▶ 飼い主不在シリーズ https://x.gd/l3IwC シフト上がりの時間がとうとうやってきた。やってきてしまった。 これからどうなるんだ。 あいつが恋人ってなんだ……?! 更衣室で着替えてる最中もずっとそんなことを考えてた。どんな面してあいつに会えと言うのだ。 などと悶々としながら更衣室から出て四川が上がるの待ってた時。 「何突っ立ってんだよ」 「ぎゃ! し、しせ……」 「帰んぞ」 なんだよノーリアクションつかなに、なんか普通よりも可愛げねー反応やめろよ。真顔やめろよ。 とか色々言いたかったのに、結局俺の口から出てきたのは「……おう」という妙に歯切れの悪い言葉だけだった。 四川と共に店を出て階段昇って地上へと上がる。 四川はというと普通だ。まじで普通。俺ばっかドキドキしてんじゃねえのかやっぱってくらい普通。 あまりにも特別感もクソもないやつに、なんだか拍子抜けしつつも俺も段々変な緊張がほぐれてきた。 けど、なんか変な感じだ。 駐輪スペース前。 停めてある四川の愛車(バイク)の横を素通りして行く四川に俺は思わず立ち止まる。 「あれ、バイクは?」 「2ケツ、お前ビビんじゃん」 「びびってねーし……!」 「ゆっくり歩きてえ気分だから」 「……ふーーん」 「んだよその顔」 「な、なんもねーよ。……なんかどっか寄んの?」 「何、腹減ってんのかよ」 「いや、別に~……」 笹山とはそのままバー行ったんだよな、確か。 休憩で飯も食ったので別に空腹ではないが、仕事終わりに喉が渇かないわけではない。 なんて思いつつチラ、と四川を見上げれば、なんということだろうか。やつは冷たい目で俺を見てた。 「言っとくけど、今日は酒禁止な」 「え゛」 「え、じゃねえよ! お前呑んだら毎回記憶飛ばすだろ!」 「ま、まあ……そうかも?」 「“かも”じゃなくて“そう”なんだよ! ったく……笹山のやつはどーせ馬鹿みたいに飲ませたんだろ。んで家に連れ込んで抱き倒した」 「どうせんなところだろ」と四川。 あまりにも詳細すぎて俺は慌てて四川の口を塞ごうとした。が、普通に躱された。 「おい馬鹿声でけ……っ! つかなんで知って……はっ」 「……は~~……」 「やめろ溜め息……っ!」 「そんなことだろうと思ったけど……やっぱあいつとは合わねえわ。……俺だったら、記憶飛ばされんのやだってのに」 ぼそっと呟く四川に、思わず「え」と声が裏返ってしまう。なんだお前。なんだそれは。 ここで勤務して暫く経ったが、かつてこんなにこいつが素直なことってあったか?いやあったわ。素直すぎて腹立つ野郎ではあったが、この素直さは。なんつーか。 「……」 「お、お前……可愛いところあるな」 「うるせぇ、何目線だお前」 「なにを……っ」 人が褒めてやったのに、もう二度と可愛いって言ってやらないからな。と憤った矢先、こちらを睨んでいた四川に肩を掴まれる。 視界が一瞬暗くなったと思えば、ちゅ、なんて可愛らしいリップ音とともにやつが顔を離した。 ごく自然に、なんもなかったように。 「……?!」 「さっさとここ離れようぜ。キャッチうぜえから」 今キス……したよな?! 人前でしねえとか言っておいて、油断させたのか?おい、それは些か卑怯ではないか? 文句とか色々言いたいことあったが、今一応俺たちは恋人なんだということを思い出した途端、それどころではなくなった。 歩き出す四川に「ぉ、おー……」なんて言いながら着いていくのが今の俺では精一杯だった。 うちの店のある通りから少し表に出れば、飲み屋のキャッチで大賑わいだ。 その中でも。 「あれ、阿奈じゃん」 「四川、何やってんの」 「時間ある? 今から呑み行くんだけど」 「今忙しいから無理。じゃな」 先ほどからやたらと声をかけられる。四川が。 大学生グループに客引き、よく分からん謎のおっさん。たまに店に来る常連客の女もいる。 なんだこれ。俺は一人で歩いてても風俗のキャッチにしか声かけられねーぞ。 「な、なんでお前友達多いの……」 「たまたまこの辺で働いてる知り合い多いってだけだっての」 「ふーん……」 「何ヘソ曲げてんだよ」 「べ、別に~? わざわざこんな人通り多いとこ通らなくたっていいのに……」 「……は?」 「なんだよ、はって」 「…………いや、お前それ、二人きりになりてえってこと?」 「……………………は?!」 「反応遅ぇし」 反応遅えのはお前が変なこと言い出すから……だが?! やや顔赤くするな、俺まで顔が熱くなってくるだろうが。 「ち、ちげえよ! 賑やかな方が俺好きだし?!」 「おい落ち着け、馬鹿。言ってることめちゃくちゃだぞお前」 「お、お前のせいだ~……っ!!」 「ああ? 酔ってんのかよ」 「酔ってねえよ、シラフだっ」 さっきまでしおらしさはどこに行ったというのか。 必死にカバーしようとする俺を見て、四川は耐えきれず噴き出す。人を小馬鹿にしたようないつもの笑いとは違う、なんつーか自然な笑い。 「……っ、く、くく……声デカすぎ。必死すぎだろ、お前」 「~~……っ! な、なに、笑って……」 「あー……お前のせいだわ、普通に遊ぼうかと思ったのに」 「遊ぶって……」 「中止な」 「な、え」 遊ばねえのか。俺に腹立って萎えたのか。 四川の言う遊びが気になったが、『中止』という言葉につい立ち止まりそうになれば四川に腕を掴まれた。 「こっち来い」 「お、おい、どこに……」 「気が変わった」 「予定変更。……言っとくけど、お前のせいだからな」 何が、何で、何なのか。 ワケも分からぬまま四川に引き摺られている内に周りが繁華街から一転してラブホ通りに入ってることに気づいた。 「お、おま、おまおま、ここ……っ!」 「家に帰る時間が勿体ねえ」 「お前散々笹山のこと馬鹿にしておいて――」 「酔い潰して持ち帰ったやつと一緒にすんじゃねえ!」 だからと言ってホテル直行もどうなんだよ! いや、普段のこいつの立ち振る舞いからしてみたらこの汚ねえ路地で脱がされても全然有り得るのでそう考えたら恋人として配慮されてるのか……?いや落ち着け俺。何かがおかしい。騙されるな。 「ま、待て、四川……っ! 待てって!」 「ああ? なんだよ、まさか俺は嫌だって……」 「し……」 「あ?」 「四川んち、行きたい……」 それなら、と呟いた瞬間、腕を掴んでいた四川の指先にぐっと力が籠る。あれ程うるせえ雑踏も人の声も全部遠くなったみたいに静まり返る四川に、俺もつい口を噤んだ。 「……駄目、か?」 「……バーカ」 「は?! お前また人を馬鹿馬鹿って……」 本当に馬鹿になったらお前のせいだからな、と言い返す前に、抱き締められた。訳わかんねえくらい強い力で。どこで誰が見てるかも分かんねえ路地で。 「人前ではイチャつかねえ質じゃなかったんですっけ?」 「本当、可愛くねえな」 「な……! お、俺のこと好きなんじゃねえのかよ」 「……だから、可愛くねえの」 「しせ……」 ん、と言い終わる前にまた唇に触れる。人目がないからと言ってさっきよりも長めに、唇の熱を移されるみたいに。 「……っ、ん、ちょ、……おい」 「人のプランめちゃくちゃにしやがって……バイク……くそ、面倒臭え。タクシー呼ぶわ」 「そこまでかよ。歩いて帰りたいとか言ってたくせに……」 「誰かさんのせいでイライラすんだよ、チンポが」 「馬鹿っ、声でけ……あー……くそ、わかった、い、一回抜いてやるからイライラすんな」 「…………っ、……やだ」 「は?! な、なに、やだって……人が恥を忍んで提案してやってんのに……」 「多分、我慢できねえ。……家、帰るの間に合わねえから」 「………………」 「日付変わったらお前、……可愛いこと言わなくなるだろ」 俺のこと何と思ってんだ、とか。なんだその言い草は、とか。俺が最大の考慮したのに、とか。 全部吹き飛んじまった。 そっからは記憶なくて、何故か俺たちは無言でタクシーに乗って四川の家へと向かった。タクシーの中でも会話した記憶ねえ。多分運転手のおっちゃん、やべえ修羅場と思ったくらい空気死ぬほど重かったけど今なら分かる。無駄話でこの熱を発散したくなかったのだと。 続く