深夜二時過ぎ。ご主人様からのありがてー呼び出しを食らってラウンジまで迎えに行く。 酒池肉林とはまさしくこのことだろう。あちこちで交わってる馬鹿どもを尻目に、奥のソファーベッドですっかり出来上がっていた黒マリモを見つけた。その傍にはこの学園で一位二位を争う美人の先輩がいて、心配そうな顔して纏わりついてるのを「ああ、心配しなくても大丈夫ですよ」と一応声をかけておく。 そのまま岩片を担ぎ上げれば、「でも、凪沙」がと着いてきそうな先輩に笑いかけた。 「こいつがこうなるのはいつものことなんで」 こういう時のために俺はいるのだ。 イカ臭さと酒臭さが入り混じった最悪の環境から抜け出す。こんなことを楽しむような連中だ、こいつがいなくなったところで勝手に盛ってるだろう。 それにしても、と背後の岩片に意識を向ける。背中に抱えた岩片の体温の熱さは尋常ではない。連絡ではどうやら調子こいて強い酒を呑んだらしいが、こいつ、酒が弱いのか? 日頃の言動からして常時酔っ払ったようなやつではあるが、ここまで泥酔するイメージはなかったから驚いた。 なんて考えていると、背負っていた岩片がもぞりと動いた。 「……ハジメ?」 「よう、随分と楽しそうだったな」 「んー……あー……そうか、お前呼んだんだっけ」 「覚えとけよ、それくらいは」 「気持ち悪ぃ〜……」 「吐くなよ。もうすぐ部屋着くからそれまで待てよ」 「……盛られたな」 ぽろりととんでもないことを口走る岩片に思わず振り返ろうとしたとき、背中に何か当たってることに気づいた。 「おい……勃起してる場合かよ、なんだよ盛られたって」 「だから、媚薬。……吐き気と勃起が止まんねえ〜。……ハジメ、下ろして」 「部屋まで我慢しろ」 「このままだとお前で尻コキするけどいいか?」 「良いわけねえだろ……っ! おい、腰の動きやめろ、落とすぞ」 は、と耳の後ろの辺りで岩片のやつは笑った。笑ってる場合かよ、となるべく当たらねえように岩片のやつを抱え直し、そのままダッシュで部屋へと戻る。 「おい揺らすな、ハジメ。出る」 「どっちが」 「上下ともに」 「嫌な言い方すんなよ」 「お前が聞いてきたんだろ」 吐く吐く言いながら案外元気そうな岩片を連れ、結局俺は近かった自分の部屋へと岩片のやつを連れて行くことにした。 そして岩片に上下ともに出してもらうことになったその後。 「ほら、水。……具合はどうだ?」 「……ハジメ」 「ん?」 「お前、よく見ると可愛い顔してるな」 「目に問題があるらしいな」 「吐き気止めは効いたけど、抜いても抜いても勃起止まんねえんだよな。なあ、記念にどうだ?」 「なんの記念だよ……おい、肩組んで来るな……!」 具合悪くなって少しはしおらしくなってるかと思った矢先これだ。全然元気じゃねえか。つか勃起を見せてくるな。 「相手が欲しいんなら呼んできてやるよ。さっきの美人がいい? ほら、さっさと指名しろ」 「ん〜……お前」 こいつ、と岩片を睨もうとすれば、岩片は構わず俺の背中にのしかかってくる。 「酔っ払い、何言ってんのか分かってんのか」 「んだよ、怒んなよ。……本当ピュアだな」 「ピュ……」 ああもう、こうなったときのこいつに何を言っても無駄だ。何言ったところで却って喜ばせるだけだ。 そのまま岩片をおんぶし、寝室のベッドへと転がす。そのまま「丁重に扱え」と起きあがろうとしてくるヤリチン黒マリモにシーツを被して物理的に静かにさせることにした。 「言ったろ。俺はお前のセフレじゃなくて親衛隊だって。そういう契約はしてないはずだけど?」 「契約契約契約、本当ハジメは縛り付けられるのが好きだよなあ。ドMか?」 「お前と付き合ってやってるんだからそうかもな」 「確かにそうか」 納得してんじゃねえよ、と思ったが自分で言っておきながら言い返す言葉もなかった。 「オナホはいるか?」 「ハジメが見抜きさせてくれんなら」 「じゃ必要ねえな」 「んだよ、ノリ悪いな」 ノリ良いやつの末路があの酒池肉林なら、俺は一生ノリが悪くても良いけどな。 「弁えてるって言うんだよ」と起きあがろうとしてくる岩片を寝かしつける。そのまま額に触れれば、熱い。 「お前らしくねえな、盛られるとか。お前は盛る側かと思ってたのに」 「俺も」 「……わざとか?」 眼鏡を外させれば、「なにが?」と岩片は少しだけ口角を持ち上げる。とぼけるフリ下手すぎだろ。 「だから、こんなになるまで呑んで……」 言い終わるよりも先に、伸びてきた岩片の手に後頭部を掴まれる。そのまま抱き寄せられそうになったところ、寸ででベッドフレームを掴んでなんとか堪えることに成功した。鼻先数センチ、岩片は「おっしい」と笑った。 「もう少しでキスできたのに」 「人が真面目に心配してんのに……」 「そうかそうか、真面目に心配してんのか。ハジメは。俺のこと本当大好きだよな」 「お前、ただでさえ敵作りやすいんだから気をつけろよ。今回は勃起で済んだけど、これが毒だったら……」 「そんときはハジメに口移しして道連れにすっかなあ」 「冗談に聞こえねえし……」 「まあ、本気だしな」 悪戯っ子みたいな顔で可愛げのかけらもない言葉を口走る。ちゃんと口説くつもりならもう少しまともな言葉も用意すべきではないのか。 呆れながらも、はいはいと俺は岩片の手を払って起き上がる。 「それじゃ、親衛隊の意味ねえっての」 「そうか?」 「今度からは簡単に他人から直接もの貰うなよ。口に入れるものは特に気をつけるんだぞ」 「ハジメ、一丁前に俺を束縛する気か?」 「俺の心労を軽くさせる気があるなら我慢しろよ」 「や・だ」 この男、即答である。 「お前な」いざとなったら辛いのは自分の癖に、と言いかけた矢先、枕を手繰り寄せた岩片はそのままそれを人の顔に向かって放ってくる。 「あぶね……っ、おい、酔っ払い」 「お前は俺のことで頭いっぱいになっとけば良いんだよ」 「……なんだ、まだ足りねえってか?」 「全然」 束縛趣味はどっちなんだよ。 あっけらかんとした岩片の笑顔になんだか肩の力が抜ける。俺の知ってる岩片が帰ってきたような、そんな感覚だ。 ――やっぱりお前、わざとだろ。 喉元まで出かかったその言葉を飲み込み、その代わりに「善処するよ」とだけ返して俺は寝室を後にした。 あいつの相手をしてくれそうなやつを呼ぼうと思ったが、なしだなし。少しは頭を冷やさせた方がいいだろう。 「……本当、我儘なやつ」 どこまでも俺を縛り付けたいらしい。自然と緩む口元を抑え、俺は後ろ手に寝室の扉を閉める。 酒の匂いがこっちにまで沁み込んだらしい、今になって首の後ろのあたりがじんわりと熱を持ち始めるのを誤魔化した。 おしまい