──10月。
一日の仕事を終え、マンションに帰宅する店長。
8階建ての7階、そこから見える景色が店長は大好きだった。
町を覆う緑は秋の様相を呈し、夕刻の色と相まって、世界は暖かな茜色に包まれていた。
にろさんにも見てもらいたいな
店長は、ふっと思ってしまう。
一緒にいてくれる友達がいる、仲間がいる。
だが、『家族』がいない。
父とは離婚以来(いや、その前からだが)疎遠なままだし、母の事は考えたくもない。 そして虎鉄は一人っ子で兄弟もいない。
やっと見つけた『職場』という『家』。 だがそこで一緒に過ごすはずだった人は、既に10年近くも眠ったままだ。
毎日が幸せで楽しいはずなのに、やはり自分は寂しいのだろうか……
と、そこでハッとし、パンッと両頬を叩いた。
「(駄目だ駄目だ! こんな顔、誰かに見られたら心配させちゃう!! いつでも明るく元気が自分のモットーなんだから!)」
背筋を伸ばし、ちょっと笑顔を作って廊下の角を曲がる。
自分の部屋に面した通路に出たとき、首から背中にかけて一気に焼けるような痺れが走った。
自分の部屋の前に立つ2メーター超えの大男に、はっきりと見覚えがあったのだ。
かつての、高校生の頃の自分が首をもたげる。
「……お礼参りか? 上等だ……」
臨戦態勢をとる店長。
そう、彼は
修学旅行先で茶道寺に角材で襲い掛かった、あの時の牛獣人であった。
「──折角だから、物産展を見に行きませんか?」
観覧車から降りて百貨店のエスカレーターを下りていると、息子が笑顔で提案してきた。
「物産展……って、玉子焼きのか?」
朝食で出された玉子焼きが、確か物産展で買ったものだと言っていたはずだ。
「はい、確か今日あたりで店の入れ替えがあるはずなんですよ。 一緒に見に行きませんか?」
「……それは構わないが……何故また敬語に戻ってしまっているのだ……?」
父の言葉に、息子がちょっと照れくさそうに頬を染める。
「だって父さんって、やっぱり格好良いし尊敬しているし、何かタメ口きくのって失礼な気がして」
「格好良いって……父親だぞ? ウーン、役柄がそう思わせるのか? 三枚目な役柄なら敬語ではなくなるのか……?」
その言葉に息子がプッ、と吹き出した。
「父さんが三枚目の役なんて想像つかないですよ」
「ムゥ……」
息子との楽しいひと時。
だが流石に物産展に到着すると、その顔から笑顔が消えた。
「こ、虎鉄……流石にこれは不味いのではないか……?」
デパートの9階催事場は、平日の午前中だというのに人、人、人でごった返していた。
しかも年齢層がヤバイ。 いわゆる中高年がほとんど、つまり『石蔵鉄志』のファン層ばかりなのだ。
気付かれたら只では済まんぞ……?
父の心配を察したのか、息子は笑顔で
「大丈夫ですよ。 みんな父さんより食べ物の方に夢中ですから」
と、軽く流した。
…………それはそれで悲しいな……
ひと通りまわって見ると、突然息子が歓声を上げた。
「見て下さい、父さん!! 『パリッとたいやき』が売ってますよ!!!」
パリッとたいやき、それは現在巷で流行っている『薄皮たいやき』の事である。
その名の通り、薄い皮でたっぷりのあんこを包んでいるたいやきで、老若男女に人気がある。
ふと、虎鉄がまだ小さかった頃、一度たいやきを買って帰ったことを思い出した。
息子はその形を大いに喜んで、楽しそうにたいやきを眺めていた。
「買ってやろうか?」
父のその提案に息子は声を上げて喜び、昔と変らぬ笑顔で父の手を取り、たいやき屋さんの列に並んだ。 思わずちょっとだけ涙が滲んでしまう自分が、鉄志は可笑しかった。
……しかし、流石に列に並んだのはやばかったらしい。 前後の客がヒソヒソと話を始めた。
──と、
「父さん、似てるとかまた調子に乗るのやめてくださいね」
虎鉄が突然、少し棘のある口調で言ってきた。
「ム! いいじゃねぇか、そっくりだろが」
「父さんにサインされた人の身になってください」
「……わぁかった、わかったよ。 手厳しい息子だこって」
前後の客は小さく鼻を鳴らすと、自分の連れとそれぞれ違う話題で盛り上がり始めた。
二人は視線を合わせ、くすっと笑った。 咄嗟だが、こんな楽しい演技をしたのは初めてだ。
息子はたいやきの実演販売に目をやり、その焼きあがる様をみて楽しそうにしている。
何と幸せな時間か
思わず満面の笑みになってしまう鉄志。
そこにメガトン級のトラップが待ち構えていることなど、知る由も無かった。
たいやきを見ていたはずの息子の視線が、僅かに上に行っている。 しかも、その顔からは笑顔が消え、心底驚いている。
そして、僅かに頬を染めている……
不審に思った鉄志が、息子の視線を追う。
たいやきから、焼いている職人の手、そして、その職人自身に……
鉄志は、その職人の姿に驚いた
焼いているたいやきとは全く合わない、巨大な体。
2メートル以上あるのではなかろうかその体は、みっしりと筋肉に覆われていた。
鉄志から見てもコワモテに見える容姿、逞しい体……その牛獣人に、はっきりと息子は視線を奪われていた。
ま、まさか……
そう考えた瞬間
「大ちゃん……!」
……え
その声に職人の耳がピクッと動き、驚いた表情で視線を上げた。
「こてっちゃん……?」
「来た来た! 大ちゃーん!! こっちこっち~!!!」
10階のレストラン街。
蕎麦屋の前で待っていると、エスカレーターを例の大男が上がってきた。
「はぁ、はぁ……ゴ、ゴメンこてっちゃん……待った?」
「それより大ちゃん、店抜けちゃって大丈夫?」
「ウン、ちょうど昼休憩だったし、店長も行っておいでって」
二人は楽しそうに話している……しかもタメ語で……
アレか……? ひょっとして二人は付き合ってしまってしまったりしておられたりしてしまうのか……?
にろさんからの情報の一切無い人物の登場にいささか取り乱し気味のパパ。
(しかし……何というか)
何だ!? 自慢か!!? その筋肉が自慢なのか!!!? 見せびらかしたいのか!!? それがアレか、みんな喜ぶちからこぶとかいうヤツだとでも言うのか!!!!?
ああそうさ! どうせ父さんにはそんな筋肉無いさ!! 薄い体で悪ぅございましたなぁ!!!
だが、まぁいいだろう……! 百歩譲ってその上半身は許してやっても良い!
が!! しかし!!!
何だ!? そこには一体何が入っているんだ!!?
夢や希望が詰まっているのか!!? だからそんなに大きく膨らんでいるとでも言うつもりか!!? それで上手い事言った気でいるなよ小僧!!!
ははぁ、成る程! そこにはアレか、ビーフ100%のソーセージが詰まっているという訳か!! それを虎鉄に……お……
何たる外道!! 何たる恥知らず!!!
いや! ……ま、まさか……
「大ちゃんの牛乳、濃くて美味しい……」
何たる破廉恥!!! 何たる悪鬼羅刹よ!!!!!
今、私の腰に愛刀『天橋立(あまのはしだて)』があったのなら、貴様などおちんちんごと一刀両断にしてくれるものを!!!!!
──落ち着けパパ、息子が幸せなら相手は誰でも良いはどこ行った?(笑)
「うん、あちらが俺の父さんね」
話がどうやら自分に振られたようだ。 って、良く見たら何かペアルックではないか……!? 恐ろしい……!!
「で、父さん。 紹介させて下さいね」
脳内劇場も遂に終幕……とうとう桜吹雪を見せられるときが来たか……
「こちらが蔵王 大輔(ざおう だいすけ)さん」
「俺のにいさんです」
「…………………………」
続く
わかってます。 絵が荒れているのはわかってます。
全然清書もして無いです、スイマセン。 意外と時間無かったです……。
という訳で、大ちゃん登場の巻でした。
前半部分は源司さんのお話の少し後、後半は前回のパパ編の直後になります。
ちなみに、今までのお話を読まれていらっしゃる方なら前半部分の矛盾に気付かれたと思いますが、放置の方向でお願いします(笑)
あと『天橋立』はパパの役柄の人物の愛刀です。 パパが所持してるものではありませんので(笑)
次回の更新はまた少し先になりますので、少々お待ちくださいね。