「ヨウ、もう帰るアルか?」 「うん、迎えが来たからね」 「ああ……あの蛇男アルネ」 「蛇男って……」 そんなに巳亦は蛇って感じはしないけどな。 ――刑天閣、男子更衣室にて。 刑天閣の制服であるチャイナ服を脱ぎ、今度は着慣れた学生服を羽織る。そのまま肌に張り付く制服のお陰で着替えは早い。 様子見に来たホアンに「それに、あんまり遅くなると駄目だってさ」と告げれば「可惜」とホアンは肩を竦める。意味は解らないが多分、残念だ、とかそんなニュアンスなんだろう。 「相変わらずヨウんところの保護者は厳しいネ」 「明日も暇だったら手伝いに来るからさ、後は任せた」 「しゃーなしアル」 「じゃあな、ホアン」 相変わらずダルそうな顔をしてホールへと戻るホアンを見送る。 なんだかんだホアンのやつ、客の前に出るときはぴしっとしてるからプロだよな。 なんて染み染みしつつ、帰る準備を済ませて刑天閣のフロントまで降りた。 赤と金が基調となった華やかな刑天閣のフロント、そこには一際浮いた真っ黒な姿を見つけた。 すらりと伸びる黒の影。俺の方を見て、その赤い目はにこりと細められる。 「巳亦っ、ごめん遅くなった!」 「曜、今日もお疲れ様。……忙しそうだったな」 「なんか引き継ぎのとき団体客がきてさ、ちょっと注文手間取って……って、またこっそりきてたのか」 「いや、前に『客として来るな』と言ってたから窓の外から見てた」 いやそっちの方が怖いが。 あまりにも巳亦が『これなら怒られないな』という顔をしているのでわざわざ突っ込む気にもなれやかった。 それに、今回ばかりは巳亦に様子を見に来るな、と一概には追い返せない。 「……けど巳亦もわざわざ悪いな。黒羽さんも、寮に一人で帰るくらい俺でも出来るってのに」 そう、本当は迎えに来るのも俺の護衛をするのも黒羽さんの予定だったのだが、緊急で和光さんから呼び出しがかかったらしい。胃を痛めていた黒羽さんは、自分の代わりに、と巳亦に俺の面倒を見るようにと頼んだのだ。 ――そして、現在に至るわけだが。 「まあ、俺も黒羽さんの気持ちは分かるよ。この辺の通りは危ないからな、特に飲み屋が繁盛し出す時間帯は。何かあってからじゃ遅いんだぞ」 「なんか……巳亦、最近黒羽みたいなこと言うようになったな」 「そうか?」 「そうだよ。本当、心配性なんだからさ」 「そりゃあな、曜のこと好きだから過保護にもなる」 「す、好きって……」 さらりとこっ恥ずかしいことを口にする巳亦には毎度慣れない。じんわりと顔が熱くなる。 そんな俺に構わず巳亦は顎の下を撫でる。 「例えば? あんな脇がガバガバの制服での接客すること自体俺はあまり関心はしない。……変な輩に襲われやしないか、待っている間心臓が二ミリくらい縮んだぞ」 「襲われ……ってなあ、あのな、巳亦。前々から思ってたけど、俺のこと……その、そういう目で見てるやつって早々いないからな? 確かに食材として狙われることはあるけど……それに、可愛い……? とかならテミッドの方が……」 可愛いだろ、絶対。 そう巳亦に向き直ったとき、唇にむに、と何かが触れる。巳亦の白く骨張った指だ。二本の指は強引に俺を黙らせるのだ。 「はあ……分かってないな、曜」 「み、巳亦……?」 「それはお前が鈍すぎるだけだ。……俺は他人の感情を読み取ることもできる、だからこそ分かる。お前のあのチャイナを見て欲情した連中は多い。テミッドも確かに男女ともに根強いファンはいるが、こなれてる。……こういうとき、欲望を抱くようなやつは大抵恥じらいがあって慣れていない者に惹かれる傾向がある。征服欲を擽られるからだ」 ……長いな。しかもなんか色々言ってるし。 「え、えーっと……? それってつまり、巳亦は俺のチャイナを見て……せ、征服……したくなったってことか……?」 「………………」 「きゅ、急に黙るなよ……!」 「俺は可愛い曜を可愛いって思ってるだけだ。別にやましいことはない。あんな連中と一緒にされるのは不服だな」 「……そーですか」 褒められているはずなのだろうが、なんだか素直に喜べない。というか征服を否定してくれ。 俺の白い目に気付いたらしい巳亦はごほん、とわざとらしく咳払いをする。 「それにだ、……あのウェイターも妙に馴れ馴れしいから心配なんた」 「ウェイターって……まさかホアンのことか?」 「ああ、そうだ。……やたらとスキンシップが多いし」 「な、ないない! それこそ有り得ないから!」 今度はホアンにまでヘイトを向けてくる巳亦に全力で否定すれば、「そうかあ?」と巳亦はなんだか腑に落ちない顔をした。 「そうだよ! だってあいつ年上派だし、なんなら女好きだし……あと巨乳がどうのこうの言ってるし……」 「おいちょっと待て、あいつとそんな話までしたのか?」 「し、したっていうか……雑談程度だけど」 「…………曜の教育によくないな」 「お、俺だって恋の話くらいするっての! 巳亦、俺のことなんだと思ってるんだよ!」 「何って……曜は曜だけど?」 「ひ、開き直った……」 このままでは、というか口ではまともに巳亦に勝てる自信はない。別に喧嘩ではないが、こうなったときの巳亦はなかなかしつこいことを俺は知ってる。 「とにかく、巳亦は考えすぎだって」 「何事も警戒するに越したことはないけどな」 「そんなこと言ってたら世の中敵だらけになるぞ、そんなの疲れるだろ」 「…………まあ、そうだな」 そこは素直なのか。 なんだかその言葉に含みがあるように聞こえた。巳亦の生い立ちのことは聞いていたので、少し無神経だったかなとちらりと巳亦を見上げれば、「どうした?曜」と不思議そうな顔をした巳亦と目が合う。 「ごめん……なんか、言い過ぎたかもって」 「はは、それでそんなしゅんとしてたのか? 大丈夫だ。お前に悪気はないのは俺がよく知ってる。……それに、曜の言葉は最もだ。柔軟性が無ければ生き永らえたところで摩耗していくだけ」 「巳亦……」 「けど俺からしてみればそれよりも、お前に何か遭ったときの方が堪える。それだけは分かってくれるか?」 「分かるよ。分かった……。けど、心配し過ぎて巳亦は疲れない?」 「疲れはするけど、曜のことを考える時間は嫌いではないんだ。俺も。お前が幸せで、健やかでいてくれるならそれでいい」 「……」 単純明快であるからこそ余計真っ直ぐすぎるのかもしれないな。なんて思いながら、俺は巳亦とともに夜の飲み屋通りを歩いていく。 考え方がなんというか……神様、なんだよなぁ。親でもあるのか?悪い気はしないけども。 途中小腹が空いたので寄り道しつつ、俺たちは五重塔まで帰ることとなった。 空では相変わらず赤い月が笑ってる。 ◆ ◆ ◆ ――後日。 今日は休日。ホアンからの人手が足りないからきくれという連絡を受け、昼から刑天閣のお手伝いに行くことになった。 一時期閑古鳥が鳴いていたとは思えない繁盛っぷりだ。刑天閣も新メニューを出したり、バーが営業時間外の時は喫茶店として営業したりと色々やってるらしい。 お陰で以前とはまた違うお客さんが増えているようだ。幼い妖怪や女性妖怪客、教師たちもちらほら来てるようだ。 というわけで、「本物の人間だ〜」「かわい〜」「味見したら怒られるかな?」等恐ろしい言葉がちょこちょこ飛び交う中、俺はホールを走り回って忙しない一日を過ごすことになる。 そしてその日の労働を終え、くたくたになりながらやってきた更衣室。そこには朝から出勤していたホアンがいた。こいつ、堂々とキセルを咥えてる。 「ホアン、吸うなら外で吸えよ。ここでやるなって」 「うるせーガキが来たアル」 「煩くねえよ、制服に煙の匂い付くぞ」 「好好、分かったネ」 「本当かよ……ま、確かに今日は忙しかったけどな」 「もっとバイト増やさないとネ。テミッドも呼ぶアル」 「テミッドは女性客多い昼間は嫌だってよ。ほら、あいつ照れ屋だから」 「勿体無えアル、稼ぎ時ってのに」 等と話しながら制服のチャイナ服を脱ごうとし、そこで昨夜の巳亦との会話を思い出した。 脇がどーのこーの言っていたな。変なタイミングで思い出したせいで、なんだか急激に自分が恥ずかしい格好してるのではないかと思い始めてきた。いや、してんだけど。 「ん? 急に止まってどうしたアル?」 「いや、ちょっと……」 「ハッキリしないネ」 「……ホアンってさ、チャイナ服とか好きなのか?」 「突然何を言い出すかと思えば、なんの話アル」 「例えば、例えばの話だからな? ほら、あるじゃん。世の中にはその……コスプレ? みたいな感じで特定の格好とか好きって人」 「服には興味ねえアル。肝心なのは中身ネ」 まあそういうと思ったが、ここまで潔いと気持ち良い。 「で? それがどうしたアル? ヨウもとうとう色気づいてきたネ。そういう遊び場に興味があるなら良いところ紹介するアル」 「ち、違う違う! そーじゃなくて……その……」 「ん〜?」 「こ、ここからは秘密だからな……!」 このままでは本当に怪しいお店に連れて行かれ兼ねない。熱くなる顔の熱を必死に誤魔化しながら、俺はホアンに昨夜の巳亦との話をすることにした。 最初こそ興味津々となって俺の話を聞いていたホアンだったが、途中からは『アホくさ』という顔をした。ごもっともです。 「まったく、なんてクレーマーネ。こんなガキに興奮しないアル」 もう興味もなくなったようだ。すっかり萎えたらしいホアンはそのまま着ていたチャイナ服を脱ぎ、私服に着替える。その顔には小馬鹿にしたような笑みを浮かべて。 「って、ガキってなんだよ」 「脇くらい何アル、こんなんで興奮するやつの方が余程異常性欲者ネ」 「い、言い過ぎ……って、お、おい、ホアン……!」 言い終わるよりも先に、いきなり伸びてきたホアンの手に二の腕を掴まれる。抱き寄せるように大きく開かされる脇。少なくとも半日ホールを走り回って汗も掻いていた場所だ。 「や、やめろ、今日たくさん汗掻いたし……っ!」 「噂では妖怪の間では人間の汗は出汁に丁度いいらしいネ」 「なんの話?! ……って、わ、ちょ、ほ、ホアンやめ……っあははっ!」 伸びてきた長い指に脇の下の薄い皮膚の部分をさわさわと擽られ、堪らず身を攀じる。 「こんなところに興奮するやつがいるなんて世も末アルね。……それにしてもヨウ、弱すぎるアル」 「だ、だって俺くすぐり弱いんだって……っ、ふ、ははっ! あは、っ、は! けほっ! ……っん、ちょ、お、おい……っ、も……やめ……っふふ、ん……っ!」 「ほー、そりゃ良いこと聞いたアル」 「って、ほ、ホアン、やめろ……っ! 人の話聞いて……んはっ、くふ……っ、ひ……っ、やめ、ろ……っ、ぐるじ……っふふ、わら、わらひしゅぎて、はら、いひゃ……っふ、んははっ!」 俺が逃げないようにがっちりと反対側の肩を掴まれたまま執拗に脇の下から脇腹を往復する指に腰が跳ねる。やばい、息できない。笑いすぎてなんか脇腹攣ったし。 ホアンからの擽りから逃れられず、ぜえぜえと胸を震わせる。 「ほ、ほあん、も……んふ……っ、ぁ、やめ、……っ、ふふ……っ!」 「……」 「……? ほあ……」 今度は無言かよ。 一人で立っていられなくなり、つい背後のホアンに頭を預けたときだった。 お尻に、腰の辺りに何やら嫌な感触を感じた。嫌なくらい心当たりがありすぎる、そんな感触を。 「ほ、ホアン、なんか当たって……」 「気のせいアル」 「気のせいは無理がある……っ、ぅ、わ、お、おい……っ! も、ふは……っ、ひ……」 笑いすぎて脇腹攣るし、逃げようともぞもぞ動けばその度にホアンの腕に抱き寄せられて余計くっつく距離。 てか、やっぱ絶対気のせいじゃないだろ! 「も、や……へ……っ」 「これくらいでへばってんじゃねーアルよ」 「お、お前、ずる……っ、ひゃ、ん……っ」 「だからその変な声、やめるアル」 「じゃ、じゃあ触るな……っ、ぁ、う、なあホアン……っ、人の話聞いて……っ」 「あ〜〜聞いてる聞いてる」 聞いてないやつやめろ、という人の声を遮るようにそのまま二の腕を大きく持ち上げられる。ガバ、と大きく開いた脇。それだけでも少しぎょっとしたが、そのまま俺の体ごと軽々と向きを変えてくるホアンに息を呑む。 向き合うような体勢。そのまま人の脇を覗き込んでくるホアンに堪らず「おいっ」と声が出た。 「近いっ、てか、なに、嗅いで……っやめろって、汚ねえよ……っ!」 「汚いアルね、ヨウはそれだからガキアル」 「な、なに……っ、ぃい゛……っ?!」 次の瞬間、べろ、と冷たい濡れた肉の感触が触れて思わず変な声が出てしまう。 「は、な、なに……っ、う、お、お前〜……っ! 舐め、舐め……っ?!」 「ほら、逃げんなアル」 「逃げるに決まって……っ、ぁ、ん、まって、それ無理……っ、ふは、ずる……っ!」 必死にホアンから逃れようとした矢先、もう片方の脇の下をくすぐられ、悶える。その隙にホアンにがっちりと体を掴まれ、脇の下に滲む汗ごと舐められる。 魔界にきてから魔物によっては俺の体液は好物の場合がある、とは聞いていたが、もしかしてそういうことなのか。 だとしても俺のこと全然興味なさそうな顔してたくせに、なんなんだ。 「っふ、ぅ……っ、あ、ん、く、くすぐんの、やめろ……っ、分かった、から」 「分かった?」 「な、舐めていいから……脇……」 「くすぐられんの、苦しい……嫌だ」そう頭を横に振り、ホアンの頭にしがみつけば、ホアンの細い目がこちらを向く。そして、目が合った。 「そーゆうの、他であんま言わない方がいいネ」 「……?」 「全身血が出るまで舐められるアル」 「え、えぇ?! ホアン……」 「阿拉はしねえアル、品がないネ」 「本当……?」 「少しは信じろアル」 「ぼっ……勃起してるのに……?」 「………………」 ふーーっと肺に溜め込んだもの全部吐き出すようなクソ長い溜め息を吐き、ホアンはそのまま無言でチャイナ服越しに人の乳首をきゅっと摘む。 不意打ちに「うわっ」と声をあげれば、「ヨウもアル」とそのまま意地の悪い顔で布越しにカリカリ乳首を引っ掻かれ、言葉に詰まった。 「っ、ぃ、意地悪すぎ……っ」 「阿拉のもヨウと同じ生理現象アル」 「気にすんなアル」とホアンは言うが、本人がそう言ってんならいいのか?てかなんで俺舐めさせる流れになってんだ? もう何が正解か分からなくなっていた。 更衣室にある長椅子に寝転がり、自分の脇の下に顔を突っ込んでくる男をなるべく視界に入れないように息を吐く。ピチャピチャと濡れた音とともに滲む汗ごとしゃぶり尽くされ、同時に制服の下で膨らんだ乳首を指先で刺激される。そんな得体の知れない時間を過ごすこと暫く。 「ん、ふ……っ、う、ん……っ」 ガキとセックスする趣味はねーアルとか言ってたけど、ここまでやっておいてしないのはなんなのだ。 逆に少しも触れられない下半身がもどかしくて何度もモゾモゾと脚を擦り合わせて快感を誤魔化そうとするものの、ホアンは本当に触ってくれない。それどころか焦らされれば焦らされる度に体温が高くなり、全身に滲む汗を舐められるのだ。……チャイナ服は脱がされないまま。 なんのプレイだよ、これ。 「っ、ホアン、も……そろそろ、帰んないと……ぉ……っ、ん、ホアン……っ?」 「分かってるアル、けど……止まんねえアルネ」 「えっ、ほ、ホアン……っ?!」 「……はぁ〜〜……っ、なんか余計イライラしてくるアル。ヨウの脇しゃぶってると。誰かさんは人の気知らずにアンアン言いながら呑気に乳首おっ立ててるし」 「い、言ってねえし……っ! ぁうっ!」 言った側から乳首を今度は優しく撫でられ、背筋がびくんと跳ね上がる。「ほら」と言わんばかりにそのまま優しくくにくに指で挟まれると、今度は腰がじんじんと揺れ始めた。 「っ、は、ぁ、え、エロいこと、しないって……」 「して欲しそうな顔してんのはそっちアル。さっきからそのチンポばっかちらちら見やがって」 「み、見てないっ! た、ただ、辛くないのかなって……」 「阿拉は職場の人間には手を出さない主義ネ」 「な、なるほど?」 そういうものなのか、と思いながらも制服の下からこれでもかというほど大きくなったそれを膝の頭で少し刺激する。ちょっとした仕返しの気持ちだったが、それがホアンの怒りに触れたらしい。そのまま膝を掴まれ、脚を大きく開かされる。 「ぁっ、わ、う」 「ヨウ〜〜?」 「あ、あは……っあはは、つい……?」 「仕返しのつもりアルか?」 えへへ、と笑って誤魔化そうとするが、誤魔化されなかった。そのまま大きく開脚させられた下半身、人のことを言えないくらい大きくなったそこを晒される。 鮮やかな制服の布の下、膨れたそこへとホアンの膝が潜り込むのを見た。そのまま柔らかく勃起したそこを押し上げられ、「んんっ」と声が漏れる。 「っは、ホアン……?」 「ガキの癖にイッチョ前に発情期アルか?」 「ん、わ、わかんね……」 「ヨウが舐められんの好きとは知らなかったアル」 「っ、は、ぁ、ほ、ホアン……っ? ぁ、う」 ぢゅぷ、とわざと音を立てて濡れそぼった脇を吸われ、つい仰け反った。そのままがっちりと体を捕まえられ、更に夢中になって舌は脇から胸にかけて皮膚にじっとりと滲む汗を丁寧に舐め取っていく。 「っ、あ、ご、めんってば、ホアン……っ」 「こっちの世話はしねーアルよ。黒羽サンに殺されたくねーアル」 「……っ! べ、別に、してとか言ってないし……っ!」 「嘘吐け。残念そうにしてたアル」 「し、してな……っ、ん、ぅ」 「触りたいなら一人でやるアルネ」 「ぅ、が、我慢……する……」 そう、これはただの触り合いみたいなものなのだ。 一人納得するように頷けば、ホアンは変な笑い方をする。呆れたような、諦めたような、それでいて楽しそうな。 「いい子アルネ」 褒められた気がしない。 「ん、は、……っふ、ぅ」 こそばゆさもあったが、何よりも自分よりも何倍も長生きしている妖怪相手に押し倒され、夢中になって舐められる気分は変な話、悪い気はしなかった。 相手がホアンだからだろうか。黒羽さんに言ったら間違いなく怒られてしまうだろう。 けど、人間界では生きててこんなに求められることはなかったから、余計許してしまう。絆されてしまう。 「ん、ぅ、んん……っ」 「多汗気味アルネ、ヨウは」 「ん、そ……?」 「そうアル」 「ん〜……っ、今日はいっぱい動いたし……喉、乾いたから……」 「小便近くなるから程々にするアルネ」 「わかっ、た……ん」 友人に脇を舐めさせながら交わす会話ではないが、多分あまりにもホアンが普段と変わらないから俺も麻痺してるんだと思う。 手持ち無沙汰になった手で片方の乳首をすりすりと揉まれながら、俺はただ邪魔にならないように腕を頭の上で固定していた。初めは恥ずかしかった脇見せるような格好も違和感がなくなってきた。多分これは悪い傾向、だと思う。 「ん、……っふー……っ」 自分で下半身を弄りたい。けど、恥ずかしい。流石に。 ホアンだってああは言っていたが苦しいのではないのだろうか。でも。流石にそれは。そんなはしたない真似は。 直接触って欲しくてついホアンの指を追いかけるように胸を逸らして擦り寄ってしまいそうになるのを必死に堪えながら、脳の奥まで熱が増していくのを感じた。熱い。頭が沸騰しているみたいに、ドキドキする。 最初はくすぐったくてむずむずするだけだったのに、ちゅぷちゅぷと音を立ててねっとりと脇を舐められる内にどこかの神経が馬鹿になってしまったようだ。今では少しでもホアンの息が吹きかかっただけで大きく胸が跳ね上がり、きゅっと下半身に力が入る。 焦らされている。もう、駄目だ。 もう黒羽さんに怒られてもいいから早く楽になりたい。いや待て落ち着け俺、一時の感情に身を任せるのはよくないと散々学んできたはずだ。堪えろ。 「ぅ、うぅ〜……っ、ホアン……っ、も、そろそろ……」 「帰りたいアルか?」 「ん……っ、じゃないと、俺……」 おかしくなりそう、と頷いた時。 いきなり扉が開く音がして拍子に俺はホアンを慌てて押し退けて起き上がった。 「あ? なんだ坊主、まだ居たのか」 「とぅ、トゥオさん、ちょっとホアンと話し込んでて……」 「ま、いいけどよ。さっきアンタのところのお目付役が受付の方で待ってたぞ。天狗じゃない方のお目付役が」 まずい、巳亦だ。 俺は慌てて脇と股を閉めたままトゥオに「教えてくれてありがとうございます」と頭を下げ、そのままそそくさとホアンから距離を取る。ホアンというとトゥオに背中を向けたまま動かない。そりゃそうだ。あ、でも萎えてる。 「それとホアン、お前も早くホール戻れ」 「はいはい、分かってるアル」 「ってお前また更衣室で吸ったろ、換気しろっての!」 「あーあー、後でしとくからお前はトゥオもさっさと戻るアル!」 「うおっ、なんだよ押すなって!」 それから更衣室に入ってこようとするトゥオをそのまま捕まえて出ていくホアン。去り際、こちらを振り返ったホアンが唇をチャックするようなジェスチャーをする。 ……黙っとけよ、ということらしい。言われなくてもこんなこと人に言えるわけではない。無言で指で丸を作って返しつつ、俺は二人を見送った。 それから、魔界製の制汗シートで汗を拭って制服に着替える。流石魔界製、冷た過ぎて今度は凍え上がりそうになったが今の俺には丁度いい。 流石に下着の中はどうもなかったが、一応これなら巳亦の前に出ても怪しまれないだろう。 そんな万全の体制でフロントにいるらしい巳亦の元へと向かった。 が。 「曜。待ってたぞ。今日は忙しかったのか?」 「あ、ああ……悪い。待たせて」 「それは構わない。俺は好きで待ってるんだし」 「じゃ、帰ろうか」と笑う巳亦。どうやらやり過ごせたようだ、流石魔界製制汗シート。どんな異臭悪臭も全て消し去るという謳い文句は間違いないらしい。おかげで全身ヒリヒリして風がすら痛いくらいだが、先程までの行為を匂わせずに済むならこんなことなんでもない。 なんて思ってると、ふと巳亦がじっとこちらを見ていることに気づいた。 「……? ど、どうした? 巳亦」 「因みに先に聞いておくが、曜。何か俺に隠そうとしていないか?」 「えっ?! な、なにが?!」 「さっきから曜の心が騒がしくてな。無断で聞くつもりはなかったんだが、何か俺に言いたいことがあるなら言ってくれ」 「それとも言いにくいことなのか?」と続ける巳亦は少し寂しそうだ。 そうだ、巳亦は人の感情が読める。内容までバレずには済んだが、それでも却ってそんな俺の態度が巳亦を傷つけることになってしまうなんて。 そんなの本末転倒ではないか。 「い、いや、大したことじゃないんだ! 巳亦だから言いたくないとかそういうことじゃなくて……」 「じゃあ教えてくれ」 「え」 「俺は曜の話は全部聞きたいと思ってるし、曜の一日、どんな些細なことも知りたいと思う。曜の全てを共有して欲しいんだ」 流れるように手を握りしめられ、真っ赤な目が俺を覗き込む。ホアンの手も冷たかったが、巳亦の手は死体の冷たさというよりもしっとりとしててひんやりとした爬虫類特有のそれだ。 「み、巳亦……わかった、分かったから近い……っ!」 「なんだ、今更だろ? それに、曜は普段ならそんなに気にしなかったと思うけど……」 「そ、そんなことないって。それに、まだ店だし……とにかく、人前では程々にな」 「曜がそういうなら善処はする」 そう一先ず巳亦が退いてくれてホッとする。 のも束の間、俺の横に並んだ巳亦はそのままこちらへぴとりと体を寄せた。 「ところで曜。――なんでお前、少し精子の匂いがするんだ?」 周りには聞こえない程の声量、頭の上から落ちてくる巳亦の声のその冷たさに俺は普段の倍震え上がった。 きっとこれは魔界製制汗シートのせいだけではないだろう。 「せ、せぇし……?!」 思わず自分の体を嗅いでみるが、分からない。ただ単純に巳亦の鼻がいいのか。 じーっと見つめてくる巳亦の視線が痛くて、俺は逃げるように巳亦の顔を手で遮った。 「な、何変なこと言ってんだよ! も、もう……やめろよ……っ!」 「……」 「み、巳亦、帰るよ!」 「曜……俺に何か隠し事してるか?」 なんとかその場を逃げ出そうとしたが、失敗した。 蛇に睨まれた蛙とはこのことか。ぎくりと凍りつく俺に対して巳亦の目は細められる。 俺にもわかる、これは怒ってる顔だ。 「巳亦……心、読むなよ……っ!」 「曜、俺は心配してるんだ。もしどこぞのやつに手を出されたって言うなら俺は……」 「だ、だーかーらー……っ、そういうんじゃなくて……」 そう言い合いをしていたときだった。 スタッフルームに繋がる扉が開いた。 「あれ、まだ居たアルか」 なんというタイミングだろうか。そこから現れたのはホアンだ。 何事もなかったかのような態度で、ロビーで揉めてる俺たちを見てやや面倒くさそうな顔をするホアン。 先程の行為を思い出して内心どきっとしたが、巳亦に悟られないように俺は慌てて咳払いをする。 「か、帰るよ! じゃーな! ……ほら、巳亦帰るよーっ!」 「曜……」 「話は外で……っ、ここ、客の邪魔になるから……っ、な?」 これ以上ホアンと巳亦を同じ空間に置いていると色々面倒な事になり兼ねない。そう察知した俺は巳亦の腕を引っ張り、なんとか巳亦を刑天閣の外へと連れ出すことに成功した。 ――刑天閣前。 中華街エリアは今夜も賑わっているようだ。鮮やかな服に身を包んだ妖怪たちの間を掻き分けるように、俺は巳亦と歩いていた。 というよりも、俺が巳亦を無理矢理引っ張っているという形に近いが。 巳亦はというとずーっと機嫌が悪い。というか、こうして俺に引っ張られてるのも渋々って感じだし。それでも着いてきてくれてるのは巳亦の優しさだろう。 「なあ、曜。さっきのキョンシーから曜の匂いがしたけど」 「そ、そりゃ……一緒に働いてたんだし……」 「……」 どちらにせよ、読心術の使える巳亦に隠し事は無意味だ。それに、俺も嘘を吐きたくない。 俺は「わかったよ」と慌てて手を離し、それから両手を上げる。降参のポーズである。 「な、なあ巳亦。このことについてはその……本当に気にしなくていいから。ただのじゃれ合いみたいなもので、だから黒羽さんにも……っぉ、わ」 言わないでくれ、と言い終わるよりも先に伸びてきた手に頬を撫でられる。そのままこちらを覗き込んでくる巳亦。周りの赤提灯に負けないくらい深い赤い眼がじっと俺を覗き込んだ。 「合意だって?」 「ん、んー……」 「曜、こっちを見なさい」 「な、なんだよ巳亦……怒ってる?」 なんだか親に叱られてるみたいだ。 恐る恐る見上げれば、巳亦ははあ、と溜息を吐いた。 「心配してるんだよ。お前はお人よしで優しすぎるところがあるから……そうやって誰彼構わず人に触れさせるのを見てると寿命が縮む」 「巳亦、寿命あるの?」 「曜、茶化すなよ」 「う、ごめんってば……」 巳亦が怒った。 黒羽さんに怒られることはあれど、普段俺には優しい巳亦だからこそこうして怒られると堪える。まあ、巳亦には散々注意されていたから俺も悪いけど。悪いけどさ。 「それで、戯れあってたら射精させられたのか。……ふうん、今度からテミッドがいない時にバイト禁止だな」 「ええっ?!」 「当たり前だ。……脇が甘すぎるんだ、この前だって客のことで気をつけろと言ったばかりなのに……」 「わかった、わかったから怒んなって。ほら、巳亦、巳亦の好きな魚のやつ売ってるぞ!」 「話を逸らすなよ……まったく」 「食って帰ろ!」と近くの露店を指差せば、渋々ながらも巳亦は話を切り上げてくれる。 終始やっぱりどこか怒ってる雰囲気の巳亦だったが、ちゃんと受け答えもしてくれるし一緒に買い食いもしてくれた。 夜遅くなったのでついでに近くの店で外食もする。その時にはいつも通りの巳亦になっていたので俺もすっかり調子戻って、何もなかったように満腹になるまで飯を食った。 んで、そろそろ眠たくなってきた頃。 「曜、お腹いっぱいになったら今度は眠たくなったのか?」 「ん……少しだけ」 「全く……仕方ないな。けどま、仕事頑張ってたもんか。寝てていいぞ。俺がおぶって帰るから」 「ん、へへ……巳亦さんきゅ……」 「……ったく。曜は仕方ないな」 安心すると気が緩む。俺は巳亦に怒られたこともすっかり忘れ、そのまま隣に座ってた巳亦に凭れかかって目を瞑った。 頭を撫でるひんやりとした手が気持ちいい。店内の賑やかな声も巳亦の優しい声も全部心地よくて、俺は促されるがままあっさり眠りこけることとなったのだ。 ここまでが俺が確かに記憶に残ってることだ。 途中、巳亦におぶられていたのもなんとなく覚えてる。それから、……それからどうしたっけ? 気が付けば俺は畳の上に寝かされていて、はっと目を覚ませばそこには巳亦がいた。ひとまず目の前にいる巳亦にほっとするのも束の間、今度は自分がいる場所が見覚えのない和室である事に気付く。 畳の匂いと、それから甘い良い匂い。 「曜、起きたな」 「巳亦、ここどこ?」 「風呂屋……ああ、今の時代は銭湯って言うのか?」 「なんで銭湯? 風呂なら寮にもあるのに……」 「ここは貸切湯があるんだ。部屋から一望できる露天風呂もある。かもしサウナ付きだ」 「へえ、すごいな。個室付きってなんか旅館みたい……って巳亦さん?! な、なんで脱がすの……っ?!」 「風呂に入るからに決まってるだろ。それとも曜、お前は着衣で入浴するのか?」 「そ、そんなことはないけど……」 「だったら何もおかしくない。ほら、俺が脱がしてやる」 おかしくない……のか?というかなんで銭湯? 質問に答えられてない気がしてならないが、背後から抱き締めてくる巳亦に全部意識が持っていかれる。 白く長い指が丁寧に制服のボタンを外していくのを目で追いかける。いや、てか、なんで脱がされているんだ。 「み、巳亦……自分で脱げるから……っ」 「さっきまで一人で歩けない~抱っこして~って言ってたくせに、何言ってるんだ?」 「え、そんなこと言ってたっけ、俺」 「言ってた。……もっとこのままがいいっていうから散歩ついでにここに連れてきたんだよ」 お、覚えてない……。 だとしたら巳亦に申し訳ないことをしてしまった。そんな子供じみた我儘。 上着を脱がされ、シャツ一枚になる俺の胸に巳亦の手が這わされる。風呂に入るために脱がしてるだけのはずなのに、心臓部に近いボタンを外す手がやけに焦らしてくる。 「……っ、ん、巳亦……」 「曜、そんなにもじもじしてたら脱がしにくいだろ」 「だ、だからぁ……自分で脱ぐってば……」 「駄目だ」 「な、なんで……?」 「なんででも。……ほら、背筋しゃんとしろ」 「んぅ……っ!」 胸に気を取られてるところ、背筋から腰まで指でなぞられた瞬間全身がびくんと跳ねる。 わざとやってるだろ、と背後の巳亦を睨もうとすれば、シャツの隙間から入ってきた指に乳首を擦られた。ただ触れた、とかそんな言い訳は通じない、意図を持ったようなやらしい触り方につい俺は腰を引く。 「ちょっと、み、巳亦……変なところ触ってる……っ」 「曜の体に変なところなんてないだろ」 「そ、そーいうんじゃなくてさぁ……っ、ん……み、巳亦……っ」 突起を掠めたのは一瞬で、そのまま二本の指にインナー越しに突起周辺をくるりとなぞられれば喉の奥から声が漏れそうになった。 わざと、だ。ん、と息を呑み込み、必死に受け流そうとする俺を抱き締めたまま巳亦は息を吐いた。 「ここも触られたのか?」 「……っ」 「触られたんだな」 「っ、ぁ、や、ちょ……っ」 「じゃあ綺麗にしてやらないとな」 巳亦さん、目が笑ってない。 青褪め、慌てて巳亦の腕から逃げようとしたところをそのまま首根っこ掴まれて再び巳亦の腕の中に閉じ込められる。 「なんで逃げるんだ? 曜」 「ふ、風呂……っ、お風呂、露天風呂に入るって……っ!」 「そうかそうか。……そんなに俺と風呂入るの、楽しみだったんだな」 なんか語弊があるが、ここを指摘したらせっかく嬉しそうな巳亦に水を差しかねない。 どさくさに紛れて耳にキスをされ、「ん」と喉が震えた。胸の感触を楽しむように体を弄りながらシャツを脱がしていく巳亦。 「巳亦、触り方やだ……っ」 「戯れあってるだけ、だったか?」 「へ……」 「お前が言ったんだぞ、曜。……これは戯れあってるだけだよ、だからなんの問題もないはずだ」 二股に分かれた舌先がそれぞれ意思を持った生き物のように耳朶の凹凸をなぞる。近くで響く水音、そして巳亦の低体温に耐えきれずに「ひっ」と声が漏れた。 「み、巳亦っ、まだ怒ってる……っ!」 「そりゃあそうだ。……俺は結構しつこいぞ、曜。覚えておくんだな」 蛇だから?なんて言ったらまた茶化すなって怒られそうだし、それ以上に今度は唇を塞がれて返事すらもできなかった。 次回→ https://t589423.fanbox.cc/posts/8852500