的に習得するとなれば相当な訓練を積まなければ不可能な筈よ?」 「へぇ~~~そうなんだ? それは……私の知らない世界だわ……」 「もし話が本当だとするなら、さぞかし凄腕のイカサマ師がこのカジノには居るんだろうな……と、私はそう警戒してココに来る事になったけど……」 「あら、それは残念ね……。凄腕のイカサマ師は居なかっただろうけど、凄腕のディーラーが居たから驚いたでしょ?」 「……でも、あんたを一目見て違和感を覚えた。このディーラーにそんな力量があるとは思えない……って……」 「んなっ!? ちょ、ちょっと!! 何よそれ!」 「そして、麗華との対戦を見ていて確信が持てたわ。あんたは……複数のイカサマを扱えるような器ではない……と」 「し、失礼ねっ!! 私に技術が無いって……そう言いたいの?」 「ルーレットはともかく、カードでイカサマをするなら……“あの程度”のカード捌きしか出来ないなら、マジシャンの技術でイカサマが出来る訳ないって……申し訳ないけどそう思ったわ」 「んぐっ!? な、なんですってぇ~? 言いたい放題行ってくれるじゃないっ! でもあんたは自分で言ったわよね? 私が今イカサマをした……って!」 「そう。相手がマジシャン時代のテクニックを利用してイカサマをしている訳ではない……と理解した時、私は“別の可能性”をすぐに思い浮かべる事になった……」 「別の……可能性?」  綾香はふと目を閉じ自分を落ち着かせる様に息を一つ吐く。そして覚悟を決める様に目を開き、イカサマの核心部分へと言葉を触れさせていく。 「あんたのイカサマは……あんた個人の技術で行っているモノではない。そうじゃなく、もっと“組織的”な仕掛けを用いて観衆を欺いているのではないか……って、そう考えてあんたの行動を観察し直したわ。そうするとようやく見えて来た……」 「そ、組織的?? 見えて来た??」 「あんたはこの店とグル”でイカサマやってた! あんた個人ではなく、店自体もディーラーがイカサマしやすいよう……それ専用の設備や備品を仕込んでいたのよ!」 「……ッっ!?」  綾香の言葉に紅葉はたじろぐ様に足を半歩下げてしまう。それを見て綾香は確信を持った表情を浮かべ考察の続きを語っていく。 「店もグルになっている……という考えに変えれば……答えは簡単に導き出せたわ……」 「店も……グル? それは……なに? カジノ全体がイカサマに加担していると言いたいの?」 「そう。あんたは……店のイカサマ器具を利用しているだけに過ぎなかった。だから、イカサマの技術を磨かなくても簡単に不正を実行できたのよ!」 「な、に……言ってんのよ! 証拠は? 店がグルだって証拠……あるの?」 「そんなもの……警察が踏み込んで調査すればいくらでも出て来るわ。でも、今はそんな時間もないし……そうじゃない方法で私が証明してあげる……」 「……ッっ!!?」 「そのカードの中身を……当ててあげる。あんたがヤってきた方法で私もカードの中身を知ったから、それを利用して今言い当ててあげるわ!」 「……んなっ!?」  紅葉の驚愕する顔を横目で見つつ綾香はポツリとカードの中身を呟く。 「スペードのQ……よね? ほら、開いて見せてみなさい?」  その呟きに紅葉はギクリと顔を強張らせ、綾香の要求にワナワナと口を震わせ始める。 「い、嫌よ!! 勝負する前にカードを開いて見せるなんて……」 「もし、私の指摘が間違っていたら……その場で私の負けを認めるわ。交換もしなくて良い……2億はあんたのモノよ……」 「……くっ!? うっ!」 「でも……開いてみて、もしもその数字とマークが一致していたならば……それは不正であると認めなさい?」 「……ま、待ってよ! あてずっぽで当たる事もあるじゃないっ!! それでたまたま当たったとしても……ただの偶然であって……」 「偶然? 私に“カス”みたいなカードを配っておいてよく言えるわね?」 「むぐっ!?」 「自分の方には良い札を配って……私にはゴミの様なカードしか配らない……そんなイカサマをやっておいて、今更これも偶然なんです~って言い訳が通るとでも思ってる?」 「ぐ、偶然に決まってる!」 「いいえ、あんたが最初から最後までこのイカサマに“頼っていた”事は麗華の勝負を見ていてハッキリしている事よ!」 「くっっ!? あ、あんた……くすぐりに余裕なく笑わされていた身で……こっちの勝負も見てたって言うの?」 「えぇ勿論♥ あんたの……牡丹? って言ったっけ? あいつのくすぐりなんて……鈴音のくすぐりに比べたら児戯よ! 途中から演技するのに疲れちゃうくらいだったんだから♥」 「演技? あの笑いが……演技?」 「私はあんたの戦い方を見て疑問を覚えていたわ……。あんたは明らかに札の情報を何処かで読み取って、札を振り分ける為の指標にしてた。でも、何度見ても私にはそのイカサマをしている瞬間が分からなかった……」 「………………」 「でもね、麗華が最後に捨て身の献身をしてくれた事でやっと理解出来たの。そこでやっと……あんたがなぜカードをシューターから引き抜くとき“麗華の顔の方を見ていたのか”という疑問もそこで解消できた!」 「……くっ!?」  綾香はそう言いながら右手の人差し指をカードシューターの方へと向けてそこへ視線を誘導する。 「普通にディーラーとして札を配るなら……シューターからカードを抜く時は、そのカードがちゃんと引き抜けるようシューターの方を見ているのが普通よ? でもあんたは……カードを引き抜く瞬間“とある確認”をしないといけなかったから、視線を麗華の顔の方に向けていた……」  綾香は説明を続けながらシューターに向けていた指を今度は自分の顔へと向ける仕草を取った。  その指は綾香の鋭く睨む右目を一直線に指していて、紅葉に自分の目を見てみろと言わんばかりに指し示している。 「麗華の顔を見て何が分かるのか? って最初は疑問に思っていたけど……違ったわ。あんたは麗華の顔も私の顔も見ていなかった、その先……あんたは顔の延長線上にあるあの“床”を見ていたのよ!」  綾香はその様に声を荒げ、手の形はそのままに顔だけを少し横にずらして紅葉の視線を更に先へと誘導する。綾香が差した指は自分の身体の背後……少し離れた絨毯の床をピタリと指し示していた。 「床には絨毯が敷いてある。んで、その絨毯には所々にあの模様が刺繍されてある。一見ただの模様にしか見えない……5個横に並んだ白い丸の刺繍……でも実はあそこに、バレないようにカードの情報を映し出していた! そうでしょ?」  綾香の指摘に紅葉はビクリと肩を震わせ、顔の半分を緊張に硬化させてしまう。  綾香の指先は確かに、絨毯の模様として刺繍されていた手のひら大の白い丸の模様を指しており、それと同時にその丸と同じ大きさの同じものが横に等間隔に5つ並んで刺繍されている事も同時に指し示していた。  模様は絨毯の上で不自然にそれだけがポツンと刺繍されている訳ではなく、その前後には黒い丸が5つ横並びになった模様が描かれているし、その先には同じような白い丸の模様も交互に描かれている。だから、何も知らず客がその絨毯の上を歩いたとしても、それはただの白と黒の丸が交互に配置された模様としか認識できず……まさかそれがイカサマの一端を担っているとは誰も疑いはしない。  しかし、綾香はどの模様がイカサマに利用されていたかを的確に指し示し、それがどう扱われているかをもその後の説明にて明らかにしていった。 「カードを引いた瞬間、あの白い丸には決められたスポットライトが当てられる事になっていたわ。そしてその色と個数……それを見る事で数字とマークの種類を知る事が出来るようになっていた……」  綾香そのように言って天井で忙しなく動いていたスポットライトの中から唯一固定されて動いていないスポットライトを指し示し、それだと言わんばかりに指で宙に円を描いて見せた。 「あのスポットライトで表現できる色の数は4つ……赤と、青と緑と黄色よ。その内、赤が光ればハートである事を示し、青が光ればスペード・緑がクラブで黄色がダイヤを示しているわ」 「うっ……く……」 「マークの方はライトの色で判断出来る。んで、数字の方は……白丸に投影されたライトの数で知る事が出来たのよ……」 「く……うっ……うぅ……」 「赤いライトが3つ点けばそれはハートの3であると分かるし、4つ点けば4……って具合にね……。んで、そのライトが5個すべて点いて、尚且つすぐに消えて点灯し直したら……それは5以上の数である事を示してる」  綾香は手でライトが点滅を真似る様な仕草を取って紅葉に説明する。 「5個点灯して、すぐにもう一回5個点灯すれば……合わせて10となるし、2回点灯した後に更に3つだけ点灯すれば、5+5+3で13……つまりKになるって事。そういう法則性で点灯すると分かったから、あんたのそのカードの中身は開かずとも分かったのよ!」  綾香は、カードを置いたまま硬直している紅葉の手に左の手を向かわせ、彼女の手を掴んでそのカードを無理やり開かせる。 「……あっ!」  紅葉が小さな悲鳴のようにその声を零すと開かれたカードが表に向けられ、その札が綾香の指摘した“スペードのQ”である事を露呈してしまう。 「スポットライトの光が白丸に3回点灯していた。んで、最後の点灯は丸を2つ埋めただけの点灯になった……だから数字はQだと分かった……。更にはそのライトの色が青だったから引いてきたカードがスペードであるって事も同時に分かった……」  紅葉は綾香の手を振りほどく様に横に振って、ワナワナと肩を震わせた。まさかバレる筈が無いと思っていた仕掛けがこうもあっさりと見破られるとは思わず、紅葉は開かれたQのカードを見つめ……悔しい感情を押し殺すように奥歯に力を込める。  しかし……やがて、巡らせていた思考が何かしらを思いついたようで、噛みしめていた奥歯の力を緩めそこに笑みを浮かべ直した。 「……成程……やるじゃない。まさか……こうもあっさりと見抜かれるなんて、思いもしなかった……」  不敵な笑みを浮かべなおした紅葉は、顔を上げてその様に不正を自ら認め綾香の目を睨み返す…… 「でも、それが何? あんたさっき言ったわよね? イカサマが露見しても……勝負はそのまま続けるって……」 「……………………」 「まさか、それを反故にするつもりはないわよね?」  紅葉はまだ手に持っていたスペードのQをカードホルダーに差し、自分の手札を再確認して再び笑みを口元に浮かべ直した。  彼女の手はAのスリーカードが揃った状態だ。フォーカードには届かなかったが、十分すぎる程の強い手が入っていると言える。それをやり直す事無く勝負できるというのなら、イカサマの一つや二つ……バレたところで問題はない。なにせ……勝負に勝ちさえすれば2億という大金が手に入るのだから……彼女はもはやその事しか頭にはない。 「えぇ。反故にするつもりはないわ。あんたはその手で後半戦を戦うし、私もこのカードで勝負を挑む……」  綾香はその様に言いながら自分に配られた札を一枚ずつカードホルダーに差し込んでいく。  そして、全てのカードを挿し終えたところで紅葉に、イカサマが露見した事への制裁をルールに組み込む旨を告げる。 「勝負は続行するけど……ただし、この“シューター”は今後使わせないわ。これがイカサマの道具である事も既に理解している……だから、これは証拠品として没収させて貰う……」  そう言って、綾香はテーブルの横隅に置かれたカードシューター手で押さえる仕草をしてそれを使わせないと宣言した。 「ちなみに……あの“カード”自体にも細工がしてあるでしょうから、アレも使わないわ……代わりに……新品のカードを追加でもう1デッキ使わせて貰う……」  綾香はその様に告げて横で犬の様に四つん這いになったままのバニーのポケットから再び新たなトランプの箱を奪い取って見せた。  そして、その封を雑に破り捨てて中身のカードデッキを手に取って混ぜ始める。 「ちょっと待って! 今更……新しいカードを使うなんて聞いてないわよ? ゲームの途中で追加で新しい札を用意しちゃったら……カードの数字やマークが被ってしまうかもしれないじゃないっ!! そんな事になったら、ポーカーのルールもへったくれもなくなるじゃない!」  紅葉は訴える様にその様に言葉を零し、綾香のカードカットを止めさせる。 「別に……それに何か問題でもある? 同じ数字が増えるって事はぺアが作り易くなって面白そうじゃない♪」 「い、いや! それだったら……例えば……同じ数字でファイブカードなんて役も出来る可能性だって生まれるって事よ? そんなの……通常のポーカーのルールには無いわ! それはどうするつもり?」 「う~~ん……そうね、その時は……フォーカード扱いって事で良いんじゃない? 今更ファイブカードを役表の中に組み込んで役の強弱を考え直すのは面倒だし……」 「………………」  途中から新しいトランプを追加してゲームを行う……という事は、紅葉が言うように数字やマークが被る可能性が出て来る。なにせ……既に手札の10枚を配り終えた後からの追加の新しいデッキなのだ……その可能性は大いにありうる。  しかし、それによって紅葉が損をする訳ではない。なにせ……紅葉には既にAのスリーカードが揃った状態なのだから、新品のトランプデッキで札を交換する事が出来るという事は山札に更に4枚のAが追加されるのと同じ意味になる。つまりは……フォーカードを狙うのには絶好の条件になると言えるのだ。  だから、紅葉はそれ以上綾香を追求しなかった……  後から、ファイブカードなんて役はないからノーカンで、とか言われないか心配だったから手を止めさせたが……そうはならないでフォーカードとして扱ってくれるのであれば問題はない。それが分かればそれ以上文句を言うつもりもない。なにせ……紅葉にとっては願ってもないチャンスが追加で転がり込んできたのだから。 「分かった……良いわ。でも、そのカード……私にも混ぜさせなさい? あんたが混ぜながら何か仕込む可能性だってあるんだから……」 「えぇ……勿論よ♪ “最初と同じ”ように混ぜたカードも見せるし、そこから更にカードを混ぜ合いましょう? さっきみたいに……ね……♥」  綾香はカードをカットする手を早め、デッキの中身をランダムになるよう混ぜていく。それを見て紅葉は何事か思案した後、思いついたかのように顔を上げて綾香にとある追加の条件を要求した。 「……カードを新品に変えるのは認めてあげる。でもその代わりにこっちからも条件を一つ付けても良い?」 「……何かしら?」 「カードを混ぜ終えて、さぁ……いざ交換……ってなった時、私の札から交換させて貰えない? あんたじゃなくて……私から先に……」  紅葉の出した条件は単純なものだった。ただ……交換する順番を自分を先にしろ……それだけの条件だった。その条件に綾香は意図を汲み取れないと言いたげに首をかしげるが、すぐに頭を縦に振って了承の言葉を彼女に返した。 「別に……構わないわよ? あんたに言われるまでもなく……そうする予定だったから」  綾香はその様に言ってカードのカットを終了させた。  紅葉はそのあっさりと了承された自分の要求に“よし!”と心の中で歓喜の声を零す。そして、その要求が自分の勝ちを揺るぎないモノにすると言わんばかりの笑みを浮かべる。 『フ、フフ……こいつ……ゲームの流れは“さっき”と同じようにするって言ったわよね? それならば……当然……今からあの混ぜ終えたカードを……』  紅葉の予測通り……綾香は混ぜ終えたカード束を最初と同じように表に向けてテーブル上に扇状に広げて見せた……。それは綾香にとってはカードをちゃんと混ぜたという証明として行った行為であるが……紅葉はそこに別の目論見を見出していた。 『……あった♪ 上から4番目がダイヤのAね? オッケー♥ 覚えたわ……』  紅葉は新品になったカードの中からお目当てのAのカードの場所を見つけてその場所を記憶した。この後の流れも“さっき”と同じであれば、次は札を半分ずつ互いに混ぜ合うというフェーズが存在する筈である。綾香的には自分の身の潔白を証明する為の儀式にしたかったのだろうが……紅葉はその儀式を別のイカサマに利用できると判断した。それ故、広げられたカードを熱心に見て覚えたのだ……自分の手をフォーカードにする為のカードを……。 「良いかしら? それじゃあ……カードを戻すわよ?」  そんな紅葉の企みを知ってか知らずか……綾香は淡々とゲームの流れに沿うようカードをスライドさせて元の山札に戻し、その山札をテーブルの中央に置いて手をかざして紅葉へ促しを入れる。 「どうぞ? 半分取って……混ぜて良いわよ?」  紅葉はその言葉を聞いて不機嫌そうな演技を入れつつフンと鼻を鳴らし、束の中央付近を探る様に手を添えて束を持ち上げた。それと同時に、綾香にバレないようにカードの束に段差が出来るよう親指で斜めに少しずらして……別の指で束の上から4番目の札を段の感触で確認し、そのカードの下に小指を滑り込ませカード間に小さな隙間を作った。 『フフフ……馬鹿ね。私が本気でマジシャンを目指していたって……聞いていなかったのかしら? あんたに憧れて始めたカードマジックよ……混ぜるフリをして指定のカードを指定の位置に送る事なんて造作も無い事……。それくらいマジシャンだったら出来て当然よ!』  紅葉は4番目に見ていたカードを、シャッフルする振りをしながらさりげなく混ぜ札の一番下に運んだ。そしてある程度他の札を適当にシャッフルし終えると、最後に下に運んでいたあの4番目の札(ダイヤのA)を山札の一番上に来るよう置き直しカードのカットを終了させる。それから、同じく混ぜ終えた綾香の札の上に乗せて改めて彼女の目を見てニヤリと笑みを浮かばせる。 『フフフ……気付いてない! さっきはあんなに私の技術の事馬鹿にした癖に……結局私のカード捌きに目が追い付いていなかったみたいね。私が仕込んだ事すらも気付かないなんて……目が節穴だったのは結局あんたの方だったって事よ! 椿……綾香っ!!』  紅葉は綾香の迂闊さを心の中でなじり、自身の勝ちがもはや揺るぎないモノなったと胸を高鳴らせる。  しかし、そんな勝利の高揚を無理やり押さえ込むように彼女は、浮かべた笑みをスッと真顔に戻して手札の中から2枚のカードを抜き出し、捨て札として綾香の方へと滑らせて渡す。 「私は……この二枚を捨てるわ。約束通り……私から先にその二枚を交換して頂戴?」  綾香は無言で頷いて、トランプの束を左手で持ち上げる。そして、上から1枚ずつ右手で捲って……紅葉に投げて渡して行った。  シューターを使わずに手札を配る事になった為、そのカードの数字とマークが配られた時点では何であるかは知り得ないが……さっきの仕込みが上手くいっていればそのカードは…… 『っっは! き、来た!! 来たぁぁっっ!! Aよ! ダイヤのAっっ!! これでフォーカードが確定したっっ!! つまり……この勝負……絶対に勝った!!』  カードは彼女が仕込んだ通りのダイヤのAだった……この時点で勝負は決したようなものだが、紅葉はもう一枚のカードもついでにAでも引いて来てないだろうかと期待を込めてそのカードを捲った。 『ふむ……まぁ、ファイブカードは意味もないし……別に良いけど……』  2枚目のカードは平凡なクラブの7という数字だった。紅葉は見た目のインパクトで綾香を更に驚かせてやりたいと2枚目のAを望んだが……流石にそこまで都合よく引いて来れる筈もなく、手役はAのフォーカードという役で妥協する事を余儀なくされた。  妥協とは言ったが……現時点でほぼ最強の役であるフォーカードが手に入っているのに妥協とはどの口が言うんだ? と紅葉は自分にツッコミを入れた。勝ちの確定した喜びが口元を緩ませ、ディーラーとしてあるまじき笑みを浮かべさせてしまう。  綾香はその様子を無言で眺め、山札を一旦テーブルの中央へ置き直す。  次は綾香がカードを交換する番だ……  しかし、紅葉は知っている。綾香の手は……自分が配ったバラバラのクズ手であるのが変わらない事と、彼女がカードホルダーに差し込む際に何も小細工を仕掛ける事もなくそのままカードを差し込んでいた事も…… 『フフフ……私の武器はこのシューターだけではないって……こいつは気付かなかったみたいね。だから、油断して無防備にカードホルダーにカードを差し込んでいる……』  実は、カードホルダーにはカードシューターと同じ仕掛けが施されていた。  その仕組みは至極単純なモノではあるのだが、綾香はシューターの方だけを疑ってそれを使わないよう除外した……  そう……このカードホルダーでもカードの数字とマークは確認できるのだ。  これにカードを差し込もうとする限り相手の役は丸見えになるのだから……もしも“不慮の事故”が起きて自分より高い役が作られた時も敵の役を察知して“降りる”を選ぶ事も可能となる。  札を配る際にカードの判別が出来るシューターのイカサマよりも武器としては弱くはなるが……その代わり、降りる権利を得られた紅葉の今の状況ではこの“相手の役が見れる”というイカサマは自分が確実に勝てる時に勝負を挑めるという最強の盾になってくれる。  それが分かっているから、綾香に万に一つも勝ちのチャンスはないと紅葉は自信を持って言えた。  どんな事が起きても自分が勝つ運命は変えられない……  例えイカサマを追及された身だとしても、勝負の結果さえ出てしまえば莫大な資金が手に入るのだ……不正を行った罰を受ける事になったとしても2億の資金を強奪できると考えればそれは些事でしかない。どんな屈辱を受けようとも……耐える事など容易い。だって……信じられないような大金が1回の勝ちで手に入るのだから……。  紅葉は自分の圧倒的な優位性を実感し、綾香に勝てる事への愉悦と大金を手にできる喜悦を隠す事のない喜びの感情として頭の中で発露している。  そんな感情を汲み取ったのか……綾香は自分の手役の酷さを見て口元で残念そうな笑みをクスリと浮かべ、やや皮肉交じりの言葉を織り交ぜつつ自分の札に手を添えた。 「楽しそうで何よりね。私の手は“誰かさん”のお陰でホントにどうしようもない有様だから……仕方が無いわね……ホントはしたくはなかったけど、思い切って“全部”交換する事にするわ♪」  綾香は紅葉に屈託のない笑顔を向け、自分のカードホルダーから全てのカードを抜き去った。  そして、そのカードを雑に紅葉の捨て札の上に置いて、テーブルの中央に置いてあった山札に手を伸ばし一枚ずつそれを静かに丁寧に捲り始める。 『……? 全部? 今……全部交換するって言った? それって……どういう事?』  紅葉はそこで微妙な違和感を感じた。  いくらバラバラの手を抱えているとは言っても……全部のカードを総入れ替えする必要はない。配られたカードの中でどうにか役が作れないかと戦略を練るのがポーカーの醍醐味なのに……それを放棄して全交換するというのはどういう事なのか? その意図が分からない。 『確か、あの時配ったのは……ハートの4・ハートの7・ダイヤの2・クラブの4に……クラブの10だった筈……』  改めて綾香に配ったカードを思い返してみて、確かにペアもマークも揃っていないゴミの様なカードしか彼女には配っていなかったと自覚するが…… 『いや、でも……10っていう強い札が入っているのにそれを使わないっていうのはどういう事? 10ならそこそこ強いし……ペアを作れればまぁまぁ戦える役になるって……考えなかったのかしら?』  Aのフォーカードに比べれば10のペアなどゴミに等しい役だが……しかし、綾香が紅葉の役を“知り得ている筈がない”のは明らかである為、そこそこ強い10を捨てるのは違和感でしかなった。 「………………」  綾香は確かに紅葉のイカサマを見抜いて見せた……最後に加えようとしていたカードの中身を当てても見せた。だが、綾香が振り返ってカードを確認したのはその最後の1枚の時だけだ。だから、紅葉がどんな手を自分の手役に入れたのかなど知りようがない。  手札を背後から見る様な人の気配などもなかったし、そもそも綾香に味方するような人間はこのカジノにはもう居ない……  だとするなら、綾香は相手の手役を知ってもいないのに10というそこそこ強い手を何の考えもなく捨てた事になる…… 『もしかして……勝負を捨てた? これ以上、私に勝つ見込みがないって悟って……最後に運を天に任せる勝負に出ちゃった? 馬鹿だから……』  紅葉の思考は結局そこに行き着くこととなった。  綾香は勝負を諦めて、運を天に任せた……  あまりにも手が悪すぎた為、そんな風に戦いを放棄したのではないか? と、紅葉は期待半分にそう綾香の心情を察した。 『でも……“あの”綾香ちゃんよ? カード捌きの女王と呼ばれた彼女が……そんな雑な戦い方をするものかしら? こんな大金の賭かった勝負で……』  半分は暴挙であると期待しているが、もう半分はかつてのマジシャンとしての綾香を思い浮かべている為無防備な安堵には至れない……  そもそも昔の彼女であれば、こんな勝負を捨てる様な無様な姿を敵に見せるような事はしない。せめて“自分は強い役だぞ”と虚勢を張って相手を降りさせようと考えるくらいはしていた筈だ。  それすらもしてこようとしていないのは違和感が残ってしまう。昔の綾香を知っていればいる程に……その違和感は強く印象付けられていく。 『まぁ……どんな手を使おうと、私に“降りる権利”と“相手の手札が分かる力”がある以上……負ける事なんてあり得ないんだけどね♪ どんな小細工を仕組んだところで……鉄壁な守りの有る私に勝つなど出来ようはずが無いのよ!』  紅葉は綾香が手を伸ばしてカードを1枚ずつ手元に寄せるのをしっかりと目で追っていた。  何処かで不正を行うとすれば今のタイミングしかない……その不正を見破って逆に証拠を綾香に突き付けてられれば、上手くやればさっきのイカサマの罰を帳消しにする事が出来るかもしれない。そう思って、綾香の一挙手一投足を見逃すまいと視線を集中させた……  すると、紅葉の視界に……さっきまではなかった筈のとある“モノ”が映り込み……彼女を困惑させる事となった。 『あ、あれ?? 綾香ちゃんって……右手に指輪なんて……していたかしら?』  それはよく観察していないと見落としていたかもしれない些細な変化だった。  カードを捲る右手……その薬指に目立たないくらい細身な銀の指輪がいつの間にか嵌められていたのが見えた。 『さっきカードをシャッフルしていた時には付けてなかったと思うけど……いや、気のせいか? さっきも……付けていた??』  紅葉の記憶では不正が発覚し新品のカードに交換すると言った時の彼女の手には指輪は確かに無かった。なかった筈なのに……今はしっかりと嵌めてある。  っという事は……何処かのタイミングでこっそりそれを嵌めたのだ……紅葉に気付かれないよう、こっそりと…… 『アレは……なに? 何のために……指輪を付けたって言うの?』  綾香が最後のカードを山札から自分の手元に置いたのを見計らい、紅葉はそのいかにも怪しい指輪を糾弾しようと声を上げる。 「ちょ、ちょっと待ちなさい!! そ、その指輪は何? いつの間につけたの?」  紅葉のその物言いに綾香はキョトンとした態度を顔に出し、首を横に傾げて言葉を紡ぐ。 「これ? これは……ずっとつけていたわよ? 気付かなかった?」  綾香のとぼける様な言葉が返って来て紅葉は睨む様な目を彼女に向けなおす。そして、その指輪に何かしらの仕掛けがあると察し、それを外すよう指示を出す。 「い、いや! 違う! 絶対さっきまでしてなかった!! それ……怪しいわ! 外して横に置きなさい!!」  紅葉の怒りを露にするような物言いに綾香はハァと呆れの息を零し、彼女の言葉に従うように指輪を外していく。  そしてそれを言われた通りの場所に置き直すと「これで良い?」と再び呆れるような溜息をついて確認を取った。 「うっ! くっっ……」  自分の言葉にあっさりと指輪を外した綾香に、紅葉は困惑と混乱の表情を同時に浮かべた。てっきり……あの指輪に何か細工がしてあってそれをこれから使って来るに違いないと警戒して外させたのだが……当の本人はそれを気にする様子もなく簡単に外して見せたのだ……紅葉には不可解に映ったことこの上ない。 『な、なによ! 外して良いものだったらどうしてワザワザこっそりつけたの? 意味分かんない! まさか……これって……ただのブラフだったりする? 敢えて意味深な行動をする事で私の気を……逸らそうとした??』  紅葉はそう考えたが、彼女はそれも最初から懸念していた為綾香から目を離さなかった。  彼女がカードを捲る時も、そのカードを手元に置く時も怪しい仕草など一つもしていなかったと自分自身に断言できる。  だから尚更困惑してしまう。じゃあ……あの指輪は何のためにつけたのか? と……。  しかし……紅葉の困惑の答えは……すぐに彼女の自信の目で解決を見る事となる。  綾香は……素直に指輪を外したのではなく……  すでに“用済み”になったから外したのである……と、知る事となるのだ。


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